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里見八犬伝を読み込む/第二集・巻の二・第十三回

20210414

第十三回 尺素(ふみ)を遺して因果みずから訟(うったう) 雲霧を払って妖しみはじめて休(やむ)

時:室町時代 長禄4年(1460)
登場人物: 伏姫、八房、金碗大輔、里見義実、堀内貞行
舞台:P07富山(とみさん)
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【要略】
・伏姫は童子に説き聞かされ、水の流れに身を投げ死のうと思う。遺書をしたため、数珠を手に取ると透かし文字が「如是畜生発菩提心」から「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」に戻っていた。
・伏姫は八房にこれから川に身を投げて死ぬので一緒に死ぬように言い、洞の入り口で経文を読む。
・伏姫が経文を読み終わると、八房は伏姫を見返りながら川に走り寄った。
・そのとき鉄砲の筒音が高く響いて、二つの弾は八房ののどと、伏姫の右の乳の下に命中した。
・若者は金碗大輔で、八房を退治したと喜んだが、入り口で姫が冷たくなっているのを確かめ呆然とする。悲嘆にくれて自刃しようとするが、飛んできた矢が若者の右手の肘にあたったので刀を取り落とす。
・矢を放ったのは里見義実。数珠と遺書を確認する。金碗大輔に伏姫と八房を射た訳を尋ねる。
・金碗大輔は潜んでいるうち、伏姫と八房の話を聞き、山に分け入り探していたら、女性の読経の声を頼りに近づくと、八房が駆けてくるのでそれを撃ったが、それ弾が伏姫に当たってしまった顛末を語る。
・里見義実は、伏姫のことは定包の愛妾玉梓の祟りが業因であると金碗大輔に言い聞かせ、伏姫は仮死かもしれぬと、数珠を伏姫にかけ、役行者の名号を唱えると伏姫が蘇る。
・しかし伏姫は、やはりわが身はあの世に帰るのが正しい運命と、護身刀を腹に突き立て、かき切った。
・その瞬間、数珠の八つの珠は、宙に飛び巡り入り乱れ、燦然と輝いたあと、一つずつ八方に散り失せた。

身体を裂き伏姫八犬士を走らす
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【ものがたりのあらまし】
 伏姫は童子に説き聞かされ、懐妊したとはなんたる業であろうと心が乱れ腸(はらわた)を絞られる思いにおそわれた。
「ああ、なんという悲しい身の上か。たとえ前世で罪を作ったとしても、わが身に報いがきて、こんなに苦しむとは人の恨みの執拗なこと」
 けれどもそれが親への祟りのためだとすれば、後の世で地獄に落ちても少しも悔いることはない。ただ恥ずかしく悲しいのは、畜生の気を受けて子を身に宿したことである。
「いっそ、今のうちに水の流れに身を投げて死んでしまおう」
 姫はひとりうなずいてもとの洞へと入って行った。
姫はそのまま石室の片すみにすわって、一通の遺書をしたため、襟にかけた数珠を手にとった。と、その透かし文字が、ふしぎにも如是畜生発菩掟心の八文字は影もなく消えて、はじめの仁義礼智忠信孝悌に戻っているのだった。
「これがおそらく仏の功徳というものにちがいない」
 姫は心の中で、犬さえも読経の声を毎日耳にしているうちに、畜生道の苦難から脱して菩提に入ったくらいであるから、この文字の転換は、来世には仁義八行(注1)の人道が生まれる由を示したのかもしれない。それならば八房もわが手に殺して、畜生道の苦を除いてやるのがせめてもの情けではないだろうかと姫は決心して八房に言って聞かせた。
「これ八房、わらわはこれから念願成就して往生をとげるつもりです。おまえは畜生の身ながら人間もむつかしい菩提心に入ったの幸いだが、獣身を変える術はないのだから、やはり不幸の運命です。死して人道の余恵を願うならば、川に身を投げて死ぬるがよい。お経を読み終わった時に、おまえは立って水岸に行くがよいぞえ、八房」
 話のあいだ、犬は頭をたれて聞いていた。
伏姫は遺書と経文提婆達多品の一巻を手にして、洞の入口の石机の前に端座して経文を読みはじめた。
 今日をかぎりと思うためか、姫の声は高く澄みわたって泉のこんこんと走るがごとく、峰の松風もこれに和し、谷のこだまも冴えて飄々とこたえた。この提婆達多品というのは妙法蓮華経の巻の五にある経文で、八歳になる王姫竜女が知恵広大にして、はやくも菩提心にはいったいきさつを説いた、開闢このかた女人成仏の最初と云われるあらたかなものだった。
「さんぜん、しゅじょう、ほつぼだいしん。じとくじゅき、ちしゃくぼさつ、きゅうしゃりほつ、いっさいしゅじょう、もくねんしんじゅ」
 朗々と最後の一節を読みおわったかと思う途端、八房はつと身を起こして、伏姫を二度三度見かえり、かなたの水ぎわさして走り寄った。
そのとき突然鳥銃の筒音が高くひびいて、真一文字に飛び来たった二つ弾、八房ののどのあたりに一発はっしと命中して、ばたりと倒れた。余った弾は伏姫の右の乳の下に命中した。あっと一声叫びもあえず、姫は経巻を手に持ったまま横ざまにはたと伏しまろんだ。
 この時、年若い一人の猟人が、躊躇もなく岸から走り下って、川瀬を渡って来て岸にはせ上ると、八房のそばに急ぎ寄って行って、鳥銃をふりあげざまに力をこめ幾度も幾度も丁々と打った。
「これでよし。いで、姫君を―――」
 若者は八房を退治して満足したが、石室の入口に姫が倒れている姿を見ると、あっと驚いて走り寄った。
「姫君、姫君。お気をたしかに」
 しきりと繰り返して呼んでみたが、傷口の浅いのに脈はもう絶え果てて、全身は氷のように冷たくなっていた。
若者は天を仰いで狂気のごとく悲嘆にかきくれた。
「ああ思いもかけぬ悲しいことになった。わがなすこと、ことごとく鶍(いすか)の嘴(はし)(注2)と食い違って、今日こそねらう八房を撃ちとめたと思ったら、逸丸(それだま)で姫までを撃ちまいらせた。このうえは申しわけに腹をかき切って、姫君の冥土の御供つかまつるばかりだ」 
 若者はつぶやくより早く襟もとを開いて、刀尖(きっさき)をわき腹に突き立てようとした時、びゆんと弦音が鳴ったかと思うと、一本の失が若者の右手の臂(ひじ)にあたり、思わず手に持つ刀を地面にとり落としながら驚いてふりかえると、
「金碗大輔、待て、早まるまいぞ」
と声がかかって出て来たのは、里見治部大輔義実だった。
あとにはただ一人、堀内蔵人貞行だけが守護の形で添っていた。
義実の顔は隠し切れぬ憂色に包まれ、すでに伏姫の死を知ったか、亡骸をちらりと見ただけで、いち早くそばに落ちている数珠と遺書へ目をやって、貞行に取ってくるよう命じた。
義実は数珠を受け取って刀の柄にかけ、まず遺書を開いて読んでから、姫の容態を今一度そっと調べてから、かたわらの石に腰をおろし、語を改めておもむろに言った。
「大輔、珍しい所で会うたな。それにしても、法度を犯して山に入るばかりか、見たところ、伏姫と八房を射たは、そちの様子であるが、もとより子細のあることであろう。とくと聞いてつかわすゆえ、刃をおさめ、近う寄ってつぶさに話してみい」
 こう問われても、大輔孝徳はしばらくは頭を上げえなかった。
貞行がおごそかに、御諚であるぞ、なぜ早うお返答申しあげぬのか、と叱った。
ようやく大輔は頭をもたげた。
「それならば身の非を飾るには似ますれど、お言葉に甘え、ありし一条の言上つかまつることにいたしましょう」
 大輔は語り出した。
去年、安西景連に謀られて使者の任務を果たしえず、祖父の郷里にひそんで帰城の機を待っておるうち、耳にした姫君のお噂、これは何よりも主家の瑕瑾(恥辱)と存じました。八房がいかに猛犬であり霊威があろうとも、姿あるものならば討って討てぬはずはない道理。いで、姫をお救い申しあげ、帰参の手づるをかなえたいものと、用意万端ととのえて密かに山にわけ登り、求むること五、六日、ふと、耳にいたした女の経を読む清らかな声に、胸おどらせながら近づいたのは、たった先ごろでありました。
姫君のお姿が目に入り、川瀬に足をふみ入れようとしたとたん、八房がこなたの水ぎわさして走り来るのが見えました。こやつ、寄せ付けてなるものか、と決心し、ねらい定めた二つだまの火蓋を切ってはなつと、的はあやまたず、犬は水ぎわに倒れました。しめたと思ってかけつけてみると、南無さん、姫も逸丸(それだま)に撃たれて同じ枕に伏したもうておられた。
「身の薄命とはいいながら、悔いても返らぬ重々の不覚、このうえはせめて冥土のお供をつかまつろうと、今は心おきなく死する覚悟のまぎわを、思いがけなくわが君にとどめられ死ぬことさえもできえぬは、みな天罰でございましょう。このうえは、君のお手によって御成敗にあずかりとうございます」
「うん、さもあろう」
 義実も同じく今の話で、不運の家来の心中を察して、しばらく嗟嘆したが、やがてしずかに答えた。
「大輔、そちはいかにも罪がないとはいえない。だが思えば伏姫の死は天命である、何よりもこの遺書を見るがよい。そちに撃たれずともかならず川の水屑(みくず)となったであろう。蔵人、これを大輔に読んで聞かせてやれ」
「はい、心得ました」
 開くうちに大輔はますます慚愧(注3)に堪えやらぬふうで、ことに姫の貞節義烈のくだりには、ただただ感涙にむせぶばかりだった。
「大輔、どうだわかったか。わしは姫を無事に連れ戻ろうとして、山に登ったわけではないのだ。五十子が姫の安否を知りたいとのたっての願い、そこで登山を決意してついにここに参ったのだ。しかしながら考えてみるがよいぞ」
 義美はここで声を改めて言った。
「もしも、犬を殺して伏姫が救えるものならば、なんでこの義実が恥を忍び最愛の娘をすてて、今日までべんべんとそちの手を待っておろうか。賞罰は政(まつりごと)の枢機(注4)である、これを守らねば一国の主は務まらぬため、ついに涙をのんで今日に至ったのだ。大輔、そちもこの理はわかろうな」
「はっ」
「また、伏姫の身の上はすべて定包の愛妾玉梓の祟りが業因となっておると思えるので、いかんともすることができぬ。のみならず、玉梓の首をあくまで刎ねたそちの父八郎孝吉にも祟りは同じく及んで、あのとおり孝吉はまもなく自害、その子の大輔、そちは今またここで伏姫を撃つという大罪を犯したは、みな因果のめぐり合わせだと思わねばなるまいぞ」
「しかしながら」
と、大輔は思わず小膝をすすめて、わが身の不覚はさることながら、権者(注5)の示現によって姫を訪われた君までが、生きて会えなかったとは合点がまいりませぬ、と言うと、義実もうなずいて、それは神ならぬ身の知る由もないが、禍福はあざなえる縄のごとしで、山に来なければ姫の節操も八房の菩提心も知れず、姫と犬とが情死したように見られたかもしれなかった。こんな結果になっておまえに姫をめあわせて東条の城主にすることはできなかったが、これでわが家に霊の障害がなくなれば子孫は栄えることになろう、と言った。
「だから、今は誰をとがめ、誰をうらむこともない。それよりも、姫の傷は浅いから、もしかすると仮死かもしれない」
 義実はそう言って、先刻拾いあげた数珠をもとどおり伏姫の襟にかけ、役行者の名号を唱えながら祈ると、やがて伏姫の顔に血色がよみがえって、目をばちりと開いた。
貞行と大輔が左右から抱き起こし、
「おお姫君、御正気づきなされましたか」
「蔵人貞行でございますぞ」
「大輔にございます」
「おん父君も前にわたらせられますぞ」
と、伏姫は左右を見かえり、この場の様子が目にはいると、両袖を顔におし当ててさめざめと泣き入った。
義実はこのときはじめて近くへ寄って、
「伏姫、恥じなくもよい。遺書によって御身のことも、八房のこともよく知った。八房の死は不憫であるが、大輔の手にかかったのも因縁であろう。それよりも大輔はわしが心で姫の女婿にと決めていたのだ、滝田へ帰り、病みおとろえた母をなぐさめてやってくれ」
 伏姫はわきかえる涙をいくたびも押しぬぐつていたが、ようやく心をしずめ、
「わらわがもとの身でありますなら、み親のみずからお迎えくださるに、なんで背きしまよう。慈しみくださるおん父母のありがたさは身にしみますが、父上のみ心に決めた夫とやら、この期におよんでお聞きしますことは、私にとりましてむごく悲しい話でございます」
 無理もないなげきだった。そして、姫はこうも言うのである。わたしは一人あの世に帰るのが正しい運命でしょう、お止めくださいますな。不孝の上の不孝でも、これが罪障ゆえお見すてください。母上様にわびごと頼みます。このような父なくて怪しい子を宿すからは、わたしの疑いも人々の疑いも解くため、これこのとおりお許しください。
というより早く姫は護身刀をひきぬいて、女手とも思えぬ力で腹へぐさと突きたて、真一文字にかき切ったのであった。
この時、瘡口から一朶(いちだ)の白気がさっとひらめいたように思えた。その白気は襟にかけた水晶の数珠を包んで、虚空へのぼったように見えた。数珠は確かに目の前でふっつりと切れて、一百は連ねたままがらりと地上に落ち、八つの珠のみが宙にとどまって燦然と光るかに見え、しかもそれが飛びめぐり入り乱れ、赫奕(かくやく)(注6)たるありさまは、さながら流るる星のようだった。
主従は姫の自刃を止めそこなったまま、ただ呆然と眼前の幻想か実相かわからぬままに目をみはり、空を仰いでいた。そのうちに八つの珠がぐるぐると動いたように見えた。すると今度は霊光を放って一つずつ八方ヘ音もなく散りうせて行くようだった。
あ! と目をまたたけば、空には何もなく、東の山の端に黄色い夕月のみが大きく一つかかっていて、まばゆいばかりゆらゆらと輝いた。
 思い合わせると、このことがあってから数年後、世上に八犬士という者が出現して、里見の家に寄り集まったといわれた。八個の珠と八犬士、しからば、この日の出来ごとは、はたしてその兆(きざし)だったのだろうか。さて、姫は腹切った深傷にも屈せず、
「まあうれしいこと、父上様。やっぱりわらわの腹には胎児らしきものはありませんでした。神から授かった腹帯も、今までの疑念も、ともどもさらりと解けて心にかかる雲もなく、浮世の月があれあそこに。この世のなごりに見のこして、急ぐは西の天、そこは極楽世界でございましょう。おみちびきくださいませ、弥陀仏」
と唱えるようにつぶやいたが、姫はやがて鮮血にまみれた刀を抜きすてて、そのまま前にはたとうつ伏した。

【注釈】
(1)仁義八行:
儒教における、下記八つの徳目のこと。
仁…慈しみ。思いやり。礼に基づく自己抑制と他者への思いやり。
義…道理。条理。物事の理にかなったこと。人の行うべき筋道。
礼…社会の秩序を保つための生活規範の総称。
智…物事を理解し、是非・善悪を弁別する心の作用。
忠…偽りのない心。真心。まめやか。
信…欺かないこと。言を違えないこと。
孝…よく父母に仕えること。父母を大切にすること。
悌…年長者に対して従順なこと。兄弟中睦まじいこと。
(2)・「鶍(いすか)の嘴(はし)のくいちがい」:
この鳥は、スズメよりはやや大きく、日本には主に冬鳥として渡来するが、少数だが北海道や本州の山地で繁殖するものもある。
イスカのくちばしは左右互い違いになっており、このくちばしを使って、マツやモミなどの針葉樹の種子をついばんで食べる。このくちばしの形状から物事が食い違うことを「イスカの嘴(はし)」という。
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(3)慚愧(ざんき):「恥じること」という意味。
元々は仏教語で「慚」と「愧」で意味が異なる
「慚」:(自分自身の行動や罪を)自ら反省し恥じる心
「愧」:(自分自身の行動や罪を)他人に対して恥じる心
「慚愧」とは、「自分自身と他人に対して、自分の行動や罪を恥じる気持ち」を意味する。
(4)枢機(すうき):
物事の肝要な所。かなめ。要点。
「枢」は「くるる(開き戸の回転軸)」、「機」は「弩(いしゆみ)の引き金」の意。
(5)権者(ごんじゃ):仏語。 仏菩薩が衆生を救うために、仮に姿を現わしたもの。
(6)赫奕(かくやく):① 光り輝くさま。② (比喩的に用いて) 物事が盛んなさま。雄大なさま。



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里見八犬伝を読み込む/第二集・巻の一・第十二回

20210402

第十二回 富山の洞に畜生菩提心を発す 流水に泝(さかのぼり)て神童未来果を説く

時:室町時代 長禄4年(1460)
登場人物: 伏姫、八房、草刈童子
舞台:P07富山(とみさん)
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【要略】
・富山の奥に八房と分け入って二年、伏姫は山の峡にある洞にあった。
・伏姫は畜生の情欲が誓いを破ったら自害するつもりで、読経、写経を続けた。日が立つにつれ八房は読経に耳をかたむけるようになった。
・笛の音が聞こえ、牛に乗った草刈童子が現れる。そして伏姫が苦しいのは「つわり」だと告げる。
・伏姫が八房によってみごもることはあり得ないと云うと、童子は「物類相感の玄妙」は凡知では計られぬと、様々な例を云う。そして付け足して、姫の生むのは形をなしていないかもしれない。八つの善果となって現れるかもしれない、八人の子は善果となって誉は八州にかがやき、そのため里見家はけっして衰徴(おとろえ)を見せないであろう。と云って去る。

富山の奥に伏姫神童に遇ふ図/水野年方 明治時代
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【ものがたりのあらまし】
 思えばこの世は夢のようなものであろう(注1)。舐園精舎の鐘の音には諸行無常のひびきがあるけれど、色におぼれた者は女に別れるのを惜しむ朝々、ひたすらにこの鐘を憎むにちがいない。沙羅双樹の花の色は盛者必衰を暗示しているのだけれど、花の美しいところばかりに気を取られた者は風雨などなくいつも春ばかりであればよいと勝手に考える。
富山の奥に犬に伴われてわけ入って二た年ばかりになる伏姫の身の上は、はたしてどんなであったろうか。伏姫が八房の背に乗って、だんだん奥へはいって行くと、広い流れに沿うた山の峡に一つの洞があり、南向きなので割合に明るかった。この前で姫は犬の背から降り、洞の中に落ち着いた。
伏姫は護身刀(まもりがたな)を握って法華経八巻と、料紙(用紙)、硯を前におき、しずかに読経で一夜を明かした。その夜は無事に過ぎたが、畜生の情欲がいつ誓いをやぶっておどりかかってくるかもしれないと不安だった。八房もそれを感じてか、我慢して、畜生ながら自制しているようだった。
 日が経つうちに、犬は読経の声に耳をかたむけるようになったので姫はようやく身心の安堵を得た。
これはみ仏の慈悲と力であろう、姫は栄花物語の峰の月の巻で読んだ牛仏のくだり(注2)を思い出した、犬もそれと同じ仏心があることはものの本(注3)に出ている。
 伏姫は二十歳にはまだならなかったが、山にはいってからからだは細り、風にもたえぬ柳のようにたおやかになった。姫はある日、石井戸をのぞいて、はっとした。たしかに自分の姿であるが、頭が犬のように見えたからであった。
「あっ、心の迷いか、仏門への帰依がまだ足らぬと見える」
 この日は一心に経文を書写した。なんとなく胸のあたりが苦しく、日を経るにしたがってしだいにお腹が大きくなってきた。母や父、弟の義成のことを思って涙にかきくれた。
 八房は食をあさりに出て、まだ帰らず、伏姫が外へ出ると、山路のかなたから、誰が吹くやら笛の音色がかすかに朗々と聞こえた。
「まあふしぎなこと」
 この山は礁夫(きこり)もはいらず、山男も住まぬに、どうしたことなのか。
笛はますます吹き澄ましながら、もう間近までやって来た。
見ると牛にまたがった十二、三歳ばかりの草刈童子だった。
ここまで来ると姫の方をちらりと見ただけで、笛は口から離さず牛を流れに追い入れ、そのまま川を渡って向こう岸へ行こうとした。
「もしお待ちなさい、そなたはどこから参りし里の子です。」
「道ばかりか、お姫さまのこともよく知っておりますよ、このわしは」
 童子はにっこり笑って答えた。そして、自分の師匠はこの山の麓または洲崎に住まいをする売卜者で、薬を授けることも巧みで万病ことごとくなおらぬものはない。今日も師匠のいいつけで薬草を採りにきたのだと、得意そうに言って聞かすのであった。
「わらわは、この春のころから習わしの月水を見ず、胸元はなんとなく苦しく、おいおいと全身が重くなりますが、なんという病気でしょうか」
「ああ、それはつわりですよ」
 童子はためらわずに答えた。
「まあ失礼な、そのようなはずはない。八房によって身ごもるなど断じてあるはずがありません。ああいとわしい」
「それなら申しますが、物類相感の玄妙は凡知では測られぬこと。たとえば火は石と金とを打てば発するが、石なく金なくとも、檜木(ひのき)は友木とすれあって火を発します。松も竹も雌雄の名があっても交情はしませんが、離れたままで殖え茂ります。鶴は相見ただけで孕むというではありませんか。また、唐では楚王の妃はつねに鉄の柱を抱くを歓びとしたら、ついに鉄塊(てつのまろがせ)を生んだといいます。犯されずとも心に妻と思い、姫はまたかれをあわれとおぼしめすゆえ、神遊(こころかよい)でみごもるということはある道理、これが物類相感だと聞きました」
 そしてなおつけ足して言った。だから姫の生むのは形をなしていないかもしれない、八つの善果となって現われるということも考えられる。これ互いに菩提心が起こったからで、八人の子は善果となって誉れは八州にかがやき、そのため里見家はけっして衰微を見せないであろう。そしてわしの見たところでは、子供が六カ月日に生まれたとき、姫は親と夫に会うという卦が立っておりますよ、これ以上のことは言わぬが花。
「ではさよなら」
 牛の鼻綱をぐいと引いて、秋の日影のまだのこる山川をわたると見れば、童子の後ろ姿はたちまち狭霧の中につつまれるように薄れて、行くえも知れずになっていった。

【注釈】
(1)思えばこの世は夢のようなものであろう:
『平家物語』の書き出し部分をふまえている。
「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。」
(口語訳)
祇園精舎の鐘の音には、諸行無常すなわちこの世のすべての現象は絶えず変化していくものだという響きがある。沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、春の夜の夢のようである。勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。
(2)栄花物語の峰の月の巻で読んだ牛仏のくだり:
逢坂山のあなた、関寺に御堂を建て、弥勒仏を造営したおりに、一匹の牛が、ひとりで働いてそれを完成した。ところが、寺のあたりにすむ人の夢に、迦葉仏(釈迦の十大弟子の一人)があらわれて、牛は自分がつかわしたものだといった。この牛仏が次第に弱ってきたので、その寺の聖が、その影像を画いておこうとした。そのころ、西の京のさる聖の夢に迦葉仏があらわれて、涅槃にはいるのが近いと告げた。牛仏の影像に目を入れる日に、その牛は御堂を見めぐり歩いて、その場で死んだ。ちょうどその日は迦葉仏のおかくれになった日であった。
(3)「犬もそれと同じ仏心があることはものの本に出ている」:
 原文には「いはんや又犬の梵音を歓べる事、古き草紙に夥(あまた)見ゆめり」とある。古き草紙というのが、何をさすのかはっきりしないが、『今昔物語』 に出ている次のような話が、草紙などに書かれておったのかもしれない。三河国の郡司が妻二人に養蚕をさせていた。本妻のほうの蚕は皆死んでもうけもなくなったので、夫もよりつかなくなつた。ところが、養いもせぬ蚕が一つ、桑の葉に付いてそれを食べているのを見て飼っているうちに、その家に飼っている白犬がそれを食った。その犬が鼻ひると、二つの鼻孔から、二筋の白糸が出てきて、それを引くと陸続としてつづき、四、五千両巻き終わると、犬は死んだ。これは仏神が犬に化して、自分を助けてくれるのだと思って、家の後の桑の木の下に埋めた。夫の郡司がその門前を通りかかって見ると、さびれた家の中で本妻が美しい糸を巻いている。夫は委細を開いて、このように神仏の助けのある人を疎外したのを悔い、本妻のほうに留まった。犬を埋めた桑の木にも繭を作りつけてあるのをとって、無類の糸を仕上げた。やがて国司を経て朝廷に申し上げ、その郡司の子孫はその業を伝えて、犬頭という、すばらしい糸を蔵人所に納め、それで天子様の御服を織った。
(4)草刈童子:
洲崎の役行者の使い。
有名な御所人形「草刈童子」がある。
薬種商だった庄五郎が人形師に転職、病除けの願いを込めてつくったという。三代目の頃、京に疫病がはやり、戸口に人形を置くと治まって、時の帝が「有職御人形司 伊東久重」の名を与えたという。
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里見八犬伝を読み込む/第二集・巻一・第十一回

20210323

第十一回 仙翁夢に富山に栞(しおり)す 貞行暗に霊書を献る

時:室町時代 長禄2年(1458)
登場人物: 里見義実、五十子、義成、堀内貞行、洲崎の役行者の化身
舞台:P03滝田城、P07富山(とみさん)
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【要略】
・義実の奥方五十子は病に伏してしまった。姫に会って死にたいと口説く。
・義実が眠れぬうち、まどろんだとき、いつか富山(とみさん)の山奥にいて、翁が登場、自分が枝を折って路標をこしらえたから、登ることができるだろうと告げる。
・東条の城の城番堀内貞行がお召しに応じて参上とやってきた・
・それは、老人の雑色が使者だといって、告げたという。義実は洲崎の役行者の化身であろうと思う。
・義実は貞行を連れて、富山に入り込む。果たして栞のおかげで、無事に入っていく。

【ものがたりのあらまし】
 義実の奥方五十子は富山に登った伏姫の安否を気づかうあまり、とうとう病の床に臥してしまった。病状はだんだん悪くなる一方で、姫を祈って神仏に合わせる手の指も糸のようにやせほそり、箸をとるのも今は重たくものうげであった。義美は心配してときどき病床を見舞った。
「今日は気分はどうか」
五十子は、いまとなっては、姫に一目でも会うことが、いや、その安否を知るだけでも、千金の名薬だと、訴えるのであった。すると義実は、自分だとて木石ではない(注1)から、近く消息をさぐって、知らせるであろうと約束した。
嫡男の安房二郎義成も母の見舞に来て、私が姉君をたずねて富山に入りましょうと言うが、義実は許さなかった。
 義実は倅の去った後、臥房(ねどこ)に入ったものの眠れなかった。重い悩むうちとろとろとまどろんだ。自分はいつか富山の山奥の渓流のほとりに立っていた。するとそこへ八十あまりの翁が、背後から声をかけて、この山の案内をしてくれた。
この川は渡ることができないから右手の樵夫路(きこりみち)を行きなさい。去年からこの山に登ることを禁じられたので、いばらが茂ってとてもわかりにくいが、自分が枝を折って路標(みちしるべ)をこしらえておいたから、登ることができるだろうと言った。
いったいそなたは誰かと義実が問い返そうとしたとき、忽然として夢はさめた。
「なんだ夢だったのか、夢ではしかたがない」
 義実は心に考え考え寝たので、こんな夢を見たのであろうと深くも気にとめなかった。ひと息ついているところへ近習の者が、東条から城番堀内蔵人が参上しましたと言った。
「はて、わしは貞行を招いたことはない。取次ぎの聞き違いであろう。」
義実は貞行との再会を喜んだ。
「おお蔵人、今日の見参は五十子の病あつしと聞いてみずから臨時に出て参ったのか」
「いえ、一城を守りますからは君命なくして出ては参りませぬ。火急のお召しということで、取るものもとりあえず、参着した次第でございます」
「何を申すか貞行。わしから召したと言うなら、そのいきさつを説明してくれ」
「はい、しからば逐一申し述べましょう」 
 貞行は居住まいを正してから言った。昨日のこと、年老いた一人の雑色(下敵役人)が御使者の由にて見えたので、私が会見いたしたところ見知らぬ者であったが、かくべつ疑わしくなく、滝田の殿が富山におもむくゆえ、供せよとの内命をつたえに参ったと、うやうやしく申し立てた。私はこれを信じてすぐに馬を走らせて参上しました。今開けば殿には使者を派せずとの仰せ。
しからば昨日の雑色はいったい何者かと、顔色を変えて言った。
「や、そうか」
 義実はしばらくじっと考えていたが、突然何か思いついたかちょうと膝を打った。昨夜のわが夢と思い合わせて、これは洲崎の役行者の化身が助けを与えてくれるのかもしれぬ。事がこうまで符合したからは、ぜひとも富山にわけ入って伏姫の安否を探ることにしよう。
使者の翁の言葉どおり、わしみずから登山することとし、貞行はこのまま供せよ。供はたかだか十四、五人、それも口の堅き者を選ぶことにしようと、義実は云った。
 さて旅行は、遊山かたがた大山寺詣(注2)という触れこみとした。ただ嫡男義成だけには、真実のことを語って聞かせたので、自分が探りに登りたいと考えていた義成も、留守番に残ることを承知した。
「権者(注3)のお示しが父上を選んだとすれば、やむをえませぬ。城を守りましょう」
「母五十子をたのむ。病人の生あるうちに、吉左右(注4)を持ち帰りたいと思うが、どうなることか」
 義実は夜明けを待って出発した、日のあるうちに早くも富山に登ることができた。
とかくして山川のほとりに出た。巌石のかたち、木立のありさまは、夢に見たのとそっくりだった。茨をわけて登ると、右手に見おぼえの道があるので驚いた。
これより先は義実と貞行の二人だけで登った。
ところどころに栞らしきものが落としてあったので、今は神助を疑わず勇み立って、やがてかの恐ろしい川上をめぐり、木の下闇を抜けて川の向こう岸に出ることができた。

【注釈】
(1)木石にあらず:
[由来] 紀元前二~一世紀、前漢王朝の時代の中国の歴史家、司馬遷の「任少卿に報ずる書」という文章の一節から。正しいと思ってしたことが原因で皇帝の怒りに遭い、死刑の判決を受けたときのことを、「身は木石に非ざるに(私の体は木や石ではないのに)」、獄吏に引っ立てられて獄中に閉じ込められてしまい、助けようとしてくれる人などだれもいなかった、と回想している。
※徒然草四一「人、木石にあらねば、時にとりて、物に感ずる事なきにあらず」
(2)大山寺詣:「雨降山 大山寺」 神奈川県伊勢原市大山724
 天平勝宝7年(755年)、奈良東大寺の別当良弁僧正が開基し、聖武天皇の勅願寺となった古刹。現在は真言宗大覚寺派に属し、京都大覚寺の別院となっている。
「大山参り」で賑わった江戸期は神仏習合の時代で、大山寺は現在の阿夫利神社下社のある地点にありましたが、明治期の神仏分離政策により、現在の位置に移っている。
(3)権者(ごんじゃ):仏語。 仏菩薩が衆生を救うために、仮に姿を現わしたもの。
(4)吉左右(きっそう):「左右」は知らせ、便りの意。①よい知らせ。吉報。②善悪や成否いずれかの知らせ。


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里見八伝を読み込む/第一集・巻の五・第十回

20210315

第十回:禁を犯して孝徳一婦人を失う 腹を裂きて伏姫八犬士を走らす

時:室町時代 長禄2年(1458)
登場人物: 里見義実、五十子、伏姫、八房、金碗孝徳
舞台:P03滝田城、P07富山(とみさん)
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【要略】
・母の五十子は駆けつけてきて、姫に思いとどまるよう訴える。
・伏姫は、水晶の数珠の文字、仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌の八字が変わってしまったと告げる。
・義実が確かめると、如是畜生発菩提心の八字に変わっていた。
・伏姫を乗せた八房は、富山(とみさん)の奥に分け入った。
・金碗孝徳は独りになり、滝田の城は敵兵に囲まれていて近づけず、東条の城でも同じだった。鎌倉の将軍成氏に援兵を懇請したが、義実の書簡をたずさえていないため、信用してもらえなかった。
・金碗孝徳が安房に帰ると、義実が勝ったことを知ったが、帰るに帰れず、故郷の上総国天羽の関村で待つことにしたが、伏姫と八房のことを聞いて、伏姫を助けようと富山の奥に入っていく。

【ものがたりのあらまし】
 このときになって母の五十子が駆けつけて来て、姫の足元に打ち伏し、泣きくずれた。
伏姫は泣きながら言った。
「幼いころ、行者の翁から授かったこれこの水晶の数珠も、このほどから仁義礼智忠信孝悌の八字は消えて、文字がかわって現われております。八房が懸想するやとふと気づいたころからのことにて、なんとしてもふしぎな業報。このうえはどうか勘当なされても、娘のおもむくままにお許し下されまし」
義美が数珠を見て顔にあきらめの色が浮かんだ。
「五十子、これを見よ。前の文字は消えて代わりの文字が現われておる、ほれ、かすかに読める如是畜生発菩提心の八字、これを案ずるに菩提心(注1)は一切衆生(注2)、人畜ともにすべて同じことであろう。さすれば姫の業因も、いったん畜生に導かれたとて、菩提心にわけ入るならば後の世こそかえってやすらかに、真の福運をかちとるとも思われる。せめてもそれが父母の慰めでもあろうぞ」
 そしてつぶやくように言った。姫の婿がね(注3)は、あの孝吉の一子、金碗大輔を東条の城主にすえた後、姫を嫁がせるつもりであった。うらめしくも口惜しいと言いながら、ここは悟りが肝要と、五十子に言葉をつくして説き聞かせた。
「それでは御両親様、わらわはこれから」
 伏姫はそう父母に告げて、外出の支度にとりかかった。再び生きて帰らぬと思うから、姫は頭のかんざしを抜き取って家に残し、白小袖をかさねきて数珠を襟にかけた。料紙一具と法華経一部、ほかには何一つ持たなかった。すでに日がやや暮れかかって、早出の月の光が木の間を漏れて、薄く光っているのが、哀れにももの静かだった。伏姫は母に最後の別れを告げて、庭に面した出入口へと出て行った。
 八房は、それと知ったか縁側の下に来てうずくまり、姫の出てくるのを待ち設けるふうであった。伏姫は縁側に立って、きりりとした口調で言った。
「八房、おまえに申しておきます。一端の義によって伴われて行きますとも、人畜のけじめ、婚姻の分は守ります。これをわきまえず情欲にいずるならば、この懐剣でただ自害あるばかりです。もしまたわらわの言に従い、恋慕の欲を断つときは、おまえは犬ながら菩提の嚮導人(みちびきびと)(注4)となります。これを誓うならば、わらわはおまえに伴われていずこへなりと参ります。八房よいか、ききわけておくれ」
 この言葉を言いおわった時、犬は頭を上げて姫の顔を仰ぎ、しずかに一声長ぼえした。その形相は誓っていた。そこで伏姫はうなずきながら懐剣をおさめ、縁側から裳をからげて降り、履物をはいた。
「さあ、参りましょう」
 姫が促すと、八房は喜ばしげにやおら先に立って歩き出した。母君、侍女たちはそれを見送ってなおも泣きぬれたが、義実は言葉もなくかすんだ涙の目でじっと見おくつていた。八房は城を出はなれるとそこから姫を背に乗せて、あたかも飛ぶように速く走って、木立の暗く霧ふかい富山の奥へとだんだん分け行った。
 ここに話は変わって、金碗大輔孝徳の消息であった。大輔は安西の城へ使者となって行き、城主景連に出し抜かれたのを知って滝田へ逃げ帰ろうとすると、追ってきた蕪戸納平の勢と乱戦となって全員は戦死、自分一人が助かって帰って来てみると、滝田の城も東条の城へも入ることはかなわなかった。
使者の用件を果たさなかったうえに、両城には帰ることができず、大輔はとつおいつ(注5)思案にふけつた。そして鎌倉へかけつけて将軍成氏へ急を告げ、援兵を請うて敵をうち払おうと考えついた。
 そこで大輔はただちに白浜から便船して、日ならず管領の御所へ参着して成氏に援兵を懇請したが、義美からの書翰をたずさえていないため正当の使者として疑われ、ついにこのくわだては成功しなかった。大輔は失望落胆して安房へ帰って来てみると、思いきや景連はすでに滅び、一国は平定して義実の世となっていた。ああうれしいと大輔は思ったが、やはり帰るに帰られぬ気持だった。いっそ腹でも切ろうかと決意したものの、短気をおさえ、時節の到来するまで故郷である上総の国天羽の関村(6)で待つことにきめ、祖父一作の親戚にあたる百姓の家をたよってしばし身を寄せた。ところが風のたよりに伏姫の身にふりかかった災いを耳にして大いに驚いた。たとえ犬に怨霊がついて神通力があるとしても、武士として討てぬ法はあるまい。このうえは八房を殺して姫をお連れ申し、詫びをかなえていただこうと思案し、親戚には参詣の旅に出かけると言いのこして、ひとり富山の奥にわけ入った。山路をたずね暮らして五、六日たったころ、霧ふかい谷川の向こうに、ふと女の経を読む声がかすかに聞こえて来るのであった。

【注釈】
(1)菩提心:さとり(菩提,bodhi)を求める心(citta)のこと。または「生きとし生けるものすべての幸せのため、自分自身が仏陀の境地を目指す」という請願と、その実現にむけて行動する意図をいう。大乗仏教に特有の用語である。菩提心は阿耨多羅三藐三菩提心の略とされ、無上道心、無上道意、道心ともいう。
特に利他を強調した求道心のことを菩提心といい、大乗仏教では「さとりを求めて世の人を救おうとする心」という意味も菩提心に含める。
(2)一切衆生:この世に生きているすべてのもの。生きとし生けるもの。特に人間に対していうことが多い。
(3)婿がね:かねて婿にと考えていた人。
(4)嚮導:先に立って案内すること。
(5)とつおいつ:「取りつ置きつ」の音変化。手に取ったり下に置いたりの意》考えが定まらず、あれこれと思い迷うさま。
(6)関村(せきむら):千葉県天羽郡(のちに君津郡)にかって存在した村である。現在の富津市の南部に位置している。



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里見八犬伝を読み込む/第一集・巻の五・第九回

20210309

第九回 盟誓(ちかい)を破りて景連両城を囲む 戯言を信(うけ)て八房首級を献る

時:室町時代 長禄2年(1458)
登場人物: 里見義実、五十子、伏姫、二郎太郎義成、堀内貞行、杉倉氏元、八房、安西景連、蕪戸訥平
舞台:P03滝田城
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【要略】
・安西景連は大軍を率いて東条、滝田の両城におしよせた。里見勢は奮戦したものの、兵糧が乏しい為危地に陥る。義実は城に火をかけて自害を覚悟する。
・義実は、八房に恩返しに景連の首でも取って来いと戯言を言う。恩賞は、始め魚肉、領地はと言い、ついに婿として伏姫を嫁にと言ってしまう。
・八房はそれをじっと聞いていて、義実の顔をじっと見て、駆け出して行った。
・義実がその夜、家族と訣別の盃を交わして、一同が討って出ようとした時、八房が景連の首を咥えてくる。
・逆転して勝利した義実は鎌倉の成氏から安房の国守、治部少輔とされた。
・義実が八房に戯言でした約束を果たさないので、八房は伏姫のところに押しかける。怒る義実に伏姫は、義実を諫めて、約束通り八房に嫁ぐと言う。

八房、景連の首を参上
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八房、約束の実行を迫る
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【ものがたりのあらまし】
そこで奇襲の計画どおり安西景連は大軍をひきいて東条、滝田の両城におしよせた。滝田の本拠ではさらばとばかり、里見の勢が命をおしまず奮戦したものの、凶作で兵糧が乏しかったところだから、目に見えて将兵は弱ってしまい、義実も最後の決心をかためた。
「もう、これ以上多くの兵をこのまま見殺しにするに忍びない」
杉倉木曽介氏元などの主将たちを招きあつめ、今夜のうちに、西の城戸から落ちてくれと言った。
「して、わが君はいかになされる」
「わしか。わしは後に残って城に火をかけて自害する、城主としてあたりまえ、妻子も同じだ。しかし家族のうち二郎太郎だけは、皆といっしょに落とすとしよう。一同心得てくれよ」
「いやそうは参りませぬ。これまで碌をうけた御恩に対し筋が立ちませぬ。潔く城を枕に泉下(注1)へお供つかまつります」
 義実はいよいよ困じ果て、思案にくれて、庭へ出た。するとそこへ、ゆくりなくも(注2)愛犬八房が、主人と見て尾を振りつつ寄って来た。しかし八房も衰弱しきっていた。
義実はあわれと思い、右手をのばして頭をなでてやった。
「おお、おまえのことはすっかり忘れていた。八房、お城はひどいことになったぞ。しかし畜生には飢える理由も知らず尾を振って無心にこびておる。しかし犬は主の恩を忘れぬというが、もしおまえも十年の恩を知るならば、ひとつ何じゃな、寄せ手の陣へ忍びこんで敵将景連の首でも食い殺してこい。しからば犬ながら、人間にも増してその功第一である、のう、どうじゃ八房」
八房はひょいと義実の顔を見た。なんだか心得顔でもあった。義美はいっそう不憫になって、再び頭をなで、背をさすってやりながら言った。
「もしも功を立てたなら、魚肉をふるまってやるぞ。どうだ、ほほう、魚では恩賞不足か」
義実は苦笑いしながら、しばらく犬と問答した。それでは位をやろうか、おややはり不足か、領地はどうか、ふふん、気に入らぬと見えるな。それではわしの子になるか、人間のように婿として伏姫を嫁にしたなら、さしずめ戦功第一の報いということになるだろう。伏姫はわしと同様おまえを愛しておるから、似つかわしいぞ、ははは、いや愚痴というものか、と義実は過ぎた冗談にみずから苦笑いしたが、その時思わずはっとして八房を見た。
「おや八房」
 八房は、心得顔で尾を振り一声高く吠えると、さっと身をひるがえして、勇猛な姿でどこかへ駆け出して行った。
「はて」
 義美は思わず何か不安になった。これはとんだ冗談を言ってしまったものと、ふと後悔された。
 その夜義美は宵のうち、奥の間に夫人の五十子、息女伏姫、嫡男義成、それから老党の氏元などの面々を召して、いよいよ訣別の杯をさずけた。水を酒に代えて文字どおりの水酒盛り(注3)である。兵卒たちもこれにならって水をくみかわし、時刻はよしと義実父子は手ばやく鎧を取りあげると、五十子に伏姫、召使の老女たちがそばへ寄っててんでにそれを着せかけた。どこかの遠寺の鐘であろう嫋々(じょうじょう)と(注4)はるかに聞こえてきた。
 さて、用意をととのえ、一同がいざ討って出ようとした時だった。突然けたたましい犬の鳴き声が、どこか闇の中からつんざくように聞こえ、さっと空気を切るように、聞から姿を現わして縁側へはしり寄ったのは、夜目にもそれと知れる八房であった。八房は何か口にくわえていた。近づくと、その物を縁の端にとんと置いて、自分は踏石の上に前足をかけ、そのままの姿でこっちを仰いでいる。縁端に置いたものを見ると、人間の生首だった。
 義実が縁側へ出て、ひと目見るとさっと眉根を寄せた。
「木曽介」
「はっ」
「そちはなんと見るか、この生首。景連に似ておるとは思わぬか」
「えっ、まさかでございます」
「洗って見い。わしの目にはそう見える」
血潮を洗いおとして、主従は思わずあっと顔を見合わせた。
「ほう面妖な(注5)、これはまったく景連の首でございます」
「やっぱりさようであつたか」
 義美は快然とすると同時に、何か暗然ともした。
八房は主君の言葉を忘れずに約束を果たしたのであろうか。
「八房、でかしたぞ。わしの命令を聞き分けたとは殊勝な。さあ八房ここへ来たれ」
 義実がそう言って心からほめそやすと、氏元らも口々にその手柄を驚嘆し、畜生にして人にまさる勲功だと言い合った。その時、斥候の者がかけこんできて敵の陣地に何か異変が起きたらしい様子だと告げた。城中の将卒一同は空腹もわすれて思わず勇み立った。
「それ時をうつさず撃っていでよ」
「私どもがお引き受けいたします」
 小冠者(元服して問もない若者)義成と老党氏元とが、言うより早くすぐやせ馬にうちまたがり三百余騎を二手にわけ、義成は前門から氏元は後門から、城戸おしひらいてまっしぐらに寄せ手の陣中へ突き入った。
「敵の大将景連の首は、すでにわが手にあげたるぞ」
 互いにそうわめき立てた。みんな空腹をわすれ、日ごろの勇気に百倍して勢いあたるべからずであった。大将を失った敵軍は、またたくまに捻くずれとなり死者のほかは半ば逃げ、その大半は降参した。
ところへ注進があって、東条の城も包囲軍の敵将蕪戸訥平が土民に殺され、全軍が降服して来た由を報じてきたので、ここに里見義実は一瞬に逆転して勝利の大将となった。
 義実の威徳はその後、朝日の上るがごとく、一国四郡はまったく完全に平定した。このことが室町将軍に伝わったので、持氏の末子成氏朝臣は、復帰してちょうど鎌倉にいたので、書を送ってその功を称賛して義実を安房の国守とし、治部少輔に補した。
こうなると気がかりになるのは、金碗大輔の消息であった。八方へ人をやって調べさせたが、行方は杳として知ることができなかった。
 義実はまもなく戦功の勧賞をおこなった。そうなるとどう思っても、第一の功は犬の八房に間違いなかった。そこで朝夕に美食をあたえ、小屋も立派なものを建造し、犬係も人員を増して常に手落ちのないように待遇してやった。しかし八房はいっこうにこれを喜ぶふうがなかった。頭を伏せたまま、尾を垂れ、食もとらず、多く眠ろうともせず、義実が姿を現わすなら、八房は縁側へ前足をかけ尾をふって何かタンクンと鼻を鳴らした。
「おお八房、魚をとらす、さあこれを食べよ」
 義美は手ずから魚肉や餅などを与えたが、八房はそんなものは見向きもしなかった。犬係の者に、縁側から離すよう命じると、八房はそれをこばみ、暴れまわった。
 ある日のこと、伏姫は奥の間で枕の草子を読んでいた。ちょうどそこは、翁丸という犬が勅勘(注6)をこうむって捨てられ、またゆるされて帰ってくるていたらくを巧みに書いた部分だった。清少納言の才筆は流るるごとく美しかったので、伏姫は恍惚となり、うらやましくさえ思って、しきりとそこを読みふけっていた。すると、女どもの叫ぶ声がして、何か背後へ走ってくるものを感じた。
「おや、なんだろう」
と思うまもなく、部屋にたてかけてあった筑紫琴が、横ざまにからりと倒れ、裳(もすそ)の上にハタと重い物が伏した。とっさのことに伏姫は驚いてふりかえって見ると、それは八房であった。驚いて立ち上がろうとしたが、八房の前足が長い袂の中にさし入れてあるので、立ちあがることができなかった。見ると八房は、目をらんらんと輝かし何か哀訴するようでもあるが、その異常な様子に伏姫はとっさに病み狂ったのかと思った。
「あっ、あそこにまあ」
 そのとき侍女や女中、女の重などまでが混じって、しっしっと、追い出そうとしたが、八房はびくともしなかった。義実はその騒ぎを聞きつけ、続いて姫の部屋にはいってきたが、容易ならぬと見たか手槍を一本引っさげ、やおら前に進み出て言った。
「これ八房、よく聞け、いかに畜生でも飼われた主家の恩は知るであろう。さあそこのけ、ここから出て行け、このうえ仇をなすと承知せぬぞ」
 手槍の石衝(柄の金具)をさし延べて追い出そうとしたが八房は牙をむき、一声高くたけりほえた。
「おのれ、刃向こうつもりか。理も非も知らぬ畜生とはいえ、その剣幕(注7)はなにごとか。よし思い知らしてやる」
 そのとき、伏姫がばっと両袖をひろげて楯となって、義実の切っ先を急いでさえぎつた。
「お待ちください、父上様。出過ぎた申し分かは知りませぬが、もし軍に功ありて賞が行なわれねば、その国はついに滅びましょう、犬とても同じこと。なにとぞ、まげてお留まり下さいませ」
「いや姫、八房の功はすでに賞してあるつもりだ。むしろ過ぎたるとは思わぬか。いかに畜生とても、もはやわしは容赦ならぬ気持だ」
「いいえ、昔から綸言(りんげん)は汗のごとく(注8)、君子の一言は駟馬(よつのうま)も及びがたし(注9)と申します。お父上様には景連を滅ぼして士卒の飢えを救うため、八房にわらわを授けるとお語りなされたことは実証でございましょう。たとえ仮初のお戯れとはいえ、お約束をたがえるべきではありませぬ。」
「ああ、口は災いの門、思えばわが生涯のあやまちであった」
 義実は力なく槍を取り落として、思わず嵯嘆(注10)にくれた。
「姫、面目ない。姫を与えるなど心にもないのに、どうしてそのような世迷言を申したものか。だが思い当たる節がないでもない、過ぐる年、洲崎の石窟にそなたの息災を願かけたおり、道にて行きあった老人の予言がある、この幼児の多病は悪霊の祟りであり、また運命は名によって末を判ぜよと申した由。そういえば伏姫の伏は人にして犬に伴う形となる、盛夏生まれゆえ三伏の伏を取ったのであるが、ゆくりなくも今は不思議な予言となった。この祟る霊とは、おそらくは玉梓であろうか、ああ苦しいぞ、姫」
「父上様、どうかお嘆きくださいますな。たとえ八房と去りましても、身はけっして汚しませぬ。命にかけて決意がござりますれば」
 伏姫はそう言ってから、さすがに少し恥じらってうつむいてしまった。義実は姫の健気な決意を開くと、幾度もうなずいた。
「おおその一言、姫、よくぞ言うてくれた」
 そして八房にむかって、
「汝は去れ、今聞くとおり、伏姫は約束によって与えるゆえ、それでよいであろう、追っての沙汰あるまであちらへ行け」
と言い放った。八房は黙って義実の顔を仰いだが、その意味を解したか、まったく気の静まった様子で、そのまま身を起こしておとなしく室内から出て行った。

【注釈】
(1)泉下:古代の中国人は、地下に死者の世界があると考え、そこを「黄泉」と呼んだ。黄は五行説で「土」を表象しているので、もともとは地下を指したもので、死後の世界という意味ではなかったが、後に死後の世界という意味が加わった。現代中国語でも死後の世界の意味で日常的に用いられている。
(2)ゆくりなく:意味は、思いがけなく。突然に。偶然に。予想もしないようなさまをいう形容詞。
「ゆくり」は、「縁」と書き、えん、ゆかり、きっかけのこと。「ゆくりなく」は、きっかけなしにと言う事になります。
(3)水酒盛り:
①水盃:「末期の水」から、その由来は、釈迦が入滅(亡くなる)のとき、のどが渇いたので水を欲しがりました。弟子に持ってくるように頼んだのですが、なかなかキレイな水が見つかりません。弟子が困っていると鬼神がやってきて、キレイな河から水を汲んできてくれたというエピソードに由来します。この出来事で釈迦は安らかに入滅できたとされているのです。あの世への旅たちにのどが渇いて苦しまないようにとの願いから、末期の水の風習が仏教で広がりました。
②一味神水:多人数で誓約を行う際に、各人が署名した起請文を神前で燃やし、その灰を盃に入れた「神水」に溶いて飲む「一味神水」がある。
(4)嫋々と:①なよなよと滑らかなさま。長くしなやかなさま。②音程が低くて、長く響くさま。
今回の場合は②であろう。

(5)面妖な:①[名・形動]不思議なこと。あやしいこと。また、そのさま。「面妖なこともあるものだ」②[副]どういうわけか。
「めいよ(名誉)」の変化した「めいよう」がさらに変化したもの。「面妖」は当て字
(6)勅勘:勅命による勘当、とがめ
(7)剣幕:意味は、いきり立った態度や顔つき、怒って興奮した様子。
語源は「見脈(けんみゃく)。見脈は脈を見て診断する意味から、外見から推察する意味や、脈の激しい状態を表すようになった。そこから、怒って興奮している様子を云うようになり、意味の変化に伴って「けんまく」の音になった。当て字で「剣幕」「権幕」「見幕」。
(8)綸言(りんげん)は汗のごとく:古来から、皇帝など国家の支配者の発言は神聖であり絶対無謬性を有するとされ、臣下が疑念や異議を差し挟むことは不敬とされた。このため、一旦皇帝から発せられた言葉は仮に誤りがあっても、それを訂正することは皇帝が自らの絶対無誤謬性を否定することになり、皇帝の権威を貶めてしまうためタブーとされた。このため、「綸言汗の如し」(皇帝の発言は、かいてしまった汗のように体に戻すことができない)という古典典籍の言葉を引用、格言として軽率な発言やその訂正を戒めた。
(9)君子の一言は駟馬(よつのうま)も及びがたし:いったん口から出た言葉は取り返しがつかないから、言葉は慎むべきだという戒め
(10)嵯嘆:なげくこと



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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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