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中央構造線上の島・沼島

20200405

所在地:兵庫県南あわじ市
撮影日:2020年3月22日

沼島の位置
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 沼島は、淡路島本島から4kmしか離れていませんが、日本中央構造線の大きな断層上にあり、本島とは全く異なる結晶片岩でできています。
ほぼ『三波川帯』の結晶片岩類ということで、これらは約1億年前の中生代に比較的高圧の条件で生じた変成岩です。島の南西半分は黒色千枚岩層、北東半分は緑色片岩層、北部は緑泥片岩が分布しています。
沼島周辺は、奇岩や岩礁があふれ豊かな自然景観を望むことができます。
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中央構造線
オレンジ色の部分は「フォッサマグナ」
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【中央構造線の形成】 (Wikipedia)
ジュラ紀の末から白亜紀の初め(約1億4千万-1億年前)、日本列島の元となる大地はまだアジア大陸の東の縁であり、そこに中央構造線の原型となる断層の横ずれ運動が起こった。横ずれ運動はイザナギプレートがユーラシアプレートに対してほぼ平行に北上したために起こり、より南にあった北海道西部・東北日本・西南日本外帯に当たる部分が北上した。この運動により、それまで離れて存在していた領家変成帯と三波川変成帯が大きくずれ動いて接するようになった。この時形成されたのは古期中央構造線(古中央構造線、古MTLとも)と呼ばれている。また、この断層運動の時期は鹿塩時階と呼ばれており、白亜紀中期にあたると考えられている。領家変成帯に属する岩石は衝上断層によって南側に移動し、三波川変成帯に属する岩石に乗り上げた。断層の角度は極めて低く、水平に近かったとも考えられている。
白亜紀後期(約7千万年前)は中央構造線の活動が最も顕著であったと考えられている。この頃イザナギプレートが約45度の角度で北上してユーラシアプレートの下に潜り込んでおり、このため中央構造線は左横ずれ運動を起こし、その北側では岩盤が破壊されて地層が堆積し和泉層群を形成した。

【各地の中央構造線】 (Wikipedia)
ややこしいので、誤解を恐れず、露出している地域の名前を挙げておくに留る。
〇関東地方
群馬県下仁田から比企丘陵北縁、埼玉県長瀞渓谷、三波川流域、筑波山
〇中部地方
諏訪湖南方の茅野、伊那山地と赤石山脈の間、木曽山脈や伊那山地、三河地方、鈴鹿山脈南部、伊那谷断層
〇近畿地方
伊勢二見浦の夫婦岩、和歌山の和歌浦の岩石、生駒山、金剛山、紀淡海峡、沼島、諭鶴羽山地
〇四国地方
徳島の城山、祖谷地方から大歩危、別子、佐田岬半島

【上立神岩】
 上立神岩は沼島の地質をよく表わしている奇岩で、30mの高さを誇り、島のシンボルとして人々に「立神さん」と呼ばれ親しまれています。主として緑泥片岩。
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緑泥片岩は、関東では鎌倉時代に主として建てられた「青色塔婆(板碑)」の材料として使われていたことで、私にはお馴染みです。
産地は埼玉県の秩父長瀞と小川町。

日本一の板碑
埼玉県秩父郡長瀞にある、「野上下郷 釈迦一尊種子板碑」と言い、国指定史跡で、南北朝時代中期 応安二年 (1369年)
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武蔵嵐山・向徳寺の板碑群
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【上立神岩周辺の岩】
上立神岩周辺には、面白い岩がゴロゴロしている。

〇「平バエ」
バエ : 「岩」を指すこの地方の言葉です。 沼島には、猩々バエ、アミタテバエ、アミダバエや観音バエなど多くの奇岩が存在します。
展望台から、上立神岩は左手に見えますが、右手には「平バエ」が見える。
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本当は、色々な「バエ」を見て回りたかった。

展望台周辺の崖の岩も、面白い岩石で構成されている。
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【島の石垣】
上立神岩から自凝(おのころ)神社に回り、港に戻ったが、参道や道筋で、石垣に使われている石が大変面白かった。結局、島には結晶片岩しかないので、こういうことになっているのだ。

これは一見、珪化木に見えてドキッとした(笑)
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こんな石を石垣に使う?!
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船溜まりに巨岩が鎮座。
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弁天社の石垣は、奇石で化粧されている。
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【鞘形褶曲】
黒崎のやや東寄りの海岸にある泥質片岩の中には、世界的にも珍しい鞘形褶曲が見られます。このことにより、沼島の岩石は太平洋プレートとユーラシアプレートのぶつかり合うところで、できたと考えられ、それが海上に隆起し姿を現したものと考えられています。
1億年前の地球のシワが残る珍しい岩石です。 平成6年(1994年)に発見され、引き潮の時にしか姿を現しません。 昔の地殻内部の動きがわかる世界的にも貴重な岩石です。
※鞘型(さやがた)褶曲とは、断面が木の年輪のように楕円形状の模様を示しているもので、ある程度の区間が金太郎飴のように同じ形状を呈しています。

淡路島側の、沼島汽船㈱土生待合所に展示されていた。
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下記のサイトに、たくさんの鞘型褶曲写真が掲載されています。

そのサイトに飛ぶ


これで、「青春18キップの旅2020春」の第一日目は終り、次回は二日目の朝からの記事となります。

(続く)


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あわじ沼島・自凝(おのころ)神社

20200403

所在地:兵庫県南あわじ市沼島73
参拝日:2020年3月22日
ご祭神:伊弉諾尊、伊弉冉尊

上立神岩から港に戻る途中で足が攣った。毎年青春18キップの際には、最初の夜は両足が攣るのがいつのことだが、今年はそれが早々と出てしまった。
それだけ年をとったということか(苦笑)

今日は車で移動しているので、足の不具合は致命的である。
仕方ないので、その日の以後の予定はあきらめ、淡路島に戻る船の時間を一本遅らせ(1時間20分遅らせ)、ゆっくりと足をいたわりつつ、自凝神社に参拝することにした。

事前の情報では、上がり口がわからずに迷う人が多いとのことだったので、慎重に入り口を探した。

入り口の標識を見つけてホッとした。
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こんな狭い道でビックリ!
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けっこうな山道が続く。
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社号標があり、ホッとした。
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創立年不詳。古より沼島の人々は、この自凝神社の祀られている山を御神体として礼拝していたという。
拝殿は平成14年(2002)再建。
ご祭神:伊弉諾尊、伊弉冉尊

国生み神話ゆかりの神社です。
沼島は、イザナギ・イザナミによる国土創世の際、「天の沼矛(あめのぬぼこ)」の先から滴り落ちたしずくが凝り固まってできたという「おのころ島」に比定されている。

 「古事記」、「日本書紀」の神代巻、いわゆる“記紀神話”によると、天つ神がイザナギの命、イザナミの命の二神に神聖な沼矛(ぬぼこ)を授け、国造りを命じました。
 この二神は、まず、天の浮橋に立ち、授かった矛で、混沌とした世界をかき回しました。 潮をゴロゴロと鳴らし、引き上げた矛の先から、落ちた雫が固まって島となりました。
 これがオノコロ島です。
 この島にイザナギ・イザナミの二神が降り立って、夫婦の契りを結び、御柱と宮殿を建て、国土造成を されました。 その舞台であるオノコロ島が、沼島となされています。
 イザナギ・イザナミの二神が、周囲をまわり、夫婦の契りを結んだ天の御柱が上立神岩だといわれています。

古事記の「伊邪那岐命と伊邪那美命」の巻、「淤能碁呂島」の段:
 (現代語訳)
 そこで天つ神一同のお言葉で、イザナキノ命・イザナミノ命二柱の神に、「この漂っている国土をよく整えて、作り固めよ」と仰せられて、神聖な矛を授けて御委任になった。そこで二柱の神は、天地の間に架かった梯子の上に立たれ、その矛をさし下ろしてかき廻されたが、潮をごろごろとかき鳴らして引き上げられる時、その矛の先からしたたり落ちる潮水が、積もり重なって島となった。これがオノゴロ島である。
 二神はその島にお降りになって、神聖な柱を立て、広い御殿をお建てになった。そしてイザナキノ命が、女神のイザナミノ命に尋ねて、「おまえの身休はどのようにできていますか」と仰せられると、女神は、「私の身体はだんだん成り整って、成り合わない所が一所あります」とお答えになった。そこでイザナキノ命が仰せられるには、「私の身体はだんだん成り整って、成り余った所が一所あります。それで、この私の身体の成り余っている所を、おまえの身体の成り合わない所にさしふさいで、国土を生み出そうと思う。生むことはどうだろう」と仰せられると、イザナミノ命は、「それは結構でしょう」とお答えになった。
 そこでイザナキノ命が仰せになるには、「それでは私とおまえとこの神聖な柱を回り、出会って結婚をしよう」と仰せになった。そう約束して男神は、「おまえは右から回って会いなさい。私は左から回って会いましょう」と仰せられ、約束のとおり回るとき、イザナミノ命が先に、「ああ、なんとすばらしい男性でしょう」と言い、その後でイザナキノ命が、「ああ、なんとすばらしい少女(おとめ)だろう」と言い、それぞれ言い終って後、男神は女神に告げて、「女が先に言葉を発したのは良くない」と仰せられた。しかし聖婚の場所で結婚して、不具の子水蛭子を生んだ。この子は葦の船に乗せて流し棄てた。次に淡島を生んだ。この子も御子の数には入れなかった。
「二神の国生み」の段:
 そこで二桂の神が相談していうには、「今私たちの生んだ子は不吉であった。やはり天つ神の所に行って申しあげよう」といって、ただちにいっしょに高天原に上って、天つ神の指図を仰がれた。そこで天つ神の命令によって、鹿の肩骨を焼いて占いをして仰せられるには、「女が先に言葉を発したので良くなかった。また帰り降って、改めて言い直しなさい」と仰せられた。それで二神は帰り降って、またその天の御柱を、前のようにお回りになった。そしてイザナキノ命が先に、「ああ、なんと可愛い少女だろう」と言い、後に女神のイザナミノ命が、「ああ、なんとすばらしい男性でしょう」と言った。
 このように言い終わって、結婚して生まれた子は、淡路之穂之狭別島(淡路島)である。次に伊予之二名島(四国)を生んだ。この島は身体は一つで顔が四つある。それぞれの顔に名があって、伊予国をエヒメといい、讃岐国をイヒヨリヒコといい、阿波国をオホゲツヒメといい、土佐国をタケヨリワケという。次に三つ子の隠岐島を生んだ。またの名をアメノオシコロワケという。
(以下省略)

社号標のところから、真っ直ぐに石段が続いている。
ゆっくりと、足をいたわりながら登った。
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途中に鳥居があり。
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石段を上がりきると、狛犬が迎える。
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昭和2年(1927)奉納の、以後四国を廻ってわかったが、四国特有の顔である。
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拝殿の前に、これも四国に多いと言っていい柱が建っている。
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右に「忠君」、左に「愛国」とある。
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拝殿
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中には、伊弉諾尊・伊弉冉尊の神像額が奉納されていた。
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本殿
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社殿の後ろ、ちょっと上がったところに、伊弉諾尊、伊弉冉尊の神像がある。
平成14年(2002)、拝殿と石段の修復に併せて建立されたもの。
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拝殿の前からは、島に住む人が集中している港が見下ろされ、島の守り神であることがよくわかる。
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石段を下る途中、左手に瑞玉姫命と刻まれた碑がありました。
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「瑞玉姫」(みずたまひめ)とは誰だろうか?
私には初めてであった神です。
ネットで調べたかぎりでは、 「美都多麻比売命」(みつたまひめのみこと)の名が、諏訪大社に関連した『続・高部の文化財』の守矢家一子口伝による系図の中で記されている。
美都多麻比売はタケミナカタの孫であり、同じくタケミナカタの子「方倉辺」(かたくらべ)と洩矢家の「千鹿頭」(ちかと)を両親にもつ「児玉彦」(こだまひこ)を夫としている。
また児玉彦との間には子「八櫛」(やくし)を儲けているが、いずれも長野県諏訪地方の民間伝承(諏訪信仰)の神として受け継がれる、非常にマイナーな神だという説明が唯一のものでした。

淡路の離島・沼島と諏訪(タケミナカタ一族)が、どう結びついているのか、ロマンあふれる疑問です。


自凝神社から港に降る途中でも、何度か足が悲鳴をあげた。
できるだけいたわりつつとはいえ、急坂を上り降りしたのには間違いないのだから(苦笑)

渡船の時間まで残る時間を、中央構造線上の沼島ならではの、至るところに面白い石があるので、それを見ながらゆっくりと渡船場に戻った。
淡路島に渡船で戻り、待合室や駐車場などで1時間静養してから、ゆっくりと鳴門に戻りレンタカーを返却、JR鳴門駅から高徳線の板東駅まで移動、そこの予約しておいた宿に到着して、この日は終了。

(続く)



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上立神岩(かみたてがみいわ)

20200402

所在地:兵庫県 南あわじ市沼島
撮影日:2020年3月22日

 「古事記」、「日本書紀」の神代巻、いわゆる“記紀神話”によると、天つ神がイザナギの命、イザナミの命の二神に神聖な沼矛(ぬぼこ)を授け、国造りを命じました。
 この二神は、まず、天の浮橋に立ち、授かった矛で、混沌とした世界をかき回しました。 潮をゴロゴロと鳴らし、引き上げた矛の先から、落ちた雫が固まって島となりました。
 これがオノコロ島です。
 この島にイザナギ・イザナミの二神が降り立って、夫婦の契りを結び、御柱と宮殿を建て、国土造成を されました。 その舞台であるオノコロ島が、沼島となされています。
 イザナギ・イザナミの二神が、周囲をまわり、夫婦の契りを結んだ天の御柱がこの上立神岩だといわれています。

古事記の「伊邪那岐命と伊邪那美命」の巻、「淤能碁呂島」の段:
 (現代語訳)
 そこで天つ神一同のお言葉で、イザナキノ命・イザナミノ命二柱の神に、「この漂っている国土をよく整えて、作り固めよ」と仰せられて、神聖な矛を授けて御委任になった。そこで二柱の神は、天地の間に架かった梯子の上に立たれ、その矛をさし下ろしてかき廻されたが、潮をごろごろとかき鳴らして引き上げられる時、その矛の先からしたたり落ちる潮水が、積もり重なって島となった。これがオノゴロ島である。
 二神はその島にお降りになって、神聖な柱を立て、広い御殿をお建てになった。そしてイザナキノ命が、女神のイザナミノ命に尋ねて、「おまえの身休はどのようにできていますか」と仰せられると、女神は、「私の身体はだんだん成り整って、成り合わない所が一所あります」とお答えになった。そこでイザナキノ命が仰せられるには、「私の身体はだんだん成り整って、成り余った所が一所あります。それで、この私の身体の成り余っている所を、おまえの身体の成り合わない所にさしふさいで、国土を生み出そうと思う。生むことはどうだろう」と仰せられると、イザナミノ命は、「それは結構でしょう」とお答えになった。
 そこでイザナキノ命が仰せになるには、「それでは私とおまえとこの神聖な柱を回り、出会って結婚をしよう」と仰せになった。そう約束して男神は、「おまえは右から回って会いなさい。私は左から回って会いましょう」と仰せられ、約束のとおり回るとき、イザナミノ命が先に、「ああ、なんとすばらしい男性でしょう」と言い、その後でイザナキノ命が、「ああ、なんとすばらしい少女(おとめ)だろう」と言い、それぞれ言い終って後、男神は女神に告げて、「女が先に言葉を発したのは良くない」と仰せられた。しかし聖婚の場所で結婚して、不具の子水蛭子を生んだ。この子は葦の船に乗せて流し棄てた。次に淡島を生んだ。この子も御子の数には入れなかった。
「二神の国生み」の段:
 そこで二桂の神が相談していうには、「今私たちの生んだ子は不吉であった。やはり天つ神の所に行って申しあげよう」といって、ただちにいっしょに高天原に上って、天つ神の指図を仰がれた。そこで天つ神の命令によって、鹿の肩骨を焼いて占いをして仰せられるには、「女が先に言葉を発したので良くなかった。また帰り降って、改めて言い直しなさい」と仰せられた。それで二神は帰り降って、またその天の御柱を、前のようにお回りになった。そしてイザナキノ命が先に、「ああ、なんと可愛い少女だろう」と言い、後に女神のイザナミノ命が、「ああ、なんとすばらしい男性でしょう」と言った。
 このように言い終わって、結婚して生まれた子は、淡路之穂之狭別島(淡路島)である。次に伊予之二名島(四国)を生んだ。この島は身体は一つで顔が四つある。それぞれの顔に名があって、伊予国をエヒメといい、讃岐国をイヒヨリヒコといい、阿波国をオホゲツヒメといい、土佐国をタケヨリワケという。次に三つ子の隠岐島を生んだ。またの名をアメノオシコロワケという。
(以下省略)


私は、市民大学の歴史講座を受講しましたが、その2年目研究コースで何か個人テーマを持てと言われ、ちょうど古事記編纂1300年の年だったので、住んでいる市にある神社の祭神を調べ上げ、その神が古事記でどう描かれているかまとめました。
それが現在取り組んでいる、全国規模での神社巡拝のスタート地点です。
古事記編纂1300年ということで、その年には色々な雑誌で特集記事が組まれました。
その際に、必ずと言っていいほど最初に登場するのが、上立神岩の写真でした。
この上立神岩を実際に見たいというのが念願でしたが、今回それがかなうことになりました。

今回の「青春18キップの旅」の最初の目的地が、上立神岩です。
「ムーンライトながら」で5:45に大垣に着き、そこから電車で舞子に行き、そこから高速バスで鳴門に着き、レンタカーを借りて、沼島を目指しました。
レンタカーのナビが示す到着時間が、沼島に渡る船の出発時間に対して30分余裕を示していたので、慌てないで行くことができた。

走っていて、沼島が見えたので大変嬉しくなった。
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「沼島汽船㈱土生待合所」の駐車場に車を停め、乗船券を購入して待つことしばし、船に乗り込みます。
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10分ほどで沼島に
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沼島に上陸
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沼島の案内図
港から、しばらく町の平地を歩き、それからダラダラと長い登り坂を上がって、上がりきったら、そこから急坂を下って上立神岩の展望所に着きます。
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上立神岩に向かい、歩き出す。
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沼島には600人ほどが暮らしているそうで、しばらくは町の中を歩く。

弁天社の横を過ぎ
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右手に、船溜まりを見ながら歩く。
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沼島八幡宮の前を過ぎ
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神宮寺の前を通り
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沼島中学校の前に出た。
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こういう案内板が頼り。
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ここから細い道を、ひたすら登ります。
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テッペンが見えた(嬉)・・・・ハアハアハア
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いちばん高いところに来たが、ここからは上立神岩が見えないんですね。
四国や和歌山半島が見えるはずなんですが、この日は春霞がひどくて、まったく見えなかった。
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ここから、つづら折りを降りていきます。
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突き当たりの折り返しに、説明板が。
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折り返しの下り坂の先に、上立神岩が見えた!!
初見です(嬉)
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下って、更に折り返す。
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ここから、ツルツルに整備されて逆に怖い、急な下り坂となる。
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下がりきると、左に階段で少し降りたところが、展望所です。
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上立神岩の雄姿です!!!
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主として緑泥片岩だということですが、モロそうで、とても永遠に立っていてくれそうには見えない。
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この日渡船には30人ほど乗っていて、私は一目散にここを目指したが、負けじとついて来たのは若い人ばかりだった(笑)
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次々回の記事で、ジオサイトとしての沼島を記事にするが、上立神岩の周りにも面白い岩ばかりだった。
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「平バエ」も見えている。
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沖では、漁をしていた。
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渡船から上立神岩までを、動画でも撮ったので、ユーチューブにアップしました。
それを見てください。

その動画を見る



念願の上立神岩をしばらく悦びにひたって見ていたが、渡船の時間に間に合うように、自凝(おのころ)神社にも参拝しなければならないので、急いで向かった。



「自凝(おのころ)神社」の記事を見る



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「四季歩のYOUTUBE動画一覧」を見る



高速バスで淡路島縦断「舞子⇒鳴門」

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青春18キップの旅の初日、「ムーンライトナガラ」で大垣に朝5:45に到着、すぐに米原、三宮を経由して舞子駅に降りた。

今回は四国の旅である。
毎年、「青春18キップの旅」でどこに行こうかと考えるが、二年前に四国はどうかなと試しに大垣から徳島までを乗換案内で調べて見たら、高速バス代3000円くらいを追加すれば、初日の10時くらいには徳島に着くことがわかり、「四国も、ありだな」と思った。
それで今回実現させました。

初日最初の目的地は沼島である。
前から念願だった、淡路島のすぐ近く沼島にある、イザナギ・イザナミ神婚伝説の舞台である「上立神岩」に行くため、まず高速バスで舞子から鳴門まで行き、そこでレンタカーを借りて沼島に向かうことにした。

JR舞子駅に降り、高速バスのバス停「高速舞子」に向かう。
バス会社のサイトに、親切にも、経路を写真で案内してくれていたので助かった。
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JR舞子駅から徒歩5分でバス停の下に着くが、バス停ははるか上、4階である。
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エスカレーターで上に上がる。
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まだ少し時間があるので、3階の展望デッキから眺める。
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淡路島が見える。
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バス停にはひっきりなしにバスが来る。行き先が徳島、高松、高知など色々だ。
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乗るバスがやってきて、乗り込む。
ネットで予約したとき、既に一番前は予約が入っていて、私は左側の前から二列目の窓側。
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走り出してすぐに、明石海峡大橋にかかる。
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明石海峡大橋は、兵庫県神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ明石海峡を横断して架けられた世界最長の吊り橋。全長3,911 m、中央支間1,991 mである。本州と四国を結ぶ3本の本州四国連絡橋(本四架橋)ルートの一つ「神戸淡路鳴門自動車道」の一部として供用されている。
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瀬戸内を行く船が見える。
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淡路島が見えた。
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あの先端には、岩屋神社があり、行きたかったが、残念ながら今回の予定には納まらなかった。
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淡路SAにある大観覧車だ。
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しばらく海沿いを走る。
あの二つの塔は、何だろう?
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内陸部を走っていく。
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大鳴門橋(おおなるときょう)にさしかかった。
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大鳴門橋は、兵庫県の南あわじ市福良丙 (淡路島門崎)と徳島県の鳴門市鳴門町土佐泊浦(大毛島孫崎)間の鳴門海峡の最狭部を結ぶ吊り橋。1985年(昭和60年)6月8日に開通した。
橋長は1,629 メートル (m)、中央径間は876 m、幅は25 m、主塔の高さは144.3 m。鳴門海峡の渦潮に影響を及ぼさないようにするため、多柱基礎工法とよばれる特殊な工法が採用されている[2]。橋は上下2層式となっており、上部は片側3車線の道路(現在は計6車線の内、中央4車線を使用)、下部は将来的に鉄道 (四国新幹線)を通すことが出来る構造となっている。
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車窓から目を凝らしていたら、渦潮が見えた(嬉)
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観潮船だろうか。
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四国に上陸である(嬉)
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バス停「高速鳴門」に到着。
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55分のバス旅だったが、前後に大きな橋を渡り、淡路島を縦断するという、ドラマチックな時間だったので、本当に楽しかった。

55分のバス旅の、ポイント、ポイントを動画に撮っておいたので、それを10分弱に編集してユーチューブにアップしましたので、見てください。

その動画を見る


バス停「高速鳴門」から歩いて10分ほどのところでレンタカーを借り、また淡路島に戻って、沼島の「上立神岩」に向かった。


「上立神岩」の記事を見る



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青春18キップの旅・2020春

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今年も「青春18キップの旅」を楽しもうと、21日の夜に東京駅23:10発の快速普通列車「ムーンライトながら」に乗り込みました。
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全車指定席で、リクライニングシートです。
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「ムーンライトながら」は、車両が老朽化のため今年いっぱいなのではないかとウワサされている。
この車両とは、もしかしたら今回で乗り納めなのかも。

いつも「青春18キップの旅」では、「ムーンライトながら」を利用して関西方面を旅するようにしています。
今回は、四国に足を踏み入れることにしました。
・「全国一之宮めぐり」を基本に計画を立てた。淡路国一之宮も入れて5社の一之宮が対象となるが、高知県の土佐国一之宮だけ飛び離れているので、今回は割愛した。
・以前から念願の夢だった、淡路島にある沼島の、イザナギ・イザナミの神婚伝説の舞台「上立神岩」に行く。沼島は中央構造線上の島であり、ジオサイト的にも有名で、最近地球の歴史にも関心が強くなっているので、その意味でもぜひ行きたい場所だった。
・伊予国一之宮が「しまなみ海道」の大三島にあるので、「村上海賊の娘」を読んで以来関心を持っている村上海賊ゆかりのところを見る。
・淡路島と「しまなみ海道」の間を移動することになり、しかも帰途は「瀬戸大橋」を鉄道で渡ったので、四国といっても「瀬戸内」の四国側といった感じになった。
「青春18キップの旅」は前後夜行ではさみ三日と決めているので、二日目は21:30にホテルに到着など、非常にタイトな日程となった。

〇行程実績

3/21(土) 東京23:10発「ムーンライトながら」⇒大垣5:45着
【1日目】 3/22(日)  
大垣5:53⇒東海道本線米原行き⇒米原6:27、6:29⇒東海道山陽本線新快速播州赤穂行き⇒三宮8:22、8:26⇒東海道山陽本線新各停西明石行き⇒舞子8:49⇒徒歩5分⇒「高速舞子」9:25⇒高速バスハーバーライナー⇒明石海峡大橋⇒【淡路島縦断】⇒大鳴門橋⇒「高速鳴門」下車10:20⇒トヨタレンタカー鳴門店出発10:40⇒鳴門IC⇒淡路島南IC⇒一般道⇒沼島汽船㈱土生待合所11:55⇒渡船10分⇒沼島【上立神岩】、【自凝(おのころ)神社】(12:05~14:40)⇒渡船⇒沼島汽船㈱土生待合所に戻ってから1時間休憩
※両足が攣ったため、以後の予定あきらめ鳴門に戻る。
(【淡路国一之宮・伊弉諾神宮】、【鳴門公園・千畳敷展望台】は未消化)
⇒トヨタレンタ鳴門店17:20⇒鳴門駅18:07⇒鳴門線徳島行⇒池谷18:24、18:53⇒高徳線引田行⇒坂東駅18:56
※宿泊:徳島県鳴門市板東
①~:行程ポイント、Ⓐ~:立ち寄り地
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・舞子でレンタカーを借り、淡路島を縦断して鳴門で返却することで最初は計画した。そうなると「ワンウェイ料金」が11000円発生する。もったいないので高速バス(2550円)で鳴門まで行き、そこから車で淡路島に入ることにした。
・高速バスの車窓から、鳴門の「渦潮」を見ることが出来たので、これはラッキーだった。
・当初の計画なら、【伊弉諾神宮】⇒【沼島】だったので、日本最古の神社である伊弉諾神宮に確実に参拝できたので、ここは悔いが残った。

【2日目】 3/23(月)
【四国八十八ケ所第一番・霊山寺】(6:30~7:00)⇒【阿波国一之宮・大麻比古神社】(7:10~8:40)⇒高徳線・坂東駅9:05⇒高徳線板野行⇒9:11、9:39⇒高徳線特急うずしお8号高松行⇒志度10:15、10:29⇒栗林10:48⇒徒歩9分⇒ことでん琴平線・栗林公園駅11:08発⇒ことでん琴平行⇒一宮11:25⇒徒歩15分⇒【讃岐国一之宮・田村神社】(11:40~12:30)⇒徒歩15分⇒琴平線一宮12:52⇒琴平駅13:38⇒歩15分⇒【金刀比羅宮】(昼食含め13:25~17:00)⇒徒歩15分⇒JR琴平駅17:25⇒土讃線高松行⇒多度津17:38、17:51⇒サンポート南風リレー号観音寺行⇒観音寺18:28、18:51⇒予讃線伊予西条行⇒伊予西条20:00、20:43⇒予讃線松山行⇒今治21:27
※宿泊:愛媛県今治市
①~:行程ポイント、Ⓐ~:立ち寄り地
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・私は神社参拝に軸足を置いているので、当初は四国八十八ケ所霊場を一切計画に入れていなかったので、ちょっと忸怩たる思いがあった。一日目の宿のすぐ近くに「四国八十八ケ所霊場」のよりによって「第一番・霊山寺」があることがわかり、どうしようと思っていたら、朝5:30に目が覚めたので、宿を7時に出発する予定だったが6:15に出て、霊山寺に参拝することができた。
・「阿波国一之宮」、「讃岐国一之宮」に加え「こんぴらさん」を計画したが、785段の階段が心配だったので、特急を使うという反則技で時間をかせぎ、「こんぴらさん」参詣に昼食と合せて3時間半の時間を確保した。おかげで、余裕な気持ちでゆったりと参拝することができた。

【3日目】 3/24(火)
トヨタレンタカー今治8:20⇒今治北IC⇒【しまなみ海道】⇒大三島IC⇒【伊予国一之宮・大山祇神社】(9:10~11:00)⇒【道の駅・多々羅しまなみ公園・昼食(11:30~12:15)大三島IC⇒大島北IC⇒【村上水軍博物館】(12:45~13:45)⇒大島南IC⇒今治IC⇒【今治城】(14:15~15:15)⇒トヨタレンタ今治返却15:30
今治16:30⇒予讃線観音寺行⇒観音寺18:30、18:42⇒⇒予讃線高松行き⇒坂出19:25、19:54⇒予讃線快速マリンライナー⇒【瀬戸大橋】⇒岡山20:35
岡山21:13⇒のぞみ96号⇒名古屋22:50
①~:行程ポイント、Ⓐ~:立ち寄り地
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・当初は、今治でレンタカーを借りて「しまなみ海道」を走り尾道に抜けて、少し尾道で観光して名古屋に向かう計画をした。しかし「ワンウェイ料金」11000円がもったいなくて、今治と大三島を往復することにして、その代わり今治城を見ることにした。
・こちらでは、博物館も全部休館になっていたが、心配していた「村上水軍博物館」は開いていて、とても感謝だった。受付で何処から来たかアンケートしていたので見せてもらったら、この日も北海道をはじめ全国から沢山の人が訪れていた。「村上海賊」の人気の高さはすごい。

岡山から名古屋までは新幹線を使用して、名古屋23:20の「ムーンライトながら」で、3/25(水) 5:05に東京駅に無事帰って来た。

旅に出ると、いつも思うのは、旅先でいろいろと触れ合った人の心の温かさである。
八十八ケ所巡礼ではないので、「お接待」には会わなかったが、歩いていてそれに近い感覚を何度も味わうことがあった。

次回から、それぞれでの収穫を記事にしていきます。


まだ「青春18キップ」が1日分余っている。
期限の4月10日までに、日帰りで適当な場所に行こうと思います。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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