武蔵野吉祥七福神めぐり

20180114

今年も、歴史クラブ行事で5日に回りました。
今年は「武蔵野吉祥七福神めぐり」です。
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JR武蔵境の駅を降りて、5分ほど歩いて杵築大社に到着。

【杵築大社】 恵比寿神
鎮座地:東京都武蔵野市境南町2-10-11
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慶安年間(1648 - 1651年)、結城秀康の三男で徳川家光の従兄弟に当たる松江藩初代藩主松平直政が当所12町四方を将軍家より賜り、御用屋敷を設けて鷹狩場とした。直政がその御用屋敷内に出雲の杵築大社(現在の出雲大社)と稲荷社を勧請したのが当社の始まりである。貞享年間(1684 - 1687年)に松江藩御用屋敷は幕府の直轄地となったが、神社は残され、当地・境本村の氏神とされた。
明治6年(1873年)12月、堺村の鎮守として村社に列格した。昭和21年(1946年)11月、出雲の美保神社より事代主大神を勧請し、「えびす・だいこく」の二福神を祀る神社となった。

参道の中ほどに、大正12年(1923)奉納の狛犬が居る。
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手水舎
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拝殿
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ご祭神は、大國主大神(だいこく)と事代主大神(えびす)。

七福神詣では、えびす大国殿の「えびす様・だいこく様」のうち、えびす様。
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神楽殿
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ご神木「千本いちょう」
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ここには富士塚があります。
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綺麗に整備された富士塚。
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山頂の社殿
「富士仙元大菩薩」が祀られている。
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ここから「七福神めぐりバス」という特別バスに乗って、「延命寺」に向かった。

【延命寺】 毘沙門天・寿老人
所在地:東京都武蔵野市八幡町1-1-2
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真言宗智山派寺院の延命寺は、八幡山と号します。延命寺は、関前村と呼ばれていた当地周辺が開村した寛文12年(1672)頃に、八幡神社と共に創建したものと推定されるといいます。多摩八十八ヶ所霊場2番、関東九十一薬師9番札所、また武蔵野吉祥七福神の毘沙門天・寿老人となっています。延命寺所蔵の護摩炉は、武蔵野市有形文化財に指定されています。

本堂
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寿老人
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毘沙門天
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境内に石仏が並んでいたが、その中に4基の青面金剛庚申塔があった
元禄9年(1696)と元文4年(1739)の年号のもの二基ずつだった。
そのうち二基がどうみても新しいものだったので、帰ってから調べると、二基の新しいものは古いものの再建塔(造立昭和55年)だった。
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この庚申塔の詳細については、別に庚申塔の記事をシリーズで載せているので、その中で記事にします。

ここからまた、「七福神めぐりバス」に乗って、「大法寺」に向かいました。

【大法寺】 福禄寿
所在地:東京都武蔵野市吉祥寺東町2-9-13
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臨済宗妙心寺派寺院の大法寺は、金谷山と号します。大法寺は、仁波和尚(寛文9年1669年寂)が開山となり、寛永10年(1633)麻布桜田町に創建したといいます。武蔵野吉祥七福神の福禄寿となっています。

福禄寿
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吉祥観音堂
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釈迦苦行像
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ここからは、全て徒歩で移動。

【武蔵野八幡宮】 大国様
鎮座地:東京都武蔵野市吉祥寺東町1-1-23
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参道の中ほどに、明治12年(1879)奉納の狛犬が。
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拝殿
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大国様が祀られている境内社
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驚いたことに、ここには7つの神社が合祀されていた。
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扉の彫刻が見事だった。
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社殿内部
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大黒様
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【安養寺】 布袋尊
所在地:東京都武蔵野市吉祥寺東町1-1-21
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真言宗豊山派寺院の安養寺は、岸養山吉祥院と号します。安養寺は、賢乗(寛文8年1668年寂)が開山となり創建したといいます。多摩八十八ヶ所霊場1番、武蔵野吉祥七福神の布袋尊となっています。安養寺の甲辛供養塔、梵鐘は武蔵野市有形文化財に指定されています。

本堂
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布袋尊
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山門前に石仏がならんでおり、その中に庚申塔一基があった。
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「庚辛供養塔」となっていた。
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ここから吉祥寺駅に出て、自由行動とし、仲間グループに分散して昼食。
私は「かに塩ラーメン」を食べた。美味しかった。

集合して、井の頭池に出て、最後の目的地「井の頭弁才天」にお参り。

曇り空のため、井の頭池も憂鬱そうだ。
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雪吊りと藁づと。
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【井の頭弁財天】 弁財天
所在地:東京都三鷹市井の頭4-26-1
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源氏の祖である源経基が、伝教大師の作である弁財天女像をこの地に安置したのが始まりで、その後、源頼朝がお堂を建立したと伝えられています。
当時の武将が戦勝祈願に訪れたことなどから、「勝ち運の銭洗い弁天」としても信仰されています。

その後鎌倉時代に一度は焼失してしまいますが、江戸時代になり、この地を鷹狩り場として使っていた三代将軍徳川家光が、弁財天の宮社を再建しました。
井の頭と言う地名も、この池の水が江戸の飲料水の源(上水の頭)であることから、家光が訪れた際に「井の頭」と命名されたそうです。
その後大正12年には堂舎が関東大震災で被害を受け、現在の堂舎は昭和初期に再建されたもの。

拝殿前に、明和8年(1771)奉納の狛犬が居た。
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ここの弁財天像は秘仏のため、拝むことはかないません。
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ここには、昔から「宇賀神(うがじん)」像があったのですが、以前は分かりにくいところにあった。
平成25年に、社殿の横に移設されていた。
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宇賀神(うがじん、うかのかみ)は、日本で中世以降信仰された神である。
神名の「宇賀」は、日本神話に登場する宇迦之御魂神(うかのみたま)に由来するものと一般的には考えられている(仏教語で「財施」を意味する「宇迦耶(うがや)」に由来するという説もある)。
その姿は、人頭蛇身で蜷局(とぐろ)を巻く形で表され、頭部も老翁や女性であったりと諸説あり一様ではない。
元々は宇迦之御魂神などと同様に、穀霊神・福徳神として民間で信仰されていた神ではないかと推測されているが、両者には名前以外の共通性は乏しく、その出自は不明である。また、蛇神・龍神の化身とされることもあった。
この蛇神は比叡山・延暦寺(天台宗)の教学に取り入れられ、仏教の神(天)である弁才天と習合あるいは合体したとされ、この合一神は、宇賀弁才天とも呼ばれる。
竹生島宝厳寺に坐する弁天像のように、宇賀神はしばしば弁才天の頭頂部に小さく乗る。その際、鳥居が添えられることも多い。
出自が不明で、経典では穀霊神としての性格が見られないことなどから、宇賀神は、弁才天との神仏習合の中で造作され案出された神、との説もある。
鎌倉市の宇賀福神社では、宇賀神をそのまま神道の神として祀っている。

井の頭池も、この季節では寒々しいですね。
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七福神めぐり色紙
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(了)


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昭和記念公園イルミネーション

20171222

20日に歴史クラブ行事で行ってきました。

JR立川駅から歩いて7、8分で「あけぼの口」に到着。

まずは、「昭和天皇記念館」を見学。
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昭和天皇が折々のときに詠われた歌がところどころに飾られていて、それが心に沁みました。

「昭和天皇記念館」の全景を取りたいと思い、集合時間より早く外に出て撮って、入り口の向かいに上に行くエスカレーターがあり、何があるのかなと上がった。
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カメラマンが20人ほど並んでいたので、何を狙っているのかと思ったら、夕日を撮るたろだった。
私もパチリ。
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昭和天皇記念館に集合して、イルミネーション会場に向かうときには、富士山のシルエットが綺麗に見えた。
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イルミネーションの会場は、立川口から入ってすぐのカナールだった。
まだ、完全に日は落ちていなくて、点灯もまだ。
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待つことしばし、点灯された(嬉)
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2017年のイルミネーションのメインテーマは「公園の四季」だそうです。

入り口のところに、直径2mの大きなクリスマスリースが飾られている。
これは、こもれびの丘ボランティアが制作したものだそうです。
皆さん記念撮影をしていました。
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カナールの入り口前にそびえているのが、約1万5000個のグラスが輝く高さ4.5mのシャンパングラスタワー。
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写真には、うまく撮れなかったが、シャンパングラスタワーの頂上から水が流れていた。

噴水から流れる水辺沿いにあるイチョウ並木のイルミネーションと、カナールの中にペアのシャンパンタワー。
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水辺沿いにも、3段のシャンパンクラスが並んでいる。
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水辺沿いの歩道の外側にも、光のトンネルがあります。
夏は藤棚なのかな。
ここには誰も居ませんね(笑)
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大噴水も交互に、二色にライトアップされて綺麗です。
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大噴水のほうから、巨大シャンパンタワーの方向をのぞむ。
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イルミネーションされた並木
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恋人用にこんなものも用意されていた。
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ペアのシヤンパンタワーの配色を楽しむ。
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水に映るのを楽しむ。
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大分冷えてきたので、一時間ほどで切り上げ、暖かいところで忘年会に移行しました。

(了)


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水陸両用バス「スカイダック」

20170907

9月1日に乗ってきました。

10月に歴史クラブで催行する企画があり、その下見です。
スカイツリーの下から出ているということで、押上(スカイツリー前)駅に10時に到着。
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まずはスカイダック営業所(発着場)に行きます。
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コースは、スカイツリーから、亀戸天神の前などを走って、東大島の旧中川・川の駅から旧中川に入り、水行を楽しんで、またスカイツリーに戻ってくるもの。
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そこで、予約の方法とか確かめて、その日の運行を確かめると、二回目の運行が12:25出発。
そのチケットを購入してから、「そらまち」で昼食、土産物店などを物色して時間をつぶした。

時間少し前に、発着場に行くとスカイダック号が待っていた。
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乗客が集まって来た。
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高い位置の座席まで、タラップで乗り込む。
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幸い座席は一番前だった。
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スカイツリーの前から出発。
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東武の特急「スペーシア」が停まっていた。
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運転席は、船の操縦関係の計器などが並び、面白い。
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運河を通過。
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亀戸天神前の、老舗「船橋屋」の前を通過。
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亀戸天神前
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そして、いよいよ東大島の旧中川・川の駅から、旧中川に乗り入れました。
ここから、荒川ロックゲートの手前、「平成橋」までの間を往復して楽しみました。
その様子は動画で撮ったので、動画を見てください。

その動画を見る


40分ほど楽しんだ後、再び川の駅に上がり、休憩です。
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なお、旧中川は、江戸時代には歌川広重の名所江戸百景「逆井の渡し」などで、情緒豊かな川であったことが知られています。

歌川広重の名所江戸百景「逆井の渡し」
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すぐ隣に、「中川船番所資料館」があったので、入り口まで行ってきた。
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ここから、再び陸路をスカイツリーまで戻りましたが、ガイドさんの案内で楽しく過ごしました。

亀戸は、昔は大根で有名だったそうで、今でも「亀戸大根」を使った料理を出してくれるお店があるそうで、その一つ、「すずしろ庵」。
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キャラクター「おしなりくん」は、ちゃんと家があるそうで、その前を通りましたが、折あしく留守みたいで、おばちゃんがパネルを一生懸命振ってくれた(笑)
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そして、無事にスカイツリー前まで到着。
楽しかったです。

(了)


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谷根千散歩

20170426

今日は、カミさんと谷根千散歩をしました。
根津神社のツツジが見ごろかなと思ったので。

しかし、根津神社に行って見ると、なんだほとんど咲いていないぞ(泣)
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それでも、気を取り直して、根津神社に参拝したあと、咲きだしている花を求めて歩きました。
中には、かなり花をつけている株もあったので。
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ツツジを見たあとは、根津神社の後ろに抜けて、日本医科大学病院の坂を上がって右折、夏目漱石旧居跡を通り、駒込大観音(光源寺)を見て大きさに感心した。
境内で立派な庚申塔を発見。
明和9年(1772)造立のもの。
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森鴎外記念館に入る。
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地下展示室の隅の休憩コーナーから地上の銀杏を見上げる。
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見終わって、疲れたので喫茶室で休憩。
さっき地下から見た銀杏の木を横から眺める。
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森鴎外記念館横の、「薮下通り」入り口にある「夢」という彫刻。
森鴎外の「舞姫」にちなむ、一色邦彦氏制作のもの。
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夏目漱石「三四郎」、江戸川乱歩「D坂殺人事件」に登場する団子坂を下る。
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千駄木の駅前を通過して、「指人形笑吉」のお店に寄る。
ここに、カミさんを連れてきたかったのだ。
指人形劇に笑い転げた。
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本当にここの人形は素晴らしい。
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私のお気に入りは、このバイクにまたがったおっちゃん。
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その後は、谷中小学校の建物に感心し、岡倉天心記念公園に寄って、谷中銀座に到着。
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「猫シッポ棒ドーナツ」購入して帰途についた。

(了)


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江戸城歴史ウォーキング

20161201

アップが遅れましたが、阪急交通社が催行しているガイド付きのウォーキングに歴史クラブから30人で参加しました。
コース
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東京駅に集合です。
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添乗員とガイドに迎えられ、挨拶が済むとさっそくの案内です(笑)
東京駅と皇居外苑にはさまれた丸の内は、大名屋敷が多<あったそうです。大名が江戸入りの宿舎にするため邸宅を建てたので、「大名小路」ともいわれていました。備前岡山藩の池田家(丸の内)、阿波徳島の蜂須賀家(東京駅)、肥後熊本の細川家(丸の内)など有力大名の上屋敷が並んでいたそうです。

皇居外苑に入る前、ガイドから石垣の積み方について説明を受けました。写真の石垣積みは「切り込み接ぎ」といわれるもので、ほぼ方形に整形した石材を密着させ、積み上げる方法です。石材同士が密着しているため、排水が出来なく排水溝が設けられているそうです。

堀に面している面は「野面積み」、道路側が「切り込み接ぎ」
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外苑の松の多さには驚きです。1本1本丁寧に手を入れるので、予算が相当かかるそうです。
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扇状に広がった松
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【二重橋】
二重橋というと、メガネ橋とばかり思っていたのですが、それは正確には「正門石橋」といい、その奥にあるもう1つの鉄橋「正門鉄橋」を指すのだそうです。しかし、今は石橋と鉄橋2つを総称して「二重橋」と呼ばれるようにもなったそうです。

江戸城のころの二重橋
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手前は「正門石橋」
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奥の鉄橋「正門鉄橋」が二重橋。
一般参観の人がゾロゾロ歩いている。
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これが、鉄橋「正門鉄橋」
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【坂下門】
坂下門は江戸城西丸造営直後に造られたと伝えられています。西丸大奥に近<西丸の通用門として利用されていました。
今は宮内庁の出入り口として使われています。
坂下門が有名なのは、文久2年(1862)江戸城坂下門外で、尊擾派の水戸浪士6人が老中安藤信正を襲撃して負傷させた事件があったからです。桜田門外の変で井伊大老が暗殺された後、信正は開国路線を継承し、公武合体を推進しました。これに反対する水戸浪士が憤激して襲撃した事件です。
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また、この坂下門前広場では、天下祭りである「神田祭り」巡行祭と、赤坂日枝神社巡行祭がここで奉納を行います。
赤坂日枝神社巡行祭では、ここで神事があり、「剣の舞」が奉納されます。

「剣の舞」を見る


宮内庁の建物
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【桔梗門】
 内桜田門ともいわれています。桔梗門の名称の謂れは、昔この門の瓦に太田道淫の桔梗の家紋が付いていたからといわれています。家来たちは下馬先である門前の広場で各大名の帰りを待っていたそうです。そして政治の話、大名たらの動向など、いろいろと噂話に時を過ごしたので、責任のないところで種々の批評や噂話を「下馬評」といいます。
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【桜田二重櫓(巽櫓)】
江戸城に残る唯一の隅櫓。本丸から見て南東(巽)の方角にあるので、巽櫓という。
出窓上の突き出しが「石落とし」で、弓や鉄砲を撃つ狭間を持っている。
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【大手門】
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大手門は濠側の高麗門と渡櫓から出来ています。江戸城の正門です。
ここの警備は厳重を極め、10万石以上の譜代大名がこの門の長になって、番侍は常に肩衣を着て、鉄砲20挺、弓10張、持笛2挺等を持って警戒に当たっていたそうです。

明治初頭の大手門
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高麗門を入ると、「桝形」である。
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渡櫓
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桝形の隅に置かれていた、「旧大手門渡櫓の鯱」
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渡櫓をくぐった先に、十月桜が咲いていた。
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【大手三の門】
ここを駕籠のまま通れるのは徳川御三家、日光門主だけでした。
他の大名は、この辺で駕籠から降りて歩いていきます。
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三の門跡
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【同心番所】
 番所とは警備の詰所のことで、城の奥の番所ほど、上位の役人が詰めていました。
同心番所は大手円から最初に通る番所で、与力、同心が詰めて警護にあたったところです。大手三ノ門の内側にあり、同心番所は主として登城する大名の供の監視にあたっていました。
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元は三ノ門の外側にあったようです。
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同心番所には、「葵の紋」が残っている。この紋が残っているところを探すのも楽しい。
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ここを抜けると、「中の門跡」
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【百人番所】
百人番所は本丸に入る最大の検問所で、甲賀組、根来組、伊賀組、二十五騎組の4組が昼夜交替で守りを固めていました。
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【中之門跡】
中之門の石垣は、丁寧に加工された大形の石材が隙間なく積む「切込みはぎ」と呼ばれる技法で積まれています。また、石垣に使われているのは、瀬戸内海沿岸から運ばれた白い花崗岩で、西国大名から献上されたと考えられます。こうした石垣は、大名の登城路や天守台主要な部分だけにみられるものです。
 中之門石垣は江戸城の中でも最大級の巨石(35t前後)が使用され、目地がほとんど無い、整層・布積みの石垣です。明暦4年(1658)に普請され、元禄16年(1703)地震で倒壊した石垣を修復し、その後約300年の間に、石材の移動による目地の開き・孕み、荷重や風化による破損・剥離等が発生していたため、平成17年(2005)から平成19年(2007)まで20ヶ月かけて解体・修復工事が行われました。三次元レーザ測量から築石一石ごとの立体モデルを作成し、コンピュータ画面上で、石垣創建当時の線形を推定するなどの修復工事の概要が、中之門跡に詳しく表示されています。

石垣に使われている二種類の石
右が伊豆石、左が花崗岩
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中之門石垣
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往時の中之門
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石垣の積み方
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見事に水平に目地をそろえている。こんな石垣は他では見られない。これを大名に見せつけていた。
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踏み石も巨大である。
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【大番所】
中之門の内側にあり、中之門からがいわゆる本丸なので、大番所の役割は極めて大きかった。
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【中雀門跡】
 中之門に入ると長い緩やかな坂道が続きます。登ってい<と石垣が見えます。中雀門跡です。本丸御殿に通じる最後の門で、御三家も日光門主もこの門で乗り物を降りて、徒歩で本丸御殿に向かうことになります。

この門は文久3年(1863)の火災で本丸御殿が焼けた時、類焼し石垣の表面が熱でボロボロになったといわれています。門の通り道の石垣はボロボロでしたが、外側は全く異状がありません。どうしてかなと思いました。
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ガイドさんの説明によると、下の写真のように櫓門が燃えたところの石垣が焼けたということでした。
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旗を持ったガイドさんが立っているところが本丸御殿の玄関があったところ。
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本丸御殿からちょっと離れて富士見櫓を見に行く。

【富士見櫓】
残念ながら工事中で全容を見ることが出来ませんでした。
案内板によれば、3つの櫓が残っていますが、その中で富士見櫓は唯一の三重櫓です。
明暦の大火(1657)で焼失した天守閣の代用として使われたとありました。
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この辺は、木蔭が多くてホッとする。
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【松之大廊下跡】
富士見櫓から近い道路わきにポツンとある小さな石碑に「松の大廊下跡」と刻まれています。
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【バラ園】
徳川家康が築いた天守閣は、この辺だったそうです。
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【石室】
 用途は不明だが、大奥の上納戸脇にあたるので、非常の際の奥向きの調度、文書を収納したところではないかという説が有力。
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ここから天守台に向かう道には、珍しい竹があった。

蘇芳竹(すほうちく)
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亀甲竹
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金明孟宗竹(きんめいもうそうちく)
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【天守合】
江戸城の天守閣は将軍の変わるごとに築かれましたが、家光が建てた天守閣が明暦の大火で焼け落ちてからは、加賀藩の前田家が天守台を築いた後、その上に天守閣が建てられることはなかったそうです。
明暦の大火は3日間にわたって外堀の内側を焼き尽くし、死者は10万人を超えたとと言われています。将軍家綱を補佐していた保科正之が天守閣の復旧については「国の財を費やすときにあらず」と反対し、江戸の町の復旧を優先した。
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家光の天守閣を図面から復元したCGを、ガイドさんが見せてくれた。
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加賀前田藩の威信をかけて築いた、天守台の石垣。
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【北桔橋門(きたはねばしもん)】
この門は本丸に一番近い橋なので、重要な地点として橋が、跳ね上がる仕掛けになっていたそうです。
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ここは「野面積み」ですね。
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小さい穴の狭間が設けられている。
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北桔橋門の外観
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そこから北の丸公園に行きます。

現在科学技術館がある場所は、春日局の屋敷があったそうです。
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平成26年12月2日に「東京」の気象観測地点を千代田区大手町から北の丸公園へ移転しましたが、ここです。
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以上で、ツアーは終了。
北の丸公園で、ツアーに含まれていた「なだ万」のお弁当を食べました。
そのすぐ近くで、私たちを恐れることなく、すずめたちが砂浴びをしていた(笑)
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その後「国立公文書館」を見学。
このときの企画展は「時代を超えて輝く女性たち」でした。
ホールには、戦前の「大日本帝国憲法の公布原本」、「日本国憲法の公布原本」、「終戦の詔書原文」が展示されていました。

(了)



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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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