古事記を知る(06)

20121217

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2.伊邪那岐命と伊邪那美命
2-1 淤能碁呂島
於是天神諸命以。詔伊邪那岐命伊邪那美命二柱神。修理固成是多陀用幣流之國。賜天沼矛而。言依賜也。故二柱神立
訓立云多多志天浮橋而。指下其沼矛以畫者。塩許袁呂許袁呂邇此七字以音畫鳴訓鳴云那志而。引上時。自其矛末垂落之塩。累積成嶋。是淤能碁呂嶋。自淤以下四字以音
於其嶋天降坐而。見立天之御柱。見立八尋殿。於是問其妹伊邪那美命曰。汝身者如何成。答曰吾身者成成不成合處一處在。爾伊邪那岐命詔。我身者成成而成餘處一處在。故以此吾身成餘處。刺塞汝身不成合處而。為生成國土奈何。訓生云字牟下効此伊邪那美命答曰然善。爾伊邪那岐命。詔然者吾興汝行廻逢是天之御柱而。為美斗能麻具波此。此七字以音如此云期。乃詔汝者自右廻逢。我者自左廻逢。約竟以廻時。伊邪那美命先言阿那邇夜志愛袁登古袁。此十字以音下効此後伊邪那岐命言阿那邇夜志愛袁登賣袁。各言竟之後。告其妹曰女人先言不良。
雖然久美度邇
此四字以音興而。生子水蛭子。此子者入葦船流去。次生淡嶋。是亦不入子之例。
(読み)
 ココニアマツカミモロモロノミコトモチテ イザナギノミコトイザナミノミコトフタバシラノカミニ コノタダヨヘルクニヲツクリカタメナセトノリゴチテ アマノヌボコヲタマヒテ コトヨサシタマヒキ カレフタバシラノカミ アマノウキハシニタタシテ ソノヌボコヲサシオロシテカキタマヘバ シホコヲロコヲロニカキナシテ ヒキアゲタマフトキニ ソノホコノサキヨリシタダルシホ ツモリテシマトナル コレオノゴロシマナリ
 ソノシマニアモリマシテ アメノミハシラヲミタテ ヤヒロドノヲミタテタマヒキ ココニソノイモイザナミノミコトニ ナガミハイカニナレルトトヒタマヘバ アガミハナリナリテナリアハザルトコロヒトトコロアリトマヲシタマヒキ イザナギノミコトノリタマヒツラク アガミハナリナリテナリアマレルトコロヒトトコロアリ カレコノアガミノナリアマレルトコロヲ ナガミノナリアハザルトコロニサシフタギテ クニウミナサムトオモフハイカニトノリタマヘバ イザナミノミコトシカヨケムトマヲシタマヒキ ココニイザナギノミコト シカラバアトナトコノアメノミハシラヲユキメグリアヒテ ミトノマグハヒセムトノリタマヒキ カクイヒチギリテ スナハチナハミギリヨリメグリアヘ アハヒダリヨリメグリアハムトノリタマヒ チギリヲヘテメグリマストキニ イザナミノミコトマヅアナニヤシエヲトコヲトノリタマヒ ノチニイザナギノミコトアナニヤシエヲトメヲトノリタマヒキ オノオノノリタマヒヲヘテノチニ ソノイモニヲミナヲコトサキダチテフサハズトノリタマヒキ シカレドモクミドニオコシテ ミコヒルゴヲウミタマヒキ コノミコハアシブネニイレテナガシステツ ツギニアハシマヲウミタマヒキ コモミコノカズニハヒラズ

 (現代語訳)
 そこで天つ神一同のお言葉で、イザナキノ命・イザナミノ命二柱の神に、「この漂っている国土をよく整えて、作り固めよ」と仰せられて、神聖な矛を授けて御委任になった。そこで二柱の神は、天地の間に架かった梯子の上に立たれ、その矛をさし下ろしてかき廻されたが、潮をごろごろとかき鳴らして引き上げられる時、その矛の先からしたたり落ちる潮水が、積もり重なって島となった。これがオノゴロ島である。
 二神はその島にお降りになって、神聖な柱を立て、広い御殿をお建てになった。そしてイザナキノ命が、女神のイザナミノ命に尋ねて、「おまえの身休はどのようにできていますか」と仰せられると、女神は、「私の身体はだんだん成り整って、成り合わない所が一所あります」とお答えになった。そこでイザナキノ命が仰せられるには、「私の身体はだんだん成り整って、成り余った所が一所あります。それで、この私の身体の成り余っている所を、おまえの身体の成り合わない所にさしふさいで、国土を生み出そうと思う。生むことはどうだろう」と仰せられると、イザナミノ命は、「それは結構でしょう」とお答えになった。
 そこでイザナキノ命が仰せになるには、「それでは私とおまえとこの神聖な柱を回り、出会って結婚をしよう」と仰せになった。そう約束して男神は、「おまえは右から回って会いなさい。私は左から回って会いましょう」と仰せられ、約束のとおり回るとき、イザナミノ命が先に、「ああ、なんとすばらしい男性でしょう」と言い、その後でイザナキノ命が、「ああ、なんとすばらしい少女(おとめ)だろう」と言い、それぞれ言い終って後、男神は女神に告げて、「女が先に言葉を発したのは良くない」と仰せられた。しかし聖婚の場所で結婚して、不具の子水蛭子を生んだ。この子は葦の船に乗せて流し棄てた。次に淡島を生んだ。この子も御子の数には入れなかった。

(解説)
淤能碁呂島:比定地は多いようだが、淡路島の南に位置する小さな島「沼島」もその一つ。
ここに高さ30mの「上立神岩」がある。イザナキとイザナミが回った「天の御柱」とも言われるが、「天の沼矛」にも見えてきます。島には「おのころ神社」もあるといいます。
120919onogoro01.jpg


「天瓊を以て滄海を探るの図/小林永濯・画、明治時代」
右がイザナギ、左がイザナミ
120919onogoro02.jpg


「あなにやし」というのは、「あなに」はああ、ほんにの意で、「やし」は感動を表します。「えをとこを」は、「え」は愛すべき、可愛いの意で、「をとこ」は若い男。「を」は感動を表します。兄妹結婚によって、不具の子が生まれたとする説話は、中国南部から東南アジアにかけて広く分布しているそうです。

流された蛭子神が流れ着いたという伝説は日本各地に残っています。日本沿岸の地域では、漂着物をえびす神として信仰するところが多く、ヒルコがえびす(恵比寿・戎)と習合・同一視されるようになった。ヒルコ(蛭子神、蛭子命)を祭神とする神社は多く、和田神社(神戸市)、西宮神社(兵庫県西宮市)などで祀られています。
西宮神社は、カミさんの母親が近くに長く住んで居たので、我が家にはちょっと身近な存在である。
テレビで毎年放送されて有名なのは、毎年1月10日前後の3日間で行われる十日えびす(戎)で、「開門神事福男選び」ですよね。

イザナギを祀っているのは、伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)、 多賀大社(滋賀県)、 江田神社(宮崎県宮崎市)、 朝代神社(京都府舞鶴市)、 三峯神社(埼玉県秩父市)、 筑波山神社(茨城県つくば市)、 常陸國總社宮(茨城県石岡市)、 熊野神社(千葉県四街道市)、各地の 伊邪那岐神社 など

イザナミを祀っているのは、伊弉諾神宮(兵庫県淡路市)、 多賀大社(滋賀県)、 花窟神社(三重県熊野市)、 三峰神社(埼玉県秩父市)、 筑波山神社(茨城県つくば市)、 熊野神社(千葉県四街道市)、 熊野大社(島根県松江市)、 神魂神社(島根県松江市)、 佐太神社(島根県松江市)、 飯盛神社(福岡県福岡市)など



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この話もよくわからないものですよね。水蛭子は不虞だったので流してしまったのはともかく(これも、ひどい話ですし、そもそも、流すと言うことは誰かに育てて欲しいと言うことだと思うのですが、そうなると、既に誰かが住んでいたと言うことですし)、淡嶋は何で子供の数に入れないのかさっぱりわかりませんし。もしかして、泡島の当て字?だったのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私が参考にしている本では、
「葦の船に乗せて流し」というのは、
古代の水葬の風習の反映だとしています。

淡嶋については、私はまだわかりません。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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