武士の家計簿

20130118

130118kakei01.jpg

このあいだ、テレビで放送された映画です。
この映画のCMがテレビで流れていたとき、面白そうだなと思いつつも見逃した映画でした。
で、見てビックリ!
舞台が加賀藩ではないですか。
私の直前の記事が、津本陽著「加賀百万石」です。あれは利家が亡くなる直前からスタートし、加賀百万石が盤石の態勢になるまでを描いたものでしたが、この映画の時代は幕末でした。
以前から疑問に思っていたのは、百万石という大藩の加賀藩が幕末の際に影が薄かったのは何故なんだろう、ということでした。

まずは映画ですが、歴史学者磯田道史氏の著書『武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新』という、一般向けの教養書で、ドキュメンタリー的なノンフィクションを原作として映画『武士の家計簿』が製作されたものです。
磯田氏は2001年(平成13年)に神田神保町の古書店で、加賀藩の下級藩士で御算用者(会計処理の役人)を務めた猪山家に残された、約37年間の入払帳や書簡を入手して、ドキュメンタリーを書いたそうです。

映画のあらすじ:
江戸時代後半。御算用者(会計処理の専門家)として、代々加賀藩の財政に関わってきた猪山家。八代目の直之(堺雅人)は、生来の天才的な数学感覚もあって働きを認められ、めきめきと頭角をあらわす。これといった野心も持たず、ただひたすらそろばんを弾き、数字の帳尻を合わせる毎日の直之にある日、町同心・西永与三八(西村雅彦)を父に持つお駒(仲間由紀恵)との縁談が持ち込まれます。
お駒の母親の実家が加賀友禅を商う商家ということで、犀川だろうか、浅野川だろうか、友禅流しの作業にお駒も加わっている場面が流れます。
30年くらい前には、まだ実際に川で友禅流しをしているのを見られたものです。今では工房の水槽でやるようになってしまいましたが。
この場面がとても懐かしかった。

自らの家庭を築いた直之は、御蔵米の勘定役に任命されるが、農民たちへのお救い米の量と、定められていた供出量との数字が合わないことを不審に思い、独自に調べ始める。やがて役人たちによる米の横流しを知った直之は左遷を言い渡されるが、一派の悪事が白日の下にさらされ、人事が一新、左遷の取り止めに加え、異例の昇進を果たす。だが、身分が高くなるにつれ出費が増えるという武家社会特有の構造から、猪山家は出費がかさんでいく。すでに父・信行(中村雅俊)が江戸詰で重ねた膨大な借金もあり、直之は“家計立て直し計画”を宣言。それは家財一式を処分、質素倹約をし、借金の返済に充てるという苦渋の決断だった。愛用の品を手放したくないと駄々をこねる母・お松(松坂慶子)。しかし、お家を潰す方が恥であるという直之の強い意志により、家族は一丸となって借金を返済することを約束。

こうして猪山家の家計簿が直之の手で細かく付けられることになった。倹約生活が続く中、直之は息子・直吉にも御算用者としての道を歩ませるべく、4歳にして家計簿をつけるよう命じ、徹底的にそろばんを叩き込んでいく。

猪山成之ですが、Wikiによれば、代々の家職で事務処理と計算に優れた成之は、平時の会計事務にとどまらず、(その延長で)兵站事務にも才能を発揮し、加賀藩の京都禁裏守衛諸隊の兵站を仕切った。加賀藩が新政府方に入ると、大村益次郎のもとで軍務官会計方にヘッドハンティングされ、新政府軍の財政を支えた。大村が1869年(明治2年)に暗殺された後は、兵部省会計少佑海軍掛を経て大日本帝国海軍の主計官となり、海軍主計大監(大佐相当官)まで昇進して、呉鎮守府会計監督部長を最後に、1893年(明治26年)に予備役となっています。

映画では、主題ではないので加賀藩の幕末での動向はチラと出てきただけでした。
調べてみると、当時の当主斉泰の正室は十一代徳川家斉公の娘の溶姫。世子の慶寧を生んでいます。世子の慶寧は尊皇攘夷思想に傾倒。当然ながら側近も勤王派でした。禁門の変時、慶寧は御所を守る為、兵とともに京にいました。朝廷と幕府に長州を許すように懇願しますが、戦闘が避けられないとみるや長州との交戦を嫌って無断で撤兵、帰国してしまいます。
慶寧の敵前逃亡に幕府は激怒。幕府の追及を恐れた当主斉泰は慶寧を謹慎させ、勤王派の側近は切腹、流刑等で全て処分してしまいました。
慶応二(1866)年に、慶寧は家督を継ぎ当主となりますが、家中には勤王派は皆無。羽をもがれた鳥でした。このまま何も出来ずに幕末を迎えることになります。
鳥羽伏見の戦いでは幕府の命で出兵。京に向かう途中で幕府軍の敗北を知り進軍を中止。政府軍に恭順を願い出ます。恭順後は積極的に政府軍に協力し、北越や会津の戦いでは主力となっています。その武功を認められて、賞典禄一万五千石を得ています。

映画を見ていた時は、猪山成之が大村益次郎と一緒に仕事をしているということがいきなり出てきて、解りにくかったのですが、これで納得しました。京都で加賀藩の人間は、尊皇攘夷派と親しくなったということでしょう。

この映画のキャッチコピーは「刀でなく、そろばんで、家族を守った侍がいた。」だったそうだが、森田芳光監督のほのぼのした良い味が出ている映画です。

キャスト
森田芳光:監督
猪山直之:堺雅人
猪山駒:仲間由紀恵
猪山成之:伊藤祐輝(幼少時:猪山直吉:大八木凱斗)
猪山常:松坂慶子(直之の母)
おばばさま:草笛光子(直之の祖母)
猪山信之:中村雅俊(直之の父)
西永与三八:西村雅彦(駒の父。町同心で直之の剣術の師)


当然なか゜ら登城シーンでの金沢城とか武家屋敷とか、現存する金沢の遺産がずいぶんと登場していて、嬉しかったですね。
私の撮った写真で紹介しておきます。

金沢城
130118kakei02.jpg


130118kakei03.jpg


130118kakei04.jpg


武家屋敷町
130118kakei05.jpg


スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

私はこの映画、観ていませんが、宣伝等を観て、てっきり、幕末の話だと思っていたのですが、明治時代まで続くのですか。ところで借金は明治時代が始まる前に返し終わったのでしょうか。でも、もし、返し終わってなくても、インフレがあったでしょうし、貨幣も替わった上、出世したのですから、明治代には返済終了だったのでしょうね。

染め物の洗いは、東京・神田川でも伝統行事みたいな形ですが、今でも行われているようです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
借金は、維新前に返し終わって、それでもなお
きちんと家計簿をつけることを続けた、という話でしたね。
維新後は、士族はみんな大変だったわけですよね。
この家族の場合は、息子の成之が新政府の役人となり、
家族は東京に引っ越しました。

初めまして。

いきなりのTB,失礼します。

歴史は今も昔もからっきしなので、四季歩さんの記事は興味深かったのでTBさせて頂きました。
そもそも数字を敷き詰めた家計簿にドラマをみてとり映画化という
その感性が素敵だと思いました☆

ゆるくて温かい、森田監督の作風も好みでした。

kiraさん

コメントありがとうございます。
はじめまして。
貴ブログ、拝見しましたが、大変な映画ファン
みたいですね。
映画は私も大好きです。

森田監督、いいですよね。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop