川沿いのウォーキング

20110131

今日は、家の近くの川沿いにウォーキング。

ちょっと風があったが、天気が良くて気持ちいい
110131walk01.jpg


この辺は、芝生が広がっていて気持ちがいい。
110131walk02.jpg


川べりで、いつも休むところにきた。あのテトラポットやコンクリートの枡があるところだ。
110131walk03.jpg


コンクリートの枡に、たくさん小さい魚が住んでいる。
こんな冬でも元気に泳いでいる、可愛いものだ。
いつも、これを眺めながら小休止している。
110131walk04.jpg






いつもサッカーや野球でにぎわっている河原のグランドで凧を揚げていたので、見とれた。
110131walk05.jpg


110131walk06.jpg


110131walk07.jpg


110131walk08.jpg


110131walk09.jpg


110131walk10.jpg


写真を撮っていたら、そのうちの一人の方に話しかけられた。
ここでは、毎週月曜に集まって上げているとのこと。
土日はサッカーとか野球で混みあっているから。
私もウォーキングしていて、凧を揚げているのは、よくみかけていた。

私も、中学のころは冬には凧を、このように高く上げて楽しんでいたので話がはずんだ。
その人は、世界の大会にも出場していて、4、5位くらいでまだメダルは無いと謙遜されていたが、こっちは吃驚してしまった。
どうやらすごい人らしい。
いろんな凧を楽しんでいるようで、見せてくれたのは鳥の形の凧。
110131walk11.jpg


その人の車には、いろんな凧がびっしりと積まれている。
110131walk12.jpg


競技では、けんか凧というのもあって、うまく凧を操作して相手の凧の糸を切るのだそうだ。
ちょっと上げて見せてくれた。
110131walk13.jpg


いやあ、楽しかった。
もしかしたら、何カ月か後には、私も凧を揚げているかもしれない(笑)




スポンサーサイト

在日の人

20110131

サッカーの決勝で、ゴールを決めヒーローとなった李忠成選手。
在日4世だという。
サッカーの決勝を見ていて、この選手の名前を見、翌日テレビでいろいろと報道されているのを聞いて感ずるものがあった。
彼は、以前韓国籍であり、韓国のユース代表の選抜合宿に参加したこともある。
だが言葉が通じず、壁も感じて4年前に日本国籍を取得したのだという。
やはりなあ、と思った。

私にも在日の子として生まれた友人が居る。
大学の同級生で、寮で一緒だったので仲が良かった。
梁○○という名前だった。梁君は大阪で生まれ、かなり以前の話になるが集団帰国が行われた時代があったが、それで韓国に帰国した。小学校4年の時だったという。
言葉が通じず、いじめにも合い、日本にまた帰ってきて、祖父母に育てられ中学から日本で育った。
よく、在日の人でなにか話題になったとき、「向こうの人なら、向こうに帰ればいい」と言う人が居るが、そんな簡単な話じゃないのだ。

大学4年になり、まあまあの大学だったので5月ころには一流どころに全員就職が決まった。
ただ一人を除いては・・・・・・
梁くんが決まらなかった。
今では考えられないことだが、島国根性の世間に、私も腹を立てたものだった。
梁くんは「カナダなら仕事がありそうだ・・・・」と言って卒業後カナダに渡っていった。

それから25年くらい経ち、彼から連絡があって、日本で再会した。
フォードとマツダが合弁でいろいろ始めた時期で、彼はマツダに派遣されてきたのだ。
フォードのエンジンの設計部長として
数年して、横浜に住むようになった。
会社が借りてくれたところだから、と言うが月80万のマンションだった。
今さらながら、ビッグスリーというのは大した会社だと思った。
アメリカンドリームだな、とも思った。

奥さんと二人で私の家にも遊びに来た。
奥さんは韓国で育ち、大学卒業後アメリカで働いていて梁くんと知り合った。
両親は韓国で、二人は日本、子供はアメリカと、グローバルな家族に私は目を丸くしたものだった。

梁くんについては、アメリカで成功したから、「良かったなあ」と私も素直に喜べたが、
在日コリアンの人たちを思うと胸が痛む。
もともとは無理やり日本に連れてこられた人がほとんどだからだ。
そして、いわれなき蔑視のなかで育ったのだから。

いままでは、日本名で活躍した人はたくさん居る。
野球で、金田投手とか張本さんとか。
力道山もそうだった。
李忠成選手は、「堂々と本名を名乗りながら、日本のために頑張る在日が居てもいい。新しい歴史を作ろう」と頑張っているそうだ。
そして、あのゴールで一躍それを実証してみせた。
4世にして、まだ「どうしようか」と悩む状況がある。
そのことは、もっと皆が考えなきゃいけないと思う。

PCのトラブル

20110130

昨日は、5時に起きて山中湖に行き、早く帰って来たものの、
夜はサッカーの決勝で、寝たのは3時。
実に22時間起きていたことになる。
サッカーは、久しぶりに見ていて面白かった。
準決勝といい、決勝といい、私の気持ちしては川島にMVPをあげたかったなあ。

昨日、22時間も起きていたせいか、今日はダルい。
どうもパッとしない。
それもこれも、PCがトラブッているせいだ。
インターネットもPC本来の機能には、まったく問題は無い。
私のPCは、いわゆる「テレパソ」である。
自分の部屋でTVを見るのも、録画した番組をブルーレイに焼くのも、保存してあるブルーレイやDVDを観るのも、すべてこのPCでやっている。
クラシックやオペラのブルーレイやDVDも、このPCで再生し、音はオーディオに出力している。

トラブルのきっかけは、録画した番組をブルーレイディスクに焼こうとしたら、新しいディスクを認識しないことから始まった。
WEB版マニュアルとQ&Aから、TVの視聴、ビデオの管理、ブルーレイやDVDに焼くソフトの不具合なので、最新のアッブデートプログラムを再インストールすれば良いことがわかった
それを実施した。

それで、トラブルが解決したどころの騒ぎではない、悲惨な状況になってしまった。
まず、いままで録画しておいたビデオの一覧が消えてしまった。
だが、不思議なことにメモリー消費量は変わっていない。
だから、メモリーには居座っているが、こちらに表示してくれないのである。
だから、ブルーレイディスクに焼いて書き出そうにも、それが出来ない。
まだまだブルーレイに焼く前の、クラシックやオペラの番組をたくさん録画してあるのだ。

そして、唖然としたのが、録画が出来なくなってしまった。
TVを見ている状態で録画ボタンを押しても駄目。
番組表から録画予約しても駄目。
すべて「録画に失敗しました」とエラーメッセージがやってくる(涙)

今夜も「冬のサクラ」があるのに、録画できないじゃないか(泣)

クラシックだって、毎日録画したい番組があるのに(泣)

仕方ないから、サポートにメールで救援要請を請うた。
速く回答をくれないかなあ(涙)

しかしなあ・・・・・・・・
なんで最新バージョンのソフトを再インストールしたら、基本的な機能というべき録画が出来なくなるわけ?
いかん、また怒りがこみあげてくる・・・・・・・・(怒)・・・・・・・(怒)
こんなひどいことないよな・・・・・・

幸い、TVを見るとか、ブルーレイ&DVDの再生は問題なくできるので、気はまぎらわせてはいるが。

どうにもこうにも、腹が立って仕方ない・・・・(涙)



富士、姿見せず(泣)

20110129

富士の写真を撮ろうと、山中湖に。
朝7時半に着いて、まずは長池のポイントに行きましたが、地面には昨夜の雪が薄っすらとあり、富士はまったく見えず(泣)
110129fuji01.jpg


カメラマンさんたちが、あらぬ方向にレンズを向けていました。
野鳥を撮っていたんですね。
110129fuji02.jpg


110129fuji03.jpg


じっとしていたも仕方無いので、岸沿いに車を走らせていくと、平野天満宮の辺は一番狭くなっている所ですが、氷っていて、ワカサギ釣りやスケートをしていました。
110129fuji04.jpg


110129fuji05.jpg


また長池のポイントに戻り、待っているとすそ野がだんだん見えてきた(嬉)
110129fuji06.jpg


110129fuji07.jpg


今日は、稜線がちょっと見えただけでも嬉しい(笑)
110129fuji08.jpg


結局、3時間ねばって、本日のチラリズムのベストショットはここまで(笑)
110129fuji09.jpg


今日は山中湖からパノラマ台、更に忍野と廻る計画だったが、肝心の富士にフラれてしまったので、
もう帰ろうと、明神前でお昼を食べ、土産を買うため、車を止めたら、こっちの岸にも氷が漂着していた。
110129fuji10.jpg




水鳥

20110128

毎日1時間ウォーキングをあちこちの場所でやっている。
この公園は、大外周りで廻るとだいたい一時間かかるので、良く行く。
途中池があり、そこに居る水鳥を眺めながら歩いていると、なかなか可愛いので、写真を撮ってみた。

今日も良い天気だ、平和だ。
110128bird01.jpg


110128bird02.jpg

おいおい、ボウヤたち、そんなブボラな泳ぎでいいのかい(笑)
110128bird03.jpg


波紋がきれい
110128bird04.jpg


すごく水を跳ね上げながら潜るのが居る。
110128bird05.jpg


いつも一緒にいる二羽を追いかけてみた。
110128bird06.jpg


一緒に潜り
110128bird07.jpg


お~~い、上がってこいよ。
110128bird08.jpg


一緒に毛づくろい
110128bird09.jpg


水がうんまい
110128bird10.jpg


かくれんぼ
110128bird11.jpg


眠い、眠い、ねむい~~
春眠暁を覚えず
110128bird12.jpg


指揮者の仕事/朝比奈隆

20110127

110115asahina.jpg

目次:
1. 朝比奈隆の音楽ばなし(音楽の楽しみ方、楽しませ方、指揮者の仕事 ほか)
2. 私の歩んだ九十三年(私の歩み、N響の歩み、大阪フィルとの半世紀、ブルックナーの世界、『第九』を語る、芸は七十から・対談 桂米朝・朝比奈隆、吹き流されるような半世紀)..

タイトルは『指揮者の仕事』となっているが、内容は「指揮者っていったいどういう仕事をするのだろう?」という疑問に答える文章はほとんどない。
本書は朝比奈隆氏へのインタビューや対談から構成されており、極めてスラスラと軽く読めていく。
しかし朝比奈氏の音楽に対する考え方や決意が伝わってくる好著だと思った。


「一期一会」という言葉があるが、フルトヴェングラーからホテルのロビーでの立ち話で一言言われたことを、朝比奈隆が以降大事にしていたことを知ると、またまた朝比奈が好きになってしまう。
ちょっと長いが、そのまま紹介しておく。
「 ブルックナーの交響曲の版については、初めは知りませんでした。そんなときに、フランクフルトのホテルでフルトヴェングラー大先生に「ブルックナーをやるのか」と聞かれて「やります」って返事したら、「オリジナル!」 って言われたんです。
 ただ、彼の残したレコードは全部改訂版を使っている。彼の録音は、たいがい若いときか中年あたりのもので、そのころは版なんか構わずにやる人だったんですな。僕が会ったのは亡くなる前の年だったから、それまでにいろいろやって最終的に自分の体験から結論を出されたのだと思います。
 指揮するのは(九番)でしたが、「オリジナル!」という言葉にびっくりした。それが何のことか分からなかった。で、楽譜屋へ行ってみたら、何種類かあってオリジナル版というのもあるわけです。
 それを見ると全然違う。バロック調なんです。あとの版の楽譜はいっばい飾りが付いていて、線が細い。だって枝葉を増やせば細くなる。あいだに一本、枝が入ると、その分脆弱になる。オルガンを弾いて作ったものだから、そんなに凝ったものができるはずはないんです。
 だから僕のブルックナーは、あの方のおかげじゃないでしょうか。一からやり直しましたから。それならほかの番号の作品も、と考えますよね。
 僕はフルトヴェングラーの弟子でも何でもないのに、たまたまロビーの立ち話で一言言われたのが僕の生涯を決したわけです。いま、ブルックナーの専門家みたいに言っていただいてるのは、あの一言があったから。自分では全部やり尽くしたあとで、日本の若い指揮者がやるというから、それも最もやりにくい(九番)をやるというから、「ほんとかいな」という顔して、一言だけ言ってくれました。当時ブルックナーなんて日本じゃ誰もやっていませんでした。だから、ありがたくて……。」


あとは、読んでいて嬉しいのは、私もCDを持っているが「聖フローリアンの奇跡」についての話だ。
その部分を紹介しておく。
(質問者)そして1960年代も後半を迎えられて、欧州武者修行の最後の仕上げが、昭和50(1975)年の手兵大阪フィルを引き連れてのヨーロッパ演奏旅行ですね。
(朝比奈) これはね、いまの事務局長の小野寺(昭爾)が言い出しっぺなんですよ。彼はアイデアマンというか、怖いもの知らずというか、勇気があるというか……(笑)。
だいいちものすごく金がかかるでしょう。
(小石) われわれも募金運動をやりましたよ。小学生からタクシーの運転手さんから、いろんな人が出してくれて……。
(朝比奈) 市民運動みたいになって、あの時分のお金で二千万円を超える寄付金を頂戴したのですから、ありがたいことでした。子どもが何百円かのお小遣いを新聞社に届けた、なんて聞かされると涙物語でね、こちらも行かざるを得なくなった(笑)。それで、事務局は「とにかくブルックナーのいた寺に行って演奏しましょう」 って言うんですな。
ザンクト・フローリアン (ブルックナーが眠るリンツ・聖フローリアン教会)なんて、あまり演奏会をやらないところですからね。
(小石) 電気も点かないところだと聞きましたよ。
(朝比奈) ええ、演奏するうちにだんだんと暗くなっていく(笑)。途中で鐘は鳴るし、とにかく済んだらみんな「俺の靴はどこだ、どこだ」(笑)。でも、なんとかやったねぇ。
(小石) 私は録音で問いただけですが、名演奏でしたよ。本当に心のこもった音楽でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(質問者)先生がザンクト・フローリアンで(七番) の交響曲を演奏なさった、そのときのお話をお聞かせいただけますか。
(朝比奈) 全体ヨーロッパの演奏会場は、ドライじゃなくて残響が多いんですが、私たちが演奏した場所は寺の広間ですから、やっぱりワンワンいってるわけですよ。天井も床も石ですしね。ブルックナーの音楽というのはああいうところでやるもんだと、つくづく思いました。
 あそこでゲネ・プロ (リハーサル)をやったんですけどね。要するに、前のフレーズのハーモニーと次のフレーズのハーモニーが若干かぶる感じになるわけです。残響時間が六秒ぐらいありますから、完全に一小節くらいかぶる。それから、かなり長い休止があると、その前の音がなくなるのを待つのに相当の時間がいる。そういうことで、ブルックナーはやはりこういう場所で演奏するための、あるいはこういう場所で考えられた音楽だという印象を、私もオーケストラの連中も持ちましたね。いつも指揮者にいろんなことをやかましく言われていたけれど、やっぱりそうか、と納得してくれたと思います。
 それ以後の演奏がよくなったようなことがあったとすれば、何か疑念が晴れたということは大きなことだと思いますね。どんなに長い休止でもじっと待って、それにはあの残響がほしい。ですから、ザンクト・フローリアンのカテドラルでうちのオーケストラは平然としていましたけど、はかのオーケストラはちょっと慌ててましたからね、初めのうち。
(質問者)ザンクト・フローリアンを含めた周囲の風景とか風土というのは……。
(朝比奈) またいい場所でしてね。バスで公道から自動車道路をまわって田舎道へ入り、丘を上がってお寺の屋根が見えるあたりに来たら、ガヤガヤ言っていた若い楽員も静かになりましたからね。メッカ巡礼というか、善光寺参りというか、何かやっぱり敬虔な気持ちになったみたいですね。その前に、みんなでお墓も参拝しましたし。ブルックナーという人がここで生活してた、ここでオルガンを弾き作曲もしていたということは、我々演奏する者にとって、衿を正させるものがあった。オーケストラの連中にも、そのくらいの純粋さは残っていたようです。非常に神妙になりましてね、従ってそういう場合では演奏もよくできるはずです。
 ふつうの会場じゃなく、お寺ですしね、坂を並べて段をつくり、そこに粗末な椅子を置いてやった。修道院の院長さんがいちばん前の、楽団のうしろあたりの壁のところで、一人だけ黒い衣を着て坐っておられる。聴衆も非常にいい聴衆です。結局、修道院の行事みたいな感じですからね、こちらも一応お坊さんにお辞儀してから舞台に出るわけです。日本の武道でいえば、お互いに礼を交わしてから剣を持つというような気持ちを、西洋音楽をやる人間はとかく忘れがちですが、そういう気持ちを持てたのはよかったと思いました。
(質問者)カテドラルの中で残響のお話をなさいましたが、そのほか、演奏について印象に残っていることはありますか。
(朝比奈) たまたま、(七番)の二楽章が終わったら、時間が午後五時だったんです。お寺は当たり前の時刻の鐘を鳴らしたんでしょうが、二つの鐘楼で鐘が鳴っているあいだ、なんとなく待ってなきゃいけないような気がして、待っていたわけですよ。そのあいだ、しーんとしてますわね。鐘の音がしばらく続いて、止まって、そのあいだ風が吹いて、木がゆれているのが見える。そんな印象が強烈に残っていて、いまでもみんなよく覚えているみたいです。
 我々演奏家は、次々にいろんな舞台でいろんな曲を演奏していく。職業ですからそれはそれでいいんですが、ときには道場に入るような、そういう衿を正すような時間を持っことが必要だと思いました。ザンクト・フローリアンで演奏することになったのは、ブルックナーについて我々にそれほど知識や経験があるわけではないし、ただ日本では私と私のオーケストラが比較貯多くやっているというだけのことで、偶然にやってきた話だったんですけれどね。

関東36不動をホームページにアップ

20110127

12月から、関東36不動巡拝をはじめています。
なぜ「お不動さん」かというと、私の守り本尊が「不動明王」ということで、以前から関心があったからです。
月に2ケ所のペースで廻ることにし、1年半で全部に行ける計画です。
計画どおり4ケ所が済み、ブログでもお知らせしていますが、
拙ホームページにもまとめてアップしています。

ブログではお知らせできなかった、「高幡不動・山内八十八ケ所」全部の石仏、大山不動で確認した36童子全部、写真を撮ってきたので拙ホームページに一覧で紹介しています。

興味のある方は、ご覧ください。

関東36不動のトップページ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kantou36fudoutop.html


拙ホームページ「多夢吐夢」のトップ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/

また!?

20110126

今朝の朝日新聞のトップの見出し「田辺三菱また不適切試験」
この製薬会社の子会社が、品質試験をしていない医療機関向けの注射薬を出荷していた、とのことである。

田辺三菱と別の子会社が、昨年4月に薬の承認申請の際に試験データを改ざんして、業務停止処分を受けている。
それが再び、こんな不祥事である。

しかも朝日新聞の別の面の詳細記事のところにこんな記事が載っている。
前回の不祥事を受け、親会社から再発防止の取り組みがあった際に、今回の不祥事を起こした会社の社員が小声でつぶやいた。
「うち、やばいね」
品質管理部の試験担当の男性社員が、「試験をしていないのではないか」との疑いが以前からあったからだ。しかし、「外にばれたらまずい」といった話が大勢を占めていたという。
ある関係者は、同部の社員からこう言われた。「告発とかしないようにね。会社が無くなったら困るじゃん」
「試験をしていないのではないか」との問題が親会社に伝わり、田辺三菱側は調査チームを八足させたが、その報告は「試験は行われていた」とのものだったという。

深刻な状況である。
個人のミスとか問題ではなく、会社全体、グループ全体がおかしい。

私は、ずっと自動車の部品製造メーカーで「品質保証」の仕事をしてきた。
車というのは、「人の命」を乗せて走っている。
部品の引き起こす問題が、人命にかかわるということである。
そう思っていても、やはり問題は生じる。
人は、ミスするし、設備機械もエラーがある。

問題が起こったときの鉄則は、「正確な事実を知る」、「速く処置する」だ。
何か問題が起これば、品質保証部は組織ということがあるから、工場長とか課長とかトップからの説明を受ける。
だが、やはり人間の悲しさ、やはり現場は生産を止めたくない、作り直すというマイナスに通じることを嫌う。
だから「ウソをつく」ではないが、傷を軽く見せるとか、「大した問題ではない」とか、やはり逃げたがるのだ(笑)
肝心なのは「真実はどうか」。
だから、品質保証部も「現場の効き込み」が欠かせない。
普段から現場に通って、通じていれば、現場の作業者がホントの姿を教えてくれる。

速く手を打てれば、トヨタさんとかデンソーさんとか、お客さんメーカーの中で回収できれば傷は浅い。
車として市場に出ていなければ、最終ユーザーの命にかかわるところまで行かない。

それをグズグズしていて、市場に流出してしまい、問題が起こり、それこそ事故の原因にでもなって、市場に出ているもの全部交換して回収という事態にでもなったら、会社はツブレテしまう。

田辺三菱というのは薬を作っている。
「人の病を直す」という原点が忘れ去られているのではないか。
ただ単に、生活の糧を得るための方便で、「何でもいいから、モノ作って金をかせげばいい」になってしまっているのでは。
それが会社の風土になってしまっているのだろうか。
会社が、新聞に書かれているとおりの状態だとしたら、無責任体質だとしたら、なにか問題が生じても、隠す方にだけ力が働くのではないか。

いい加減なものを、作って売っているのではないはず。
薬は、一方では毒にもなる。
なにか、人のミス、装置のエラーでもあって、とんでもない「クスリ」が流出したらどうするのだろうか。
人が亡くなってから、では遅いのである。

「良いものを作って、人様に喜ばれる」モノ作りのプライドが欲しいと思う。


水仙/権現堂堤

20110125

桜の名所、幸手市権現堂堤の水仙が見ごろだというので、見に行ってきました。
桜の保存会が、桜の根元を踏み荒らされないように水仙を植えたものだそうです。
その数、35万株。

車を駐車場に置いて歩き出すと、洒落た橋の向こうの堤に桜並木が並んでいます。
110125suisen01.jpg


川と反対側(並木の右側)の陽のあたる斜面に水仙は植えられています。
110125suisen02.jpg


もう6、7分咲きでしょうか。
110125suisen03.jpg


水仙が咲き誇っていて、花の香りもただよっています。
110125suisen04.jpg


110125suisen05.jpg


110125suisen06.jpg


110125suisen07.jpg


全部黄色いのもありました。
110125suisen08.jpg

消しゴム

20110124

テレビなんかで、面白い消しゴムがあると騒いでいたのはもう一昔前だ。
まさか私がそれを集めることになるなんて、予想だにしなかった(笑)

3ケ月くらい前、家に消火器のケシゴムがあるのを発見した。
カミさんに聞いたら、誰かにもらった、と。
なんとなく手元に置いていたら、可愛く見えてきた。
それで、ちょこっと集めたのがこれだけ。
左から、消火器、マヂック、ブルドーザー、かしわ餅
110124keshi01.jpg


今日、地元のデパートに買い物を頼まれたので、その用足しがてら、
隣の文房具店で漁ってきたのが、これ。
左から、ポカリスエット、充電野菜の缶、バイク
110124keshi02.jpg


これは、キリない気がするが、
どれだけ集まるのだろう(笑)

ドラマ「冬のサクラ」

20110123

このドラマ、今夜で二回目の放送。
先週、このドラマを見たのは今井美樹が出ていたから。
いまでは今井美樹の歌が大好きで、かなりのCDを持っている。
彼女で記事を書いたこともある。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-48.html

彼女を好きになったのは、ドラマ「あしたがあるから」だった。
調べてみたら、1991年だから20年前のドラマだ。
20代の商社のOL役で、凛としていて、頑張りやで、
あれから女性のブラウス姿が大好きになったのだった(笑)
あれはよかった。

今回は、冒頭から、あっけにとられた。
「あの桜だ・・・・・・」
110123sakura01.jpg


110123sakura02.jpg


110123sakura03.jpg


ドラマでは、クサナギが「嫌なことがあると、ここに来て「大丈夫」と元気をもらう桜なんだ」
という桜である。

舞台は、山形県になっているが、間違いなくあの桜である。
去年の春、あの桜に会いに行ったのだが、時期が早すぎてまだ咲いていなかった(涙)
「小岩井農場の一本桜」である。
まあ桜は咲いていなかったが、宮沢賢治ゆかりの場所を見て歩いて、
小岩井農場はすっかり気に入った。
その時の記事
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-343.html

その時撮った写真がこれ
110123koiwa04.jpg

咲いていれば、の写真
110123koiwa05.jpg


エンディングロールを注意して見たら、撮影協力のところに小岩井農場と出ているので間違いなかった。

なんだか、今回は今井美樹、かなり可哀そうなのだ。
夫は愛人がいるし、姑は冷酷この上なし・・・・・
旅先で、ちょっとしたショックで記憶を無くすほどの、脳の病気。そして「残された時間があまりない」という・・・

本来、私は「お涙ちょうだい」のドラマは大嫌いなのだが。

毎回、あの桜と今井美樹が楽しみで、見ることになりそうなのだ。



新女王誕生

20110123

昨日は、午後テニスを楽しんで家に帰ってから卓球漬け。
録画しておいた準々決勝からの試合を見て、夜8時から始まった決勝には釘付けだった。
石川佳純(17歳)×藤井寛子(28歳)である。

最初に藤井寛子について書こう。
決勝は三度めである。過去二回は、いずれも平野早矢香に敗れている。
今回は、その平野早矢香を準々決勝で破って決勝進出。
「今度は私の番だ」と。
すでに28歳。どうしたって、私は藤井を応援してしまった。
「石川、おまえはまだ若い。これからもいくらでもチャンスはある。」と(笑)
敗れはしたけど、試合中にいろいろ工夫を見せたりして、立派な戦いぶりだったと思う。
すごく多い卓球人口のなかで、三回も決勝進出だけで立派!!
110123pinpon01.jpg


石川は強かった。
見ていて、全然ブレない。
レシーブに定評のある藤井を振り回すサーブがすごい。
ラリーになると、藤井のバックのコースの多彩さで石川の動きの逆をつく場面もけっこうあって、伯仲していたのだが。
肝心の局面での石川のサーブがすごかった。
圧巻は最後の最後。
マッチポイントになって、藤井が一つポイントを取って1点差になったところでタイムアウト。
この辺の冷静さもすごい。
17歳のやることじゃない。
そして、藤井を空振りさせる「新サーブ」である。
この日初めてのサーブをここで使っているのである。
これには驚いた。
それだけサーブの武器が多いんだ。

その瞬間、両手を突き上げ、5度ガッツポーズ。佳純スマイル全開で観客に手を振っていた。
110123pinpon02.jpg


優勝会見では「喜びを応援してくれた人たちに伝えたい」と顔を覆い大泣きしてしまい、再開しようとしても涙が止まらず、3分間中断したというから、その辺は可愛いものだ(笑)
110123pinpon03.jpg


小学生の三人が一回戦を突破しているし、卓球はこれからどんどん面白くなるな。

福原愛ちゃんが優勝できないのが不思議。
世界ランク8位で、国内トップのランクなのに、全日本で一度も優勝していない。
気が良すぎるのかな。
いつも全日本チームで一緒に戦っている選手同士だから、やりにくいのかもな。
単身中国に乗りこんでいって武者修行など、愛ちゃんのひたむきな努力はすごいと思う。
石川とか、愛ちゃん目標にしてきた若手が育ってきたので、今のうちにタイトルは取らせてあげたいと思うのだが。

平野早矢香が準々決勝で消えたのも寂しかった。
彼女の戦いぶりが好きだ。
まだまだ頑張って欲しい。

フィレンツェ/ヴェッキオ宮殿前広場

20110121

朝、ホテルから近くまでバスで行き、ちょっと歩いてヴェッキオ宮殿前に行く。
となりのウフィツィ美術館に入る前に、30分ばかり自由時間。
広場にある彫刻を見てまわる。

ヴェッキオ宮殿前
110121fileze01.jpg


興味深い彫刻が並んでいる。
110121fileze02.jpg


110121fileze03.jpg


110121fileze04.jpg


110121fileze05.jpg


110121fileze06.jpg


110121fileze07.jpg



2005年10月8日 撮影

第1番大山不動尊大山寺/関東三十六不動霊場

20110119

詳細な記事は、拙ホームページにあります。
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/ooyamafudou.html


昨日、18日に行ってきました。
8のつく日がご開帳日だということなので、18日にお参りしたというわけです。

参道のちょっと下で車を置き、お土産屋さんが並んでいる参道の食堂で「ちから蕎麦」を食べて腹ごしらえ。
お餅がたっぷり入っていて、元気満々で歩き出しました。
参道を抜けると、ケーブルカーの駅と、男坂、女坂の分かれ目に来ます。
110118ooyama01.jpg


女坂に「七不思議」ありということで、これを全部見るため歩いて登ります。
110118ooyama02.jpg


こんな石段の続く山道です。
110118ooyama03.jpg


女坂の七不思議、その1「弘法の水」
「弘法の加持霊水」とも言い、弘法大師が岩に杖を突いたら、その跡から清水がこんこんと湧き出たという。
夏でも枯れることがなく、いつでも水の量が変わらないという。
飲んでみたら、やさしい感じの水だった。
110118ooyama04.jpg


女坂の七不思議、その2「子育て地蔵」
最初は普通のお地蔵さまとして安置されたが、何時のころからか顔が童に変わっていた。
この地蔵に祈ると、子がすくすくと育つと言われている。
110118ooyama05.jpg


女坂の七不思議、その3「爪剪り地蔵」
弘法大師が道具を使わず、一夜のうちに手の爪で彫刻されたと伝えられている。
110118ooyama06.jpg


女坂の七不思議、その4「逆さ菩提樹」
上が太くて、下が細く、逆さに生えたように見えることから「逆さ菩提樹」という。
これは二代めだそう。
110118ooyama07.jpg


女坂の七不思議、その5「無明橋」
話をしながら通ると、橋から下に落ちたり、忘れ物や落し物をしたり、悪い事が起こるという。
110118ooyama08.jpg


女坂の七不思議、その6「潮音洞」
祠に近づいて心を鎮め、耳を澄ませると遠い潮騒が聴こえるという。
登って行って、耳を澄ませた。
聴こえたような気がする。
聴こえないと損だ・・・・という気がかなりしていたようだが(笑)
110118ooyama09.jpg


女坂の七不思議、その7「眼形石」
人の眼の形をしたこの石に手を触れてお祈りすれば、目の病が直るという。
下から仰ぎ見ると、瞼と目じりとかに見えるのだが、上から見たらビックリ。
恐竜ではないか(笑)
この迫力、すごいと思う。
110118ooyama10.jpg


女坂の途中にあった「前不動」
かなり荒れていた。
110118ooyama11.jpg


倶梨伽羅堂(八大竜王堂)
110118ooyama12.jpg


本堂の前の石段の両側に、36童子が並んでいた。
110118ooyama13.jpg


全部写真を撮ったが、この寺に縁づけられている「矜迦羅童子」を紹介しておきます。
110118ooyama14.jpg


本堂
110118ooyama15.jpg


110118ooyama16.jpg


鳳凰の彫刻
110118ooyama17.jpg


ここにも不動明王が
110118ooyama18.jpg


龍の彫刻
頭に締め縄がかかっていて、窮屈そう(笑)
110118ooyama19.jpg


本尊の「鉄(くろがね)造不動明王」
110118ooyama20.jpg


ご朱印をいただきました。
110118ooyama21.jpg


 大山寺は、奈良の東大寺を開いた良弁僧正が、天平勝宝七年(755)に開山したのに始まる。
 良弁僧正は相模国に生まれたが、間もなく鷲にさらわれて金鷲寺に入りそこで育った。晩年に及び、僧正は父母を慕い当地を訪れて大山に登った。
 嶺上に到ると、僧正は地面から五色の光が出ているのを見出し、不思議に思い岩を掘り返してみると石像の不動明王が出現した。有難くも尊い像と、早速山頂に安置して加持を修し、不動明王を拝した。すると僧正の眼の前に光り輝く不動明王が現われ、僧正に霊託を告げ始めた。
 不動明王から、この山が禰勤菩薩の浄土であり、釈迦の代りにこの山に出現して法を守護し衆生を利益しているとの託宣を受けた僧正は、この尊い不動明王の御姿をうつして像を謹刻し、さらなる衆生の救いを祈ったのである。
 不動尊による衆生済度を発願した良弁僧正は、しばらく東大寺を離れる許しを得るため、一旦奈良に戻った。聖武天皇は東国にも仏法の光を及ぼしたいと、僧正に勅願寺の宣下を賜わった。天皇の勅許を得ると、東大寺建立の際に協力した工匠・手中明王太郎を伴って大山に戻り、三年間当地に住して伽藍を整えた。
 こうして大山不動は東国における最古の不動尊霊場として開山され、国家鎮護の霊場として栄えたのである。

 その後、徳一菩薩の招きにより、大山寺第三世として弘法大師が当山に入り、数々の霊所が開かれた。

大師堂
110118ooyama22.jpg


青銅製の寶篋印塔
細部の彫刻が素晴らしい。
110118ooyama23.jpg


110118ooyama24.jpg


倶梨伽羅の滝は凍りついていた。
110118ooyama25.jpg


大山寺の名物「かわらけ投げ」
かわらけを崖下に投げると、厄落としに効き、崖下に設けた直径2.5mの「福輪」を通すことができれば、幸運をもたらすとか。
110118ooyama26.jpg


110118ooyama27.jpg


「雲折々 人を休むる 月見かな」 芭蕉
110118ooyama28.jpg


「山寒し 心の底や 水の月」 芭蕉
110118ooyama29.jpg


平和観音(十一面観音)
けっこう官能的な姿だった。
110118ooyama30.jpg


110118ooyama31.jpg


頭に頂く各面は、ちょっと雑な感じだ。
110118ooyama32.jpg


平和観音の前からは、見晴らしが良くて、海まで見渡せた。
110118ooyama33.jpg


帰りは、ケーブルカーで下まで降りた。
「大山寺」駅で、上からのと下からのがすれ違う。
110118ooyama34.jpg


(了)


ベニスに死す

20110117

110117venice01.jpg


監督 ルキノ・ヴィスコンティ
原作 トーマス・マン
音楽 グスタフ・マーラー
出演
ダーク・ボガード:アッシェンバッハ
ビョルン・アンドレセン:タジオ
シルヴァーナ・マンガーノ:タジオの母
ロモロ・ヴァリ:ホテル支配人
マーク・バーンズ:アルフレッド
マリサ・ベレンスン:アッシェンバッハ夫人

1971年(昭和46年)製作・公開されたイタリア・フランス合作映画。

マーラーの交響曲第5番の第4楽章アダージェットは、もともとは作曲者が当時恋愛関係にあったアルマにあてた、音楽によるラブ・レターである。
この美しい旋律は、聴いていて琴線を揺らすことこの上ない。
これを使った映画があって、評判だということは知っていたが、まだ見てなかった。
このあいだ、マーラーの交響曲第5番を二度目に取り上げたとき、matsumoさんからこの映画についてのコメントがあり、やはり見なきゃなあと思ってアマゾンで検索したら、なんと980円で手に入りました(笑)

観たら、やはり良かったなんてものじゃないです。
素晴らしかった。

物語
1911年のべニス。
グスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は休暇をとって、ひとりこの水の都へやって来たドイツ有数の作曲家であり指揮者であった。

蒸気船やゴンドラの上で、さんざん不愉快な思いをしたグスタフは避暑地、リドに着くと、すぐさまホテルに部屋をとった。サロンには世界各国からの観光客が集まっていた。グスタフは、ポーランド人の家族にふと目をやった。
母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師、そして、母親の隣りに座った一人の少年タジオ(ビヨルン・アンドレセン)にグスタフの目は奪われた。
すき通るような美貌と、なよやかな肢体、まるでギリシャの彫像を思わせるタジオに、グスタフの胸はふるえた。その時からグスタフの魂は完全にタジオの虜になってしまった。
北アフリカから吹きよせる砂まじりの熱風シロッロによってべニスの空は鉛色によどみ、避暑にきたはずのグスタフの心は沈む、しかも過去の忌わしい事を思い出し、一層憂鬱な気分に落ち込んでいった。ますます募るタジオへの異常な憧憬と、相変らず、重苦しい天候に耐え切れなくなったグスタフは、ホテルを引き払おうと決意した。出発の朝、朝食のテーブルでタジオを見た、グスタフは決意が鈍った。だが駅に着いたグスタフは、自分の荷物が手違いでスイスに送られてしまったと知ると、すぐにホテルに引き返した。勿論グスタフの心は、タジオとの再会に、うちふるえていた。タジオへの思いをグスタフはもう隠そうともしなかった。タジオの行く所、いつも、グスタフの熱い眼差しが後を追った。タジオも、ようやく気づき始めているようだ。

しかしこの頃、べニスには悪い疫病が瀰漫しはじめていた。
街のいたる所に、消毒液の匂いが立ちこめ、病い冒され、黒く痩せ衰えた人々が、行き倒れになっていた。しかし、観光の街べニスにとって旅行者に疫病を知られることは死活問題であり、それをひた隠した。何とか聞き出したグスタフはそれが、真性コレラであることを知った。グスタフは、それでも、べニスを去ろうとはしなかった。
ただ、タジオの姿を追い求めて、さまよった。精神的な極度の疲労の中、肉体もコレラに冒され、浜辺の椅子にうずもれたグスタフの目に、タジオのあの美しい肢体が映った。海のきらめきに溶け込んでゆくかの如き、タジオの姿にグスタフの胸ははりさけんばかりとなり、最後の力をふり絞って差しのべた手も、遂に力尽き、息絶えた。


原作者トーマス・マンは、この小説を執筆するに当たって、主人公を老作家としていた。しかし監督のルキノ・ヴィスコンティは、原作者の真の意図を汲み、主人公の「グスタフ・アッシェンバッハ」をマーラーらしき人物に「再転換」している。また、同時代の作曲家であり、マーラーと親交のあったアルノルト・シェーンベルク(アルフレッド)をも登場させ、二人の「美」についての論争は、この映画全体に満ち溢れる「対比」の主体軸となっている。


だから、グスタフの回想にアルマだとすぐわかる女性、幼くして亡くなった娘が出てくるので、「グスタフ・アッシェンバッハ」と「グスタフ・マーラー」が嫌でも重なってしまう。
えっ、マーラーってベニスで死んだんだっけ?
と映画を観終わってから確認する始末だった。それはまったく違っていたが(笑)

なんとも美しい映画だ。
全篇に流れる感傷的なマーラーの五番の第四楽章のお蔭で、この作品は耽美の極みに観る者を浸らせる。
少年は、たしかに美少年だとは思ったが、私にはそれ以上のものではなく、やはりヴェネツィアの情景と「アダージェット」のからみが私を酔わせる。
なにしろ、次にまたイタリアに行くときには真っ先にヴェネツィアに行きたいと思っているのだから。
死にかけていくグスタフの目に見える、ピンクの光に染まったヴェネツィアの浜辺の美しいこと・・・・・
流れる「アダージェット」の旋律の美しいこと・・・・・・

余談
その後、アンドレセン少年が辿った道のりは非常に険しいものだったようです。
同性愛者のヴィスコンティ映画の主役の美少年ということで常に同性愛のレッテルを貼られ(ヴィスコンティが発掘した若者は彼の愛人である場合が多いので…)、会ったこともないアメリカ映画界の大物の同性愛者の愛人という噂が立ったり…、パパラッチに追い掛け回され、もうウンザリ!!と映画界から引退しますが、1977年あたりから出身地のスウェーデンでテレビなどに出始め、俳優、ミュージシャンとしてかなり地味にあまり人目に出ない程度に活動しているようです。
ネット時代となってから一気に情報が増え、「あの人は今?!」の常連らしく、この映画のことについてネットで調べているときには、この関係の記事の多いこと(笑)

110117venice02.jpg



カレー工房・りとるほっと(埼玉県狭山市)/カレー

20110115

110115hot01.jpg

今日は朝からテニス。暖かくて気持ちよく汗かいて、家に帰って昼食、といつもならカミさんが用意して待っているのだが・・・・・・・
今日はいろいろと買い物に回るので、家に戻るのは2時過ぎる。どこかでお昼食べてくれ、とカミさん。
いままでなら、こういう時はコンビニでおにぎりを買ってきて家で食べておしまい。

カレーのカテゴリー作って、出かけた先でカレー食べるのはいいけれど、近場でも探してみようかとネットで漁ったら興味深いのを見つけたので、食べに行きました。

それは「チーズカレー丼」

お店は、住宅を改造した感じですね。
110115hot02.jpg


若い男性が一人でやっていました。

メニューから選んだのは「採れたてほうれん草のチーズカレー丼」。800円。
辛さは、甘口・大人の甘口・中辛・辛口の中から、中辛でお願いしました。

お店にあった「スパイス名人宣言」という本を読みながら待っていると、
来ました(嬉)
110115hot03.jpg


お店の説明によると、カレーは、たっぷりの野菜、果物、季節に合わせた約20種類のスパイス、隠し味に八丁味噌とのこと。

カレーは、やはり野菜と果物が効いているのでしょう、中辛でもけっこう甘く感じました。
それとチーズがやはり勝っている感じでした。
お店の人が辛味オイルを持ってきてくれたので、これで調節すると自分好みの辛さになり、すごく美味しくなった。

ライスは野菜のスープで炊いてあるそうですが、雑穀みたいなのが入っていて、やはり普通の丼とは食感が違っていてカレーとマッチしていると思った。

木のスプーンが良い感じでしたね。
110115hot04.jpg


場所は、西武新宿線新狭山駅南口から徒歩7分



第11番石神井不動尊三寶寺/関東三十六不動霊場

20110113

詳細な記事は、拙ホームページにあります。
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/shakujiifudou.html

11日に、関東36不動尊のうち11番札所の「石神井不動尊」に行ってきました。
11年1月11日に11番というわけです。

三寶寺は後小松天皇の応永元年(1394)、鎌倉大楽寺の大徳・大僧都幸尊法印の開山である。
その後三賓寺は豊島氏の帰依をうけ、勅願寺となり、小田原北条氏から寺領を寄進され、寺運次第に隆盛となった。
文明九年(1477)四月、太田道濯は石神井城を攻め、これを落城させたのち、城主豊島氏の菩提を弔うため、三賓寺を現在地に移建した。
江戸城に入府した徳川家康も先現に従って朱印地を与えた。
盛時には関東11談林の一つとして、塔頭6ケ寺・末寺60余ケ寺を有し、五ケ村鎮守氷川神社の別当として弁財天、水天宮、愛宕社等々の管理運営をしていた。
しかし文久年間など二度の火災に見舞われ、寺宝は灰燵に帰し、御成門のみが当時の面影を残すのみである。

御成門
この寺で最も古い建物で建立後およそ三百余年といわれ、徳川三代将軍家光が狩猟の際時々立ち寄られたところから御成門と称せられている。
110113shaku01.jpg


獅子と象の彫刻
110113shaku02.jpg


獏の彫刻
110113shaku03.jpg


もう一つの門、「長屋門」
旧勝海舟邸の屋敷門。練馬にあったが所有者の都合で取り壊されるところ、この寺に寄贈された。
110113shaku04.jpg


長屋門前の石仏
110113shaku05.jpg


本堂
110113shaku06.jpg


彫刻が見事
110113shaku07.jpg


110113shaku08.jpg


ここの木鼻には、普通龍の彫刻が多いが、天女の彫刻は珍しい。
しかも、この天女、よく見ると立派な翼を持っているではないか(驚)
これでは西洋の天使だよ。
110113shaku09.jpg


110113shaku10.jpg


本堂前の灯篭には、葵の紋が
110113shaku11.jpg


本堂本尊の「大聖不動明王」
110113shaku12.jpg


本尊の前に、孔雀に乗った「紅頗梨色(ぐはりしき)阿弥陀仏」
110113shaku13.jpg


本堂脇の社務所で、ご朱印を頂いた。
110113shaku14.jpg


根本大塔
110113shaku15.jpg


平和観音(十一面観音)
高さ9m、一つの石から彫り出されている。
110113shaku16.jpg


110113shaku17.jpg


十一面をアップで
110113shaku18.jpg


110113shaku19.jpg


真後ろの暴悪大笑面がいつも気になる。
110113shaku20.jpg


大師堂(奥の院)
110113shaku21.jpg


ここの弘法大師さんは、こんなお姿でした。
110113shaku22.jpg


出世大黒天堂
110113shaku23.jpg


このお寺の松は、とても立派
110113shaku24.jpg


立派な寶篋印塔
天明元年(1781)造立のもの
110113shaku25.jpg


如意輪観音堂
110113shaku26.jpg


如意輪観世音菩薩
110113shaku27.jpg


鐘楼の脇のイチョウがすごく立派
110113shaku28.jpg


六地蔵
110113shaku29.jpg


六地蔵と並んでいる石仏
110113shaku30.jpg


その足元に、こんな可愛らしい石仏が
110113shaku31.jpg


八十八ケ所お砂踏み霊場があった。
境内の林の中に、石仏はなく、場所と本尊を記した石碑が並んでいる。
110113shaku32.jpg


(了)

MINAミナ(東京・上井草)/カレー

20110111

今日は、石神井不動尊に行きました。
11年1月11日なので、11番札所(関東36不動)に行こうという訳です(笑)
最寄駅が、西武新宿線上井草駅なので、この周辺にカレーのお店がないか調べて、食べてきました。

お店の外観
110111mina01.jpg


店内の様子
110111mina02.jpg


110111mina03.jpg


インド人の男性二人で、接客と料理の両方をやっていた。
片言の日本語でオーダーを取りにきた(笑)

オーダーしたのは、ランチの中の「ミナ・スペシャルセット」。
2種類のカレーと、ナン、ライス、サラダ、ドリンクのセットで980円。

カレーは、マトンカレーとナブラタンカレー(9種類の野菜と木の実)にし、
ドリンクはマンゴーラッシーにしました。

やってきたのは、ドーンと上にナンが乗っかっている(笑)
110111mina04.jpg


ナンをめくったところ。
左がマトン、右がナブラタン
110111mina05.jpg

辛さは、甘口、普通、中辛、辛口、激辛があり、私は中辛にしました。
あまり辛くなかったので、日本人の好みに合わせてるのかな。

マトンカレーが美味しかった。
マトンのお肉も、しっかりしたのが入っていた。

ナンが大きくて、美味しかった。
途中で、「ナン、モットイルカ?」と聞きに来た。おかわりできるらしい。
ライスもあるし、ナンもたっぷりだったので、断ったが、一瞬迷った(笑)


ヘッドフォン・アンプ・LUXMAN P-1u購入

20110108

昨日秋葉原で購入したヘッドフォン・アンプが今日届いた。
また音が良くなったので喜んで聴きながら、これを書いている。

ヘッドフォン・アンプが必要な理由は、オーディオに詳しい方ならご存知と思う。
インピーダンスが低い質量のあるスピーカーを大音量で駆動するパワーアンプと、インピーダンスが高い軽量な振動系のヘッドフォーンを小音量で駆動するヘッドフォーンアンプは目的が異なるので当然設計が根本から違ってきます。
アンプのヘッドホン出力があるんじゃないの? と思う人がいると思いますが、
ここには普通、スピーカーへの出力端直前から分岐したものに抵抗を一本入れて出力を下げ、ヘッドホン端子としています。
実はこれがくせもので、ドン!と百分の一くらいに出力下げてしまったら、音の襞がどうなるんでしょう。音質を劣化させているんですよね。
ヘッドホンを鳴らすのにスピーカーを駆動させるような大出力はいりません。つまり、繊細な音質のための専用の小出力のアンプが一番よいのですね。

それで、1年前SACDプレーヤーを買う時、一緒にヘッドフォン・アンプも買おうと検討しました。
そしたら、マランツのSACDプレーヤーのヘッドフォン出力回路が専用に設計されたもので優秀で、特集記事で、こういう選択肢もあるよと、マランツのSACDプレーヤーのヘッドフォン出力を推奨している記事もありました。
で、ヘッドフォンで聴くときはマランツのSACDプレーヤーから聴くことにして、マランツを購入したわけです。
いまはこれで我慢して、いずれラックスマンの「P-1u」を買おうと。

それで、苦節1年(笑)
ついに我が家の大蔵大臣の許可が下り、昨日喜んで飛んで行ったという訳。
秋葉原に行ったのは、以前ヘッドフォン特集の本を見たときに紹介されていて、今回ぜひのぞいてみたいお店があったから。
そのお店は「ダイナミックオーディオ5555」という。
http://www.dynamicaudio.jp/

入ってみると、一階はすべてヘッドフォンで占められている。ズラッとヘッドフォンが並んでいる姿は壮観である。
購入する機種は、もう決まっている。ラックスマンの「P-1u」である。
だって同じ価格帯で競合機種が無いのだから。
いわば「孤高の機種」
私が探せた範囲では最強です。
せっかくだからと思いCDを持参していたので、「P-1u」が試聴できるか聞いてみた。
さすが専門店、ちゃんと試聴用にセットされていました。
試聴のゆったりしたチェアが何台も並んでいて、たぶん休日は混みあっているんじゃないかと思いました。
ヘッドフォンは、ゼンハイザーのHD800で聴くことにした。
これは、次に狙っている機種。
いやあ、素晴らしくて震えが来ました。

あとは値段と在庫の確認。
前夜にアマゾンで166,000円だということは確認している。
提示された値段は、それよりも下回っていた(Good!)
在庫は、1台だけあるという。

もう、ここで買っても良いという気持ちだったが、いちおうヨドバシカメラ秋葉原に回った。
「P-1u」は展示されていて、値段もポイントを考えれば、まあまあといったところ。
だが、在庫が無いという。係員がメーカーに電話してくれたが、メーカーにも在庫なし。
なので、いつ入荷になるか見当つかないと云う。

あわてて、「ダイナミックオーディオ5555」に飛んでいって購入しました(笑)

で、今日届いて、さっそくセットして聴いています。

いまレイアウトをあれこれ考えていて、とりあえず乱暴だけれどSACDプレーヤーの上に置いちゃいました。
110108luxman01.jpg


厚さは薄いが、幅と奥行きは、まったくマランツと同じ。
110108luxman02.jpg


中央に「LUXMAN」のロゴが輝いてます。
110108luxman03.jpg


「P-1u」は、パラレル・プッシュプル構成の強力なパワートランジスターによる純A級2W/8Ωのハイパワー回路に加え、Luxman独自の高音質帰還回路ODNFを採用しています。
ハイファイアンプでは特性を改善するために、出力の一部を入力側に戻す(フィードバックする)仕組みを持たせますが、LuxmanのODNFはこのフィードバックを出力の歪成分だけに限定することで、その仕組みが持つ、初期反応の遅れや帯域による音色の不統一感などの短所を一蹴してしまうもの。歪以外の音声信号にはフィードバックがかからないため、音楽の立ち上がりの遅れが無く、低音域から高音域までタイミングと音質が揃ったスムーズな出音が特徴です。

聴いて、やはり分解能が抜群。各楽器の音がいままでより鮮明に。そして「静寂感」が増した。
音が「浮いて」聴こえる。音の立ち上がり、消えが速いから、そう感じるのだろう。

微細でデリケートな演奏表現を、とことん感じ入っています。
綺麗な音ですね。素晴らしく自然に、癖がなく、クリアサウンドを響かせてくれています。

今いろんなCDを引っ張り出して、いろんな音を確認していますが、楽しくてたまりません(笑)


ベンガル(秋葉原)/カレー

20110107

110107ben01.jpg

今日、秋葉原に買い物に出かけましたが、例によって良いカレー屋さんあるかな、とネットで調べました。
そしたら1973年創業、秋葉原で一番古いカレー屋さんが見つかったので、ここに行くしかないでしょう(笑)

店内の様子
110107ben02.jpg


メニューは「ベンガルカレー」と「インド風カレー」とありますが、食べたのはやはり創業当時からだという「ベンガルカレー」のほう。

ベンガルカレーとは、創業当時から続く特製の純カレー粉を使用したカレー。数日かけて作り出すソースは、もちろんお店で全て手作り。

ソースは共通で、具によってメニューがいろいろありますが、私が頼んだのは「ビーフ角切りカレー」
プラス200円のセットでサラダとドリンクがつくので、頼みました。
ドリンクはマンゴーラッシーにした。
110107ben03.jpg


ビーフ角切りは、こんなに大きく、フワフワで美味しかった(嬉)
110107ben04.jpg



カレーは「中辛」を頼みました。
辛さが全然嫌な感じがなく、ほどほど辛いけどマイルド。
美味しかった。

テーブルに置いてあったピクルスが5種類あって、どれも美味しかった。
マンゴーラッシーも、しっかりした味で、すべて本格的にきちんとやってることがわかりました。

メニューにいろいろ美味しそうなものがあるので、これから秋葉原に行ったときはここで食べることになりますね。

お店のHP
http://www.bengal-curry.com/

コンラッド・ヘンケル

20110104

110104henkel.jpg

作出年 :1983年
作出国 :ドイツ
作出者 :コルデス
花 形 :剣弁高芯咲き
芳 香 :微 香
開花期 :四季咲き
分 類 :ハイブリッド・ティ・ローズ

花色は光沢のある緋紅色で、赤いバラの典型的な色。
なんだか由緒ただしき正統派のバラ、って感じです。

濃い紅バラの花ことばを調べたら、ちょっと驚きました。(笑)
「内気な恥じらい」

香りは、微香性ですが、感じのよい香りでした。

この名前の由来を調べたら、戦後のドイツ復興に貢献した建築家の75才の誕生日を記念して贈られたということでした。


2010年6月10日 旧古河庭園にて

明けましておめでとうございます

20110101

110101nenga.jpg


今年もよろしくお願いします
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop