今日の一枚/カクテル

20090929

090929kakuteru.jpg

フランス・メイアン・1957年
名女優ロミー・シュナイダーに捧げられました。

つるバラの人気品種。
花色は明るい赤色で底が黄色です。黄色は翌日には白くなるため、底白の花にも見えます。
花は丸弁の一重咲きで、10~20輪の房咲きになります。
四季咲き性で花が繰り返し咲き、長期間楽しめる。

写真は、2001年5月向丘遊園バラ園で撮影したもの。
スポンサーサイト

イ・ジュスティ・エ・ザンツァ ネモリーノ・ビアンコ 2007

20090927

090927nemorino.jpg

伊勢丹で、イタリア・トスカーナのワインを漁っていたら、オペラ「愛の妙薬」の説明がついたワインがあった。
これは飲まねばいられまい。

家に帰ってから、ネットで調べてみると、赤、ロゼ、白にデュルカマーラとベルコーレ、ネモリーノと言う名前をそれぞれドニゼッティの歌劇『愛の妙薬』に登場する人物の名前からとられている。
で、買ってきたのは「ネモリーノ」、これは主人公の青年の名前で、「白」。

オペラ「愛の妙薬」では、彼女の愛を得たいがために「妙薬」に踊らされていくネモリーノの姿は滑稽ですが、一途なひたむきさがあって応援したくなります。最後、2人の愛は成就し、まさにハッピーエンド。縁起のいいワインかもしれない。

飲んでみると、スッキリ、シャッキリ、元気なワイン。
何とも清清しい爽やかな酸味と青リンゴのような香り。もぎたてのフルーツをかじったようなジューシーさ。
心地よい飲み口でした。

ワイナリーのイ・ジュスティ・エ・ザンツァについてネットで調べてみました。
1996年に建築エンジニアのパレオ・ジュスティ氏とワイン趣味を共有する電気技師の友人、ファビオ・ザンツァ氏が設立したカンティーナ。10haと小さな畑は砂質70%、粘土質30%の非常に水はけの良い土地。1haあたり1万本という驚異的な密植、畑を呼吸させるため常にふかふかした表面を保ち除草剤など化学薬品は極力使用しない。
収穫は全て手摘みで行い、全てセメントタンクで発酵。熟成にはフランス産オークと若干のアメリカンオークを使用します。現在エノテカ・ピンキオーリ、アイモ・エ・ナディア、ロイロ・アランチャーロなどイタリア国内の超一流レストランのワインリストに名を連ねているそうです。

今日の一枚/アルペン・室堂平

20090924

090924alpen01.jpg

室堂平から立山を仰ぐ

正面の一番凹んだところにあるのが一の越山荘。
立山でご来迎を仰ぐときには、あそこに泊まり、
朝4時に出発して真っ暗な中を左の方に急斜面を登っていく。
上りきったところに、かすかに建物が見えるが雄山神社。
あそこでご来迎を迎えて参拝する。


090924alpen02.jpg

今日の一枚/アルペン・みくりが池

20090923

090923alpen01.jpg

黒部ダムから、室堂平に戻る。

みくりが池

正面の山塊の左隅が剣ご前で、その奥のほうに剣岳が見えている。



手前の白いのは雪である。
8月だというのに、まだ雪が残っているのだ。
090923alpen02.jpg

むぎや祭り

20090920

090920mugiya00.jpg

今年も、19日、20日に麦や祭りが富山県の城端町と五箇山でやっているようです。
私の郷里である福光町から山側に城端、そこから険しい山道を上がっていくと、平家の落人部落五箇山である。
哀調と格式ある「麦や節」と、あでやかな「お小夜節」にのせての踊りがとてもいい。

写真は、この祭りを撮るために帰った2001年のもの。
会場がお寺の境内なんですが、雨が降り出したので心配しつつ、会場に行ったら立派なテントが張られていて、嬉しかった。
090920mugiya01.jpg


麦や節は、平家の落人部落である五箇山民謡の代表。
 麦や節の由来についてはいろいろな説があり、平家の落人によって創られたとする説、平家の落武者平紋弥(もんや)が教えたことから「もんや節」と呼んだところから起こったとする説、さらには「お小夜節」の主人公であるお小夜が教えたものとする説などさまざまです。

おはやしの方々
うしろの幔幕には、平家の紋「揚羽の蝶」が
090920mugiya02.jpg


麦や節歌詞
麦や菜種は二年で刈るが
麻が刈らりょか半土用に

浪の屋島を遠くのがれて来て
薪こるてふ深山辺に
烏帽子狩衣脱ぎうちすてて
今は越路の杣刀

心淋しや落ち行くみちは
川の鳴瀬と鹿の声

川の鳴瀬に布機たてて
波に織らせて岩に着しょう
鮎は瀬につく鳥は木に止まる
人は情の下に住む


 しかし、やはり五箇山が平家の隠れ里であったことや、歌詞の内容から、麦や節と平家落人伝説を結びつけて伝承されてきたことがわかります。かつて「平家にあらざるものは人にあらず」と豪語した自分たちの悲しい運命を唄に託してうたい踊ったそうです。

 黒の紋付袴で、白たすき、白足袋といういでたちで、一尺五寸の杣(そま)刀を差し、笠を持って踊ります。
090920mugiya04.jpg


黒と白のシンプルな色づかいの中に緋色の杣刀が浮き上がり、それらが作り出す色の対比が体や手足の動きをはっきりと映し出します。また、笠を回転させたり、上下に動かしたりする中に一瞬の静止を入れることで、静と動の対比を強調し、洗練された踊りとして目を奪います。このように麦や節は、色の対比、動きの対比で、視覚的に楽しめる洗練された踊りとなっています。
090920mugiya05.jpg


 早いテンポの中に哀調ある歌詞。勇壮で力と活気に満ちた踊り。「麦や節」の中にはさまざまな対比があり、そしてそれらが調和することによって、心地よい緊張感ある空間を作り出します。


090920mugiya03.jpg



お小夜節歌詞
名をつけようなら お小夜につきゃれ
お小夜きりょうよし 声もよし 声もよし 声もよし

峠細道 涙で越えて
今は小原で 侘び住まい 侘び住まい 侘び住まい

心細いよ 籠乗り渡り
五箇の淋しさ 身にしみる 身にしみる 身にしみる

庄の流れに 月夜の河鹿(かじか)
二人逢う瀬の 女郎が池 女郎が池 女郎が池

輪島出てから ことしで四年
もとの輪島へ 帰りたい 帰りたい 帰りたい


 お小夜節は、もともとは「まいまい」の唄と踊りでしたが、お小夜の出現によって「お小夜節」と呼ばれるようになりました。
090920osayo01.jpg


 お小夜は、その昔五箇山小原(上平)に流されてきた遊女でした。元禄3年「加賀騒動」の首謀者・高崎半九郎ら4人と遊女20人が輪島(石川県)に流刑となりましたが、お小夜は輪島の出身だったため、それでは意味がないということで、小原に流されたのです。しかし、お小夜は流刑の身でありながらも、流刑小屋ではなく土地の庄屋へあずけられ、自由に外出することができました。また、美人で芸達者だったお小夜は、持ち前の芸を活かして村人たちに三味線や唄や踊りを教えたことから、たちまち村人たちの憧れの的となりました。

 やがてお小夜は、吉間という村の青年と恋仲となり、何度目かの夏、彼の子を身ごもってしまいました。お小夜は、罪人の身で妊娠したことが藩に知れると、吉間や村人に迷惑がかかると思い悩んだ末、庄川に身を投げてその一生を閉じました。小原地区には、五箇山民謡の恩人・お小夜を偲んで村人たちが建てた「お小夜塚」があり、お小夜と吉間の出逢いの場であった女郎ケ池(現・民謡の里)では、毎年おさよ祭りが行われています。
090920osayo02.jpg


090920osayo03.jpg




五箇山民謡で有名な「こきりこ節」も忘れてはならない。
090920kokiriko01.jpg


2001年9月撮影

今日の一枚/コスモス

20090919

090909cosmos.jpg

長野県佐久市の種畜牧場

この近くで私は、生まれ育った。
私が小さな頃は、この牧場にずいぶん馬や牛が居た。

たしか秋だったと思うが、この牧場で飼っている馬で競馬があった。
祖父に連れられて来ていた。
祖父は酒を飲みながら競馬を楽しんでいた。

ほんとに草競馬
コースは、ロープを一本張ってあるだけなので、
昂奮した馬が、観客席に暴れこんだりしていた。

すぐ目の前を馬が走っていく迫力は、
いまでもよく覚えている。


この牧場も、静かになってしまって
いまでは、せいぜい羊とかヤギが居るだけだ。

今日の一枚/名古屋ボストン美術館

20090916

090916nagoyaboston02.jpg

名古屋に出張したときに、空いた時間で飛び込んだ。
よく金山駅を通過するが、いつか寄ってやろうと狙っていた。


隣のANAホテルのファサード
090916nagoyaboston01.jpg


このとき、開催していたのが「肖像写真家カーシュ展」
オードリーの写真はもちろんだが、
クラシック愛好家なら、この人のパブロ・カザルスの写真には
しびれたに違いない。

なお、この展覧会のポスターがオードリーの写真(嬉)
まだ顧客への訪問が残っていたので、大きなポスターを
持って歩くのは大変だったが、
まだ私の部屋に貼ってある。

これはカーシュ写真集
090916nagoyaboston03.jpg

今日の一枚/沖縄・万座毛

20090913

090913okinawa05.jpg


ここからの夕日を、沖縄が初めてのカミさんに見せたくてスケジュールを組んだ。
ところが、ところが・・・・・
この日はあいにくの天気。
厚い雲に覆われて、夕日は姿を現さず。
ものすごい風がびゅうびゅう吹いていて、立ってるのもつらい状況。

万座毛の名前の由来は、琉球王朝の尚敬王が、「万毛(毛は原っぱのこと)」(言い換えると「一万人が座れる広い原っぱ」)と評したことに由来していると言われている。


2007年10月19日撮影

今日の一枚/ミラノ・ドゥオーモ(5)

20090910

milanodome05.jpg


ドゥオーモの中から、一旦外に出て

屋根の上に上がるエレベーターのところに

移動する。


ドゥオーモの外壁は、等身大の像が

おびただしくある。

こういうしつこさには、圧倒されてしまう。

今日の一枚/薔薇・ガーデンパーティ

20090906

090906gardenparty.jpg

白椿のようなとろみのある花びらがうつくしいバラです。
きれいに咲くと素晴らしい花なんですが、花弁が弱いみたいで、痛みが目立つ花が多かったですね。
香りは、弱いけれどさわやかないい香りです。

系 統 HT ハイブリッドティ
作出年 1959年  
作出  アメリカ H.C.Swim
花 色   クリームイエロー
花 径 大輪
香 り    微香
開花性  四季咲き

撮影:神代植物園

暑さに負けずに

20090906

昨日から娘が泊りがけで遊びに来てくれていた。
カミさんが母親の介護で、家にこもりっきりなので、最近マメに来てくれる。
やはり娘は頼りになる。
午前中に帰ると言うので、駅まで車で送っていく。
途中パン屋さんに。
すごくいろいろなパンを創っていて、かなり盛況である。
娘もお気に入りで、どっさりと買っていった。
あんなにパン持って行ってどうするんだろう。
会社で配るのかな。
それとも彼と、パンパーティでも?


家に戻って、昼食をかっ込んで、テニスに。
集まったのが8人だから、2面で休みなしである。
今日も暑かった。
湿度が高くなかったから、まだガマンはできたけど。
3試合終わったところで、スポーツドリンクのポット2本を空にしてしまった。

水なしで、やるのはイヤだから、帰ろうかなと思案していたら・・・・・
それまでに、一人抜け、二人抜け。

残っているのが4人ではないか。
しかもTUさんが、かなりやりたそう。
私が帰ったら、のこり3人がやりたくてもできない状況。

これでは帰れんでしょう(笑)
あと二つやったら上がる約束で始めた。
一度上がろうかなと思っちゃったせいで、どうも気分が乗らない。
それでも、なんとか恥をかかない程度にプレイして、
最後の試合になった。

組んだのがTUさん。
ところが・・・・ところが。
相手のボールは、こっちがアウトと見送っても入ってて、
コントロールミスの変なボールも入っちゃって(泣)
こっちのボールは、そんなときはたいていアウト。

運の分かれ目は勝負の分かれ目。
ずいぶんラリーが続いて、好ゲームのはずなのに、
ゲームカウントは0-5となってしまった。
最後は気分良くあがりたいのに(笑)

TUさんと、「一つくらい取らないと、上がれないよな」話して。
なんとか死に物狂いで、1-5とした。
相手は、まだまだ余裕しゃくしゃく。
だが、ゲームの流れとは恐ろしいもので、一つこっちが取ったら流れが完全にこっちに来ちゃった。

こっちが元気づいて、あれよあれよという間に、
5-5となって追いついて、6-5となったところで、こっちもちょっと気がゆるんじゃって。
6-6となっちゃって、タイブレークである。
両者譲らず、3-3から5-5と互角。
ここで、絶好球が来て、ここぞと私がスマッシュしたのが、つい力んでアウト(泣)
うわあっ
立ち直れないまま、次のポイントも取られてゲームセット。

まあ、0-5からタイブレまで持っていったんだから、ヨシとするしかなし。

疲れ果てて、ボロ雑巾のようにヨレヨレになって帰宅。

テニスだと、こんなに頑張れるんだよなあ・・・・・

越中八尾・おわら風の盆

20090902

owara01.jpg

今夜も、八尾では盛んに「おわら」を踊っていることだろう。
昔、富山県に住んでいたときには、毎年見に行っていた。
関東で暮らすようになって、見たくてたまらずに飛んでいったことがあった。

「越中おわら風の盆」というのは、二百十日の厄日である9月1日から三日三晩踊り明かす。
以前は盂蘭盆にしてたようだが、何時の頃からか二百十日になったという。
「おわら風の盆」の起源は村の存続にかかわる重要な文書が戻ってきたので、三日間、飲む、唄う、踊るの無礼講を許され、村中が三日三晩踊り明かしたのだという。
「おわら」の語源は、「大藁」とか「大笑い」から来ているそうだ。
豊穣を祈る祭りになった。

久しぶりに飛んでいったとき、着いたのは3時ころ。
そろそろ踊りのスタンバイが始まっていた。
まずは、おはやしの人たちが集まってくる。
owara02.jpg


owara03.jpg

調子合わせが始まると、こっちも浮き浮きしてくる。
owara04.jpg


踊り子さんたちも集まった。

女性は、華やかな揃いの浴衣に絹の喪の帯、紅紐をきりりと顎に結んだ綾藺笠、紅緒の草履。娘さんたちは可憐で美しい。
深めに被られた編笠が、艶やかな姿をいっそう引き立てている。
踊りは殆ど座敷踊りに近い振り付けで、上品な色気に満ちている。
owara05.jpg


これとは対照的に、男性は地味目な漆黒の、しかし生地は羽二重、なんと一揃い50万円以上という法被、股引姿。いなせな姿で踊るのは「かかし踊り」。
owara06.jpg


まずは町内でと、街流しが始まった。
owara07.jpg


owara08.jpg


owara09.jpg


夜になると、演舞場で地区ごとに踊りを演じる。
舞台で舞われるストーリー性豊かな踊りは、男女で型がまったく違う。
かかし踊りともいわれる男踊りは、勇壮で力強く躍動的。
大ぶりな手足の動きと、瞬時、揺らぎそうな体勢の侭の静止を見せる、いわゆる男踊り。静と動の間の宜しいこと。豪快で繊細。

春夏秋冬を表現する女踊りは、優雅で柔らかな印象の中に、妖艶さを漂わせている。
踊り手たちは、時に激しく、時に静かに、流れるように舞う。
舞台の上で相異なる男女の踊りがひとつになると、えもいわれぬ幻想的な美しさを生み出す。
男と女が求め合う、甘く切ない美しさをみるかのようだ。
owara10.jpg



演舞を終わった踊り手さんたちが、町内で踊りだすのは真夜中になる。
深夜踊っている姿は、幻想的この上ない。
これは神社の境内で。
owara11.jpg




2002年9月1日 撮影


今日の一枚/名古屋・大一美術館(2)

20090901

前回は、一階のエミール・ガレなどの展示を紹介したが、

今回は2階のデイル・チフーレなど現代の作家の作品。

吹き抜け部分にチフーレの巨大なオブジェが下がっている。
090901daiichi01.jpg


090901daiichi02.jpg



090901daiichi03.jpg


大一美術館
http://www.daiichi-museum.co.jp/

名古屋市中村区鴨付町1-22
地下鉄中村公園駅より、市バス10分


2000年11月撮影
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop