FC2ブログ

梅宮神社・甘酒まつり/埼玉県狭山市

20200224

所在地:埼玉県狭山市上奥富508
撮影日:2020年2月11日

2月11日(水)に狭山市内の梅宮神社で行われる「甘酒祭り」に歴史クラブの「伝統芸能・祭り」グループの企画で参加しました。
この神社の甘酒祭りは、毎年厳冬の2月10日・11日の2日間にわたり執り行われます。「頭屋制」という関東地方では他に見られない珍しい運営形態で1200年前の平安の昔よりそのまま継承して挙行されているところから、平成4年(1992)3月11日に埼玉県指定文化財・無形民俗文化財に指定されました。

新狭山駅に集合し、歩いて梅宮神社に向かいました。
途中、梅宮神社入口鳥居から田んぼ一枚隔てた場所に「舗石供養塔」があり、そこで江戸時代の梅宮神社の姿を参加者に見てもらった。

「舗石供養塔」は、天保12年(1841)造立のものなので、ここからの参道に舗石を奉納した記念の碑である。
200224amazake01.jpg


その姿は、江戸時代に作られた「新編武蔵風土記稿」の挿絵に描かれている。
200224amazake02.jpg


半分ずつ拡大すると:

小川に橋がかかっているが、ここが「舗石供養塔」が建っている場所である。
そこから真っ直ぐ参道が延びている。
200224amazake03.jpg


江戸時代の梅宮神社の様子。
200224amazake04.jpg


梅宮神社鳥居には大きな幟が立っています。
200224amazake05.jpg


鳥居からの参道には屋台が並んでいる。
200224amazake06.jpg


200224amazake07.jpg


二の鳥居のところの梅がほころんでいた。
200224amazake08.jpg


200224amazake09.jpg


まだ時間が早いので、境内には人が少ない。
樽みこしや酒樽が並んで居る。
200224amazake10.jpg


梅宮神社の祭神は、酒解神(大山祇神)、酒解子神(木花咲耶姫命)、瓊瓊杵尊、彦火々出見尊であり、その祭神が「甘酒祭り」と関係している。

○甘酒祭りの起源
 起源は古事記・日本書紀によれば、瓊々杵尊が木花咲耶姫命と婚姻、一夜にして身ごもったのを疑われた木花咲耶姫命が疑いを晴らすため、自身産屋に入って「神の御子ならたとえ火の中でも無事に生まれるでありましょう」といって燃えさかる炎の中で彦火々出見尊他を出産したといわれ、喜んだ木花咲耶姫命の父である大山祇神が、清浄な田で採れた米から白酒を造り天地神に供えたのが、「甘酒祭り」の始まり。
また夜を徹して火を頭屋と子供たちによって、朝まで焚き続ける祭りを「奥富おごり」と呼んでいます。

○頭屋制
頭屋制とは氏子を数組の頭屋に分け、そのうちの1組が甘酒祭りばかりでなくその年の祭礼すべてを執り行うことをいいます。梅宮神社では、かっては10組でしたが、現在は上奥富の氏子を9組に分けて頭屋を組んでおり、1頭屋は約10軒で組織されています。

○白酒の製造
大祭に用いる白酒の製造は明治30年(1897)に祭典自家用として、税務署より許可を受けて今にいたっています。現在は酒蔵で仕込むので温度管理が大変楽になりました。それ以前は1月初旬より頭屋の中の杜氏(とじ)宅で仕込みを始め、2月2日よりの「謡(うたい)」の練習が始まるまでに作り上げるため温度管理が難しく、以前は格式と財力がないと勤まらなかったといわれていました。

どぶろく、甘酒を準備している。
200224amazake11.jpg


どぶろく、甘酒が配られるころには、参拝客が沢山の長い行列ができていた。
200224amazake12.jpg


どぶろく、甘酒好きなほうをいただきますが、両手に両方を持っている人が多かった(笑)
200224amazake13.jpg


200224amazake14.jpg


境内ではだるま市、植木市も開かれていた。
200224amazake15.jpg


200224amazake16.jpg


参拝する人の行列が長くなった。
200224amazake17.jpg


境内にある、松尾神社の石碑にもお参り。
松尾神社の祭神も、大山祇神である。
200224amazake18.jpg


赤飯のおにぎりがお供えしてあった。
200224amazake19.jpg


するうち、「西方囃子」が始まりました。
200224amazake20.jpg


西方囃子は平成15年(2003)11月4日に狭山市指定文化財・無形民俗文化財として指定されました。
 江戸神田囃子の流れを汲む神田徳丸の流儀を持ち、江戸時代に北入曽村の入曽囃子から伝えられましたが、昭和26年(1951)に後継者が絶えて一時中断していました。しかし昭和51年(1976)に復活し、奉納嚇子として元旦、2月に梅宮神社の甘酒祭り、4月に奥富神社、7月に八雲神社、8月に浅間神社と薬師堂に奉納されます。

囃子に合わせて踊る、子供が演じるおかめとひょっとこ。
200224amazake21.jpg


獅子舞
200224amazake22.jpg


獅子が頭を噛んであげるよという素振りをみせるが、誰も出て行かない(笑)
200224amazake23.jpg


それじゃあと、我々のグループが出て行って頭を噛んでもらうと、それからずらっと行列が出来た(笑)
200224amazake24.jpg


200224amazake25.jpg


200224amazake26.jpg


「豊年足踊り」が始まった。
左側の赤い衣装が足です。
200224amazake27.jpg


腰を曲げて足を立てて踊るので、大変な踊りです。
200224amazake28.jpg


200224amazake29.jpg


200224amazake30.jpg


大黒さんが出てきた。
200224amazake31.jpg


打ち出の小づちで福をもらいます。
200224amazake32.jpg


200224amazake33.jpg


最後に、大黒さんが福豆など縁起物をまいて終了となりました。

天気が良くて、のんびりと祭りを楽しみ、お昼になったので近くのレストランに歩いていき、昼食を食べながら懇談して、お開きとなりました。

祭りとしての見どころは、宵宮と当日の饗宴型の神事があります。
○宵宮祭
 宵宮祭は2月10日の夜に行われる祭事で「座揃式」ともいい、社務所にて行います。式は平安の流れを受け継いで執り行われます。近世では慶安4年(1651)に川越藩主松平信綱の参拝以後、代参主賓となり、今では神社総代が務めています。村の組織や機能までが判然と分かるかのように村の人々が両側に居並び、頭屋の中の相伴(しょうばん)頭によって進行されます。式半ばに杜氏を呼び出し、今年の酒の出来栄えなど褒めて、一献一献勧めては謡あげ、盃を重ねる珍しい饗宴形態の酒盛祭りで、20~30人によって執り行われています。

○大 祭
大祭は2月11日に行われ、第一神事および第二神事に分かれています。第一神事は白酒の澄ん
だ酒と赤飯、山海の珍味を供えて午後1時より社殿にて行います。第二神事は午後4時より開始
し、領主、神官、役人を正座とする古い饗宴の形態で、一献毎に優雅な謡の「松の曲」より始まり、「千秋楽の曲」を奏でて本頭屋と来年の頭屋との「頭屋渡し」の式で終了します。式後は総立ちとなって神官、領主、総代、本頭屋の順に胴上げして一同社殿を下ります。

○頭送 り
最後の頭送りの儀式は、本頭屋と受け頭屋に担がれた樽神輿が本頭屋の杜氏宅を出発して神社
でひと練りしたあと、受け頭屋の杜氏宅に納めて2日間の甘酒祭りが目出度く終了します。

こういう謡を謡います。

所は高砂の・・・・・
尾上の松年古て・・・・
老への波も寄り来たるや・・・・・
木の下蔭の落ち葉かく
成る迄命永らいて
尚いつ迄も生の松
それも久しき名松哉
それも久しき名松哉

四海波静かにて
風も治まる時津風
技をならさぬ御代なれや
相に相生の・・・・・
松こそ目出かりけれ
実にや仰ぎても
事も愚かやかかる世に
住める民とて豊かなる
君の恵ぞ有難き
君の恵ぞ有難き

松高き枝も連なる鳩の峰
曇らぬ御代は久方の
月の桂の男山
実にもさやけき蔭にきて
君万歳と祈るなる
神に歩みを運ぶなり
神に歩みを運ぶなり

時めくや采女の衣の色そえて
御酒を進むる盃も
花待ちいたる祝言は
千歳の春の始め哉
ちとせの春のはじめかな

千代の声のみ弥増に
いただき祭る社哉
戴き祀るやしろかな

さす腕には悪魔を払え
納むる手には寿福を抱き
千秋楽には民を撫で
万歳楽には命を延ぶ
相生の松風
颯々の声ぞ楽しむ
颯々のこえぞ楽しむ

(了)


「お気に入りの場所」を見る



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト



小鹿野鉄砲まつり

20191224

開催地:埼玉県秩父郡小鹿野町飯田八幡神社
撮影日:2019年12月8日
191224ogano01.jpg


歴史クラブ「伝統芸能・祭りを楽しむ」グループの企画で訪問しました。
西武秩父に着いたのが11時ころ。仲見世通りで昼食後、12:10発「栗尾行き」のバスに乗り込み、栗尾で下車、徒歩10分ほどで到着しました。

屋台歌舞伎が既に始まっており、すぐに見ました。
この日の演目は、「菅原伝授手習鑑・寺子屋之場」です。
演者は、上飯田若連。

あらすじは:
 菅秀才 (菅原道真の一子) を我が子としてかくまっている武部源蔵 (菅原道真の学問所につとめていたが、今は浪人の身) は、それを藤原時平方に発見され庄屋方へ呼び出され、菅秀才の首を渡すよう厳命を受けて戻ります。思案にくれる源蔵は、その日新しく寺入りした小太郎を身替わりにと心に決めます。そこへ首受取り役の春藤玄蕃と実検役の松王丸が乗り込んで来て、源蔵の差し出した首(実は松王丸の一子、小太郎の首)を菅秀才の首に相違ないと確認して立ち去ります。
 すり替えた首を本物と見定めて帰っていったのは神の御加護と源蔵夫婦が喜んでいるところへ寺入りの子の母親、千代が迎えにきます。さきほどのいきさつを漏らすまいと源蔵は母親に斬りかかります。すると刃を受け止めた文庫の中から経椎子と「南無阿弥陀仏」と書かれた六字の幡があらわれます。
 そこへ松王丸が再び現われ、身替わりにした小太郎こそ我が子と明かします。松王丸は、御台所薗生の前(菅
秀才の母) を伴って若君に引合わせ、一同で小太郎の野辺送りを営みます。(幕)
191224ogano02.jpg


191224ogano03.jpg


動画を撮ったので、それを少しカットして全体を1時間にまとめ、4回に分けてユーチューブにアップしました。
拙ホームページ「四季歩のYOUTUBE動画一覧」のページ、左側の列で「伝統芸能」のところで該当のところをクリックすれば見ることが出来ます。

「四季歩のYOUTUBE動画一覧」に飛ぶ



屋台歌舞伎「菅原伝授手習鑑・寺子屋之場」をまだやっているあいだに、鉄砲隊演武が始まってしまいました。
参加者の中で、そちらに移動する人が多かったのですが、私は2015年に来て見ているので、屋台歌舞伎の撮影を続けました。

2015年に撮った動画をアップしてあるので、それを見てください。

その動画を見る


屋台歌舞伎が終り、しばらくすると大名行列と「お立ち神事(銃火奉納)」です。
参道を大名行列が行進して、石段の下に陣取った鉄砲隊のつるべ打ちの下をくぐって石段を駆け上がり、社殿の周りを駆け回り、参拝します。2頭のご神馬も駆け上がるのが見ものです。

前回2015年に来た時は、参道の中ほどで撮影しました。
今回撮影したものよりも、全体の行事の様子がよくわかるので、それも見てください。
鉄砲隊の演武の後、「お立ち神事(銃火奉納)」を見ることが出来ます。

2015年撮影の動画を見る


今回は、石段の上で待ち構えて、俯瞰的なものを撮影したかったのですが、石段の上は広報関係者のみということで、かないませんでした。
それで、石段の横で臨場感あふれるものを撮ろうとしましたが、アッという間に通り過ぎてしまうので、イマイチな撮影となりました。
191224ogano04.jpg


その動画を見る



屋台歌舞伎「菅原伝授手習鑑・寺子屋之場」が内容、上演者の熱意などとても良かったのと、火縄銃演武など鉄砲の迫力を味わうことができて、満足して帰途につきました。

帰りは、西武秩父から特急で帰りましたが、窓が膝の下あたりまで開口の大きな窓で評判の最新車両で、喜んで乗っていたのに、事故の影響で飯能で運転中止となり、ガックリしたオマケ付きでした(笑)


「お気に入りの場所」を見る



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



神田祭り・附け祭り

20190521

5月11日に、歴史クラブの「伝統芸能・武術・祭り探訪」グループの企画で参加しました。
以前神幸祭行列の追っかけをしているので、今回は「附け祭り」中心に楽しむことにしました。
※附け祭りとは:
江戸時代に盛んだった、神田祭り神幸祭行列に民衆が勝手に踊り屋台、曳き物、仮装行列で附いて行き楽しんだ趣向を平成の時代に再現したもの。

11:30ちょっと前に神田明神に到着して、まずはお参りです。
190521kanda01.jpg


すごい人出です。
190521kanda02.jpg


参拝客の列がものすごい。
190521kanda03.jpg


190521kanda04.jpg


こういう時しか姿を拝めないと思うのだが、平将門公にもお参り。
190521kanda05.jpg


神輿と山車が並べられていた。
190521kanda06.jpg


桃太郎山車
190521kanda07.jpg


賀茂能人形山車
190521kanda08.jpg


神輿
190521kanda09.jpg


神門前に集合。
みんな帰ってこない(笑)
190521kanda10.jpg


門前の屋台で、チコちゃんの綿あめを売っていた(笑)
190521kanda11.jpg


附け祭りの集合場所は各所に別れているが、一番多いのが水天宮近くの有馬小学校。
水天宮前に移動して、まずは腹ごしらえ。
美味しいお店がありました。

水天宮の前に行くと、ちょうど神輿が通りかかった。
190521kanda12.jpg


数年来なかったら、水天宮の社務所が高いビルになっていてビックリ。
190521kanda13.jpg


190521kanda14.jpg


水天宮に参拝。
190521kanda15.jpg


190521kanda16.jpg


近くの有馬小学校に行き、附け祭りの出発を待ちます。

小学校の前に、付け祭りの神輿が置かれていた。
190521kanda17.jpg


校庭では、相馬野馬追騎馬武者がスタンバイ。
190521kanda18.jpg


家族連れが馬と一緒に写真を撮ったり、馬に触ったりしている。
190521kanda19.jpg


190521kanda20.jpg


190521kanda21.jpg


相馬野馬追騎馬武者の雄姿。
190521kanda22.jpg


190521kanda23.jpg


190521kanda24.jpg


馬に睨まれた(汗)
190521kanda25.jpg


出陣の時間が近づき、相馬野馬追騎馬武者は旗指物を掲げた。
190521kanda26.jpg


附け祭りの神輿の人たちは、記念写真を撮ったり、気勢をあげたり。
190521kanda27.jpg


190521kanda28.jpg


そこへ、神幸祭が通りかかり、慌てて走って行って撮った。
190521kanda29.jpg


190521kanda30.jpg


190521kanda31.jpg


190521kanda32.jpg


190521kanda33.jpg


190521kanda34.jpg


190521kanda35.jpg


その後を「附け祭り」の行列が始まった。

●太神楽
江戸幕府が費用を負担して出された御雇祭として天下祭のみに許された太神楽を現代に甦らせ披露。
190521kanda36.jpg


190521kanda37.jpg


190521kanda38.jpg


●相馬野馬追騎馬武者10騎 14:45有馬小学校出発
神田明神のご祭神・平将門公が行った軍事訓練「野馬追い」に由来し、今もなお南相馬市の人々により伝えられている。国指定重要無形民俗文化財。
190521kanda39.jpg


190521kanda40.jpg


190521kanda41.jpg


190521kanda42.jpg


●花咲か爺さん
「大学院大学」という学校があるのを初めて知った。
けっこうすごいんだね。
190521kanda43.jpg


190521kanda44.jpg


190521kanda45.jpg


190521kanda46.jpg


●浦島太郎 15:00有馬小学校出発
江戸時代の神田祭で出された浦島太郎を、平成27年(2015)にアニメ調のデザインで復活。昔ながらの浦島太郎の歌をバックに、仮装行列や引き手の子供たちとともに賑やかに練り歩く。
190521kanda47.jpg


190521kanda48.jpg


190521kanda49.jpg


●大江山凱陣
鬼の首の神輿。鬼退治で馴染み深い「酒呑童子」の話。天皇の命を受け、源頼光、渡辺綱らの6人の武士が神仏の力を借りながら、大江山を本拠にする日本三代悪妖怪・酒呑童子ら鬼を退治する物語。
190521kanda50.jpg


190521kanda51.jpg


190521kanda52.jpg


190521kanda53.jpg


行列は、水天宮の前を通っていった。
190521kanda54.jpg


行列を見送る水天宮の神職や巫女さん。
190521kanda55.jpg


これで、一応参加者は解散。
元気な人は、日本橋三越前に先回りして待っていれば、附け祭りが全部合流するので全てを楽しめるよ、と案内したが、この日急に暑くなったこともあって、皆さんは満足してこれで帰ると。
私も一緒に帰った(笑)


「お気に入りの場所」を見る



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



新茶と花いっぱい祭り/埼玉県狭山市

20190502

4月29日に、歴史クラブ「伝統芸能・祭り」グループの企画で、地元狭山市の催しに参加しました。
狭山市駅に9時に集合、歩いて会場の市役所に向かう。

祭りの会場は、市役所前広場や一階ロビーを使用して行われている。

「茶摘み体験」に少し時間があったので、テントを見て歩いた。
190502sayama01.jpg


190502sayama02.jpg


頃合いを見て、「茶摘み体験」の開始待ち行列に並ぶ。
190502sayama03.jpg


行列の横に「令和」の花壇が。
190502sayama04.jpg


190502sayama05.jpg


「茶摘み体験」が開始されると、小さなザルを渡されて、茶摘みをした。
190502sayama06.jpg


190502sayama07.jpg


一定時間で交代、摘んだお茶の葉を渡し、景品をもらって引き揚げた。

狭山茶をサービスしているところに行き、新茶を味わう。
190502sayama08.jpg


茶摘み娘の恰好をした娘さんからもらって飲む。
190502sayama09.jpg


190502sayama10.jpg


190502sayama11.jpg


お茶を入れているのは「狭山市お茶大使」の小学生。
小学3年生から6年生がお茶の○×クイズ、種類当てクイズ、淹れ方実技競技を行い、上位8名が狭山市お茶大使に任命されているのだそうです。
190502sayama12.jpg


190502sayama13.jpg


市役所一階ロビーに入ると、色々な催しをやっているが、まずは茶葉の手もみ体験。
これは先生のお手本。
190502sayama14.jpg


190502sayama15.jpg


先生に教わりながら、市民や子供たちが体験していた。
190502sayama16.jpg


190502sayama17.jpg


琴の演奏
「千鳥の曲」と「雅の曲」を聞いた。
190502sayama18.jpg


190502sayama19.jpg


煎茶のお茶会
二つの場所で、それぞれの流派でお茶会をしていた。
190502sayama20.jpg


190502sayama21.jpg


私もお茶をいただいた。
190502sayama22.jpg


190502sayama23.jpg


これは、茶碗を温めているところ。
190502sayama24.jpg


茶葉を急須に入れて、注ぎます。
190502sayama25.jpg


190502sayama26.jpg


菓子とお茶が配られます。
190502sayama27.jpg


いただいたお菓子とお茶。
190502sayama28.jpg


ちょっとブラブラして、11時から11時半まで太鼓を楽しんだ。
演奏は「狭山けやき太鼓」。
地元狭山市を中心に埼玉県内の催物に出演中。
190502sayama29.jpg


途中で、子供や市民が太鼓を体験するパートもあった。
190502sayama30.jpg


最後は、素晴らしい本格的な演奏で終わった。
190502sayama31.jpg


190502sayama32.jpg


その後は、流れ解散ということで、駅の近くでお昼を食べ、帰途についた。



「お気に入りの場所」を見る



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



谷保天満宮「梅まつり」

20190302

2月24日(日)に、歴史クラブ「伝統芸能・祭り」グループの企画で楽しんできました。
この日、巫女舞「紅わらべ」、「天然理心流演武」などが披露されるということで、楽しみにしていました。

南武線「谷保」駅から歩いて5分ほどで、谷保天満宮に到着。
190302yabo01.jpg


谷保天満宮については、昨年も来ているので記事が既にあります。

その記事を見る


まずは、谷保天満宮にお参り。
190302yabo02.jpg


190302yabo03.jpg


次いで、宝物館を拝観しました。
190302yabo04.jpg


宝物館には、村上天皇奉献と伝わる国指定重要文化財の木造獅子狛犬が収蔵されていますが、これは既にアップしてあります。

その記事を見る


源賢古画の「菅原道真公像」
190302yabo05.jpg


奉納された沢山の天神人形
190302yabo06.jpg


190302yabo07.jpg


宝物館の前の白梅も、綺麗に咲いていた。
190302yabo08.jpg


いよいよ梅林にいき、梅を観て楽しみました。
190302yabo09.jpg


190302yabo10.jpg


190302yabo11.jpg


190302yabo12.jpg


190302yabo13.jpg


190302yabo14.jpg


190302yabo15.jpg


190302yabo16.jpg


190302yabo17.jpg


「梅まつり」ということで、色々な催しをしていました。

まずは、「天神囃子」
190302yabo18.jpg


190302yabo19.jpg


琴の演奏
190302yabo20.jpg


190302yabo21.jpg


いよいよお待ちかねの、巫女舞「紅わらべ」
「紅わらべ」とは、平成14年菅公1100年大祭を記念して菅公5才の折お詠みになった和歌
「美しや 紅の色なる 梅の花 あこが顔にも つけたくぞある」
を作曲・作舞した優雅な巫女舞です。
190302yabo22.jpg


190302yabo23.jpg


もちろん、動画で撮影しました。

その動画を見る


次いで境内に移動して、「天然理心流演武」を見ました。
「天然理心流」とは、剣術、居合術、小具足術(小太刀術)を含み、その他柔術、棒術(棍法と称する)も伝えた総合武術である。
江戸時代後期の剣客近藤内蔵之助が寛政年間(1789年 - 1801年)頃に創始した流派で、古武道としては比較的新しい。
幕末期に近藤家四代目(試衛館)の近藤勇が新選組を結成した事で知名度を上げた。
190302yabo24.jpg


190302yabo25.jpg


動画で撮影しました。

その動画を見る


最後の、据もの切りで切った藁(茣蓙を巻いたもの)をいただいてきた。
190302yabo26.jpg


お守りとして置いています。
190302yabo27.jpg


見事に、綺麗に切られています。
190302yabo28.jpg


その後、同じ場所で「谷保天神太鼓」が披露されたので、それを見ました。
190302yabo29.jpg


190302yabo30.jpg


これで見たかった催しを全部見たので、遅めの昼食を近くで食べて休憩し、谷保天満宮前の甲州街道を20分歩いて、東京にある古墳、それも上円下方墳としては日本最大級の古墳、「武蔵府中・熊野神社古墳」を見ました。

その記事を見る


(了)


「お気に入りの場所」を見る



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop