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青面金剛立像/巣鴨・真性寺

20190831

所在地:東京都豊島区巣鴨3-21-21 真性寺墓地
撮影日:2019年7月15日

巣鴨地蔵通りは中山道でもあり、ここにある真性寺には江戸六地蔵の第四番・中山道の地蔵が安置されている。

中山道から入ると、真っ直ぐ六地蔵と本堂に通じる参道が延びている。
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六地蔵と本堂の前を右手に折れると墓地に通じている。
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墓地の真ん中辺に、この庚申塔は安置されている。
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塔身は舟形光背。
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銘文:
右側面に「寛政四壬子歳正月吉日」、左側面には施主名が刻まれている。
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塔身:舟形光背
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:浮彫り瑞雲付き
主尊の特徴:髪双髷、頭に蛇、邪鬼を踏む。
本手:剣とショケラ
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、三叉矛
脇侍:邪鬼、三猿
造立年代:寛政4年(1792)

日月は浮彫り、瑞雲付き。
瑞雲が唐破風のようになっている。
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青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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髪は双髷、頭に蛇がとぐろを巻いている。
表情は眉を吊り上げ、忿怒形。
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本手は剣とショケラ。
他の手が持つ法具は、右側が上から法輪、弓。左側は上から三叉矛、矢。
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ショケラは、子供のような姿。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は左向き、不満そうな表情。
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その下の岩に刻まれた三猿は、左右が横向き。
右から、「見ざる、聞かざる、言わざる」となっている。
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この庚申塔の特徴は:
・青面金剛の髪が双髷、頭に蛇がとぐろを巻いている。
・本手には剣とショケラを持つ。ショケラは子供のようである。



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小野照崎神社鳥居前の狛犬は瞳が猪目形!

20190828

所在地:東京都台東区下谷2-13-14小野照崎神社鳥居前
撮影日:2019年7月15日

小野照崎神社については、既に記事があります。

その記事を見る


今回の狛犬は、鳥居前に、ちょっと窮屈な感じで納まっている狛犬です。
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年代:昭和4年(1929)
材質:石造
型式:江戸尾立ち型

右側の阿形獅子。蹲踞している。
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口を開いており、たてがみが巻き毛なので獅子。
聞き耳を立てている。眉は横一文字、鼻鬚は湾曲した八の字、顎髭は綿毛の感じ。
目は瞳が猪目(いのめ)形(ハート形)で実に珍しい。
口を大きく開き、しっかりした歯列と、上下の牙は鋭い。
ちょっとブサイクで愛嬌のある素朴な顔で、笑いかけている。
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左側の吽形獅子。蹲踞している。
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口を閉じており、たてがみが巻き毛なので獅子。
聞き耳を立てている。眉は横一文字、鼻鬚は湾曲した八の字、顎髭は巻き毛から延びている。
目は瞳が猪目(いのめ)形(ハート形)で実に珍しい。
口を閉じているが、しっかりした歯列と、上の鋭い牙をのぞかせている。
ちょっとブサイクで愛嬌のある素朴な顔で、笑いかけている。
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短い前足をちょっと前に出し、後足は蹲踞。丸っこい感じ。
走り毛と巻き毛をあしらっている程度で体毛は控えめ。
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尾は立っていて、葉ウチワ型。横が巻き毛になっている。
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年代は、昭和4年(1929)奉納。
関東大震災が起った大正12年9月1日から、七星霜とある。
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この狛犬は、関東大震災の復興にて作られた狛犬。
各部は、全体的にも丸っこい感じで親しみやすい「江戸尾立型」。
顔がブサカワで参拝客を迎えるにはぴったりだ。

目の瞳が、猪目(いのめ)形(ハート形)になっていて吃驚した。
私は初めて、出会った。
神社には、猪目(いのめ)形の装飾が、懸魚などをはじめとして、わりと多い。
「ハートがあった」などと若い人は見つけて喜んでいるが、
イノシシは火伏せの神さまの御使いで、火事から護ると魔除け、それから福を呼ぶなどと、昔から珍重されていたのである。



狛犬の記事一覧を見る



御嶽山&武蔵御嶽神社

20190826

所在地:東京都青梅市
撮影日:2019年8月21日

レンゲショウマの撮影と、武蔵御嶽神社参拝のため訪れました。

御岳山(みたけさん)は、東京都青梅市にある標高929mの山である。武蔵御岳山とも呼ばれる。古くから山岳信仰の対象となっており、山上には武蔵御嶽神社が建立されている。

ケーブルカー駅の駐車場に車を停めて出たら、ケーブルカーの改札開始のアナウンスが聞こえてきたので、急いで小走りに急いで、ケーブルカーに乗り込んだ。

ケーブルカーを降りる時に、一番下の席から。
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乗って来たケーブルカー。
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レンゲショウマが咲いているところは、御嶽神社にもあるようですが、まずは群生地の「富士峰園地」で撮影しました。
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富士峰園地に入ると、既にたくさんのカメラマンが撮影していた。
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私も、夢中になって撮影しました。
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レンゲショウマの写真は既にアップしてあるので、それを見てください。

その記事を見る


ここでは、富士峰園地の様子などをアップしておきます。

「カメバヒキオコシ(?)」の蕾
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ミヤマシキミの実
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ヤマアジサイの蕾
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木漏れ日が綺麗だった。
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朝もやが残るなかで、樹のシルエットが美しい。
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ヤマアジサイ
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撮影を終えて、ケーブルカー御岳山駅前の広場に戻ると、まだ朝もやがたなびいていて、綺麗だった。
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武蔵御嶽神社へ続く参道を歩き出す。
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気持ちのいい道です。
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御岳ビジターセンターに寄り休憩と、置いてあるパンフレットで情報収集。
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ここからは、武蔵御嶽神社の御師の宿坊が並ぶ。
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少し坂がキツくなる(汗)
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天然記念物「神代ケヤキ」
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根元の斜面に秋海棠が咲いていた。
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お土産屋さんが並ぶ通りを抜けると、武蔵御嶽神社の大鳥居に着く。
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随神門
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ここからしばらく石段が続く。
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今まで気が付かなかったが、石段に鬼が刻まれている。
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石段の中間の、銅鳥居。
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また鬼が居た。
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この大杉まで上がれば、もうちょっと。
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最後の石段の下から拝殿を望む。
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拝殿前の狛犬の顔は、まるでモンスター。
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いつ見ても感心する、彫刻の美しい拝殿で参拝。
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武蔵御嶽神社については、既に記事にしています。

その記事を見る


本殿
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本殿の素晴らしい狛犬「おイヌさま」は、既にアップしてあります。
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その記事を見る


ここにしか無い、珍しい狛犬を紹介しておく。
皇御孫命社の前に、イノシシの狛犬がある。
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「ブタの狛犬」と書いている記事が多いが、由来を調べると「猪」である。
江戸時代に奉納された初代は、大風で倒れた大木により壊されてしまい、再現されたものが現在のもの。
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これで参拝を終え、お土産屋さんの一角にある、眺めのいい茶店で美味しい蕎麦を食べ、帰途についた。
途中、吉野郷で、吉川英治記念館が今年の春に閉館となったのだが、吉川英治夫人がはじめた「紅梅苑」は果たして残っているのかと、寄ってみた。
無事営業していた。
あいかわらず、ここのコーヒーは美味しかった。
買って帰った「紅梅まんじゅう」も上品な味は相変わらずで美味しかった。

(了)


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御嶽山の花/レンゲショウマ、ヤマアジサイ、ヤマトリカブト

20190823

【レンゲショウマ 蓮華升麻】
撮影場所:御嶽山富士峰園地
撮影日:2019年8月21日

キンポウゲ科、レンゲショウマ属の多年草。
花が蓮に、葉がサラシナショウマ(晒菜升麻)に似ているので、レンゲショウマ(蓮華升麻)の名がつけられた。
花茎の下部に茎葉と根出葉がある。葉は二-四回三出複葉で、小葉は卵形、あらい鋸歯を持つ。
高さは80センチ程度となり、丸い蕾をつける。赤みを帯びた光沢のある薄紫の上品で気品あふれる花が、様々な方向を向いて咲く。花の直径は4センチほど。萼も花弁も共に花弁状に見える。萼は花弁状で平らに開き、花弁は抱えるように咲くため、一見では二段構えに花弁が並んでいるように見える。
花が咲くまで、5~7年かかる。
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外側は「がく 萼」、内側にあるのが「花びら」。「がく」が傘の役目をして、花粉を雨から守っている。
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一つの株にたくさんの蕾がついているが、いっぺんに咲かない。咲く時期をずらすことで悪天候に備えているみたいだ。
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「カメバヒキオコシ(?)」の蕾と一緒に。
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気に入った写真を並べます。
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【ヤマアジサイ】
撮影場所:御嶽山富士峰園地
撮影日:2019年8月21日

アジサイ科アジサイ属の1種である。山中で沢によく見られることから、サワアジサイとも呼ばれる。
ただし、独立した種として認めず、アジサイ Hydrangea macrophylla(種としてのアジサイ、ガクアジサイ)の亜種 Hydrangea macrophylla subsp. serrata などとする説もある。
ガクアジサイと比べ、花の色が多様性に富む。花序は直径7–18センチ、装飾花は直径1.7–3センチ[3]。葉質は薄く光沢がなく、小さく(6.5–13センチ)、長楕円形・楕円形・円形など形はさまざまである。枝は細く、樹高1メートル程度である。
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【ヤマトリカブト 山鳥兜】
撮影場所:御嶽山・武蔵御嶽神社参道
撮影日:2019年8月21日

やまとりかぶと(山鳥兜) キンポウゲ科 分類:草 学名:Aconitum japonicum
和名の由来は、花の形を舞楽の時にかぶる鳥兜にたとえたものである。
また、山地に生える鳥兜なので山鳥兜(ヤマトリカブト)とされた。
全草に猛毒のアルカロイドを含み、世界最強といわれる有毒植物である。
鮮やかな青紫色をした兜形の花をたくさんつける。
花びらのように見えるのは5枚の萼片である。
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川越百万灯夏祭り

20190820

7月28日(日)に、歴史クラブの「伝統民俗芸能・伝統武術・祭り」グループの企画で楽しみました。

川越百万灯夏まつりの由来:
川越百万灯夏まつりの前身である川越百万灯提灯まつりの由来は、川越城主松平大和守斉典(なりつね)候が病没した後、三田村源八の娘、魚子(ななこ)が、「三田村家が斉典候から受けた恩義」に報いるため翌嘉永3年の新盆に切子灯籠をつくり、表玄関に掲げました。
このことがきっかけになり、町中をあげて斉典候の遺徳をしのび、趣向をこらした見事な提灯まつりとなりました。
その後中断されていましたが、こうした由緒ある行事と斉典候の遺徳をしのぶ語り草から昭和32年の夏に川越商工会議所の呼びかけで復活しました。
昭和48年より併催行事として歩行者広場が実施される様になり、昭和57年には市制60周年を契機に名称も「川越百万灯夏まつり」と改められ、 市民参加型のまつりとして生まれ変わり、現在まで関係各位のご協力のもと、 小江戸川越の夏の風物詩として、盛大に開催されている。


「川越藩時代行列&火縄銃鉄砲隊演武」が本川越駅前15:30スタートということで、それより少し前に本川越駅前に集合し、「川越藩時代行列&火縄銃鉄砲隊演武」を見てから、各自が楽しみたいプログラムを楽しむことになりました。

この日用意された主なプログラム
・川越藩時代行列&火縄銃鉄砲隊演武/本川越駅前→一番街方面
・梅后流江戸芸カッポレ/本川越ステージ
・川越地区消防音楽隊/連雀町交差点ステージ
・お囃子競演会/鍛冶町広場
・小江戸宵の舞(越中おわら節)/埼玉りそな銀行川越支店前

〇川越藩時代行列&火縄銃鉄砲隊演武
本川越駅前に、既に時代行列の人たちがスタンバイしていた。
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15:30にいよいよスタート。
本川越駅前で火縄銃隊が演武を行い、一番街方面に時代行列がスタートして、所々で火縄銃隊が演武を行いながら、行列が進んでいった。
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その模様を、動画で撮りユーチューブにアップしてあるので、それを見てください。
下記「その動画を見る」をクリックすれば、見ることが出来ます。

その動画を見る


その後、しばらく消防音楽隊の演奏を聴き、私は休みたくなったので「祭り会館」の裏にある、冷房の効いた休憩所でしばらく休んだ。

〇小江戸宵の舞(越中おわら節)
17時からの、「小江戸宵の舞(越中おわら節)」は絶対に見たかったので、時間を見計らって埼玉りそな銀行川越支店前に行った。場所は良いところを確保出来なかったが、いつも見慣れている「おわら」とは違う角度から見たのは楽しかった。
最初、銀行前で演舞があり、その後「街流し」となった。
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こちらも、動画で撮りユーチューブにアップしてあるので、それを見てください。
下記「その動画を見る」をクリックすれば、見ることが出来ます。

その動画を見る



18時に鍛冶町広場に集合ということで、参加者が集まり解散。
本当は、日が落ちてからの町の様子を楽しみたかったのだが、ちょっと疲れてしまい変えることにした。
他の参加者も同様で、ぶらぶらと本川越駅まで戻り、帰途についた。
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(了)



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巣鴨庚申堂(中山道庚申塚)

20190819

所在地:東京都豊島区巣鴨4-35-1
撮影日:2019年7月19日
御祭神:猿田彦大神・大己貴神・小彦名神

ここには、中山道を歩いたとき、歴史クラブで巣鴨周辺の史跡巡り等、何度も立ち寄っていたのだが、いずれも写真がいまひとつ。それで7月に近くに来たので、きちんと写真を撮り直した。

ここは、都電荒川線の庚申塚停留所のすぐ近く。JR山手線の巣鴨駅からなら、おバアちゃんの原宿・巣鴨地蔵通り(中山道)を歩いてくれば良い。
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由来記
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巣鴨庚申塚は江戸時代中山道の立場として栄え、旅人の休憩所として簡単な茶店もあり、人足や馬の世話もしていました。江戸名所図会ではそれらの様子がにぎやかに描かれています。
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ここは中山道板橋の宿場にも近く、右に向かえば花の名所「飛鳥山」、紅葉の王子にでる王子道の道しるべを兼ねた庚申塔が建っていました。庚申塚は浮世絵『木曽街道六十九次』にも登場している。
渓斎英泉と歌川広重が合作のかたちで天保6年(1835年)ごろ完成させた『木曽街道六十九次』のうち、英泉描く「板橋宿」である。
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英泉描く風景は板橋宿と云いながら、手前は巣鴨庚申堂あたりの立て場であり、この間歩いて30分くらい距離をすっ飛ばしている(笑)。
前『江戸名所図会』「巣鴨庚申塚」と照らし合わせると、少し手前の場所であることが判ります。英泉作品の中央部に描かれる石塔が、王子稲荷や王子権現に向かう王子道との分岐点にあった庚申塔です。巣鴨の立場にあったその石塔の正面には「青面金剛(しょうめんこんごう)」、右面には「右王子道」と書いてあった。
つまり、遠近画法を応用して、巣鴨の立場から板橋宿の旅籠を遠望するという構図を採っているのです。ただし、巣鴨の立場と板橋の宿場との間にはかなりの距離があるのですが、その間をショートカットした作図です。
なお、本作品に描かれる宿場背後の森は加賀の前田家の、板橋宿の東側にあった21万坪の下屋敷を表しているものと思われる。

御由緒:
文亀2年(1502)、高さ八尺(約2.4m)の庚申塔を当地に造立したのが創祀とされる。
明暦3年(1657)、明暦の大火(振り袖火事)が発生し、当地には上州・秩父・川越方面より復興に使用される木材が多く集積された。
ある時、庚申堂の碑に立て掛けられた竹木が重心を失って倒れ、庚申塔に当り、塔は五つに砕けてしまう。
村中で協議し、丈を縮めた塔を再建し、砕けた塔はその塚の土中に埋めた。
当地は旧中山道(現・地蔵通り)と旧王子道(現・折戸通り)が交差しており、板橋宿に至る途中の立場(たてば・休憩所)として、賑わったという。
「江戸名所図会」には当時の様子が描かれており、庚申塔のそばに二軒の茶屋が立ち並び人々の行き交う様子が伺える。
明治初期には、近辺の有志が千葉県銚子市の猿田神社の御分霊を勧請した。
昭和8年(1933)、御大典記念として大塚天祖神社の社殿が新築され、その余財の一部で町会事務所を併設した庚申堂本堂が改築されたが、昭和20年(1945)に戦災で焼失する。
戦後の昭和24年(1949)、榎本留吉氏によって仮庚申堂本堂が再建された。
昭和47年(1972)、前年に発足した庚申堂改築奉賛会により本堂が造営され、昭和50年(1975)には御水屋も設置された。
昭和57年(1982)に庚申堂奉賛会が発足、平成3年(1991)に山門の改築に至っている。

門には「猿田彦大神」と書いた大きな提燈が下がる。
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中に入ると、左右に狛犬ではなくて、神猿が迎えている。
台座には三猿が刻まれている。
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江戸名所図会の説明
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手水舎
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この茶屋には小林一茶も訪れ、「ふじだなに 寝て見ても またお江戸かな」との句を詠んでいる。
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拝殿
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本堂
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本堂内には1657(明暦3)年に再建された庚申塔が納められ、これは豊島区の登録文化財になっているという。

神紋は、「月に庚」
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火消し組から奉納された立派な額
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(了)


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小野照崎神社の狛犬

20190817

所在地:東京都台東区下谷2-13-14小野照崎神社拝殿前
参拝日:2019年7月15日

小野照崎神社については、既に記事があります。

その記事を見る


今回の狛犬は、拝殿前の狛犬です。
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年代:明和元年(1764年)
材質:石造
型式:宝珠・角型

右側の阿形獅子。頭に宝珠を載せている。蹲踞。
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・右は口を開き阿形、たてがみが巻き毛で獅子。頭に宝珠を載せている。
・たてがみは流れ落ち、胸に達している。
・耳は聞き耳を立て、眉はまっすぐ巻き毛が並ぶ。顎鬚は直毛で小さい巻き毛が混ざる。
・口は横に大きく開き、唇の中舌をのぞかせ、歯は並んで居るが、牙は目立たない。
・表情は厳めしいが、すごみは無い。
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左側の吽形獅子。頭に二又に分かれた角がある。蹲踞。
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・左は口を軽く閉じ吽形、たてがみの巻き毛が大きい、獅子。頭に二又に分かれた角がある。
・たてがみは流れ落ち、胸に達している。
・耳は聞き耳を立て、眉は巻き毛が並ぶ。顎鬚は直毛で小さな巻き毛が混ざる。
・鼻の穴が大きく正面を向き、目はドングリ眼で奥目。
・口は軽く閉じ、唇の中、歯を噛み締めている。牙はわからない。
・表情は厳めしいが、すごみは無い。
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・前足は短く真っ直ぐで筋肉が強調され、爪が立派。前足の走り毛は全長にわたってある。
・後足は蹲踞。爪は立派。走り毛は尾が覆っていてわからない。
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・尾は、複雑に絡み合った尾が、両脇に垂れ下がり後足にかぶさっている。大きな巻き毛が混ざる。
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宝珠、角が立派で、たてがみと尾の毛の流れが綺麗で、それに立派な巻き毛が絡む。
「宝珠・角型」の典型的なかたちで、綺麗な狛犬である。



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小野照崎神社

20190815

鎮座地:東京都台東区下谷2-13-14
参拝日:2019年7月15日、7月26日
主祭神:小野篁、菅原道真

JR鶯谷駅から歩いて6、7分のところにあります。

入口の鳥居
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社格等:村社
由緒:
小野篁を主祭神とし、相殿に菅原道真を祀る。
852年(仁寿2年)この地の住民が上野照崎の地に小野篁を奉斎したのが起源と伝わる。寛永年間(1624年-1643年)、寛永寺の建立のため幕府より移転を命じられ、現社地に遷座した。江戸末期、回向院より菅原道真自刻と伝わる像を迎えて相殿に祀り、「江戸二十五天神」の一つに数えられた。樋口一葉の「たけくらべ」に「小野照さま」の名で出ている。

当社の御祭神である小野篁命は、平安時代の初期〜中期を生きた、実在の人物です。
国の中枢でその才を発揮した「学問の神」であり、漢詩、和歌、書道、絵画等、多彩なる感性で平安文化の大廈となり礎となった「芸能の神」、そして圧倒的な行動力とその手腕から「仕事の神」として、数々の逸話と共に広く信仰されている。

鳥居脇に、ちょっと窮屈に収まった、大正11年(1922)奉納の狛犬が居る。
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手水舎
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拝殿前に進むと、拝殿に真っ直ぐ向かう別の入り口があり、こちらが正門かと入り直した。
こちらには、神橋があり。
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拝殿
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拝殿前には、明和元年(1764年)奉納の、「宝珠・角型」狛犬が居る。
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拝殿の屋根は、千鳥破風と唐破風の二重の破風となっている。
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向拝柱まわりの彫刻
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向拝中備えの彫刻
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社額
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拝殿の中は、ガラス戸が閉まっており、よく見えなかった。
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本殿
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神紋は、「右三つ巴」と「梅鉢」
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社務所の屋根にも、獅子の飾り瓦があった。
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社殿の横に「下谷坂本の富士塚」がある。
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1828年(文政11年)建造。
1979年(昭和54年)には「下谷坂本の富士塚」(したやさかもとのふじづか)として、重要有形民俗文化財に指定されている。毎年富士山の開山に合わせて6月30日と7月1日に一般の登拝ができる。
富士山に誰もが行けるわけではなかった時代、その霊験あらたかな姿を伝えるべく作られた直径は約15m、高さ約6mのミニチュアの富士山。一合目から順に十合目まで記されており、南無妙法と書かれた石碑や修験道の開祖である役小角の尊像も残る等、神仏習合の名残が見て取れます。

入口には、神猿が居る。
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富士塚
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境内末社に参拝

〇御嶽神社
〇三峰神社
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社殿前には、狛狼が居る。
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社殿
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〇稲荷神社
〇織姫神社
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明治十五年修成の狛狐
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社殿
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境内に、日本三大庚申の一つという庚申塚があります。
御祭神:猿田彦命
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現在11基の塔が祀られており、江戸前期の庚申塔が8基あるそうですが、最古のものは「正保二年(1647年)の作」であり、青面金剛の塔は大阪四天王寺と同作の霊像と云われ、聖徳太子作と伝えられている。
日本三庚申とは、京都の金剛寺(八坂庚申堂)、大阪の四天王寺庚申堂、東京の入谷庚申堂だと言われている。

江戸名所図会「入谷庚申堂」
「喜宝院に安ず。摂の四天王寺の青面金剛と同作の霊像となりといへり。」とあり、この青面金剛は四天王寺庚申堂のものと同作と書かれている。
ただ「喜宝院に安ず」ということで喜宝院はないので入谷庚申堂は消滅しているものと思われます。
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青面金剛文字塔
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塔の前には神猿が居る。
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青面金剛文字塔も含めて11基の庚申塔の詳細については、「庚申塔探訪」の記事にて説明します。
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(了)


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建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)/日本の神々の話

20190814

記紀等に伝わる古代日本の皇族。

『日本書紀』では「武渟川別」「武渟河別」、『古事記』では「建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)」と表記される。

第8代孝元天皇皇子の大彦命の子で、阿倍臣(阿倍氏)の祖。
四道将軍の1人として東海に派遣されたほか、垂仁天皇朝では五大夫の1人に数えられる。

『日本書紀』崇神天皇10年9月9日条では武渟川別を東海に派遣するとあり、同書では北陸に派遣された大彦命、西道に派遣された吉備津彦命、丹波に派遣された丹波道主命とともに「四道将軍」と総称されている。その後、将軍らは崇神天皇10年10月22日に出発し、崇神天皇11年4月28日に平定を報告した。
また同書崇神天皇60年7月14日条によると、天皇の命により武渟川別は吉備津彦と共に出雲振根(出雲臣の祖)を誅殺している。
垂仁天皇25年2月8日条では、彦国葺(和珥臣祖)・大鹿島(中臣連祖)・十千根(物部連祖)・武日(大伴連祖)らとともに「大夫(まえつきみ)」の1人に数えられており、天皇から神祇祭祀のことを命じられている。

一方『古事記』では、四道将軍としての4人の派遣ではないが、やはり崇神天皇の時に大毘古命(大彦命)は高志道に、建沼河別命は東方十二道に派遣されたとする。
そして大毘古命と建沼河別命が出会った地が「相津」(現・福島県会津)と名付けられた、と地名起源説話を伝える。
建沼河別命が派遣された「東方十二道」は会津に至るまでの12ヶ国を意味するが、これは後世の国制を反映したものと見られる。
東方十二道:伊勢(伊賀、志摩を含む)、尾張、三河、遠江、駿河、甲斐、伊豆、相模、武蔵、総(上総・下総)、常陸、陸奥

私は、関八州式内社めぐりで、下総国・健田須賀神社(茨城県結城市)のご祭神として参拝した。



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季節の花/仙人草、長葉水葵

20190813

今日のウォーキングは智光山公園で行ったが、昨日までと比べると、ちょっと気温が低くて歩きやすかった。

【センニンソウ 仙人草】
撮影場所:埼玉県狭山市緑化植物園
撮影日:2019年8月13日

センニンソウ(仙人草、学名:Clematis terniflora DC.[1])は、キンポウゲ科センニンソウ属に分類されるつる性の半低木(木質の多年草)の1種。属名(Clematis)は「若枝」を意味し、種小名(terniflora)は「3枚葉の」を意味する。和名は痩果に付く綿毛を仙人の髭に見たてたことに由来する。別名が「ウマクワズ(馬食わず)」、有毒植物で馬や牛が絶対に口にしないことを意味する。
茎は長く伸び多岐に分かれて、直径約7 mmの円柱形、緑色で無毛。葉は羽状複葉、小葉は3-7枚(多くは5枚)、ほぼ卵形、先は細まり鈍角、先端が小さく突出し、無毛、長さ3-5 cm[7]。しばしば下部の小葉は2-3片に切れ込むが鋸歯はない。葉柄は曲がりくねって他の物に絡むつる性。枝の先端と葉腋から3出集散状の花序を出し多数の花を付け、しばしば全体として大きな円錐形となる。白色の花は直径2-3 cmで、上を向いて全開する。萼片は4枚(白い花弁のように見えるものは萼片で花弁はない)、倒披針形で、円頭-鋭尖頭、縁に細い毛を密生する。雄蕊は無毛で多数、雌蕊も多数ある。開花時期は8-9月頃。赤褐色の痩果は、長さ7 mmの楕円状卵形で縁は隆起する。花柱は長さ2.5-3 cmで、銀白色の長い毛を密生し、長い羽毛状、宿存し花期後も落ちない。
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【ナガバミズアオイ 長葉水葵】
撮影場所:埼玉県狭山市智光山公園
撮影日:2019年8月13日

ナガバミズアオイはミズアオイ科ポンテデリア属の栽培種。
水生の多年草。泥の中に根を出す。栄養茎は短く、根茎をもつ。花茎は直立し、長さ120㎝以下。無柄の葉の葉身は線形。有柄の葉は水上に出る(抽水)。托葉は長さ7~29㎝。葉柄は葉身のすぐ下でくびれ、長さ60㎝以下。葉身は披針形~心形、長さ6~22㎝×幅0.7~12㎝。穂状花序は数百個の花をもち、長さ2~15㎝。仏炎苞は長さ5~17㎝。
花被は藤色(mauve)、まれに白色、筒部は長さ3~9㎜、拡大部の花被片は倒披針形、長さ5~8㎜、上部の中央裂片は2裂し、黄色の斑点がある。下部の雄しべは長さ7~13㎜。上部の雄しべは長さ1.5~6.3㎜。花柱は3裂。果胞( utricle)は歯状のうねをもち、長さ4~6㎜×幅2~3㎜。花期は(3)6~11月。
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青面金剛立像/東池袋庚申ビル

20190812

所在地:東京都豊島区東池袋1-47-1 庚申ビル
撮影日:2018年11月17日

この場所を探すのに不安だったが、グーグルマップで「庚申ビル」を検索すると一発で出たため、助かった。
サンシャインビルの近くで、明治通りと春日通りの交差するところに位置する。
近くを首都高が走っている。
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ビルの外側、2階にあがる階段の下の壁の中に埋め込まれている。
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「豊島区重要文化財 庚申様」というプレートが付き、献花が一杯で、大切に守られている。
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塔身は駒形。
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資料に寄れば
右側面に 「初代恩田与三郎 明治末期建」
「二代恩田巳之助 破□ノタメ改メ 昭和二十五年 建之」とあるそうだ。


塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:なし
主尊の特徴:一面六臂、髪火焔、邪鬼を踏んで立つ。
本手:剣とショケラ
他の手が持つ法具:法輪、弓、矢、鉾
脇侍:一邪鬼
造立年代:昭和25年(1950)


青面金剛全身
邪鬼を踏んで立つ。
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髪は火炎。
耳がかなり大きい。
目が怒り、口を引き結び、忿怒の表情。
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本手は剣とショケラ。
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ショケラは普通半裸の女性だが、ここでは人の頭を下げている。
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他の手が持つ法具は、右側が上は法輪、下は弓。
左側は上が鉾、下は矢。
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青面金剛に踏まれている邪鬼は、「参ったなあ」と苦笑いしている表情が面白い。
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横に、面白い表情の木像が置かれていた。
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この庚申塔は、ビルの壁龕の中に安置されており、正面からしか眺めることが出来ない。
しかし、昭和製とはいえ、とても綺麗で、大切に守られている。
特徴としては、日月、蛇、鶏、三猿という脇侍が一切なくて、邪鬼をふんでいるだけ。
本手は「剣人型」だが、ショケラが人の頭というのが、独特。初めて見た。



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高田富士浅間神社の狛犬

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所在地:東京都新宿区西早稲田三丁目5-43 水稲荷神社内高田富士登り口
撮影日:2019年7月15日

「高田富士」については、既に記事があります。

その記事を見る


この日は「富士祭り」と云って、年に2日しかない富士塚「高田富士」に登れる日です。
正門入り口の石段を上がり、少し進むと、右側に「高田富士」の入り口があり、この日は年に二日しかない登れる日です。
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今回の狛犬は、高田富士の登り口にある浅間神社の狛犬です。
左側が浅間神社。
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浅間神社の前に、今回の狛犬が居ます。
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年代:安永9年(1780)
材質:石造
型式:宝珠・角型

右側の阿形獅子。頭に宝珠を載せている。蹲踞。
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・右は口を開き阿形、たてがみが巻き毛で獅子。頭に宝珠を載せている。
・耳は聞き耳を立て、眉は横に真っ直ぐ巻き毛が並ぶ。顎鬚は直毛。
・鼻が高く尖り、目は横長で奥目。
・口は大きく開き、たわみが大きい唇の中、乱杭歯が並び、牙は目立つ。
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左側の吽形獅子。頭に角がある。蹲踞。
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・左は口を閉じ吽形、たてがみの巻き毛が大きい、獅子。頭に角がある。
・耳は聞き耳を立て、眉は横に真っ直ぐ。顎鬚は直毛。
・鼻が高く尖り、目は横長で奥目。
・口は閉じ、たわみが大きい唇の中、歯を噛み締めている。牙はわかる。
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・前足は、指と爪が大きく鋭い。足首の前に毛の表現。付け根に炎のような立派な巻き毛の表現。
・後足は蹲踞。走り毛は炎のような立派な巻き毛。爪先まで毛が覆っている。
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・尾は、立っていて、根元中央に大きな巻き毛。左右に二つずつ巻き毛。そこから大きく炎が立っている。
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普段、人目の付かない所にこのような立派な狛犬があって、吃驚した。
江戸時代当時の、富士講が盛んであった、一つの証でもある。



狛犬の記事一覧を見る



夏目漱石山房記念館

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所在地:新宿区早稲田南町7番地
訪問日:2019年7月26日

この日は、まず西武新宿線中井駅から「林芙美子記念館」を訪ね、その後高田馬場から東西線早稲田駅で下車。
早稲田大学戸山キャンパスの学食で昼食。

それから「夏目坂」に向かった。

早稲田大学キャンパスと反対側に「夏目坂」がある。

この日は、なんだかボーッとしていて、ここの写真を撮らなかった。
2017年12月に、この坂の上にある庚申塔を撮りにきたときの写真を載せておく。

夏目坂
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その坂の上り口に「夏目漱石誕生の地」碑がある。
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夏目坂と一本ずれた坂を上がっていくと、「漱石山房記念館」がある。
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「漱石山房記念館」に到着。
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淑石山房とは:
夏目淑石は晩年の9年問を「淑石山房」と呼ばれた早稲田南町の家で暮らしました。この家は和洋折衷の平屋建てで、庭の大きな芭蕉の木や、モダンなべランダ式回廊が特徴的でした。
早稲田南町に転居した頃から文筆業に専念し始めた淑石は、この地で「三四郎」「こゝろ」「道草」など、数々の名作を世に送り出しました。客間では過1回木曜日に「木曜会」と呼ばれる文学サロンが開催され、漱石を慕う若い文学者たちの集いの場にもなっていました。
 建物は昭和20年(1945)5月25日の空襲で焼失しました。

漱石山房外観(大正5年12月)
(リーフレットから)
この辺は、いまの記念館に再現されていました。
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漱石山房で執筆された作品:
「坑夫」以降の作品、「夢十夜」「三四郎」「ぞれから」「門」「彼岸過迄」「行火」「こゝろ」「道草」「明暗」随筆「硝子戸の中」などが漱石山房で執筆された。

記念館に展示されてあったが、撮影禁止なので、リーフレットから。
この頃の本は、装丁がとても素敵だ。
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一階の展示
右側がブックカフェ
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一階の漱石山房再現展示室
ここは、戦災で焼けてしまったので、残っている写真から再現したもの。
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二階の展示室にはたくさんの興味深いものがあったが、撮影禁止なので紹介できず。
漱石の小説から抽出した「漱石の言葉」が通路に展示してあり、あまり漱石の本を読んでいない私には、新鮮な言葉が多かった。

(了)


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三猿庚申塔四基/目白不動金乗院④~⑦

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所在地:東京都豊島区高田2-12-39 目白不動尊金乗院境内
撮影日:2018年3月17日

目白不動尊金乗院については、「関東36不動めぐり」で参拝した際の記事があります。

その記事を見る


境内には7基の庚申塔があり、今回は本堂と不動堂の間の墓地に通じる参道に置かれた三猿庚申塔四基を紹介する。
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【三猿庚申塔④】
墓地に通じる参道の一番手前に三猿庚申塔二基があり、そのうち右側のもの。
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塔身:舟形光背型
主尊:三猿
日月:浮彫り、瑞雲付き
造立年代:延宝5年(1677)
高さ:90cm

銘文
中央に「庚申塔信心衆」
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日月は、浮彫り瑞雲付き。
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三猿
右から「言わざる、聞かざる、見ざる」
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【三猿庚申塔⑤】
墓地に通じる参道の一番手前に三猿庚申塔二基があり、そのうち左側のもの。
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塔身:角柱型(多分元は笠付)
主尊:三猿
日月:浮彫り、瑞雲付き
造立年代:元禄5年(1692)
高さ:98cm

銘文
中央に「奉待念庚申一座」
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日月は、浮彫り瑞雲付き。
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三猿
右から「言わざる、聞かざる、見ざる」
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【三猿庚申塔⑥】
参道を少し上がったところに、この庚申塔はある。
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塔身:唐破風笠付角柱
主尊:三猿(三面に一猿ずつ)
日月:筋彫り、瑞雲付き
造立年代:延宝4年(1676)
高さ:250cm

銘文
正面中央に「奉建立庚申塔婆二世安楽攸」
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唐破風笠付き
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日月は、筋彫り、瑞雲付き。
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正面の猿は「聞かざる」
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右側面の猿は「見ざる」
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左側面の猿は「言わざる」
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【三猿庚申塔⑦】
その奥に、この庚申塔はある。
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塔身:山型角柱
主尊:三猿
日月:なし
脇侍:二鶏
造立年代:万治2年(1659)
高さ:170cm

銘文
正面に、阿弥陀三尊種子の下に「奉信敬庚申禮三年講結衆諸願成就」
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塔身の頭部は山型。
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三猿は右から「見ざる、聞かざる、言わざる」
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左右の側面に鶏を刻んである。
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※四基の庚申塔は、塔身が全部異なり、日月も浮き彫り、筋彫り、なし、があり、三猿も三面に一猿ずつもあり、鶏の居るのもありと、バリエーションが豊富で、見ごたえがあった。



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季節の花/秋海棠、クサギ、葛

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【シュウカイドウ 秋海棠】
撮影場所:埼玉県狭山市柏原地内
撮影日:2019年8月2日

シュウカイドウ科シュウカイドウ属(ベゴニア属)に分類される多年生草本球根植物である。和名は中国名「秋海棠」の音読み。ヨウラクソウ(瓔珞草)、相思草、断腸花、八月春とも呼ばれる。

中国大陸(山東省以南)、マレー半島に分布する。
日本では江戸時代初期に園芸用に持ち込まれた帰化植物(#園芸を参照)である。

夏から初秋にかけて草丈 70cm 前後に生長し、扁心形で左右非対称の葉を互生させる。この葉は長さが 20cm 程度と大きい。葉にはシュウ酸が含まれる。
花期は 8 - 10月。花期になると茎の頂点から花序を伸ばし、2 - 3cm 程度の淡紅色の花を咲かせる。雌雄異花同株で、雄花は上方に正面に向いて開き、中央に黄色く球状に集まった雄蘂が目立ち、4枚の花弁のうち実は左右の小さな2枚が花弁で、上下の大きな花弁のように見える2枚は萼。雌花には下方に垂れ下がった状態で下方に向いて開き、中央の黄色い雌蕊は3つに分かれ先はらせん状になっている。雌花も雄花と同様の花を咲かせるが、三角錐状の子房を持ち小さな花弁が1枚だけのことが多い。
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【クサギ 臭木】
撮影場所:埼玉県狭山市柏原地内
撮影日:2019年8月2日

クサギ(臭木、Clerodendrum trichotomum)は日当たりのよい原野などによく見られるシソ科の落葉小高木。葉に悪臭がある事からこの名がある。日本全国のほか朝鮮、中国に分布する。従来はクマツヅラ科に入れられてきたが、現在はシソ科に移されている。

葉は大きく、長い葉柄を含めて30cmにもなり、柔らかくて薄く、柔らかな毛を密生する。葉を触ると、一種異様な臭いがするのがこの名の由来である。
花は8月頃咲く。花びらは萼から長く突き出してその先で開く。雄しべ、雌しべはその中からさらに突き出す。花弁は白、がくははじめ緑色でしだいに赤くなり、甘い香りがある。 昼間はアゲハチョウ科の大型のチョウが、日が暮れるとスズメガ科の大形のガがよく訪花し、受粉に与る。果実は紺色の液果で秋に熟し、赤いがくが開いて残るためよく目立つ。この果実は鳥に摂食されて種子分散が起きると考えられている。
道ばたなどでよく見かけ、遷移においては、藪の状態の所に侵入する最初の樹木として先駆植物(パイオニア)の典型である。
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【クズ 葛】
撮影場所:埼玉県狭山市柏原地内
撮影日:2019年8月2日

クズ(葛、学名: Pueraria montana var. lobata)は、マメ科クズ属のつる性の多年草である[3]。日本では、根を用いて食材の葛粉や漢方薬が作られ、万葉の昔から秋の七草の一つに数えられている。
和名は、かつて大和国(現:奈良県)吉野川(紀の川)上流の国栖(くず)が葛粉の産地であったことに由来する。漢字は葛を当てる(「葛」で表記する場合もある)。

地面を這うつるは、他のものに巻きついて10メートル以上に伸び、全体に褐色の細かい毛が生えている。
根もとは木質化し、地下では肥大した長芋状の塊根となり、長さは1.5メートル、径は20センチに達する。
葉は三出複葉、小葉は草質で幅広く大きい[3]。葉の裏面は白い毛を密生して白色を帯びている。
花は8-9月の秋に咲き、穂状花序が立ち上がり、濃紺紫色の甘い芳香を発する花を咲かせる[3]。花色には変異がみられ、白いものをシロバナクズ、淡桃色のものをトキイロクズと呼ぶ。
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早稲田水稲荷神社の狛狐②

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所在地:東京都新宿区西早稲田三丁目5-43 水稲荷神社脇の入り口
撮影日:2019年7月15日

早稲田水稲荷神社については、既に記事があります。

その記事を見る


拝殿に向かって左からの脇の入り口に、今回の狛狐が居ます。
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こういう説明がついている。
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年代:不明
材質:石造
型式:他眷属型-狐

今回の狛狐は、宙を飛んで着地した瞬間みたいな躍動的な姿である。
その代わり、普通狛狐は物を咥えたり持ったりしているが、そういうものは皆無。

右の狛狐
跳んで、いま着地したばかりというような体勢。
どこも丸っこい造形だが、躍動的である。
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聞き耳を立て、注意深くこちらを見つめている。
表情は穏やか。
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左の狛狐
跳んで、いま着地したばかりというような体勢。
どこも丸っこい造形だが、躍動的である。
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聞き耳を立て、注意深くこちらを見つめている。
表情は穏やか。
片方の耳が損なわれている。
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丸い尾は、真っ直ぐ後ろに延びている。
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今までアップした狛狐は蹲踞した体勢だったが、
今回の狛狐は、跳んで、いま着地したばかりというような体勢の狛狐の嚆矢となった。
実に躍動的。
表情は、思慮深い感じで好感が持てる。
なにかの原因で片耳を損なってしまったのだろうが、「耳欠け神狐」と名付けられて、しかもご利益までうたわれている。
この神社側の配慮には、心が温かくなる。



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林芙美子記念館

20190802

所在地:東京都新宿区中井2-20-1
訪問日:2019年7月26日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの行事です。
この日のコースは、「林芙美子記念館」⇒早稲田大学戸山キャンパス学食⇒夏目漱石山房記念館でした。

西武新宿線中井駅から歩いて6、7分で到着。開館時間10時ちょっと前に到着しました。

このあたり、いわゆる「落合」にはたくさんの作家などの文化人が暮らしていた。
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林芙美子の家は、四の坂に沿ってあった。
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坂を上がり始めるとすぐに門があるが、ここからは入れない。
ここから入ると竹林のなかのアプローチから玄関に向かうようになっている。
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今は、この通用門だったところから入る。
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全景を撮ってこなかったので、リーフレットから写真を借りた。
庭からの眺めで、右側の建物が芙美子の生活棟、左側がアトリエ棟である。
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この建物は『放浪記』『浮雲』などの代表作で知られる作家・林芙美子が、昭和16年(1941)8月から昭和26年(1951)6月28日にその生涯を閉じるまで住んでいた家です。
 大正11年(1922)に上京して以来、多くの苦労をしてきた芙美子は、昭和5年(1930)に落合の地に移り住み、昭和14年(1939)12月にはこの土地を購入し、新居を建設しはじめました。 新居建設当時、建坪の制限があったため、芙美子名義の生活棟と、画家であった夫・緑敏名義のアトリエ棟をそれぞれ建てました。
 芙美子は新居を建てるにあたり、建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、その思い入れは格別でした。山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさをあわせもち、落ち着きのある住まいになっています。
 客間よりも、茶の間と風呂と周と台所に工夫とぜいを凝らしたこの家は、人に見せるための家ではなく、住み手の暮らしと安らぎを第一に考えた家でした。芙美子の終の棲家となったこの家には、創作活動と同様に生活を大切にした芙美子の思いを随所に見ることができます。
(リーフレットから)

ガイドさんに案内していただいたので、その順番で各部屋の様子を載せていきます。

〇茶の間
六畳なのだが、その周りに広い縁側を設けて使い勝手を良くしている。
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〇小間
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窓はわりと大きく張り出した出窓にしている。
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天井には網代も配している。
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〇玄関
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直接、母の居室・小間に上がれる工夫もしている。
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〇客間
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武者小路実篤の掛け軸(レプリカ)
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〇鬼門除けの五重塔
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〇二段ベッドのある使用人室
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下がっているヒモを引くと、天井裏の物置に上がる階段が下りてくる。
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〇書斎
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庭からの書斎
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〇寝室
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梅原龍三郎の薔薇の絵が飾られている(レプリカ)。
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〇展示室(アトリエ)
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〇林芙美子愛蔵の人形
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庭に会った石灯篭がとてもよかった。
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ずいぶんと立派な柘榴があった。
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若い枝が出ていた。
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実もちゃんとつけている。
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ガイドさんはじめ館の方の温かいもてなしに感謝しながら、次に向けて出発しました。

振り返りながら坂を下って、中井駅に戻った。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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