琵琶劇唱~鶴田錦史の世界

20131125

前回の記事で、鶴田錦史について書いた本のことを書きましたが、鶴田錦史の演奏を聴きたくなって、アマゾンで検索したなかで、良さそうだと思って購入したのが、これです。

前回の記事



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1. 俊寛
2. 壇の浦
3. 義経

唄:鶴田錦史
琵琶:田中鶴旺、斎藤鶴竜、岩佐鶴丈

CDが届いて、レビューを読んでみたら、なんと鶴田錦史のラスト・レコーディングでした。それも亡くなる一週間前に録音されたものです。

レビューの記事によると、晩年、錦史はリウマチの痛みを薬で抑え、演奏活動を続けたが、弟子の成長を待って弾を止めた。奪われた力は補えばいい。自分の手が思うにまかせぬのなら、弟子の手がある。しかも一人ではない。三者三様、異なる旋律を奏でるアンサンブルをバックにすれば、それは一人の弾き語りではかなわなかった広がりのある音の世界が生み出せる。既に何回か試みていた合奏形式という琵琶楽の未知の領域に、本格的に二取り組んでいく。

その最も充実した果実が、このCDに収められた3曲だそうです。
自ら作曲した「好きな曲」である。いずれも平家物語に題材をとった作品。
平家滅亡の前奏曲ともいえる「俊寛」、壮絶な戦いと西海の泡と消えた栄華の虚しさを語る「壇の浦」、そして源氏の英雄九郎判官の生涯を三つのエピソードでつづる「義経」である。

三面の薩摩琵琶を駆使して織り成される源平音絵巻は、ひとつのオーケストラに匹敵する色彩を持っています。
普通に録音すると、あの迫力ある琵琶の音はマイクでひろえなくて、違った音になってしまうのだそうです。
それで工夫を重ねて、実の音に近づけた録音だそうです。
その張りつめた緊迫感がすさまじいです。
そして巨匠の語りは鬼気迫る迫力があります。

届いてから、毎日一度は聴いていますが、当分これを聴いていればいい、という感じです。
すごいですねえ、鶴田錦史という人は。




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観月雅楽の会/大宮氷川神社

20131018

昨日17日、歴史クラブの方8名で観てきました。

氷川神社については、下記をクリックしてください。
記事を読む


18時から行われるという事で、席が心配だったので早目に行きました。16:30くらいに行ったら、ちらほらと席を確保している人が居たので、私たちもさっそく席をとりました。最前列です(笑)
グループで行っているので、時間をつぶすのも楽で、すぐに時間となったような感じでした。

雅楽が行われる舞殿
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観月ということで、まわりにススキが配してあります。
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舞楽のときに演奏される場所に楽器が。
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暗くなってきました。
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まず、舞殿と拝殿の間に置かれたかがり火が点火されました。
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本日の演目は、神楽が2曲、管弦が1曲、雅楽が2曲です。

神楽(みかぐら)
宮中で行われる神楽の事です。宮中賢所前庭で、年2回の神楽の儀と新嘗祭の後に行われております。

【人長舞 其駒】
皇室に伝承された最も厳粛な音楽的宗教儀礼に御神楽というものがあります。神への感謝と鎮魂の儀式の進行役、且つ舞を舞う人を「人長」その舞を「人長舞」と呼びます。<其駒>は神楽の最後の曲として神を送り帰すことから、神の乗る馬が連想され、その馬をいたわる歌がうたわれます。
  “其駒ぞや われにわれに草乞ふ草は取り飼わん 水はとり 草は取り飼わん“
  (我が愛する駒が我に草を乞う、その可憐さよ 早速みずみずしい草葉を取ってきてやろう)
天宇受売命が天の岩戸の前で舞ったのが起源とされており、右手の榊こは、白布が巻き付けられた直径30cの藤の輪があり、三種の神器の鏡を表わすとされています。
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【豊栄舞】
「乙女舞」とも称して、臼田甚五郎氏が作詞、東儀和太朗氏(元宮内庁楽部楽長)が作曲作舞され、日本の国の弥栄を願い神社本庁が祭祀舞として制定したものです。楽曲は得っ転落越殿楽の今様調であり、一歌・間奏・二歌の三部構成からなっています0
  “あけの雲わけうらうらと とよさか昇る朝日子を 神のみかげと拝めば その日その日の尊しや”
  “地にこぼれし草の実の 芽ばえて伸びて美しく 春秋飾る花見れば 神のめぐみの尊しや”

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管 絃
大陸系の雅楽器で奏する楽器演奏です。現在では、専ら唐楽を演奏し、ほとんど高麗楽は演奏されません。唐楽には、壱越調・平調・双調・黄鐘調・盤渉調・太食調の6つの調子があります。今回は、太食調の曲を演奏します。

【合歡塩(がっかえん)】
天皇の御即位式の大饗の第二日目に奏される、舞楽『太平楽』の急に用いられる楽曲で、作和不明ですが、合歡塩は五音がととのい、歓喜の声をそなえているので、「合歡塩」と名付けられたと伝えられています。
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舞楽
音楽とともに奏する舞で、歌に伴って舞う「国風舞」と唐楽の伴奏で舞う「左舞」、および高麗楽の演奏で舞う       「右舞」とがあります。

【胡蝶】
高麗壱越調、小曲、楽曲、童舞です。美しい蝶のとびかう姿を舞楽化したもので、番舞(つがいまい)は『迦陵頻』です。額にあてる天冠に山吹の花をつけて挿頭花(かざし)とし、大きな美しい蝶の羽根を背に負い、右手に山吹の花の枝を手にして4人で舞います。
楽は、「高麗小乱声」「高麗乱声」を奏し、次いで「小音取」、「当曲」となります。
宇多上皇が延喜6年、童相撲を御覧になられた際に藤原忠房が作曲し、敦実親王が舞の手を作ったもので、その後も醍醐天皇の延喜6年の六条院での童相撲の際にも終了後、この舞が上演されております。
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【蘭陵王】
唐楽。壱越調。陵王、羅陵王、没日環午楽ともいいます。もとは沙陀調でした。林邑の八楽の一つです。走物の一人舞であります。
中国の北斉(550年頃)の蘭陵王長恭は顔が美しい将軍であったので戦場に出る時に味方の士気が上がらないので、いつも獰猛な仮面をかぶって指揮をとって勝っていました。あるとき周の大軍を金庸城の敵の中に深く攻め入って被った時、将兵たちが蘭陵王入陣曲を作って歌い、敵を打ち破るありさまを舞としたものです。金色の大型の面をつけ、毛すべりの裲襠(りょうとう)装束を着て、右手に金色の桴(ばち)を持って勇壮に舞います。およそ舞楽のうちでも最も軽快華麗なものです。小乱声、笛の追吹のある陵王乱声陀、沙陀調音取、当曲、按摩乱声の順に奏して舞います。
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観月雅楽の会ということですが、あいにく雲が多くてなかなか月が出てくれません。
雅楽演奏の前の休憩のときに、一瞬、月が姿を見せてくれました。
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狂言「入間川」と「入間様」

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3月9日(土)に、狂言「入間川」を観ました。
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これは狭山市の「狂言入間川を観る会」の催しです。
狭山市入間川(現埼玉県狭山市)には、文和2年/正平8年(1353年)に鎌倉公方足利基氏が宿営地を設け、9年間北関東の上杉氏勢力に対抗しました。入間川御陣もしくは入間川御所と呼ばれました。
つまり、この9年間は関東の行政機関が入間川(地名)にあったわけです。
西武新宿線の駅名も、以前は「入間川駅」だった。しかし、狭山市の最寄駅としてわかりにくいということで現在の「狭山市駅」になりました。
狭山市では「入間川」という名は大きな存在です。

シテ 大名:山本東次郎
アド 入間の何某:山本則俊
小アド 太郎冠者:山本則秀

なお、平成24年度 重要無形文化財保持者(人間国宝に)山本東次郎氏が指定されたそうです。
写真がないかなと、ウェブで探したらありました。左側が大名の山本東次郎氏です。
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狂言のあらすじ:
舞台はあずまの国、入間川沿い。

この川の名に伴い、予備知識として、この狂言の成立した当時「入間様(いるまよう)」といって、言葉遊びが流行っていたことを、まず念頭に置いてください。
この入間様というのは、物事を言うのに、全く逆の意味を言うこと。例えば、楽しい時に、「楽しくない」と言ったり、怒っていないときに、「怒ってる」と言ったり、そんな、些細な遊びを下敷きにして、この狂言は始まります。

都に勤めていた大名が任務を終えて、太郎冠者を引き連れ、東国に下り、入間川に差し掛かり、渡り瀬を探します。

入間川は、軍事的に重要な防衛線なため、もちろん橋はかけられなかったわけです。

そこで登場するは、ちょうどあたりを通りがかった「入間の何某」。
大名は、地元の何某に渡り瀬を尋ねます。
「このあたりは川底が深いから、もうすこしむこうで川を渡りなさい。」入間の何某は親切にも、渡り背を教えるのですが、大名は、まるで無視して、太郎冠者や何某の止めるのも聞かず、目前の川瀬を渡りはじめます。

案の定、深みの石に足を取られて、濡れ鼠になる大名。途端に、大名は激昂して、入間の何某に向かい刀に手を掛けます。

「入間の何某と名乗るなら、当然、入間様を使うはず。入間の者が、ここは深いというならば、浅瀬の筈。大名をまんまと騙して濡れ鼠にさせた罪は重い。手打ちにしてくれるわ!」

さて、入間の何某はどのようにピンチを切り抜けるのでしょう?

件の入間の何某は、これに騒がず大名に「弓矢八幡、成敗いたす」と誓わせて「やら心安や」と述べます。大名が入間言葉を持ち出したのを逆手にとって「成敗する」と誓わせたので逆に成敗できないだろうという理屈です。

ここから逆さ言葉を使っての応酬になります。
命を助ける、助けない。忝ない、忝なくもない。物を与えても、祝着にもござらぬ・・・などなど、やり取りが続いて、大名は様々な物を男に与えます。

そこで入間の何某が、頂き物を持って帰ろうとすると、大名が引き留め「入間様を除けて真実を言え」と持ちかけ、男が「身に余ってかたじけのうござる」と言ったのをタネにして、与えた物を取り返し退場する。


【入間様】
これまで知りませんでしたが、狂言に採用されている以上,それ以前から入間地方には「入間様」(いるまよう)というスタイルが存在していたことになります。
「入間川」が作られたのは15世紀中頃以前とのこと。
ということは,少なくとも中世までさかのぼります。

入間様は「入間詞(いるまことば」ともいい、「大辞林」には「入間川が逆流することがあったので名づけられたとする説もある」と書かれています。入間川の逆流のほうが元だというわけである。

この「入間川の逆流」の話。アマゾン川などで見られる海の潮の満ち引きによって海水が遡行するような現象はどうか?
あり得ない。入間川はけっこう高低差があって急流なのである。

調べていると、『神話の森』というホームページで、『廻国雑記』という興味深い紀行文を紹介していました。

『廻国雑記』
http://nire.main.jp/rouman/sinwa/kaikoku.htm

16世紀に書かれ,作者は道興准后(左大臣近衛房嗣の子)という人。この人については狭山市でも笹井観音堂、笹井白髭神社に立ち寄ったという伝承が残っている。

その「いるま川」の部分。
これよりいるま川にまかりてよめる、 

  立ちよりて影をうつさば、いるま川、わが年波もさかさまにゆけ

此の河につきて様々の説あり。水逆に流れ侍るといふ一義も侍り。また里人の家の門のうらにて侍るとなむ。水の流るる方角案内なきことなれば、何方をかみ下と定めがたし。家々の口は誠に表には侍らず。惣じて申しかよはす言葉なども、かへさまなることどもなり。異形なる風情にて侍り。

まず、歌がいいですね。

入間川が逆流する話を載せ、それも一理あるといい、入間詞について「申しかよはす言葉なども、かへさまなることどもなり。異形なる風情にて侍り」と書く。

この文章だと、川の逆流の話は伝聞のようである。となると、やはり逆流より入間詞のほうが元であって、あるいは特殊な方言が通じなかった経験から話が拡大していったようにも思えるが、よくわからない。

「特殊な言葉」ということでいうと、道興准后が笹井白髭神社に立ち寄ったという伝承が残っているが、この白髭神社は高麗神社の分祀されたものであり、高麗神社というのは「高麗王福徳」が祭神であり、高麗王福徳は渡来人二千人を率いて、高麗に定着した人物。
なので、渡来系人物と話したときに話が通じなかったという可能性は考えられる。

それから、川の逆流の話では、面白いことを発見した。
それは、このブログを見たときに驚いた。
saheizi-inokoriさんの、「梟通信~ホンの戯言」というブログです。
http://pinhukuro.exblog.jp/19164666

入間川がまるで環状線のように円を描いています。これで、かなり納得できました。
移動するルートによって、二度入間川を渡ります。
例えば青梅から熊谷に直線的に移動するとします。
最初に入間川を渡るときは、右から左に流れている。二度目に渡るときは左から右に流れている、というわけです。

私は、入間川の河原みたいなところに住んでいるのですが、入間川がこんな風に円を描いている事は今まで知りませんでした(笑)

入間川の逆流の話は、こういう話であれば、誰でも納得できます。

「入間様」については、私としては、こういう事で一応の納得をみることができました。


平家物語を聴く

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2月2日の夜、狭山市駅前のコミュニティホールで「平家物語」を聴きました。
17:30開場、18:00から開演ということだったので、17:15くらいに会場に行くと、そんなに並んでいなくて、最前列に座ることができました。200人くらいの人が聴いていたと思います。

語り・琵琶演奏:櫻井亜木子
琴伴奏:大平光美

プログラム:
1.那須の与一
2.一ノ谷合戦より敦盛
(休憩)
3.祇園精舎
4.壇ノ浦
5.司会の方のピアノと琵琶、琴で2曲演奏

櫻井亜木子さんのプロフィール:
東京都出身。1999年東京音楽大学音楽学部音楽教育学科卒業。在学中に薩摩琵琶を田中之雄氏に師事。
2000年NHK邦楽技能者育成会第45期生卒業。同年、桐朋音楽大学短期学部・オペラコース科目等単位履修生卒業、湯西川・平家落人大祭にて演奏、京都・六波羅蜜寺御開帳行事にて奉納演奏。2001年ブダペスト・ジャパンフェスティバルにて演奏。2002年壇ノ浦・赤間神宮耳なし芳一祭にて奉納演奏。2003年壇ノ浦・赤間神宮先帝祭にて奉納演奏、ブダペスト・スプリングフェスティバルにて演奏。
国内外で幅広い演奏活動を行っている。

大平光美さんのプロフィール:
幼少の頃よリビアノをはじめる。12歳より山田流筝曲の手ほどきをうけ、平成8年より生田流筝曲を師事。NHK邦楽技能者育成会第45期卒業。第4回賢順記念全国筝曲コンクール入選。彩の国さいたま県民芸術文化祭会長賞受賞。都営大江戸線開通祝典演奏。サッカーワールドカップ関連式典演奏。アイルランド大使館主催・大統領来日レセプションコンサートにて「アイリッシュケルト音楽の至宝・Altan」 と共演。
独自の音世界の創造とジャンルを逢えた活躍をしている。


日本琵琶楽コンクールで日本一になった鶴田流琵琶奏者、櫻井亜木子さんと箏弾き語りシンガーソングライターとして活躍中の大平光美さんとで、薩摩琵琶と琴による、美しく艶やかに、勇ましく雄渾に、心に木霊する典雅な調べ「平家物語」の世界を楽しむ、というものでした。

琵琶といえば平家物語と思い浮かべますが、櫻井亜木子さんは平家落人の里・日光市湯西川温泉で、琵琶語りを聴かせているそうです。

琵琶のバチが振られると同時に、一気に平家物語の世界へと引き込まれました。
演奏は、バチで弦を弾き、こすり、叩き、引っかけ、幾種類もの音を放ちます。圧倒的な迫力です。
琵琶の魅力は特有の音色にあります。霊的なものさえ感じさせられます。

櫻井亜木子さんは、サービス精神旺盛な方で、楽器としての琵琶について紹介し、薩摩琵琶の撥(ばち)が大きな理由など、興味深い話を次々としてくれました。

これは当日の写真ではありません、ネットで探してきた写真ですが、この二つの琵琶を曲により使い分けていました。
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そして、物語の冒頭に置かれる有名な「祇園精舎」について、そもそもの意味するところや、祇園精舎の鐘の音がどういうものだったろうか・・・・・
実は瑠璃(ガラス)による風鈴のようなものであったかもしれない等の興味深い話しを、何種類かの鈴とか、あのユータローが持っている大きなシャンパンク゜ラスに水を入れた状態で縁をこすって出す音とか、実演を交えて解説してくれて、楽しかったですね。

やはり、「平家物語」はいいですねえ。


ところざわ太鼓祭り(2)

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23日に所沢ミューズで行われた「ところざわ太鼓祭り」の前半を前日掲載しましたが、休憩をはさんで後半です。
後半の最初は、再び、プロの和太鼓奏者「TAKERU~猛~」による演奏でした。
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後半のトップバッターは
【鼓太郎】(府中市)
中学の太鼓部で活躍した4人が、卒業と同時に結成したグループで、全員女子。
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かっこいい羽織です。
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キレのいい演奏でした。
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少女も頑張っていました。
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【じょんから太鼓 紅楽座】(所沢市)
2010年に所沢で結成された津軽三味線と和太鼓のユニット。
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衣装が綺麗で、しかも津軽三味線と和太鼓の曲が、実によかった。
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そして阿波踊り「むさし葵連」とのコラボです。
「むさし葵連」は狭山市で活動している連です。今年の「高円寺阿波踊り」に写真を撮りに行きましたが、この連もなかなか良かったという記憶があります。
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【入間修武太鼓】(入間市)
自衛隊入間基地の太鼓部です。
今年は英国空軍から招待され、イギリスの航空ショーで演奏したそうです。
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太鼓の配置を自在に変えながら、勢いのある演奏でした。
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この人の制服姿を見てみたいものです。
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【創作和太鼓 鼓 悠】(所沢市)
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曲が変わり、法被も脱いで熱演。
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【川越ふじ太鼓】(川越市)
幼稚園での活動から始まった「和太鼓教室」が川越で一番大きなグループに。2013年3月の全国大会にジュニアチームが出場が決まっているそうです。
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おかめとひょっとこが登場。この二人は大きな盛り立て役みたいです。
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【フィナーレ】
出場者全員が勢ぞろい。圧巻の迫力でした。
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私は、写真を撮るため、二階の最前列に居たが、それでも音の迫力はすごかった。
一緒に行った歴史の仲間は、一階の前から6,7列くらいだったので、太鼓の響きがハンパでないと言っていた。
4時間、太鼓の音を聴き続けたわけだが、どのグループも曲に工夫を凝らしていて、まったく飽きることが無かった。
たぶん、毎年聴きにいくことになるだろう。
素晴しかった。

(了)


プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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