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梅宮神社・甘酒まつり/埼玉県狭山市

20200224

所在地:埼玉県狭山市上奥富508
撮影日:2020年2月11日

2月11日(水)に狭山市内の梅宮神社で行われる「甘酒祭り」に歴史クラブの「伝統芸能・祭り」グループの企画で参加しました。
この神社の甘酒祭りは、毎年厳冬の2月10日・11日の2日間にわたり執り行われます。「頭屋制」という関東地方では他に見られない珍しい運営形態で1200年前の平安の昔よりそのまま継承して挙行されているところから、平成4年(1992)3月11日に埼玉県指定文化財・無形民俗文化財に指定されました。

新狭山駅に集合し、歩いて梅宮神社に向かいました。
途中、梅宮神社入口鳥居から田んぼ一枚隔てた場所に「舗石供養塔」があり、そこで江戸時代の梅宮神社の姿を参加者に見てもらった。

「舗石供養塔」は、天保12年(1841)造立のものなので、ここからの参道に舗石を奉納した記念の碑である。
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その姿は、江戸時代に作られた「新編武蔵風土記稿」の挿絵に描かれている。
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半分ずつ拡大すると:

小川に橋がかかっているが、ここが「舗石供養塔」が建っている場所である。
そこから真っ直ぐ参道が延びている。
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江戸時代の梅宮神社の様子。
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梅宮神社鳥居には大きな幟が立っています。
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鳥居からの参道には屋台が並んでいる。
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二の鳥居のところの梅がほころんでいた。
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まだ時間が早いので、境内には人が少ない。
樽みこしや酒樽が並んで居る。
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梅宮神社の祭神は、酒解神(大山祇神)、酒解子神(木花咲耶姫命)、瓊瓊杵尊、彦火々出見尊であり、その祭神が「甘酒祭り」と関係している。

○甘酒祭りの起源
 起源は古事記・日本書紀によれば、瓊々杵尊が木花咲耶姫命と婚姻、一夜にして身ごもったのを疑われた木花咲耶姫命が疑いを晴らすため、自身産屋に入って「神の御子ならたとえ火の中でも無事に生まれるでありましょう」といって燃えさかる炎の中で彦火々出見尊他を出産したといわれ、喜んだ木花咲耶姫命の父である大山祇神が、清浄な田で採れた米から白酒を造り天地神に供えたのが、「甘酒祭り」の始まり。
また夜を徹して火を頭屋と子供たちによって、朝まで焚き続ける祭りを「奥富おごり」と呼んでいます。

○頭屋制
頭屋制とは氏子を数組の頭屋に分け、そのうちの1組が甘酒祭りばかりでなくその年の祭礼すべてを執り行うことをいいます。梅宮神社では、かっては10組でしたが、現在は上奥富の氏子を9組に分けて頭屋を組んでおり、1頭屋は約10軒で組織されています。

○白酒の製造
大祭に用いる白酒の製造は明治30年(1897)に祭典自家用として、税務署より許可を受けて今にいたっています。現在は酒蔵で仕込むので温度管理が大変楽になりました。それ以前は1月初旬より頭屋の中の杜氏(とじ)宅で仕込みを始め、2月2日よりの「謡(うたい)」の練習が始まるまでに作り上げるため温度管理が難しく、以前は格式と財力がないと勤まらなかったといわれていました。

どぶろく、甘酒を準備している。
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どぶろく、甘酒が配られるころには、参拝客が沢山の長い行列ができていた。
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どぶろく、甘酒好きなほうをいただきますが、両手に両方を持っている人が多かった(笑)
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境内ではだるま市、植木市も開かれていた。
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参拝する人の行列が長くなった。
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境内にある、松尾神社の石碑にもお参り。
松尾神社の祭神も、大山祇神である。
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赤飯のおにぎりがお供えしてあった。
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するうち、「西方囃子」が始まりました。
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西方囃子は平成15年(2003)11月4日に狭山市指定文化財・無形民俗文化財として指定されました。
 江戸神田囃子の流れを汲む神田徳丸の流儀を持ち、江戸時代に北入曽村の入曽囃子から伝えられましたが、昭和26年(1951)に後継者が絶えて一時中断していました。しかし昭和51年(1976)に復活し、奉納嚇子として元旦、2月に梅宮神社の甘酒祭り、4月に奥富神社、7月に八雲神社、8月に浅間神社と薬師堂に奉納されます。

囃子に合わせて踊る、子供が演じるおかめとひょっとこ。
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獅子舞
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獅子が頭を噛んであげるよという素振りをみせるが、誰も出て行かない(笑)
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それじゃあと、我々のグループが出て行って頭を噛んでもらうと、それからずらっと行列が出来た(笑)
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「豊年足踊り」が始まった。
左側の赤い衣装が足です。
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腰を曲げて足を立てて踊るので、大変な踊りです。
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大黒さんが出てきた。
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打ち出の小づちで福をもらいます。
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最後に、大黒さんが福豆など縁起物をまいて終了となりました。

天気が良くて、のんびりと祭りを楽しみ、お昼になったので近くのレストランに歩いていき、昼食を食べながら懇談して、お開きとなりました。

祭りとしての見どころは、宵宮と当日の饗宴型の神事があります。
○宵宮祭
 宵宮祭は2月10日の夜に行われる祭事で「座揃式」ともいい、社務所にて行います。式は平安の流れを受け継いで執り行われます。近世では慶安4年(1651)に川越藩主松平信綱の参拝以後、代参主賓となり、今では神社総代が務めています。村の組織や機能までが判然と分かるかのように村の人々が両側に居並び、頭屋の中の相伴(しょうばん)頭によって進行されます。式半ばに杜氏を呼び出し、今年の酒の出来栄えなど褒めて、一献一献勧めては謡あげ、盃を重ねる珍しい饗宴形態の酒盛祭りで、20~30人によって執り行われています。

○大 祭
大祭は2月11日に行われ、第一神事および第二神事に分かれています。第一神事は白酒の澄ん
だ酒と赤飯、山海の珍味を供えて午後1時より社殿にて行います。第二神事は午後4時より開始
し、領主、神官、役人を正座とする古い饗宴の形態で、一献毎に優雅な謡の「松の曲」より始まり、「千秋楽の曲」を奏でて本頭屋と来年の頭屋との「頭屋渡し」の式で終了します。式後は総立ちとなって神官、領主、総代、本頭屋の順に胴上げして一同社殿を下ります。

○頭送 り
最後の頭送りの儀式は、本頭屋と受け頭屋に担がれた樽神輿が本頭屋の杜氏宅を出発して神社
でひと練りしたあと、受け頭屋の杜氏宅に納めて2日間の甘酒祭りが目出度く終了します。

こういう謡を謡います。

所は高砂の・・・・・
尾上の松年古て・・・・
老への波も寄り来たるや・・・・・
木の下蔭の落ち葉かく
成る迄命永らいて
尚いつ迄も生の松
それも久しき名松哉
それも久しき名松哉

四海波静かにて
風も治まる時津風
技をならさぬ御代なれや
相に相生の・・・・・
松こそ目出かりけれ
実にや仰ぎても
事も愚かやかかる世に
住める民とて豊かなる
君の恵ぞ有難き
君の恵ぞ有難き

松高き枝も連なる鳩の峰
曇らぬ御代は久方の
月の桂の男山
実にもさやけき蔭にきて
君万歳と祈るなる
神に歩みを運ぶなり
神に歩みを運ぶなり

時めくや采女の衣の色そえて
御酒を進むる盃も
花待ちいたる祝言は
千歳の春の始め哉
ちとせの春のはじめかな

千代の声のみ弥増に
いただき祭る社哉
戴き祀るやしろかな

さす腕には悪魔を払え
納むる手には寿福を抱き
千秋楽には民を撫で
万歳楽には命を延ぶ
相生の松風
颯々の声ぞ楽しむ
颯々のこえぞ楽しむ

(了)


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御詞の梅(おことばのうめ)/狭山市広福寺

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所在地:埼玉県狭山市大字下奥富844
撮影日:2020年2月23日

この寺は、龍宮づくりの山門が見事であり、幕末には、水戸藩士から広福寺の住職になった章意和尚に関係して、一時清河八郎を匿ったことでも知られている。
境内に「御詞の梅」というのがあり、3代将軍家光が当地で鷹狩りを行った際に当寺に立寄り、当寺の井戸水で点(た)てたお茶を飲んだとき、この紅梅のあまりの美しさに感嘆の声をあげられ、「この梅おろそかに致すべからず」との言葉から「御詞の梅」と称するようになったといわれています。

この梅はなかなか咲いてくれない(笑)

少し前に見に来て見当をつけていて、今朝天気が良かったので、見に来たがまだまだ「二分咲き」くらいだった。
それでも、綺麗な梅なので紹介したいと思いアップする。
見ごろは4、5日あとくらいだろう。

龍宮門
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「御詞の梅」
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この幹の感じだと、家光のころから何代目かの梅だろう。
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まだまだ咲いていない。
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それでも比較的咲いているところで撮っていく。
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この紅梅は、きれいなピンクで実に可愛らしい。
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(了)


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阿弥陀合掌庚申塔/八王子市

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所在地:東京都八王子市長房町中郷路傍
撮影日:2016年2月13日

この庚申塔がある場所は、大正天皇陵・貞明皇后陵・昭和天皇陵・香淳皇后陵の4陵が造営されている「武蔵野御陵」のすぐ近くである。

前回記事で紹介した庚申塔が含まれる三基の石仏が安置されている小屋の傍に立つ大木の下に、今回の庚申塔はある。
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塔身:唐破風笠付き角柱
主尊:阿弥陀合掌像
日月:なし
脇侍:三猿(三面)
造立年代:寶永二年(1705)

塔身は唐破風笠付角柱型。
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正面は、阿弥陀合掌像と猿。
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阿弥陀合掌像
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正面の猿
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向かって右側面
「庚申誦供養」と刻まれ、下に猿。
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向かって左側面
「寶永二年乙酉吉日」と刻まれ、下に猿
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風化が進んでおり、主尊も辛うじて合掌しているのが判る程度。三面に分けて彫られている三猿も「見ざる、聞かざる、言わざる」の区別は難しい。
銘文も判読は難しく、資料を探して転載した。


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雑司ヶ谷大鳥神社・大鳥居内の狛犬

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所在地:東京都豊島区雑司が谷3丁目20-14 大鳥神社大鳥居入ったところ
撮影日:2020年1月6日

大鳥神社には、正月の恒例行事・七福神めぐりで参拝した。
今回の狛犬は、大鳥居を入ったところに居ます。
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年代:不明(新しい)
材質:石造
型式:出雲構え型

右側が阿形獅子。
前足を折り、腰を高くして、今にも跳びかかりそうな姿勢をしている。
脇に小獅子がピッタリ付いている。
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すごく長い耳は垂れ、眉は渦巻き状になり、一見目がクルクル回っているかのよう。
本当の目は吊り上がり気味。
鼻は獅子鼻で大きい。唇のたわみが大きく、上くちびるは二重。
開いた口に歯は綺麗に並び、長い舌を出している。
豊かな頬ヒゲと顎ヒゲが、長く延びている。
ずいぶんと派手な顔だが、表情はにこやか。
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阿形の獅子には、脇に小獅子がピッタリ張り付いている。
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左側が吽形獅子。
前足を折り、腰を高くして、今にも跳びかかりそうな姿勢をしている。
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すごく長い耳は垂れ、眉は渦巻き状になり、一見目がクルクル回っているかのよう。
本当の目は吊り上がり気味。
鼻は獅子鼻で大きい。唇のたわみが大きく、上くちびるは二重。
口を閉じて歯は見せない。鋭い牙が4本出ている。
豊かな頬ヒゲと顎ヒゲが、長く延びている。
ずいぶんと派手な顔だが、表情はにこやか。
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尾は、豊かな毛の尾が一本炎状に立ち、脇の巻き毛も勢いがよい。
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関東には珍しく、出雲・構え型である。
今にも跳びかかりそうな迫力があって、派手な顔をしているが、表情はにこやかで、威風堂々と歓迎している感じ。
阿形の脇にピッタリと小獅子がくっついているのも微笑ましい。
好感の持てる狛犬である。



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千手千足観音/びわ湖長浜KANNON HOUSE

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所在地:東京都台東区上野2丁目14−27 上野の森ファーストビル 1F
訪問日:2020年1月24日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で、この日は午前中国立科学博物館で見学と昼食、午後はトーハクの「博物館に初もうで」展が26日まで開催しているのでそれを見学、その後不忍池端にある「びわ湖長浜KANNON HOUSE」を訪ねて、千手千足観音を拝観しました。

「びわ湖長浜KANNON HOUSE」は、長浜市の地方創世の取り組みの一つとして平成28年3月にオープンしたもので、「観音の里」と呼ばれる観音信仰の篤い長浜から約2ケ月交替で観音像一軀にお出ましいただき、その紹介と長浜の暮らしとそこに住む人々の営みを紹介している。

正妙寺は、寛弘年間(1004~12年)に地元の豪族・阿蘇津秀道の妻の持仏・千手千足観音を祀り開創されたと伝わっている。あのあたりは主として戦国時代に戦火に見舞われた地帯で、寺も転々としたようで、現在は観音堂だけが山腹に建っている。

グーグルマップに、「びわ湖長浜KANNON HOUSE」が載っていたのでそれを頼りに探したが、入り口がわからず通り越してしまった(笑)
このようにビルが並んでいるところにある。
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入口
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中に入ると、観音さまが安置されていて、その奥には長浜の観光紹介ビデオのブースとなっている。
開放的な空間に安置されているので、よく眺めることが出来た。

千手千足観音立像
木造 漆箔 玉眼 像高 42.1cm 江戸時代
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他に例のない「千本の足」を持つ観音像。上半身は裸形で腰布を着し、両脚は膝頭を出して直立する。忿怒相で眉目をいからせ、口を開き、額には縦に第三眼を刻む。頭上は、天冠台上に九つの小面が横に並び、中央には仏面が一段高く載る。右手に錫杖、左手に戟を執り、両手首・足首には環釧を彫出する。脇足は左右各十九本を扇状に半肉彫で表わしている。
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他に例を見ない像容であるが、仏像は必ず儀軌・経典によって造られることから、江戸期に当地で独自に創作されたものではなく、かつてこの寺に千足観音があり、戦火に遭って後に復興された可能性もある。また、鎌倉時代の天台系図像集「阿沙縛抄」「白宝抄」に「千足観音」の記載がみられ、この地に千の足を持つ像が伝わる背景には、台密の影響があったことが窺われる。

「千手」はこのように表されている。
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「千足」はこのように。
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琵琶湖の周りは私のお気に入りで、30歳のときに白洲正子の「十一面観音巡礼」を読んで、どうしても長浜市高月にある渡岸寺観音堂(向源寺)の十一面観音を見たくて、湖北に旅したのが始まりである。
その時は、三歳の娘が彦根城あたりからグズリ始めて、長浜の国民宿舎に泊まった晩に熱を出して、あわてて現地の医者に連れて行ったアクシデントもあり、よく覚えている。
最近では、2016年夏の青春18キップの旅で、琵琶湖周辺に残る渡来民族の痕跡を神社中心に周った。
また、琵琶湖周辺に行きたくなった。

(了)


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東京国立博物館/「博物館に初もうで」展、日本刀・甲冑・能面など

20200213

所在地:東京都台東区上野公園13-9
訪問日:2020年1月24日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で、この日は午前中国立科学博物館で見学と昼食、午後はトーハクの「博物館に初もうで」展が26日まで開催しているのでそれを見学、最後に不忍池端にある「びわ湖長浜KANNON HOUSE」に長浜の正妙寺の千手千足観音が来ているので、それを拝観というものでした。

国立科学博物館を午前中見て、館内のレストランで昼食休憩したあと、トーハクにやってきました。

ここでは、まず「博物館の初もうで」を参加した皆さんは見ました。
しかし、私は2日に既に観たのでそれはパスし、他の展示を見てまわりました。

2日に「博物館に初もうで」展を見た際の記事を既にアップしてあります。

その記事を見る


日本刀や甲冑が以前見たときと入れ替えてあったので、そこを見ました。
その一部だけ紹介。

【日本刀と拵え】

〇黒漆変り縄目塗大小/江戸時代・18世紀
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〇朱筋溜塗打刀/江戸~明治時代・19世紀
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〇太刀 福岡一文字貞真/鎌倉時代・13世紀
重要文化財
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〇薙刀 長船勝光/室町時代・文亀3年(1503)
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【甲冑】
〇熊毛植二枚胴具足/江戸時代・17世紀
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〇紺糸威六枚胴具足/江戸時代・18世紀
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今回は、ちょっと気持ちが余裕があるようで、本館バルコニーに出てのんびりすることが出来た。
バルコニーに出る部屋も、いい感じだった。
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バルコニー
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池をはさんで見えるのは、時々公開される茶室などが並ぶ庭園。
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ここの池に遊ぶ水鳥は、さぞかし居心地がいいに違いない。
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集合時間が近くなってから、こんな小展をしているのに気づき、あわてて見た。

【伝説の面打ちたち】
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〇能面「大癋見(おおべしみ)」/佐渡嶋一透作
室町時代・15世紀
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〇能面「茗荷悪尉」/文蔵作/満昆(花押)
室町~安土桃山時代・16世紀
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〇能面「中将」/龍右衛門作/満昆(花押)/庸久(花押)
室町時代・15~16世紀
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〇能面「曲見(しゃくみ)」/金剛太夫/景頼(花押)/龍右衛門作/満昆(花押)/庸久(花押)
室町時代・15~16世紀
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〇能面「小飛出」/福来作/満昆(花押)
江戸時代・17世紀
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集合時間になって全員集まり、次いで「千手千足観音」を見るため、不忍池端の「びわ湖長浜KANNON HOUSE」に向かった。


千手千足観音/びわ湖長浜KANNON HOUSEの記事を見る


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国立科学博物館・日本館/日本列島の生い立ち(後半)

20200210

所在地:東京都台東区上野公園7-20
訪問日:2020年1月24日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で、この日は午前中国立科学博物館で見学と昼食、午後はトーハクの「博物館に初もうで」展が26日まで開催しているのでそれを見学、最後に不忍池端にある「びわ湖長浜KANNON HOUSE」に長浜の正妙寺の千手千足観音が来ているので、それを拝観というものでした。

国立科学博物館の記事を前回載せて、今回はその続きです。

【日本列島の骨組み】
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3億年前~2000万年前の痕跡が展示されていました。
大陸から分かれて日本列島が誕生する動きは、約2000万年前から1500万年前です。
展示の説明に出てくる、〇〇紀の頃の地球の大陸の分布状態を、先に日本地質学会監修の「地球全史スーパー年表」でおサライしておく。

シルル紀(4億5千年前~4億2千年前)
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ペルム紀(3億年前~2億5千年前)
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ジュラ紀(2億年前~1億5千年前)
白亜紀(1億5千年前~6千年前)
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現在の大陸分布にほぼ近い、
始新世前期(5000万年前)
中新世前期(2000万年前)
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山口県の秋吉台の岩石や岐阜県の根尾谷の化石が、赤道付近からプレートに乗ってやってきたというので、驚倒した。
根尾谷には宇野千代さんが再生に尽力したことで有名な「薄墨桜」があり、私もはるばる訪問した地だ。

〇移動してきたサンゴ礁
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サンゴ化石を含む石灰岩/山口県秋吉台
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〇ペルム紀の赤坂石灰岩化石群
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巨大化石・シカマイア/岐阜県大垣市金生山、本巣市根尾谷
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二枚貝・アラトコンカ
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シカマイア化石/岐阜県本巣市根尾谷
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化石群
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【化石で地層の時代を知る】
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アンモナイトなど良く知る化石が登場するのが「中生代(三畳紀、ジュラ紀、白亜紀)」だ。
三畳紀:2億5千年前~2億年前)
ジュラ紀:2億年前~1億5千年前
白亜紀:1億5千年前~7千年前

ダオネラ(二枚貝類)/三畳紀中期/徳島県加賀町
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モノチス(二枚貝類)/三畳紀後期/岡山県高梁市
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ホランディテス(アンモナイト系)/三畳紀中期/宮城県石巻市
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ダクチリオセラズ(アンモナイト系)/ジュラ紀前期/山口県下関市
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◎川下由太郎コレクション
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パキデスモセラス(アンネナイト類)/白亜紀後期/北海道羽幌町
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【中生代の森】
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クラドフレビス(シダ植物)/三畳紀後期/山口県美祢市
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ストロガルシア(裸子植物)/三畳紀後期/岡山県高梁市
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【日本海誕生の直前】
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コリフォドン科の一種
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ヒラマキウマ
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【日本海誕生とビカリアの海】
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バレオパラドキシア
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アロデスムス
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【日本にゾウがいた頃】
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アケボノゾウ
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トウヨウゾウ
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ナウマンゾウ(頭骨)
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以上見たところで、レストランの混み具合が気になって、地球館中二階のレスランに行って見た。
35~45分待ちということだったので、地球館の一階を15分ほどチラッと見たところで、レストランに行き申し込みをした。うまい具合に参加者全員が集合して5分くらいに私たちの順番となり入れた。

食事休憩をして、元気が回復したメンバーで、クジラが地面に飛び込もうとしている出口から、科学博物館を後にした。
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その後、東京国立博物館に行き、本館の「博物館に初もうで」展ほかを見たが、それは次回の記事で。


東京国立博物館/「博物館に初もうで」展の記事を見る



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国立科学博物館・日本館/日本列島の生い立ち(前半)

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所在地:東京都台東区上野公園7-20
訪問日:2020年1月24日

歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で訪ねました。
この日の予定は、午前中国立科学博物館で見学と昼食、午後はトーハクの「博物館に初もうで」展が26日まで開催しているのでそれを見学、最後に不忍池端にある「びわ湖長浜KANNON HOUSE」に長浜の正妙寺の千手千足観音が来ているので、それを拝観というものでした。

国立科学博物館の見学時間は2時間ほど。
私は幹事だったので館内のレストランの待ち時間が30分ほどということで、集合時間より30分早く切り上げてレストランで順番を取ったので、時間が限られておりました。
そこで今回は、現在ハマッている「地球の歴史」に関する展示に絞りました。
すなわち日本館三階の「日本列島の生い立ち」のフロアだけです。

国立科学博物館平面図
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日本館に行ったら、まずその建物に驚きました。
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中央の吹き抜け部分
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翼先端の階段踊り場
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日本館三階は、下図左側が北翼で「日本列島の生い立ち」、右側が南翼で「日本列島の素顔」。
結局、私が見たのは「「日本列島の生い立ち」と、途中で他の参加者から教えられて飛んで行った南翼にある隕石のところだけでした。
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まずは、私が住んでいる地域に落ちた隕石「狭山隕石」が展示してある「日本に落下した隕石」。
「狭山隕石」のことは、知らなかったので非常に驚いた。

【日本に落下した隕石】
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この中に、「㉝狭山市柏原」があって、非常に驚いたわけです。
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狭山隕石
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帰宅してから、科学博物館の常設展データベースを調べると下記のような説明があった。
狭山隕石は1986年(昭和61年)4月29日頃、埼玉県狭山市の民家に落下した隕石である。2000年5月に当館に依頼があり、隕石であることを確認した。落下そのものは目撃されておらず、朝に玄関横に落ちているのを発見したとのことである。ちょうどチェルノブイリ原子力発電所の事故が大きく報道された時で、放射能を持った破片ではないかとしばらく放置されていたそうである。数日後の雨で隣家の屋根の瓦が割れているのが発見され、まずここに当たって跳ね返ったと考えられる。球粒隕石でも珍しい炭素質(CMグループ)の隕石で、約2%の炭素を含んでいる。内部まで黒くて非常にもろく、母天体で水質変形を大きく受けたことが分かっている貴重な標本である。

他の気になった隕石。

気仙隕石/岩手県陸前高田市気仙町
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田上隕鉄/滋賀県大津市
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白萩隕鉄/富山県中新川郡上市町
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北翼で「日本列島の生い立ち」を見る。
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※日本列島が誕生する動きは2000万年前から1500万年前である。
まずは、日本列島として大陸から分かれる前の痕跡を見る。

【フタバスズキリュウ】 約8500万年前

双葉層群
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フタバスズキリュウとは?
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フタバスズキリュウの化石
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フタバスズキリュウの再現模型
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【日本列島誕生前】

〇日本最古の化石
オルドビス紀(4億9千年前~4億5千年前)のもの
岐阜県高山市奥飛騨温泉郷
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〇シルル紀(4億5千年前~4億2千年前)の化石
高知県高岡郡横倉山
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〇デボン紀(4億2千年前~3億6千年前)の化石
岐阜県高山市奥飛騨温泉郷
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〇日本最古の砂粒
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〇日本列島に残る大陸の記憶
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飛騨片麻岩
岐阜県飛騨市
大陸地下深くできた変成岩
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礫岩(れきがん)
岐阜県七宗町
美濃帯のジュラ紀(2億年前~1億5千年前)礫岩
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層状石灰岩
岩手県陸前高田市
大陸の縁で形成された石灰岩(陸地からの砕屑物を含む)
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〇日本最古の岩石
片麻岩
岐阜県七宗町
美濃帯のジュラ紀(2億年前~1億5千年前)礫岩中の礫
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「国立科学博物館・日本館/日本列島の生い立ち」の(後半)を見る



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雑司ヶ谷大鳥神社・拝殿前の狛犬

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所在地:東京都豊島区雑司が谷3丁目20-14 大鳥神社拝殿前
撮影日:2020年1月6日

大鳥神社には、正月の恒例行事・七福神めぐりで参拝した。
今回の狛犬は、拝殿の前に居ます。
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年代:昭和15年(1940)
材質:石造
型式:岡崎古代型

岡崎古代型は、鎌倉初期の木造狛犬を模したもので、威嚇型の原型。しかし、胸に鈴をつけているのが可愛い。

右側が阿形。タテガミが巻き毛なので獅子。角は無い、胸に鈴をつけている。
蹲踞している。
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タテガミはまっすぐ伸びた先が巻き毛となっている。頬髯はシンプルに巻き毛。あごヒゲは鈴を要とするかのように扇状に開いている。
耳は後ろに伏せ、太い眉は逆八文字に吊り上がり、目は怒っていて、鼻は平たくつぶれ、鼻鬚が八文字に延びている。
口を開き舌をのぞかせ、歯をむき出し、牙もしっかりしている。
表情はいかめしい。
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左は吽形、タテガミが巻き毛なので獅子。立派な角があり、胸に鈴をつけている。
蹲踞している。
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タテガミはまっすぐ伸びた先が巻き毛となっている。頬髯はシンプルに巻き毛。あごヒゲは鈴を要とするかのように扇状に開いている。
耳は後ろに伏せ、太い眉は逆八文字に吊り上がり、目は怒っていて、鼻は平たくつぶれ、鼻鬚が八文字に延びている。
口を閉じ、歯を噛みしめて、牙も見せている。
表情は、とぼけた感じ。
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胸を前に張り出し、筋肉質の長い前足で紙面を踏みしめている。
胴は細長く、あばら骨が浮き、精悍な感じ。
前足、後足の走り毛が立派。
精悍で、威風堂々としている。
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尾は中央の大小二つが、背に沿って延びてから湾曲して立つ。
左右の脇には、それぞれ二本延び、上は真っ直ぐ延びて、下は巻き毛となっている。
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阿形のお腹には、カエルが置かれていた。
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この狛犬は岡崎古代型といい、鎌倉初期の木造狛犬を模したもので、元の木造狛犬と比べ、前脚や胸板がより筋肉質となり、威厳のある風貌になっています。
威嚇型の原型となっている。
胸に鈴をつけているのが特徴で、ちょっと可愛い。


狛犬の記事一覧を見る



さやま化石さがし隊

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1月12日に行われた、狭山市立博物館主催の掲題の行事に参加しました。
今回の行事の最大のイベントは、200万年前の仏子層に残る、アケボノゾウの足跡を見ることができることです。
場所は、西武池袋線の元加治駅と仏子駅の間の、入間川河床です。
入間川の水が冬季に少なくなることにより、普段見ることが出来ない河床が露出しているわけです。
コース
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この辺には、200万年前の「仏子層」が露出しているのですが、どうして200万年前の地層が露出しているのか、その説明は、ここでは詳しい説明は省きます。
一つは、氷河期など地球の気温が変化することにより、海水面の変化から海が秩父の辺まで上がってきたり、退いていったりを繰り返すことにより、浸食と堆積が起ります。
それだけなら、200万年前の地層が顔を出すことはありませんが、
もう一つの原因が、太平洋プレート、フィリピン海プレート、およびユーラシアプレートがぶつかることによって起る「東西圧縮」を関東平野は受けることにより、地層の隆起や湾曲、沈降が起こったためです。
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仏子層の化石と自然環境の図(部分)
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集合は、元加治駅前。
親子連れが30名ほど参加しました。
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ちょっと歩いて、すぐに入間川の河原に降ります。
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基本的な説明を受ける。
向うに見えているのが、西武池袋線の鉄橋。
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これが、アケボノゾウの足跡!
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これは珍しい!
表面の薄い地層をアケボノゾウが踏み抜いたところを、横断面で残っている化石。
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アケボノゾウの足跡が、ずっと続いている。
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近くの鉄橋を、西武池袋線の電車が走っていく。
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これは新型特急「ラ・ビュー」
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入間川の流れが作りだした渓谷?!
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入間川に流れ込んでくる小川が、行く手を阻んだりします(笑)
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地層の変化が、よくわかる場所がある。
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色々なポイントで化石を探しました。
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メタセコイヤの大きな株の化石。
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何かの葉の化石
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貝の化石
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何かの実の化石
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私が収集した、泥岩層から採取したもの。
数日後に撮影したので、泥岩が白くなっている。

材化石
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貝の化石
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今回は、アケボノゾウの足跡を見ることが出来、化石探しのワクワク感を味わい、収穫もあったので、大満足でした。
200万年前にアケボノゾウが歩いていた地面に、自分も立っているんだと思うと、かなりワクワクしました。



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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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