中原の虹/浅田次郎

20110528

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中国の歴史小説は、どうしてこうも面白いのだろう。
折にふれて何度も読み返しているのは、北方健三の「三国志」、「水滸伝」。
その「水滸伝」の続編「楊令伝」15巻を読み終わってしまった。
その脱力感のなかで、思い出したのがどこかで推薦されていた、この本である。
しかも時代が、ラストエンペーラーの直前という、私にとってはかってどんな本でも読んだことのない時代であって、そういう意味でも新鮮に読み始めることが出来た。

どうもこれは、つい最近テレビで放送していたのだが私はどういうわけか見る機会がなかった「蒼穹の昴」の続編らしい。が、それはかまうものか、これを読んで面白かったら、遡るかたちで「蒼穹の昴」も読めばいいのではないかと読み始めた。
そしたら実に面白い。

舞台は清朝末期の光緒33年(明治40年、1907年)から民国5年(大正5年、1916年)6月の中国。海外列強により蚕食されつつある状況を憂いた西太后は、かつて幽閉した光緒帝と共謀して自身の手で清を滅ぼすことを決意。落日を迎える清朝に代わり覇権を握らんと各地の軍閥がしのぎを削る中、占い師に王者となると予言された馬賊の張作霖は、己の野望を叶えるために苛烈な戦いに身を投じる。その戦いは、彼に従う李春雷や周囲の人間たちの運命を大きく変えていくことになる。


まず、張作霖って聞いたことあるけど誰だっけ、である。
よっぽどウィキで調べようかと思ったが、我慢した。たぶんそのほうが新鮮に読める。

新たな登場人物達を占い師の老婆「白太太」がいちいち占っては先行きを示してくれるという紹介が続くので、ちょっと笑ってしまった。面白い趣向である。


馬賊の李春雷は、張作霖に大金で買われ、二人は中国を統べる者が持っているという伝説の「龍玉」を探しに行く。そして「龍玉」を掘り当てるのだが、このあたりの描写には一気に魅了された。
そして探し出した「龍玉」をポンと自分の息子(張学良)に与えてしまう。これにも参った。

氷雪吹きすさぶ過酷な満州の大地の描写がすごい。
そこを馬で駆けまわる馬賊の生活はやはりジンギスカンとかヌルハチをほうふつとさせる。
その、清の太祖、満州国のヌルハチが、勇敢な軍勢で満州を制圧し、その息子達は更なる平安を求め、長城を挟んだ明国との戦いに挑むという話も登場してくるから、いやいや本当にスケールの大きい悠久の時を刻む物語になっている。

もう一つの軸として李春雲と兄の春雷の物語がある。貧しさのために、兄は弟と家族を捨てて命を張って金を稼ぐ馬賊になり、春雲は男の一物を切りとって宦官になる。普通に家族みんなで生き延びることが出来ないくらいの貧しさが蔓延する国で、春雲は西太后の側近となり、春雷は東北王と呼ばれ慕われる張作霖の部下になり、
立場は全く違えども、彼らはいつのまにかその国を動かす立場に立っていて、やがて二人は再会する。

出てくるキャラクターはみんな魅力的。これは浅田次郎のうまさなのだが、新キャラクターが登場し、その人物について2~3ページも読むと読者はすっかりファンになってしまう。とにかく人物描写が巧みで、一つ一つの台詞に血が通っている。
龍玉の伝説のくだりとか、ヌルハチの統一に向けた戦闘シーンとかが現れてくるのは、まるでファンタジーでもあり、ストーリーは平易だが、美しく、テンポ感があり、どんどん読み進むことができるのがいい。


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生田緑地ばら苑

20110525

今日行ってきました。
5月21日にちょっと触れましたが、以前訪れた「向ヶ丘遊園バラ園」が閉鎖されたと聞き、寂しく思っていました。
しかし、当時存続を求める多くの市民の声に応え、2002年に川崎市が引き継いで、「生田緑地ばら苑」として続いていることがわかったので、今日訪問しました。
春と秋に開放されるということで、春の部は6月5日までだそうです。

行ってみたら、以前の「向ヶ丘遊園バラ園」とまったく同じ敷地、広さでした。
嬉しかったですね。
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この広さのものを、10年も維持してこれたのは、この付近のバラ愛好家の努力以外にありませんね。
ほんとうに、只々敬服しました。
入場料金は無料です。
ただ、苑内で「ばら苑募金」をしていました。
私は、ちょっと嬉しくてたまらなかったので、ほんのちょっと多めに志を入れたのですが、係の方が喜んで絵葉書を2枚サービスしてくれました(笑)

苑内の景色
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だいたい(あたりまえかも(笑))、以前と同じ場所に同じものがあったので、記憶をたどりつつ写真を撮ってきました。
新たにゲットした種類は34種でした。
そのうちの幾つかを紹介しておきます。

のぞみ
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レッド・ホット
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サンダンス
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グランデ・アモーレ
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レディー・ペンザンス
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ジーナ・ロロブリジーダ
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ブレース・オブ・グローリー
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ステファニー・ドゥ・モナコ
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プリンセス・アイコ
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紫雲

20110524

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系統: HT ハイブリッドティー
作出:1984年 鈴木省三
花 色:深みのある赤紫色
香り 微香

花は理想的な剣弁高芯咲きで整った花形で、花の色は濃く赤みのある紫色で、弁裏は赤みがやや強い。

いままで「青いバラ」というのは夢でした。
というのは、薔薇が持っている色素には青がまったく含まれていないためです。
それでも、人間の執念というのはすごいもので、
「遺伝子組み換え」とかバイオ技術が発達してきて、現実的なものになりそうな感じになってきました。

一方で私の気持ちとしては、「自然の摂理」というものを大事にして欲しいなという気持ちがあるのですが。

いままで、「青いバラ」は無理としても、それでは「限りなく近いもの」ものをと、
作出家の方々は努力してきました。

その先駆けは、1964年にドイツのマシアス・タンタウが作出した「ブルー・ムーン」です。今でも活躍していますね。

私がブログで、いままで紹介した薔薇では、「マダム・ヴィオレ」がそうですね。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-24.html

1981年に寺西菊雄氏が作出した薔薇で、紫色が好きだった美空ひばりに愛されて、ひばりさんの葬儀にも飾られたという薔薇です。

私が敬愛する、世界に「ミスター・ローズ」と認められた鈴木省三さんも、努力を重ねられました。
この「紫雲」はその途上の作品です。
ほかに1973年に「青空」、1989年に「パステル・モーブ」、そして1993年「紫香」を作出しています。


2005年5月 国際バラ展にて撮影

山河

20110523

私はやはり、多少不自由でも、放射能汚染のない美しい日本の自然を残したい。


作詞:小椋佳
作曲:堀内孝雄

人は皆 山河に生まれ、抱かれ、挑み
人は皆 山河を信じ、和み、愛す

そこに 生命をつなぎ、生命を刻む
そして 終いには 山河に還る。

顧みて、恥じることない足跡を山に残したろうか
永遠の 水面の光増す夢を 河に浮かべたろうか
愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと。

歳月は 心に積まれ 山と映り
歳月は 心に流れ 河を描く

そこに積まれる時と、流れる時と、
人は誰もが 山河を宿す。

ふと想う、悔いひとつなく悦びの山を 築けたろうか
くしゃくしゃに嬉し泣きする かげりない河を抱けたろうか
愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。

顧みて、恥じることない足跡を山に残したろうか
永遠の 水面の光増す夢を 河に浮かべたろうか
愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと。



以上、昨夜書き込みました。

今朝の朝日新聞の「天声人語」の記事を読んで追加したくなったので、以下にその記事を載せておきます。

「八十八夜」 歌に名高い茶摘みの季節である。この時期の茶畑は照るよぅに美しい。
作家の岡本かの子は「晴々しい匂いがするし、茶というよりも、若葉の雫をすするといふ感じ」と新茶を愛でた。
そんな一番茶を「刈り捨て」にする無念は、いかほどかと思う。福島第一原発から300キロ離れた神奈川県の茶どころまで被害は及んだ。茨城、栃木、千葉、福島の各県でも茶葉から基準値を超す放射性物質が検出された。
かくも晴れやらぬ五月が、これまでにあったろうか。
「これが最悪、と言えるうちはまだ最悪ではない」、というシェークスピア劇の名句を原発禍はなぞる。
後から後から深刻な事態が明るみに出る。
組織の欺瞞の「最悪」の例として東電の姿は記憶されよう。
国の原子力安全委鼻会も「暗然委員会」だ。その委員長と、経産省や官邸が、今度は「言った。言わない」の内紛という。産学官の、こうした人たちの手の内で、「原子の火」は灯っでいたのだ。
長崎で被爆した歌人武山広さんに一首ある。
「地上にはよき核わるき核ありて蛍の尻のひかる夜となる」。
私たちは原発と国の未来図を、専門家の手から自分たちの手に一度取り戻す必要がある。高すぎる代償で得た一つの教訓として。


サンシルク

20110521

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FL(フロリバンダ)
作出:1974年 イギリス 

レモンイエロー色の半剣弁高芯咲きのバラです。
色もいいけど、香りが強いのでうっとりします。

スプレーバラということなので、家庭で育てている人も多いのでは。

2001年5月6日 向ヶ丘遊園バラ園にて撮影

向ヶ丘遊園バラ園で「キャンドルナイト・ローズ」という催しがあって、行ったときに撮ったのですが、翌年にこのバラ園は閉鎖されたと聞き、寂しく思っていました。
しかし、かたちを変えて残っていると聞いたので調べたら、当時存続を求める多くの市民の声に応え、2002年に川崎市が引き継いで、「生田緑地ばら苑」として続いていることがわかりました。

今年、訪れてみようと思っています。

第5番日吉不動尊金蔵寺/関東三十六不動めぐり

20110519

昨日、ここにお参りしました。
関東36不動のガイドブックに載っている地図では心もとなかったので、グーグルマップを印刷してきたので迷わずにすみました。
さすが慶応の最寄駅。駅の辺は学生ばかり目立ちます。
東横線「日吉」駅から歩いて7,8分でしょうか。

この寺は、弘法大師の甥にあたる天台宗第五代座主・智證大師円珍和尚が東国教化の途中、当地に立ち寄り、地形の比叡山に似ることを機縁として一宇を建立したのに始まる名利である。
円珍はさらに自ら大聖不動明王の御尊像を刻んで中心となる堂に安置し、比叡山と同じく日吉社(山王社)を勧請してその鎮護となした。こうして堂宇を建立し、不動明王を御本尊とする寺院を開基したのである。
「日吉」という当地の地名も、このとき金蔵寺の鎮守として円珍が勧請した日吉社に因むという。
 古来「東三井寺」或いは「新三井寺」と称され、鎮護国家祈願の勅願寺であった。
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入口から境内に入ると、右側に派手な水天堂があります。
柱には竜、4面の破風には、このような獅子、獏の彫刻がある。
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本堂の前にも派手な灯篭があります。そこには、「一隅を照らす」と書かれていました。伝教大師最澄の「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」という言葉からですね。
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本堂に向かいました。鐘と一緒に大念珠が下がっています。
本堂にお参りしたあと、奥さんのお奨めで、大念珠も回してお祈りした。
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御朱印を頂こうと思い、庫裏に行くと住職の奥様らしき人が本堂を開けてくださったので、本堂でお参りをさせていただく。
本堂には、釈迦三尊、不動明王そして寿老人が祀られている。
また、お堂には不滅の法燈があると聞いていたので、どれがそれか教えてもらいお参りしました。
比叡山延暦寺の開山時に最澄が灯した一筋の炎が伝わっています。
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それから奥様にことわって、自由に境内を見て歩いた。
「六地蔵」も立派な建物に祀られていた。
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関東地方には珍しいキリシタン燈籠。江戸時代初期のもので、織部燈籠とも称する。
高さ1.5mもある大きなもの。
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本堂左にある弁天堂。ガイドブックによると、横顔に毘沙門天と大黒天の顔を持つ三面弁財天が祀られている。建物の彫刻がすごい。
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弁天様と龍。繋がりは分かりませんが、この辺りの農業の豊作祈願(雨が降り、日照りを防ぐ)のためでしょうか?

更に奥に進み、奥の院に向かいます。途中にいろいろと祀られている。
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日吉山王権現
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土地の人が奉納した不動明王
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それから、もうちょっと山道を登っていくと、奥の院。
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奥の院にも不動明王が祀られていました。
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奥の院がある山頂の辺は、樹が立て込んでいてほとんど見通せなかった。
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境内に降りてきて、本堂前の松に「横綱武蔵山の遺愛の松」とあるのに気づきました。
調べてみると、昭和10年横綱武蔵山が四国巡業で記念に四国のマツを持ち帰った4本のうちの1本。隣が武蔵山の実家だそうで、金蔵寺に寄進したものだった。
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45貫目の「ちから石」がありました。 168.75kgあります。
今でいうウェイトリフテイング。境内に力自慢が集まって力くらべをしたのでしょうか。
ツルツルの石だから、大変だ。
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あれっと思ったのは、御守や授与品をお見かけしなかった。
向かいに幼稚園を経営していたし、普段はお堂が閉まっているみたいなので、完全に檀家寺でしょうか。
三面弁財天(三面弁才天)の御影札など授与したら、きっと全国的に人気が出そうな気がしますが・・・・

カヴァヌーラ(大倉山)/地中海カレー

20110518

今日は「日吉不動尊」に行ってきた。
例によって、日吉駅周辺で美味しいカレー屋さんはないかなとネットで漁ったら、駅二つずれているが、大倉山駅前のこのお店がどうも美味しそうなので決定。

店名はギリシャ語でスズランを意味するとのこと。
創業当時は「すずらん」という名前のカレー屋さんだったらしい。ギリシャの建築様式で建てられた「大倉山記念館」にちなんで、大倉山駅の商店街が1988年までに街並みをギリシャ調に一新。すずらんも店名をギリシャ語に改め、地中海料理店としてリニューアルを図ったようだ。
お店が入ってる建物の外観。「カヴァヌーラ」は二階。
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こんな経緯から、現在では「地中海カレー」がカヴァヌーラの名物の一つになっているようだ。
お店に入って、出されたメニューはランチセットなどのもので、カレーは「エビ」、「ビーフ」、「野菜」が載っている。
注文を取りに来たので、「地中海カレー」はないのかと聞いたら、「ちょっと待ってください」とカウンターの中に聞きに行った。
そして、「できます」と言ってきたので、それに決定。
聞いてよかった(嬉)
店内の写真
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お店の説明では、カレー・ルウ、小麦粉、片栗粉は一切使っていない。野菜と果物、それに10数種類のスパイスを主原料にして約一週間じっくり煮込んで作った本格カレーとのこと。
期待が高まる。

来ました。
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食べながら確認したら、エビ、イカ、ムール貝、アサリ、ホタテ、イカ、タコが入っていましたね。
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カレー・ソースからは華やかな香りが漂う。
すっきりとした辛さと、野菜や果物が由来と思われる甘みがあるので、とても美味しい。
なにしろ魚介類の具が多いので、食べていて楽しい、楽しい(笑)

サラダなどが付いたセットで1000円くらいが普通なので、単品カレーで1360円というのは、ちょっと高いが、味で納得しました。
それだけ手間暇をかけているということがわかった。
満足しました。


薔薇など撮影

20110517

今日は、写真を撮りに出かける計画だったが、あいにく午後に「雷雨」の予報なので取りやめ。
いつもウォーキングしている公園に「緑化植物園」があり、そこに小さなバラ園があるので、午前中ウォーキングがてら写真を撮った。
まだ全種類の三分の一も開花してなかったが、撮ったのが10種。その中からいくつか紹介。

アブラカダブラ
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緋扇
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光彩
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リオ・サンバ
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それから、ちょっと珍しい植物も咲いていた。

バイカウツギ
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ハンカチノキ
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ユリノキ
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サラバンド

20110516

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作出:1957年 フランス
紹介者:フランソワ・メイアン
品種:中輪多花性 フロリバンダ系
香り 微香
花の色 輝朱色
作出 1968年 A.Meilland フランス
咲き方 一季咲き

フランソワ・メイアンの晩年における最大傑作と言われています。
「メイアン」は、1850年創立の、フランスの園芸育種会社。自社を『バラの創造者および生産者』と定義している。
アントワーヌ・メイアンが創立し、フランソワ・メイアンはその息子。
彼が1935年から1939年にかけ作出したハイブリッド・ティーのバラ、「マダム・アントワーヌ・メイアン」は、第二次世界大戦後に人気を博し、英語圏諸国では「ピース」の名で親しまれた。
すなわち、あの「ピース」の作出者である。
そのほかにも「パパ・メイアン」、「ピエール・ド・ロンサール」などがあります。
ちなみに現在の社長はアラン・メイアンだそうです。


花名のサラバンドとは、17~18世紀にヨーロッパで流行した荘厳な三拍子舞曲のこと。
花色は目を見張るような明るい朱色で、現在あるすべてのバラの中でも出色のものと言えます。

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五百羅漢展/江戸東京博物館

20110513

5月11日であるが、新宿のディスクユニオンでCDをまとめ買いし、「面影屋珈琲店」で美味しいビーフカレーを食べたあと、向かったのが両国の江戸東京博物館で開催されている「五百羅漢展」。
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増上寺に桜を見に行ったとき、このポスターがあり、「なんだ、この絵は」と吃驚して、見るのを楽しみにしていた。
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幕末の絵師「狩野一信」は1816年生まれ。浅草の浅草寺に絵馬「牛若丸と弁慶」を描いて名を知られ、成田山新勝寺不動堂に壁画を描き、その縁で増上寺の住職の依頼で48歳で没するまでに10年の歳月を費やして96幅まで描き、残り4幅を妻・妙安と弟子が補作して仕上げた。
これだけの絵を10年で描きあげるのは、今の画家に言わせたらとうてい無理だと。まったく外出もせずに10年こもりきりで描いたに相違なく、精も根も尽き果てて一信は亡くなったとみられる。

なにしろ一幅が縦3mを優に超すので、増上寺の関係者ですら、掛ける場所が無いので、100幅の全貌を一度に見た者はいままで無かった。
100幅を一度に見られるのは、今回がはじめてだというから、なんとも嬉しい。

とてもじゃないけど、100幅の全貌を説明することすら困難。
7月3日まで開催しているので、興味を持った方は、見に行っていただくより無いですね(笑)

第1幅「名相」(羅漢たちの日常生活)からはじまる。
下では童子が薬研を挽いている。
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とにかく、絵が奇抜でエネルギッシュ。
第19幅「伏外道」の一部
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第22幅「六道 地獄」の一部
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第31幅「六道 修羅」の一部
修羅というと、興福寺の阿修羅像で、得度してからのやさしい「修羅」しかイメージがなかったが、これが本来の「修羅」
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第37・38幅「六道 天」
これは二対のうち後半のですが、両方に天女が描かれている。
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37幅には、有翼の天女
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38幅には、翼のない天女
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さらに、こんな上半身が二人の、有翼の童子が舞っている。
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ここで説明に、有翼の天女のことを「迦陵頻伽」とあった。
有翼の天女については、関東36不動めぐりで「石神井不動」に参ったときに、本堂の彫刻にあるのを見つけた。
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まるで、たとえばダヴィンチの「受胎告知」に出てくる天使の翼のように骨太の翼なので、そういうものから影響されたのか、東西で同じことを考えていたのかな、なんて思っていた。
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「迦陵頻伽(かりょうびんが)」か・・・・・・・
「GIRL・Winged」からナマッて、当て字されたのかなあ・・・・・・
Girlはちょっと無茶では、なんて思いながら帰ってきたのだが。

家で、ネットで調べてみると下記のようなことでした(笑)
迦陵頻伽・迦陵頻迦(かりょうびんが)は上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物。サンスクリットの kalavinka の音訳。『阿弥陀経』では、共命鳥とともに極楽浄土に住むとされる。
殻の中にいる時から鳴きだすとされる。その声は非常に美しく、仏の声を形容するのに用いられ、「妙音鳥」、「好声鳥」、「逸音鳥」、「妙声鳥」とも意訳される。また、日本では美しい芸者や花魁(おいらん)、美声の芸妓を指してこの名で呼ぶこともあった。
一般に、迦陵頻伽の描かれた図像は浄土を表現していると理解され、同時に如来の教えを称えることを意図する。中国の仏教壁画などには人頭鳥身で表されるが、日本の仏教美術では、有翼の菩薩形の上半身に鳥の下半身の姿で描かれてきた。敦煌の壁画には舞ったり、音楽を奏でている姿も描かれている。


さすがの一信も、後半は精も根も尽き果ててきていて、91幅くらいからは目に見えて勢いが失われている。
下絵を一信が描いたものに妻・妙安と弟子が補作して仕上げたということになっているが、まるで別人の絵である。
第100幅「四州 北」
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五百羅漢については、すごく興味が沸いた。
幸い、近くの川越の喜多院に石の五百羅漢があるので、あれを全部撮るのも面白いなあと思っている。


面影屋珈琲店(新宿)/ビーフカレー

20110511

今日は久しぶりに新宿に出た。
まずは「ディスクユニオン」でCDを漁った。
まずまず希望どおりのCDを7枚選んだ。これで7,150円なり。
うち5枚が未開封品。ほんとにこのお店には助かる。

そのあと、お昼は「面影屋珈琲店」でビーフカレーを食べた。

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面影屋のコーヒーは、気に入っている。
ピュアな上質な味が、である。
メニューは、面影屋オリジナルブレンド、面影屋炭火焼きブレンドの2種。
それに、日替わりのストレート。
これをたいてい頼む。一種類しか用意されていないが、例えば「ブラジル」だったら、これぞ「ブラジル」だと納得できるものが出てくる。
あくまで、マイルドでピュアな味。

そして、このお店の従業員に対する教育の厳しさは有名だそうな。なにかの雑誌の特集記事に書いてあった。
マナーの良さは、本当に素晴らしい。
だから居心地がよい。

で、あるときランチメニューの「面影屋特製ビーフカレーセット」を何気なく食べてみて驚いた。
それ以来、ここのカレーを食べるのが楽しみ。
カレーの私にとってのベストファイブ、いやいやベストスリーにだってちゃんと入る。

お店のメニューには、さりげなく「スパイスをオリジナルブレンドした特製カレー」としか書いてないが、本物の上質な味だ。
野菜サラダと、面影屋ブレンドコーヒーorダージリンティが付いて、1200円。
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店内の様子は、ずっと変わらずクラシック。
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サラトガ

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1963年アメリカ、バーナー氏作出
1964年AARS賞受賞

花期/四季咲き
花弁数/20~40枚 
芳香/強香

サラトガ Saratoga はニューヨーク州北部、ハドソン川上流にある地名で、アメリカ独立戦争中の1777年9-10月、アメリカ大陸軍がイギリス軍を破った 「サラトガの戦い」 があったところです。
この戦いの後フランスが公然と大陸軍を支援することとなり、独立戦争の分水嶺になりました。

記念の地名は数代にわたり軍艦に名づけられています。
調べてみると1853年浦賀に来航したペリーの旗艦サスケハナ号以下4隻の中に帆走軍艦サラトガ号があります。
また現代では空母サラトガが太平洋戦争に活躍しました。

花色は白の八重咲き。中心はクリームホワイトで、強い香りがあります。


2006年6月17日 神代植物園にて


The Way We Where(追憶)/バーブラ・ストライサンド

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2006年10月 フロリダ
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この歌が好きだ
せっかくなので、歌詞の日本語訳つきの映像でお届けしよう。

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原発推進派議員の鉄面皮

20110506

「自民党議員のなかで数少ない「脱原発」論者の河野太郎氏が警鐘を鳴らしている。」という朝日新聞の記事を読んだ。
以下、朝日新聞の記事
*********
 東京電力福島第一原発の事故に収束のメドが立たない中、国策として原発を推進してきた自民党内で早くも「原発維持」に向けた動きが始まった。原発推進派の議員が集まり、新しい政策会議を発足。「反原発」の世論に対抗する狙いだ。
 この会議は「エネルギー政策合同会議」。名前はこうだが党幹部は「原発を守るためにつくった」と明かす。
 幹部には原発推進派が名を連ねる。委員長は元経済産業相の甘利明氏。旧通産省(現経産省)出身の細田博之元官房長官が委員長代理西村康稔衆院議員が副委員長に就いた。先月12日の会合では、幹部陣の隣に東電の元副社長で現在は東電顧問の加納時男・元参院静貞が「参与」として座った。
会議後に河野太郎衆院議員が「原発推進派が並ぶ人事はおかしい」と抗議したが、認められなかった。
 自民党は1955年、研究と開発を進める原子力基本法を制定。74年に「電源三法」を制定し、立地自治体に手厚く補助金を出してきた。電力業界は資金と選挙で自民党を支援。電力各社でつくる電気事業連合会(電事連)は80年代前半から11年間で約65億円を党機関誌の広告費として自民党に支払った。
 谷垣禎一総裁は震災後の3月17日の記者会見で「現状では、原発を推進していくことは難しい状況」と述べたが、1週間後には「安定的な電力供給ができないと製造業などが維持できるのかという問題もある」と軌道修正した。党内では「推進派から反発されたため」と受け止められた。

「原発の安全神話」がそうである。
もともと、おとぎ話の世界だったようだ。土木学会原子力土木委員会、津波評価部会のメンバーの多くは、電力会社で占められていた。お手盛りで津波対策をつくりながら、今さら『想定外でした』というのは通らない。
 「神話」を作った中心は自民党と経済産業省、電力会社だ。白民党は電力会社から金をもらい、立地自治体に補助金を出しやすい制度を整えてきた。経産省は電力会社に金を出させて公益法人を作り天下っている。東芝や日立などメーカーに加え、建設業界など産業界も原発建設を後押しした。電力会社は大学に研究費を出し、都合の良いことしか言わない御用学者を作り出す。多額の広告代をもらうマスコミは批判が緩み、巨悪と添い寝してきた。政・官・産・学・メディアの五角形が『安全神話』をつくったのだ。

まず自民党がやるべきことは謝罪だと思う。利権で原子力行政をゆがめたのだから。政府には原子力政策を促進した与謝野馨議員がいる。
与謝野議員は、原発事故後早々と「いままでの原子力行政は間違っていなかった」と記者会見し、今また「東電の補償には上限を決めるべきだ」と言っている。明らかに東電を守ろうとしている。東電及び関係利権のスポークスマンに他ならない。

原子力は環境にやさしくないことは明確になった。海外では再生可能エネルギーが伸びているが、日本では加納議員らの推進派が『原子力の邪魔』とつぶしてきた。
この国会の姿を変えるのには、今回明らかになった、こういう人たちを選挙で落とすしかない。
「経産省が出そうとしない情報をきちっと出せば、世論は変わる」と河野太郎議員は訴えている。
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ここまでが朝日新聞の記事

今後国会議員の選挙があったら、今度は自民党が勝つだろうと思われているので、これは危うい動きである。
問題は、国会議員と言いながら、国(国民)のことを思うのでなく、ヒモとなっている利権団体のスポークスマンばかりであることがある。

利権で行政をゆがめてきたのである。
「必要だと思います」とタレントが言うCMをどれだけテレビで見せられたか。

今朝のテレビでも問題にしていたが、117億円もかけて作った「放射能影響予測システム」がまったく稼働していないそうだ。信頼性が無いので混乱をきたす、と説明されているようだ。
どうせ原発の事故なんて起きないと思いながら商売してただろうから、立派な外観の箱の中身がICレコーダー一つ入っているだけ・・・・・・なんてことは無いだろうが、当たらずとも遠からずか(笑)
こういう美味しいシゴトの利権にたかっているのが「推進派」だ。

必ずしも原発に頼らなくても、やって行けるのでは、という意見をもっと広げるべきだ。
私たちは原子力を推進したい電力会社と政府の長年の「原子力キャンペーン」によって、そう思いこまされてしまっているだけ。

「原発なくても大丈夫」という裏づけとなるこのハナシ、読んでみてください。気持ちが
楽になりますよ。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=233184

http://blogs.yahoo.co.jp/mvbzx0147/28280966.html

また、これまでの電力会社+政府の「原子力キャンペーン」のウソをゆる~く、わかりやすく解説したアニメが、「源八おじさんとタマ」、必見です。
1~5が、ユーチューブで見られます。

脱力系反原発アニメーション →  源八おじさんとタマ

狭い地震国の日本。
原発におびえながら暮らすより、まずは原発を止めて、それから自然エネルギーへの転換を選択したいと思う。

まだ、原発事故で多くの人が苦しんでいるのに、臆面もなく「原発推進」の動きを始めた恥知らずな議員。
国会議員と言いながら、国民のことなど考えず利権団体のエゴの代表でしかない。
本当の意味で国事を託せる人を選挙では選ばないといけない。

春日部大凧あげ祭り

20110504

昨日、行ってきました。
場所は埼玉県春日部市の江戸川河川敷、宝珠花橋下流。
朝、9時ころ現地に着きました。大凧あげは午後ということで、何かやってるかなと会場の河原に行ってみた。
大凧の仕上げをやっていました。大凧は、上若組と下若組の二つあげますが、これは下若組のです。
結局ずっと、下若組の凧を追いかけました。
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凧の骨組は、縦15本、横17本、対角線上に親骨を結び、最後にひし形のマス骨を結びます。
これは対角線の親骨。
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これから凧を足場に立てます。若い人が足場に上ってスタンバイ。
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足場に凧が立ちました。デカイ!
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大凧は、縦15m、横11mで、重さが800kgもある。

122本もある糸の始末が大変
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下若組の凧、小凧が「感謝」、大凧が「武蔵」の文字。
もう一つ女子だけであげる「♡真心」がある。
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もちろん、テレビの取材も早くから入ってました。
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初節句の家族が記念の写真を撮っている。
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こちらでは、盛装した子供の写真をママが。
後ろで、おにいちゃんが一生懸命タコを支えているのがかわいい。
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土手の上では、家族が凧あげに興じている。
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あがっていた凧で、カッコいいのを撮ってきました。
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待つことしばし、さあ出陣です。その前に記念写真。
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小凧は子供があげます。
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800kgもある大凧は移動が大変。
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上若組の女子だけであげる小凧「江戸川」がスタンバイ。
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こっちでは下若組の女子だけの小凧「♡真心」。グライダーとツーショット。
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グライダーの飛行場がちかくにあって、けっこう派手に飛んでいました。

「江戸川」が立派にあがりました。
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横からでないと、上げ手が見えないので、横からの観客席に移動しましたが、遠い!
50mくらい離されちゃってる(泣)
なにしろ800kgの凧だから、安全を考えたら仕方ないのでしょうが。
肉眼でこんな具合。土手の上に凧をセットして、揚げ手は川桟敷で引っ張ります。
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風が川と直角に吹いているので、凧を引いて走りたいのだが後ろが川!
仕方なく川に沿って湾曲して走ることになります。
特にこの日は風が弱く、走らないとあがらないのでつらかったと思う。

下若組の女子だけの小凧「♡真心」が上がった。
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川に突き当たってしまい、川に沿って走ってる。走れ! 走れ!
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上がった、上がった。
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風が弱いため、すぐに失速してしまう。それでも1分くらい頑張って挙がっていたかな。

下若組の大凧「武蔵」がスタンバイ
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揚げ綱(引き綱)は500mだそうです。揚げ手は何人だろう。引く前からもう川に阻まれ湾曲してスタンバイ(汗)
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懸命に引く! 引く!
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おお!
フワッと「武蔵」が浮いた(嬉)
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残念! 失速
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あ~~あ、終わっちゃった。今度はもっと頑張って上げよう。
お疲れ様でした。
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この春日部の大凧は、日本一大きいそうです。なにせ800kg。
簡単に上がらないのがいいんでしょう。
やはり、フワッと浮いたときには感激しました。


山中湖などからの富士

20110501

昨日、富士山の写真を撮りに出かけました。
山中湖に着いたのが8時ころ。
「湖北」から写真を撮りました。
今日は雲が出ていなくて、きれいな富士です。
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頂上に薄いベールがかかっているのが、いい感じです。
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パノラマ台に上がって、山中湖全景と富士を一望に写真を撮りました。
気分よし。
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山中湖に戻って、「山中湖写真ギャラリー」で絵葉書などを物色。
そのあと「平野」の辺の湖畔で、用意してきたお弁当をのんびり食べました。

目の前で、湖に入り込んで釣りをしていました。
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同行したのが、テニス仲間でラオスからやってきている友人。
行ったことが無いとと言うので、「忍野八海」を案内しました。
人が多いので。それなりの写真にするのには苦労します(笑)
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午後はだいぶ雲が出てしまい、富士はほとんど見えません。
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水深7mのきれいな水の中を魚が泳ぎまわっている。
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忍野は、ちょうど桜が満開。
「櫻と富士」のいいチャンスだったのに、このとおり(泣)
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きれいな小川があって、桜も咲いているし、岸辺でのんびりと寝そべっていました。
私が子供のころは、どこもこんな小川だったのに。
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きれいな湧水に映ったツツジ。
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まだ時間があったので、地図を見ていて気になっていた「胎内洞窟」を見に行きました。
「スバルライン」の登り口にある、「船津胎内樹型」に行きました。
天然記念物です。
説明を読むと、高温の溶岩流が大木を取り囲んで固まり、大木が燃えて空洞となりその樹の型が残ったものを「溶岩樹型」と呼ぶそうです。
ここのは、何本もの大木が複雑に交差し、複雑な洞窟になっていて、胎内を思わせる形状になっている。
洞窟の入り口がお宮になっている。
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中はこんな感じ。全行程、立てるところはありません。しゃがんだ姿勢で、時には四つん這いです。
照明があるので、怖くはない。
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このように、胎内を思わせる造形のところが多い。
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これで、この日は切り上げて帰ってきました。
連休なので、渋滞が気になって早めに帰りました。
ほとんど渋滞にならなかった。やはり人出は少ないですね。




プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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