古事記を知る(09)

20130110

2-4 火神迦具土神
故爾伊邪那岐命詔之。愛我那邇妹命乎。
那邇二字以音下効此謂易子之一木乎。乃匍匐御枕方。匍匐御足方而哭時。於御涙所成神。坐香山之畝尾木本。名泣澤女神。故其所神避之伊邪那美神者。葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也。
 於是伊邪那岐命。祓所御佩之十拳劔。斬其子迦具土神之頸。爾著其御刀前之血。走就湯津石村所成神名。石拆神次根拆神。次石筒之男神。三神次著御刀本血亦走就湯津石村所成神名。甕速日神。次樋速日神。次建御雷之男神亦名建布都神。
布都二字以音下効此亦名豐布都神。三神次集御刀之手上血。自手俣漏出所成神名。訓漏云久伎闇淤加美神。淤以下三字以音下効此次闇御津羽神。
 上件自石拆神以下。闇御津羽神以前。併八神者。因御刀所成神者也。
 所殺迦具土神之於頭所成神名。正鹿山上津見神。次於胸所成神名淤縢山津見神。
淤縢二字以音次於腹所成神名奥山上津見神。次於陰所成神名闇山津見神。次於御左手所成神名志藝山津見神。志藝二字以音次於御右手所成神名羽山津見神。次於左足所成神名原山津見神。次於右足所成神名戸山津見神。自正鹿山津見神至戸山津見神併八神故所斬之刀名謂天之尾羽張。亦名謂伊都之尾羽張。伊都二字以音

(読み)
 カレココニイザナギノミコトノリタマハク ウツクシキアガナニモノミコトヤ コノヒトツケニカヘツルカモトノリタマヘテ ミマクラベニハラバヒ ミアトベニハラバヒテナキタマフトキニ ミナミダニナリマセルカミハ カグヤマノウネヲノコノモトニマス ミナハナキサハメノカミ カレソノカムサリマシシイザナミノカミハ イズモノクニトハハキノクニトノサカヒヒバノヤマニカクシマツリキ
 ココニイザナギノミコト ミハカセルトツカノツルギヲヌキテ ソノミコカグヅチノカミノミクビヲキリタマフ ココニソノミハカシノサキニツケルチ ユツイハムラニタバシリツキテナリマセルカミノミナハ イハサクノカミツギニネサクノカミ ツギニイハツツノヲノカミ ツギニミハカシノモトニツケルチモユツイハムラニタバシリツキテナリマセルカミノミナハ ミカハヤビノカミ ツギニヒハヤビノカミ ツギニタケミカヅチノヲノカミマタノミナハタケフツノカミ マタノミナハトヨフツノカミ ツギニミハカシノタカミニアツマルチ タナマタヨリクキデテナリマセルカミノミナハ クラオカミノカミ ツギニクラミツハノカミ 
 カミノクダリイハサクノカミヨリシモ クラミツハノカミマデ アハセテヤバシラハ ミハカシニヨリテナリマセルカミナリ
 コロサエマシシカグヅチノカミノミカシラニナリマセルカミノミナハ マサカヤマツミノカミ ツギニミムネニナリマセルカミノミナハオドヤマツミノカミ ツギニミハラニナリマセルカミノミナハオクヤマツミノカミ ツギニミホトニナリマセルカミノミナハクラヤマツミノカミ ツギニヒダリノミテニナリマセルカミノミナハシギヤマツミノカミ ツギニミギリノミテニナリマセルカミノミナハハヤマツミノカミ ツギニヒダリノミアシニナリマセルカミノミナハハラヤマツミノカミ ツギニミギリノミアシニナリマセルカミノミナハトヤマツミノカミ マサカヤマツミノカミヨリトヤマツミノカミマデアハセテヤバシラ カレキリタマヘルミハカシノナハアメノヲハバリトイフ マタノナハイツノヲハバリトイフ

 (現代語訳)
 そこで、伊邪那岐命が仰せられるには、「いとしい私の妻を、ただ一人の子に代えようとは思いもよらなかった」と言って、女神の枕もとに這い臥し、足もとに這い臥して泣き悲しんだとき、その御涙から成り出でた神は、香具山のふもとの丘の上、木の下におられる、名は泣沢女神という神である。そしてお亡くなりになった伊邪那美神は、出雲国と伯耆国との境にある比婆の山に葬り申しあげた。
そこで伊邪那岐命は、腰に佩いておられた十拳剣を抜いて、その子迦具土神の頸を斬られた。するとその御剣の先についた血が、神聖な岩の群れに飛び散って、成り出でた神は石拆野神と根拆野神、次に石筒之男神である。三神 次に御剣の本についた血も、神聖な岩の群れに飛び散って、成り出でた神の名は甕速日神、次に樋速日神、次に建御雷之男神で、この神のまたの名は、建布都神といい、豐布都神ともいう。三神 次に御剣の柄にたまった血が、指の聞から漏れ流れて、成り出でた神の名は、闇淤加美神と闇御津羽神である。
  以上の石拆野神から闇御津羽神まで合わせて八神は、御剣によって成り出でた神である。
 また殺された迦具土神の頭に成り出でた神の名は、正鹿山津見神で、次に胸に成り出でた神の名は、淤縢山津見神、次に腹に成り出でた神の名は、奥山津見神、次に陰部に成り出でた神の名は、闇山津見神である。次に左の手に成り出でた神の名は、志藝山津見神、次に右の手に成り出でた神の名は、羽山津見神、次に左の足に成り出でた神の名は、原山津見神、次に右の足に成り出でた神の名は、戸山津見神である。正鹿山津見神から戸山津見神まで、合わせて八神。 そして伊邪那岐命がお斬りになった太刀の名は、天之尾羽張といい、またの名を伊都之尾羽張という。

(解説)
一つ木:一柱の意で、一神のこと。
十拳剣:「つか」は長さの単位で、一握りの手の幅をいう。十握りの長さの剣。
ゆつ石村:「ゆつ」は神聖な・清浄なの意。「石村」は岩の群れ。
石拆神・根拆神:「石根拆神」を二つに分けたもので、剣の神としての雷神の威力を表す。
甕速日神・樋速日神:ともに雷火の威力を神格化したもの。
建御雷之男神:勇猛な雷の男神の意で、雷神は剣の神霊と考えられた。
建布都神・豐布都神:フツは光るもの、神霊の降臨すること、の意とする。(三品影英博士)
闇淤加美神:クラは谷間の意。オカミは水を掌る龍蛇神。
闇御津羽神:ミツハは水神。谷間の水神をいう。
羽山津見神:ハヤマは端山で、山の麓をいう。
伊都之尾羽張:イツは威力の盛んなこと。

イザナキノ命が剣で火神を斬る物語は、剣の霊威で火の猛威を鎮める、という信仰に基づいて語られている。カグツチノ神の頸を斬って血が飛び散り、最後に剣の神霊であるタケミカヅチノ神や、水神であるクラオカミ・クラミツハノ神が成り出でた、という物語の背後には、鉄を火で焼き、赤い火花を散らして打ち鍛え、刀剣を作る鍛冶の作業が連想されていると思われる。
 カグツチノ神の身体から、八神の山の神が成ったという伝承については、火山の爆発を語ったものと見る説や、焼畑を作るための山焼きの風習に関係がある、とする説などがある。
しかしカグツチノ神は、雷火の神であろうと考えられるから、山と雷との関係に基づく伝承であろうかとも思われる。

迦具土神は、秋葉山本宮秋葉神社(静岡県浜松市)を始めとする全国の秋葉神社、愛宕神社、野々宮神社(京都市右京区、東京都港区、大阪府堺市ほか全国)などで祀られている。
火男火売神社(大分県別府市)は別府温泉の源である鶴見岳の2つの山頂を火之加具土命、火焼速女命の男女二柱の神として祀り、温泉を恵む神としても信仰されている。

「揖夜(いや)神社」
出雲の、この神社はまさに「伊賦夜坂」の場所にあたるとされ、主祭神としてイザナミを祀っている。
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「花の窟神社」
三重県熊野市にも、イザナミがこの地に埋葬されたという神社がある。地元で季節の花を供えてイザナミを祀ってきたことが「花の窟神社」という名の由来となった。この神社には本殿はなく、熊野灘に面する高さ70mの巨岩が御神体である。
また巨岩に対面する「王子の窟」にはヒノカグツチが祀られている。

「花の窟神社」
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巨岩の御神体
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

どうも納得が行かないのは、男神と女神が結婚して産まれる神様と、男神が生む神様とどう違うのかと言うことです。当初は国を生むのか産まないのかと思ったのですが、国を産んだ後は多数の神様を産んでいますし。多分、色々な神話をまとめたためにこんな状態になってしまったのでしょうね。

それにしても、ここで太刀が出てくると言うことは、やはり、攻めてきた方の神話と言うことを象徴しているような気がします。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私はまだ、古事記しか見ていないので、
本来ならば本居宣長のように、各地の風土記などを
集めると、ある程度見えてくるものがあるかもしれません。

近江朝廷派の物語であることは確かですが、
その中に色濃く出雲系の話が入っていることは、
出雲族というのは、それだけ強大だったという事でしょうね。

古事記

こんにちは。

数年前から「古事記」に興味を持つようになりました。
しかし原文に取り組むほどの熱はありません(苦笑)
ちょこちょこっと古代史の本を読む程度です。

この前から関裕二の「蘇我氏の正体」を読んでいます。
謎多き古代史の一考察として面白い本です。

よんさま

コメントありがとうございます。
特に漢字の原文は、やはりしんどいですが(笑)
天武天皇の心意気に乗っかってみようと思いました。

古代史は、謎だらけで、やはりロマンがあり、
たまりませんね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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