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青面金剛立像・駒引き三猿/八王子市

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所在地:東京都八王子市長房町中郷路傍
撮影日:2016年2月13日

この庚申塔がある場所は、大正天皇陵・貞明皇后陵・昭和天皇陵・香淳皇后陵の4陵が造営されている「武蔵野御陵」のすぐ近くである。

大木の下の小屋に三基の石仏が安置されていて、右側が今回の庚申塔。
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塔身は唐破風笠付き角柱。
青面金剛立像と、台座に「駒引三猿」が彫られていることが特筆すべきことである。
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銘文は
右側面には「庚申供養塔」と鶏が彫ってある。
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左側面には「安永七戊戌歳四月吉日」と鶏が彫ってある。
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塔身:唐破風笠付き角柱
主尊:一面六臂青面金剛像
日月:なし
主尊の特徴:一面六臂、邪鬼を踏んで立つ。
本手:合掌
他の手が持つ法具:索縄、弓、矢、鉾
脇侍:二鶏、邪鬼、三猿(駒引き三猿)
造立年代:安永7年(1778)

破風に立派な彫刻がある「唐破風」の上に大きな宝珠が載っている立派な笠である。
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青面金剛全身
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髪は火炎、表情は忿怒。
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本手は合掌。
他の手は、向かって右が索縄、弓、向かって左が鉾、矢。
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青面金剛が踏んでいる邪鬼は、風化が進み、あまりよくわからない。
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台座には、「駒引き三猿」が彫られている。
先頭は鈴を持った猿、馬を引いた猿が続き、その後ろを御幣を持った猿が続く。
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※「駒引き三猿」は、「猿は馬の守り神」という信仰から来ている。

毎年国立歴史民俗博物館が行っている、その年の干支にちなむ講演会「申年のサル」講演会での説明によれば:
・日光東照宮の「三猿」は神厩舎にあり。
・中国では、春秋戦国時代(紀元前7~2世紀)のオルドス青銅器に馬と猿をモチーフにしているものあり。
・孫悟空が天界に召されたとき、最初任ぜられたのは天馬の厩の担当。
・『梁塵秘抄』(平安時代末期に編まれた歌謡集)には、「御厩の隅なる飼ひ猿は」といった文句がある。
・東北地方の馬屋では、猿の頭骨や木造の猿をお守りに飾る風習がある。
・牛馬への祈祷に猿を引きまわす⇒「猿回し芸」の集団が発生。
  その中で最後まで残ったのが「周防猿まわし」 ⇒日光猿軍団

『一遍聖人絵伝』より、武士の館の厩に飼われている猿。
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『洛中洛外図屏風』より、「周防猿まわし」
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(了)


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雑司ヶ谷七福神めぐり(後半)

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1月6日に行われた、歴史クラブの「江戸再発見」、「伝統芸能・祭り」両グループ共催の催しに参加しました。
前回、①鬼子母神堂⇒②観静院⇒③大鳥神社⇒④清立院⇒⑤清土鬼子母神堂まで記事にしています。

清土鬼子母神堂からちょっと歩いたところにある護国寺の門前に、食べもの屋さんが並んで居るので、分散してお昼を食べ、護国寺門前に集合することにしました。
私らは、そんなに混んでいないお店で食べて護国寺門前に戻ったのですが、ファミレスなどに入った人たちが混んでいるため遅れてしまい、その間護国寺境内を散歩してました。

〇護国寺
仁王門
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仁王門から入ったところの参道
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不老門
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本堂
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護国寺門前に全員が揃ったところで、雑司ヶ谷霊園に寄った後、残る二つに向かいました。

〇雑司ヶ谷霊園
ここには、永井荷風、小泉八雲、小栗上野介、金田一京助、泉鏡花、竹久夢二、夏目漱石、仲濱万次郎、島村抱月、サトウハチロー、羽仁もと子、荻野吟子など著名な人の墓がある。
時間が許す範囲で、お参りした人の墓を挙げておく。

夏目漱石
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竹久夢二
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泉鏡花
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小栗上野介
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荻野吟子
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サトウハチロー
「ふたりでみると すべてのものは うつくしくみえる」
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永井荷風
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決めた時間に集合した参加者で、ここから東通りを行き、中野ビルに向かった。

【⑥中野ビル】 布袋尊
豊島区南池袋2-12-2中野ビル1F
中野家は大阪城の石材供給地小豆島の出身である。7代目は布袋尊を護持し、皇居の二重橋や国会議事堂等の石造建築を手掛けた。尊像は戦火を被ったが、今は池袋復興のシンボルとして地域に親しまれている。
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中野ビルの向かいに、よくテレビで紹介されている眼鏡屋さんがあった。
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そこから歩いて5、6分で、ゴールの仙行寺に到着。

【⑦仙行寺】 福禄寿
豊島区南池袋2-20-4
江戸時代初期創立、小石川・白山にあった善行院と隣接の仙応院が合併して仙行寺と改称、今日に至る。戦災により全堂宇を焼失したが、石造浄行菩薩像のみが残る。木彫妙法福禄寿像を安置する。
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木彫妙法福禄寿像
一般的な福禄寿像とは違っている。
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2018年に建立したという、「池袋大仏(二丈釈迦如来大佛)」があった。
高さ4.6m
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ここのご住職は、朝比奈文邃という脚本家で、BSプレミアムで放送している「大岡越前5」を手掛けているらしい。
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これで、全予定を完了。
すぐ近くの池袋駅から帰途に就いた。

(了)


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雑司ヶ谷七福神めぐり(前半)

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1月6日に行われた、歴史クラブの「江戸再発見」、「伝統芸能・祭り」両グループ共催の催しに参加しました。
豊島区観光協会のマップを利用して回りましたが、順番は一部変更しています。
廻ったのは、①鬼子母神堂⇒②観静院⇒③大鳥神社⇒④清立院⇒⑤清土鬼子母神堂⇒護国寺前で昼食⇒雑司ヶ谷霊園⇒⑥中野ビル⇒⑦仙行寺の順番です。
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都営副都心線「雑司ヶ谷」駅で下車、七福神めぐりのスタートです。

雑司ヶ谷鬼子母神の参道
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【①鬼子母神堂】 大黒天
豊島区雑司ヶ谷3-15-20
拝殿・相の間・本殿からなる豪壮なお堂が深い木立の中にどっしりと構え、江戸後期には将軍の御成りもあったという歴史と格式を感じさせる。大国堂に祀られる大黒天は鬼子母神の夫神にあたる。

まだ時間が早いせいか、七福神めぐりの人よりも近くの保育園の子供たちが目立った。
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まずは、大国堂にお参り。
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大黒天
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本堂
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境内の駄菓子屋さんのおばあちゃんも健在。
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大銀杏も元気です。
幹周/8. 00m、樹高/30m、樹齢/推定600年以上。
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鬼子母神堂を出て、すぐに威光山法明寺の南無妙法蓮華経石碑が建っているところから法明寺の参道を進みます。
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参道途中の右手に観静院があります。

【②観静院】 弁財天
豊島区南池袋3-5-7
1200年以上の歴史のある日蓮宗威光山法明寺の塔頭(たっちゅう)です。
昔は一面の梅林であった。中に天神堂があり、加藤清正は御神体を供奉し、文禄・慶長の役を全うする。後年尊像はこの地に還るが、元の梅林は拓かれ、当院が創設されていた。
芸事上達の神・弁財天を祀る。
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弁才天にお参り。
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本堂
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法明寺の入り口を出たら左に向かい、東京音楽大学の横を進むと、都電荒川線の手前に大島神社はあります。
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【③大鳥神社】 恵比寿神
豊島区雑司が谷3-20-14
正徳2年(1712)疱瘡除けの神として創始、以来雑司ヶ谷一帯の氏神として崇敬されている。江戸時代から続く酉の市は雑司ヶ谷の風物詩の一つ。地誌によれば、創始時には恵比寿神が合祀されていた。

鳥居のところに居る狛犬が、関東では極めて珍しい「出雲構え型」でした。
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恵比寿さんにお参り。
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拝殿にて参拝。
ご祭神:日本武命、(相殿神) 倉稲魂命
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拝殿前には、風格のある「岡崎古代型」狛犬がいます。
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阿形狛犬の足元には、何故かカエルがいた。
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ここのお賽銭箱は、立派な巾着袋だった。
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大鳥神社の横の道(弦巻通り)を都電荒川線を越えて直進、三つ目を左折して進むと清立院の下に出ます。
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【④清立院】 毘沙門天
豊島区南池袋4-25-6
約770年前、真言宗・清瀧寺として創立。後に村を疫病から救った雲水が日蓮聖人像を寺に残したことから日蓮宗・清立院と改める。雨乞いと皮膚病の祈願寺として尊崇された。木彫り毘沙門天像は区指定文化財。
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本堂の建物内に毘沙門天は祀られている。
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毘沙門天像
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まぎらわしいが、前立の毘沙門天像もあり。
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甘酒は一杯百円で、そして泡盛を無料で(!)
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ちょっと疲れた身体に甘酒は有難かった。そのお金は首里城再建のためと書いてあった。
それでは、飲まずにおられません!!
聞いたら、先代の住職さんから沖縄に供養に通っておられて、沖縄と縁が深いのだそうです。
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ここから、次の清土鬼子母神堂までは距離がある。ずっと降っていく。

【⑤清土鬼子母神堂】 吉祥天(寿老人の代替)
文京区目白台2-16
雑司ヶ谷鬼子母神堂に祀られている鬼子母神尊像は、清土のこの地から出土した。清土出現所とはここからついた名前だが、地元では親しみを込めて清土鬼子母神と呼んでいる。
吉祥天はこの鬼子母神の娘神である。
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吉祥天像にお参り。
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本堂
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星ノ井(星の清水)は、形が三角形の井戸。鬼子母神像が出土した際、この泉は星影を宿したといい、この泉で像を浄めた。
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江戸名所図会『清土星の清水』にも、ちゃんと三角形の井戸が描かれています。
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芭蕉の句碑
「芭蕉庵桃青 此道に 出て涼しさよ 松の月」
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入口に入ってすぐのところに道標があるが、最初からここにあったのではなく、移されたもののようだ。
道標「文政六年/これより右みのぶ山ひながた七面堂きしも神出現所道」
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「みのぶ山ひながた七面堂」というのは、調べたら雑司ヶ谷にある「本浄寺」のことだった。
『新編武蔵風土記稿』には、こう記されている。
(雑司ヶ谷村)本浄寺
同(甲斐國身延久遠寺)末、眞要山と號す、本尊三寶祖師、開山眞珠院日要、寛永年中駒込邊に起立し、明暦三年三月十一日寂す、其後根津権現御建立の時御用地となり、寶永四年此地に引しと云。
七面社。相傳ふ此像は甲州身延山七面の像を造立せる頃試に造りし像にて、彼山の寶蔵にありしを、身延三十一世日脱元禄六年紫衣勅許の時、當寺五世正行院日保勤努あるを以て授與すと云、今の社は松平右近将監の寄進なり、大黒の像を合祀す、此像は日蓮仁治年中是性と云し頃、大願を起し自ら浄香と以て煉模し、其後宗門弘通の上弘安三年正月三日再ひ開眼す、運命守護の大黒と云。

「ひながた」というのは、山梨県の身延山久遠寺にある七面の像のひながた、という意味となる。

これで、午前の部は終わり、ちょっと歩いたところにある護国寺の門前に、食べもの屋さんが並んで居るので、分散してお昼を食べ、護国寺門前に集合することにした。

続きは、次回の記事で。


雑司ヶ谷七福神めぐり(後半)の記事を見る


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上御霊神社・拝殿前の狛犬/京都市上京区

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所在地:京都市上京区上御霊前通烏丸東入上御霊竪町495 上御霊神社・拝殿前
撮影日:2017年3月22日

上御霊神社については、既に記事があります。

その記事を見る


今回の狛犬は拝殿前に居る。
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年代:天保15年(1844)
材質:石造
型式:京うちわ型

右側が阿形。タテガミが巻き毛なので獅子。角は無い。
胸に筋肉の浮きがあり、蹲踞している。
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タテガミ、ほおヒゲが巻き毛。あこヒゲは無い。
耳を伏せ、眉は一文字、目を見開いて、鼻は普通。
大きい口を開き、舌をのぞかせ、上の歯が横に綺麗に並ぶ。
顔は、ヒヒを連想させる。笑っている感じ。
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左は吽形、タテガミが巻き毛なので獅子。角がある。
筋肉の浮きがあり、蹲踞している。
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頭に角がある。
タテガミ、ほおヒゲが巻き毛。あこヒゲは無い。
耳を伏せ、眉は一文字、目を見開いて、鼻は普通。
口を閉じているが、歯をのぞかせている。
顔は、ヒヒを連想させる。怒っている感じ。
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尾は平らな立ち尾で、根元に左右一つずつの巻き毛あり、そこから八つ手状に炎のように広がっている。
これが「京うちわ型」の特徴。
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年代は、天保15年(1844)。
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この狛犬は「京うちわ型」という。
尾に特徴があり、姿勢はスフィンクス形。比較的大きい。
顔はけっこうバリエーションが豊富なようだ。


狛犬の記事一覧を見る



東京国立博物館/本館・「博物館に初もうで」展&東洋館・「人・神・自然」展

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一昨年から通うようになった、トーハクの「博物館に初もうで」展に、1月2日に行ってきました。

本館ロビー
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正面階段ステージに展示されていたのは、山根由美氏(真生流家元)のいけばな。
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「博物蟹初もうで」展は本館特別1・2室に展示されていた。
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特に気に入ったもののみを紹介しておきます。

〇方格規矩四神鏡
青銅 中国 後漢時代・1世紀
十二支は時間(年月日)や空間(方位)を表す文字。
「子」(鼠)は北を示した。
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〇隼人石像碑拓本
聖武天皇の皇太子の墓とされる「那富山墓」には、墓の周りに立石が四石あり、そのうちの一石は、人身獣頭をもつ鼠で、上部には「北」と刻まれている。
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〇十二支図
渡辺南岳筆
江戸時代・18~19世紀
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〇六臂マハーカーラ立像
中国 清時代・17~18世紀
鼠は大黒さんのお使いという事で、大黒さんのもとになったマハーカーラを展示。
マハーカーラは、日本では大国主神と同一視され、柔和な姿の大黒天として親しまれているが、本来は「大いなる暗黒」を意味するシヴァ神の別名。仏敵から守る護法尊として信仰される。
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〇大黒天立像
木造 江戸時代
俵の上に立つ姿の大黒天は、商売繁盛の仏として親しまれた。
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〇白磁宝珠に鼠形筆洗
平戸焼 江戸時代
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〇染付大根鼠図大皿
伊万里 江戸時代
大黒天は豊穣の神として広く親しまれており、白ねずみは大黒天の使いとされている。
「大根食うねずみ」を「大黒ねずみ」にかけたユニークな判じもの。
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〇艶姿七福神 大黒
鳥居清満 江戸時代
中央の遊女は、三味線の撥を手に持ち、鼠と戯れています。着物には湧雲文様の大袋があしらわれています。その姿は、鼠を使者とし、米俵と大袋を持つ大黒天を連想させる。福の神を遊女に置き換えた作品。
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〇鼠、猫と遊ぶ娘と子供
鈴木春信 江戸時代
春信は、可憐な美人画によって人気を得た浮世絵師。
本図には、縁側で遊ぶ娘や子供たちと共に、鼠とそれを狙う飼い猫が見えます。江戸時代、鼠はペットとして親しまれ、特に白鼠は福を招くと信じられていました。
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〇鼠草紙
筆者不詳 江戸時代
鼠の権頭と人間の姫君が結婚するという奇想天外なこの物語は、室町時代以降に流行した御伽草子の一つ。夫の正体を知った姫は家を出て、再婚してしまいます。失望した権頭は剃髪出家し、「子阿弥」と名乗って、高野山で猫の御坊と仏道修行に励みました。
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〇麦藁細工の見世物
葛飾北斎 江戸時代・文政3年(1820)
北斎の下絵をもとに麦藁の人形が作られ、浅草金龍寺の境内で披露されました。その見世物を題材にした本図には、琴を弾く諸葛孔明や白象に乗る唐美人の巨大な人形と共に、十二支の動物を表す12面の額絵が表されています。
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右上の額が、牡丹などの植木鉢とともに描かれた鼠。
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「博物蟹初もうで」展を見た後、国宝展示室に行った。

〇「松林図屏風/長谷川等伯」
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それから、近代美術展の部屋に行った。

〇神鹿/竹内久一
木造 彩色 大正元年
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〇執金剛神立像/竹内久一
木造 明治26年(1893)
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普通、邪鬼は金剛神に踏みつけられているものが多いが、これは後ろに引きずられている。
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〇「無我」/横山大観
絹本着色 明治30年(1897)
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〇二神会舞/富岡鉄斎
絹本着色 大正12年(1923)
猿田彦神と天鈿女神を描いたものだ。
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同行していた家族も、見たいものは見て、お腹が空いたというので、館内のレストラン「ゆりの木」に行った。
なんと、160分待ちである。外に出てもけっこう歩かなきゃならないし、順番を取って、前庭で販売している軽食をベンチで食べて、東洋館で展示を見ながら待った。
こんな長時間なら、キャンセルが多いだろうと見込んだとおり、1時間弱待ちでレストランに入れた(嬉)
やはり、レストラン「ゆりの木」の食事は美味しかった。

東洋館では、特別展「人、神、自然」展をしていた。
この展示は撮影禁止だったので、ポスターの表と裏で、どんな展示だったか紹介しておく。
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東洋館の常設展示では、いつもクメール関係の展示に惹かれる。

今回、気が付いたのは、中国の石仏の半分くらいに、獅子が侍っていることだ。
日本の狛犬の原型と言っていい。

〇如来三尊仏龕
石灰岩 唐時代・8世紀
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〇菩薩五尊像
大理石 北斉時代・6世紀
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これは、以前来た時は無かったと思うが、珍しい。
〇九曜像
カンボジア・ネアック・タ・コン・スロック
砂岩 アンコール時代・11~12世紀
左から日輪、月輪、火星、水星、木星、金星、土星、羅矉星、計都星の九曜を表している。
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〇楣(まぐさ)
カンボジア・プラサート・スララウ
アンコール時代・10世紀
プラサート・スララウは、アンコール・トムの北西10キロに位置するヒンドゥー教寺院。深く緻密な浮き彫りが、クメール王国の遺産中屈指の美しさを誇るバンテアイ・スレイ寺院と共通している。
象に乗るのは雷神インドラ。
中央
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右側
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左側
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〇チャクラサンヴァラ父母仏立像
中国・チベットまたはネパール
男女の仏が抱き合う姿で表される父母仏は、チベット仏教に特徴的な仏です。インドでの女神信仰の高まりを受け、男性の仏が妃と交わることで多数の仏たちを生み出すと考えられた。
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踏んづけられているのは、やはり邪鬼だろうか。
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(了)



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庚申塚/台東区・小野照崎神社

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所在地:東京都台東区下谷2-13-14小野照崎神社境内
撮影日:2019年7月26日

小野照崎神社については、既に記事があります。

その記事を見る


拝殿と向かい合うような位置に、今回の日本三大庚申の一つという庚申塚があります。
御祭神:猿田彦命
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現在11基の塔が祀られており、江戸前期の庚申塔が8基あるそうですが、最古のものは「正保二年(1647年)の作」であり、青面金剛の塔は大阪四天王寺と同作の霊像と云われ、聖徳太子作と伝えられている。
日本三庚申とは、京都の金剛寺(八坂庚申堂)、大阪の四天王寺庚申堂、東京の入谷庚申堂だと言われている。

江戸名所図会「入谷庚申堂」
「喜宝院に安ず。摂の四天王寺の青面金剛と同作の霊像となりといへり。」とあり、この青面金剛は四天王寺庚申堂のものと同作と書かれている。
ただ「喜宝院に安ず」ということで喜宝院はないので入谷庚申堂は消滅しているものと思われます。
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①青面金剛文字塔
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浮き彫り日月瑞雲付き
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台座には三猿が彫られている。
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塔の前には神猿が居る。
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中心の青面金剛文字塔以外の庚申塔を、向かって右側から紹介していきます。
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②三猿庚申塔/延宝8年(1680)
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③庚申文字塔/正保2年(1645)
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④青面金剛立像/元文5年(1740)
日月瑞雲付き
一面六臂、本手は合掌か剣人か不明
邪鬼を踏み、左右に鶏、台座に三猿
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⑤三猿庚申塔/寛文12年(1672)
日月瑞雲、二鶏付き。台座に蓮の蕾。
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⑥三猿庚申塔/延宝4年(1676)
日月瑞雲、二鶏付き
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⑦三猿庚申塔/延宝3年(1675)
日月筋彫のみ
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⑧三猿庚申塔/延宝4年(1676)
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⑨三猿つき灯篭(竿石だけが残った物)/延宝8年(1680)
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全部撮影したと思って帰って来たが、今回整理してみると9基である。
玉垣内には、庚申塔ではないと思い撮影しなかったが、他にも石仏が3基あった。
写り込んでいたものを、今回はアップしておく。

丸彫り観音像2基
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欠損がはなはだしい不動明王像
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(了)



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アドミュージアム東京

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所在地:東京都港区東新橋1−8−2 カレッタ汐留
訪問日:2019年12月20日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で訪問しました。
この日は、旧新橋停車場鉄道歴史展示室&浜離宮踏切跡⇒アドミュージアム東京(江戸時代からの広告の歴史)⇒カレッタ汐留で夜景とイルミネーション⇒新橋駅前のSLのイルミネーションと盛りだくさんな企画を楽しみました。

旧新橋停車場鉄道歴史展示室、浜離宮踏切跡を見たあと、ここを見学しました。

カレッタ汐留ビルに入る。
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オープンな造りの入口はなので、ショップと勘違いして入る人も多いのでは、という感じ。
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館内は、アカデミックな印象を与えず、明るくて親しみやすい場を提供している。
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アドミュージアム東京:
<広告を通して新しい発見に出合う場所。世界に例のない広告ミュージアム>
30万点を超える資料のなかから、江戸時代~現代までの資料を分かりやすい解説とともに展示しています。また、懐かしのCMや普段見る機会の少ない海外のCMなどもご覧いただけます。「これまで広告に興味がなかった」という方にも楽しんでいただけるミュージアム。
常設展示:「ニッポン広告史」
ピーター・ドラッカーに「マーケティングの原点は日本の江戸にあり」といわしめた江戸時代の広告から現在までの広告を通して、社会と広告の関わりや広告領域の変化など、新しい視点での広告をご覧いただけます。また、時代を超えて人の心を動かしてきた広告を厳選して紹介する視聴ブース、約2,000点の広告がご覧いただけるコレクションテーブルもみどころです。

まずは、江戸時代のお店の看板
一番右は、誰でも知っている酒屋さんの「杉玉」
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右から、「あめ屋」、「両替屋」、「かつら屋」
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右から、「鍵屋」、「櫛屋」、「筆屋」、「謎かけ看板」
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謎かけ看板には、何と書いてあるのか?
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絵は「鎌」と「お椀」であり、「かまわん、はいれ」となる。

〇今も昔もアイドルは広告の主役。当時はなんといっても歌舞伎役者だ。
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市川團十郎が、お店の看板を持って見えを切っている。
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〇人を集める仕掛け
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「江戸名所図会 吉原」
歌川広重によって描かれた、吉原の桜と花魁の図。
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「新渡大象図」
両国広小路で行われたインド象の見世物興行を知らせる錦絵。
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「駱駝之図」
長崎から江戸にやって来たラクダの見世物を知らせる錦絵。
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〇世界初の天才マーケッター
越後屋を開いた三井高利は、革新的商法と斬新な広告手法で繁盛店に押し上げた。
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錦絵で広告
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〇物売り呼び声
このパネルにタッチすると、物売り声が流れる。
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〇人気作家の店
「山東京伝」
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「式亭三馬」
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〇文明開化の広告
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「東京横浜往返蒸気船之図」
蒸気船・弘明丸が永代橋を出航する様子。奥に見えるのは外国人居留地に建つ築地ホテル館。
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「中嶋座」
舞台にも宣伝隊が登場。「西洋菓子」の太鼓を持つ男性は、あんぱんで有名な木村屋の宣伝隊。
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「東京小網町鎧橋通 吾妻亭」
西洋料理店・吾妻亭の錦絵。馬車や人力車、自転車から街頭宣伝隊、洋装、ビリヤード、牛乳まで、文明開化を演出する大道具、小道具が勢ぞろいしている。
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「東京勧業博覧会二大余興」
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〇この頃からあった、あの商品
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味の素と仁丹
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赤玉ポートワイン
このモデルは、松島栄美子といい当時人気の舞台女優だった。
当初は着物姿で撮影したが、のちに肌着、更には上半身を裸にして肌を露出するという形で撮影された。撮影にあたって、当時はヌードモデル料という概念もなく無料だった。
この上半身露出のポスターは「若い娘がやることではない」として、家族や親戚から非難を受け、親からは勘当されたという(なおポスター撮影当時松島は30歳である)。また警察当局からもクレームがつき、取り調べを受けたそうである。
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資生堂化粧品
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ライオン歯磨き、山葉(ヤマハ)ピアノ
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月星長靴
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白木屋
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三越
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〇懐かしいポスター
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私も若い頃夢中で読んだ「週刊プレイボーイ」の創刊号
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楽しく、一つ一つを見て行った。
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ほかにも、時代を超えて人の心を動かしてきた広告を厳選して紹介する視聴ブース、約2,000点の広告を見ることが出来るコレクションテーブルなどがある。
アメリカの広告賞に輝いた広告ムービーが、モニターで自由に見ることが出来、資生堂などのCMが普段テレビでは細切れにしか見たことが無いものが、実はけっこう長い時間のストーリーになっていて、見ていてとても楽しかった。

ここを満足して見終わったあと、隣のシティセンタービルで夕食。そのあと再びカレッタ汐留ビルに戻ってきて、46階からの夜景と、イルミネーションショーを楽しんだ。
それは次回記事で紹介。

(続く)


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今年もよろしくお願いします

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明けましておめでとうございます。
皆さまにとって、よいお年であるようにお祈り申し上げます。


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昨年は、まずまずの一年でありましたのを感謝しております。
今年も、のんびりとマイペースで、楽しみながら
このブログをやっていきますので、よろしくお願い致します。


プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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