青面金剛庚申塔/狭山市・上赤坂

20171020

所在地:埼玉県狭山市大字堀兼字上赤坂87番地付近 Y氏宅前十字路

この地域では、この庚申塔は「疫病の侵入の防ぎ」という伝承があるそうです。
「塞の神信仰」として、長野県や群馬県では道祖神が置かれている。
狭山市には道祖神がまったく無いので、「塞の神信仰」としては何があたるのだろうと思っているが、この地域ではこの庚申塔がそれに該当することになるようだ。

堀兼の幹線道路に面して、庚申塔はあります。
171019akasaka01.jpg


十字路の一角に、弁才天の石仏と並んで立っている。
171019akasaka02.jpg


庚申塔
171019akasaka03.jpg


171019akasaka04.jpg


銘文詳細
171019akasaka05.jpg


塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛
日月:浮彫 瑞雲
主尊の特徴:一面六臂
本手:合掌
他の手が持つ法具:?、弓、矢、三叉矛
脇侍:左向一邪鬼、二鶏、三猿
造立年代:元文5年(1740)

彫り残した瑞雲とおぼしきところに日月を彫りこんでいる。
日月は、ほぼ明確。
瑞雲はそれらしきものがあるという感じ、風化が進み、よくわからない。
171019akasaka06.jpg


青面金剛の頭は、蛇が居るような輪郭だが風化が進んでいてわからない。
顔もほとんどわからない。
171019akasaka07.jpg


中央の「本手」は合掌。
法具を持つ四本の手のうち、向かって右側上の手は剥落していて無くなっている。ここは通常は法輪を持つ。弓、矢、三叉矛は判別できる。
171019akasaka08.jpg


踏まれている邪鬼の顔は剥落してしまっている。
171019akasaka09.jpg


両脇の鶏は、かろうじて線をなぞることが出来る。
最初ちょっと見では居ないと思った。

向かって右の鶏。頭部以外の部分の線彫りがかろうじてわかる。
171019akasaka10.jpg


向かって左の鶏。辛うじて線が判る。
「上赤坂邑(むら)」の字がかぶっている。後から「上赤坂邑」の字を彫ったようだ。
171019akasaka11.jpg


三猿
真ん中の猿の顔は、後からつけられたようだ。
171019akasaka12.jpg


三猿の下に、落合兵右衛門ほか12名の建立者の名前が刻まれている。
171019akasaka13.jpg


(了)


「庚申塔の探訪記事一覧」に飛ぶ


スポンサーサイト

貞辰親王命(さだときしんのうのみこと)/日本の神々の話

20171018

墨田区の牛島神社(牛御前王子権現社)のご祭神
牛島神社のご祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、天之穂日命(あめのほひのみこと)、貞辰親王命(さだときしんのうのみこと)。となっている。
調べてみると、葛飾区東四つ木にある「王子神社」と「王子白髭神社」では、貞辰親王命のみをご祭神としている。

王子神社の社伝によれば、清和天皇の第7皇子貞辰親王が東国遊行の途次、元慶元年(938)この地に薨じた。たまたま浄光寺に留錫中の比叡山慈覚大師は良本阿闍梨に命じて、親王の遺骸を葬り、王子権現として慰霊を行って以来、浄光寺がその古塚を管理したという。記録類は明治29年の洪水で流失したが、もと上木下川村にあり、その地が荒川放水路の敷地となり、大正8年、浄光寺とともに現在地に移った。

貞辰親王は、安時代前期-中期、清和天皇の皇子。
貞観(じょうがん)16年生まれ。母は女御藤原佳珠子(かずこ)。貞観17年親王。院宮(いんのみや)と称された。延長7年4月21日死去。56歳。

牛島神社(牛御前王子権現社)、王子神社、王子白髭神社の社名にある「王子」とは平貞辰親王のことであることがわかる。

この土地に滞在中、よほど慕われたのであろう。

牛島神社については、既に記事があります。

その記事を見る




日本の神々記事一覧に飛ぶ



代々木八幡宮の狛犬

20171017

所在地:東京都渋谷区代々木5丁目1-1 代々木八幡宮参道
撮影日:2017年7月27日

この神社については既に記事にしています。

その記事を見る


代々木八幡宮入り口
171017yoyogi01.jpg


入り口のの石段を上がり、参道が直角に折れてしばらく行くとこの狛犬が居ます。
171017yoyogi02.jpg


171017yoyogi03.jpg


年代:天明5年(1785)
材質:石造
型式:はじめ型(尾立ち)

この年代から言えば、「江戸尾立ち」としたいところですが無理があり、「はじめ型」の方がしっくりきます。

狛犬愛好家の間では「おやじ狛犬」として親しまれています(笑)

右側は阿形獅子
171017yoyogi04.jpg


171017yoyogi05.jpg


171017yoyogi06.jpg


「おやじ狛犬」の愛称がぴったりな愛嬌ある顔。
171017yoyogi07.jpg


171017yoyogi08.jpg


左側の吽形獅子
本当に愛嬌ある顔です。
171017yoyogi09.jpg


171017yoyogi10.jpg


171017yoyogi11.jpg


171017yoyogi12.jpg


171017yoyogi13.jpg


171017yoyogi14.jpg


特徴:
・右は阿形、たてがみが巻き毛で獅子。
・左は吽形、こちらもたてがみが巻き毛で獅子。角なし。
・顔は、ユーモラスな笑い顔だが、口が極端に大きい。
・阿形は舌ものぞかせている。吽形は閉じた大きな口が波打ち、牙が大きく出ている。
・耳は横に開き、鼻はそれほど大きくない。眉は大きく目が引っ込み江戸狛の特徴が出てきている。顎鬚も目立つ。
・表情は完全に笑っている感じ。
・前足は、ちょっと前に出し直立。後足は蹲踞、間は彫っていない。
・四肢に翼のように伸びた巻き毛がある。
・尾は立っていて、筋の細かいヘチマ瓜状。側面に巻き毛あり。

前足
171017yoyogi15.jpg


171017yoyogi16.jpg


後足
171017yoyogi17.jpg



171017yoyogi18.jpg


171017yoyogi19.jpg


年代は天明5年(1785)。
171017yoyogi20.jpg



この年代で「はじめ型」かと驚くが、この年代の「尾立ち型」でしかも「はじめ型」の特徴を好む石工さんが製作したのだろう。
「おやじ狛犬」と呼ばれるような、こういう作風は私も大好きである。


狛犬の記事一覧を見る



築土(つくど)神社

20171015

所在地:東京都千代田区九段北1-14-21
参拝日:2017年5月31日

将門伝説にちなむ神社として参拝しました。
地下鉄九段下駅からあるいてすぐの所にあります。

交差点から築土神社に上がる坂の上がり口に標柱が立っている。
171015tukudo01.jpg


171015tukudo02.jpg


171015tukudo03.jpg


神社は高いビルの奥にある。
171015tukudo04.jpg


ビルの頂上には、大きな剣が屹立している。
171015tukudo05.jpg


神社入り口の鳥居
171015tukudo06.jpg


鳥居の社額
171015tukudo07.jpg


創建時の祭神・平将門に因み、武勇長久の神社として親しまれ、千代田区北の丸公園にある日本武道館の氏神でもある。 毎年正月に授与される勝守(かちまもり)は有名。

ご祭神は、現在は天津彦火邇々杵尊(あまつひこほのににぎのみこと)を主祭神とし、平将門、菅原道真を配祀する。

江戸時代の文献によると、当社内には平将門の首(頭蓋骨や髪の毛)そのものが安置されていたといわれ、数ある将門ゆかりの社寺の中で、将門信仰の象徴的神社となっていた。明治に教部省の指示により将門は相殿に格下げされ、現在は天津彦火邇々杵尊が当社の主祭神となっている。
戦災で当社が焼失するまで、将門の首を納めたという首桶、将門の肖像画(束帯姿)、木造の束帯坐像等が社宝として伝わっていた。昭和20年4月、戦災により社殿とともにそれらは焼失し、現在は一部の写真が残るのみである。
拝殿の装飾や絵馬などには、巴紋のほか平将門に因んだ繋ぎ馬(つなぎうま)の紋が使用されている。これは神社境内にある天水桶(文政元年)の彫刻を模したもので、築土神社の登録商標である(平成23年現在)。

歴史:
天慶3年(940年)6月、江戸の津久戸村(上平川村、現:千代田区大手町一丁目将門塚付近)に平将門の首を祀り、塚を築いたことから「津久戸明神」として創建されたという。
室町時代に太田道灌により田安郷(現:千代田区九段坂上)へ移転させられて以降は「田安明神」とも呼ばれ、日枝神社、神田明神とともに江戸三社の一つにも数えられることもあった(江戸三社のうち、日枝神社、神田明神以外は固定していない)。
元和2年(1616年)に江戸城の拡張工事により筑土八幡神社隣接地(現:新宿区筑土八幡町)へ移転し、「築土明神」と呼ばれた。
明治7年(1874年)天津彦火邇々杵尊を主祭神として「築土神社」へ改称する。
300年以上の間、筑土八幡神社と並んで鎮座していたが、1945年の東京大空襲によって全焼し、1954年、現在の九段中坂の途中にある世継稲荷境内地へ移転した。
平成6年(1994年)、境内地にオフィスビルを建設するとともに、鉄筋コンクリート造の社殿を新築。
平成18年(2006年)の築土祭では、安政6年(1859)の神田明神以来、実に147年振りに神輿渡御行列の江戸城入りを果たしている。

ビルの下の参道
171015tukudo08.jpg


ビルの下から抜けるところに、安永9年(1780)奉納の宝珠・角型狛犬が居る。
171015tukudo09.jpg


171015tukudo10.jpg


171015tukudo11.jpg


171015tukudo12.jpg


171015tukudo13.jpg


171015tukudo14.jpg


手水舎
171015tukudo15.jpg


拝殿
171015tukudo16.jpg


171015tukudo17.jpg


唐破風の上に鳳凰(?)が居る。
171015tukudo18.jpg


171015tukudo19.jpg


参拝所
171015tukudo20.jpg


社額
171015tukudo21.jpg


社殿の背後に回ると、本殿を拝することができる。
171015tukudo22.jpg


背後には、鹿のオブジェなどが置かれていた。
171015tukudo23.jpg


主祭神:
主祭神は天津彦火邇々杵尊
相殿神が、平将門公、菅原道真公

神紋は「右三つ巴」と「繋ぎ馬」
171015tukudo24.jpg


171015tukudo25.jpg


天水桶には将門公の「繋馬(つなぎうま)」が彫刻されているが、伝説では、将門が挙兵した時、突然空に一筋の稲妻が走り落下して黒馬に変わると、将門はこれに乗り戦場を縦横無尽に駆け巡ったとされる。「繋馬」は家紋や社紋として使用されることも多く、当社でも拝殿の門帳には「繋馬」を神紋として用いている。

境内社・世継稲荷(田安稲荷)
倉稲魂神を祭神として、嘉吉元年(1441)頃、飯田町に創建された稲荷神社である。当時はこの辺一帯を田安村といったことから、「田安稲荷」と称されていた。二代将軍秀忠が社に参内し「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛し、これ以降「世継稲荷」と称されるようになったと伝えられている。元禄10年(1697)の大火で被害を受け翌年に再建した頃より、地域町人の守護神になっていった。享保15年(1730)以降、田安家の鎮守神としても崇拝された。また、文久2年(1862)に14代将軍家茂の正妻・和宮が子宝を願って参詣した。現代も子宝や後継者を願う人々に信仰されている。
171015tukudo26.jpg


171015tukudo27.jpg


171015tukudo28.jpg


171015tukudo29.jpg


171015tukudo30.jpg


171015tukudo31.jpg


171015tukudo32.jpg


力石
171015tukudo33.jpg


(了)


「神社巡拝」に飛ぶ



青面金剛庚申塔/狭山市・青柳氷川神社

20171014

所在地:埼玉県狭山市青柳東馬智屋敷475 氷川神社入り口

氷川神社入り口の社号標
171014hikawa01.jpg


その社号標が参道右側にあり、その反対側に庚申塔がある。
171014hikawa02.jpg


氷川神社については、既に記事がある

その記事を見る


青面金剛庚申塔
171014hikawa03.jpg


171014hikawa04.jpg


塔身:角柱
主尊:一面六臂青面金剛
日月:浮彫 瑞雲
主尊の特徴:一面六臂、頭蛇
本手:剣とショケラ
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、三叉矛
脇侍:右向一邪鬼、三猿
造立年代:元文5年(1740)

向かって左側の銘文
171014hikawa05.jpg


銘文詳細
171014hikawa06.jpg


余談だが、ここに「馬智屋敷組」とあり、地名にも「馬智屋敷」と残っている。
地名にのみ名を残す謎の屋敷である。
久保川沿いに屋敷があったと言い、そこには馬智木太郎が住したとの伝承があるが、しかし、その人物がいつの時代の人物か不明である。

日月は、浮彫・瑞雲だが上が欠けた感じで、もしかしたら塔身の上が欠けた?
171014hikawa07.jpg


頭には蛇。額が広くて三眼ではないかと思うが、風化がひどくて不明。
171014hikawa08.jpg


本手は、剣とショケラ。ショケラは風化がひどくて姿はよくわからない。
171014hikawa09.jpg


向かって右の二手に、法輪と弓。
171014hikawa10.jpg



向かって左の二手に、矢と三叉矛。
171014hikawa11.jpg


一邪鬼を踏み、鶏は居ない。
171014hikawa12.jpg


三猿は、風化がひどくてよくわからない。
171014hikawa13.jpg


(了)


「庚申塔の探訪記事一覧」に飛ぶ



プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop