それいけ、ジーヴス/P・G・ウッドハウス/森村たまき訳

20111129

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図書館の英国文学のところに、「それいけ、ジーヴス」とか「比類なきジーヴス」なんて元気なタイトルの本が十何冊も並んでいるので目立つ。
しかしタイトルから「何なんだ、これは」と思って、今まで手を付けなかった。
しかし、この間フッと手が伸びて借りてきて読み始めたら、ちょっと病み付きになった(笑)

古典である。ウッドハウスのジーヴスシリーズと言えばイギリスでは女王陛下もお楽しみだという、典型的かつ最強の英国執事もの。
ジーヴスとバーティのコンビは、英国にあってはシャーロック・ホームズと並び称されるほど人気があり、テレビ・ドラマ化もされているそうだ。

 時はエドワード朝、ロンドンでも指折りの名門ウースター家で折り紙付きの「バカ者」だと評判のバーティが巻き込まれる様々な問題を、鮮やかに解決して平穏を取り戻してくれるのが「執事の中の執事」ジーヴスなんである。

金持ちのご婦人、女学校、公爵、山の中に住むのが好きな友人・・・ウースターを取り巻くいろいろな人たちが「自分の価値観」を押し通して引き起こす、とっても平和な大問題をジーブスが解決していきます。


ある短編では、とある事情でバーティーのフラットを友人に貸す事になります。当然ジーヴスも「友人の執事」として貸す事になります。成り行き上、たった一人でホテルに追いやられるバーティー。当然、アホっ子は一人では何も出来ずに途方にくれます。
『寂しいホテルに一人佇み、白ネクタイを自分で結ぼうとして、やっと生まれて初めて僕は・・・・
ジーヴスをいつも一種の自然現象のみたいなものと考えていた事に・・・・気付いて愕然となっちゃうんですね。
ジーヴスいないと、何もできない自分に愕然。翌日ジーヴスがやってきた時は「懐かしさのあまり僕は崩壊せんばかりになった」とか言っちゃってます。
かわいいんですよ、ご主人様が(笑)

ある短編ではバーティーが突然「田舎に屋敷を買って、姉の娘達と一緒に暮らす!」と言い放ちます。ジーヴスは無表情に聞いてますが、心穏やかではありません。
離職の危機が到来しちゃったんですよ!!
なので悪魔の一計を案じます。
ご主人様を、格調高き女学校に放り込みます。いたずら好きな女学生と厳格な女教師に翻弄されるバーティ。
当然、ご主人様を「女の子嫌い」にする方向に仕向ける策略(笑)
大変すばらしいサドっぷりです。バーティー様は泣きそうです。


ウッドハウスの「ジーヴス」を読むと、ほっとしますね。
主人公のバーティと執事ジーヴスとの、知人・友人を回る騒動に完膚なきまでの知略を持ってジーヴスが対処する。その見事さはユーモアという言葉があるとすれば、まさにこれがそうだと思わせる。
世の中バカが居て利口が居て成り立つんだという。
読むとほんわかして、ほっとしますね。

確かに、ジーヴスが切れ者ですごいんだけれども、この本の魅力はバーティの人の好さが際立ってる点だと思う。
バーティ自身が「バカ者」であることに甘んじてる、というか満足してるわけで。
彼を単に家柄と育ちがいいだけの無能者だと思ってはいけない。
語り担当がこのバーティなわけで、ドタバタな状況や「ちょっとイカれた」周囲の人物たちよりも、このバーティの語りによるところが大きい。生産的なことは特にせず、基本的な教養の高さを敢えて浪費しつつ平和で静かな日常を愛していると言い、一族のアガサ伯母はじめ上流階級でも庶民階級でもひどい言われようの扱われようでも一向に気にしないその徹底した生き方は、むしろ清清しい。
そして・・・・・・・・うらやましいのだ!! (笑)



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セプタード・アイル

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作出:1996年 デビッド・オースチン(イギリス)
イングリッシュローズの名花です。
品種名は、シェイクスピアの戯曲「リチャード2世」に出てくる台詞に因んで命名されたもの。
Scepterは王権・王位、Isleは島を意味しますので、「王権に統治される島」というような意味合いであると思われます。
優れた芳香バラに贈られる英国王立バラ協会のヘンリー・エドランド賞を受賞している品種です。

開花と共に周囲に発散する強烈なミルラ香が特徴だそうです。
イングリッシュローズの原点であるコンスタンス・スプライ(1961年作出)に宿ったミルラ香が、幾多の継代を経て再現されたものだとか。
可憐な花容と濃厚なミルラ香を同時に楽しめ、総合的に優れているので、名花の所以です。
この写真を撮ったのがバラ苑なので、この薔薇の香りについては記憶がなく、残念な事をしました。
来年訪ねたときに、確認したいと楽しみにしています。

ピンクの中輪カップ咲き。中心にある黄金のしべとの対比が大変美しく、この対比こそがセプタードアイルの魅力である。イングリッシュローズ図鑑の表紙を飾ったその実力は並ではない。
ということで、私が撮ってきた写真の中で、花形がちゃんとわかる写真はというと・・・・・・
残念なことに光線の加減で色があせてしまっています(汗)
なんとか修正してみましたが、きれいなピンクの色が出ていません(泣)
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私がメモってきた名前は「セプタード・アイドル」になっていました(汗)
「アイドル」と読んでしまったんですね(笑)


2011年5月25日 生田緑地ばら苑にて


高幡不動尊・萬燈会

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関東36不動めぐりで、高幡不動尊にはすでにお参りしていますが、
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/takahatafudou.html

その高幡不動の「萬燈会」に昨日23日に行ってきました。

家を午後4時に出て、圏央道、中央高速、八王子インター、一般道のルートで5時15分頃に高幡不動近くの駐車場に着きました。
車を降りて少し歩きはじめると、ちょうどポツポツと雨が(泣)

仁王門の辺にも灯が入っています。
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奥殿のところから五重塔。
奥殿のまわりにも灯篭が飾られていました。
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五重塔のまわりの石垣のところにも、ろうそくが並べられています。
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五重塔の正面では、お坊さんたちが法会の準備をしています。
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五重塔の基壇のところを水を流して灯篭を流していました。
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奥殿と反対側からの五重塔
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ちょうど、こちら側に水たまりが出来ていて、そこに映っている
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八十八ケ所の登り口まで行って、撮ってみました。
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不動堂には、やはりお参りしなくては。
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お札所の前にも、ろうそくが並べられていました。
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ちょっと雨が強くなってきたので、撮影は終了し、駅のほうに暖かいものを食べに行きました。

駅から仁王門に至る参道は、商店街が照明を落として道にろうそくを並べていました。
綺麗でしたね。
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夕食は、駅のそばの「美豚」というラーメン屋さんで「とり塩ラーメン」というのを食べました。
美味しかった(嬉)


拙ホームページ関東36不動トップページ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kantou36fudoutop.html



(了)




晩秋

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いつもの公園で、ウォーキングしながら「晩秋」の写真を撮ってきました。
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どこかの幼稚園から散歩に来てました。
今日は天気がいいので、楽しそうです。
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木漏れ日が気持ちいい
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どちらも「こうよう」
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落ち葉
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晩秋の光
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落ち葉
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くつろぎ
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(了)


鎌倉街道散歩/狭山市Bルート

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狭山市については、市の史跡めぐりで説明を受けてから写真を撮っていました。
10日に史跡めぐりがあって、その後雨が降ったりして写真を撮れたのが16日。
これでBルートについても予定の場所は全部終わったので、拙ホームページにアップしました。

城山砦跡、三ツ木原古戦場跡、堀兼神社、堀兼の井などですね。

http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/sayamab.html


狭山市Aルートについては、既に完了しています。


拙ホームページ「鎌倉街道散歩」トップページは、こちら
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kamakurakaidoutop.html


菊花展

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川越の喜多院で行われている菊花展に行ってきました。

喜多院の境内もすっかりも秋の気配でした。
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会場にはたくさんの菊が所狭しと並び、菊のいい香りが漂っています。
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まずは組み物です。
「宝船」 帆のところに「宝」の文字が。
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「フェニックス」 見事な羽根です。
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盆栽仕立てのコーナー
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見事な懸崖作り
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「千輪仕立て」
天保時代(1830年代)から始まったそうです。
一本の幹から作られていて、最近では2000輪以上の記録もあるとか。
素晴らしいものです。
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「国華金山」
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「北斎巴錦」
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「富士の新雪」
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「開龍秋峰」
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「清見由来」
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「泉郷桃姫」
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「泉郷急流」
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「彩胡光輪」
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(了)

鎌倉街道散歩/毛呂山・坂戸地区

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9日(水)のことですが、鎌倉街道散歩をしてきました。
ここは、往時の面影が残っている道として、評判のところです。

近くには馬の牧場もありました。

街道跡が小川になっている、面白いところもありますよ。

拙ホームページにアップしましたので、そちらで見てください。
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/moroyamasakado.html



拙ホームページ「鎌倉街道散歩」トップページ
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/kamakurakaidoutop.html




奔る合戦屋/北沢秋

20111110

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『哄う合戦屋』で評判を呼んだ北沢秋の第二弾です。
「哄う合戦屋」は面白かった。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-268.html

読んでみると、前作の主人公「石堂一徹」の若い頃の話しでした。
石堂一徹は中信濃の豪将・村上義清に仕えていた。
妻子に恵まれ、また並外れた戦術で台頭していく一徹。
しかし、佐久を巡って甲斐の武田との争いが熾烈になる中、義清と一徹の関係は少しずつ変化していく。
「家臣との才能が主君のそれと比べて釣り合いを逸すると、互いに不幸になるのではないか・・・。」

前作では、石堂一徹一人が登場していたが、今回は石堂家の話から始まる。
石堂家は三代目の信豊から村上家へ仕えたという。
一徹の父、五代目当主・龍紀は、勘定奉行であり次席家老の要職にもあって、 私を滅して見事にその責務を果たしているが、 譜代の家臣たちからは、未だに 「新参者」 としての差別を受け続けている。
弟の一徹は村上家最強の軍団を率い、父と兄は補給を一手に引き受け、村上家の戦を表と裏で屋台骨となる石堂家・・・。
彼らは譜代衆でなく、外様の為、褒美も少なく、武を重んじる家風で内政に関しては褒章も出ない。
そんな中、欲も出さず、村上を戦国の雄とすべく奮闘し、そして、村上家を思うあまり、主君義清に直言も辞さない一徹。
しかしながら、主君義清は、年下の一徹が自分より戦略眼が優れているとは認めようとせず、主従関係に微妙なズレが生じてきます。
ズレを感じながらも、一徹は、村上家の最善を尽くす為、直言を続け、それを疎ましく思った義清が一徹に内緒で放った思慮の浅い手が、一徹の家族に大きな災いを呼び・・・・・・・・・

石堂一徹が村上義清の軍師として、村上家をおおきくするため知略に優れた働きをし、家庭では妻・朝日と愛娘の幸せな日々を送る・・・・・
しかし既に「哄う~」を読んでおり、そこでの孤独な石堂一徹を知っているだけに、石堂一徹の幸せな日々が暗転する結末がわかっているだけに、ちょっとつらかった。
もし「哄う~」も「奔る~」も読んでいない人だったら、「奔る~」から読むことをお勧めする。


私にとって新鮮だったのは、佐久での村上義清と武田信虎の争いである。
私は佐久で生まれ育った。その後大人になって武田信玄に興味を持ち、いろいろな本を読んで武田信玄の佐久攻略について知ることができた。
小豪族が群居するばかりだった佐久を武田信玄が斬り従えたと思っていたのだが、それ以前に村上義清と武田信虎による、侵略争いの綱引きがあったのだ。
武田信虎による、直接農民を慰撫する政略が巧みだったようで、戦上手なだけの村上義清をじわじわと追いつめていたようだ。

この本に書いてある話からは外れるが、たぶん武田晴信(信玄)が父の信虎を追放した時、武田晴信が若いことを危ぶんで村上方に走った豪族に対して、晴信は苛烈な処断をせざるを得なかった。
それが、抵抗が激しかったため戦の後、見せしめに首が1000も並べられたという話で残っているのだろう。


上司よりも部下のほうが出来過ぎていた場合の悲哀については、多くのサラリーマン諸君の共感を呼ぶのではないか。


セクシーレキシー

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2002年6月 京都植物園にて撮影

系統:F フロリバンダ
作出:1984年ニュージーランドSamuel Darragh McGredy IV
咲く時期:四季咲き
花の形:八重咲きで房咲き
花の色:ミディアム・ピンク (ARS) またはミディアム・サーモン・ピンク
香り:マイルドな香り

花は優美なのにちょっと変わった名前です。
作出者マグレディの夫人の友人であるレックス・ホッチンに捧げたバラなのだそうです。
その友人のニックネームが「Sexy Rexy」という所謂“魅力的”なという意味合いとのことでした。

そして気が付いたのが、前回「スワン・レイク」をアップしましたが、作出者が同じマグレディ4世です。ですが、作出地が片やイギリス、片やニュージーランドとなっています。
それで、マグレディ4世に興味をもって調べてみました。

「MYの薔薇散歩」というブログに詳しく説明が載っていました。
http://ameblo.jp/mydesu/

このブログは薔薇に対する愛情のこもった素晴らしいところです。
マグレディ社に関する記事は、Jack Harknessさんの書かれたThe Makers of Heavenly Rosesという本の内容を参考にして書いたものだそうです。

せっかくなので、許可を得て、その記事を紹介しておきます。
*****
マグレディ家物語
1880年、サミュエル(サム)・マグレディは北アイルランドのポータダウンにナーサリー(園芸場)を開設しました。当初は果物やパンジーが主な生産品でした。
サム・マグレディの息子、サム・マグレディ二世は1895年頃からバラの育種をはじめ、1905年にはNRSの品評会に自分のバラを出品し、見事金賞を受賞しました。それ以後も何度も金賞を受賞し、「アイルランドの魔術師」と呼ばれるようになりました。
サム・マグレディ二世の息子サム・マグレディ三世も優秀な育種家で、マグレディ社は1928年には年間80万本のバラを生産するほどに成長しました。
しかし、サム・マグレディ三世は1934年に37歳の若さで死去し、残されたサム・マグレディ四世は、その時わずか2歳でした。
サム・マグレディ三世の妹の夫、ウォルター・ジョンストンが会社を引き継ぎましたが、その後育種に関しては見るべきものがありませんでした。
1939年には第二次世界大戦が始まり、政府の命令でバラ園の大部分は焼き払われ、野菜畑にされてしまいました。
バラについて何も学べないまま成長したサム・マグレディ四世は、大学も中退し、修行のために行かされた園芸場でもやりがいを感じられず、家に戻ります。
ウォルター叔父さんから、「これはお前のものなんだからね」と、育種用温室の鍵を渡されますが、輝かしい日々もあったマグレディのバラが、ろくに世話もされず、植木鉢の中で枯れかけているのを見て、サムは自分が何とかしなければと思います。
バラ作りを始めたサムでしたが、最初は上手くゆかず、自分でもあらゆる本を読んで勉強し、ドイツに行きコルデスに教えを請うたり、訪ねてきたユージーン・バーナー(J&P社の第二代研究所長)のアドバイスを受けたりして、バラの栽培に打ち込みます。
彼の努力は実り、1958年には最初の作出バラが誕生し、1959年作出の「オレンジエード」は、NRSの金賞を取りました。
1963年に作出された赤いツルバラには、会社を守り続けてくれたウォルター叔父さんへの感謝の念を込めて、彼の名前を付けました。
「アンクル・ウォルター」
それ以後も次々に優れたバラを作出していきましたが、彼もまたフランシス・メイアンと同じように、バラ作出者の権利ということについて考えるようになりました。フランスでは1950年代にバラの新品種でも特許が取れるようになりましたが、イギリスでは植物特許法がまだ存在せず、バラの作出による収入は法的に保証されていなかったのです。
サム・マグレディを中心とした運動の結果、1964年に植物ブリーダーの権利を認める法案が議会を通過し、その後もバラ栽培家達との軋轢はありましたが、やがてイギリスの育種家達は、作出バラのロイヤルティを受け取ることができるようになったのです。
世界中を旅するようになったサムは、北アイルランドの気候が必ずしもバラ育種に向いてはいないと感じ、理想的な場所を探し求め、一年中温室を必要としない、ニュージーランドのオークランドを選びます。
一方、北アイルランド紛争で、ロンドンデリーやベルファストでは流血の惨事が続き、サムの移転への思いを加速させ、1972年についにニュージーランドへの移転を決行します。
ニュージーランドへの移転は大成功で、マグレディ社はさらなる発展を遂げ、「セクシー・レクシー」、「ペントハウス」など数々の名花が生み出されています。
*****

(了)



第10番田無不動尊・総持寺/関東36不動めぐり

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ここには11月1日に行ってきました。
西武新宿線田無駅北口から500mくらい歩くと、寺の入り口です。仁王門が見えています。
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仁王門。昭和20年の空襲で損傷したものを、昭和55年に新築したもの。
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参道の正面に仁王さん、内側に広目天と多聞天を拝しています。
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この寺の草創は行基菩薩が大聖不動明王を刻んでこの地に安置したのに始まる。当初は西光寺であった。
明治に入って神仏分離の風が吹き荒れると、当時の住職は尉殿(じょうでん)大権現の別当職を辞任し、尉殿大権現御神体の倶利伽羅不動明王像を守るため、当山の本堂に奉安遷座しました。
さらに、無住となった密蔵院と観音寺も引き受けて当寺にまとめ上げ、寺号を改めて田無山総持寺としたものです。
従って本堂には行基菩薩が刻んだ大聖不動明王、尉殿大権現御神体の倶利伽羅不動明王およびその他の仏様が居られます。
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本尊
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ご朱印をいただいた。
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本堂の左前には、「滝の不動尊」が安置されています。
当町柳沢の宿屋「田丸屋」に成田山新勝寺から勧請されていたものです。
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仁王門と本堂の真ん中くらいの左側に、妙見堂があります。本尊は妙見菩薩。
妙見菩薩は他のインド由来の菩薩とは異なり、中国の星宿思想から北極星を神格化したものであることから、通常は大黒天や毘沙門天・弁才天と同じ天部に分類されているそうです。
「妙見」とは「優れた視力」の意で、善悪や真理をよく見通す者ということですね。
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妙見堂の前に立派なケヤキが聳えていた。樹齢500年以上。
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本堂前の植え込みで、白い萩が綺麗でした。
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ホームページ関東36不動トップページ
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RAJラジ(田無)/インドカレー

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昨日は、久しぶりに関東36不動めぐりということで、「田無不動尊」に行ってきました。
この報告は後日します。
例によってその辺にあるカレー屋さんをネットで探して食べてきました。

西武新宿線の田無駅南口を出て2,3分。
コンビニの隣にありました。
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いかにもインド料理店らしい外観の店に入ります。
壁がピンクでインドのタペストリーやインテリアがディスプレイされていて、インドっぽい。
これはネットでいただいた店内の写真。
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ちょうど昼食時だったので、学生さん、サラリーマン、主婦の方などで、ほぼ満席状態。
ちょっと窮屈な感じかな。
でも、これはリーズナブルな値段からすれば、必然的に想定内でした。

ざっと30種以上はあると思ったメニューを前に、ちょっと迷いましたね(笑)
ランチメニューは、サラダ付きのカレーセットが609円から。
基本的にライスかナンのどちらかを選ぶようになっています。

チキンとほうれん草のカレーをナンで頼みました。
「具がたっぷり」のスペシャルカレーセットです。945円。
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辛さについては、何も言わなかったので普通の辛さ。
ほうれん草の甘みが勝っていたので、辛くしてもらったほうが良かったかなと思った。
言えば辛さを増してもらえるそうです。
ほうれん草のカレーは、わかってはいたのですが、やはり見た目はイマイチ。
青黒いスープになっちゃうのでね。
でも、香りが良くて美味しかった。

ナンはわりと大きいサイズで、表面はカリカリで中はモチモチ、少し甘みがあって、カレーに合っていて美味しかった。
「キーマナン」、「チーズナン」もあったので、こんどは「チーズナン」をぜひとも食べてみようと思った。

プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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