日本橋七福神(1)

20130108

4日に、江戸火消の木遣り、梯子乗りを写真撮ったあと、下見がてら回りました。
そして、歴史クラブの催しで、7日に皆さんと回ったので、松の内に2回も回ってしまいました(笑)

七福神というのは、日本産は1神だけ、インド産が3神、中国産が3神なんですね。
インドのヒンドゥー教(大黒・毘沙門・弁才)、中国の仏教(布袋)、道教(福禄寿・寿老人)、日本の土着信仰(恵比寿・大国主)が入りまじって形成された、神仏習合からなる、日本的な信仰対象です。室町時代末期頃から信仰されているといわれています。
○恵比寿:古くは「大漁追福」の漁業の神である。時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす、商業や農業の神となった。唯一日本由来の神様。
○大黒天:インドのヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神。日本古来の大国主命の習合。大黒柱と現されるように食物・財福を司る神となった。
○毘沙門天:元はインドのヒンドゥー教のクベーラ神。仏教に取り入れられ日本では毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と呼ばれる。
○弁財天:七福神の中の紅一点で元はインドのヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神。
○福禄寿:道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。
○寿老人:道教の神で南極星の化身の南極老人。
○布袋:唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の僧。

で、日本橋の七福神巡りですが、七福神と言っていながら八ケ所あるんですね(笑)
恵比寿さんのところが2ケ所あって、八福神と言う人もいます。
4日と7日と2回廻ったので、写真が入り乱れていますが、勘弁してください。


7日は電車を乗り継いで地下鉄「小伝馬町」駅で降りました。
それで、七福神めぐりの前に「吉田松陰終焉の地」すなわち「伝馬町牢屋敷跡」に立ち寄りました。
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現在は公園になっている一角に、「吉田松陰終焉の地」の碑が立っています。
「安政の大獄」で吉田松陰は、この牢に収容され、亡くなったわけです。
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本来の順番でいえば最後になると思うのですが、賓田恵比寿神社からお参りしました。

○賓田恵比寿神社
恵比寿神:運慶作と伝えられ、徳川家康から下賜されたもの
祭神:事代主命、少彦名命、大国主神、大己貴命、素盞嗚命

宝田神社は慶長11年の昔360余年前江戸城外宝田村の鎮守様でありました。徳川家康公が江戸城拡張により宝田、祝田、千代田の三ヶ村の転居を命ぜられ(現在宮城内槻山附近)ましたので、馬込勘解由と云う人が宝田村の鎮守様を奉安申し上げ、住民を引率してこの地に集団移動したのであります。馬込勘解由と云う人は、家康公が入府の時、三河国から随行して此の大業を成し遂げられた功に依り、徳川家康繁栄御祈念の恵比寿様を授け賜ったので平穏守護の御神体として宝田神社に御安置申し上げたのが今日に至ったのであります。作者は鎌倉時代の名匠運慶の作と伝えられます。
其の後村民の生活は金銀為替、駅伝、水陸運輸、それぞれ重要な役を賜り、馬込勘解由は名主となって三伝馬取締役に出世し御役名に因んで大伝馬町の町名を賜って、伊勢・駿河・遠江・美濃・尾張、家康公ゆかりの国々より商人を集めて、あらゆる物資の集散地として大江戸開発と商売発祥の地として大変賑わったのであります。現在も周辺の老舗大小商社が軒を並べて今尚盛んな取引が続いて居ります。宝田恵比寿神は商売繁盛、家族繁栄の守護神として崇敬者は広く関東一円に及び毎年10月19日「べったら市」、20日の恵比寿神祭が両日に亘り盛大に執り行われます。べったら市は「年またあらたまる」今年も年末が近づき、お正月を迎える心構えをする商家にとって大切な年中行事として旧家は今日でも恵比寿講をお祝いするのであります。
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本尊の恵比寿像は、やはり堂々としたものだった。
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○小網神社
福禄寿、弁財天
祭神:倉敷魂神(稲荷大神)、市杵島比賣神(弁財天)

稲荷大神を主祭とし、527年前に鎮座した歴史的に古いお社。5月の大祭では東部有数の神社大御輿で賑う。11月末に繰り広げられるどぶろく祭りは奇祭としてとみに有名。なお、福禄寿は福徳長寿の神、また弁財天は営業隆昌、学芸成就の神として、親しまれている。
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4日は、行列が100mほど並んで、境内に入れる状態でなかった。
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7日には、中に入れたので嬉しかったですね。
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境内に、可愛らしい銭洗い弁財天が。
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本堂の彫刻が見事です。
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昇り龍
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降り龍
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○茶の木神社
布袋尊
祭神:倉稲魂大神

「お茶ノ木様」と町内の人々に親しまれている茶ノ木神社の御祭神は倉稲魂大神(ウカノミタマノオオカミ)で伏見系の稲荷様である。
昔この土地は徳川時代約3000坪に及ぶ下総佐倉の城主大老掘田家の中屋敷であって、この神社はその守護神として祀られたものである。社の周囲にめぐらされた土堤芝の上に丸く刈り込まれた茶の木がぐるりと植え込まれ、茶と茶の木の緑が見事であたっと伝えられている。その中屋敷は勿論のこと周囲の町方にも永年火災が起こらなかったため、いつのころから誰と言うとなく火伏の神と崇められ、堀田家では年1回初午祭の当日だけ開門して一般の参拝を自由にされた由「お茶ノ木様」の愛称で町の評判も相当であったと伝えられている。
また、新たに昭和60年布袋尊を御遷座申し上げて日本橋七福神詣りに加わることになった。
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ここのキツネさんは、ちょっとこわい(笑)
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祭神の前に鏡が置かれ、その横にあるのが布袋尊?
聞けばよかった。
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○水天宮
弁財天
祭神:天御中主大神、安徳天皇、建礼門院、二位ノ尼
境内社:紫灘神社、弁財天、秋葉神社、火風神社、高尾神社
弁財天は手に琵琶を持たずに剣や矢を持つ珍しい姿で、運慶作と伝えられています。

当社は文政元年(1818)港区赤羽にあった有馬藩邸に当時の藩主有馬頼徳公が領地(福岡県久留米市)の水天宮の御分霊を神主に命じて藩邸内に御分社を祀らせたのが創めです。久留米の水天宮は今からおよそ700年程前に創建されたと伝えられております。彼の壇ノ浦の戦いで敗れた平家の女官の一人が源氏の目を逃れ久留米付近に落ち延び、一門と共に入水された安徳天皇、建礼門院、二位の尼の御霊をささやかな祠をたててお祀りしたのが創めです。
江戸時代の水天宮は藩邸内にあった為、庶民は普段参拝できず、門外より賽銭を投げ参拝したといいます。ただし毎年5日の縁日に限り殿様の特別の計らいにより藩邸が解放され参拝を許されました。その当時ご参拝の妊婦の方が鈴乃緒(鈴を鳴らす晒しの鈴紐)のおさがりを頂いて腹帯として安産を祈願したところ非常に安産だったことから人づてにこの御利益が広まりました。その当時の水天宮の賑わいを表す流行り言葉に「なさけありまの水天宮」という洒落言葉があった程です。
明治維新により藩邸が没収され有馬邸が青山に移ると共に青山へ、更に明治5年11月1日、現在の蛎殻町に御鎮座致しました。
関東大震災では神社も被災しましたが、御神体は隅田川に架かる新大橋に避難し難を逃れました。その後御復興も相成り、昭和5年流れ造りの社殿が完成、時移り昭和42年現在の権現造りの社殿となりました。

交差点から、すでに水天宮の威容が見える。
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階段の上の両側に立派な狛犬。
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鳥居の前の龍の灯篭
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龍が金網に押し込められたみたいで、ちょっと気の毒(笑)
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本堂は立派なものです。
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たくさん奉納された絵馬を見れば、この水天宮の人気がわかりますね。
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今日は、境内の弁財天社にお参り。
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毎月5日と巳の日だけ公開されるという弁天さまが公開されていました。
が、ガラスに直射日光があたり、御簾ごしでもあり、よくわからないのが残念。
辛うじてお顔がわかった。
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境内に「白侘助」が咲いていた。
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(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

日本橋七福神をまわったの、大昔だなあと思って調べてみたら、やはり、10年以上前でした。都内の七福神は全てまわっていますので、次は埼玉・神奈川・千葉とは思っているのですが、近くのはまわりましたが、遠くのはまだのままが続いています。

本日は谷中・上野も歩きましたが、谷中七福神巡りの人達を結構、見かけました。

それにしても、水天宮、安産の神様と言うのに、並んでいる人達、結構、男が多いですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
都内は全部回りましたか(驚)
すごいですね。
私は、昨年の川越から始めたばかりですから。
一番古いのは、谷中と山手らしいですね。

水天宮のご利益は、安産だけでなしに、
水難除けもあるそうですよ。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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