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庚申曼荼羅/板橋区東光寺

20190907

所在地:東京都 板橋区 板橋 4-13-8
撮影日:2016年3月16日

今回の庚申塔は、門を入ってすぐ、本堂の前左手に並ぶ石仏群の、左から二基目になります。
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庚申塔の主尊として、青面金剛を刻むものが圧倒的に多いが、石仏で仏像である青面金剛の要素を最も多く刻み込んだのが、今回のものである。
よって「庚申曼荼羅」と呼ばれることが多い。

庚申塔の主尊に青面金剛が使われるのは、三尸(さんし)と伝尸(でんし)病が「尸」つながりで、庚申信仰の中に伝尸病(=結核)に対する祈りが習合したからである。
1)『庚申縁起』『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』には、伝尸病(=結核)を患った人が青面金剛の姿を思い浮かべ、千遍呪文を唱えれば治ると書かれている。

2)『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』の「大青面金剛呪法大呪法」に書かれた像容は、
 「四本の手で向って左は上の手に三叉の矛を、下の手にを持ち、右は上の手に輪宝を、下の手に羂索(縄)を持つ。身体は青色で口を開き、牙を出し三眼で頭に髑髏をいただき、髪は火焔のように逆立ち、頚に大蛇を掛け、両腕に二匹の龍、腰と両足に二匹のがまといつき、持った棒にも蛇がまといつく。腰には虎の皮を巻き、髑髏の首飾り・胸飾りをつけ、両足で一匹ずつを踏む。左右には一人ずつ童子を作る。頭には二つの暫を結び手に柄香炉を持つ。像に向って右に赤色と黄色、左に白色と黒色の恐ろしい形の夜叉を作る。」
と説く。

ここ東光寺の庚申曼荼羅には、前に書かれた像容のうち、青字の部分が実現されている。

塔身は唐破風笠付き角柱。
台座に蓮を刻む。
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銘文:
左側面に「寛文二之天」「壬寅」 「五月十二日」と刻まれている。
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塔身:唐破風笠付き角柱
主尊:三面六臂青面金剛立像、邪鬼を踏んで立つ
日月:浮彫り瑞雲付き
主尊の特徴:火炎の髪、頭に髑髏、首に髑髏の首飾り、足に蛇
本手:棒と羂索
他の手が持つ法具:輪宝、弓、矢、三叉矛
脇侍:二童子、邪鬼、三夜叉、御幣猿、鶏
造立年代:寛文2年(1662)

立派な唐破風のついた笠が載っている。
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日月は浮き彫り瑞雲付き。
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「庚申曼荼羅」は、青面金剛が邪鬼を踏んで立ち、両側に童子が侍り、四夜叉がその下に立ち、御幣猿と鶏が一番下に居る。
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主尊の青面金剛は邪鬼を踏んで立つ。
その両脇に、童子が手に柄香炉を持って侍る。
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青面金剛は、三面で、火炎の髪、頭に髑髏、首に髑髏の首飾りらしきものをかけている。
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『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』に描かれた青面金剛は四臂だが、仏教と習合して、合掌とか剣とショケラが増え、六臂となっている。
ここでは、本手に棒と羂索、向かって右の上に輪宝下に弓、左の上に三叉矛下に矢を持つ。
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足に蛇がまといついている。
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ちょっと面白い、石を組み合わせた感じの磐座の上で、青面金剛に踏まれている邪鬼は、ニッと笑っている感じ。参った感は無い。
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四夜叉は、夫々武器を持って仁王立ちしている。
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一番下に、御幣猿と鶏が居る。
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青面金剛庚申塔のなかで、最大限の要素が現わされた立派なものである。
『陀羅尼集経(だらにじっきょう)』の「大青面金剛呪法大呪法」に書かれた、青面金剛の像容を具体的に示してくれる貴重なものである。
それが、東光寺の境内にて自由に見ることが出来るのは、とても嬉しい。



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青面金剛立像/巣鴨・真性寺

20190831

所在地:東京都豊島区巣鴨3-21-21 真性寺墓地
撮影日:2019年7月15日

巣鴨地蔵通りは中山道でもあり、ここにある真性寺には江戸六地蔵の第四番・中山道の地蔵が安置されている。

中山道から入ると、真っ直ぐ六地蔵と本堂に通じる参道が延びている。
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六地蔵と本堂の前を右手に折れると墓地に通じている。
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墓地の真ん中辺に、この庚申塔は安置されている。
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塔身は舟形光背。
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銘文:
右側面に「寛政四壬子歳正月吉日」、左側面には施主名が刻まれている。
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塔身:舟形光背
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:浮彫り瑞雲付き
主尊の特徴:髪双髷、頭に蛇、邪鬼を踏む。
本手:剣とショケラ
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、三叉矛
脇侍:邪鬼、三猿
造立年代:寛政4年(1792)

日月は浮彫り、瑞雲付き。
瑞雲が唐破風のようになっている。
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青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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髪は双髷、頭に蛇がとぐろを巻いている。
表情は眉を吊り上げ、忿怒形。
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本手は剣とショケラ。
他の手が持つ法具は、右側が上から法輪、弓。左側は上から三叉矛、矢。
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ショケラは、子供のような姿。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は左向き、不満そうな表情。
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その下の岩に刻まれた三猿は、左右が横向き。
右から、「見ざる、聞かざる、言わざる」となっている。
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この庚申塔の特徴は:
・青面金剛の髪が双髷、頭に蛇がとぐろを巻いている。
・本手には剣とショケラを持つ。ショケラは子供のようである。



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巣鴨庚申堂(中山道庚申塚)

20190819

所在地:東京都豊島区巣鴨4-35-1
撮影日:2019年7月19日
御祭神:猿田彦大神・大己貴神・小彦名神

ここには、中山道を歩いたとき、歴史クラブで巣鴨周辺の史跡巡り等、何度も立ち寄っていたのだが、いずれも写真がいまひとつ。それで7月に近くに来たので、きちんと写真を撮り直した。

ここは、都電荒川線の庚申塚停留所のすぐ近く。JR山手線の巣鴨駅からなら、おバアちゃんの原宿・巣鴨地蔵通り(中山道)を歩いてくれば良い。
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由来記
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巣鴨庚申塚は江戸時代中山道の立場として栄え、旅人の休憩所として簡単な茶店もあり、人足や馬の世話もしていました。江戸名所図会ではそれらの様子がにぎやかに描かれています。
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ここは中山道板橋の宿場にも近く、右に向かえば花の名所「飛鳥山」、紅葉の王子にでる王子道の道しるべを兼ねた庚申塔が建っていました。庚申塚は浮世絵『木曽街道六十九次』にも登場している。
渓斎英泉と歌川広重が合作のかたちで天保6年(1835年)ごろ完成させた『木曽街道六十九次』のうち、英泉描く「板橋宿」である。
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英泉描く風景は板橋宿と云いながら、手前は巣鴨庚申堂あたりの立て場であり、この間歩いて30分くらい距離をすっ飛ばしている(笑)。
前『江戸名所図会』「巣鴨庚申塚」と照らし合わせると、少し手前の場所であることが判ります。英泉作品の中央部に描かれる石塔が、王子稲荷や王子権現に向かう王子道との分岐点にあった庚申塔です。巣鴨の立場にあったその石塔の正面には「青面金剛(しょうめんこんごう)」、右面には「右王子道」と書いてあった。
つまり、遠近画法を応用して、巣鴨の立場から板橋宿の旅籠を遠望するという構図を採っているのです。ただし、巣鴨の立場と板橋の宿場との間にはかなりの距離があるのですが、その間をショートカットした作図です。
なお、本作品に描かれる宿場背後の森は加賀の前田家の、板橋宿の東側にあった21万坪の下屋敷を表しているものと思われる。

御由緒:
文亀2年(1502)、高さ八尺(約2.4m)の庚申塔を当地に造立したのが創祀とされる。
明暦3年(1657)、明暦の大火(振り袖火事)が発生し、当地には上州・秩父・川越方面より復興に使用される木材が多く集積された。
ある時、庚申堂の碑に立て掛けられた竹木が重心を失って倒れ、庚申塔に当り、塔は五つに砕けてしまう。
村中で協議し、丈を縮めた塔を再建し、砕けた塔はその塚の土中に埋めた。
当地は旧中山道(現・地蔵通り)と旧王子道(現・折戸通り)が交差しており、板橋宿に至る途中の立場(たてば・休憩所)として、賑わったという。
「江戸名所図会」には当時の様子が描かれており、庚申塔のそばに二軒の茶屋が立ち並び人々の行き交う様子が伺える。
明治初期には、近辺の有志が千葉県銚子市の猿田神社の御分霊を勧請した。
昭和8年(1933)、御大典記念として大塚天祖神社の社殿が新築され、その余財の一部で町会事務所を併設した庚申堂本堂が改築されたが、昭和20年(1945)に戦災で焼失する。
戦後の昭和24年(1949)、榎本留吉氏によって仮庚申堂本堂が再建された。
昭和47年(1972)、前年に発足した庚申堂改築奉賛会により本堂が造営され、昭和50年(1975)には御水屋も設置された。
昭和57年(1982)に庚申堂奉賛会が発足、平成3年(1991)に山門の改築に至っている。

門には「猿田彦大神」と書いた大きな提燈が下がる。
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中に入ると、左右に狛犬ではなくて、神猿が迎えている。
台座には三猿が刻まれている。
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江戸名所図会の説明
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手水舎
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この茶屋には小林一茶も訪れ、「ふじだなに 寝て見ても またお江戸かな」との句を詠んでいる。
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拝殿
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本堂
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本堂内には1657(明暦3)年に再建された庚申塔が納められ、これは豊島区の登録文化財になっているという。

神紋は、「月に庚」
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火消し組から奉納された立派な額
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(了)


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青面金剛立像/東池袋庚申ビル

20190812

所在地:東京都豊島区東池袋1-47-1 庚申ビル
撮影日:2018年11月17日

この場所を探すのに不安だったが、グーグルマップで「庚申ビル」を検索すると一発で出たため、助かった。
サンシャインビルの近くで、明治通りと春日通りの交差するところに位置する。
近くを首都高が走っている。
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ビルの外側、2階にあがる階段の下の壁の中に埋め込まれている。
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「豊島区重要文化財 庚申様」というプレートが付き、献花が一杯で、大切に守られている。
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塔身は駒形。
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資料に寄れば
右側面に 「初代恩田与三郎 明治末期建」
「二代恩田巳之助 破□ノタメ改メ 昭和二十五年 建之」とあるそうだ。


塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:なし
主尊の特徴:一面六臂、髪火焔、邪鬼を踏んで立つ。
本手:剣とショケラ
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、鉾
脇侍:一邪鬼
造立年代:昭和25年(1950)


青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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髪は火炎。
耳がかなり大きい。
目が怒り、口を引き結び、忿怒の表情。
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本手は剣とショケラ。
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ショケラは普通半裸の女性だが、ここでは人の頭を下げている。
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他の手が持つ法具は、右側が上は法輪、下は弓。
左側は上が鉾、下は矢。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は、「参ったなあ」と苦笑いしている表情が面白い。
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横に、面白い表情の木像が置かれていた。
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この庚申塔は、ビルの壁龕の中に安置されており、正面からしか眺めることが出来ない。
しかし、昭和製とはいえ、とても綺麗で、大切に守られている。
特徴としては、日月、蛇、鶏、三猿という脇侍が一切なくて、邪鬼をふんでいるだけ。
本手は「剣人型」だが、ショケラが人の頭というのが、独特。初めて見た。



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三猿庚申塔四基/目白不動金乗院④~⑦

20190805

所在地:東京都豊島区高田2-12-39 目白不動尊金乗院境内
撮影日:2018年3月17日

目白不動尊金乗院については、「関東36不動めぐり」で参拝した際の記事があります。

その記事を見る


境内には7基の庚申塔があり、今回は本堂と不動堂の間の墓地に通じる参道に置かれた三猿庚申塔四基を紹介する。
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【三猿庚申塔④】
墓地に通じる参道の一番手前に三猿庚申塔二基があり、そのうち右側のもの。
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塔身:舟形光背型
主尊:三猿
日月:浮彫り、瑞雲付き
造立年代:延宝5年(1677)
高さ:90cm

銘文
中央に「庚申塔信心衆」
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日月は、浮彫り瑞雲付き。
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三猿
右から「言わざる、聞かざる、見ざる」
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【三猿庚申塔⑤】
墓地に通じる参道の一番手前に三猿庚申塔二基があり、そのうち左側のもの。
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塔身:角柱型(多分元は笠付)
主尊:三猿
日月:浮彫り、瑞雲付き
造立年代:元禄5年(1692)
高さ:98cm

銘文
中央に「奉待念庚申一座」
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日月は、浮彫り瑞雲付き。
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三猿
右から「言わざる、聞かざる、見ざる」
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【三猿庚申塔⑥】
参道を少し上がったところに、この庚申塔はある。
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塔身:唐破風笠付角柱
主尊:三猿(三面に一猿ずつ)
日月:筋彫り、瑞雲付き
造立年代:延宝4年(1676)
高さ:250cm

銘文
正面中央に「奉建立庚申塔婆二世安楽攸」
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唐破風笠付き
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日月は、筋彫り、瑞雲付き。
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正面の猿は「聞かざる」
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右側面の猿は「見ざる」
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左側面の猿は「言わざる」
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【三猿庚申塔⑦】
その奥に、この庚申塔はある。
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塔身:山型角柱
主尊:三猿
日月:なし
脇侍:二鶏
造立年代:万治2年(1659)
高さ:170cm

銘文
正面に、阿弥陀三尊種子の下に「奉信敬庚申禮三年講結衆諸願成就」
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塔身の頭部は山型。
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三猿は右から「見ざる、聞かざる、言わざる」
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左右の側面に鶏を刻んである。
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※四基の庚申塔は、塔身が全部異なり、日月も浮き彫り、筋彫り、なし、があり、三猿も三面に一猿ずつもあり、鶏の居るのもありと、バリエーションが豊富で、見ごたえがあった。



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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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