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里見八犬伝を読み込む/第六集・巻の二・第五十四回

20220923

第五十四  常武疑って一犬士を囚う 品七漫(そぞろ)に奸臣を話説す

時:室町時代 文明10年(1478)~文明十一年(1479)
登場人物:犬田小文吾、千葉介自胤、畑上語路五郎高成、馬加大記常武、柚角九念次、品七
舞台:P17阿佐谷村、P18石浜

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【ものがたりのあらまし】
 畑上語路五郎が組子をせきたてて阿佐谷村に向かうと、阿佐谷の村長が百姓どもと集まっていた。
「おまえたちは船虫の番をしているはずだろう」
 語路五郎がいぶかしげに聞くと、村長らはあわてて、
「御眼代様(注1)、船虫をつれて来いとの御下知状をいただきましたので、ことさら夜道の用心をしてここまで来ましたところ、あの森陰から大勢の曲者が現われ、船虫を奪いとられました。申し訳ございませな」
 語路五郎は、唖然として、
「わしは船虫を連れてこいという下知状を知らぬぞ。その状を早く見せい」
 村長は慌ただしく懐を探ってみたが、無い。語路五郎はいらだって、
「おまえたち、船虫を落として、さまざまの空言を申すのであろう。一人も残らず召し捕れ」
 激しい下知に、組子らは村長をはじめ十人の者を数珠つなぎにして、牢獄にぶちこんだ。
 翌日、語路五郎はこの始末を恐る恐る馬加に報告すると、常武は怒って、
「船虫をとり逃がした村長らの罪よりも、その方の罪はいよいよ深い」
とばかり、語路五郎にも縄をかけてしまった。
 語路五郎はこの後、陽光を見られずついに獄死したが、村長ら百姓たちは親族妻子らが毎日、石浜の城に来て訴え、田や林を売って馬加主従に賄賂を贈ったので、出獄したのは、これは後の話。
 これより先、千葉介自胤は嵐山の尺八が手に入ると、犬田という勇士と早く対面したいと、家老の常武に云うと、常武は言を左右にして、
「さりながら、小文吾は下総の行徳あたりの人間、孝胤殿の腹心か、あるいは里見、滸我殿の間者かもしれませぬ。小文吾を捕え、責め懲らし、敵の間者ならば首を河原にはりつけ、後をいましめ、当家の武威を示すべきかと心得ます」
「とにかく功ある者を賞せずに罰するのはよろしいことではない」
「それでは小文吾はお預かりして、真偽をさぐりましょう」
 常武は不承不承、生返事して退出した。
 それで小文吾はその日から馬加の離れ座敷にとめられ、やっと三日目になって老僕の柚角九念次(ゆづのくねんじ)の取次ぎで常武に対面した。
「それがしは心ならずも当所に抑留されましたが、笛の賊が現われ出たうえは、はやく放免されたい」
と言うと、常武はうなずき、
「ごもっとものことじゃが、自胤が貴殿を疑っていられるので早急には決しがたいのじゃ」
 小文吾は驚いたが、君命にかこつけて抑留する気だと、常武の本心がわかったので、あきらめて態のいい牢獄にひきさがった。
 これから後は、話し相手もなく、小文吾はただいらだつばかりで、四友のこと、預かった二人の女、さては、老人や甥のことなどに心を走らさぬ日とてはなかった。
 毎日がこんなふうに過ぎ、その年は暮れて、明くれば文明十一年(1479)、春も三月の候になってしまった。
そのうちに品七という朴納だが実直そうな老爺と、しだいに親しくなってきた。
 ある日、彼が一人でやって来て、昼食後、縁側で休んでいるので、小文吾が出てゆくと、
「閉じ込められて、もう一年近くになりましたが、お気の毒なことじゃ。やっぱり、知者でも勇士でも時の運がなけりゃ埋もれてしまう人もありますわい」
と、品七はその一例として、犬塚番作父子の名を口にした。小文吾は驚いて、
「おれも犬塚親子の名だけはかねて聞いている。知り合いだったのかい」
「知り合いではないが、大塚の糠助という者が先代からの縁者でな、その男からの噂話で知っているだけですわい。大きい声では言えんが、ここの馬加様は恐ろしい人ですよ」
小文吾は膝をすすめて、
「そのわけを聞きたいな。おれは他所の者、洩れることはない。聞かしてもらいたい」
品七は頭をかいて、四方を見かえった。
「おまえ様は口数の少ない、考え深い人じゃと思うで言うがのう。他所で洩らしなさるなよ。ご存じじゃろうが、享徳四年(1455) の秋のころじゃ」
 下総の千葉家は二つに分かれて絶えず争っていた。そのおこりは。
 千葉介胤直は、一族の原越後介胤房が滸我の御所成氏に従うことを勧め、円城寺下野守尚任は鎌倉の管領に従うことを主張したとき、円城寺の意見を用いて管領方についたので、胤房は成氏に加勢をたのんで、千葉の馬加入道光輝とともに軍兵数千をもって攻め、大将胤直に詰腹を切らした。
 成氏は、馬加入道光輝の嫡男孝胤を千葉介に任じて千葉に在城させ、対して管領家の方でも、胤房の弟中務入道了心の長男実胤と二郎自胤を取り立て、武蔵の石浜、赤塚の両城に置いたので、千葉家は二流に分かれて互いに敵視しあうようになった。馬加記内常武は、初めは孝胤に仕えていたが、出奔して石浜の実胤にとり入り、名を大記と改めて時めいていた。
 ところが、実胤は多病のため、家督を弟の自胤に譲ろうとした。そうなると、赤塚には粟飯原(あいはら)胤度、龍山逸東太縁連(こみやまいつとうたよりつら)の二人が第一の権臣(注2)となるだろう。
常武はそれが不満である。そこで、今度は赤塚の自胤にも接近をはかり、実胤の命であると偽って粟飯原をたずね、薪我殿と両管領家とが和睦するといううわさがあるから当家としては今のうち滸我殿にもとりなしておいた方がよい。それも石浜からでは管領家にまずいから、赤塚からの方が筋がとおる。ついてはその進物にと始祖伝来の一節切を持参したと言って、実胤の宝庫から盗み出した嵐山という一節切(注3)を渡した。
 胤度はこれを信じて、常武の伝えた密意を主君に告げると、自胤も大いに喜び、さらに秘蔵の小篠、落葉の大小を進物に加えて、胤度を済我につかわすことになった。

【注釈】
(1)眼代(がんだい):平安時代中期から鎌倉期に、遙任国司が現地に私的に代官として派遣した家人などの代理人のことである。 目代(もくだい)とも。 転じて本来なら役職上、現地に下向して執務しなければならない人物の代理として派遣された代官などの役人の事を指す。
(2)権臣(けんしん):権力をもった家来
(3)一節切(ひとよぎり):尺八の一種。長さ約34センチ、太さ直径約3センチの竹製の縦笛で、節が一つある。室町中期に中国から伝来、桃山時代から江戸初期にかけて流行したが、幕末に衰滅。一節切尺八。



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里見八犬伝を読み込む/第六集・巻の二・第五十三回

20220806

第五十三回  畑上謬て犬田を捕らう 馬加窃(ひそか)に船虫を奪う

時:室町時代 文明10年(1478)
登場人物:犬田小文吾、千葉介自胤、畑上語路五郎高成、馬加大記常武、船虫
舞台:P17阿佐谷村、P18石浜

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石浜城
室町時代中期の享徳の乱に伴って発生した千葉氏の内紛では、宗家の生き残りである千葉実胤(千葉兼胤の孫)が下総国を追われて扇谷上杉氏の庇護下に入り、石浜城を拠点とした(武蔵千葉氏)。この際、弟の自胤も赤塚城に逃れている。その後兄が隠遁したため自胤が石浜城主となり幕府から認められた千葉氏当主となった。
この辺には「墨田の渡し」があったという。
石浜城址の場所候補の一つとして石浜神社があり、「浅草名所七福神めぐり」で訪ねたことがある。
石浜神社
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【ものがたりのあらまし】
 小文吾は船虫のことが、どうも信用できず、出所正しい尺八を渡そうとするのも怪しいと思い、例の笛を袋のまま袋戸の小棚の中にしまい、縁側の蚊遣火鉢の木の枝が一尺あまり燃え残っていたのを、風呂敷に手ばやく巻いて、もとのように包んだ。
船虫が帰ってくると小文吾は、あるじの横死は自業自得だが、痛ましいのはそなたの不幸だと、香奠(こうでん)
として粒銀を紙にひねって亡骸のそばに置いて、旅包みを肩に立ち出た。
 小文吾は牛島の方へ渡ろうと河原の方に三町も行ったかと思ったころ、忍びよっていた捕手の組子が後ろから手を捕り足を抱きすくめ、縄をかけてしまった。
 そして、捕手の頭の野装束(注1)に十手を携えた一人が進み出て、
「当家にて紛失した古代の名笛、あらし山という尺八を隠し持っていよう。昨夕、阿佐谷の里人並四郎方に宿をかりた時、持っている笛を見られて並四郎を殺したと、女房の船虫が訴えたのじゃ。不肖ながら千葉家の眼代(注2)、畑上語路五郎高成がこうして捕縛した。」
と責め立てた。小文吾は少しも騒ぐ色もなく、
「これは意外、それがしは下総の行徳の民の子、犬田小文吾悌順という者、このたび上野におもむいた帰り、道連れを見失い、それをたずねてこの地に来ただけのこと」
と、すべて残りなく供述した。その時、木陰から船虫が出てきて語路五郎の前にひざまずいて、涙ぐみながら、
旅包みを調べてくれと云いつのった。
語路五郎はうなずいて、
「それはおまえに言われるまでもないことじゃ。その曲者の臟物(ぞうぶつ)(注3)をこれへ持て」
 出てきたのは燃えさしの枝と、雨衣のほかにはなんにもなかった。
 驚きあきれたのは、語路五郎よりも船虫だ。
 小文吾は左右をキッと見かえった。
「おのおの方、ご覧になられたか。お疑いなら、家さがしして見られよ。笛は戸棚の中にありましょう。また並四郎が刺しとおした太刀跡は蒲団をみても、畳をみても明らかで紛れもありませぬ」
 そこで語路五郎は組子に命じて並四郎の家を調べさせると、そのとおりだった。
すると、船虫は悪鬼のような形相になり、帯の間に隠した用意の魚切包丁を逆手に取って、「夫の仇」と突きかかってきた。
 小文吾は縛られたまま、その刃を身のこなしよく外しておいて、バッと蹴りつけ、倒れた船虫を小文吾は片足で踏みすえた。そこを組子たちは集まって幾重にも縄をかけた。
 語路五郎は小文吾に粗忽をわびてから、船虫を見すえて、
「これ、盗人女、天罰と思いあきらめ、嵐山の尺八を並四郎が盗んだ次第を同類まで白状せよ」
 船虫は毒々しくあざ笑った。
「ふん、ぎょうぎょうしい。同類の名が聞きたければ、ぶちまけるのはたやすいが、困る人があろうと思うて言わないのがかえって情け、わけがわからねば、御家老様に聞いてごらんなさい」
 語路五郎は目を見はり、声を怒りに震わせ、
「おのれ、無礼な嘲弄、大胆不敵なやつじゃ。それ、はやく責めよ」
といきまいた。すると村長が走ってきて、千葉介自胤様が小鳥とりのために、もう間近においでだと知らせた。
うなずいた語路五郎は、部下に命じて船虫を阿佐谷の村長のもとに連行させ、小文吾を、わしの宿所に案内し酒食でもてなせと言いつけて、主君自胤がやって来るのを待った。
  千葉介自胤は鳥綱、吹矢、もち竿などを近臣らにもたせ、四、五十人の従者を前後に従えてやって来た。語路五郎は恐る恐る膝を進めて、嵐山の笛のことを詳しく言上しながら、例の笛をたてまつった。
 自胤は手ずから笛を袋から出して見て、うちいただいた。
 「予が若年のころ、あやまって小篠、落葉の両刀とこの笛を失ったが、またこの笛を見る喜び、これにまさるものはない。その船虫とか申す賊婦をきびしく尋問すれば、両刀も出て来ようかもしれぬが、小篠、落葉は先君相伝のものでなく、ただ一時の秘蔵に過ぎぬが、笛は当家の重宝じゃ。その犬田小文吾とかいう者は知勇の武士らしい。浪人ならば、当家の股肱(注4)とすることになれば、その方たちの忠節となるであろう。これらを馬加大記に告げて、大記より報告させい。」
 自胤はていねいに念を押すと、床机から立ち上がった。
 主君の行列を見送ると、語路五郎は配下を石浜の城にかえして、家老馬加大記常武に事の次第を報告させ、その使いが帰って来るまで、みずから杯をあげて小文吾をもてなした。未の刻(午後二時)を過ぎたころ、使いが帰ってきて、犬田小文吾は語路五郎が伴って城中に連れて帰れ、賊婦船虫は村長にあずけて、明日獄舎につなげとのこと、語路五郎はうなずいて、そのとおりにした。
 さて村長が百姓らと、船虫を縛ったまま張り番をしていると、夜になって、畑上殿からとの使いが来て、今宵船虫をつれて参れとの下知状だった。村長らは船虫を引き立てて石浜に向かい、城近くまで来たとき、突然行く手の森陰から銃声がして、覆面の曲者が四、五人切りかかって来て、船虫を奪われてしまった。

一方、畑上語路五郎は犬田小文吾を連れて石浜に帰り、老臣馬加大記常武の屋敷にゆき帰城したことを告げると、常武は老僕に、その犬田を客座敷で休息させ、語路五郎には今会うと命じた。
 語路五郎が常武に呼び入れられると、改めて事の次第を報告した。
ところが常武はきいて冷笑して、
「その並四郎とかいう奴が小文吾を殺そうとしたことは明らかではあるが、笛が失せたのは必ずしも並四郎をその賊とは決められまい。そのことはともかく、この由をまずわしに告げず、その笛もわしに見せず、したり顔に計らったのは老職を侮るというものじゃ。貴公の出過ぎは許せぬ。して、その船虫はどうしたのじゃ」
「されば、それがし、御下知を伺ったところ、犬田は早く連れて参れ。船虫は村長に預けろと承わりましたゆえ、かしこに残してござります」
 すると、常武は再び声をはげました。
「わしが言ったのは、そうではない。船虫を引き立てて参れ。犬田は長途の疲れもあろうから、今宵は村長のもとにとめておくほうがよかろうと答えておいたのじゃ。貴公みずからおもむいて、早急に船虫を引いて帰れ。これはまたなんという、うつけな……」
 語路五郎は夜がふけるまでさんざん油をしぼられてようやく家に帰り、配下を呼び集めて石浜の城戸(きど)を出たが、その時、総泉寺の鐘がはや四つ(午後10時)を報じていた。

【注釈】
(1) 野装束:武士の旅装
(2)眼代(がんだい):平安時代中期から鎌倉期に、遙任国司が現地に私的に代官として派遣した家人などの代理人のことである。 目代(もくだい)とも。 転じて本来なら役職上、現地に下向して執務しなければならない人物の代理として派遣された代官などの役人の事を指す。
(3)贓物(ぞうぶつ):他人の財産を侵害する犯罪行為(財産罪)によって不法に領得された財物のこと。
(4)股肱(ここう):「股」はもも、「肱」はひじ。「股肱」で手足の意。主君の手足となって働く、最も頼りになる家来や部下。腹心。


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里見八犬伝を読み込む/第六集・巻の一・第五十二回

20220716

第五十二回  高屋畷に悌順野猪を搏(てうち)にす 朝谷村に船虫古管を贈る

時:室町時代 文明10年(1478)
登場人物:犬田小文吾、鴎尻の並四郎、船虫
舞台:鳥越山の近く高屋畷、P17阿佐谷村

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【要略】
・小文吾は4日ほど馬を追い探していくうち、阿佐谷の辺で猪に襲われ拳で斃す。近くに鴎尻の並四郎が猪のために倒れていて、助ける。
・並四郎の家に泊めてもらうことになる。並四郎の妻、船虫の世話で食事し寝ると、夜半に賊に襲われ倒すと並四郎だった。
・船虫の説明では、並四郎は婿だが悪党で、これで助かったと逆に感謝され、古代から伝わる名品らしき尺八を譲られる。


並四郎が短鑓何ぞ小文吾の一撃に及ばざる
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賤賊空衾を刺し首を落とさる
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【ものがたりのあらまし】
 小文吾はひたすら馬の跡を追って走ったが日が暮れてしまい、心身ともに綿のように疲れ、道ばたの切り株に腰をおろして考えた。
 あの荒芽山で離ればなれになり、犬山、犬塚らの人々は約束どおり、山を越えて西の方、信州路に走ったに違いない。自分だけは馬を追うて東に走ってきてしまい、これからどうしたらよいものか悩みながら、道々、旅人や里人に馬の行くえを尋ねながら、すでに三日、四日と過ぎ、武蔵の浅草寺に近い、高屋、阿佐谷両村の間にきた。もう秋のこととて日は短く、夕方になった。
 思いおこせば、先月二十四日の明け方、犬塚らを送るといって市川からこぎ出した時は一両日の旅だと思ったのだ。だから、明朝早く行徳へ帰って事情を告げようか。いや、いや、それも気がかりだ。
 こんなふうに思い悩みながら小文吾は、鳥越山のこなたの一筋道の畷(なわて)(注1)に出た。
 入相の鐘が響いて、日は暮れてきた。早く宿をとろうと、足を速めていると、突然、ものすごく大きい手負いらしい猪がとび出してきた。
 ハッとした小文吾、一瞬、体をかわして、猪の脇腹を蹴った。ますます猛り狂った猪はまた、突っかかってくる。刀を抜く暇もない。そこで、左手で猪の耳をつかみ、右手の拳を固めて、眉間のあたりを続けざまになぐつたので、さしもの手負猪も脳骨はくだけ、目の玉はとび出し、血へどを吐いて死んでしまった。
 塵を払って、小文吾はまたもや宿を求めようと足を速めた。すると、猪を退治したところから一町ばかりのところに道の真ん中で、のけぞって男が倒れていた。年齢は四十歳くらいの男だ。腰には銅作りの猟刀(やまがたな)をさし、大身の槍を握ったまま、息は絶えている様子。
小文吾は胴巻から打ち身の薬を出して男の口に含ませてみると、男は、ああ、とうめいて目をみひらいた。そしてそのいきさつをきくと、男は驚いて、
 「それではあなたは命の恩人でございましたか。私も先ほど猪に一槍つけましたが、急所をはずれため、牙にひっかけられたと思った後はなんにも覚えてはおりませぬ。で、仕とめられた猪はどこに」
 「すぐそこだ。来られい」
 小文吾は薬と持参の沙金を胴巻におさめて腹にまきつけ、猪の斃れている現場にいった。
 男の話では、この猪は畑に非常な損害をかけており、三貫文の賞金が村長から出ていて、鴎尻の並四郎というこの男が、猪退治を買って出たということである。
 「それはとにかく、御恩を受けた方、今宵のお宿をさせていただきましょう。広沢、浅草からこちらの村々は石浜の千葉殿の領分、敵の間者の用心で、他郷の人を泊めるのはむつかしいことになっています。わしから村長に話をすれば、かまわぬでしょう。で、あなたはどこから来て、どこに参られるのでしょう。それにお名は」
 並四郎にこうきかれて、
「おれは下総の者で、犬田小文吾という者、上野からの帰り。それでは一晩ご厄介にならせてもらいたい」
 小文吾も助かったというところだった。
「それではわしは、この獲物を村長のところまで引きずっていき、このことも、あなたのことも告げてあとから参ります。この畷をつき抜けて、鳥越山の根かたから東北に三、四町いくと阿佐谷に出ます。その村はずれの東に大きな榎があって、そのかたわらにある小さい家が私の家、船虫という女房が留守をしています」
 小文吾は一足先に阿佐谷に向かった。村はずれの榎のそばに一軒家があった。
 折戸をたたくと、中から返事をしながら脂燭(しそく)(注2)をとって出てきて戸を開いた。
並四郎の女房船虫だった。
 小文吾はまず名を告げ、並四郎に宿をゆるされた事情を語った。
 「それは思いがけない御恩でございます。さあ、どうぞお上がりくださいませ」
 船虫は小文吾を上座にすわらせた。それから小文吾に行水をさせたり、夕飯をすすめたりして、かいがいしいもてなし、そのうえ酒を出し、給仕をしてくれた。
 女房の船虫は三十六、七にはなっていよう。容貌は醜いわけでもない。ときどき簪を抜いて額髪をかく癖がある。どうも、ここの主人の様子は百姓にも商人にもみえない。なんで生活しているのだろう。
 そのうち夜もふけてきたので、船虫は蚊帳を出してきて、はやく休めと床をのべて台所に退いた。
 小文吾は横になったものの、あれこれ思い寝つかれない。そのうちまどろんだが、ふと胸さわぎして目ざめると、その辺に人がいるらしい気配がする。
 さては盗賊かと小文吾は枕もとの脇差をとって、そっと蚊帳を出て、そのあとに旅包みを入れて人が臥しているようにして、静かに這って壁に身を寄せた。
 盗賊は壁のくずれから何度も入りかけてはためらっている様子だったが、やがて立ち上がるや否や、抜いた刃がきらりと光って、蚊帳の釣緒を切り落とし、夜着の上に乗りかかって、ぐざと旅包みを刺した。その刃の光をめあてに小文吾はすかさずおどりかかって、抜く手もみせず盗賊を切り、首が落ちた。
「御家内、お起きくだされ。盗賊を討ちとめましたぞ。はやく灯りを」
 小文吾が呼びたてる声に、船虫はやっと行燈をさげて出て来た。その火で首をみると、驚いたことに主の並四郎だった。あまりのことに小文吾は呆然とするばかりだったが、船虫もただ泣くのみで、やがて船虫は気をとり直したのか、
「もし、お客人、犬田様とか。わたしの夫ながら欲に迷うて命の親の寝首をかこうとしたのは天罰というもの、少しも恨めしいとは思いませぬ……」
 そして、その問わず語りによると、船虫の家は昔は村長だったが三代前から水飲み百姓になり、並四郎は婿であるが放蕩やら酒や賭博で悪いことばかり、嫌でたまらないが、ずるずる今日まで送ってきた。今夜も夜半に帰ってから、あなた様が沙金をお持ちだとは言っていたが、まさかこんなことをしようとは……と心細げに泣き沈んだ。
  小文吾も嘆息をもらすのほかはなかったが、
 「お聞きすれば、そなたも不仕合わせな人、その嘆きはもっともながら、もう悔やんだとてしかたもないことじゃ。村長に知らせて、領主に訴えて掟どおりになさるがよい」
 「それはもとよりのことながら、わたしには一つの願いがございます。家の先祖は鎌倉の北条家の時には名のある武士でありましたとか、並四郎のために先祖の名まで汚されるのは口惜しいこと。あなた様のお心におさめて明朝早くお立ちなさったら、外に洩れることもありませぬ。わたしは村じゅうへは頓死と告げて棺を出しましょう。わたしは髪を切り、仏に仕え親、夫の菩提を弔うつもり、聞きわけてお許しくださりませ」
 「先祖のために夫の悪事を隠そうとされるのは、まことに見上げた御心中、妻のそなたが証人であるからには、願いをきかぬわけにもいきますまい。寺さえ承知してくれたら、後はよいようにしてください」
 すると、船虫はうれしそうに小文吾を伏しおがんで、
「こんな御恩になり、お礼として家に先祖から相伝の尺八があるので、せめてあれをさしあげましょう」
と言いながら、立って古金欄の袋に入った笛を出してきた。紐を解いて開くと、よほどの古物らしい、一尺八分ばかりのもので黒塗りに樺巻がしてあって、
  吹きおろすかたは高ねのあらしのみ
    音づれやすき秋の山里
という歌が高蒔絵にしてある。しばらく見ていた小文吾、
「わしも尺八は好きだが、この笛は一尺八分ぐらいだから、きっと古代の一節切(ひとよぎり)(注3)で、四、五百年も昔の物であろう。こんな宝をどうして受けられましょうぞ」
 こう言って断わったが、船虫がどうしてもきかないので、ぜひなく再会の日まで預かることにした。船虫は大いに喜んで、
「それでは、寺にいって参りましょう」
と、それから死骸を壁ぎわによせて蒲団をかけ、小文吾は笛を風呂敷にしまいこんだ。船虫は窓を細めにあけて空をながめ、
「まだ明けるまで少しの間がございます。菩提所までは十町たらず、遅くとも夜明鳥(よあけがらす)が鳴くころには帰って参ります」
と菩提所に走っていった。

【注釈】
(1)畷(なわて):①田の間の道。あぜ道。、②まっすぐな長い道。
(2)脂燭(しそく):平安時代頃から用いられた室内の照明具の一つ。マツの木を長さ 40~50cm,太さ径約 1cmほどに削り,根元を青紙で巻き先に火を点ずるもの。またこよりの先に油を塗って火を点ずるものもあるところから,紙燭とも書く。
(3)一節切(ひとよぎり):尺八の一種。長さ約34センチ、太さ直径約3センチの竹製の縦笛で、節が一つある。室町中期に中国から伝来、桃山時代から江戸初期にかけて流行したが、幕末に衰滅。一節切尺八。


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里見八犬伝を読み込む/第六集・巻の一・第五十一回

20220701

第五十一回  兵燹(へいせん)(注1)山を焼て五彦を走らす  鬼燐(きりん)(注2)馬を助て両孀(りょうそう)(注3)を導く

時:室町時代 文明10年(1478)
登場人物:犬山道節、犬塚信乃、犬飼現八、犬川荘助、犬田小文吾、矠平、音音、曳手、単節、巨田新六郎助友、捕手の兵たち、野武士六、七人
舞台:P16荒芽山の麓村 音音の庵とその近辺

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【要略】
・矠平夫婦は家に立てこもり巨田助友指揮の兵としばらく懸命に戦ったが、もうこれまで、焼け死のうとかねての覚悟の火を放った。
・伏兵として待機していた五犬士は、家が燃え盛ったので敵兵に斬り込もうとすると、別の巨田助友指揮の伏兵に阻まれる。引こうとすると、またもや別の巨田助友指揮の伏兵が現れ、大混乱となり、五犬士は別々に落ちていく。
・曳手と単節は敵兵に捕らえられそうになり、小文吾が助けようとしたが、馬が曳手と単節を乗せたまま飛びだしてしまう。
・6、7人の野武士が待ち構えているところに馬がやってきて鉄砲で馬が倒れ、曳手と単節が捕まりそうになると、亡き夫の鬼火が馬を生き返らせ、曳手と単節を助ける。

【ものがたりのあらまし】
 道節が一策を案じた。
「世四郎、音音はここに籠って、しばらく敵を防いでくれ。われわれは背戸の山べまで退き、暗い木の下からふいに横合いより敵の左右をうちくずせば、やつらはきっとあわてて、味方に伏勢があると思うだろう。その時、逃げ走る敵兵をいい加減に迫っておいて、皆がもろともにすばやく他郷に身をさけ、時節を待つことにしよう」
 四犬士も賛成した。
「ではまず、この足弱を早く馬に乗せてしまおう」
と、小文吾は縁側に馬を引きよせ、曳手、単節を相乗りさせ、落ちぬようにとあちこちを綱でしっかり縛り、離れた場所の木陰につないだ。矠平夫婦も家の中に入り、にわかの準備し、必死の覚悟を定めている。
 この間に、道節、信乃、現八、荘助の四名は背戸の山のほとりに退き、先に曳手らを退かせてきた小文吾とともに待っていると、押しよせてきた討手の軍兵は一軒家をひしひしと取り巻いて、どっと鬨(とき)の声(注4)をあげた。
 その時、大将巨田助友、柴の戸まで馬を進めて叫んだ。
「やあ、やあ、犬山道節はどこにいるか。神妙にお縄をちょうだいすれば、場合によっては同類の命はゆるさぬこともない。どうじゃ。返答はいかに」
 ところが、中からはウンともスンともいわない。助友はいら立って、
「それ、踏み込め」
激しい下知に、先手の雑兵は競ってわれ先に踏み込もうとした。
矠平、音音はそれぞれ仕込み杖、薙刀をもって物陰からあらわれ、
「ぎょうぎょうしい捕手の勢かな。道節様がこれくらいの寄せ手を恐れて逃げ隠れするものか。時をまって再び義兵を起こさんため、同盟の勇士とともに、今朝、他郷にゆかれたわい。われこそは、犬山殿の譜代の郎党、姥雪世四郎、老妻音音とともに、久しくおまえを待っていたぞ。」
 その声の終わるより早く、とびこんだ雑兵が、争って打ってかかる。矠平、音音は、しばらくはもちこたえたが、心ばかりは逸ってもここまで戦うのがせいいっぱい、今は最後と思い戦いながらしだいに退き、このうえは焼け死のうとかねての覚悟の火を放った。
一方、道節は四犬士とともに家の方で鬨の声があがったので、その背後から不意打ちに出ようと行くと、伏勢の一隊が現われ、先頭の大将が巨田新六郎助友と名乗った。
「さては敵に裏をかかれたぞ、この助友を討ちとらぬと、世四郎、音昔があぶない」
と、ここを先途と戦って追いちらすと、背後からも一隊が追いかけてきて、同じ出立(いでたち)の大将が、
「巨田新六郎助友ここにあり、返せ返せ」
と言う。これには五犬士も驚いた。そしてこれに駆け向かうと、今度は逃げた方がまた引き返してくる。
 このとき母屋の炎が燃え上がり、おりからの秋の山風に炎は飛び散り、飛びうつって、樹木といわず草といわず、一面に燃えひろがった。敵も味方も大混乱に陥ってしまった。さすがの五犬士も、前後の敵と猛火に隔てられ、母屋に近づくこともできない。そのとき大塚信乃が、ふと思いついて村雨の太刀を振りまわすと、その刀尖からほとばしる水気が散って、あたりの炎が消え落ちる。
「さあ、この太刀で道芝の火を消して、焦熱地獄の山を越えてしまおう」
 蘇生の思いで、四犬士は別れ別れに血路をひらいて走ったが、小文吾だけが遅れてしまった。
 一人残った犬田小文吾は、敵の重囲は脱したが、曳手、単節を乗せた馬が木陰につないであるので、やっとそこまでたどりついてみると、敵の雑兵二、三人がこれを見つけて、これはよい獲物だと手綱をとろうと争っている。
 曳手、単節は落ちぬためと搦みつけた麻索(あさなわ)が解けぬうえに、煙に狂った馬がはねるので、生きたここちもなく重なり伏している。小文吾が飛ぶように走ってきて、大喝一声、左手に立った一人を、ばらりずんと切り倒した。残る二人が驚いて、刀を抜いて前後から同時にかかって来、その刃が思わず馬の絆を切りはなしてしまった、自由になった馬は姉妹を乗せたまま、さっと脱けて蹄の音も高く、東のほうに走り出した。
「しまった」
 驚いて小文吾は見かえったが、たちまち二人をその場に切り倒し、放れた馬の跡を追った。
 この時、この荒芽山の麓に、近辺の野武士が六、七人、落人を剥ぎとろうと待ちかまえていた。そこへ、放れ馬が二人の女子を乗せたまま走ってきたので、馬を食いとめようとした。ところが、馬はすさまじい勢いで驀進してきて、野武士たちを蹴ちらしてしまった。それでも中の一人が鳥銃をとりあげ、馬をねらって火ぶたをきった。馬は肛門から背柱にかけて打ち抜かれ、二人の主を乗せたまま、四足を折って倒れ伏してしまった。
「それ、あの女子らを逃がすな」
 駆けよろうとすると、不思議や、二つの鬼火がどこからともなくひらめいて来て、伏したままの馬の頭のあたりに落ちてとまったかと思うと、馬は急にむっくりと起きあがってまた走りだし、たちまち姿を没してしまった。そこに小
文吾が追っかけてきて、たちどころにその野武士を切ってしまった。

【注釈】
(1)兵燹(へいせん):「燹」は野火の意。戦争による火災。兵火。
(2)鬼燐(きりん):鬼火のこと。この場合は曳手と単節の亡き夫の霊魂。
(3)孀婦(そうふ):夫と死別し、再婚していない女性。未亡人。寡婦 (かふ) 。
(4)鬨の声(ときのこえ):士気を鼓舞 (こぶ) するために、多数の人が一緒に叫ぶ声。
鬨(とき)という漢字は、「鬥」に別の漢字「共」が組み合わさって形成される会意形声文字の一つ。 「共」は、手をそろえて物をささげる様を表しており、「全員で」「全部で」といった副詞的な意味合いもある。 「鬥」と「共」が会意することで、「鬨(とき)」は「大勢がそろって争う」「一斉に声を上げる」といった意味合いになる。


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里見八犬伝を読み込む/第五集・巻の五・第五十回

20220611

第五十回  白頭の情人合巹(ごうきん)(注1)を遂ぐ  青年の孀婦(そうふ)(注2)菩提に入る

時:室町時代 文明10年(1478)
登場人物:犬山道節、犬塚信乃、犬飼現八、犬川荘助、犬田小文吾、矠平、音音、曳手、単節、根五平、丁六、顒介、捕手の兵たち
舞台:P16荒芽山の麓村 音音の庵

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【要略】
・矠平と音音が丁六と顒介を倒し、逃げる根五平を道節が手裏剣で倒した。
・道節と四犬士の形ばかりの媒酌に見立てて、矠平と音音の形ばかりの杯がかわされた。
・その席上で五犬士は、定正は大敵だから八犬士がそろったうえで里見氏をたすけて戦うことにしようと今後の方針を立て、とりあえず女たちと矠平は行徳の文五兵衛と妙真にあずけようと決める。
・姉妹は音音、矠平に、今後は夫の菩提を弔いたいと頭髷(たぶさ)をぷつりと切り放ち、力二郎、尺八の首に添えて風呂敷に包んで、鞍の前輪につけた。
・そこに十人ばかりの一隊が攻めてきて、それを倒したが、はるかに陣鉦、太鼓の昔が聞こえてきて、後詰の大軍が白井から押し寄せて来たらしかった。全員が決死の戦いの覚悟を決めた。

五犬士一刀で捕手の兵を討ち果たす
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【ものがたりのあらまし】
 矠平はあわてず、二、三歩、根五平に進むと、あざ笑いながら、
「ふん、ぎょうぎょうしい、相手にするには不足だが、ひとりで死ぬのも芸がない。無益な殺生はしとうないが、敵の片割れなら、望みどおりにあの世に送ってやるぞ」
 右手の仕込み杖を左手にはさみ、必死の勢いで立ち向かう。老人一人と侮った根五平は、
「それ、かたづけてしまえ」
といきまくと、丁六、顒介は左右から斧をふりあげ、飛び掛かってくる。矠平はさっと刀を抜き合わす。電光のように刃が右に左に走り、丁六は脇腹を斜めにザクリと切りこまれて、そのままぶっ倒れた。仰天した顒介が逃げようとすると、音音が迎えうつ懐剣に額を割られ、あっと叫んで引き返そうとするのを肩先から背中を再び切りさかれて、死んでしまった。このありさまに根五平はあわてて逃げ出した。奥の方に誰かいて、
「えいっ」
 気合とともに襖の間からうち出す手裏剣が、根五平の背中から胸まで突きとおり虚空をつかんで息が絶えた。
 驚いてふりかえると、襖を開けてゆうゆうと現われ出たのは犬山道節、そのまま上座にむずとすわった。
 音音が、「まあ、いい時にお帰りくださいました。なんとみごとなお手のうち」
と言うと、道節は、
「わしは、犬川らの四犬士といっしょに明け方に帰ってきて、矠平のことも、力二郎、尺八のことも、首のまちがいも残らず聞いた。そして、わしはもとより、四犬士も感涙にむせんだことだ」
とねんごろに慰め、さらに矠平に向かって、
「旧恩を忘れぬ日ごろの功により、なき父君に代わって勘当は許す。今日からは音音を妻として、力二郎や尺八の亡魂をなぐさめてくれ」
 そして、「こんなめでたい時に何をなげく、酒でももたぬか」
と、続く四犬士を媒酌に見立てて、形ばかりの杯がかわされた。
 その席上で、信乃、荘助、現八、小文吾の四犬士は、今後の方策について、あの定正は大敵だから、八犬士が揃ったうえで里見氏を助けて戦うことにしよう、また、ここに居るのは危いから、まず女たちと矠平は行徳の文五兵衛と妙真にあずけよう……、と交々言うと、道節も同意して、力二郎、尺八の首級も大田小文吾にたのんで行徳に葬ることにして、さっそくその支度にかかった。
 その時、姉妹は音音、矠平のそばにひざまずき、
「せめて今日からは尼になって、夫の菩提を弔いたいと思いまする。これだけはお許しくださりませ」
と言うが早いか、用意の刃物を手に手にとって、頭髷(たぶさ)をぷつりと切り放った。
矠平、音音が驚いて止めようとしたが間に合わなかった。姉妹は切り放った頭髷を力二郎、尺八の首に添えて風呂敷に包んで、鞍の前輪につけた。五大士たちも姉妹の貞節にはただ感嘆するばかりだった。
 すると今度は、矠平が道節に、
「それがしは倅どもに代わって、皆様といっしょに従わせてください。荷物でも背負ってまいります」
と頼んだ。
「それは無益のことじゃ。銘々が袂を分かてば、互いに行くえは定まらぬ。現在の六人のほかに二犬士があるはず。思い思いに武者修行して諸国をめぐり年月を経て、はじめて会えるというものじゃ。おまえは音音とともに行徳に行くがよい」
 この道節の言葉に、四犬士も口添えして矠平をなだめた。
 出発の準備ができあがると、道節はやや沈んだ様子で四犬士を見かえり、
「火遁の術は難に臨んでわが身を免れるだけの邪法で、真の勇士の行なうべきものではない。よって今、この書を焼いて、ながく邪法を断つ所存、ごらんくだされ」
 懐中からとり出した火遁の秘書を、なお燃えのこる囲炉裏の火で燃やしてしまった。
 この時だった。忍びよっていた十人ばかりの一隊が、柴垣の陰や、木立の間から、バラバラと走り出てきて、
「御註ぞ。御諒ぞ」
呼びかけ呼びかけ、からめ捕ろうと競いかかって来た。
「心得たり」
と五犬士はこれに立ち向かい、修錬の太刀風をまきおこし、またたく間に真向、肩先、向臑、当たるを幸い、切り倒してゆく。すべて比類のない勇士、ことごとく枕を並べて討ち果たしてしまった。だが、はるかに陣鉦、太鼓の音が聞こえてきた。一同は、さては後詰の大軍が白井から押し寄せて来たわい、と思った。
 現八が軒ばの松によじのぼって見渡したかと思うと、ひらりととび降り、にっこり笑って、
「敵は思ったより手回しがよく、およそ三百余騎が、すぐそこに押し寄せているぞ。おもしろくなってきた」
 信乃は小文吾に分捕りの刀を渡して、
「それがしは幸い犬山氏のおかげで村雨の太刀が手に戻ったから、刀が三本ある。貴公だけ差副(注3)がない。その刀が折れたら防ぐものがなかろう。これでも差すがよい」
「かたじけない」
 小文吾は、そのまま受けとって腰に差した。
その間に矠平と音音は力二郎、尺八の腹巻を着け、寵手や鉢巻きもかいがいしく音音は納戸にしまってあった薙刀を出してかいこみ、矠平は仕込み杖を腰に差し、ひざまずいてしきりにはやる五犬士をいさめた。
「差し出がましゅうはございますが、どんなに皆様が強くても、敵は多勢、謀なくしては危ういではありませぬか。それがし夫婦はここに籠って、命を限りに防ぎますゆえ、敵の近づかぬうちに、はやく裏道から落ちてくだされ。曳手、単節のことはお頼みいたします」
 と、必死の覚悟を示した。
 すると、道節よりも先に四犬士は頭を振って、
「なんということを言われる。先に受けた再生の大恩に露ばかりも報いず、まして、惜しくも両賢息を死なされた無念さはひととおりでないのに、今また敵を御老人らにまかして、どうして逃げられようぞ」
 口々に強くこばんだ。道節もまた一歩も退く気色もなく、いろいろと説きふせようとしたので、曳手、単節もかなわぬまでも、ともに決死の覚悟を決めてしまった。

【注釈】
(1)合巹(ごうきん):「巹」は瓢 (ひさご) を縦に二分して作った杯。昔、中国で新郎新婦がそれで祝いの酒を酌んだところから、夫婦の縁を結ぶこと。婚礼。結婚。
(2)孀婦(そうふ):夫と死別し、再婚していない女性。未亡人。寡婦 (かふ) 。
(3)差副(さしぞえ):① 付き添うこと。かかわり合うこと。他の人を守ったり助けたりするために同伴すること。また、その人。さしぞえ。②太刀または打刀(うちがたな)に添えて腰にさした小さい刀。脇差(わきざし)。


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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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