花笠

20120730

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系統:[ F ] フロリバンダ
作出:1978年 京成バラ園芸  鈴木省三氏
花色:朱紅色
花型:平咲き
花径:大輪 10cm
香り:中香
花季:四季咲き


この薔薇は、いまは亡き、世界からミスターローズと敬された鈴木省三さん作出の薔薇です。
故鈴木省三さんの本によると、樹が古くなるにつれ美観を現すとあります。

花はオレンジ味を帯びた赤色で、かわいらしいし、和風な感じもします。
やや大柄な花で、まるで山形の花笠祭りの、花笠の赤い飾りをイメージしますね。

こんな薔薇を見ると元気が出ます。
暑さに負けていられませんね。

2002年6月1日 京都植物園にて

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サマースクール支援、なでしこ

20120726

今日から、小学校のサマースクールのボランティア支援である。
今年から市の学校支援ボランティア・コーディネーターをしており、これが一番大切なイベント。
木、金、月、火の4日間、午前中、数学補強の取り組みをお手伝いする。
学校から、毎日15名以上の支援者確保の要請があり、登録されているボランティアは45名ほど。
全員に電話かけまくってお願いしたが、対応してくれたのは30名を切り、1日だけとか2日だけと言う人が多く、最後は私の友人たちにもお願いして人数を確保した。

ボランティアがやることは、問題を解いた生徒が持ってきたのを、正解なら丸をつけて褒めてあげる。間違っていたら、もう一度考えるようにやさしく言ってあげる。
とにかく褒めることが肝心。
問題が全部合っていたときの生徒の嬉しそうな笑顔が何よりも嬉しくて、ボランティアの励みになっている。
生徒のほうは、解いた問題が合っているかどうかすぐにわかるので、どんどん問題を解いていける。
今日は、前半が3、4年生、後半が5、6年生だった。

市内の高校に通っている女子高生も、担当している小学校に1名参加してくれることになり、最寄駅からの車での送り迎えも私がすることになった。
彼女は、弟の保育園のいろいろなボランティアの催しでボランティアの楽しさを知った由。
数学が得意とのことで、私と違うクラスを受け持ったが、ボランティアに配布された答案に正解が抜けていたところがあったら、テキパキと計算し、大活躍だったようである。

どうしてか、初日の今日、人数が確保できなくて、学区外ではあるが、私の友人二人にお願いしたら、快く引き受けてくれたので、終わってから三人でピザを食べに行って、四方山話で楽しく時間を過ごした。

家に帰ってから、ほんとは昨夜見たかったのだが、ボランティアのために見ないで寝た、なでしこの試合を録画で見た。
とにかく気持ちのいい試合だった。

澤、大野、宮間、川澄、大儀見、鮫島、近賀、熊谷、石清水、福元、みんなエライ!!!
みんな自分の仕事をちゃんとしていたよ。

とにかく澤の切れが戻ったのが嬉しい。
大野の絶妙なパスが見れて嬉しい。
川澄の笑顔はほんとにいい。
シンクレアに仕事させなかった岩清水、熊谷がすごい。

この調子でいければ、決勝でアメリカと。
たぶん死闘になって、どっちが勝つかはわからないけど、メダルは確実だと思う。

いま、見ごたえのある試合って、なでしこくらいだなあ。
すごいよ、なでしこ。


アオバズク(2)/廣瀬神社(埼玉県狭山市)

20120725

アオバズクについては一昨日もレポートしました。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-997.html

が、今朝は歴史講座研究コースで一緒に学んでいる、カメラはプロ級のEさんを案内して撮りにいきました。
今回も、どこに居るのかわからず、双眼鏡で探しまくって、やっと見つけました。
一昨日よりも高い位置に居るので、枝が密集していて、眺められるポイントが2ケ所しかありませんでした。
神楽殿のところから、辛うじて見える隙間がありました。
屋根は神楽殿の屋根。
神楽殿が無ければ、もうちょっと横からのショットが狙えたのでしょうが。
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ズームします。固まっていました。5羽数えられます。
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寝ていますね。
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もう一つのポイントは、幹の近くから、真下から見上げる感じのところ。
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そこから撮っていると、一羽がこっちを見下ろしているではありませんか。
嬉しかった。
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これは、口の辺がブレていますが、いかにもいたずらっ子みたいな感じです。
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2羽がこっちを見ています。
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お母さんと子ども2羽でしょうか。
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毛づくろいを始めました。
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これは、胸の辺を毛づくろいしているところ。
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待ってました!!!
羽ばたきをしてくれました。
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これで満足して、この日の撮影は終了。
ずっと上を向いて撮影してたので、肩がガチガチです。
今日は、ずいぶんいろいろと動いてくれたので、大満足でした。


始皇帝/塚本青史

20120724

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いままで、中国はと言うと「三国志」であり「水滸伝」だった。ただ、これは北方謙三の小説が面白いから、繰り返し読んでいるに過ぎない、とも云える(笑)
図書館で、ふと目について始皇帝をちょっと勉強してやるか、と読み始めた。
万里の長城を作り、あの壮大な兵馬俑が埋まった陵を作った絶大な権力を擁した始皇帝はどんな人物だったのか。

読みやすい本だった。
小説とは思えないほど淡々と物語は進んでいき、そして淡々と読み進めていくうちに、いつのまにか淡々と読み終えていた(笑)
だから、どんな生涯だったのかは分かった。もうちょっとドラマが欲しかったかな。

それにしても、趙で人質となっていた秦の公子・子楚の子として生まれた「政」。
秦が趙に攻め込み、これ以上攻め込んだら腹いせに政は殺されるところだったのが、秦の内紛で秦の侵攻は止み、その後トントン拍子で太子となり、わずか13歳で即位してしまう。
本当の父親である豪商呂不韋の働きのせいで、即位後も呂不韋に政治をまかせる。
この辺が「歴史の綾」として面白かった。

そして、若き王・政が呂不韋の呪縛を自ら解いて実権を掌握し、能吏・李斯とともに政敵をたおし、暗殺者を退け、権謀術数と軍事力によって韓を手始めに、魏、楚、燕、斉、趙の戦国六雄を次々と滅亡させ全中華を統一、始皇帝を名のる。
やはり、只者ではない・・・・・

始皇帝が紀元前に活躍した時代は、ヨーロッパではローマ帝国が台頭し、エジプトではファラオ時代からクレオパトラのプレオマイオス時代に入り、中近東の一部ではユダヤ教が興隆し、世界がある意味で躍動期に入った時期。
日本はというと、ようやく縄文時代が終わり、稲作の弥生時代が始まって100年ほどが経ったころ。
やれやれ・・・・・

「皇帝」という名は始皇帝が始め、結局、中国では最後の皇帝(溥儀)まで、この呼称が継続したんだから、すごい。
また、「秦」という国名から、日本では「シナ」、「支那」。ヨーロッパには「China」という名前で伝播したわけで、すべての「始」であったわけだ。

ところが、後半、統一を果たしてからは、不老不死を追い求め、仙人オタクの感じになってしまい、まるっきりボケ老人の極み。
これは「太閤殿下」と同じだねえ。
絶大権力を握った人間は、どうしてもこうなってしまうのか・・・・・・

それまで、歴史・風土の違う7ケ国があり、墨家をはじめとする「学者集団」が政治を指導してきたこともあり、統一のためには「焚書坑儒」は必要な手段であり、暴政と片づけられるものでは無いことはわかった。

これで始皇帝の一生は把握できたとして、淡々と語られていた個々のエピソードを、もっと詳細なドラマとして深読みしたくなった。


アオバズク/廣瀬神社(埼玉県狭山市)

20120723

この廣瀬神社は、850年の「文徳天皇実録」に名前が出てき、927年編纂の「延喜式神名帳」にも記されている古式ゆかしいお宮です。
(3月に撮影した社殿)
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そして去年、市の歴史講座の史跡めぐりでアオバズクのことを知りました。
それで、アオバズクの営巣と子育ての写真を撮りたいと思っていましたが、今年はタイミングを逸してしまいました。
昨日、他の件で歴史講座で友人となったYさんと話していて、たまたまアオバズクの話になったら、Yさんはこの神社で毎朝ラジオ体操をしているので、アオバズクを観察しているとのことでした。
Yさんが教えてくれた、今年の観察記録です。
 ・5/18頃・・・・・「アオバズク」を初めて確認した人がいたとか?
 ・5/27頃・・・・・大勢の人が「アオバズク」の姿を確認(雄1羽)
          ※昨年、一昨年と記録では5/27頃目撃される
 ・6/6頃・・・・・・居場所を木の西側から北側に変更
 ・6/28頃・・・・・雌も巣の外に出てくる(雄と雌が近くに寄り添う)
 ・7/11頃・・・・・「アオバズク」の子が1羽巣立つ
 ・7/13頃・・・・・「アオバズク」の子が2羽巣立つ
          ※この頃、カメラマンが大勢(7~8人)来られる
 ・7/17頃・・・・・「アオバズク」の親2羽と子3羽が出そろう・・・親子5羽(例年と同じ)
          ※この後、木の枝の少し高い位置に移動
          木の葉の奥に陣取り、良い姿が撮れずカメラマン苦労
 ・7/20頃からカメラマンも1~2名程度になる
          ※なかなか良いアングルでの「アオバズク」の写真が撮れず・・・。

※昨年までは、南側の枝にとまり下から見通しのよいところで5羽揃った写真も撮れていた。
 例年ですと8/上旬頃から広瀬神社境内の木々へ移り始め移動の練習?を始める。
 8/中旬頃から「あおばずく」の姿は見つけられなくなり東南アジア方面へ?旅立っていく様子です。


ということで、遅まきながらも今朝飛んでいきました。
家を5:30に出るとき、雨が上がったばかりの感じだったので不安でしたが、とにかく行きました。
神社の入り口のケヤキの樹にアオバズクが居ます。
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双眼鏡で探すも、慣れぬこと故皆目わからず。
Yさんが来てくれて、やっと発見(嬉)
4羽いるのがわかりますでしょうか。
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ズームします。
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親子で5羽なんですが、一羽がどこか離れた場所に居るのか、エサでも取に行っているのか。
もう雛も大きくなっていて、どれが親なのか、子なのかわかりませんね。
それでも、会えたことに感激です。
Yさんの話では、最近はもっと見えにくい場所に居るのだが、今朝は見やすい場所に居るとの事。
出遅れた私を可哀想に思って、姿を見せてくれたのか・・・・・・

幹に穴がありますが、ここで雌が卵を孵し、子育てをするのだそうです。
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Yさんの話では、雛が小さいとき羽ばたきをしたりすると可愛いとか。
来年の楽しみです。

廣瀬神社のパンフレットに載ってるアオバズクの写真。
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6時半からラジオ体操が始まりました。
境内が広いので、思い思いの場所でしています。この辺の家族が何十人と集まってきて、一緒に体操しています。なんと7月から12月まで行っているそうです。素晴らしいことですよね。
私も一緒にしました。
実に気持ちいいものです。

この大欅が樹齢1000年です。もう一本900年のがあり、その二本は県の指定天然記念物になっています。
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追記:
アオバズクについては、後日とてもかわいい写真を撮ることが出来ました(嬉)
その記事に飛ぶ
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-999.html





川崎大師「風鈴市」

20120721

昨日、今年も行ってきました、「風鈴市」
毎年の行事で、18日から22日(日)まで、川崎大師で開かれています。
全ての都道府県から出品されていて、今年は900種類だそうです。
去年、これを知ってから今年は何を買おうかなと、楽しみに出かけました。

まずは川崎大師にお参り。
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本堂にもたくさんの風鈴が奉納されていました。
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山門と本堂の間に設けられた「風鈴市」
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昨日は生憎の雨でしたが、市のところは葭簀がかけられているので、そんなに雨は気になりません。
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赤ちゃん連れが
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友達と
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孫を連れたおじいちゃん
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これが川崎大師の「厄除けふうりん」
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昔懐かし・・・・風鈴といえば、こういう風鈴でしたね。
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ガラスは多いです。
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石の風鈴
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鉄器のふうりん
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「つりしのぶ」ももちろん出ています。
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陶器のふうりん
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竹細工のふうりん
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今年買ったのは、「竹炭」のふうりん。
一番右のが形が良かったので、迷いましたが、右から二番目の方が音が良かったので、これを買いました。
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去年は「沖縄びーどろ」の風鈴を買い、そのあと金沢に遊びに行って「九谷焼」の風鈴を買ったので、今年の「竹炭」のが三つ目となりました。

去年、「踊り練り込み」がある日に予定したら、台風が襲来するということで日を変更、今年こそはと思ったら、夕方から雨で中止(泣)
来年こそ見たいものだ。



パット・オースティン

20120717

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作出: 1995年、イギリス、デビッドオースチン
咲き方: 四季咲き
花径: 大輪
香り: 強香、ティー系

やはり、この色は目立ちます。
私の方から、この薔薇に近寄っていったくらいです。

作出者の方も、すばらしい花色が出来たことを喜び、嬉しくて奥さんの名をつけたそうです。

イングリッシュローズに新風を巻き起こしたといわれる新しい色合いのバラ。花弁の表はすばらしい銅色がかったオレンジで、裏はごく淡くシルバーがかった黄色。そのコントラストがすばらしい。

香りはティローズの爽やかな香りです。


2012年6月26日 軽井沢レイクガーデンにて


菩提樹

20120714

吉田秀和さんの「音楽の旅・絵の旅」という本を読んでいる。
その中に「菩提樹の花の香り」という章があり、そこではベルリンの「リンデの香り」が素晴らしかったこと。シューベルトの歌曲「リンデンバウム」について書いたあと、マーラーの「リュッケルトの詩につけた歌曲集」のなかの「私は仄かなリンデの香りをかいだ」について、吉田さんは「花の香りを音楽に移した作品として、これ以上のものを私は知らない」と書いている。
このリンデンバウムが、日本では菩提樹と呼ばれている。

マーラーが曲をつけた「私は仄かなリンデの香りをかいだ」の詩を掲げておきます。

ぽくはあるかなきかの香りを吸った
部屋には いけてある
リンデの枝が一つ
愛する人の手からの贈物
リンデの香りの何という快さ

リンデの香りの何という快さ
君が優しく折ったリンデの若い枝
ぽくほ そおっと かぐのです
リンデの香りの中に
愛のあえかな香りを

で、そういえば今頃咲くのじゃなかったかと、飛んで行ったのが市の指定文化財(天然記念物)になっている「羽黒神社の菩提樹」。
1400年頃、源義家に仕えた大宅光任を先祖に持つ、伴蔵人一俊が羽黒権現のお告げに従って、山形県からこの地に居を移した際に、羽黒神社を祀って、羽黒山から持参した菩提樹も植えた、という伝承の樹です。
伝承どおりとすれば樹齢600年を越えています。

行ってみたら、残念!
花は終わって実ばかりになっていました。
花は来年の楽しみにして、それでも実も珍しい形なので写真に撮ってきました。

菩提樹には、インド原産のクワ科と中国原産のシナノキ科があり、これはシナノキ科だそうです。
市の資料にも、香りのよい花が咲くと書かれています。
吉田さんの本に出て来るヨーロッパのリンデンバウムは、しっかりとした大きな樹と書かれているので、これと同じシナノキ科と思われます。

羽黒神社と菩提樹
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びっしりと実がなっています。わかりますかね?
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もっとズームしましょう。すごいです。
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よく見ると、この実の不思議なこと。
葉の真ん中にぶら下がっているんですよね。
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バシャバシャ撮ってきた一枚に、花の残骸が写っていました。貴重な一枚(笑)
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ネットで手に入れた花の写真。
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来年は、この花の香りを思う存分嗅ぎたいと思ったものでした。

季節の草花

20120711

昨日、鎌倉街道散歩に行ってきました。
埼玉県の児玉から寄居の区間です。以前、市の歴史クラブのバス旅行で飛び飛びに史跡に行っており、その時に寄らなかったところを埋めるべく、6月19日に一度行きました。
その日天気予報は午後3時ころまで持ちそうなので、朝飛び出したら10時くらいに早や降りだして無念にも引き返し、昨日再度挑戦した訳です。

「鎌倉街道散歩」については、まとまったところでアップしますが、
昨日、一緒に撮った草花を紹介しておきます。

瓺蕤(みか)神社
「瓺蕤(みか)」というのは、酒造りに使う大型のカメのことで、古代、この辺に瓺蕤造りの人たちが住み、氏神としてこの神社を祀ったものだろうと言われています。
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このお宮の裏の林に、ツユ草や桜草がひっそりと咲いていました。
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寄居・鉢形城
ここは、豊臣秀吉の小田原征伐の際、この城には北条氏邦が護っていました。
城兵3500に対し、押し寄せた豊臣がたは前田利家、上杉景勝など5万。
北条方が良く戦って1ケ月持たせたといいます。
三の丸付近が良く整備されていました。
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三の丸から見下ろす荒川と寄居の街。こちら側は断崖絶壁の要塞です。
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この近くの林に咲いていた百合。
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二の丸と三の丸の間の原っぱに桔梗がたくさん咲いていました。
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結局、現地で9時半くらいから14時半くらいまで鎌倉街道関係の遺跡の写真撮ってましたが、暑いのには参った。
そんな中、可愛い草花に遭遇すると、ほんとに癒されましたね。



『居眠り磐音 江戸双紙』第17巻「紅椿ノ谷」&第18巻「捨雛ノ川」/佐伯泰英

20120707

第17巻「紅椿ノ谷」
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この巻での大きな出来事は、一つは今津屋の主吉右衛門とお佐紀の婚礼が将軍御側御用取次の速水左近の媒酌で行われる。磐音は速水左近の出迎えと、長崎屋からお佐紀の出迎えをする。
いま一つは、佐々木道場が手狭になり改築して大きな道場にすることになり、門弟もわずかながら足しにと「冥加樽」を用意し寄付を募ったが、それを勝手に持ち出し付近の大名屋敷から金を集める悪党が現れてしまった。
いま一つは、今津屋の奥にお佐紀が座ったことにより、おこんが今までの奥女中の気苦労から解放された代わりに鬱状態を見せるようになり、桂川国端の勧めで、上野と越後境の三国峠下の「法師の湯」に磐音はおこんを湯治に連れて行く。

今津屋の主吉右衛門とお佐紀の婚礼の朝、磐音は風呂屋で金兵衛と一緒になった。
そこで「月下老人」の話を聞く。
「金兵衛どのは先ほど月下老人と言われたが、それがし、月下氷人と聞き及んでおり申す。同じ意味にございますか」
「ああ、それなら、耳学問だが、ご披露しようか。唐の時代、かの国に葦固といぅ青年がおってな、旅に出た。宋城というところで、袋に寄りかかって、月明かりで本を読む老人と出会ったのだ。青年が、なんの本を読んでいるかと訊くと、老人は、結婚について調べておる、私が寄りかかる袋には赤い縄が入っておってな、私がこの縄で男と女を結べば、たとえ仇同士の家の者であっても、どんなに離れた地に住んでおる二人であっても、必ず結ばれて生涯別れることはない、と答えたそうな」
「ほう、面白きお話ですな」
「まだ先がある。老人は、そなたは北へ遠く離れた村で野菜を売る陳という娘と結ばれる運命にある、と答えた」
「まことに葦固は陳という娘に出会うたのですか」
「十四年後、葦固は地方長官王泰の娘と結婚することになった」
「地方長官の娘御では、野菜売りではございませんな」
「葦固がふと、そなたは野菜を売っていたことはないかと尋ねると、私は長官のほんとうの娘ではございません、姪です。父は宋城で亡くなり、私が赤ん坊のときから乳母が野菜を売って育ててくれましたと、正直にも告白したそうです。葦固はそのとき、十四年前、月夜の晩に袋に寄りかかり、本を読んでいた老人のことを思い浮かべたそうな」
「それで月下老人と称するのですか」
「赤縄繋足ともいってな、赤い縄が夫婦となる男と女の足を繋いでいるのです」
「今津屋どのとお佐紀どのの足は赤い縄で繋がれていたのですね」
「そういうことになるかな。だが、その縁を取り結んだのは、間違いなく坂崎さんだ」
 磐音は、見知らぬ北国の地へと嫁入り道中を続ける奈緒と前田屋内蔵助は、赤い縄で結ばれていたのかと、そのことを思いやった。


上野と越後境の三国峠下の「法師の湯」に磐音はおこんを湯治に連れて行くが、江戸から42里、大宮、熊谷、高崎、北牧、塚原と宿泊を重ねて、6日で「法師の湯」に到着した。
法師の湯に着くころには、おこんは気力、体力も回復して元気になっていた。
そして、法師の湯での最初の晩、
しばらく間をおいておこんが、「坂崎さん」と呼ぶ声がした。
「布団を取りに入らせてもらうが、よいか」
それを拒む返事はなかった。
磐音は失礼いたすと言いながら障子を開き、立ち疎んだ。
有明行灯の明かりに、おこんが夜具の上に端座する姿が浮かんでいた。
白縮緬を着たおこんはうっすらと寝化粧をして、唇に紅を差していた。
磐音は雪の舞う中に咲く山椿を脳裏に思い描いた。
「磐音様、おこんを法師の湯までお連れいただき、有難うございました」
「なに、さようなことか。われらの間に礼など要らぬ」
「なぜですか」
なぜと問い返され、言葉に窮した磐音は、「そなたとそれがしほいずれ夫婦になる身だ」と答えていた。
おこんが静かに頷いた。
磐音は、おこんが座す夜具の隣に敷かれた布団に手をかけた。
「磐音様は豊後関前藩国家老のご嫡男。おこんは深川六問堀の町娘です。身分違いを省みず、道中、心から尽くしていただきました。勿体ないことです」
「そのようなことはどうでもよい」
 夜具を隣の板の間に引き出そうという磐音に、
「磐音様……」
と磐音を正視したおこんが懇願した。
「今宵からは私に磐音様のお世話をさせてください」
おこんは夜具にかけていた磐音の手をとった。
「おこんは磐音様と夫婦になると決めました」
二人は互いの目を見つめ合った。
「はしたないおこんは嫌いですか」
「そのようなことがあるものか」
磐音は白無垢姿のおこんをひしと抱いた。

ということで、この巻の表題の「紅椿」は、おこんと初めて結ばれる夜、おこんを見て磐音が脳裏に描いた、雪の舞う中に咲く山椿である。

この巻で、磐音が真剣で相対したのは、中条流。あとは流派の説明なし。


第18巻「捨雛ノ川」
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この巻での大きな出来事は、一つは今津屋に奉公している「おそめ」を新しいお内儀のお佐紀がこのまま奉公してもらい今津屋からどこぞに嫁に出したいと言いだし、当初の希望どおり縫箔屋に奉公するか、おそめが決断しなくてはいけなくなる。
いま一つは年の瀬に亀戸村の不動院で、検校に破門された座頭が胴元で大賭博が開帳されるのを取り締まる。
そして、いま一つは名高い剣術家が三人も襲われ、いずれも凄まじい打撃を受けて死ぬという事件が起こる。落ちていた銭と履の後から唐人の仕業ではないかと推測された。

正月二日に、佐々木道場の初稽古のあと、師範の鐘四郎以下磐音、若者で湯島天神から神田明神にお参りしたあと料理茶屋に行ったときに、大身旗本の倅どもに絡まれている武家娘を助けた。娘は西の丸御納戸組頭である依田新左衛門の娘お市であった。師範の本多鐘四郎は、どうやらその娘に惚れてしまったようだが、依田家でも娘ばかり三人であったので、お市の婿に本多鐘四郎を望む話が入ってきて、トントン拍子に進んだ。

本多鐘四郎が磐根を誘って、本多家の菩提寺に参り、鬼子母神にもお参りした後、「面影橋」を渡るが、その「面影橋」の故事が紹介されている。
大田道灌が雨に降られ、百姓家で蓑を借り受けようとしたところ、少女紅皿に山吹の一枝を差し出され、不審に思いつつも屋敷に帰ったが、「七重八重花は咲けども山吹のみのひとつだになきぞかなしき」の古歌にかけた断りであったことに気づき、「ああ、なんと歌道に暗きことよ」と恥じて、以来、歌道に勤しんだという故事の橋だという。
市の歴史講座で知ったのだが、江戸時代の寺子屋などの教育は立派なもので、あの時代世界での国民の文盲率からいうと、日本は最高の水準だったという誇るべき事実がある。大田道灌の故事もさもありなんという感じだ。

早朝、川面に桜の花びらが浮いて花筏を作っている。それを磐音が見ていると、そこに幸吉、おそめ、おはつの三人が、紙で作ったお内裏様とお雛様を桟俵の船に乗せ、流していた。この巻の表題の「捨雛」である。
古来、物忌みに祓いをなし、形代に穢れを移して、これを川に流すのだ。
おそめの妹おはつが、おそめに代わる形で今津屋に奉公にあがることになったのだ。

この巻で、磐音が真剣で相対したのは、放心一刀流、林崎夢想流、柳生新陰流。



バターカップ

20120703

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系統: E イングリッシュ・ローズ, S シュラブ
作出: 1998年 作出者 David Austin 作出国 イギリス
咲く時期: 四季咲き
花の形: カップ咲き, 丸弁半八重咲き, 半二重咲き→
花の色: 黄
花径: 中輪
香り: 中香、オレンジの花の香り

この間行った軽井沢レイクガーデンで撮ったのですが、そこに着く直前まで深い霧が出ていて、たぶんその前も雨模様だったのか、けっこう薔薇が濡れていました。
それがトップの写真です。

もう一枚、ネットでいただいた写真を載せておきましょう。
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「バターカップ」は、母親の「グラハム・トーマス」のような華麗さはなく、名前をもらったキンポウゲ(buttercup)を思わせる、清楚な品種です。
中輪でルーズなカップ咲き、セミダブル(半八重咲き)の花を咲かせます。
花色は鮮やかで濃い黄色で、よりシックな色の雄しべをつけます。
顕著なティーローズ香を持っています。ティとフルーツの香りが溶け合った、とてもいい香りですね。

黄色の薔薇の花言葉:
「君のすべてが可憐」「美」「嫉妬」「薄れ行く愛」「愛の減退」「お互いに忘れよう」

2012年6月26日 軽井沢レイクガーデンにて


プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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