秩父夜祭2016

20161212

2016年12月3日に、歴史クラブ行事で参加しました。
例年通り、参加者を確認して1ケ月前の11月3日の早朝、レッドアローの指定を往復購入した上で催行しました。
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12時に西武秩父駅に到着。1日にユネスコ世界遺産に決定、土曜日だということもあり、ものすごい人出だった。

秩父神社に到着。
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今年の屋台歌舞伎の当番は、宮地屋台なので、秩父神社の境内で行われるということで、今年はずっと秩父神社に居ることになる。

神楽殿では、ちょうど「天の石戸開き」を上演していた。
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神楽殿の隣で、宮地屋台ではちょうど舞台を作っている最中。
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ハッピがカッコいい。
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12:30から予定の、宮地屋台の屋台芝居が時間になってもなかなか始まらない。
するうち、神門前で参拝していた下郷笠鉾が動き出した。
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秩父神社からの宮出しを、「ギリ回し」も含めて動画で撮ったので観てください。

「下郷笠鉾宮出し」の動画を観る


さて、宮地屋台では舞台も出来上がりました。
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今回は、あまりの人の多さに、場所取りもかなわず、遠くからの鑑賞となりました。

まずは子供たちの『白浪五人男』。
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子どもたちの熱演に拍手喝さい。たくさんのおひねりが舞いました。
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目の前に、いなせな鉢巻がカッコいい人が居たので、ついぱちり(笑)
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今年の当番屋台である、宮地屋台の屋台歌舞伎の演しものは「忠臣蔵」だった。
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宮地屋台の屋台歌舞伎が終わってしばらくすると、神楽殿でお神楽を上演。
今回は、お神楽をメインに撮ろうと思っていたが、タイミングがイマイチ合わなかった。
来年は朝から来ようかな。

動画で撮れたのは、「第18座代参宮御神楽奉仕」と「第25座国平の鎚(大国舞)」
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お神楽の動画を観る


「第25座国平の鎚(大国舞)」のときには、正面で撮っていたら、大黒様が福をばらまくので、観客が殺到してカメラと三脚を守るのに一苦労した。
しかし、私もちゃんと福を確保しましたよ(嬉)

夕食を食べるため、一旦秩父神社から出て、秩父駅の近くのお店で夕食と休憩。
ブラブラと秩父神社に帰るころには、日が暮れて空に三日月が綺麗に光っていた。
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ちょっと早めに秩父神社に帰ってきて幸いした。例年だと秩父神社に入れなくなるのは18時だったが、今年は17:15から入場規制になってしまった。あまりに人出が多いせいだろう。
あわてて、まだ帰ってきていない参加者に電話連絡。事なきをえた。

神楽殿側の出口から、神幸祭行列を見送り。
出発前には、神馬の暴走もあったようだ。
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中近笠鉾と宮地屋台の宮出しを待つ。
近くでは、引手のイナセなお姉さんたちが記念撮影に興じていた。
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中近笠鉾と宮地屋台の宮出し。
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これは、動画で撮影しました。

宮出しの動画を見る



中近笠鉾と宮地屋台の宮出しを見送った後、のんびりと西武秩父の駅に向かって歩きながら、花火を鑑賞。
残念ながら、バッテリー切れで、撮ることはできませんでした。

帰りのレッドアローの指定を取っておいたのですが、特急に乗り込んだころに、所沢駅で人身事故が発生。
それでも特急の座席に座って発車を待っていたので、疲れた身体では、本当に助かった。
30分遅れくらいで、無事に発車したので、良かった。

(了)


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鶴ヶ島市・脚折(すねおり)雨乞いまつり

20160810

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 脚折雨乞は、国選択無形民俗文化財に選択されている埼玉県鶴ヶ島市を代表する民俗行事です。
竹と麦わらで巨大な龍蛇を作り、それを担いで白髭神社から雷電池(かんだちかいけ)まで練り歩きます。龍神 (神社を出発する前に宮司の入魂の儀により龍神となる) は、長さ36m、重さ約3トンあり、約300人が担ぎます。龍神が雷電池まで練り歩く様、そして木立の中から龍神が現れ、しずしずと池の中に入り勇壮に動き回る様は圧巻です。
 平成25年には「第17回ふるさとイベント大賞」で県内初の大賞(総務大臣表彰)を受賞しました。

 脚折(すねおり)雨乞については、次のような伝承が残っています。
昔から日照りのとき、脚折の雷電池のほとりにある脚折雷電社の前で雨乞の祈願をすると、必ず雨が降った。特に安永・天明(1772~1789)の頃には、その効験はあらたかで近隣の人の知るところであった。しかし、天保(1830~1844) の頃にはいくら雨を祈ってもほとんど「おしるし」がなくなつてしまった。
 雷電他には、昔、大蛇がすんでいたが、寛永(1624~1644) の頃、この池を縮めて田としたため、大蛇はいつしか上州板倉(群馬県板倉町) にある雷電池に移ってしまい、そのため雨が降らなかった。と言い伝えられています。(明治8年頃『村誌編輯』)

明治7年(1874)の夏の干ばつの時には、「畑の作物が枯れそうなので近隣の人が脚折雷電社で雨乞い祈願をしたが、そのしるしがなかった。そこで脚折のムラ人が協議して、板倉雷電神社に行き、神官に一晩中降雨を祈願してもらい、翌日傍らの池の水を竹筒に入れて持ちかえった。
脚折雷電社で、白髭神社の神官が降雨祈願をしていたが、そこに板倉の水が到着したとたん、快晴の空がたちまち曇り出し、まもなく雨が降った」とされています。(同『村誌編輯』)

 脚折雨乞は、昭和30年代半ば頃から行事の担い手である専業農家の減少など社会環境の変化により、昭和39年(1964) を最後に一度途絶えてしまいます。しかし、昭和50年 (1975)に雨乞いの持つ地域の一体感を再認識した地元脚折地区住民が、『脚折雨乞行事保存会』 を結成し、翌51年、脚折雨乞を復活させました。その後、昭和54年(1979)、昭和59年(1984) に実施し、それ以降は、4年に一度行われるようになりました。
 「脚折雨乞行事保存会」 では、龍蛇の骨組みの組み方や龍蛇の目などの竹細工の講習会等による「技」 の伝承や、子ども達が担ぐ「ミニ龍蛇」を作成したりと後継者育成にも力を注いでいます。
 こうした努力により、脚折雨乞は我が国の「雨乞い」を知るうえで貴重な行事と認められ、国選択無形民俗文化財に選択されました。

コース
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歴史クラブの行事にしたので、参加者大勢で東武東上線若葉駅から歩きました。
暑いのと、途中のトイレ休憩で時間を取られてしまい、白髭神社に到着したときには、まさに龍蛇がスタートするところ。
飛んで行って、参道入り口のところで撮りました。
やはり3トンと馬鹿デカク、36mと長いので圧倒的迫力ですね。
(全部まとめて動画にし、後の方にリンクを載せてあります)

龍蛇を見送ってから、白髭神社に参拝。
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社殿の後ろに、樹齢900年余の大ケヤキがあります。
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今度は、善能寺の前から出てくる龍蛇を待ち構えて撮りました。

そして、先行して国道407号線交差点を横断するので、見晴らしが良いので、そこで待ちかまえます。
日陰で待っていて、頃合いを見て陣取りをして、良い位置をキープ。

国道407号線交差点を龍蛇が通っていったあと、歴史クラブの参加者でバテた人がたくさん出て、ここで解散として帰りたい人には帰ってもらった。
最後の見せ場、雷電池には大勢の人が詰めかけていて、ちゃんと見ることは難しいと思われたが、やはり見たいという人が居たので、見に行った。

全然位置的な判断が分からず、場所取りをしたが、運よく神事をする場所の対岸だったので、人の波ごしでも、なんとか神事を撮れたのはラッキーでした(嬉)

雷電池に竜蛇が入ってから昇天(解体)するまで、かなりの時間がかかり(1時間半くらい)、腕を高くかかげての撮影で体力的に参ったのと、暑さで電池が消耗して、思いのほか早く電池を使いきってしまったので、残念ながら竜蛇の昇天(解体)は、撮ることができなかった。

白髭神社出発から雷電池に竜蛇が入るまでの動画を一本にまとめてアップしたので、見てください。

その動画を見る


(了)


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入間川七夕祭り

20160806

この七夕は、8月6日(土)と7日(日)に行われます。
実は去年まで、毎年娘たちの希望で8月の第一土日に富山に帰省するのが我が家の習わしでした。
今年は、都合で時期をずらしたので、この七夕を見ることができました。
十何年ぶりかに見ました。

都合で、今日早く見る必要があって、11時ころに行ったらまだ全然七夕飾りが下がっていなくて、ガックリ。
図書館で時間をつぶして、駅前でランチして、12時半くらいに行ったら見事に飾りつけしてあり、
その手際の良さに感服しました。

駅前西口ロータリーから市民広場に下るところから七夕飾りがされています。
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子供たちが書いた短冊がびっしり。
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狭山茶のサービスです。
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手ぬぐいと風鈴の組み合わせで粋でした。
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狭山市には自衛隊基地があり。
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熊本がんばれ!!
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某中学の七夕
これでいいのか(笑)
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浴衣美人発見!!
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細工が細かい
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今夜は花火もあります。
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(了)


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文京・朝顔ほおずき市

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24日(日)、「文京・朝顔ほおずき市」で琵琶の演奏があるというので、聴きに出かけました。
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会場は、こんにゃくえんま、善光寺、澤蔵司稲荷、伝通院、牛天神です。
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「こんにゃくえんま」から伝通院までは、ちょうど6月7日に歴史クラブ行事「小石川散策」で廻っていますので、その様子は別記事を読んでください。

その記事を読む


「こんにゃくえんま」
入ると、参道わきにほおずきの籠が並べられていた。
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えんんま様も、参詣者が多くてニヤニヤしているような気がした(笑)
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善光寺坂には、「「文京・朝顔ほおずき市」ののぼりが並んでいる。
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のぼりは、古地図を染め抜いた立派なものだった。
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善光寺は、「変化朝顔」の会場
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境内には「変化朝顔」が展示されていた。
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琵琶の演奏は本堂の中で行われた。
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薩摩琵琶の演者は「川嶋信子氏」
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演目は、「祇園精舎」と「八つのひかり~南総里見八犬伝より~」

演奏は、とても素晴らしいものだった。
しかし、撮影禁止だったため、皆さんにその素晴らしさを紹介する事ができないのは、とても残念です。

善光寺坂にある、椋の巨木
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伝通院
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境内には、ずらっと朝顔の鉢が並べられていた。
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綺麗に開いている花もあり。
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飴細工の人が、綺麗に朝顔を作っていた。
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(了)


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赤坂日枝神社神幸祭

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6月10日(金)に、歴史クラブの行事として参加しました。

幹事さんが、立派な冊子を参加者全員の分をあらかじめ入手してくれていた。
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日枝神社神幸祭は、隔年に神田祭り神幸祭と交互に行われる天下祭りである。

例年のごとく、コースは赤坂日枝神社を7:30に出発し、日本橋日枝神社まで行き、赤坂日枝神社に戻ってくるのが16:45という、長い行程である。
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私は、2012年、2014年に続き三回目となります。
前の二回は、元山王である国立劇場で待ち、そこでの神事と休憩を利用して写真を撮り、そこから東京駅まで追っていた。

前回の2014年も歴史クラブの行事としたが、国立劇場から皇居まで追いかけるのに、今回と同じような暑さで、リタイアする人が続出してしまった。
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それで今回は、幹事さんが皇居坂下門での神事を中心に見ることだけにして計画した。

暑いので、参加者の皆さんには桜田門から入ったところの日陰のベンチで待機してもらい、私は桜田門から行列の到着を見張る役を買って出た。

桜田門の日陰に立ち、ここからだと議事堂入り口の辺まで見通せるので、行列の到着がわかるというわけだ。
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日枝神社の神幸祭行列は、ほぼ1000人規模の大したもの。
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今回の行列は、二重橋前広場の直線コースで、動画で撮影しました。
下の「その動画を見る」をクリックすれば見ることが出来ます。

その動画を見る


この行列の内訳については、2012年に全部撮りました。

その記事を読む



2012年も、2014年も、その少し前に皇族の方が亡くなるという不幸があり、何れも坂下門に入ることが遠慮され、私は三回目にして初めて坂下門での神事を拝観することが出来ました。

坂下門での神事のうち、「剣の舞」を動画で撮ったので、ご覧ください。

その動画を見る


その後、東京駅付近まで行列に付き、見送りました。

東京駅の地下、丸ノ内線に乗るすこし前、地下に「丸の内歴史往来図」という壁画があった。
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丸ノ内線で赤坂見附まで移動し、そこで昼食。
美味しいお蕎麦でした。

それから、参加者の皆さんは赤坂日枝神社にお参りしました。

私は、所用があり別れましたが、
赤坂山王日枝神社については、既に記事にしているので、それを見てください。

その記事を読む



過去の、日枝神社神幸祭についても紹介しておきます。

2012年の日枝神社神幸祭の記事を見る


2014年の日枝神社神幸祭の記事を見る



(了)


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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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