加賀百万石/津本陽

20130116

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私は信州佐久の生まれだが、結婚して婿養子に入り富山県の人間になった。
富山県と言っても金沢の隣町(山越えだが)に位置していて、当時は加賀藩で、我が家は「十村役」を務める家だった。
今は埼玉県に住んでいて、富山の家は無人、田も墓もそのままである。
帰省したときは、普段無人だった家に泊まるのはつらいので、金沢に泊まって、金沢で遊んでいる。
だから金沢の町は詳しい。
だが、加賀百万石の歴史となると・・・・・・???

もちろん前田利家、おまつは充分知っているつもりだが、江戸時代初期に豊臣恩顧の大名で関ヶ原以降徳川方に組したのに、続々と潰されていった中で、百万石を維持できたのは何故か?

そんな疑問に答えてくれたのが、この本である。
この本は、前田利家が亡くなる直前から物語が始まる。

前田利家は病床にあって、家康が見舞いに来るというので、最後のチャンスと思い家康の暗殺を計画する。
子には前田利長、利政の兄弟が居り、弟の利政は父親に似て豪の者。血気にはやって家康を待ち構える。
長男の利長は慎重だ。今家康を討ったら、信長を明智光秀が討った時点に逆戻り、とてもじゃないが秀吉、家康、利家に並び立つ人物は見当たらない。天下はまた麻のごとく乱れるであろうと。
そう利長は父親を説得して、家康暗殺をあきらめさせる。

関ヶ原の役では、利長は東軍に組するが、能登十万石の利政は西軍に組する構えで兵を動かさなかった。
これは、真田でも真田幸村が西軍、真田正之が東軍と分れたように、家を残すための策と思われる。
東軍が勝ち、慎重派の前田利長が残ったので、前田百万石が残った分岐点だったと思われる。

加賀百万石は、利家の正室、芳春院(おまつ)が人質として江戸に居たせいだと言う話が表面に出ているが、
そんな単純な話で、秀吉の盟友として大藩を誇った前田家が徳川家との確執を解けるはずもないのである。

なにしろ関ヶ原の時は、二代目前田利長(利家の長男)、大阪冬の陣・夏の陣の時は三代目利光(利家の四男)である。君主も出来た人間とはいえ、徳川家との関係維持に苦心する家臣団の努力が読んでいてなるほどと思わせる。

金沢を歩いていると「本多」の名前がついているのに、よく出くわす。町の名前だったり記念館だったり。
加賀藩で家老だったようだが、徳川家重臣の本多は知ってるけど、こっちは何だ?
と思ったがそのままになってた。
その疑問も、この本を読んで氷解した。
徳川の重臣本多正信の次男本多政重が送り込まれていたのである。
本多政重は前田家のために、徳川家重臣との重要な折衝を受け持ち、よく働いたことがわかった。

元和2年(1616)4月、家康は病篤く、薨去に先立ち、前田利光ら諸候を召し寄せ、遺言をした。家康は、わが死後に謀叛をする輩があらわれたときは、徳川家の総力をあげて対戦するとの決意を表わし、諸大名を威嚇した。家康は前田利光に、つぎのようにいった。「儂は前田の身代を取りつぶすよう、たびたび申して参ったが、秀忠はいかにしても同心をいたさず、今に至りしよ。されば、そのほうは儂に恩義はいささかもなく、ただただ秀忠が恩によりて今日ありと心得よ。この儀を忘却いたすでないぞ」

キリシタン大名で有名な「高山右近」、彼が「高山南坊」という名で前田家の客将になっていたことを、この本で知った。最後は徳川政権のキリシタン弾圧令で、ルソンに移住し、そこで亡くなるのだが、関ヶ原、大阪城冬の陣・夏の陣など大切な局面ではけっこう重要な役目を負っていたことがわかった。


ずいぶんと面白く読むことができた。
前田利長、利光の藩主の動きもさることながら、金沢城下で起こる、その時その時の事件なども詳しく書いてあって面白かった。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

本多政重って、聞いたことがある名前だと思って調べてみたら、あの上杉景勝の重臣だった直江兼続の養子だった人ですね。NHK-TVの大河ドラマでha
この人が出たかどうか記憶にありませんが、小説「天地人」では、兼続が藩をつぶされないように、本多正信と交渉し、最終的に次男を養子としてもらうことにより、藩の石高は1/4程度になるが、取りつぶされないで済んだと言う話だったことを思い出しました。

前田家

こんにちは。

中村彰彦『われに千里の思いあり』を読んで、加賀前田家のことを少し知りました。

今日紹介されている本も面白そうですね。

コメントありがとうございました

matsumoさん
本多政重という人は、よほどの人物だったようです。
家中の揉め事から出奔。大谷吉継、宇喜多秀家に仕え、次いで前田利長。
しかし宇喜多秀家が家康に成敗されると、それに殉じて前田を出る。
その後ですね、直江兼続の養子になる。
その後再び前田家に仕えて、何度か前田家の危機を逃れる功績で、
五万石にまでなりましたね。
五万石といえば、そのくらいの大名も沢山いました。
たいしたものです。

よんさま
『われに千里の思いあり』ですか。
まだ読んだことありません。
ぜひ読んでみたいです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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