のぼうの城/和田竜

20120812

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この本が映画化されているという話をテレビで見て、こりゃいかんと、あわてて詠んだ本です。

鎌倉街道散歩の一環で、寄居にある「鉢形城」を今年訪ねています。
鉢形城も、豊臣秀吉の小田原征伐の際、前田利家、上杉景勝など3万5千の兵に囲まれました。鉢形城は北条氏邦(4男)の居城で、北条氏邦の老臣黒澤上野介ら3千が籠って、1ケ月の籠城戦を行いましたが、小田原が降伏したため開城。
地元出身の北条氏邦の妻「おふく御前」が開城後、兵士や領民の命を助けるため奔走したのち、北条氏邦の後を追い自害したという、泣ける話も残っています。

一方この本の舞台、武州の忍城(おしじょう)は埼玉県の行田市に位置する成田市の居城。関東七名城のひとつです。
築城したのは成田家十五代の親泰。この物語のおよそ百年前のこと。
洪水の多い一帯にできた湖と、その中の島々を要塞化した城郭であり、本丸を始め二の丸、三の丸、諏訪曲輪の主要部分が独立した島である。これらを橋で連結している。また、本丸を始め二の丸、三の丸は密林のごとく木々が乱立していた。鬱蒼とした城だったようだ。
だが、現在はその面影は全くないのが、とても残念です。


あらすじは:
周囲を湖に囲まれ、浮城とも呼ばれる忍城。領主・成田氏一門の成田長親は、領民から「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼び親しまれる人物であった。

天下統一目前の豊臣秀吉は、関東最大の勢力北条氏の小田原城を落城させんとしていた(小田原征伐)。豊臣側に抵抗するべく、北条氏政は関東各地の支城の城主に篭城に参加するよう通達。支城の一つであった忍城主の氏長は、北条氏に従うように見せかけ、裏で豊臣側への降伏を内通し、小田原で篭城作戦に参加していた。

「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は成田氏が降伏しているとは露知らず、戦を仕掛けんとする。城はすぐに落ちるはずだった。だが軍使長束正家の傲慢な振る舞いに怒った総大将・長親は「戦」を選択。当主氏長より降伏を知らされていた重臣たちは初め混乱するが覚悟を決め、かくて忍城戦は幕を開けた。

三成率いる二万超の軍勢に、農民らを含めても二千強の成田勢。総大将たる長親は、将に求められる智も仁も勇も持たない、その名の通りでくのぼうのような男。だがこの男にはただ一つの才能、異常なほどの民からの「人気」があった。


登場人物:
成田長親(なりた ながちか)
当主・氏長の従兄弟。農作業が好きで、よく領民の作業を手伝いたがるが、不器用なため、どちらかというと迷惑をかけている。表情に乏しい背の高い大男で、のそのそと歩く。当主の従兄弟であるのに、家臣はおろか百姓らからも、その姿から「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼ばれるが、本人は全く気にしていない。本名で呼ぶのは、氏長や身内・重臣のみである。運動は滅法苦手で、馬にさえ乗れない。愚鈍な人物と思われているが、実は非常に誇り高い人物。百姓・足軽等、身分の低い者達からは非常に慕われており、百姓達も長親の為ならば命を掛けることさえ厭わない。

成田泰季(なりた やすすえ)
長親の父親。氏長にとっては叔父。長親が唯一頭が上がらない人物で、長親とは正反対の気質の持ち主。不肖の息子・長親について不満を漏らしている。過去に数度裏切った成田家を許してくれた北条家に恩義を感じており、小田原攻めに際しては、豊臣陣を迎え撃つべきだと強固に主張した。

成田氏長(なりた うじなが)
成田家の当主。眉目秀麗で、挙措動作も涼やかだが、器量は人並みである。当主として、それなりに政略や戦略の見識はあるが、それよりも連歌をこよなく愛する。小田原攻めに際し、密かに豊臣側への降伏を伝えていた。

成田泰高(なりた やすたか)
氏長の弟。氏長と共に小田原篭城に参加。

甲斐姫(かいひめ)
氏長の娘。18歳。お転婆で幼い頃から城内を走り回って過ごした。美人だが、見かけによらず武辺者であり、剣技にも長けている。長親に惚れているらしい。

珠(たま)
氏長の2番目の妻。40近いが、いまだ美貌が衰えない。甲斐姫とは血が繋がっていない。伝説の武将・太田三楽斎の娘で、自身も勝気な性格。氏長を腑抜けでつまらない男だと思っており、猛々しい泰季との方がより気が合う。

正木丹波守利英(まさき たんばのかみ としひで)
成田家一の家老。長親とは幼なじみ。幼い頃見た、上杉謙信の姿に触発され、武芸の鍛錬に勤しんだ。長親に潜在的な将器があるのではと思っている。

柴崎和泉守 (しばさき いずみのかみ)
成田家家老。筋骨隆々とした巨漢。20歳以上年の離れた妻との間に6人の子どもがいる。丹波守の持つ朱槍を欲しており、少年期から常に丹波守と張り合っている。

酒巻靱負(さかまき ゆきえ)
成田家家老。22歳。「隙あらば襲ってみろ」と丹波守にからかわれたことがあり、所構わず頻繁に実行している。多数の兵法書を読み漁り、自称・毘沙門天の化身だが、実は今回が初陣。

明嶺(みょうりょう)
城内にある清善寺の六代目住職。齢80にして朝まで寝酒を飲む、というとんでもない絶倫。敷地内の柿の実を盗もうとする者は身分の上下に関わらず半殺しにされる。

たへえ 下忍村の乙名。

かぞう たへえの息子。侍を憎んでおり、戦には参加せず、豊臣側に情報を漏らし、城攻めに加担する。

ちよ かぞうの妻。昔、侍に手籠めにされた。

ちどり かぞうとちよの娘。4歳になる。

石田三成(いしだ みつなり)
秀吉からは今も初名で佐吉と呼ばれる。理知に富むが、武運に恵まれない。忍城の水攻めを推す。
この忍城攻めの失敗によって武将としての権威は地に堕ちることになる。そして戦下手のレッテルは生涯剥がれることないまま、関ヶ原の戦いへと突入することになる。

大谷吉継(おおたに よしつぐ)
秀吉からは紀之介と呼ばれる。秀吉から密かに忍城降伏の件を聞かされていたため、戦に転じ驚愕する。水攻めを仕掛けようとする三成を諫めた。
関ヶ原のとき、病をおして参加し三成を助けた。障害の三成の友。

長束正家(なつか まさいえ)
丹羽長秀の家臣。算勘(計算)に優れている点を秀吉に買われ、借り受けられる。秀吉の直臣になってから態度が高飛車になった。弱者には強く、強者には弱く応じる。三成から軍使に任ぜられる。

山田帯刀(やまだ たてわき)
長束家馬廻役。正家の軍才のなさに呆れてる。正木丹波守と対決する。

貝塚隼人(かいづか はやと)
石田家馬廻役。酒巻靱負と対決する。


光成の命を受け、交渉に訪れた長束正家の無礼きわまる申し出に敢然と「戦いまする」と宣言してしまう「のぼう様」。
一同は仰天しますが、「のぼう様」の「(降伏するのは)嫌なんじゃ」という言葉を聞き、
いつしか「坂東武者の心意気を見せてやる」「やってやろうじゃないか」という気持ちに変わります。
この辺が、実に気持ちいい。
というのは、この頃からの秀吉の振る舞い、例えば本当か嘘か知りませんが、小田原城に向かって立ちションベンしながら、しかも家康にも連れションベンを強制して、家康に江戸入府を命じたとか、思い上がり振りが鼻について、私はどうにも好きになれないから。

この登場人物の中で、気になったのが「柴崎和泉守」である。というのは、私が勤務していた会社の協力会社で寄居にある会社があり、そこの社長さんが柴崎さんだった。父上の会長さん、社長さんとも人品卑しからず、とても風格のある人柄だったからである。
私は勝手に、「柴崎和泉守」の子孫ではあるまいかと思っている。

「のぼうの城」は、先にも書いたように映画化されています。
ちなみに「のぼう様」は野村萬斎だとか。
大男のぼーっとした「のぼう様」のイメージとは違うので、もしかしたら映画はまったく「別物」かもしれませんね。



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コメント

よい本でした

おはようございます。
確か2~3年前に行田市を訪れた際に知ったので本だけは読みました。
埼玉県を舞台とした歴史モノは少ないので、そうゆう意味でも面白い本でしたね。
鉢形城、忍城、石田堤などなど、見所多いですよね^^

No title

四季歩さん、こんにちは

鉢形城は名前を聞いたことがありますが、忍城については初めて聴きました。ううん、私は太閤記は好きですが、面白いのは信長が死んで三法師を担ぎ出すあたりまでで、その後はあまり読まないせいですね。それにしても、石田三成が軍事の才能があったと言う話はあまり無いですね。

コメントありがとうございます

薄荷脳70 さん
ほんとに、埼玉県を舞台にしたこういうものは、
とても嬉しいですよね。
鉢形城は、城郭こそ残っていませんが、遺構が
整備されていて、見ごたえがあります。

matsumoさん
そもそも、関ヶ原の戦いそのものも、
石田光成は大垣城のところで防衛線を準備していたのに、
素通りされて、あわてて追いかけて行って関ヶ原で
相対するというオソマツなものでしたからね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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