鈴懸の樹/目黒不動尊

20170123

目黒不動尊の山門をくぐって男坂の石段の手前、参道の右に大きな鈴懸の樹(プラタナス)がある。
樹の肌が真っ白で、巨大な樹なので目立ち、いつも行くたび見とれている。

1月12日に用事があって目黒不動に行ったときに、「鈴懸の樹」という名前の意味がわかった。

すごく立派な樹である。
170123suzu01.jpg


真っ白で、実に綺麗な樹だ。
170123suzu02.jpg


170123suzu03.jpg


170123suzu04.jpg


鈴なりに付いている実の姿を見て、なるほど「鈴懸の樹」だと思った。
170123suzu05.jpg


170123suzu06.jpg


170123suzu07.jpg



(了)


スポンサーサイト

今年もよろしくお願いします

20170101

明けましておめでとうございます。

皆さまにとって、よいお年であるようにお祈り申し上げます。

170101nenga.jpg


今年も、のんびりとマイペースで、楽しみながら

このブログをやっていきますので、よろしくお願い致します。



年末ぶらぶら

20161228

今日は、美味しい蕎麦を食べたくて、神田まで出た。
入ろうと思っていたお店は「かんだ やぶそば」。
ところが11:30に着いたのだが、既にたくさん並んでいて、整理の人に聞いたら1時間待ちだと。
それで、あきらめて、何でもいいやとウロウロして、バスタの店だと思って入ったらラーメンだった。
お店の外観とお店の人の恰好が、パスタのお店のような服装だったのだ(笑)
美味しかったから良しとした(笑)

その後は、この辺はカミさんは初めてだから、観光コース。
まず湯島聖堂。
161228kanda01.jpg


もう門には竹と松が立てられていた。
161228kanda02.jpg


ここに来るといつも、屋根のシャチホコと霊獣に関心する。
伊東忠太の設計だ。
161228kanda03.jpg


今日は湯島聖堂の前身の絵図をゲット。
尾張中納言徳川義直が林羅山のために孔子廟を建てたのがはじまり。
161228kanda04.jpg


続いて神田明神
鳥居に迎春の垂れ幕を張ろうとしていた。
161228kanda05.jpg


境内では、大祓の茅の輪が既にセットされていた。
161228kanda06.jpg


その傍に、神馬のポニーが日向ぼっこしていた。
161228kanda07.jpg


161228kanda08.jpg


境内は、落ち着いた感じ。
最近ここに来るのは、神田祭りとか人出がものすごい時なので、今日はのんびりお参りできた。
161228kanda09.jpg


161228kanda10.jpg


狛犬の分類で「威嚇型」のモデルにいいなと、拝殿前の狛犬を撮影。
161228kanda11.jpg


境内社・小舟町八雲神社の狛犬が文化6年(1809)だったので撮影。
161228kanda12.jpg


神田明神前の天野屋に寄る。
161228kanda13.jpg


もう門松が飾ってあった。
161228kanda14.jpg


カミさんがお汁粉を食べたいというので、隣の茶店に。
161228kanda15.jpg


店内はレトロな雰囲気でよかった。
161228kanda16.jpg


161228kanda17.jpg


続いて、ニコライ堂に行こうと、御茶ノ水駅前まで行くと、「ソラシティ」とかの巨大なビルが建っていてびっくり。
そういえば、最近この辺に来てなかった。
161228kanda18.jpg


ニコライ堂
161228kanda19.jpg


中を拝観することにした。
私も中に入るのは初めて。
161228kanda20.jpg


161228kanda21.jpg


161228kanda22.jpg


中の、静かな落ち着いた空間のなかで、のんびりと30分くらい半分寝ている感じで過ごした。
とても気持ちよかった。

ニコライ堂については、気に入ったデザインのところを色々と撮ってきたので、別途記事にするつもりです。


これで、今日のブラブラは終り、帰途についた。

(了)


斜子(ななこ)織の復元活動

20161205

12月2日(金)に広瀬公民館で、「斜子織と広瀬」というタイトルで、講演会がありました。
高橋光昭先生から「「斜子織と広瀬」について講演があり、
その後復元された織り機により、「狭山遊糸会(ゆうしかい)」の皆さんが実演をされました。

【斜子織について】
⇒幕末から明治時代を通じ、埼玉県は全国屈指の機業県で、なかでも入間・高麗両郡は、斜子織・木綿飛白(かすり)の中心的な生産地。
⇒斜子織は魚子織、七子織ともいう絹織物。市域の上広瀬・下広瀬・柏原・入間川・上奥富の各村を中心とする斜子織は、18世紀初頭から生産を開始。
⇒各村で製織された反物は川越城下に集積、「川越斜子」の名で江戸へ搬出、越後屋・大丸などの有名呉服店で販売。
 ⇒しかし、基本的な生産手段は旧来の躄機(いざりばた)であったため生産量は伸びず、製品の質的・量的発展は高機(たかばた)が導入された、幕末期慶応年間(1856~68)以降のこと。
⇒明治26年(1893)になると、入間・高麗両郡の総生産高は3万8463反。そのうち水富村は36.4%を占める。
⇒生産形態は依然として農家の副業であったが、同村で明治19年(1886)に30戸だった生産農家が同26年には80戸、同28年には100戸へと飛躍的に増加、高機も40台から 100台、130台へと増加。
⇒生産のピークは明治35年(1902)で10万4000反を製造、産額も130万円となる。

〇発展の要因 
⇒第1は、入間川沿岸の井戸水や入間川の水そのものが、斜子織の原料糸の濯ぎ(練る)に最適だったこと。
⇒第2は、躄機(いざりばた)に代わって導入された高機が明治20年代(1887~)から急速に普及。生産力が2倍になったこと。
⇒第3は、埼玉県の強力な支援。県令の白根多助は明治10年(1877)、「斜子おり広瀬の漁のあやなるを誰れ川越の名に流しけん」と歌い、広瀬こそが斜子織の本場だと称え、土地の人々を激励して生産力の向上を支援。
⇒第4は、当時の需要に斜子織がマッチしていたこと。その後、羽二重が量産されるまで、羽織・袴・帯として庶民に愛用される。
⇒第5は、清水宗徳の提唱により生産者が「広瀬組」を結成、品質の維持・改良と粗製濫造品の混入を防止したこと。
⇒ことに明治26年(1893)、アメリカのシカゴで開催されたコロンビア世界博覧会に出品した広瀬組の斜子織が「名誉賞状」を受賞、品質のよさを絶賛される。これ以降、広瀬産の斜子織は最高級品としての地位を確立。

ただ、羽二重の普及によって、斜子織の生産は衰退してしまいます。
明治35年(1902)を境に斜子織の生産は減少、同40年代(1907~)以降になるとより顕著になる。
羽織・袴・帯として愛用されてきた斜子織が、急速に普及しはじめた羽二重に取って代わられ、急速に衰退してしまいました。

◆「斜子織の碑」(埼玉県令白根多助歌碑。広瀬神社境内)
161205nanako01.jpg


<表>
奈ゝこ於梨廣瀬乃 浪農安や那累遠 堂禮川越能 名尓流志計無(ななこおり広瀬の浪のあやなるを たれ川越の 名に流しけむ)
  く裏〉
本村魚子織の起因ハ古書の徴すへきものなしと雖も 當地乃早く村里となりしハ紀元壱千年餘なりし 當廣瀬神社の旧記に見へて 遠く古代に始りしものなるハ遺品と口碑に依りて疑ふべきものなし 徳川氏江戸開市の頃  白なゝこと称し漸く天下に著ハるゝ處となり 尓来三井大丸其他豪商川越なゝこと称し 大に此を賞賛し聲價を博し たるものは 実に当郷里より産出せる物にして 即ち本邦なゝこ織の嚆矢なり 往昔販路未た開けず 僅に川越商人の手に属したるより川越魚子と称せしも 尓後気運開明に趣くに従へ 万事実地を喜好するより廣瀬なゝこの名弘く世上に著ハれ 今や村名改れりと雖も廣瀬の名称は益々世に顕る 是れ他なし 各府縣の魚子織多しと雖も 当所その嚆矢なると品位卓越たるとに依りて 博覧會共進會に於て頗る賞賛を得 幾回も褒賞を授与せらるゝこと数回 文官内省の御用品となり同省の賞賛も殊に厚し 尚且つ去る明治十年十一月 故埼玉縣令白根多助君此他に巡回せられ 宗徳と親しく なゝこ織の沿革を諮問せらる 依て上にいへる事とも答へき時に 縣令感賞の餘に碑面の和歌を詠し 尚将来本業の廣張を勧諭せらる 當時同業者一同感激に耐す 益々事業の改良を圖り 併せて当所の魚子織の嚆矢たることを後世に傳んと有志議り 茲に碑を建て聯か其由を記す
明治二十四年四月 衆議院議員 清水宗徳選書

◆コロンビア世界博覧会の受賞メダル
(この日、岸野家より展示されました)
161205nanako02.jpg


161205nanako03.jpg


161205nanako04.jpg


◆「斜子織」の着物も展示されました
161205nanako05.jpg


161205nanako06.jpg


161205nanako07.jpg


161205nanako08.jpg


161205nanako09.jpg


161205nanako10.jpg


【斜子織の高機の復元】
現「狭山遊糸会(ゆうしかい)」の皆さんが、斜子織を復元したいと思い立ち、地域の旧家のお宅や高齢者でご存知の方は居ないかと尋ね歩き、やっと高機が一台、柏原のお宅から寄贈されたものが狭山市博物館の倉庫にあることにたどりついたそうです。
しかし、かなりの部分が壊れ、部品もかなり失われた状態だったので、斜子織の織り機を経験した方が残存していない中で、他の織り機などを参考にしながら、文字通り手探りで、復元したのだそうで、大変なご苦労だったことが偲ばれます。

会場に展示された、その経過の写真
161205nanako11.jpg


161205nanako12.jpg


161205nanako13.jpg


161205nanako14.jpg


161205nanako15.jpg


【斜子織の実演】

織り機全景
161205nanako16.jpg


161205nanako17.jpg


今回手作りで補修したところが、よくわかります。
161205nanako18.jpg


161205nanako19.jpg


最初は、細い幅でトライしたそうです。
161205nanako20.jpg


161205nanako21.jpg


161205nanako22.jpg


161205nanako23.jpg


今回、はじめて幅が一尺の「反物」に挑戦だそうです。
161205nanako24.jpg


161205nanako25.jpg


161205nanako26.jpg


161205nanako27.jpg


糸繰り機も手製です。
161205nanako28.jpg


これから、ちゃんと織れるまで確認していって、将来は糸も生産したいと、遠大な計画をお持ちです。
なので、もっともっと仲間を増やしたいそうです。
161205nanako29.jpg



かって、この地域を潤していた主要な産物であった「斜子織」を復元するということは、単に過去にスポットを当てているということではないと思います。
こういう取り組みが出来るということは、自分が住んでいる地域を愛して、活気づけていくにはどうしたらいいだろうか、という気持ちを持った方が沢山居ることの現れです。

とても嬉しく、拝見、拝聴させていただきました。



「狭山市の歴史を訪ねる」に飛ぶ



「青春18キップ」の旅

20160805

今年は、「青春18キップ」の旅をやろうと決めていて、何処を旅するかだが、「ムーンライトながら」のことを知ってこれに乗ろうと決めた。
「青春18キップ」対応としてだろうか1ケ月間のみ運行、普通列車のくせに全車指定で、リクライニングシート。
岐阜県大垣から朝6時にスタートできるのが良い。
ただ、指定を取るのが大変だった。「えきねっと」でトライを重ねて、ようやく8月1日夜出発の分を獲得することができた。

では、どこを廻るか。
ベースは、前から機会があれば出来るだけやろうと決めている「諸国一之宮めぐり」にした。
北陸で、越中國、能登國、加賀國は済んで、越後國は、車でいつでも行けるとの安心感からまだ未了。残る越前國の一之宮が敦賀なので今まで行き難かったのでこれを入れる。
あと美濃国一之宮と尾張國一之宮を当然入れた。
近江の「白髭神社」を入れたのは、旧高麗郡に展開されている白髭神社は高句麗系渡来人が祀った神社だが、近江の白髭神社は新羅系らしく、その存在が気になっていた。
となると、湖北に存在する渡来人が祀った神社が多いのだが、その中から「羽衣伝説」で名高い神社を参拝することにした。
「お多賀さん」も当然参拝しなくてはいけない。
「熱田神宮」も昔行ったことがあるのだが、その頃は歴史に詳しくなく、全然参拝したとは言えないので、今回ちゃんと参拝することにした。

それから、木曽義仲の墓と芭蕉の墓がある「義仲寺」には、この際どうしても訪ねたいので入れた。

他にも行きたい所がどんどん出てきて迷いに迷ったが、なにしろ「青春18キップ」は5日分とはいえ、この暑い時期に5日は無理で、3日間として、前記のところに落ち着いた。

それから時刻表と首っ引きで、行程を組み立てた。

実績が下記のもの。
計画した行程表を持参して、実績時間を書き込みしていった。

8/1 東京23:10発「ムーンライトながら」乗車
8/2 小田原駅0:31から青春18キップ。車掌さんにスタンプを押してもらう。
大垣5:51着 (社内朝食)
大垣5:53発⇒東海道本線⇒米原6:30着 6:50発⇒北陸本線敦賀行⇒敦賀7:36着⇒徒歩15分 【越前国一之宮 気比神宮】(1H47分)⇒敦賀駅発9:23北陸本線⇒近江今津10:00 10:11発湖西線⇒近江高島10:21着⇒貸自転車 【白髭神社】(2H02分) 近江高島12:23発敦賀行(車内昼食)⇒近江塩津13:03 13:06発北陸本線⇒余呉13:10⇒駅の貸自転車 【余呉湖・菊石姫と蛇の目玉石・新羅崎神社・乎彌神社】(2H)⇒余呉15:10⇒北陸本線⇒木ノ本15:14⇒徒歩片道2Km 【伊香具神社】(1H37分)⇒木ノ本17:14⇒北陸本線⇒米原17:42 17:48⇒東海道本線⇒彦根17:53
〔彦根泊〕

8/3
彦根7:20発⇒近江鉄道⇒多賀大社前7:40⇒ 【多賀大社】 (1H31分)⇒多賀大社9:11⇒近江鉄道⇒彦根9:26着 9:28発東海道本線新快速⇒石山10:15 10:23発⇒膳所ぜぜ10:26着⇒徒歩300m【義仲寺:木曽義仲と松尾芭蕉の墓 】 (昼食含め1H37分)⇒膳所12:03⇒東海道本線⇒石山12:05 12:13発新快速⇒米原12:53 13:30発⇒東海道本線⇒垂井13:56着⇒往きタウンバス、復路徒歩20分 【美濃一宮・南宮大社】 (1H30分)⇒垂井15:26発⇒東海道本線⇒大垣15:33 15:41発特別快速⇒尾張一宮16;02着⇒徒歩8分 【尾張一宮・真清田神社】⇒ホテル
〔尾張一宮泊〕

8/4
名鉄一宮7:39⇒名鉄名古屋本線⇒妙興寺7:41着⇒徒歩10分 【尾張一宮・大神神社】 (1H)⇒妙興寺8:50発⇒名鉄名古屋本線⇒名鉄一宮8:52 尾張一宮9:04発⇒東海道本線快速⇒名古屋9:15着 9:19発⇒東海道本線⇒熱田9:26⇒ 【熱田神宮】 (昼食含め3H)
*熱田駅に12:30頃着いたが、直前に岐阜・大垣間で事故があり、快速が運行中止などダイヤが乱れていた
熱田12:59⇒東海道本線普通⇒大府13:19(快速に乗換しようとしたが、そのまま普通)⇒岡崎着13:50着 13:55発新快速⇒豊橋14:25 14:27発⇒東海道本線⇒浜松15:04 15:09⇒静岡16:20着 (休憩) 17:00発東海道本線普通⇒熱海18:14着 18:34発普通宇都宮行⇒国府津19:10 19:33発湘南新宿ラインに乗換⇒恵比須まで来たが埼京線事故で不通、山手線に乗換え⇒新宿20:49着


「ムーンライトながら」は、アイマスクは当然持参、リクライニングシートだし、少しは眠れるかなと思ったが、全然眠れず(泣)
朝方少しウツラウツラした程度。
初日が不安になったが、気分が高揚していたせいか、全然身体もダルくなくて、一日元気に歩き回れた。
事前に2週間くらいウォーキングで鍛えた甲斐があったかもしれない。

「ムーンライトながら」
160805seishun01.jpg


160805seishun02.jpg


160805seishun03.jpg


シートはこんな感じ。
160805seishun04.jpg


毎日、1時間くらい計画より速い時間でスタートして、気に入った場所で貯金の時間を使ってのんびり過ごした。
初日は余呉の湖、予定では駅に近いところだけのつもりだったが時間に余裕あったので貸し自転車で余呉の湖の周りを走った。
二日目は木曽義仲の墓と芭蕉の墓がある「義仲寺」。
三日目は熱田神宮。

普通列車の旅というのは、特急の指定を取っているとか、制約が無いから気楽。
早く目が覚めて早く出たら、それなりに速い電車に乗ればいい。
何かアクシデントで遅れたら、それなりに遅い電車に乗って先に進めばいい。
気楽に移動できました。

出掛ける前は、天気予報は曇りだったのに、三日間とも「カンカン照り」。暑くて参った。
熱中症との闘い。どうしてもギリギリまで写真を撮っていて、駅まで急ぎ足のときにクラクラッときて、熱中症だヤバイと。気持ちは焦っていても、並足でトロトロと(笑)

初日、二か所で貸自転車で炎天下を走ったが、あれはヤバかった。
これは熱中症になるな、と思いながらも見たい気持ちが先行して足は動いた(笑)
坂道の上りがシンドクて、焦るな焦るなとセーブしながら移動した(笑)

神社は、樹が多くて日陰が多くて助かった。

それぞれの場所は、これから個別にアップしていきます。

三日目、お昼から帰ろうとしたら、東海道線岐阜と大垣の間で事故。予定していた快速電車が運行中止。とにかく普通電車で先に進むことにした。
乗り継ぎ駅に遅れて到着して、待っている電車に飛び乗ったのが岡崎と豊橋。浜松で計画では30分前に着いて休憩を入れるはずが、5分の待ち時間となった。それでも、そこから予定時間どおりの電車となった。
ずいぶん遠くまで影響するものですね、事故の影響は。

名古屋から新宿まで8時間ほどかかったわけだが、意外と退屈しなかった。
持参した本が面白くて読了した。
車窓風景が、新幹線のときとは違い、よく見えて楽しかった。
現れてくる駅名が、旧東海道の宿名だったりして、旧東海道を歩いているような気分にもなった。

三日消化した、「青春18キップ」
160805seishun05.jpg


どのくらい、安かったかを計算した。
通常運賃が、
一日目小田原から敦賀、湖北等を経過して彦根まで、9310円。
二日目が2910円。
三日目が新宿までで、6560円。
合計18560円。

「青春18キップ」のほうは、2370円×3=7110円

差し引き、11670円安くあがったことになる。


まだ二日残っているのだが、カミさんに二人で日帰りでどこかに行こうと提案しているのだが、「日帰りで行くようなところなら、車の方が楽だし、涼しい」と拒否されている(汗)

どうしたもんじゃろなあ・・・・・・・・



プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop