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角川武蔵野ミュージアム&サクラタウン夜景

20201230

所在地:埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3
撮影日:2020年12月18日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で参加しました。
JR武蔵野線東所沢駅から徒歩で10分ほどで到着。

角川武蔵野ミュージアムについては、9月にプレオープン記念展で訪れたときの記事があり、そこでサクラタウン全体の説明や、隈研吾氏の設計の素晴らしさなどは説明しています。

その記事を見る


武蔵野坐令和神社の鳥居の蔦は、9月に来たときよりも40cmほど成長していた。
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最近寒い日が続いていたので、ミュージアム横の水盤には、氷が残っていた。
それと、9月には無かったが、水盤に夜間のイルミネーション用に球の照明が置かれていた。
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しばらく参加者に、周辺を散歩したり、武蔵野坐令和神社に参拝したりしてももらってから、予定の入場時間になったのでミュージアムに入場した。

チケットだが、当日券もインフォメーションセンターで対応しているとのことだが、コロナ対応の為入場制限があり、事前にネットで購入することを推奨されており、この日の参加者は10名だったので、一人で10名まで購入可能なので、私が一括購入して用意をしました。

館内の構成
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購入したのは、「スタンダードチケット」で、その対応範囲は、以下のようになっています。
・4Fエディットタウン
・4F荒俣ワンダー秘宝館
・4Fエディット&アートギャラリー
・4F本棚劇場
・5F武蔵野回廊
・5F武蔵野ギャラリー

ということで、館内に入りエレベーターで4階に直行。

館内マップ
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エレベーターを降りて、チケットのQRコードでチェックインし、エディットタウンを抜けて、最初に「荒俣ワンダー秘宝館」に向かった。
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【荒俣ワンダー秘宝館】

入口では荒俣宏のマスクが迎える。
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館内には、荒俣氏が集めた不思議なものが並んでいる。
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何点か気に入ったものを紹介しておく。

光を三原色に分解するプリズム
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ハッピーフェイススパイダー
ハワイ島に生息すね5mmくらいの小さな蜘蛛。
展示品は拡大して3Dプリントしたもの。
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世界の奇虫大集合
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オオキバヘビトンボ
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人面カメムシ
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不思議な形の鉱石もいろいろと。
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〇ウサギノネドコ
京都、東京を拠点に「自然の造形美を伝える」活動を行っている。
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「放散虫」
放射状に張り巡らした骨格で周囲の海水と餌をキャッチする。
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「葉脈」
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〇新世界透明標本/富田伊織
埼玉県狭山市生まれ。北里大学水産学部在学中に研究用の透明骨格標本に魅せられ、独自に制作を開始した。
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生物の標本とは思われない、美しいフォメム。
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【エディットタウン】
テーマのもとに集められた本が並ぶ。
その前で椅子に腰かけて閲覧できる。
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大きなテーマ(文脈)は9つあるようだ。
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その中に、いろいろなテーマで本がまとめられている。

これは武士の源平争乱に関して集めてある。
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これは、古代豪族に関して集めてある。
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自分に関心のあるテーマのところで、座り込んで閲覧していられる。
2時間でも3時間でも居られると思った。

【本棚劇場】
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スケールには圧倒される。
しかし、閲覧できるのは手が届く範囲。
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一定時間ごとに、プロジェクションマッピングのデモンストレーションがある。
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【アートギャラリー】
米谷健+ジュリア展
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本棚劇場から通じる階段で4階から5階に上がる。

吹き抜けになっている本棚劇場を5階から見下ろす。
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【武蔵野ギャラリー】
〇武蔵野を愛した柳田国男と角川源義
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柳田国男の「武蔵野」に対する深い関心は、1920年に書かれた「武蔵野の昔」によく表れている。
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角川源義邸は、善福寺川を南方に望む荻窪のゆるやかな斜面に建てられていた。
当時の杉並はまだところと゜ころに武蔵野の面影を留めていた。
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集合時間になったので、2階の出口に向かう。
出口近くの、ミュージアムショップ。
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夕食だが、ミュージアム内のレストランだと10名がまとまってスムーズに入れると思えかったので、角川食堂にて食べることにした。社員食堂なので、メニューはランチのほうが充実している案配だったのだが、初めての人には好評だった。

夕食を終えて、外に出るとすっかり暗くなっており、30分のあいだ自由行動とし、各人が思い思いに夜景を撮影した。
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これで、満足して帰途についた。

(了)


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三猿庚申塔/川越市山王塚

20201227

所在地:埼玉県川越市大塚1丁目21  山王塚
撮影日:2020年11月21日

ここには何度も訪れているが、最近どんな感じかなと訪ねた時の写真でアップします。

ここの事を詳しく知ったのは、2016年3月に、この古墳の発掘調査見学会があって、それに参加したことによります。
その時のことは記事にしています。

その記事を見る


その後、2018年3月25日の朝日新聞に、「国内最大の上円下方墳」として紹介の記事が載りました。
石室側壁が、榛名山に近い利根川上流域の「角閃石安山岩」、門柱石は秩父の「緑泥片岩」であり、それぞれ数十キロ離れた複数の産地から運ばれたこと、石室にも木棺が置かれていた等を紹介していた。

「上円下方墳」という、下段が「方形」上段が「円形」になっている極めて稀な形をした古墳で、日本で6例しか発見されていなくて、その最大なもものとなります。

ただ、残念なことに、復元がされていないので、知らない人が見るととても古墳とは見えない状態です。
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冬になって草が枯れているので、下方墳の盛土の直線が辛うじてわかります。
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山王塚の説明
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山王塚の名のとおり、頂上に山王様が祀られている。
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そこからちょっと離れたところに、庚申塔がポツンと一基立っています。
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塔身:板碑型
主尊:三猿
日月:なし
主尊の特徴:右から見ざる・聞かざる・言わざる
造立年代:寛文12年(1672)


塔身は板碑型。
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上頂部を三角に加工し、三段の唐破風様の装飾になっている。
日月の彫刻は無い。
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銘文:
右に 「寛文十二之天十二月吉日」
中央に 「奉造立庚申塔」
左に  「武州日東郡今福村]
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三猿は、右から「見ざる・聞かざる・言わざる」である。
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下部には蓮の彫刻があり。
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この庚申塔は、寛文12年(1672)造立であり、川越で6番目に古いものであるが、
「山王塚」という場所なので大事にされてきて、環境も林の中なので、保存状態は良い。



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武蔵国分寺跡周辺史跡探索(後半)

20201224

所在地:東京都国分寺市
訪問日:2020年11月22日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で出かけました。
この日のコースは:
JR西国分寺(9時ちょっと過ぎ)⇒東山道武蔵路遺構再生展示施設⇒国分寺薬師堂⇒国分寺⇒国分寺楼門⇒旧本多家住宅長屋門⇒武蔵国分寺資料館⇒お鷹の道⇒真姿の池湧水群⇒武蔵国分寺跡(金堂跡・講堂跡・鐘楼跡・中門跡・七重塔跡他)⇒文化財展示資料室⇒武蔵国分尼寺跡⇒伝鎌倉街道⇒JR西国分寺(13時ころ)

前半の記事で旧本多家住宅長屋門まで載せたので、今回は武蔵国分寺資料館からの記事になります。

【武蔵国分寺跡資料館】
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武蔵国分寺跡資料館では、発掘調査における成果の賜物である出土品の数々が展示されています。展示室は3に分かれていて、「武蔵国分寺」、「武蔵国分寺の瓦」、「国分寺市の文化財」となっています。中でも、武蔵国分寺で使われた瓦を触ることのできるコーナーもあり、見て、触って、歴史を体感できます。

武蔵国分寺跡のジオラマ
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出土した瓦の展示
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〇銅造観世音立像
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〇唐草四獣文銅蓋
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この辺は、湧出帯が多いので、石器時代から人が住んでいた。
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立川ローム層第X僧出土石斧群
多摩蘭坂遺跡出土
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土偶
多喜窪遺跡出土 縄文時代中期
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鉄製鍬・鋤
多喜窪竪穴住居跡出土 僧寺地域
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ここの見学を終え、「お鷹の道」を真姿の池に向かいます。
とても気持ちのいい道です。
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【真姿の池湧水群】
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真姿の池
豊かに湧水しているのがよく見えた。
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真姿の池の上流からも、ハケで湧水した水が豊かに流れてきている。
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「おたカフェ」の前を通って、国分寺跡に向かう。
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【武蔵国分寺跡】
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〇講堂跡
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全景
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基壇の外装は瓦積である。
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基壇の上には、礎石が残る。
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〇金堂跡
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こちらの基壇の外装は乱石積である。
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基壇の上に須弥壇がある。
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〇七重塔跡
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【文化財展示資料室】
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近くの市立第四中学校内から出土した様々な鉄製品や灰釉陶器などの土器、瓦などが展示されており、これらは中学校内にかつて鍛冶工房があったことを示す貴重な資料です。

住田正一古瓦コレクションの一部が展示されており、これが素晴らしく良かった。
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古瓦の名称と作り方
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全国の国分寺瓦が展示されている。
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国分寺瓦を焼いた窯跡
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何処で焼かれたか記入がある。
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【武蔵国分尼寺跡】
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〇金堂跡
幡竿の立っていた場所に柱を立てている。
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基壇の外装は土盛。
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基壇の上
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基壇の構造断面が見られるようになっていた。
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〇尼坊跡
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横の公園に、すごく長いすべり台があり、たくさんの子供が楽しんでいた。
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【伝鎌倉街道切り通し】
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切り通しの途中に、「⇒尼寺北方の塚」とあったので、上がってみた。
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こんもりした塚があった。
傍にあった説明では、中世において種々の祈願の成就を得るために、作法に則り本尊に対し祈祷するために築かれた修法壇跡とのことだった。
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そこから少し歩いて、西国分寺駅に戻ってきて、この日の予定は完了。
ずいぶんと中身の濃い史跡めぐりだった。
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(了)



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武蔵国分寺跡周辺史跡探索(前半)

20201221

所在地:東京都国分寺市
訪問日:2020年11月22日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で出かけました。
この日のコースは:
JR西国分寺(9時ちょっと過ぎ)⇒東山道武蔵路遺構再生展示施設⇒国分寺薬師堂⇒国分寺⇒国分寺楼門⇒旧本多家住宅長屋門⇒武蔵国分寺資料館⇒お鷹の道⇒真姿の池湧水群⇒武蔵国分寺跡(金堂跡・講堂跡・鐘楼跡・中門跡・七重塔跡他)⇒文化財展示資料室⇒武蔵国分尼寺跡⇒伝鎌倉街道⇒JR西国分寺(13時ころ)
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【東山道武蔵路遺構再生展示施設】
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7世紀に律令制が確立されるとそれに伴って、いわゆる「五畿七道」が設置された。
この際、武蔵国は相模国の東に接する海沿いの国ではあったが、近江国を起点に美濃国・飛騨国・信濃国・上野国・下野国・陸奥国(当時はまだ出羽国はなかった)と本州の内陸国が属する東山道に属することになった。このため、道としての東山道にもこれらの国々から大きく外れたところにある武蔵国の国府を結ぶ必要が生じた。
その結果、上野国府 - 新田駅(上野国) - 武蔵国府 - 足利駅(下野国) - 下野国府というルートが採用されることになり、新田駅 - 足利駅間は直進ではなく南北にわたってY字形に突き出る格好となった。この突き出した部分が東山道武蔵路である。
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国分寺市による東山道武蔵路発掘調査の航空写真
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ここに再生展示してあるのは、武蔵野段丘面から北方の恋ヶ窪谷に向かって下りながら、しだいに路面の中央がえぐれて切り通し状になる道路構造。
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東山道武蔵路跡200mほどがアスファルトで描かれ、歩道となっている。
幅12mもある、なんとも贅沢な歩道だ。
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途中に東山道武蔵路の説明がある。
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発掘された国分寺瓦で装飾されている。
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終端には、大きな樹が保存されていた。
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【国分寺薬師堂】
医王山縁起によれば、国分寺境内の薬師堂は、建武2年(1335年)新田義貞の寄進により、武蔵国分寺史跡の金堂跡付近に建立されたと伝えられています。現在の薬師堂は宝暦年間(1751年から1764年)に今の場所に移され、建て替えられたものです。

単層寄棟造の建物で、昔は萱葺屋根でしたが、昭和60年に銅板葺の屋根になりました。正面厨子内には 国指定重要文化財の『木造薬師如来坐像』が安置されている。

正面から
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横から
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参拝
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立派な石灯篭があり。
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仁王門に向かって下る。
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仁王門
金網が二重に細かくて、仁王さんは残念ながら撮れず。
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参道に庚申塔などの石仏あり。
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国分寺本堂に到着。
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【国分寺本堂】
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医王山最勝院国分寺は、真言宗豊山派の寺院です。伝承では「分倍河原の戦い」で焼失した武蔵国分寺は新田義貞の寄進により薬師堂が再建されたと伝わっています。江戸時代に入ると徳川幕府は、由緒ある寺社に領地を与えて保護しました。国分寺の薬師堂も三代将軍家光から慶安元年(1648)に九石八斗九升八合の寄進を受け、朱印状を下付されました。以後、十四代家茂までの朱印状が残っています。享保10年(1725)に本堂が再建されたと考えられます。現在の本堂は昭和60年に改築されたものです。

【国分寺楼門】
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【お鷹の道】
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気持ちのいい道を行きます。
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【旧本多家住宅長屋門】
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代々国分寺村の名主であった本多家の屋敷の入り口に、表門と先代の隠居所として設けられた。

表からの全景を撮らなかったので、庭からの全景を載せておきます。
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先代の隠居所部門
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本多雖軒
幕末期名主の4男として生まれ、医者、教育者として郷土に尽くした。
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2階に展示してある、織物とかの当時の産業。
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薬箱
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今の雨戸と同じような、錠としての機能「猿」。
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庭にあった「武蔵国分寺七重塔推定復元模型」
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庭には、植栽が多くてしばらく癒された。
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この奥に、武蔵国分寺跡資料館があるのだが、そこから次回の記事にします。



続いて後編の記事を見る



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讃岐国・金刀比羅宮の狛犬⑤

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所在地:香川県仲多度郡琴平町字川西892番地1金刀比羅宮火雷社
撮影日:2020年3月23日

「青春18キップの旅2020春」にて金刀比羅宮に参拝したときに撮影した狛犬です。

金刀比羅宮については、既に記事があります。

その記事を見る


金刀比羅宮では、私は12組の狛犬を確認しましたが、今回の狛犬が5番目となります。

石段500段の「神椿」前を右に折れ、12段上がって書院の黒門・四脚門を眺めたあと、更に上がっていきます。
旭社まで上りきる少し手前、石段595段のところに広場があり、祓戸社と火雷社があります。

その火雷社の横に置かれた石灯篭4基のうち、参道に近い2基の笠石の上に狛犬が居ます。
両方とも逆立ちをしている
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年代:確認せず
材質:石造
型式:石灯篭笠石上型

石灯篭の奉納年はあったはずなのに、確認してこなかった(汗)

参道側の狛犬は阿形。
タテガミは巻き毛から勢いよく後ろに流れている。
身体は丸っこいが勢いがあり躍動的。爪が異常に大きい。
尾は、沢山の巻き毛が立ち上がって玉のようになっている。
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耳は伏せ、立った鼻の奥の眼は扁平で飛び出している。
口を大きく開き、歯列をむき出し、牙は鋭い。
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その奥の狛犬は吽形。
タテガミは巻き毛から勢いよく後ろに流れている。
身体は丸っこいが勢いがあり躍動的。爪が異常に大きい。
尾は、沢山の巻き毛が立ち上がって玉のようになっている。
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耳は伏せ、眼はギョロ目。
口を閉じ、牙を見せて威嚇している。
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石灯篭の上に狛犬が居る例は、今回で三例目。
両方とも逆立ちをしているのが、勢いがあってよかった。



狛犬の記事一覧を見る


平林寺の紅葉

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所在地:埼玉県新座市野火止3-1-1
撮影日:2020年12月4日

カミさんと、のんびりと出かけてきました。
一般道、「狭山東京ライン」、所沢市街⇒所沢ICに乗換え、川越街道を少し走って、平林寺門前の駐車場に着きました。

総門を入り、受付を済ませる。
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境内図
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平林寺は、臨済宗妙心寺派。山号は金鳳山。修行道場として僧堂が設置されている。境内林は、武蔵野の面影を残す雑木林として、1968年(昭和43年)に国の天然記念物に指定されている

1375年(永和元年)、現在のさいたま市岩槻区平林寺に創建。
戦火で伽藍のほとんどを焼失、1592年、徳川家康が招いた鉄山宗鈍禅師により中興。1663年(寛文3年) 川越藩主・松平信綱の遺志をうけて、子の輝綱が菩提寺として野火止に移転。
松平伊豆守信綱(は、老中を務め、「島原の乱」鎮圧、「明暦の大火」からの復興などを務めたが、玉川上水の開削という大工事の総奉行に任じられ、その功績から、自身が藩主を務める川越藩への分水を許可されます。水源に乏しかった武蔵野台地はうるおい、新田や街道などが整備されました。

私が住んでいる市でも、幕末の石高で言うとその三分の一が、松平信綱・輝綱によって新田開発された分なので、その功績は非常に大きなものです。

総門から山門への参道が既に紅葉した雑木林の中。
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山門
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扁額「凌霄閣」は石川丈山の筆。
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石川丈山については、京都の詩仙堂を訪れて関心を持ち、この平林寺を初めて訪ねたのは、石川丈山の扁額があると聞いてのことでした。
石川丈山は、徳川家康の近侍を務めていて、大坂夏の陣後致仕した人物で、致仕の理由も定かでない不思議な人物ですが、大変な文人であることは確かで、煎茶の祖ともいわれる。

仁王さんも古風な感じでなかなかよかった。
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ものすごい高野槇があった。
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仏殿
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中央の須弥壇には、南北朝時代の釈迦如来坐像と、室町時代の迦様・阿難の二尊者を安置している。
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仏殿の前が、きれいな紅葉を鑑賞できるスポットだった。
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片割れ地蔵
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名前が気になったので調べたが明確な説明は見つからず、元は一対であったが片方だけが平林寺境内にあることから、この名で呼ばれているという説明が多かった。

上皇陛下のお言葉が掲示されていた。
2009年(平成21年)11月26日、明仁天皇・皇后美智子夫妻が訪問した。なお、1977年(昭和52年)以来(皇太子時代)の再訪である。
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現在の世の中、かなり人心が荒廃しつつあると思われてならないが、天皇・上皇こそが「日本の良心」たる存在だと思う心しきりである。

今日は紅葉を愛でにやって来たのだが、緑が目に鮮やかな一角があった。
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島原・天草の一揆供養塔があった。
島原・天草の一揆(寛永14年、1637)200年遠忌に建立された、この一揆の犠牲者を弔う供養塔です。島原・天草の一揆は松平信綱によって平定されています。
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一昨年、娘が天草に住んでいるので訪問したときに地元の人から聞かされたことだが、キリシタン一揆と云われているが、実質は領主の過酷な年貢取り立てに端を発した農民一揆というのが本当のところらしい。
松平信綱は当初後方支援の役目で現地に行ったので、その辺の実情がわかり、川越藩主としては用水の開削、新田開発、川越と江戸を結ぶ水運の確立など、農民を豊かにする方策を推進した。

前田卓(つな)の墓
明治期の自由民権運動家、前田案山子(かがし)の次女で、夏目漱石『草枕』に登場する「那美」のモデルとされています。案山子も「志保田の隠居」として同作に登場しています。
卓と共に眠っているのは、卓の異母弟でのちに養子となった前田利鎌(とがま)です。
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見性院宝篋印塔
これを発見したことが、この日一番嬉しかったこと。
武田信玄の次女で、穴山梅雪の正室だった人だが、私の大好きな名君会津藩主・保科正之を養育した人である。
徳川二代将軍秀忠の乳母の侍女をしていたお静に、秀忠の手がつき子を設けるが、なにせ正室お江の方は秀忠に側室を持つことを許さず、途方に暮れたお静に頼られ、家康の庇護で江戸城に居た見性院が養育したのである。そして武田信玄の家臣だった高遠藩主の保科保科正光が養子として正之を育てた。
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松平信綱公一族の墓所
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紅葉が美しい一角に到着。
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野火止用水の跡
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半僧房感応殿まで戻ってくると、この一角にも紅葉のきれいなところがあった。
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半僧房感応殿
半僧房とは、方広寺(浜松)を縁起とする天狗の姿に似た大権現。山の鎮守として所願を叶えるそうです。
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以上で参拝を終え、近くのうどん屋さんで美味しいうどんを食べてから、帰途につきました。


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一面六臂青面金剛立像/埼玉県川越市

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所在地:埼玉県川越市下老袋農民センター前
撮影日:2020年7月24日

この庚申塔は、「下老袋農民センター」前広場の道沿いにある。
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塔身は駒形。
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銘文は台石正面に「下老袋村講中四十七人 宝暦十二年三月二十日」とある。
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塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:浮き彫り瑞雲付き
主尊の特徴:沙門頭巾をかぶり、邪鬼を踏んで立つ。
本手:剣とショケラを持つ
他の手:法輪、矢、弓、三叉矛。
脇侍:邪鬼、二鶏、三猿
造立年代:宝暦12年(1762)

日月は浮き彫り、瑞雲を長くたなびかせている。
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青面金剛が、邪鬼を踏んで立つ。
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頭に沙門頭巾をかぶっている。
眉を吊り上げ、口をヘの字に固く結んで、忿怒の表情。
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手は六本で、本手は剣とショケラを持つ。
他の手は、法輪、弓、矢、三叉矛を持つ。
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ショケラは、簡単な形容で分かりにくいが、着物を着た女性のようだ。
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踏まれている邪鬼は、ムスッとしてあきらめた表情。
青面金剛の足元左右に鶏がいる。
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三猿は、中央が正面を向いて両手で目を覆っているが、左右の猿は中央を向いて片手でそれぞれ「言わざる、、聞かざる」をして、もう片手は13差し伸べている。
右から「言わざる、見ざる、聞かざる」となっている。
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この庚申塔は、良い石を使っているとみえ、ほとんど風化や磨滅が無く、きれいである。
青面金剛が沙門頭巾をかぶっているのが珍しい。
三猿が変わっていて、中央の猿は両手で「見ざる」をしているが、左右の猿は中央を向いて横向きで、片手で「言わざる、聞かざる」を表現し、もう片方の手は差し伸べている、というダイナミックなものである。



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秩父御嶽(ちちぶおんたけ)神社・東郷公園の紅葉

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所在地:埼玉県飯能市坂石550-2
撮影日:2020年11月23日

この日は、所属する歴史クラブの「伝統芸能・祭り探訪」グループの企画で訪れました。
ここで開催される「もみじ祭り」参加を企画していたのですが、コロナ禍のため「もみじ祭り」は中止となりました。
しかし、当然ながらもみじは紅葉しているので、それを鑑賞しようと訪問した次第です。

ここには、個人的に2014年に参拝しています。基本的なことはこちらの記事を参照していただき、今回は紅葉を中心にした記事とします。

その時の記事を見る


この日は、吾野駅から送迎バスで奥武蔵休暇村の「あじさいラウンジ」でランチし、そこから歩いて秩父御嶽(ちちぶおんたけ)神社・東郷公園に着きました。
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案内図
とにかくここは、日露海戦で有名な東郷平八郎元帥ゆかりの物が多い。
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入口の辺は、紅葉がはじまった感じのもの。
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秩父御嶽神社を創設した「清貫一誠霊神」の像の近くに、ちょっと紅葉が。
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中央の石段を避けて、女坂をのんびり上がります。
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布設水雷と砲弾が石段の左右に置いてあるところまで上がった。
日露戦争日本海海戦後、日本軍が掃海し、引き揚げたものが海軍省より下賜されたもの。
布設水雷はロシア軍が旅順港に多数布設され、日本海軍の入港を阻止しました。
砲弾はロシア軍バルチック艦隊より発射された主砲の巨弾で、日本海軍はこのために苦戦をしいられた。
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この辺まで上がると、紅葉が鮮やかになっていた。
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一段上がって東郷元帥の銅像だが、石段の上左右に、日本海海戦時の元帥の有名な言葉が、東郷元帥の字で刻まれている。
右に「皇国興廃在此一戦」、左に「各員一層奮励努力」。
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東郷元帥のまわりが紅葉の錦で飾られていて、とてもいい感じになっていた。
ここの元帥像は、世界で唯一、東郷元帥の許可を得て建立された銅像にて、大正十四年四月十七日、元帥自らの臨席を仰ぎ序幕式が挙行された。
当時、元帥の徳を慕い銅像建立の許しを願う者は後を絶ちませんでしたが、元帥は断じてこれを許すことはしませんでした。
開祖の鴨下清八氏は、東郷元帥邸をおとずれること八十余回。元帥はその誠意に打たれ、ついに承諾された。
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下の写真は、序幕式当時の貴重な一枚です。
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見上げると、青空と紅葉の取り合わせがよかった。
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日光に照らされた紅葉。
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紅葉の手前に、純白の山茶花の花が。
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三笠の被弾甲板です。
東郷長官(当時)の乗る旗艦三笠は、ロシア軍の集中砲火をあび、甲板は蜂の巣状になった。
間近で実物を見ると砲弾の破壊力がよく分かります。甲板の装甲なので厚さは2~3センチ程度ですが、固い鉄板が障子が破れたような形になって捲れている。
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この時の、参謀秋山真之の「敵艦見ゆとの報に接し、連合艦隊は直ちに出動。之を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」は実に名文です。

あとは、紅葉の素晴らしさを探して撮りました。
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この日は天気も良く、素晴らしい紅葉を楽しめて大満足でした。

集合時間まで、皆さん思い思いに紅葉を楽しみ、満足して吾野駅まで戻り、帰途につきました。

(了)


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讃岐国・金刀比羅宮の狛犬④

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所在地:香川県仲多度郡琴平町字川西892番地1金刀比羅宮西詰銅鳥居前
撮影日:2020年3月23日

「青春18キップの旅2020春」にて金刀比羅宮に参拝したときに撮影した狛犬です。

金刀比羅宮については、既に記事があります。

その記事を見る


金刀比羅宮では、私は12組の狛犬を確認しましたが、今回の狛犬が4番目となります。

桜馬場が終り、また石段がはじまるところに立つ銅鳥居の前に今回の狛犬は居ます。
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年代:昭和58年(1983)
材質:石造
型式:岡崎型(両玉取り・丸尾)

右側に阿形獅子。
蹲踞して、左前足で玉を抑えている。
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たてがみは大きな巻き毛がたくさんで、直毛部分は比較的短い
耳は横に広げている。
眉は中央に二つ巻き毛があり、それが横に流れている。頬髯は豊か、
鼻鬚は長く横に流れて、顎髭は下に豊かに流れている。。
目は楕円で奥目。鼻は大きく張っている。
たわみが大きい唇を開け、舌をのぞかせ、歯列と鋭く太い4本の牙をむき出している。
表情は、威厳のある顔で、威嚇している。
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左側に吽形獅子。
蹲踞して、右前足で玉を抑えている。
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たてがみは大きな巻き毛がたくさんで、直毛部分は比較的短い
耳は横に広げている。
眉は中央に二つ巻き毛があり、それが横に流れている。頬髯は巻き毛が並ぶ。
鼻鬚は長く横に流れて、顎髭は八の字にあり、中央から房状に豊かに下がっている。。
目は楕円で奥目。鼻は大きく張っている。
たわみが大きい唇を閉じ、太い牙をむき出している。
表情は、威厳のある顔で、ジッとこちらを睨んでいる。
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胸を大きく張り、堂々としている。
前足は太く、爪が太くて長く立派。
胴体は太くて丸く立派。
両足の付け根の毛と走り毛が実に立派。
堂々たる体躯で、威勢が良い。
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尾は基本的に丸尾だが、立ち上がった毛が横に開いて巻き毛となっている。
非常に豊かな、堂々とした尾である。
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この狛犬は顔が岡崎型で、全体としては岡崎型で間違いない。
片方が玉取りだと、もう一方は小獅子連れが一般的だが、これは両方とも玉取りである。
通常の岡崎型は流れ尾が多いのだが、これは丸尾となっている。



狛犬の記事一覧を見る



埼玉県立川の博物館

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所在地:埼玉県大里郡寄居町小園39
訪問日:2020年10月23日

所属する歴史クラブの「博物館に行こう」グループの企画で参加しました。
東武東上線の鉢形駅から、小雨の中20分ほどで到着。

ここには個人で2017年8月に、企画展「神になったオオカミ」展と同題の講演を聴きに来たことがあります。
その時の記事を既にアップしています。
そちらのほうも見てください。

その記事を見る


川の博物館全景
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まずは本館に入りますが、今回は雨の中到着したので、本館前景の写真を撮らなかったので、以前来た時の写真を載せておきます。
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ロビー
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ここには、荒川の小さな魚が展示されていた。
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このときの企画展は「タカ、ハヤブサ、フクロウ」
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江戸時代の鷹狩の絵巻など
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「タカ、ハヤブサ、フクロウ」もずいぶんと種類が多かった。
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第1展示室は、広くて映像と様々な模型で川を利用した昔の暮らしの工夫を紹介している。
巨大スクリーンの映像の説明を生で学芸員の人が説明している。
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〇荒川の荷船
しばらく展示を見ていると、「荒川を江戸まで運航していた荷船」の説明をガイドさんがしてくれた。
8月に新河岸川の江戸への舟運について、ふじみの市の旧廻漕問屋を見たばかりだったので、タイムリーだった。
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大型スクリーンに映し出される、江戸までの間に雨が降ったり雷が光ったりドラマチックな船の運航。
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荷船
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前部には生活用品が並ぶ。
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部屋も設けられている。
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積み荷
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舵取り部
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〇見沼通船堀
我が国最古の閘門(こうもん)式運河。
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昭和の時代で活躍していた。
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〇開閉橋
驚いたのは「開平橋」の模型である。船を並べて上に板を敷いた船橋というのは各地にあったのだが、橋の一部を移動させて開閉し船を通行ざせることができる橋が、なんと昔の川越にあった。
グーグルマップで調べると、川越の埼玉医科大病院の前を通って上尾に行く県道51号線が、入間川にかかる側は入間大橋、荒川にかかる側は開平橋と載っている。たぶん開閉橋から「開平橋」の名前になったのだろう。
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〇鉄砲堰と筏流し
材木を江戸まで運ぶのに筏を組んで運んだが、水の少ない上流で材木を運ぶ工夫。
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かって大山沢にあった鉄砲堰を4分の1の縮尺で再現。
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〇船車
川に浮かべて使うので、水位変化の影響を受けない。
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〇治水の仕組み
堤防間が実に2.5Kmの川幅日本一の所があるが、これは増水時に遊水地となる仕組みだ。
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〇荒川の屋外模型
実に、全長173キロの流れを千分の一に縮尺したもの。
ということで、全長173mの模型である。
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源流は山梨、埼玉、長野の3県の県境となっている甲武信ケ岳の東斜面。
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二瀬ダム
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三峰口
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浦山ダム
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長瀞岩畳と自然の博物館
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寄居橋
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川の博物館
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川幅日本一の場所
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入間川と荒川の合流点の、ちょっと上流に「開平橋」がある。
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〇大陶板画「行く春」川井玉堂
船車が登場している。
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〇日本一の大水車
2019年7月に再生した、直径24.2m、埼玉県材のヒノキ(西川材)で作られています。
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動画で撮影したのを、ユーチューブにアップしてあります。

その動画を見る


これで見学を終え、再び「鉢形」駅まで歩き、東上線で帰途につきました。

(了)


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一面六臂青面金剛立像/埼玉県川越市

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所在地:埼玉県川越市下老袋 氷川神社前
撮影日:2020年7月24日

この庚申塔は、下老袋の氷川神社前に置かれている。
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コンクリートの祠に収容されているので、横からは見ることができない。
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塔身は駒形。
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銘文は正面には見当たらないが、川越市立博物館の資料によれば、「宝暦13年11月吉日」ということである。

塔身:駒形
主尊:一面六臂青面金剛立像
日月:浮き彫り瑞雲付き
主尊の特徴:髪双髷、頭に蛇か髑髏、三眼、邪鬼を踏んで立つ。
本手:合掌
他の手:法輪、弓、矢、鉾を持つ。
脇侍:二鶏、邪鬼、三猿
造立年代:宝暦13年(1763)

日月は浮き彫り瑞雲付きだが、塔身より飛び出した意匠となっている。
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青面金剛は、邪鬼を踏んで立つ。
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髪は双髷、頭の中央に髑髏と蛇と見えるものが載っている。
三眼で、目は吊り上がらせて、忿怒の表情。
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手は6本あり、本手は合掌。
他の手は、法輪、弓、矢、鉾を持つ。
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踏んづけられた邪鬼は、あきらめの表情をしている。
岩から左足を垂らしているのが面白い。
青面金剛の足元、左右に鶏が浮き彫りで刻まれている。
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邪鬼の下の岩に刻まれた三猿は、左右の猿は横向き。
普通左右の猿は中央を向いているのだが、これは両方とも左向きなのが珍しい。
右から「見ざる、聞かざる、言わざる」である。
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この庚申塔は、風化、磨滅が進んでいて、はっきりしない所が多い。
頭上の髑髏みたいなものがはっきりしないのだが、川口のほうではよく見られる髑髏が、
この辺では見かけないので、もし髑髏なら貴重な存在となるのだが。
邪鬼が岩から左足を垂らしているところとか、
三猿の左右の猿が、中央を向いているのでなく揃って左向きなのが面白く、珍しい。


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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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