日本橋七福神(2)

20130109

引き続き、7日に廻った日本橋七福神めぐりです。

○松嶋神社(大鳥神社)
大国神
祭神:稲荷大神〔いなりのおおかみ〕伊邪那岐神〔いざなぎのかみ〕 伊邪那美神〔いざなみのかみ〕 日前大神〔ひのさきのおおかみ〕(天照大神) 北野大神〔きたののおおかみ〕(菅原道真公) 手置帆負神〔たおきほおいのかみ〕 彦狭知神〔ひこさしりのかみ〕 淡島大神〔あわしまのおおかみ〕 八幡大神〔やはたのおおかみ〕 猿田彦神〔さるたひこのかみ〕 琴平大神〔ことひらのおおかみ〕 天日鷲神〔あめのひわしのかみ〕(大鳥大神) 大宮能売神〔おおみやのめのかみ〕(おかめさま) 大国主神〔おおくにぬしのかみ〕

江戸時代の国学者賀茂馬淵翁が元文2年(1737)11月14日より松島稲荷社に寄宿され、当社に於いて神の道を説かれたと「賀茂馬淵翁伝新資料91頁」に記されているが、社記類は大震災と戦災によってすべて灰塵に帰してしまっているので、創立年月日は詳らかでないが、口伝によると鎌倉時代の元享(1321)以前と推測される。
昔この辺りが入り海であった頃小島があり、柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請し、夜毎揚げる燈火を目標に舟人が航海の安全を得たと伝えられる。
正中元年(1324)3月2日夜刻三男柴田権太に百難救助すべしとの神示があり、霊験自在円満の感応あり其の奇得を遠近の諸人が信仰し、これにより正一位稲荷大明神の位記を奉らる。
天正13年(1585)2月13日住民の希望に従い、邸宅を公開し参拝の自由を許容せり。島内松樹鬱蒼たるにより人々松島稲荷大明神と唱え、又、権太の木像を安置し権太大明神とも俗称された。
(神社本庁明細)
正徳3年(1713)新町が開設される時に社号に因んで町名を松島町と称した。当時近辺を埋め立て武家屋敷を造営するために、日本各地から技をもつ人々が集められてそのまま住まいを構え、町の中心に位置した松島稲荷に、それぞれの故郷の神々の合祀を頼んだために他社に比べ御祭神が14柱と多い。
明治7年4月2日松島稲荷神社の名称を以って村社に列格される。
大正5年6月10日松島神社と改称。
昭和8年2月1日都市計画法の実施に伴い蛎殻町4丁目に改称せられ、その為松島町は消滅する。(松島神社由緒書より)

写真を載せようとして、唖然としたのは全景の写真が無くなっていた(汗)
撮ってきた写真のうち、駄目なもの、不要なものを削除するときに誤って削除してしまったらしい。
なので、全景の写真のみネットでいただいてきました。
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ここからは私が撮った写真
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大国神です。
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○甘酒横丁
そのあと、甘酒横丁で小休止です。
何人かが、有名な鯛焼き屋さんで並び(30分かかりましたね)、その間他の人は自由行動。

駄菓子バー
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家に帰ってから調べてみると、モツ鍋とか料理と駄菓子食べ放題とか、懐かしの給食と駄菓子コースとか、県民ショーで話題になった駄菓子が揃っているみたいです。

これは凄いですね。お風呂の木桶、腰掛、ほうきなんかも、こういうの見かけなくなっちゃいましたよね。
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この柳屋の鯛焼きが有名ですね。参加者全員の分を数名の方が30分も並んで買っていただいて、有難かったです。小豆のあんこが絶妙でした。
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私は、鳥忠の有名な卵焼きをお土産に買いました。
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○末廣神社
毘沙門天
祭神:宇賀之美多摩命、武甕槌命(毘沙門天)

末広神社は、江戸時代の初期に吉原(当所葦原と称した)がこの地にあった当時(元和3年から明暦3年まで)その地主神、産土神として信仰されていました。明暦の大火で吉原が移転してからは、その跡地の難波町・住吉町・高砂町・新泉町の四ヶ所の氏神として信仰されていました。
社号の起源は、延宝3年社殿修復のさい年経た中啓(扇)が発見されたので氏子の人達が悦び祝って末廣の二字を冠したものです。
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石の鳥居に、石の扁額が良いですね。
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狛犬がいいです。
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毘沙門天です。
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○笠間稲荷神社東京別社
寿老神
祭神:宇迦之御魂神

笠間稲荷神社東京別社は、日本三大稲荷のひとつ茨城県笠間稲荷神社の東京別社です。江戸時代末期に笠間藩主牧野貞直公が、本社より御分霊を奉斎して建立されました。紋三郎稲荷として親しまれています。
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二か所入り口が在って、微妙に扁額が違いますね。
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お稲荷さんには珍しく、狐の像が見当たらないなと探してしまいました(笑)
手水舎に絵の奉納がありました。
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本殿
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○椙森神社
恵比寿神
祭神:五社稲荷大神、恵比寿大神

椙森(すぎもり)神社の創建は、社伝によれば平安時代に平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をした所といわれています。
室町中期には江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のために山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して厚く信仰した神社でした。そのために江戸時代には、江戸城下の三森(烏森神社、柳森神社、椙森神社)の一つに数えられ、椙森稲荷と呼ばれて、江戸庶民の信仰を集めました。
しばしば江戸城下等の火災で寺社が焼失し、その再建の費用のために有力寺社で当りくじである富興行が行われ、当社の富も人々に親しまれました。
明治維新後も、東京市中の古社として盛んに信仰されましたが、惜しくも関東大震災で全焼し、現在の社殿は昭和6年に耐震構造の鉄筋入りで再建されました。
境内には富塚の碑が鳥居の脇に立ち、当社で行われた富興行をしのんで大正8年に建てられたもので(昭和28年再建)で、富札も残されており、社殿と共に中央区民文化財に登録されています。(中央区教育委員会掲示より)

ここの狛犬も、いい感じです。
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本殿
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祭壇
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富塚
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手水舎に、江戸火消の纏の一覧が奉納されていた。
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これで七福神めぐりは、無事終了です。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

あれ、パソコンにファイル復活ソフトは入れていらっしゃらないのですか。私はフリーソフトの「復活」と言うソフトを入れており、間違えて削除したファイルはこれで元に戻しています。この手のソフトを使えば、ファイルサイズの大きな映像データは無理ですが、写真データ程度だったら、元に戻すことができます。勿論、SDカードに入っている写真を削除、あるいは、パソコンに移動したものでも大丈夫です。ただし、削除後に上書きしたものはダメなこともありますが。

柳屋の鯛焼きは20年以上前から知っていますが、当時からいつも並んでいる人がいる状態でした。食べたのは大抵、冬で、同僚の誰かが買ってきて、みんなで食べたものでした。

松島稲荷神社は大きなビルの1階部分ですが、それにしては神社っぽくできていますね。

流石に日本橋ですね

やはり正月は七福神^^
最近はくりはし、谷中、雑司ヶ谷、そして今年の与野と毎年行かないと落ち着かなくなってしまいました;;
ローカルと違って老舗の日本橋、人の数が違いますね。
来年はどこにしようかなあ^^

コメントありがとうございます

matsumoさん
ファイル復活ソフトは入れてないです。
いままで、大きな間違いは起こってなかったので。
結構慎重なんですよ。
それと、そういうソフト入れると、PCの動きが
遅く成るんじゃないかって。
柳屋のたい焼きは美味しかったですね。
小豆のあんこが絶品でした。

薄荷脳70 さん
ほんとに、色々なところに行ってるようですね。
来年は、谷中、山手あたりを考えています。
楽しいですよね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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