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浅草神社の狛犬-2

20190227

所在地:東京都台東区浅草 浅草神社参道
参拝日:2015年3月17日

浅草神社については、既に記事にしています。

その記事を読む


浅草神社の境内には3組の狛犬が居ますが、境内の一角に引退してのんびりと過ごしている「はじめ型・夫婦狛犬」が居て(既出)、参道には天保7年(1839)奉納のものと、昭和36年奉納のブロンズの狛犬が居ます。

今回は、天保7年(1839)奉納のものです。

年代:天保7年(1836)
材質:石造
型式:江戸流れ尾型

鳥居をくぐって進む参道で、最初に出合うのが今回の狛犬。
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右側が阿形狛犬。蹲踞している。
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口を開いており、たてがみが一切巻き毛はなく流れているので狛犬。
たてがみが背中半ばまで綺麗に流れている。
耳を伏せ、目は奥目。眉は長い直毛が並び、頬鬚、顎髭も全て直毛。
上下の唇が厚く、たわみが大きい。口をわずかに開き、歯はあまりわからないが見えている歯は鋭い。
どこも丸っこい顔だが、表情は厳めしく威嚇している。
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左側の吽形狛犬。蹲踞している。
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口を閉じており、たてがみが一切巻き毛はなく流れているので狛犬。
たてがみが背中半ばまで綺麗に流れている。
耳を伏せ、目は奥目。眉は長い直毛が並び、頬鬚、顎髭も全て直毛。
上下の唇が厚く、たわみが大きい。口を閉じ、歯は見えていない。
どこも丸っこい顔だが、表情は厳めしく威嚇している。
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短く太い前足をたわませていて、後足は蹲踞。爪は大きい。体はずんくりして堂々としている。前足の走り毛は立派だが、それ以外体毛の表現はない。
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尾は流れ尾だが、横に流れるというよりは斜め上に炎のように立ち上がっていて勢いがある。
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この狛犬は、江戸流れ尾型。
狛犬の初期は獅子と狛犬の組み合わせだったものが、江戸狛犬の時代になるとほとんどは両獅子型なのだが、この狛犬は阿吽両方ともに狛犬という、非常に珍しいタイプ。
尾も、単に横に流れるのではなく、炎のように勢いよく上がっている。
この頃になると、玉取りとか小獅子連れとか技巧的なものが多いが、この狛犬は武骨に単体で威風堂々としているのが、とても良い。



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三穂津姫命(みほつひめのみこと)/日本の神々の話

20190225

私は、氷川女体神社の配祀神、宇都宮二荒山神社境内・女体宮祭神、埼玉県寄居町・出雲乃伊波比神社の相殿神として、お参りしました。

高皇産霊尊の娘で、大物主神あるいは大国主神の后。

『日本書紀』の葦原中国平定の場面の第二の一書にのみ登場する。
大己貴神(大国主神)が国譲りを決め、幽界に隠れた後、高皇産霊尊が大物主神(大国主の奇魂・和魂)に対し、「もしお前が国津神を妻とするなら、まだお前は心を許していないのだろう。私の娘の三穂津姫を妻とし、八十万神を率いて永遠に皇孫のためにお護りせよ」と詔した。

ミホツヒメの「ツ」は「の」の意味で、ミホの女神という意味になる。
出雲の美保神社(島根県松江市)で大国主神の子の事代主神とともに祀られている。
丹波の出雲大神宮(京都府亀岡市)では大国主神とともに主祭神となっており、大国主神の后とされている。
村屋坐弥冨都比売神社(奈良県磯城郡田原本町)では大物主神とともに主祭神となっており、大物主神の后とされている。


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御幣猿・青面金剛庚申塔/池尻庚申堂

20190223

所在地:世田谷区池尻2-23-20
撮影日:2018年11月12日

田園都市線池尻大橋駅から歩いて、6、7分の住宅街の中に「池尻庚申堂」はあります。
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説明を読むと、今でも「池尻庚申会」という会が活動しておられ、庚申塔をお守りしているそうで、実にありがたいと思った。
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入口に鳥居があり、そこから入ると「御幣猿」が居ます。
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【御幣猿】
塔身:永代常夜灯
主尊:丸彫り御幣猿
造立年代:大正元年(1912)

塔身全体
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銘文は、正面に「永代常夜灯」、左側面に「大正元年十二月十日建設」とあり。
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御幣猿全身
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御幣猿の顔
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【青面金剛庚申塔】
お堂の中に納められている。
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前面は幅の狭い格子になっており、更に内側に金網が張られていて、写真を撮るのに大変で、青面金剛庚申の全身を撮るのは不可能だった。
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説明板から、造立年の説明が延宝8年(1680)と元禄5年(1692)とあったが、どっちがどうということはわからない。

〇右のもの
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塔身:唐破風付駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:無し
主尊の特徴:一面六臂
本手:?と羂索
他の手が持つ法具:不明
脇侍:三猿
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〇左のもの
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塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:浮彫瑞雲付き
主尊の特徴:一面六臂
本手:合掌
他の手が持つ法具:不明
脇侍:三猿
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石で丸彫りの御幣猿は珍しい。
東京都赤坂の山王日枝神社神門には、山王信仰のお使いである猿が御幣を持った像で置かれているが木彫りである。
お堂の中の青面金剛像二基は、傍に寄ってみることが出来なくて残念だったが、今でも「池尻庚申会」という会が活動してお守りしているのは、素晴らしい。


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出雲乃伊波比神社(延喜式内論社)/埼玉県大里郡寄居町

20190222

鎮座地:埼玉県大里郡寄居町赤浜723
参拝日:2019年2月21日

この日は、個人的に取り組んでいる「武蔵国式内社めぐり」で寄居町に存在する式内社三社を巡拝しましたが、最初に訪れたのが当社です。

社号標
式内社 武蔵国男衾郡三座の内 出雲乃伊波比(いずものいわい)神社(小)、旧社格:郷社
ご祭神:
(朱祭神)須佐之男命
(相殿)三穗津姫命・誉田別命・天児屋根命・天太玉命・天穂日命・大己貴命
(合祀)天照皇大神・軻遇突智命
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赤浜は古くからの鎌倉街道に沿った宿駅であるが、もともとは荒川近くの集落であり、洪水によって天正8年(1580)に、旧地より30メートルほど標高の高い現在地に移ってきたのだそうだ。
古史料は洪水によってことごとく流失。詳細は不明。
源頼義が奥州征討の戦勝祈願を行ったとされ「赤浜八幡」「白旗八幡」と呼ばれるようになり、以来「八幡社」として崇敬。明治33年に「出雲乃伊波比神社(いずものいわいじんじゃ)」という旧名に復したという。
明治40年に近隣の無格社10社を合祀して現在に至っている。
武蔵一ノ宮である氷川神社と同じように出雲系氏族が祖神を祀った事に始まって、出雲の名前が冠せられたのだろう。

私は、隣の入間市に「出雲祝神社」、近くの毛呂山町に「出雲伊波比神社」と、「出雲」の名がついたお宮があることに関心を持っていたが、岡本雅享氏の『出雲を源郷とする人たち』によれば、下記のように新潟県の出雲崎までつながるという。
出雲祝神社(埼玉県入間市)
出雲伊波比神社(埼玉県入間郡毛呂山町)
伊波比神社(埼玉県比企郡吉見町)
出雲乃伊波比神社(埼玉県大里郡寄居町)
出雲神社(埼玉県児玉郡神川町)
小祝(おぼり)神社(群馬県高崎市)
祝(ほうり)神社(長野県長野市松代町)
石井(いわい)神社(新潟県三島郡出雲崎町)
日本海を北上してきて出雲崎に上陸した出雲族が、信濃川や千曲川などを遡って移動してきたとみられるのだ。

これですっかり、出雲族の痕跡に興味を持った私は、京都や奈良など各地に残る「出雲郷」などの出雲系の地名を探して訪ねて喜んだりもしている。

なお、「男衾郡 式内・出雲乃伊波比神社」の論社はこの社の他に、熊谷市板井・出雲乃伊波比神社があります。

鳥居は、社号額に屋根がかかった立派なもの。
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鳥居の先の参道は社殿まで真っ直ぐな道。
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途中に、説明板があり。
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社殿と神楽殿は、鬱蒼とした森の中にあり。
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拝殿前に、昭和10年奉納の狛犬が居る。
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拝殿は明治14年の再建。
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向背柱部には立派な彫刻があり。
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拝殿正面外はすっきりとしたもの。
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拝殿内部は、真ん中に依り代である鏡、右には鏡をつけた真榊、左には剣をつけて真榊がある。
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本殿は文政3年(1820)に建立。箭弓神社の棟梁が指揮したという。
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流れ造りの本殿
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遠めから、木鼻の獏の彫刻、手挟みの牡丹の彫刻など彫刻が良いことがわかる。
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横羽目板に設けられた円窓に設けた龍の彫刻。
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大瓶束左右に設けた波の鏝塗りが素晴らしい。
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本殿後背部
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神紋は「右三つ巴」
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社殿の周りは、鬱蒼とした林。
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社殿の近くに、ご神木と思える巨木があった。
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境内社に参拝します。

妙見社
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八坂社が、社殿と石祠の二社あった。
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鳥居の近くに、右から「榛名社」、「天照皇大神」、「浅間大神」。
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ここには、「伊奈利社」、「白山神社」、「愛宕大神」、「天満社」、「古峯大神」、「三峰大神」、「蠶影大神」が合祀されている。
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ここの石碑群のなかに「馬大神」の石碑あり。
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どういうものかなと思ったが、横に「日露役調應徴馬」という碑碑があり、日露戦役で徴発された馬の靈を祀ったものだとわかった。
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これで、当社の参拝を終え、次の小被神社に向かった。



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新宿区・鎧神社の狛犬-2

20190220

所在地:東京都新宿区北新宿3-16-18 鎧神社裏出入口
撮影日:2016年2月6日

このお宮さんには、平将門ゆかりの神社として、また珍しい狛犬型庚申塔があるので、参拝しました。

その記事を見る


今回の狛犬は、裏出入り口にあります。
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年代:天保7年(1836)
材質:石造
型式:江戸流れ尾型、両子連れ型

右側の阿形獅子。蹲踞して、子獅子を連れている。
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口を開いており、たてがみが巻き毛なので獅子。
たてがみは巻き毛が大きく立派で、長く流れている。
毛が後ろに長く流れている耳を伏せ、目はまん丸で奥まっている。
眉が横に流れて、鼻の下が長く鼻鬚もはっきりして、顎髭は口の下に巻き毛が二つ、頬髯、顎髭で口を囲んでいる。
口は半開きで、唇のたわみが大きい。乱杭歯が並んで居るが、牙は目立たない。
顔は扁平で、笑ってこちらを見下している感じ。
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連れている子獅子
親獅子の左足と一緒に顔も損傷してしまっているのが残念。
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左側の吽形獅子。蹲踞して、子獅子を連れている。
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口を閉じており、たてがみが巻き毛なので獅子。
たてがみは巻き毛が大きく立派で、長く流れている。
毛が後ろに長く流れている耳を伏せ、目はまん丸で奥まっている。
眉が横に流れて、鼻の下が長く鼻鬚もはっきりして、顎髭は口の下に巻き毛が二つ、頬髯、顎髭で口を囲んでいる。
閉じた口の唇のたわみが大きい。上下の乱杭歯をむき出しているが、牙は目立たない。
顔は扁平で、ニッと笑っている感じ。
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連れている子獅子
顔を損傷している。
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片方の前足で小獅子を捕まえて、後足は蹲踞。爪は大きい。身体にもびっしりと巻き毛や体毛の表現がされている。
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尾は根元に巻き毛が二つ、そこから横に綺麗に流れている。
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年代は、天保7年(1836)。
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この狛犬は、江戸流れ尾型で、阿吽両方とも子獅子を連れている。
たてがみが長くてまるでマントを着ているようで、体毛の表現が細かくて、とても良い狛犬。
顔は江戸狛犬の典型的なもの。



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青面金剛庚申塔/世田谷区・医王寺⑤

20190217

所在地:東京都世田谷区深沢6-14-2 医王寺墓地内
撮影日:2018年11月12日

田園都市線用賀駅から歩いて、日体大の前を経由して30分で医王寺に着いた。路線バスはあったのだが、この辺に来たのは初めてだったので、歩いた。

この門から入って行ったが、境内の改修工事が始まった感じで雑然としていた。
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かっては正門だったらしいところに三基の庚申塔があり、それを撮影した後、情報ではまだ庚申塔があるはずと、境内を探して歩いたが見つからない。
境内が改修工事で雑然としていて、どこかに片付けられているのかとあきらめかけたときに、ふと墓地にあるかもと入って行ったら、2基ありました(嬉)
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今回は、左側のもの。

塔身は駒形。
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銘文は向かって右側面に「明和八辛卯九月吉日」、左側面に「庚申講中」と刻まれている。
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塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:浮彫り瑞雲付き
主尊の特徴:一面六臂、頭に髑髏、邪鬼を踏んで立つ。
本手:合掌
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、三叉矛
脇侍:邪鬼、二鶏、三猿
造立年代:明和8年(1771)
高さ:85cm

日月は浮彫り、瑞雲付き。
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青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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頭頂部に、髑髏をいただいている。
耳がかなり大きい。
顔はかなり磨滅していて、表情はよくわからないが忿怒形ではないか。
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本手は合掌。
他の手が持つ法具は、右側が上は法輪、下は弓。
左側は上が三叉矛、下は矢。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は、磨滅して表情がわかり難いが、あきらめた顔に見える。
左右に鶏がいる。
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岩に刻まれた三猿は、中央が正面を向き、左右は横向き。
風化が進んて表情などはよく判らなくなっているが、右から「言わざる、見ざる、聞かざる」でないか。
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この庚申塔の特徴は:
・頭に髑髏をいただいていること。
・医王寺に5基の庚申塔があるが、鶏が刻まれているのはこの庚申塔だけである。
 一番新しいというわけでもないので、年代による変化ではなさそうだ。



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品川神社の備前焼狛犬

20190214

所在地:東京都品川区北品川三丁目7番15号 品川神社参道
撮影日:2017年6月18日

品川神社については、既に記事があります。

その記事を見る


この記事は2013年に参拝したときの記事ですが、その時に見た姿は、細かい目の金網に覆われていて、あまりよく写真に写すことが出来ませんでした。
しかし、別の用事で2017年6月に訪ねたときは、金網が無くてよく姿がわかる状態だったので小躍りして写真を撮ったものでした。

今回の狛犬は、二の鳥居と三の鳥居の間に居ます。
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年代:文政13年(1830)
材質:備前焼
型式:江戸尾立ち型・獅子狛犬

右側の阿形獅子。角あり。蹲踞している。
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たてがみが巻毛なので獅子。角がある。
耳を伏せ、目は飛び出ている。眉は巻き毛が横に重なって流れて、顎髭は三段に厚い。
耳と鼻が欠けて痛々しい。
口を開き、舌が立っている。唇のたわみが大きく、上の歯列は前だけで両側に牙。下にはあまり歯は無い。
どこも丸っこい顔だが、鋭くにらんでいる顔である。
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左側は吽形狛犬。角がある。蹲踞している。
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口を閉じており、たてがみが流れているので狛犬。
耳を伏せ、目は飛び出ている。眉は巻き毛が横に重なって流れて、顎髭は三段に厚い。
口を閉じて上の歯をむき出している。両側に牙。
どこも丸っこい顔だが、鋭くにらんでいる顔である。
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前足は真っ直ぐな長い脚。後足は蹲踞。前足と後足がくっついている。爪も立派。体毛も豊かに表現され、前足の走り毛は長く延びて翼のようだ。
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尾は、阿形と吽形で違いがみられる。
阿形の尾
両側に5つずつの巻き毛があり、その上に一つの太い毛が立つ。
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吽形の尾
大小の二つの巻き毛が両側にあり、その上に一つの太い毛が立つ。
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年代は文政13年(1830)。
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この狛犬は、備前焼の江戸尾立ち型。
獅子と狛犬のセットである。
獅子・狛犬型は、普通狛犬に角があるが、ここの狛犬は獅子、狛犬ともに角があり珍しい。
備前焼なので、細かな表現が美しい。
阿吽の、それぞれの尾が異なるのも、芸が細かい。
あちこちに、欠損があり痛ましいが、とても美しい狛犬である。


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大宮・鉄道博物館

20190207

1月25日に、歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で訪れました。

開館時間の10時ちょっと前に到着したので、たくさんの鉄道ファンと一緒に開館を待った。
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入ると、ボランティアガイドの方が声をかけてくれて、2時間案内をしていただいた。

【一号機関車】
1872年(明治5年)、日本で最初の鉄道開業に際してイギリスから輸入された蒸気機関車5形式10両中の1形式で、1両のみが輸入された。
1872年10月14日の新橋 - 横浜間鉄道開業後は、客貨問わずに使用された。
その後、東海道線神戸地区、中山道幹線の建設資材輸送用、大阪地区で入換専用を経て、島原鉄道の開業用に譲渡された。
貴重な1号機関車として、1930年(昭和5年)、鉄道省に戻ね保管されることになった。同年7月3日、本機は諫早駅で盛大な惜別式を行ない、その際、創業者で時の社長・植木元太郎は、創業期に功績のあった機関車への感謝の念を込め『惜別感無量』と記した自筆のプレートをあつらえて、側水槽に装着させた。
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連結部分
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【弁慶号】
1880年(明治13年)の北海道初の鉄道(官営幌内鉄道)の開業にあたり、アメリカ合衆国から輸入された蒸気機関車である。西部劇から抜け出てきたような、アメリカの古典的スタイルの機関車で、その愛称とともに日本の古典蒸気機関車の代表格として親しまれている。
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側面に愛称名が漢字で大書されているが、これは、開拓使長官黒田清隆の筆とも、大書記官山内堤雲の筆ともいわれている。
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明治天皇のお召し列車に使用された「開拓使号」
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小樽で試運転する弁慶号。
橋は木製だったそうだ。
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【一号御料車】
1876(明治9)年に京阪間の鉄道開業式にそなえて明治天皇ために製造された、日本最初の御料車です。
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【二号御料車】
1901(明治34)年に九州鉄道が導入した御料車です。1907(明治40)年に九州鉄道が国有化され、1911(明治44)年に2号御料車となりました。
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【電車の原型 ナデ6110】
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【電気機関車ED40形式10号】
日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道院が1919年(大正8年)から製造したラックレールを使用するアプト式直流用電気機関車である。
信越本線のアプト式区間である横川 - 軽井沢間(碓氷峠)用の電気機関車で、1919年に4両、1920年(大正9年)に4両、1921年(大正10年)に3両、1922年(大正11年)に2両、1923年(大正12年)に1両の計14両が鉄道院大宮工場(現在のJR東日本大宮総合車両センター)で、10000形(後のEC40形)の増備用として製造された。国鉄が初めて導入した国産電気機関車である。本形の増備により、1921年に碓氷峠区間での蒸気機関車の運転が廃止された。
私は1955年頃に、御代田駅のスイッチバックを小学校の遠足で見学に行ったが、蒸気機関車がスイッチバックをしていた。横川 - 軽井沢間(碓氷峠)だけが電気機関車で、軽井沢からはまだ蒸気機関車だったのだ。

私が、今日見るのを楽しみにしていたのがこれだ。
高校卒業して、大学に入るため東京に出てきてから、何度碓氷峠を汽車で通ったことか。
ものすごくお世話になった機関車なのである。
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これは模型だが、このように大きなモーターを二基搭載していた。
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【鉄道だけで東京からパリに】
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【ストーブ列車】
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日除け
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【新幹線誕生】
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東北新幹線と山形新幹線が並んでいる。
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【山形新幹線】
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確かにレールの幅が狭い。
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大宮駅などでは、ホームとの間に隙間が大きく出来るので、出入り口にデッキが付いていて、これを出すのだ。
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【東北新幹線】
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グランクラスのシートは良さそうだ。
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【増上寺の梵鐘】
列車を定時に運行しようとしても、国民がまだ時間の観念が無かった時代だから、苦労したんですね(笑)
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ここで、駅弁売り場のところを通り、駅弁を購入。
いろいろな駅弁を売っていて、どれを買おうか悩んだ(笑)
私が購入したのは「にいがた牛の焼肉弁当」

【機関車の旋回】
機関車の旋回のデモンストレーションがあった。
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これを眺めたあと、さきほど購入したお弁当を、ガイドさんが勧めてくれた、新幹線が通過するのを良く見える場所のフリースペースで食べた。

【ジオラマ】
13:00から10分間の解説ショーを見ました。
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日本一のジオラマだそうですが、鉄道にあまり詳しくない私には唯々驚きでした。
解説ショー中と、その後自由時間にも動画を撮影しました。
車両にも詳しくないのでピント外れの撮影で、恥ずかしいですが、ユーチューブにアップしたので見てください。
下記「その動画を見る」をクリックすれば、見ることができます。

その動画を見る


以上で、今回の鉄道博物館を見るのは終了して、希望者だけ「歴史と民俗の博物館」に移動して「埼玉の官衙」展を見て帰りました。

テレビなどの番組でもしばしば見ていて、すごいのは分かっていたのですが、今回初めて見て圧倒されました。
まだ半分くらいしか見ていないと思います。
ジオラマの動画撮影も、もっと良い物に撮りたいし、また行きたいと思っています。


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青面金剛庚申塔/世田谷区・医王寺④

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所在地:東京都世田谷区深沢6-14-2 医王寺墓地内
撮影日:2018年11月12日

田園都市線用賀駅から歩いて、日体大の前を経由して30分で医王寺に着いた。路線バスはあったのだが、この辺に来たのは初めてだったので、歩いた。

この門から入って行ったが、境内の改修工事が始まった感じで雑然としていた。
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かっては正門だったらしいところに三基の庚申塔があり、それを撮影した後、情報ではまだ庚申塔があるはずと、境内を探して歩いたが見つからない。
境内が改修工事で雑然としていて、どこかに片付けられているのかとあきらめかけたときに、ふと墓地にあるかもと入って行ったら、2基ありました(嬉)
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今回は、右側のもの。

塔身は駒形。
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銘文は、右上に「為庚申供養建之」、左上に「延宝八庚申年八月四日」と、
右下に「二世安楽深沢村」、左下に施主名が刻まれている。
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塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:なし
主尊の特徴:一面六臂、邪鬼を踏んで立つ。
本手:剣と索縄
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、鎌(?)
脇侍:邪鬼、三猿
造立年代:延宝8年(1680)
高さ:100cm

青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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頭の前面に、もしや髑髏?と思わせるような跡があるが不明瞭。
顔の下半分が磨滅していて、表情はよくわからない。
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本手は剣と索縄。
他の手が持つ法具は、右側が上は磨滅しているが法輪らしい、下は弓。
左側は上が鎌を逆手に持っているように見える、下は矢。
通常の三叉矛に対して、鎌(?)なのが珍しい。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は、もう観念してあきらめてしまったのか、実にのんびりした顔をしている。
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岩に刻まれた三猿は、風化が進んて表情などはよく判らなくなっているが、右から「見ざる、聞かざる、言わざる、」であることはわかる。
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この庚申塔の特徴は:
・日月が刻まれていないこと。
・本手が通常の「剣とショケラ」ではなくて「剣と索縄」。
・他の手が持つ法具が、通常は「法輪、弓、矢、三叉矛」なのに対して、三叉矛に替わって、鎌のようなものを持っている。これは初めて見た。
・踏まれている邪鬼が、実にのんびりした顔をしている。


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稲城市・青渭神社の狛犬

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所在地: 東京都稲城市東長沼1054 青渭神社参道
撮影日:2015年7月26日(日)

青渭(あおい)神社については、既に記事があります。

その記事を見る


狛犬は2組並んでいて、手前の狛犬は明治16年造立であり、今回の狛犬は拝殿に近い方のものです。
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この狛犬は、両方とも頭に大きな皿があり、形状から「カッパ狛犬」である。
品川の寄木神社のカッパ狛犬は、海苔漁をするときに灯明を灯して場所がわかるようにした、という伝承がある。
こちらの狛犬は、どうであろうか。
この地は多摩川の氾濫原であり、長く沼地であった。その為、かつては大沼明神、青沼大明神などとも呼ばれていた。水に関わりが深い土地であり、青渭神は水神であると考えられている。
水神とカッパは近い感じはするが、どうだろうか。
お皿に灯明を灯していたのか、頭にいつも水を溜めていたのか、だろう。

年代:文政13年(1830)
材質:石造
型式:カッパ型

右側の阿形獅子。蹲踞している。
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口を開いており、たてがみが巻き毛なので獅子。
頭には大きな皿がある。
風化が激しいので、細部はよくわからない。
後ろから見て、たてがみは短い。耳を伏せている。
頬の横に巻き毛が多い。顎鬚は控えめ。
歯や牙はわからない。
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左側の吽形獅子。蹲踞している。
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吽形の方は、それほど風化していなくて様子がよくわかる。
口を閉じており、たてがみが巻き毛なので獅子。
頭には大きな皿があり、たてがみは短い。
耳を伏せ、目はまん丸。眉は左右に大きな巻き毛。
頬髭は巻き毛が多い。顎鬚も巻き毛。
口を閉じ、歯列は見せない、牙をちょっと見せている。
丸っこい顔で、表情はほんやりと見つめている感じ。
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前足は直立、後足は蹲踞。両足の走り毛や甲にかぶさる毛があり、毛深い感じにしている。
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尾は中央に太く立ち、脇に大きな巻き毛が一つ、他が前に流れて前足の付け根に達している。
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年代は文政13年(1830)。
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阿形のほうの風化がすごいが、吽形のほうがさほどでなく様子がよくわかるので良かった。
頭が皿になっている狛犬は、燈明を灯していたのか、頭にいつも水を溜めていたのか、どちらにしても一生懸命神様に奉仕している感があり、小型で可愛らしい狛犬であることもあり、愛すべき存在である。



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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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