美ら海水族館(2)/沖縄

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美ら海水族館の沖には伊江島が。
あそこにも行きたいなあ。
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様々なサンゴと熱帯魚
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海釣りをしてた時に、フグの歯は鋭いから気をつけろと、
うるさいくらい言われたが、これを見ると納得。
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2007年10月20日撮影
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ながい坂/山本周五郎

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徒士組という下級武士の子に生まれた小三郎は、八歳のときに偶然経験した屈辱的な事件に深く憤り、人間として目覚める。
学問と武芸にはげむことでその屈辱をはねかえそうとした小三郎は、成長して三浦主水正と改め、藩中でも異例の抜擢を受ける。
若き主君が計画した大堰堤工事の責任者として、主水正は、さまざまな妨害にもめげず、工事の完成をめざす。
というのが、物語のあらすじである。

主水正は、実に英邁な藩主とめぐり合う。
藩主のほうでも、自分の助けとなる人物を計画的に探していて、その網に彼が引っかかってきたのだ。
この藩主が、とてもよくできた人物で、感心してしまう。
藩主を助けて、いろいろな事件に立ち向かい、事業を起こし藩の経営を革新する。
その道のりは、「重荷を背負って長い坂を一歩一歩上って行く」ようなものである。

もっとも大きな事件としては、藩主を巻き込んだ跡目争いである。
藩主は江戸で幽閉され、主水も弾圧され、身を隠す。
江戸の下町で、流れ者としてうどん屋台をして生活する。
この事件のときも、彼はこう考える。
片方の人たちがまったく正しくて、もう片方の人たちがまったく悪だ、ということは絶対に無い。
この跡目争いにしても、幕府との関係を密にして藩を安泰させようと、藩のためだと思っている一派。
藩の純血を守ろうとすることが、藩のためだと思っている一派。
どちらも藩のために良かれとして思い、行動している。
この、両派のすべての人が、一人も死ぬようなことがなく、うまく解決する方法は無いのかと彼は力を尽くす。
一方の正義を振りかざして、力で解決するのでなく、辛抱強く流れを待ち、解決していく。
藩主もまた、そうなのだ。
幽閉されている藩主を救い出そうとする主水に、藩主はこう言うのである。
「あのとき、連中は私を殺せなかったのだから、もう私は大丈夫だ。必ず、彼ら(対立派)は困難な場面に直面する。私が必要になる。それまで無理をするな。だから私はここを動かん。」
こう藩主は主水を諭すのである。

この跡目争いの話のときに、私がものすごくうなずける話があった。
この藩の経済は、5人の大きな商人が結託して利益を独占していた。主水もこれは何とかしたいと思っていた。
主水の対立派が権力を握り、藩を改革しようとしてこれに手をつける。
この5人の商人を弾圧したのはいいのだが、藩の経営には大阪の巨商(鴻池など)の息がかかった商人の助けを借りる。
その結果どうなったかというと、それまで5人の大きな商人が結託して利益を独占していたがその利益は藩の中に留まり、また藩のなかで役に立っていた。
それが改革の結果、大阪の巨商(鴻池など)に利益が流れ、利益は大阪に流出していってしまうのだ。
結局改革の結果が、藩のためにはなっていないのである。

似たような話で、私が今よく感じていることがある。
私は機械屋で、ずっと製造メーカーで仕事をしている。
物を生産する設備を作ったり、設備の面倒を見たり、工場の経営とか、会社の品質保証体制の構築とか。
物を生産することは、価値を創造することだから、それが誇りである。
いくら商社マンとか銀行員が給料が良くても、こっちは価値を創造しているんだという誇りがあった。
ユニクロとか家具のニトリとかいった店がある。
品質に対しての価格が安くて、とても魅力的な商品でいっぱいである。
だからユニクロには、よく買い物に行く。
しかし・・・・・
買い物するとき、私は忸怩たる思いになるのである。
これは中国で作っているんだな、これはベトナムで作っているんだよな・・・・
「もの作り」している立場から、私はいつも考えているので、できれば日本で生産されたものを使いたい。
日本の生産する力を保ちたいと、思ってしまうのだ。
会社を存続させていくことは、確かに大変だ。
だけど、日本の会社だったら安直に日本の従業員を切り捨てて欲しくない。
中国やベトナムで生産すれば、安く生産できるかもしれないが、それでは日本の会社じゃないと私は思う。
日本で価値を創造しないで、外からモノが入ってくるばかりになったら、日本の経済はどうなってしまうのか。
と、常々気苦労しているのだが。


この物語に彩を添えるのは、結婚相手との話。
相手は家老の家柄の娘。
彼は婿に入るのでなく、廃絶していた名家の跡を継いで、彼女を嫁に迎える。
その娘は「つる」と言い、「鷲っ子」とあだ名されるほどの気位の高い娘であった。
で、つるは祝言のあと二人きりになったときに、主水が25歳になるまでは身体を許さないと宣言してしまう。
主水もそれを受け入れる。
結婚する前にも、ちょっとした事件もあり伏線もあるのだが、二人はとにかくこんな形でスタートする。
そして、彼の藩の事業や、藩のなかでの立場の変転があり、さまざまな事件があるなかで、
いろいろなきっかけをもとに二人は徐々に打ち解け、最後は本当に仲むつまじい、とてもいい夫婦になる。
これがこの物語を彩るとてもいい話として、色を添えている。


山本周五郎の小説は、人の生き方について、考えさせてくれるところが好きだ。
人情味あふれる話がとてもいい。


天地明察/その一「算額」の話

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作家「冲方丁(うぶかたとう)」の作品である。
この本の広告を朝日新聞で見たときには驚いた。
ずいぶん昔だが、SFを好んで読んでいたときがあって、日本SF大賞を取った「マルドゥック・スクランブル」という冲方丁の作品に惚れ込んで、他の作品を探したが「微笑みのセフィロト」という本が手に入ったのみ。
続く作品を待っていたが、いっこうに現れず、いつしか忘れていた名前だった。

それが紹介記事によれば、時代小説である。
またまた驚いた。

読み始めて夢中になった。
まだ読み終わっていない。残り少なくなってくると読み終わるのが寂しくなってくる。

この本を読み始めて、すぐに夢中になったことがある。
この本の主人公は「碁打ち衆」の一人「安井算哲」。「碁打ち衆」というのは将軍の前で「上覧碁」を打ったり、大名の碁の相手をする役目であり、常に本因坊家と覇を争っている安井家の総帥が「安井算哲」。
父親が急死したため、後を継いで総帥となったが、まだ若干22歳。
しかし、既に定石を打つのみの仕事に飽きてしまっている彼が夢中になっているのが「算術」。

物語の冒頭、江戸での定宿にしている会津藩屋敷から籠を飛ばして行く先は、渋谷宮益坂にある金王八幡。
そこにある「算術絵馬」を見るためだ。
誰かが算術の問題を絵馬に書いて吊るしておく。
それを誰かが解く。
その答えが合っていれば「明察」と出題者が書き込んで一件落着。
答えが間違っていれば「惜しくも」とか「誤謬なり」となる。

「算術絵馬」というものを知らなかった。
問題と答えを奉納した「算額」というものもあるという。
おおくは「幾何」であるらしい。生活に密接に関わってくるからだろう。
これに感心してしまった。
昔は「学会」なんて無かったからなあ。
おそらく、難しい問題が解けたことは神が助けてくれたのだと、感謝して奉納したことだろう。

私は、高校が「機械科」、大学も「機械工学科」という機械バカである。
数学は、研究対象でなくて利用するものだったが、数学の恩恵をかなり受けている。
今でも、自分では密かに誇りにしていることがある。
大学を卒業して会社に入り、初めてやらされた仕事がブラウン管の金型を加工するプログラムの仕事。
当時国内のテレビのブラウン管の70%を旭硝子が作っていたが、そのブラウン管製作用の金型を私の会社で作っていた。
ブラウン管の形状は三次元の複雑な形状であり、それまでは木型に倣って加工していた。
当時「APT」というコンピュータープログラム言語がアメリカから入ってきたばかりの時で、まずそれを習得させられた。
「Auto Programmed Tool」の略で、球面とか円筒とか平面などの図形を、まず定義し、その図形に沿って刃具を運動させるプログラムを組むと、コンピューターが刃具の運航していく座標をミクロン単位で出してくれるというものだ。
ところが、当時会社に置いてあったコンピューターでは、能力不足でこのプログラムを動かせない。
三菱グループの、まあまあの会社だったが、そうなのである。
当時日本橋宝町にIBMセンターがあり、そこに日本でここにしかない、当時ではスーパーコンピューターにかけることになり、プログラムを組んではIBMセンターに行き、まずはプログラムのデバッグ(虫食い)をして、プログラムを確定してからアウトプットを得る、という仕事をしていた。
そして、私が組んだプログラムで得られたデータで動くマシニングセンターで、加工された金型で作られたブラウン管が組み込まれたテレビが各家庭で活躍していた時代が確かにあったのだ。
これは誇らしかったし面白かった。幾何学の助けを大いに受けた。


で、「算術絵馬」とか「算額」は、いまでも見られるのだろうか?
渋谷宮益坂にある金王八幡に行けば見ることができるだろうか?
ぜひとも見たくなった。
まずは、ネットで調べてみた。
金王八幡は確かでなかったが、それより前にずいぶんと「川越の算額」が引っ掛かってくるではないか。
埼玉県の川越は私が住んでいるところの近くである。
いまでも「小江戸」と呼ばれるくらい、江戸と関係が深かった土地である。
川越には「算額」が奉納された神社が5ケ所あるという。
しかし、保護のためたいてい市とかが保管してあり、いまでも神社に掲げられているのは一つだけ。
すぐに飛んで行ったのだが、残念なことにお宮さん全体が板で囲われていて見ることが出来なかった。
悄然と引き揚げてきたが、いずれ見るチャンスはあるだろう。
どんな「算額」なのかは、いろいろなサイトで紹介されているので、そこから頂いてきた情報で、ここでは紹介しておこう。


1.川越 久下戸氷川神社の算額100719sangaku01.jpg

  どういう「算額」なのかは、この写真でわかりますが、書かれていた問題は今では読み取ることが
  難しいようです。


2.川越 古尾谷八幡神社の算額
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(問題文)
左の問題は、傍斜の等しい台形を斜めに二分した両三角形に、各々円を内接させて
乾円、坤円とし、上底9寸、乾円の直径7寸、坤円の直径4寸とした時、下底の長さを
求めよ
右の問題は、矩形の中に5つの円を内接させ、木円の直径を17寸としたときの、水円
の直径を求めよ

3.川越 藤宮神社の算額
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(問題文) 
 今、図のように正三角形内に四円を容れたものがある。甲円径が三寸(9.9㎝)である時に、丙円径はいくらか求めよ。


4.川越 府川八幡神社の算額
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 縦五十一センチ・横百四十三センチの大きさの算額は、額にはった紙に三間の答えと術を示してあり、その下に六十三人の門人名が記してあります。
 もう一つの算額は大きさが縦六十六センチ・横九十センチで、右側が変形の絵馬型になっています。木の板に書かれ、五つの問いと術が載っていますが、文字がはがれ落ちていて三分の一が解読できない状態です。


5.川越八幡神社の算額
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  神社に掲示されている算額を説明している案内文の写真です。
  これは、図がついているので、皆さんも読み取れると思いますので、
  特に説明はつけません。

ヴェネツィア/ヴェネツィア本島上陸

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前日夕方ミラノからバスで移動してヴェネツィア本島のちょっと手前のホテルに宿泊。
朝起きたら雨(泣)
あ~あ、今日も雨だとため息をつきながらホテルからバスに乗り込む。
バスでトロンケット港まで行き、ボートで運河を本島に向かう。
目指すサンマルコ広場周辺は一番奥なので、水路を行ったほうが楽ということらしい。
それにしても、本当にベネツィアは標高ゼロというのを水上から見て実感した。
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まったく、水に浮かぶルネッサンスの街という表現がぴったりだ。 雨に煙っている風情もまたなかなか良かった。
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乗ってきたボート。幸い、本島に着いたころには雨が上がってくれた。
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ツアーの仲間たちがゾロゾロ。ちょうど30名、うち新婚さんが7組。
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なんという英雄だったのか確認出来なかったが、かっこいい。
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この港からマルコ・ポーロも船出をしていったのだという。
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2005年10月7日 撮影

銀嶺

20100715

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1990年 日本 鈴木省三作出
フロリバンダ系。
四季咲き。
1990年JRC銅賞

私が敬愛する、ミスターローズ鈴木省三さん作出の薔薇です。

その名のように雪のように白い薔薇。
白系のバラは日本で作出して雪に関係する名前を付けたものが
少なくないようです。

白くて花弁の先がとがった(剣弁という)花が綺麗です。
花びらが固めなので、切花としても長く楽しめ、よく香る薔薇です。
花もちが悪くて、すぐに散ってしまいますが、香りはとてもよい。



2002年6月 京都植物園にて

祇園祭り/京都(3)

20100712

雨は、まだまだ降っているし、手持ち無沙汰なので
アーケードの下を河原町のほうにぶらぶら歩いた。
もう八時を回っているのに、大丸デパートが開いていたので
つい、ふらふらと。
受付の案内嬢が浴衣姿である。
感心。
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立派な長刀鉾のミニチュア。
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雨の中なのに、浴衣のひとが多いのにも感心していた。
あとで同じ会社の京都の人に聞いたら、宵山、宵々山の歩行者天国のときは
三分の一が浴衣だとのこと。
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錦市場の入り口の辺で、いいお土産屋さんがあったので
のんびりと買い物。
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立派なミニチュアをまた見つけた。右から長刀鉾、函谷鉾、月鉾・・・・・・
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やっと雨が小降りになったので
他の鉾を見て歩いた。
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どの鉾も熱心にお囃子の練習に余念が無い。
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いろいろ見て、写真も撮って、疲れて。
結局鉾の横にテントがあって、腰掛けてのんびり出来るのは菊水鉾だった。
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ここでのんびりお囃子を聴いた。
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菊水鉾のお囃子の練習を熱心に聴いているので、おそらく家族だろう。
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九時半ころ、お囃子が終わって、周りで聴いていた家族たちと引き上げて
いったので、私もホテルに帰る気になった。

雨で見事な織物の飾りは、ビニールに覆われてよく見えなかったのは
残念だった。
そのかわり人が少なく、鉾の横でのんびり出来たのはよかった。
今回は、鉾の間近でのんびり過ごせて、親しめてすごく楽しかった。

華麗な鉾の巡幸や引き回しなどは、いつか絶対に見ようと、そのときおもったのだが・・・・・・・
もう7年経つのに、まだ実現していない(汗)


祇園祭り/京都(2)

20100710

そのあと、もちろん「長刀鉾」に行った。
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鉾先には長刀がすっくと立ち、天に突き刺さっている。
聞いてみたら、粽でなくても何か買えば乗せてくれるというので、長刀鉾全景の手ぬぐいやら、
ポストカードやら記念に買って乗せてもらった。
こちらは、横の町家の二階から橋をかけて鉾に渡るようにしていた。
さすがに立派な鉾。
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天井には、ぐるりと周囲に金具鋲で星座の模様。
信長の時代に作ったものだから、星座とは感心してしまう。
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この長刀は絶対に刃先が八坂神社に向かないようにしているとか。
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いちおう、昼の部はこれでおしまいにして、夜の灯が入ってからを楽しみに
ホテルに引き上げた。
ホテルで一時間半ほど仮眠して、夕食食べて夜の部だ・・・・と。

ところが、すごい雨(泣)
参ったな・・・・
仕方なく、駅ビルのなかで、夕食をとり様子見。
まったく止む気配がないので、長刀鉾が置いてあるところは歩道がアーケードになっていたのを思い出し、
そこに向かった。
地下鉄降りて、地上に出て鉾の提灯を見たら、また感激。
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あっちこっちから写真を撮る。
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夜になったら、お囃子をやっている。
だから鉾に上がれるのは、昼間だけということになる。
昼間のうちに来て、よかった(嬉)

お囃子が、またいいもんだ。
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祇園祭り/京都(1)

20100708

それは2003年のことだったから、もう7年も経ったんだなあ。
その日は日曜だったが、朝に家を出て、京都に向った。

月曜の朝から京都で仕事なので、せっかくと思いネットで親しくなった京都の人に、
「13日だったら何か面白いことないかな・・・」とメールで聞いたら、
「祇園祭だよ、13日だったらもう鉾が出来てて、灯が入ってお囃子もやってるよ・・・」と教えてくれた。
貴重な地元情報であった。即決して楽しみました(笑)
とても良かったので、すごく感謝してます。

午後一時に京都駅に降りてすぐに本屋に駆け込む。
土曜に、自宅近くのわりと大きな本屋で探したのだが、祇園祭をうまく解説した本を探したが見つからなかった。
ネットの友達からの情報とか、ネットで調べてだいたいの場所とかは掴んであったが、やはり解説本が欲しかった。
京都の本屋では、さすがにいろいろと置いてあり、良いのがあり助かった。

それから地下鉄で「四条」まで。
地下鉄の駅から地上に出ると、大通りに鉾があるのがいきなり目に飛び込んできた。
感激である。
「むちゃくちゃ高い」というのが感想。
山車から上に伸びている鉾が、呆れるほど長いのだ。
すぐに出くわした、お目当ての一つ「月鉾」は矛先に大きな三日月が、雨の中でも燦然と輝いている。
本によれば、18金なそうな。
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また、この鉾は円山応挙の絵、左甚五郎の彫刻などすごい装飾で人気が高い鉾なのだ。
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しばらくは、ぶらぶらと歩く。
だいたいの勘で歩き回って、出くわした鉾の名前から
頭の中に全体の地図が出来上がっていく。

最初に行こうと決めていたのは、「菊水鉾」
ところが通りを一つ間違えていて「南観音山」が
まだ組み立て中のところに出くわした。
しばらく組立作業を見ていた。
これは、なかなか珍しく、見ていて面白かった。
縄で結んで組んでいくのだが、縄の結び模様が実に綺麗。
これも「巧み」の技だ。
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一番水引を取り付けているところ。
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この原画が近くに飾ってあったが、なんと大好きな京都の画家加山又造さんの絵だった。
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いよいよ「菊水鉾」
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まずは粽を買う。
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粽は食べるものだと思っていたら、山鉾で売っている粽は、ネットで調べて知ったのだが、これを門口に吊るしておくのだそうだ。
「無病息災」の厄除け。
我が家の女紋は菊水なので、ここの粽を我が家のお守りに求めていくつもりだった。
そして粽を買うと、鉾に上がらせてくれるのだ(嬉)
もちろん、子供のように喜んで上がった。
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「菊水鉾」の天井には竜の絵が一杯に描かれていた。
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上から通りを見下ろすと、やはり気分がよろしい(笑)

「菊水鉾」の粽。
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なにをやってるのかな・・・・と覗いてみたら、案の状携帯の写真を(笑)
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そのあと、脇のテントの中で雨宿りと休憩を兼ねて土地の人たちの話をしばらく聞いていた。
お年寄りがいろいろな鉾の説明をしてくれた。
別格なのが「長刀鉾」で、唯一お稚児さんが乗り、必ず先頭を行くことに決まっていると本で読んでいたので、
「長刀鉾は、そんなにすごいの」と聞いてみた。
「そりゃあ、そうさ。行ってみればわかるが、重要文化財が三つも飾ってあるよ」
「だいたい、向こうは菊のご紋だ。これは(菊水鉾を指差して)半分の菊じゃないか」
確かにそうだ。参った。そう言われると菊水の紋はたしかに菊半分である。
ムカついたが、事実だから仕方ない・・・・(笑)
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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