軽井沢

20121014

10月7日の続きです。
雲場亭でお昼を食べた後は、雲場亭の記事のところで述べたルートで、神宮寺の駐車場に車を停めて、軽井沢銀座に。
買い物は少々で、あの辺の写真を改めて撮って歩いた。

神宮寺の駐車場から銀座に出て、碓氷峠に向かう方向に歩きます。
ちょっと歩くと「つるや旅館」があります。
文豪に愛された旅館で、これから尋ねる碑の主、室生犀星も常連でした。

復元されたものですが、軽井沢宿を示す道標がつるやの玄関前にあります。
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つるや旅館の隣の隣に、「ショー記念礼拝堂があります。
この人が軽井沢を発見し、避暑地として開いた、"軽井沢の父"と呼ばれる英国国教会(聖公会)司祭A.C.ショー宣教師によって、明治28年に建てられた木立の中に佇む軽井沢最古の教会です。
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そこから、ほんの数分で、町並みが途切れ矢ヶ崎川にかかる二手橋を渡ります。
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そこから碓氷峠に向かう道と分かれて川沿いに入っていくと、室生犀星文学碑があります。
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室生犀星は、金沢出身ということで、私は特に愛着があります。
その犀星が、昭和33年「杏っ子」で読売文学賞を受賞、同じ年に『わが愛する詩人の伝記』は毎日出版文化賞、昭和33〜34年に「かげろふの日記遺文」が野間文芸賞と秀作の受賞が続きました。
この賞金100万円の使い道を犀星は次のように発表します。
・軽井沢に室生犀星文学碑を建立すること。
・室生とみ子遺稿、発句集の出版のこと。
・新人の詩人のために、室生犀星詩人賞の設定。

無名の人が、自費で文学碑を建てることは珍しくないのですが、室生犀星のような巨星が、みずから文学碑を建てるのは異例と言えます。どうしてそうしたかは、この文学碑がどういうものか知れば納得します。

碑の傍らにかつて犀星の東京の家の庭にあった朝鮮の俑人(ようじん)が2体並んでいます。この俑人は始めは一体だけでした。俑人の下には穴があり、片方に犀星の妻・室生とみ子の遺骨の一部が小さな白磁の壺に入れられ、収められました。
文学碑完成から2年後に犀星は亡くなり、彼の希望どうりに、もう一体の俑人が、ここに運ばれ、犀星の遺骨も納められて、仲良く並んでいます。
ここに犀星と愛した妻、とみ子は仲良く眠っていると考えてもいいようでしょう。

で、俑人二体はあるのですが、文学碑が見つからなかったのです(汗)
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私が記憶しているのは黒御影の碑で、ただ記憶している位置に碑が無くて写真を撮れませんでしたが、碑に刻まれているのは、私の大好きな詩です。

我は張りつめたる氷を愛す
斯る切なき思ひを愛す
我はそれらの輝けるを見たり
斯る花にあらざる花を愛す
我は氷の奥にあるものに同感す
我はつねに狭小なる人生に住めり
その人生の荒涼の中に呻吟せり
さればこそ張りつめたる氷を愛す


室生犀星文学碑のところで、雨がパラパラッと来たこともあり、一旦銀座に戻りました。
戻ってきて、つるやの斜め向かいに芭蕉の句碑があるのを発見!
いままで、ここにあるのに気が付かなかった。
と云うか、ほんの数年前までは句碑とか歌碑などに、ほとんど関心が無かったのが正直なところ。
最近はどこに行っても、句碑とか歌碑などがないか探すようになった。

「野ざらし紀行」中の一句。前書きに「旅人をみる」とあります。

馬をさえ ながむる雪の あしたかな

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軽井沢銀座では、コーヒーはいつもここと決めています。
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二手橋の辺で気が付いたことは、つるや旅館の辺から碓氷峠方面に、割と車が走っていることです。
どうも、もう夏の混雑シーズンではないので、軽井沢銀座の半分くらいは車の通行OKになっているようです。
それで、茜屋でコーヒーを飲んだ後、車で碓氷峠にある神社に久しぶりに行くことにしました。

神社の前には、茶店の駐車場しか無いので、必然的に茶店に寄ってから神社にお参りすることになります。
茶店で「力餅」を食べた。
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茶店の展望台。神社の真向かいにあるので、当然この茶店も県境の両方をまたいでいます。
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上空は、けっこう厚い雲でしたが、下の方が切れて安中の街が見えました。
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いよいよ碓氷神社にお参りです。
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入り口のところに変わった花が咲いていました。
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この花のところに、「この花の名前はなんでしょう?  シナの木のところに正解がありますよ」となんとも楽しい宝さがし的な掲示が(笑)

鳥居の前に、山口誓子の句碑がありました。
「剛直の 冬の妙義を 引き寄せる」
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古い狛犬です。室町時代中期の作で、長野県内では最古の狛犬だそうです。
阿形
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吽形
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山門の扁額も由緒ありそうです。
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山門の前に、石の風車が一対あります。
「碓氷峠の あの風車 誰を待つやらくるくると」と追分節に歌われています。
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拝殿の中央が、長野県と群馬県の境で、本殿は両県にそれぞれあります。
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お賽銭箱も、両県にそれぞれ(笑)
私が長野県のに、カミさんは群馬県のに入れました。
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ご神木の「シナの木」。樹齢800年の堂々たる姿です。
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盛んな樹勢で、元気をたくさんもらえます。
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シナの木は長野県に多いようで、「シナ野」から「信濃」に転じたという説もあるようです。

あっ、さっきの謎の花の正解は「山ごぼう」でした。

碓氷峠も、日本武尊の「吾嬬者耶(あづまはや)」詠嘆の地とされています。
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境内の展望台に、杉浦翠子の歌碑がありました。
「のぼる陽は 浅間の雲を はらひつつ 天地霊あり 暁の光」
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これで、今回の軽井沢渉猟は終わり、また千住博美術館に戻って、浅野屋のベーカリーカフェでパンを買い、紅茶を飲んで、17:30ころ軽井沢インターから高速に乗り、軽井沢を後にしました。


(了)




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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

さすがに、今の季節だと、ショー記念礼拝堂に人がいませんね。今年の8月に私が行った時はとてもこのような写真は撮れませんでした。

そう言えば、室生犀星文学碑も行ったことがありませんが、碓氷峠は見晴台はよく行きますが、神社の方は行ったことがありません。次回、行く時に寄りたいです。


matsumoさん

コメントありがとうございます。
神社はまだでしたか。
シナの木は、実に見事ですから、ぜひ見て欲しいなと思います。
どこも、まったく感心するほどご存知のmatsumoさんに
ヒントを提供できたとすれば、とても嬉しいです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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