日吉大社の狛犬

20170330

所在地:滋賀県大津市坂本5−1−1
撮影日:2017年3月22日

青春18キップで旅をした際に撮影した、日吉大社の狛犬です。
本殿の回廊に置かれた狛犬は、他にも上賀茂神社、下鴨神社、春日大社などありますが、ほとんど見ることが出来ない状況です。
そのなかで、ここ日吉大社は本殿の回廊に近づけるため、間近に見ることができる貴重な場所となっています。

日吉大社については、既に記事にしています。

その記事を見る


日吉大社には、東本宮、西本宮、樹下宮、宇佐宮、白山宮と5つのお宮があり、それぞれの本殿の回廊に狛犬が居ます。
この記事で、一挙に5組の狛犬を紹介します。

【西本宮】
年代:天正14年(1586)
材質:木製
型式:神殿型

本殿
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本殿の回廊に置かれている。
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右の阿形獅子
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左の吽形狛犬
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特徴:
・右側が阿形、たてがみが巻き毛であるので獅子。
・左側が吽形、たてがみが流れているので狛犬。頭に角を備える。
・眼は玉眼、顔はいかめしいが親しみやすい表情をしている。
・前足はたくましく、翼のような毛を持つ。
・後足は蹲踞。
・尾は、阿形獅子のは先端が巻き毛の太い毛が扇状に広がっていて、吽形狛犬のは真っ直ぐの太い毛が扇状に広がっている。


【東本宮】
年代:文禄4年(1595)
材質:木製
型式:神殿型

本殿
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本殿の回廊に置かれている。
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右の阿形獅子
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左の吽形狛犬
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特徴:
・右側が阿形、たてがみが巻き毛であるので獅子。
・左側が吽形、たてがみが流れているので狛犬。頭に角を備える。
・眼は玉眼、顔は丸くて、眼が中央に寄り目で、人なつこい表情をしている。
・前足はたくましく、翼のような毛を持つ。
・後足は蹲踞。
・尾は、先が丸く太い棒状の毛が扇状に広がっている。


【樹下宮】
年代:文禄4年(1595)
材質:木製
型式:神殿型

本殿
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本殿の回廊に置かれている。
灯篭が下がっていて、灯篭が邪魔して正面からの狛犬を撮れない。辛うじて顔を撮れただけ。

右の阿形獅子
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左の吽形狛犬
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特徴:
・右側が阿形、たてがみが巻き毛であるので獅子。
・左側が吽形、たてがみが流れているので狛犬。頭に角を備える。
・眼は玉眼、顔は四角くて、いかめしい。獅子舞の獅子にこの顔が多い。
・前足はたくましく、延びている毛の先端が巻き毛。
・後足は蹲踞。
・尾は、中央に剣状に毛がスックと立ち、そこから他の毛が枝分かれして植物状に広がっている。


【宇佐宮】
年代:慶長3年(1598)
材質:木製
型式:神殿型

本殿の回廊に置かれている。
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右の阿形獅子
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左の吽形狛犬
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特徴:
・右側が阿形、たてがみが巻き毛であるので獅子。
・左側が吽形、たてがみが流れているので狛犬。頭に角を備える。
・眼は玉眼、顔は比較的獰猛な顔。
・前足はたくましく、延びている毛は剣のように鋭い。
・後足は蹲踞。
・尾は、扇状に広がって、背中に付いている。


【白山宮】
年代:慶長3年(1598)
材質:木製
型式:神殿型

本殿
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本殿の回廊に置かれている。
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右の阿形獅子
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左の吽形狛犬
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特徴:
・右側が阿形、たてがみが巻き毛であるので獅子。
・左側が吽形、たてがみが流れているので狛犬。頭に角を備える。
・眼は玉眼、顔は四角くて、いかめしい。
・前足はたくましい。
・後足は蹲踞。
・尾は、阿形獅子は扇状に広がって立ち、吽形狛犬は扇状に広がって背中に付いている。


彩色がほとんど剥げているのは残念だが、このように本殿の回廊に置かれた状態で、間近に見ることが出来るのはとても貴重なこと。
間近に見える位置に置かれているせいか、いずれも人なつこい姿である。
風雨にさらされているので、大変だが、いつまでも元気で居てほしい。

(了)

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日吉大社(後編)

20170329

鎮座地:滋賀県大津市坂本5−1−1
参拝日:2017年3月22日

青春18キップでの京都と奈良の神社めぐりの最初に訪れたのがここですが、「前編」からの続きです。

【上七社 摂社白山姫神社】
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参道
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白山姫神社拝殿 重要文化財
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白山姫神社本殿 重要文化財
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やはり回廊に、神殿型木製狛犬が侍る。
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本殿正面扉
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ご祭神は、菊理姫命

神紋は、「並び杉」
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白山宮境内に、四社の境内社が並ぶ。
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〇下七社  末社劔宮社
ご祭神は、瓊々杵命。
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〇境内社 小白山社
ご祭神は、大己貴神。
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〇境内社 八坂社
ご祭神は、素佐之男神
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〇境内社 北野社
ご祭神は、菅原道真公
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ここから、降って東本宮に向かいます。
石段を下って、今までいた白山宮境内を見上げる。
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途中の山道に、恵比須社があり。

〇日吉大社境内社 恵毘須社
ご祭神は、事代主神
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境内には、鬱蒼と杉の大木が並ぶ。
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向うに、東本宮の楼門が見えてきたところで、左手に八王子山(牛尾山)への登り口が見える。
登り口の両側に境内社がある。
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〇境内社 三宮宮(八王子山頂の奥宮に対し、里宮)
ご祭神は、鴨玉依姫神荒魂。
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〇境内社 牛尾宮(八王子山頂の奥宮に対し、里宮)
ご祭神は、大山咋神荒魂(旧称 八王子神)
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神紋は「くずれ菊」。
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八王子山(牛尾山)への登り口。
本当に登りたかったのだが、無念。
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〇東本宮楼門 重要文化財
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樹下神社と東本宮が同じ敷地にあり、楼門をくぐると、前方に東本宮の参道が延びるが、それと直角に樹下神社の参道が交わる、特異な配置になっている。
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【上七社 摂社樹下神社(じゅげじんじゃ)】

摂社樹下神社拝殿 重要文化財
地味な入母屋の拝殿ですが、大きな鳥が羽ばたくような美しさを感じます。
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摂社樹下神社本殿 重要文化財
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回廊に、神殿型木製狛犬
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本殿正面
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ご祭神は、鴨玉依姫神。
賀茂建角身命と丹波国神野の神伊可古夜日売の娘。 大山咋神との間に賀茂別雷命(上賀茂神社の祭神)を産んだ。

神紋は、「十八葉菊」
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【上七社 東本宮】

東本宮拝殿 重要文化財
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東本宮本殿 国宝
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回廊に、神殿型木製狛犬
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本殿正面
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ご祭神は、大山咋神

神紋は、「二葉葵」
本殿には見つからなかったので、「二葉葵」をモチーフにした装飾を載せておく。
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〇亀井霊水
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〇中七社 摂社新物忌神社
ご祭神は、天知迦流水姫神。
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〇摂社早雄神社・摂社大物忌神社
ご祭神:
早雄神社は須佐之男命、大物忌神社は大年神
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〇境内社 稲荷社
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〇下七社 末社二宮竈殿社
ご祭神は、奥津彦神・奥津姫神
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〇境内社 内御子社
ご祭神は、猿田彦神
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〇日吉雌梛(めなぎ)
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〇日吉雄梛(おなぎ)
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楼門から出て、参道を下ります。その両側に境内社があり。

〇境内社 須賀社
ご祭神は、素戔嗚神奇魂。
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〇境内社 巌滝社
ご祭神は、市岐島姫神・滝津島姫神
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〇猿岩
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〇下七社 摂社氏神神社
ご祭神は、鴨建角身命・琴御館宇志麿
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〇境内社 氏永社
ご祭神は、祝部希遠(社家先祖神)
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〇境内社 八柱の神
ご祭神は、五男三女神(天照大御神と素戔嗚尊が誓約をしたときに生まれた神)
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下って来た参道を振り返る。
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これで、広い日吉大社の境内を駆けまわって参拝したが、ほぼ全体を廻った。

二宮橋は渡れないので、横に設けられた橋を渡る。
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【重要文化財 二宮橋】
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これで、広い日吉大社の参拝を終え、またJR比叡山坂本駅に戻り、京都に移動。
次の参拝地は「上賀茂社」である。

(了)


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日吉大社(前編)

20170327

鎮座地:滋賀県大津市坂本5−1−1
参拝日:2017年3月22日

青春18キップでの京都と奈良の神社めぐりの最初に訪れたのがここ。
JR比叡山坂本駅から歩いてきて二つ目の鳥居と社号標がある。
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ここから先の両側には、比叡山の僧が高齢となり隠居所として賜った里坊が並ぶ。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
じっくりと見たいところだが、残念ながら通り過ぎる。
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赤鳥居
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社号標
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日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社(名神大社)、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。

文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあるのが初見だが、これは、日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである[2]。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。日吉大社は、崇神天皇7年に、日枝山の山頂から現在の地に移されたという。

また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

西本宮の祭神・大己貴神については、近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のため大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。神階としては、元慶4年、西本宮の祭神が、寿永2年、東本宮の祭神が、それぞれ正一位に叙せられた。『延喜式神名帳』では名神大社に列格し、さらに長暦3年、二十二社の一社ともなった。

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神として崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならって山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結びつけて山王神道を説いた。中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出したみこしは日吉大社のものである。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建され、現代の天台教学が成立するまでに、与えた影響は大きいとされる。

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる建造物は安土桃山時代以降、天正14年(1586年)から再建されたものである。信長の死後、豊臣秀吉と徳川家康は山王信仰が篤く、特に秀吉は、当社の復興に尽力した。これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考えたためである。

明治に入ると神仏分離令により、仏教色が廃された。また、本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社に格下げした。明治4年、官幣大社となった。昭和3年、東本宮・西本宮ともに官幣大社となり、元の形に復した。

境内図
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なにしろ日吉大社の境内は広く、最初から牛尾山(八王子山)山頂の磐座(金大巌)・牛尾宮・三宮宮はあきらめたので、残念だが完璧に参拝はできていない。

最初に西本宮に参拝し、東本宮に向かって順番に参拝していった。
整理して載せてはいないので、それぞれの社の山王二十一社での位置づけは、Wikipediaで参照をお願いする。

Wikipediaの「日吉大社」を見る


【中七社 摂社早尾神社】
境内入口の石段上にある。
苔むしており、すごく登り難い石段だった。
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社殿
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ご祭神は素盞嗚神。
残念ながら、お留守だった。
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【重要文化財 大宮橋】
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走井橋から眺めた大宮橋
木造橋の形式をそのまま用いている。
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【重要文化財 走井橋】
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走井橋そばの走井祓殿社
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走井祓殿社のところの巨杉の枝がえらいことになっていた(驚)
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山王鳥居が見えてきました。
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〇猿塚
山王鳥居の手前に、「猿塚」と呼ばれる大きな石組がある。この写真の右側に映っているもの。
これは古墳の石室の蓋が露出したもので、境内には約70基もの古墳が確認されており、「日吉古墳群」として遺跡に指定されている。
出土品から6世紀中頃から後半と推定されるが、この古墳の穴は唐崎(日吉大社ゆかりの湖岸)まで通じていることや神様のお使いの神猿さんが年老いて自身の死期を悟ったときに、自ら猿塚の中へ入っていくという伝説があるそうです。
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〇山王鳥居
私には、赤坂の日枝神社でおなじみだが、これがオリジナルのもの。
別名、合掌鳥居と云い、笠木の上の部分が合掌を意味し、神仏混合の状態をあらわす。
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〇神馬舎
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【神猿舎】
ちょうど係の人が掃除中でした。
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猿は古くから境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場します。江戸時代の絵図等には「猿飼所」「猿厩」が記されている。

山王さまの神使としての猿は、「神猿(まさる)」と云われ、「魔が去る」、「勝る」に通じるとして大事にされている。

あとで覗くと、一匹いた。
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西本宮楼門の前に、二つの磐座がある。

〇山王霊石「祇園石」
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〇山王霊石「大威徳石」
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【西本宮】

手水舎
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〇楼門 重要文化財
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「暮股」と呼ばれる楼門二階部分の正面にも3匹の神猿さんが、松の木の上で遊ぶように楽しげな装飾が施されている。
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西本宮楼門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿さんがお参りに訪れる方々を見守っています。
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楼門の左右には、奉納された酒樽が積まれている。
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〇西本宮拝殿 重要文化財 安土桃山時代の建立
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拝殿の正面に掲げられているのは、丸山応挙の高弟、長澤芦雪が描いた親子の「猿図」の絵馬。
寛政4年(1792)奉納。
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西本宮本殿の正面に向かって左側の「竹臺」
伝教大師が中国の天台山から持ち帰った竹を植えたもの。
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〇西本宮本殿
桁行五間・梁間三間・檜皮葺の日吉造。
織田信長の比叡山焼き打ち(1571)で焼失後、天正14年(1586)再建、慶長2年(1597)改造。
東西本宮の本殿は、日吉造という独特の構造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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正面扉
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背面の屋根にのみ庇が無いのが、日吉造の特徴。
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檜皮葺が厚い。
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ご祭神は大己貴神(大国主神に同じ)

神紋は、「牡丹」
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〇下七社 末社竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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【上七社 摂社宇佐宮】
創建時から675年までは西本宮に夫とされる「大己貴神」と共に祀られていたようです。
「宇佐宮」の名は、大分県の宇佐神宮のご祭神が応神天皇、神功皇后、比売大神(宗像三女神)であることから名づけられたようです。
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参道には、赤い灯篭が並ぶ。
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〇宇佐宮拝殿 重要文化財
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〇摂社宇佐宮本殿
西本宮本殿、東本宮本殿と同様、屋根は日吉造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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本殿正面
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ご祭神は、田心姫神(たごりひめ)
宗像三神の長女(宗像大社・沖津宮に祀られている)
大国主神との間に鴨族の祖、迦毛大御神とよばれる阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこね)と下照姫神(したてるひめ)を生む。

神紋は「流水三つ巴」と「橘」
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〇下七社 末社気比社
ご祭神は仲哀天皇
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〇末社宇佐竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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〇中七社 末社宇佐若宮
ご祭神は、下照姫神(宇佐宮の娘)
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日吉大社(後半)の記事を見る



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大山咋神(おおやまくいのかみ)/日本の神々の話

20170326

記紀神話に登場する神。
別名は、山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)。

日吉大社、赤坂日枝神社、根津神社、栃木県・村檜神社の祭神、狭山市・峰の愛宕神社の祭神。

須佐之男命と神大市比売との間には、宇迦御魂神(稲荷神社の祭神)と大年神が生まれる。その大年神と天知迦流美豆比売(アメノチカルミヅヒメ)との間に生まれたのが大山咋神です。
須佐之男命の孫ということになります。

『古事記』では、近江国の日枝山(ひえのやま、後の比叡山)および葛野(かづの、葛野郡、現京都市)の松尾に鎮座し、鳴鏑を神体とすると記されている。
なお、大山咋神は里山に鎮まるとされることから、『古事記』の「日枝山」とは、比叡山全体というより、里山である八王子山(比叡山の一部)を指すとする説もある。
「日枝山」には日吉大社が、松尾には松尾大社があり、ともに大山咋神を祀っている。日枝山と松尾については、共通の祭神を祀る社の存在だけではなく、八王子山と松尾山の両方に巨大な磐座と、古墳群(日吉社東本宮古墳群、松尾山古墳群)が存在し、共通点が多いことが指摘されている。特に、古墳群については、それらの古墳の埋葬者の勢力範囲と、大山咋神の神域とされる範囲の一致する可能性が指摘されている。
比叡山に天台宗の延暦寺ができてからは、最澄によって、天台宗および延暦寺の結界を守る守護神ともされた。

名前の「くい(くひ)」は杭のことで、大山に杭を打つ神、すなわち大きな山の所有者の神を意味し、山の地主神であり、また、農耕(治水)を司る神とされる。

大山咋神の別名山王(さんのう)は中国天台山の鎮守「地主山王元弼真君」に倣ったものである。なお、比叡山には、本来、山の全域において、大山咋神の他にも多数の神が祀られており、最澄が延暦寺の守護神として認識したのは、大山咋神だけでなく、その他の「諸山王」を含めた、比叡山の神々全体のことであったとも指摘されている。
天台宗が興した神道の一派を山王神道と言い、後に天海が山王一実神道と改めた。 太田道灌が江戸城の守護神として川越日吉社から大山咋神を勧請して日枝神社を建てた。江戸時代には徳川家の氏神とされ、明治以降は皇居の鎮守とされている。

『古事記』で「葛野の松尾に鎮座して、鳴鏑を神体とする神である。」と書かれていますが、これは京都の松尾大社のことで、渡来人の秦氏の氏神でした。秦氏は酒造の技術も日本に伝えたことから、中世以降、松尾神(大山咋神)は酒造の神としても信仰されている。


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青春18キップの旅・2017春

20170325

今年も「青春18キップの旅」を楽しむことにして、21日の夜行で出発して、24日の夜帰ってきました。

廻ってきたのは、京都、奈良です。
テーマとしては、まず「全国一之宮めぐり」など神社めぐり。
それから武蔵国に出雲系の神社が多いことから、出雲系に関心が深くなっているので、京都と奈良に残っている出雲族の痕跡を訪ねました。

行程:
3月21日 23:10発「ムーンライトながら」乗車
1日目・3月22日(水)】
「ムーンライトながら」大垣5:51着
大垣5:53⇒東海道本線米原行き⇒米原6:31 6:49⇒東海道本線新快速姫路行き⇒山科7:44 8:01⇒湖西線近江舞子行き⇒比叡山坂本駅8:12⇒徒歩20分⇒日吉大社(8:30~10:10)⇒比叡山坂本駅10:44⇒湖西線⇒京都駅10:58⇒ 昼食 ⇒京都駅⇒地下鉄北山駅⇒徒歩15分⇒太田神社⇒上賀茂神社(12:20~13:20)⇒市バス⇒地下鉄北山駅⇒地下鉄今出川駅⇒徒歩⇒出雲路幸神社⇒鴨川デルタ⇒河合神社⇒糺の森⇒下鴨神社⇒出雲路橋、御霊神社、出雲寺、出雲路神楽町⇒市バス⇒京都駅
京都駅18:36⇒JR奈良線⇒奈良19:27
※宿泊:奈良  

2日目・3月23日(木)】
JR奈良8:00⇒桜井線⇒三輪8:25⇒大鳥居⇒素佐男神社⇒大神神社⇒山の辺の道⇒狭井神社・市杵嶋姫神社⇒山の辺の道⇒出雲屋敷⇒桧原神社⇒山の辺の道戻り⇒久延彦神社⇒大直彌子神社⇒三輪駅14:03⇒巻向駅14:06⇒垂仁天皇巻向珠城宮跡⇒山の辺の道⇒珠城山古墳⇒景行天皇日代宮跡⇒相撲神社⇒穴師座兵主神社⇒山の辺の道戻り⇒箸墓古墳⇒巻向駅17:29⇒桜井線⇒奈良駅17:53
※宿泊:奈良  

3日目・3月24日(金)】
ホテル6:00⇒徒歩20分⇒氷室神社⇒東大寺南大門(狛犬)⇒市バス⇒JR奈良駅⇒ホテル⇒朝食
JR奈良駅8:53⇒関西本線快速・加茂行き⇒加茂9:09 9:36⇒関西本線亀山行き⇒亀山11:03 11:24⇒関西本線快速名古屋行き⇒名古屋駅12:34 (昼食) 13:17⇒東海道本線新快速豊橋行き⇒豊橋14:10 14:24⇒東海道本線浜松行き⇒浜松14:57 15:10⇒東海道本線熱海行き⇒熱海17:43 (夕食) 18:35⇒東海道本線普通宇都宮行き⇒戸塚20:13⇒湘南新宿ライン⇒新宿21:00着


21日の夜、「ムーンライトながら」に乗り込みました。
「ムーンライトながら」は、青春18キップの運用期間に特化して運行されています。
普通快速列車、全車指定席、リクライニングシート仕様。
東京駅を23:10に出発、日が替わって最初の停車駅小田原通過時点で車掌さんが回ってきて日付スタンプを押してくれます。
大垣に5:51に着くので、関西に旅する場合はとても便利です。

ムーンライトながら
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170325seisyun02.jpg


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シート
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アイマスクをして、寝ようと努力しますが、あまり寝られません(汗)
ただ、初めて乗った昨年は次の日に影響するんじゃないかと焦りましたが、昨年大丈夫だった経験から、今回はあまり焦らず過ごせたのはよかった。

大垣では、ほとんど待ち時間が無いので半分走って米原行きに乗りこみます。
幸い座れて、列車が走り出すと、隣の方が話しかけてきた。
なんと、同じ埼玉県の大宮の人だった。
同じ年配の感じだったが、青春18キップは6年目と云っていた。
城めぐりをしているということで、米原までのあいだ話が盛り上がった。

けっこう厳しい計画を立てたが、いままでの経験から神社の大小で費やす時間はだいたいわかっているので、問題が発生しなければ、回れるだろうと計画を立てた。
初日が、一番身体がしんどかった。
最初の夜は、両脚が同時に攣ったほど(苦笑)
結果的には、計画したところには全部行くことができ、途中で思わぬ拾いものがあり、計画以上の収穫があった。

奈良でのコース設定は、結果的に失敗だった。
参拝したい神社をリストし、三輪駅と巻向駅との位置関係で、グーグルマップで行程を決めた。
そしたらその道のかなりの部分が「山の辺の道」だったのだ。
桧原神社で、それは感じたが三輪駅に戻ることを前提に二つ行きたい神社が残っていたので、それを消化して三輪駅に戻った。
そして巻向駅から歩き出して10分くらいで、「山の辺の道」となり穴師座兵主神社まで「山の辺の道」沿いだった。
せっかくだからと、「山の辺の道」を調べていれば、もっと効率的に回れた。
逆に、今回歩いた部分の「山の辺の道」は往復したので、とても記憶には残ったのはよかった。

今回、最近力を入れている狛犬については、貴重なものを沢山見ることが出来たので、とても嬉しい。

大ポカをした。
箸墓古墳を見終わり、巻向駅に戻ってやれやれ一日終わったとカメラをカメラケースに入れようとしたら、無い!!??
カメラを収納するリュックのポケットのチャックが開いている。
箸墓古墳の周りを一周する途中でバッテリーを交換したが、そこでミスったのだ。
前日、一日京都を歩き回った写真のメモリーもカメラケースの中だ(泣)
これが無かったら、京都をあんなに疲れて歩き回ったのが無駄になってしまう(泣)
もう半泣きで、疲れ切っているので走ることも出来ず、可能な限りの速足で現場に戻った。
バッテリーを交換したところから50mくらいのところ、遊歩道の真ん中に落ちていた。
恐る恐る中を見たら、メモリーケースには異常なし(嬉)
その場に座り込んで、しばらく呆然としていた。
誰かに拾われなくてよかった!!!
ポカした現場から歩いて10分という近くの場所で気が付いて良かった!!!
電車に乗る前にカメラをしまおうとして良かった!!!
考えてみれば、一番大事とも云える使用済のメモリーは、リュックの内ポケットの最も安全な場所に収納しておくべきだったのだ。
今でも、それを思うと冷汗が出る。

訪ねたところは、個別にこれからアップしていきます。

三日分使用した、青春18キップ
170325seisyun05.jpg


残った二日分で、カミさんと桜見物に行くことにしています。

(了)

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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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