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法隆寺宝物殿をメインに東京国立博物館

20220915

撮影日:2022年7月22日

この日は、午前中上野の山の史跡を見て歩き、トーハクに入って「ゆりの木」で昼食、休憩をしたのち、法隆寺宝物殿を見学。

表慶館の横から入っていくと、ひらけた空の下に直線美の美術館が出現します。
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美術館エントランスホールをおおらかに覆う庇が来場者を出迎えているようにも見えます。
谷口吉生氏の設計による見事な建物です。
絶対的な水平を成す水面と厳密な幾何学の緊張感漂うアプローチを進んでエントランスから入ります。

明治11年(1878)に奈良・法隆寺から皇室に献納され、戦後国に移管された宝物300件あまりを収蔵・展示しています。これらの宝物は、廃仏毀釈で困窮していた法隆寺に皇室が一万円を下賜する見返りとして、法隆寺から皇室に献納されました。やがて国のものとして移管され、1964年にそれらを保管・公開する目的で東京国立博物館に納められました。

中に入ると、吹き抜けのロビーに、金銅灌頂幡(レプリカ)が飾られています。
幡(ばん)とは、寺院を飾る荘厳具(しょうごんぐ)の一つ。灌頂(かんじょう)というのは、頭に水を注いで仏の弟子となったことを示す儀式のことをいうので、灌頂幡とは、灌頂を受けることと同じ意味があるといわれています。
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1階の部屋には、6世紀から8世紀の金銅仏がズラリと並んでいます。
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光背
奈良時代 7世紀
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阿弥陀三尊および僧形像
飛鳥時代 7世紀
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観音菩薩立像
飛鳥時代 7世紀
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如来および両脇侍立像
三国(朝鮮)時代 6~7世紀
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菩薩半跏像
飛鳥時代 7世紀
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伎楽面の室
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伎楽面 酔胡王
飛鳥時代 7世紀
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伎楽面 酔胡従
飛鳥時代 7世紀
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伎楽面 迦楼羅
飛鳥時代 7世紀
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吹き抜けの階段を、金銅灌頂幡(レプリカ)を見ながら二階に上がる。
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鳳凰円文螺鈿唐櫃
平安時代 12世紀
木製で表面に黒漆が塗られ、薄く削いだ貝殻を嵌める螺鈿の手法で、鳳凰を円くかたどった文様を五の目に散らしている。
大ぶりで大らかな文様や角を落とした和らいだ形状には、王朝時代の気分が漂います。
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盤竜鏡
唐時代 
8世紀
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全て見終わったので、下のロビーに戻る。
踊り場の柵越しに表慶館が見える。
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平成館の考古展示室に向かう。

平成館前のこの場所は、かって事務棟があり、初代総長の森鴎外の居室があった場所。
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平成館の考古展示室には、さすがトーハクといわせる展示がものすごくあった。
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そのなかから、オッと見とれた土偶を二つ紹介しておきます。

土偶/青森県つがる市木造亀ケ岡出土
縄文時代(晩期)
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土面/埼玉県羽生市発土出土
縄文時代(晩期)
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本館に移り、気の向くまま見て回ったが、今回見とれたものを紹介。

国宝 銀象嵌銘大刀(ぎんぞうがんめいたち)
鉄製 熊本県玉名郡和水町 江田船山古墳出土
古墳時代 5-6世紀
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さきたま古墳に行く機会が多く、そこの博物館で金錯銘鉄剣をいつも見るが、それに対となって語られるのが、この銀象嵌銘大刀であり、今回じっくりと見ることができて良かった。

紙すき場(近村)/速水御舟
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埃及(えじぷと)猫置物/海野清
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染付墨はじき梅花文鉢/14代今泉今右衛門
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国宝室展示室には、雪村の絵が飾られていた。

蝦蟇鉄拐図/雪村周継
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本館前の巨木がユリノキであることに、今回はじめて気づいた。
それも、きわめて由緒ある木であった。
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ユリノキは、私がよく散歩に行く智光山公園にあり、ユリノキの花が近くにあるハンカチノキの花と一緒に咲くので、毎年欠かさずに見に行っている。

智光山公園のユリノキの花
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(了)


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神奈川県立歴史博物館

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所在地:神奈川県横浜市中区南仲通5-60
訪問日:2022年4月22日

1967年(昭和42年)に神奈川県立博物館として開館。日本の総合博物館として先駆的な存在。1995年(平成7年)に自然史分野を分離して神奈川県立生命の星・地球博物館(小田原市入生田)と人文系の歴史博物館とに分けて再整備されました。横浜で貿易商をしていた丹波恒夫の浮世絵コレクション 6,000点以上などが所蔵されています。
建物は、歴史主義建築(ネオ・バロック様式)に属する明治30年代における代表的なドイツの近代洋風建築の影響を強く受けた建造物です。横浜正金銀行本店として1900年(明治33年)に着工し、1904年(明治37年)に完成。1923年(大正12年)9月1日の関東大震災の火災により建物のドームが焼失してしまいましたが、1947年(昭和22年)には、横浜正金銀行を引き継いだ東京銀行が発足し、東京銀行横浜支店として使用されました。1964年(昭和39年)に神奈川県が建物を買い取り、建物の増築・改修工事を行い、関東大震災で焼失したドーム屋根の復元を行いました。1967年(昭和42年)3月20日に神奈川県立博物館として開館。1969年(昭和44年)、建物が「旧横浜正金銀行本店本館」として国の重要文化財に指定され、1995年(平成7年)には敷地を含め「旧横浜正金銀行本店」として国の史跡に指定されました。外観のよく保存された、すぐれた意匠をもつ洋風建築であり、明治以降の建築物をともなう遺跡で国より史跡の指定を受けたのはこれが最初だとのことです。

入口側は、普通の現代的な外観
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反対側が、旧横浜正金銀行の外観
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持ち帰った博物館のリーフレットを見返していたら、愛称だろう、「エースのドーム」と記されているのに気が付いた。ちょうどこの日の後半に「横浜三塔」の写真を撮り歩いたので、こういうのもあるのかと調べてみると、2013年頃から博物館では言いだしたらしい。
神奈川県立歴史博物館は、気軽に入ったり、親しみを持ったりしてもらえるような愛称を付けよう、ということになり、たまたま横浜国大の教授が、“非常に素晴らしい建築物で「エースのドーム」と呼びたいくらいだ”とコメントしてくれていたので、それをいただいた、ということらしい。

入館して、見て歩いたなかで気に入ったものを紹介しておきます。

〇神奈川県域最古の人類の痕跡
 台形様石器/旧石器時代メ吉岡遺跡群D区
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〇スタンプ形石器
縄文時代早期/十王堂免遺跡
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「スタンプ石器」というのを知らなかったので、調べてみた。
およそ16,500年前、日本列島で土器の使用が始まり縄文時代が幕をあけます。旧石器時代以来の寒冷な気候は、12,000~11,000年前頃に段々と温暖化し、それに伴うように生活の様子も変化していきます。弓矢の普及は狩猟対象となる動物の変化、石皿(磨り臼)の増加は植物質食料への積極的なアプローチを示すものでしょう。竪穴住居が急激に増加するのもこの時期の大きな変化です。これは人々が同じ場所で暮らす期間の長期化、定住生活の開始を物語ります。

「スタンプ形石器」は、拳大の川原石のような石を半分に打ち欠いただけのシンプルな石器です。「イモ判」(小さい頃、ジャガイモなどを半分に切って、断面に模様を掘り込んでハンコを作りませんでしたか?)のような形をしているので研究者がそのように名付けました。そのままのネーミングですね…実は考古資料にはこんな感じで命名されたものが結構あります。「スタンプ形石器」の平たく割られた面を眺めてみると、すり減った痕跡をもつものがあります。どうやら何か柔らかいものをこすった痕跡のようで、植物の繊維を柔らかくするためのものではないか、という指摘もあります。

〇縄文時代が始まったころの土器
縄文時代草創期/代官山遺跡
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〇灯りとり用の土器か「釣り手土器」
縄文時代中期/美立谷戸遺跡
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〇ヘビ形の装飾付きの鉢
縄文時代中期/中区根岸台
縄文土器には、ヘビのような装飾がまま見られる。ヘビは脱皮することから再生の象徴と考えていたのでは、とする説もある。
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〇土器の縁に付けられた顔の装飾
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〇深鉢形土器
縄文時代後期/荒立遺跡
縁の近くに穴が二つある。おそらく、土器を使用していて亀裂が入ってしまい、それが広がらないようにした配慮だろう。
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〇蓋付きの壺
縄文時代後期/別所貝塚
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【土偶】
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〇円覚寺舎利殿再現
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実物の堂内には、須弥壇の中央に舎利を安置する宮殿が安置され、その両脇に観音・地蔵菩薩立像が安置される。
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格子が美しい。
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〇ペリーの肖像
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〇江戸湾防備の大砲-青銅80ポンド陸用カノン砲
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〇新橋-横浜間を初めて走った1号機関車模型。
実物は、大宮の鉄道博物館にある。
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【異人への飽くなき好奇心】

〇アメリカ人子供愛図
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〇日本名山之不二
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〇欧邏巴州之内英吉利国
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〇横浜本町海岸仏郎斯役館之全図
開港以前からあった洲干弁天社移転後の埋め立て地にあったフランス公使館周辺を描く。
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〇旧横浜正金銀行本店本館
国指定重要文化財・国指定史跡
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展示室の一部の壁が、国指定重要文化財である旧横浜正金銀行本店本館の、優雅な壁である。
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これで見学を終え、続いて近くの「横浜ユーラシア文化館」を見学、その後横浜中華街で昼食の予定だったが、この日は暑くて参加者がグロッキー気味。予定を変更して県庁ちかくで昼食となった。

その後は自由行動ということで、ほとんどは今評判の「リトの木の葉切り絵」を展示している山下公園に行き、私は「横浜三塔物語」の写真を撮って歩いた。

(続く)


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東京臨海部広報展示室「TOKYOミナトリエ」

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所在地:東京都江東区青海2-4-24
訪問日:2021年12月24日

歴史クラブ「博物館に行こう」グループの企画で訪れました。
例年、12月の企画は併せてイルミネーションを楽しむことを企画していたのですが、今年はクリスマスイブの日にあたってしまい、イルミネーションの名所はすごい混雑が予想されたので、東京湾の夜景を楽しむ企画にしました。
その企画は15時くらいから日本科学未来館を楽しんで、夕食後東京臨海部広報展示室「TOKYOミナトリエ」で東京湾の夜景を楽しむというものです。

新橋から「ゆりかもめ」でテレコムセンター駅まで行き、最初に日本科学未来館を楽しみ、その後夕食をテレコムセンター内の和食レストンで食べてからミナトリエに行きました。
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ミナトリエは、青海フロンティアビルの20階にあります。
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東京湾の、江戸・東京400年の歴史を展示している。
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水の都・江戸
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江戸鳥瞰図/歌川国盛(2代)
1840年代(弘化年代)
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東都名所永代橋全図/歌川広重
1830年代(天保年代)
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東京湾、江戸時代の河岸のジオラマ
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江戸時代の海運
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樽廻船
江戸時代に、主に上方から江戸に酒荷を輸送するために用いられた廻船(貨物船)。
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菱垣廻船
江戸時代に、大坂などの上方と江戸の消費地を結んだ廻船(貨物船)。菱垣とは、両舷に設けられた垣立(かきだつ)と呼ばれる舷墻に装飾として木製の菱組格子を組んだ事に由来する。
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外国貿易の始まり。江戸の湊から東京港へ。
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お台場の由来
ペリー来航によって江戸(東京)湾の防備を迫られた幕府は、南品川漁師町から深川洲崎(現在の江東区東陽)にかけて計11基の台場(砲台)築造を計画し、1853年(嘉永6年)8月末に着工しました。第一・第二・第三台場築造時だけで約5000人の石工・土工・人夫が動員され、台場の築造が突貫工事で進められました。そして着工から約一年後に6基の台場が完成。そのうちの第三台場と第六台場は現在も残り、お台場の地名の由来となっている。
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巡視船「やしま」
ヘリコプター2機を搭載できる会場保安庁の大型巡視船。
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視察船「東京みなと丸」
東京港が果たしている重要な役割と臨海開発の状況を広くPRするため運航している東京都港湾局の視察船。
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貨客船「おがさわら丸(二代目)」
東京港と小笠原諸島の父島二見港との間の定期航路を唯一運航していた貨客船で、片道約1000キロの定期航路を25時間30分で結んでいた。現在は三代目に代わっている。
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そして、今回楽しみにしていた夜景です。

青海コンテナふ頭
右上の赤い光は、羽田空港の管制塔
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対岸の大井コンテナふ頭
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東京タワー、レインボーブリッジ、フジテレビ、ガンダム像(ピンク)
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ガンダムを望遠で撮ったが、ブレブレ(汗)
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大観覧車、お台場ライナーふ頭
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スカイツリー、大観覧車
(望遠)
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今回夜景を楽しめる場所を探していたら、ここが金土日は、21時まで入室できることを発見し、企画したが、とても良かった。
なんといっても、暖かい室内から360度夜景を楽しめるのだから、この上なく素晴らしかった。
ほんとうに素敵な場所にのんびりと過ごせた。

満足して、ゆりかもめで新橋まで戻って、思い付きで新橋駅前のSLのイルミネーションを楽しんでから帰途についた。
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日本科学未来館

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所在地:東京都江東区青海2丁目3番6号
訪問日:2021年12月24日

歴史クラブ「博物館に行こう」グループの企画で訪れました。
例年、12月の企画は併せてイルミネーションを楽しむことを企画していたのですが、今年はクリスマスイブの日にあたってしまい、イルミネーションの名所はすごい混雑が予想されたので、東京湾の夜景を楽しむ企画にしました。

今回の企画は15時くらいから日本科学未来館を楽しんで、夕食後東京臨海部広報展示室「TOKYOミナトリエ」で東京湾の夜景を楽しむことにしました。

新橋から「ゆりかもめ」でテレコムセンター駅まで行き、徒歩5、6分で到着。
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日本科学未来館は、「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」を設立の理念に開館しました。

関心があった1階の「地球とつながる」ゾーンでのシンボル展示の球体ディスプレイ「ジオ・コスモス」が現在公開を一時休止して、メンテナンス工事を行っているので、3階の「未来をつくる」ゾーンと、5階の「世界をさぐる」ゾーンを見ることになります。

3階の「未来をつくる」ゾーン
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5階の「世界をさぐる」ゾーン
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ネットで団体予約をしていたので入場手続きをしていると、まもなくアシモのショーが始まると案内されたので、3階の場所に急ぎました。
アシモが世に現れた時には驚愕むしたし、いまでも書棚にアシモのミニチュアが鎮座しているし、「ロビちゃん」を組み立てて楽しんだりしていたので、これも楽しみにしていました。
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なにしろ広いので、ポイントを絞って見ました。
これから紹介するのは、ごく一部です。
最初に5階の宇宙のコーナーに行きました。

日本の技術で宇宙輸送をリードする、H3ロケットのエンジン。
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スーパーカミオカンデの10分の1の模型
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スーパーカミオカンデ用の光電子倍増管
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模型の中に入ると、ときどきキラキラッと光がまばたいている。
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国際宇宙ステーションの模型
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内部
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野口宇宙飛行士が、無重力状態のなか散髪をしてもらっているビデオが流れていた。
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宇宙食
しょうゆラーメン
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赤飯は私も大好きだけど、宇宙に持っていきたいらしいですね。
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宇宙メダカの説明
宇宙の環境は、生物にどのような影響を与えるのか、脊椎動物のなかでも小型で飼育しやすく、世代交代が速いメダカやゼブラフイッシュの「モデル生物」。これらは地上での研究でデータが多くそろっているため、宇宙放射線の影響を調べる実験に用いられている。
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「地球環境とわたし」のコーナー
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過去一万年は地球の「奇跡の一万年」
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やっぱり、いまの幸運な環境を大事にしなければいけない。

46億年前地球が誕生してから
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1億年前ごろ、極地にも氷床のない温暖な気候
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10-5万年前、現代型ホモソピエンス登場
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1万年前、農耕のはじまり
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未来に向けて
木から始まる新しい工業
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畑で育てるプラスチック
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地上に太陽をつくる
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地球のシミュレーション模型
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ダイナミックな地球のシステムと急速に変化する人間社会を模型で表現していて、地震や噴火などの自然災害は、私たちの暮らしに大きな被害を与えてきました。さらに、科学技術や移動手段が発達した現代では、感染症の拡大、異常気象の増加、原発事故など、思いもよらなかった新たな災害もうまれています。この展示では、さまざまな災害が起こるしくみやその被害を理解することができます。

といっても、じっくりここで時間をかけて見ていられなかったので、あまり理解ができなかった(汗)

赤い球が災害を表しているらしく、人の模型をなぎ倒していく。
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ともに進める医療のコーナー
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ゲノム情報を知ることで病気を予防する
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分子レベルのデータで見る
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時間を見計らって、集合時間まで7階の展望ラウンジで周囲の景色を楽しんだ。
展望ラウンジ(レストラン)
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展望ラウンジの外のバルコニーから
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今回は1時間45分くらいしか居なかったので、ほんの一部しか見ていない。次回は中にレストランもあるので一日ここにいてゆっくりと見たいと思った。

これで日本科学未来館の見学を終え、テレコムセンター内の日本料理レストランで、皆で楽しく夕食を楽しんだ後、東京臨海部広報展示室「TOKYOミナトリエ」に向かった。


続いて「ミナトリエ」の記事を見る


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埼玉県立歴史と民俗の博物館「埼玉考古50選」展

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所在地:埼玉県さいたま市大宮区高鼻町4-219
訪問日:2021年11月18日

歴史クラブ「博物館に行こう」グループの企画で訪れました。
埼玉150周年・博物館開館50周年を記念して、約3万5千年前の旧石器時代から近代にいたる埼玉県の数多くの遺跡から出土した、埼玉の歴史を考える上で欠くことのできない考古資料を厳選して展示してありました。
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数多くの展示品のなかから、私の目に止まったものを紹介するわけですが、どうしても縄文土器とか古墳時代の埴輪が多くなってしまうので、ご容赦ください。
みみずく土偶や遮光器土偶が埼玉県でも出土していたのが、嬉しかったですね。

土偶10点/小林八束1遺跡・久喜市
縄文時代晩期(約3000~2300年前)
祭祀遺物が集中する地点で見つかった。
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そのなかから数点を紹介

土偶
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遮光器土偶
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土偶
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みみずく土偶
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山形土偶/駒形遺跡・皆野町
縄文時代後期(約5000~4000年前)
幼児を埋葬したと考えられる穴の中から、土偶の全身の破片がまとまって出土した。頭部は山形になっていないが、粘土を貼り付けた腹部の妊婦の表現や外側に反った手先には、山形土偶の典型的な特徴がある。
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みみずく土偶/後谷遺跡・桶川市
縄文時代後期(約4000~3000年前)
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みみずく型中空土偶/後谷遺跡・桶川市
縄文時代晩期(約3000~2300年前
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遮光器土偶/赤城遺跡・鴻巣市
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)
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人面付注口土器/赤城遺跡・鴻巣市
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)
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人面付深鉢形土器/赤城遺跡・鴻巣市
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)
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石器/白草遺跡・深谷市
旧石器時代(約15000年前)
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ムササビ土器(縄文土器)/羽沢遺跡・富士見市
縄文時代中期(約5000~4000年前)
イノシシと思われる装飾が付いた大型の土器は、大きな把手を尾、口縁部を胴体に見たて、「ムササビ土器」の愛称で呼ばれている。
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櫛/後谷遺跡・桶川市
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)
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耳飾り/後谷遺跡・桶川市
縄文時代後期~晩期(約4000~2300年前)
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イヌ形土製品・イノシシ形土製品/長竹遺跡・加須市
縄文時代後期(約4000~3000年前)
縄文時代の動物形土製品にはイヌはあまり見られず、イノシシが全体の半数程度を占める。イノシシは多産と強い生命力を象徴したという説がある。当遺跡のイヌ形土製品は、狩猟に関する儀礼をはじめとした当時の人々の動物観を考える上で貴重である。

イヌ形
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イノシシ形
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靫形埴輪/出生塚埴輪窯跡・鴻巣市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
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鈴鏡をさげた女性埴輪/出生塚埴輪窯跡・鴻巣市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
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貴人埴輪/出生塚埴輪窯跡・鴻巣市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
みずらを結い、前髪を左右に振り分けた髪型、服装は、身分の高い人物を表している。
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馬形埴輪/酒巻14号墳・行田市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
この埴輪の発見により、蛇行状鉄器の用途が旗差し金具であることが判明した。
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鞆形埴輪/酒巻15号墳・行田市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
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笑う埴輪/(伝)生野山古墳群・本庄市
古墳時代後期(約1500~1400年前)
「笑う埴輪」の出土例は、県内では児玉郡に集中している。
口の左端には歯を表現した小石がはめ込まれており、右端にも石が欠落した痕跡が確認できる。
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須恵器・土師器/鎧塚古墳・熊谷市
古墳時代中期(約1600~1500年前)
5世紀末頃の墓前祭祀の規範を示す事例として重要。
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鉄鉾/小鹿野小学校出土・小鹿野町
5世紀前半のものと考えられ、渡来系の要素が強く見られる。秩父地域では同時期の古墳や遺跡はほとんど確認されていないが、地域間の交流の中でこうした武器を手に入れた強力な首長が存在していたことを示唆する重要な資料。
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瓦/南比企窯跡群・鳩山町
飛鳥時代~平安時代
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香炉形須恵器/南比企窯跡群(柳原遺跡)・鳩山町
飛鳥時代~平安時代
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瓦塔・瓦堂/東山遺跡・美里町
平安時代(約1200年前)
覆屋と考えられる掘立柱建物群の中に安置されていたと推測されている。寺院建立の代わりにミニチュアを製作したものであり、当遺跡のような集落の有力者層や、一般民衆にまで仏教信仰が広まっていたことがうかがえる。

瓦堂
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瓦塔
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小型宝塔/広木上宿遺跡・美里町
平安時代~鎌倉時代(約900~700年前)
金、銀、金銅、銅、鉄で作られた、5基の小型宝塔。漆塗りの箱に入れられ、地中に埋められていた。
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次いで「河越館跡」、「大光寺裏遺跡」、「騎西城跡」、「栗橋宿跡」からの出土品が、各々まとめて展示してあり大いに参考になったが、ここでは省略させていただく。

見学を終え、博物館内の食堂で昼食を済ませた後、大宮公園をぶらぶら歩いて紅葉などを探して楽しんだ。
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大宮公園を抜けて、氷川神社に寄り、参道から大宮駅に向かった。
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(了)


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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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