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藤、ダッチアイリス、シラーシベリカ、さくら草/ウォーキングにて

20210416

昨日、近くを通ったら藤が咲いているのがわかったので、ウォーキングがてら撮影しました。

【藤】
撮影場所:狭山市柏原いるまがわ大橋近く
サイクリングロード沿いにあり。
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ウォーキングは、昭代橋と新富士見橋の間を往復。

新富士見橋近くの花壇には、色々な花が咲いていた。
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【ダッチアイリス】
地中海沿岸地方原産。
オランダで品種改良がすすんだため、この名前になった。
花言葉:「吉報、優しい心」、「和解、私はあなたにすべてを賭ける」
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【シラーシベリカ】
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【さくら草】
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葉を見てこなかったので、種類は今度行ったときに調べよう。
とても姿の良い、気持ちよい樹だ。
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にこにこテラスの桜が、もう花は終わったが、気持ちの良い緑の並木になっている。
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にこにこテラスにある、スタバで美味しいコーヒーを飲んで、帰宅した。



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里見八犬伝を読み込む/第二集・巻の二・第十三回

20210414

第十三回 尺素(ふみ)を遺して因果みずから訟(うったう) 雲霧を払って妖しみはじめて休(やむ)

時:室町時代 長禄4年(1460)
登場人物: 伏姫、八房、金碗大輔、里見義実、堀内貞行
舞台:P07富山(とみさん)
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【要略】
・伏姫は童子に説き聞かされ、水の流れに身を投げ死のうと思う。遺書をしたため、数珠を手に取ると透かし文字が「如是畜生発菩提心」から「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」に戻っていた。
・伏姫は八房にこれから川に身を投げて死ぬので一緒に死ぬように言い、洞の入り口で経文を読む。
・伏姫が経文を読み終わると、八房は伏姫を見返りながら川に走り寄った。
・そのとき鉄砲の筒音が高く響いて、二つの弾は八房ののどと、伏姫の右の乳の下に命中した。
・若者は金碗大輔で、八房を退治したと喜んだが、入り口で姫が冷たくなっているのを確かめ呆然とする。悲嘆にくれて自刃しようとするが、飛んできた矢が若者の右手の肘にあたったので刀を取り落とす。
・矢を放ったのは里見義実。数珠と遺書を確認する。金碗大輔に伏姫と八房を射た訳を尋ねる。
・金碗大輔は潜んでいるうち、伏姫と八房の話を聞き、山に分け入り探していたら、女性の読経の声を頼りに近づくと、八房が駆けてくるのでそれを撃ったが、それ弾が伏姫に当たってしまった顛末を語る。
・里見義実は、伏姫のことは定包の愛妾玉梓の祟りが業因であると金碗大輔に言い聞かせ、伏姫は仮死かもしれぬと、数珠を伏姫にかけ、役行者の名号を唱えると伏姫が蘇る。
・しかし伏姫は、やはりわが身はあの世に帰るのが正しい運命と、護身刀を腹に突き立て、かき切った。
・その瞬間、数珠の八つの珠は、宙に飛び巡り入り乱れ、燦然と輝いたあと、一つずつ八方に散り失せた。

身体を裂き伏姫八犬士を走らす
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【ものがたりのあらまし】
 伏姫は童子に説き聞かされ、懐妊したとはなんたる業であろうと心が乱れ腸(はらわた)を絞られる思いにおそわれた。
「ああ、なんという悲しい身の上か。たとえ前世で罪を作ったとしても、わが身に報いがきて、こんなに苦しむとは人の恨みの執拗なこと」
 けれどもそれが親への祟りのためだとすれば、後の世で地獄に落ちても少しも悔いることはない。ただ恥ずかしく悲しいのは、畜生の気を受けて子を身に宿したことである。
「いっそ、今のうちに水の流れに身を投げて死んでしまおう」
 姫はひとりうなずいてもとの洞へと入って行った。
姫はそのまま石室の片すみにすわって、一通の遺書をしたため、襟にかけた数珠を手にとった。と、その透かし文字が、ふしぎにも如是畜生発菩掟心の八文字は影もなく消えて、はじめの仁義礼智忠信孝悌に戻っているのだった。
「これがおそらく仏の功徳というものにちがいない」
 姫は心の中で、犬さえも読経の声を毎日耳にしているうちに、畜生道の苦難から脱して菩提に入ったくらいであるから、この文字の転換は、来世には仁義八行(注1)の人道が生まれる由を示したのかもしれない。それならば八房もわが手に殺して、畜生道の苦を除いてやるのがせめてもの情けではないだろうかと姫は決心して八房に言って聞かせた。
「これ八房、わらわはこれから念願成就して往生をとげるつもりです。おまえは畜生の身ながら人間もむつかしい菩提心に入ったの幸いだが、獣身を変える術はないのだから、やはり不幸の運命です。死して人道の余恵を願うならば、川に身を投げて死ぬるがよい。お経を読み終わった時に、おまえは立って水岸に行くがよいぞえ、八房」
 話のあいだ、犬は頭をたれて聞いていた。
伏姫は遺書と経文提婆達多品の一巻を手にして、洞の入口の石机の前に端座して経文を読みはじめた。
 今日をかぎりと思うためか、姫の声は高く澄みわたって泉のこんこんと走るがごとく、峰の松風もこれに和し、谷のこだまも冴えて飄々とこたえた。この提婆達多品というのは妙法蓮華経の巻の五にある経文で、八歳になる王姫竜女が知恵広大にして、はやくも菩提心にはいったいきさつを説いた、開闢このかた女人成仏の最初と云われるあらたかなものだった。
「さんぜん、しゅじょう、ほつぼだいしん。じとくじゅき、ちしゃくぼさつ、きゅうしゃりほつ、いっさいしゅじょう、もくねんしんじゅ」
 朗々と最後の一節を読みおわったかと思う途端、八房はつと身を起こして、伏姫を二度三度見かえり、かなたの水ぎわさして走り寄った。
そのとき突然鳥銃の筒音が高くひびいて、真一文字に飛び来たった二つ弾、八房ののどのあたりに一発はっしと命中して、ばたりと倒れた。余った弾は伏姫の右の乳の下に命中した。あっと一声叫びもあえず、姫は経巻を手に持ったまま横ざまにはたと伏しまろんだ。
 この時、年若い一人の猟人が、躊躇もなく岸から走り下って、川瀬を渡って来て岸にはせ上ると、八房のそばに急ぎ寄って行って、鳥銃をふりあげざまに力をこめ幾度も幾度も丁々と打った。
「これでよし。いで、姫君を―――」
 若者は八房を退治して満足したが、石室の入口に姫が倒れている姿を見ると、あっと驚いて走り寄った。
「姫君、姫君。お気をたしかに」
 しきりと繰り返して呼んでみたが、傷口の浅いのに脈はもう絶え果てて、全身は氷のように冷たくなっていた。
若者は天を仰いで狂気のごとく悲嘆にかきくれた。
「ああ思いもかけぬ悲しいことになった。わがなすこと、ことごとく鶍(いすか)の嘴(はし)(注2)と食い違って、今日こそねらう八房を撃ちとめたと思ったら、逸丸(それだま)で姫までを撃ちまいらせた。このうえは申しわけに腹をかき切って、姫君の冥土の御供つかまつるばかりだ」 
 若者はつぶやくより早く襟もとを開いて、刀尖(きっさき)をわき腹に突き立てようとした時、びゆんと弦音が鳴ったかと思うと、一本の失が若者の右手の臂(ひじ)にあたり、思わず手に持つ刀を地面にとり落としながら驚いてふりかえると、
「金碗大輔、待て、早まるまいぞ」
と声がかかって出て来たのは、里見治部大輔義実だった。
あとにはただ一人、堀内蔵人貞行だけが守護の形で添っていた。
義実の顔は隠し切れぬ憂色に包まれ、すでに伏姫の死を知ったか、亡骸をちらりと見ただけで、いち早くそばに落ちている数珠と遺書へ目をやって、貞行に取ってくるよう命じた。
義実は数珠を受け取って刀の柄にかけ、まず遺書を開いて読んでから、姫の容態を今一度そっと調べてから、かたわらの石に腰をおろし、語を改めておもむろに言った。
「大輔、珍しい所で会うたな。それにしても、法度を犯して山に入るばかりか、見たところ、伏姫と八房を射たは、そちの様子であるが、もとより子細のあることであろう。とくと聞いてつかわすゆえ、刃をおさめ、近う寄ってつぶさに話してみい」
 こう問われても、大輔孝徳はしばらくは頭を上げえなかった。
貞行がおごそかに、御諚であるぞ、なぜ早うお返答申しあげぬのか、と叱った。
ようやく大輔は頭をもたげた。
「それならば身の非を飾るには似ますれど、お言葉に甘え、ありし一条の言上つかまつることにいたしましょう」
 大輔は語り出した。
去年、安西景連に謀られて使者の任務を果たしえず、祖父の郷里にひそんで帰城の機を待っておるうち、耳にした姫君のお噂、これは何よりも主家の瑕瑾(恥辱)と存じました。八房がいかに猛犬であり霊威があろうとも、姿あるものならば討って討てぬはずはない道理。いで、姫をお救い申しあげ、帰参の手づるをかなえたいものと、用意万端ととのえて密かに山にわけ登り、求むること五、六日、ふと、耳にいたした女の経を読む清らかな声に、胸おどらせながら近づいたのは、たった先ごろでありました。
姫君のお姿が目に入り、川瀬に足をふみ入れようとしたとたん、八房がこなたの水ぎわさして走り来るのが見えました。こやつ、寄せ付けてなるものか、と決心し、ねらい定めた二つだまの火蓋を切ってはなつと、的はあやまたず、犬は水ぎわに倒れました。しめたと思ってかけつけてみると、南無さん、姫も逸丸(それだま)に撃たれて同じ枕に伏したもうておられた。
「身の薄命とはいいながら、悔いても返らぬ重々の不覚、このうえはせめて冥土のお供をつかまつろうと、今は心おきなく死する覚悟のまぎわを、思いがけなくわが君にとどめられ死ぬことさえもできえぬは、みな天罰でございましょう。このうえは、君のお手によって御成敗にあずかりとうございます」
「うん、さもあろう」
 義実も同じく今の話で、不運の家来の心中を察して、しばらく嗟嘆したが、やがてしずかに答えた。
「大輔、そちはいかにも罪がないとはいえない。だが思えば伏姫の死は天命である、何よりもこの遺書を見るがよい。そちに撃たれずともかならず川の水屑(みくず)となったであろう。蔵人、これを大輔に読んで聞かせてやれ」
「はい、心得ました」
 開くうちに大輔はますます慚愧(注3)に堪えやらぬふうで、ことに姫の貞節義烈のくだりには、ただただ感涙にむせぶばかりだった。
「大輔、どうだわかったか。わしは姫を無事に連れ戻ろうとして、山に登ったわけではないのだ。五十子が姫の安否を知りたいとのたっての願い、そこで登山を決意してついにここに参ったのだ。しかしながら考えてみるがよいぞ」
 義美はここで声を改めて言った。
「もしも、犬を殺して伏姫が救えるものならば、なんでこの義実が恥を忍び最愛の娘をすてて、今日までべんべんとそちの手を待っておろうか。賞罰は政(まつりごと)の枢機(注4)である、これを守らねば一国の主は務まらぬため、ついに涙をのんで今日に至ったのだ。大輔、そちもこの理はわかろうな」
「はっ」
「また、伏姫の身の上はすべて定包の愛妾玉梓の祟りが業因となっておると思えるので、いかんともすることができぬ。のみならず、玉梓の首をあくまで刎ねたそちの父八郎孝吉にも祟りは同じく及んで、あのとおり孝吉はまもなく自害、その子の大輔、そちは今またここで伏姫を撃つという大罪を犯したは、みな因果のめぐり合わせだと思わねばなるまいぞ」
「しかしながら」
と、大輔は思わず小膝をすすめて、わが身の不覚はさることながら、権者(注5)の示現によって姫を訪われた君までが、生きて会えなかったとは合点がまいりませぬ、と言うと、義実もうなずいて、それは神ならぬ身の知る由もないが、禍福はあざなえる縄のごとしで、山に来なければ姫の節操も八房の菩提心も知れず、姫と犬とが情死したように見られたかもしれなかった。こんな結果になっておまえに姫をめあわせて東条の城主にすることはできなかったが、これでわが家に霊の障害がなくなれば子孫は栄えることになろう、と言った。
「だから、今は誰をとがめ、誰をうらむこともない。それよりも、姫の傷は浅いから、もしかすると仮死かもしれない」
 義実はそう言って、先刻拾いあげた数珠をもとどおり伏姫の襟にかけ、役行者の名号を唱えながら祈ると、やがて伏姫の顔に血色がよみがえって、目をばちりと開いた。
貞行と大輔が左右から抱き起こし、
「おお姫君、御正気づきなされましたか」
「蔵人貞行でございますぞ」
「大輔にございます」
「おん父君も前にわたらせられますぞ」
と、伏姫は左右を見かえり、この場の様子が目にはいると、両袖を顔におし当ててさめざめと泣き入った。
義実はこのときはじめて近くへ寄って、
「伏姫、恥じなくもよい。遺書によって御身のことも、八房のこともよく知った。八房の死は不憫であるが、大輔の手にかかったのも因縁であろう。それよりも大輔はわしが心で姫の女婿にと決めていたのだ、滝田へ帰り、病みおとろえた母をなぐさめてやってくれ」
 伏姫はわきかえる涙をいくたびも押しぬぐつていたが、ようやく心をしずめ、
「わらわがもとの身でありますなら、み親のみずからお迎えくださるに、なんで背きしまよう。慈しみくださるおん父母のありがたさは身にしみますが、父上のみ心に決めた夫とやら、この期におよんでお聞きしますことは、私にとりましてむごく悲しい話でございます」
 無理もないなげきだった。そして、姫はこうも言うのである。わたしは一人あの世に帰るのが正しい運命でしょう、お止めくださいますな。不孝の上の不孝でも、これが罪障ゆえお見すてください。母上様にわびごと頼みます。このような父なくて怪しい子を宿すからは、わたしの疑いも人々の疑いも解くため、これこのとおりお許しください。
というより早く姫は護身刀をひきぬいて、女手とも思えぬ力で腹へぐさと突きたて、真一文字にかき切ったのであった。
この時、瘡口から一朶(いちだ)の白気がさっとひらめいたように思えた。その白気は襟にかけた水晶の数珠を包んで、虚空へのぼったように見えた。数珠は確かに目の前でふっつりと切れて、一百は連ねたままがらりと地上に落ち、八つの珠のみが宙にとどまって燦然と光るかに見え、しかもそれが飛びめぐり入り乱れ、赫奕(かくやく)(注6)たるありさまは、さながら流るる星のようだった。
主従は姫の自刃を止めそこなったまま、ただ呆然と眼前の幻想か実相かわからぬままに目をみはり、空を仰いでいた。そのうちに八つの珠がぐるぐると動いたように見えた。すると今度は霊光を放って一つずつ八方ヘ音もなく散りうせて行くようだった。
あ! と目をまたたけば、空には何もなく、東の山の端に黄色い夕月のみが大きく一つかかっていて、まばゆいばかりゆらゆらと輝いた。
 思い合わせると、このことがあってから数年後、世上に八犬士という者が出現して、里見の家に寄り集まったといわれた。八個の珠と八犬士、しからば、この日の出来ごとは、はたしてその兆(きざし)だったのだろうか。さて、姫は腹切った深傷にも屈せず、
「まあうれしいこと、父上様。やっぱりわらわの腹には胎児らしきものはありませんでした。神から授かった腹帯も、今までの疑念も、ともどもさらりと解けて心にかかる雲もなく、浮世の月があれあそこに。この世のなごりに見のこして、急ぐは西の天、そこは極楽世界でございましょう。おみちびきくださいませ、弥陀仏」
と唱えるようにつぶやいたが、姫はやがて鮮血にまみれた刀を抜きすてて、そのまま前にはたとうつ伏した。

【注釈】
(1)仁義八行:
儒教における、下記八つの徳目のこと。
仁…慈しみ。思いやり。礼に基づく自己抑制と他者への思いやり。
義…道理。条理。物事の理にかなったこと。人の行うべき筋道。
礼…社会の秩序を保つための生活規範の総称。
智…物事を理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。
忠…偽りのない心。真心。まめやか。
信…欺かないこと。言を違えないこと。
孝…よく父母に仕えること。父母を大切にすること。
悌…年長者に対して従順なこと。兄弟中睦まじいこと。
(2)・「鶍(いすか)の嘴(はし)のくいちがい」:
この鳥は、スズメよりはやや大きく、日本には主に冬鳥として渡来するが、少数だが北海道や本州の山地で繁殖するものもある。
イスカのくちばしは左右互い違いになっており、このくちばしを使って、マツやモミなどの針葉樹の種子をついばんで食べる。このくちばしの形状から物事が食い違うことを「イスカの嘴(はし)」という。
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(3)慚愧(ざんき):「恥じること」という意味。
元々は仏教語で「慚」と「愧」で意味が異なる
「慚」:(自分自身の行動や罪を)自ら反省し恥じる心
「愧」:(自分自身の行動や罪を)他人に対して恥じる心
「慚愧」とは、「自分自身と他人に対して、自分の行動や罪を恥じる気持ち」を意味する。
(4)枢機(すうき):
物事の肝要な所。かなめ。要点。
「枢」は「くるる(開き戸の回転軸)」、「機」は「弩(いしゆみ)の引き金」の意。
(5)権者(ごんじゃ):仏語。 仏菩薩が衆生を救うために、仮に姿を現わしたもの。
(6)赫奕(かくやく):① 光り輝くさま。② (比喩的に用いて) 物事が盛んなさま。雄大なさま。



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伊予国一之宮・大山祇神社の狛犬②

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所在地:愛媛県今治市大三島町宮浦3327番地大山祇神社鳥居前
参拝日:2020年3月24日

「青春18キップの旅2020」にて大山祇神社に参拝したときに撮影した狛犬です。

伊予国一之宮・大山祇神社については、既に記事があります。

その記事を見る


大山祇神社には6組の狛犬がいましたが、そのうちの2組目の狛犬となります。
総門の前に居ます。
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年代:昭和十五年(1940)
材質:石造
型式:威嚇型

右側が阿形。タテガミが巻き毛なので獅子。
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タテガミは短く先端が巻き毛となっている。
ほおヒゲは巻き毛で囲んでおり、あごヒゲは波打った太い直毛。鼻ヒゲが八文字に伸びている。
丸い耳を立て、太い眉は吊り気味な一文字。
目はドングリマナコで目玉が大きな穴。鼻はそんなに大きくない。
唇のたわみが大きい口を大きく開き、歯をむき出している。牙は目立つ。
表情は、ニッと笑いながらこちらを見つめている。
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左側が吽形。タテガミが巻き毛なので獅子。
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タテガミは短く先端が巻き毛となっている。
ほおヒゲは巻き毛で囲んでおり、あごヒゲは波打った太い直毛。鼻ヒゲが八文字に伸びている。
丸い耳を立て、太い眉は吊り気味な一文字。
目はドングリマナコで目玉が大きな穴。鼻はそんなに大きくない。
唇を一文字に閉じ、歯列をむき出している。牙は目立つ。
表情は、ムスッとした顔でこちらを睨んでいる。
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前足をまっすぐに立て地面を踏みしめている。
胴は太い。
筋肉の表現は無く、走り毛もまったく表現されていない。
足の指や爪もはっきりしない。
胸を張って、骨太な感じがあり、たくましい感じはする。
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吽形に、オスのシンボルがはっきりとある。
狛犬に、性別をつけたものが見受けられるが、それは子孫繁栄を願うものとされている。
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裏に、紀元二千六百年(昭和15年)の文字があり、威嚇型で間違いない。
威嚇型は護国型とも云われ、戦前に国威発揚のため護国神社など大きな神社に置かれたタイプである。
しかしここでは、鳥居と神門のところに既に、江戸時代の愛嬌ある浪花型が存在していたので、それにつられて、威嚇型とはいえ、親しみやすい形になっている。
顔が独特なもので、浪花型のようにほとんど人間の顔であり、私はこういう狛犬が好きである。



狛犬の記事一覧を見る



廣野大神社(上野国延喜式内論社)/埼玉県児玉郡神川町

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鎮座地:埼玉県児玉郡神川町肥土380
参拝日:2020年12月16日
祭神:天穂日命(アマノホヒノミコト)、倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)、誉田別命(ホンタワケノミコト)
配神:駒形神(コマガタノカミ)、菅原道真公(スガワラノミチザネコウ)

この神社に参拝したのは、個人的に取り組んでいる「出雲系神社の参拝」の一環である。
岡本雅亨氏が『出雲を源郷とする人たち』のなかで、古代の出雲族の移動の痕跡を書かれているが、それによれば、埼玉県入間市の「出雲祝神社(式内社)」から始めて、社名の「出雲」、「いわい」、出雲系の祭神を祀る神社をつなげていくと、出雲崎にたどり着く。
逆に言うと、出雲崎に上陸した出雲族が信濃川、千曲川を遡って移動してきて、入間市にまで至っていると推定できる。
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今回は、神流川を挟んで「古代土師部(出雲族)」の痕跡である、廣野大神社と出雲神社に参拝したものである。
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社叢からずいぶんと離れた所に社号標と一の鳥居(神明式)がある。
たぶん神流川の氾濫で、社叢が失われてしまったのだろう。
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社号標
上野国緑野郡十七座の内「廣野明神」、旧郷社
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この地は、神流川の流れが変わったために、元禄十四年(1701)から武蔵国に属するようになった。
もともとは緑野郡土師郷の内であった。かっては地続きであったが現在は神流川に隔たれている藤岡市本郷には、土師神社が祀られ、神流川沿いには多くの古墳群があり、古代の土師部の活躍がうかがえる。
土師部といえば、野見宿禰が出雲から大和に招かれて相撲に勝ち相撲の神として有名だが、一方で埴輪を創出した人物であり、出雲から土師氏を呼び寄せて埴輪を作った。
土師部は出雲族なのである。
当社には、永仁六年(1298)に改写された『上野国神名帳』一巻が蔵されていて、緑野郡十七座の内「従三位廣野明神」が当社に比定されている。
創建は、淳仁天皇の御字、天平宝字三年(759)。
祭神の天穂日命は土師連の祖とされることから、当社も土師部が創祀したと考えられる。
天正十年(1582)関東管領滝川一益と小田原北条氏との神流川合戦の際、当社は兵火を被り、社殿や古記録を焼失したため、明確な資料がない。

この後参る出雲神社、金鎖神社、対岸の土師神社の宮司は、すべて高橋家一族であるり、廣野大神社は土師宮司家が勤めている。

しばらく、左右が田んぼの参道を行く。
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神橋があり、境内となる。
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手水舎
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二の鳥居(明神式)
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瓦葺切り妻造り拝殿に、妻側に向拝部を設けている。
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向拝部だが、木鼻は鎌倉様式、梁や桁に彫刻を施してあ。
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拝殿内部
奥に本殿がわずかに見える。
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本殿の覆屋は、まったく窓がなく内部は窺えない。
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神紋は「梅鉢」
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本殿の後方に石祠の、奥宮である「神流川神社」が鎮座している。
廣野大神社が一時「神流川神社」の名称だった時代があるようだ。
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境内社は、
社殿右側には稲荷神社が鎮座している。
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それから四社の石宮が並んでいる。
左側から、住吉神社・伊勢神社・千勝神社・戸隠神社。
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社殿左側には
まず今宮神社
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三社の石宮が鎮座している。
左から八坂神社・琴平神社・摩多羅神社。
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摩多羅神社のご神体は石棒だった。
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五社の石祠が並ぶ。
左から野原神社・太元神社・産泰神社・倭文神社・若宮八幡神社。
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社殿右側には、ご神木の大きな欅が二本あった。
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これで、この神社の参拝は終り。
続いて出雲神社に向かった。



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里見八犬伝を読み込む/第二集・巻の一・第十二回

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第十二回 富山の洞に畜生菩提心を発す 流水に泝(さかのぼり)て神童未来果を説く

時:室町時代 長禄4年(1460)
登場人物: 伏姫、八房、草刈童子
舞台:P07富山(とみさん)
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【要略】
・富山の奥に八房と分け入って二年、伏姫は山の峡にある洞にあった。
・伏姫は畜生の情欲が誓いを破ったら自害するつもりで、読経、写経を続けた。日が立つにつれ八房は読経に耳をかたむけるようになった。
・笛の音が聞こえ、牛に乗った草刈童子が現れる。そして伏姫が苦しいのは「つわり」だと告げる。
・伏姫が八房によってみごもることはあり得ないと云うと、童子は「物類相感の玄妙」は凡知では計られぬと、様々な例を云う。そして付け足して、姫の生むのは形をなしていないかもしれない。八つの善果となって現れるかもしれない、八人の子は善果となって誉は八州にかがやき、そのため里見家はけっして衰徴(おとろえ)を見せないであろう。と云って去る。

富山の奥に伏姫神童に遇ふ図/水野年方 明治時代
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【ものがたりのあらまし】
 思えばこの世は夢のようなものであろう(注1)。舐園精舎の鐘の音には諸行無常のひびきがあるけれど、色におぼれた者は女に別れるのを惜しむ朝々、ひたすらにこの鐘を憎むにちがいない。沙羅双樹の花の色は盛者必衰を暗示しているのだけれど、花の美しいところばかりに気を取られた者は風雨などなくいつも春ばかりであればよいと勝手に考える。
富山の奥に犬に伴われてわけ入って二た年ばかりになる伏姫の身の上は、はたしてどんなであったろうか。伏姫が八房の背に乗って、だんだん奥へはいって行くと、広い流れに沿うた山の峡に一つの洞があり、南向きなので割合に明るかった。この前で姫は犬の背から降り、洞の中に落ち着いた。
伏姫は護身刀(まもりがたな)を握って法華経八巻と、料紙(用紙)、硯を前におき、しずかに読経で一夜を明かした。その夜は無事に過ぎたが、畜生の情欲がいつ誓いをやぶっておどりかかってくるかもしれないと不安だった。八房もそれを感じてか、我慢して、畜生ながら自制しているようだった。
 日が経つうちに、犬は読経の声に耳をかたむけるようになったので姫はようやく身心の安堵を得た。
これはみ仏の慈悲と力であろう、姫は栄花物語の峰の月の巻で読んだ牛仏のくだり(注2)を思い出した、犬もそれと同じ仏心があることはものの本(注3)に出ている。
 伏姫は二十歳にはまだならなかったが、山にはいってからからだは細り、風にもたえぬ柳のようにたおやかになった。姫はある日、石井戸をのぞいて、はっとした。たしかに自分の姿であるが、頭が犬のように見えたからであった。
「あっ、心の迷いか、仏門への帰依がまだ足らぬと見える」
 この日は一心に経文を書写した。なんとなく胸のあたりが苦しく、日を経るにしたがってしだいにお腹が大きくなってきた。母や父、弟の義成のことを思って涙にかきくれた。
 八房は食をあさりに出て、まだ帰らず、伏姫が外へ出ると、山路のかなたから、誰が吹くやら笛の音色がかすかに朗々と聞こえた。
「まあふしぎなこと」
 この山は礁夫(きこり)もはいらず、山男も住まぬに、どうしたことなのか。
笛はますます吹き澄ましながら、もう間近までやって来た。
見ると牛にまたがった十二、三歳ばかりの草刈童子だった。
ここまで来ると姫の方をちらりと見ただけで、笛は口から離さず牛を流れに追い入れ、そのまま川を渡って向こう岸へ行こうとした。
「もしお待ちなさい、そなたはどこから参りし里の子です。」
「道ばかりか、お姫さまのこともよく知っておりますよ、このわしは」
 童子はにっこり笑って答えた。そして、自分の師匠はこの山の麓または洲崎に住まいをする売卜者で、薬を授けることも巧みで万病ことごとくなおらぬものはない。今日も師匠のいいつけで薬草を採りにきたのだと、得意そうに言って聞かすのであった。
「わらわは、この春のころから習わしの月水を見ず、胸元はなんとなく苦しく、おいおいと全身が重くなりますが、なんという病気でしょうか」
「ああ、それはつわりですよ」
 童子はためらわずに答えた。
「まあ失礼な、そのようなはずはない。八房によって身ごもるなど断じてあるはずがありません。ああいとわしい」
「それなら申しますが、物類相感の玄妙は凡知では測られぬこと。たとえば火は石と金とを打てば発するが、石なく金なくとも、檜木(ひのき)は友木とすれあって火を発します。松も竹も雌雄の名があっても交情はしませんが、離れたままで殖え茂ります。鶴は相見ただけで孕むというではありませんか。また、唐では楚王の妃はつねに鉄の柱を抱くを歓びとしたら、ついに鉄塊(てつのまろがせ)を生んだといいます。犯されずとも心に妻と思い、姫はまたかれをあわれとおぼしめすゆえ、神遊(こころかよい)でみごもるということはある道理、これが物類相感だと聞きました」
 そしてなおつけ足して言った。だから姫の生むのは形をなしていないかもしれない、八つの善果となって現われるということも考えられる。これ互いに菩提心が起こったからで、八人の子は善果となって誉れは八州にかがやき、そのため里見家はけっして衰微を見せないであろう。そしてわしの見たところでは、子供が六カ月日に生まれたとき、姫は親と夫に会うという卦が立っておりますよ、これ以上のことは言わぬが花。
「ではさよなら」
 牛の鼻綱をぐいと引いて、秋の日影のまだのこる山川をわたると見れば、童子の後ろ姿はたちまち狭霧の中につつまれるように薄れて、行くえも知れずになっていった。

【注釈】
(1)思えばこの世は夢のようなものであろう:
『平家物語』の書き出し部分をふまえている。
「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。」
(口語訳)
祇園精舎の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。
(2)栄花物語の峰の月の巻で読んだ牛仏のくだり:
逢坂山のあなた、関寺に御堂を建て、弥勒仏を造営したおりに、一匹の牛が、ひとりで働いてそれを完成した。ところが、寺のあたりにすむ人の夢に、迦葉仏(釈迦の十大弟子の一人)があらわれて、牛は自分がつかわしたものだといった。この牛仏が次第に弱ってきたので、その寺の聖が、その影像を画いておこうとした。そのころ、西の京のさる聖の夢に迦葉仏があらわれて、涅槃にはいるのが近いと告げた。牛仏の影像に目を入れる日に、その牛は御堂を見めぐり歩いて、その場で死んだ。ちょうどその日は迦葉仏のおかくれになった日であった。
(3)「犬もそれと同じ仏心があることはものの本に出ている」:
 原文には「いはんや又犬の梵音を歓べる事、古き草紙に夥(あまた)見ゆめり」とある。古き草紙というのが、何をさすのかはっきりしないが、『今昔物語』 に出ている次のような話が、草紙などに書かれておったのかもしれない。三河国の郡司が妻二人に養蚕をさせていた。本妻のほうの蚕は皆死んでもうけもなくなったので、夫もよりつかなくなつた。ところが、養いもせぬ蚕が一つ、桑の葉に付いてそれを食べているのを見て飼っているうちに、その家に飼っている白犬がそれを食った。その犬が鼻ひると、二つの鼻孔から、二筋の白糸が出てきて、それを引くと陸続としてつづき、四、五千両巻き終わると、犬は死んだ。これは仏神が犬に化して、自分を助けてくれるのだと思って、家の後の桑の木の下に埋めた。夫の郡司がその門前を通りかかって見ると、さびれた家の中で本妻が美しい糸を巻いている。夫は委細を開いて、このように神仏の助けのある人を疎外したのを悔い、本妻のほうに留まった。犬を埋めた桑の木にも繭を作りつけてあるのをとって、無類の糸を仕上げた。やがて国司を経て朝廷に申し上げ、その郡司の子孫はその業を伝えて、犬頭という、すばらしい糸を蔵人所に納め、それで天子様の御服を織った。
(4)草刈童子:
洲崎の役行者の使い。
有名な御所人形「草刈童子」がある。
薬種商だった庄五郎が人形師に転職、病除けの願いを込めてつくったという。三代目の頃、京に疫病がはやり、戸口に人形を置くと治まって、時の帝が「有職御人形司 伊東久重」の名を与えたという。
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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