古事記を知る(10)

20130120

2-5 黄泉國
於是欲相見其妹伊邪那美命。追往黄泉國。爾自殿騰戸出向之時。伊邪那岐命語詔之。愛我那邇妹命。吾興汝所作之國。未作竟故可還。爾伊邪那美命答白。悔哉不速來。吾者為黄泉戸喫。然愛我那勢命。
那勢二字以音下効此入來坐之事恐故欲還。且具興黄泉神相論。莫視我。如此白而。
還入其殿内之間。甚久難待。故刺左之御美豆良
三字以音下効此湯津津間櫛之男柱一個取闕而。燭一火入見之時。宇士多加禮斗呂呂岐弖。此十字以音於頭者大雷居。於胸者火雷居。於腹者黒雷居。於陰者拆雷居。於左手者若雷居。於右手者土雷居。於左足者鳴雷居。於右足者伏雷居。併八雷神成居。
於是伊邪那岐命見畏而逃還之時。其妹伊邪那美命言令見辱吾。即遣豫母都志許賣
此六字以音令追。爾伊邪那岐命取黒御鬘投棄。乃生蒲子。是摭食之間逃行。猶追。亦刺右之御美豆良之湯津津間櫛引闕而投棄。乃生笋。是抜食之間逃行。且後者。於其八八雷神副千五百之黄泉軍令追。爾抜所御佩之十拳劔而。於後手布伎都都此四字以音逃來。猶追到黄泉比良此二字以音坂之坂本時。取在其坂本桃子三個待撃者。悉逃返也。爾伊邪那岐命告桃子。汝如助吾。於葦原中國所有宇都志伎此四字以音青人草之。落苦瀬而患愡時。可助告。賜名號意富加牟豆美命。自意至美以音
最後其妹伊邪那美命身自追來焉。爾千引石引塞其黄泉比良坂。其石置中。各對立而度事戸之時。伊邪那美命言。愛我那勢命。為如此者。汝國之人草一日絞殺千頭。爾伊邪那岐命詔。愛我那邇妹命。汝為然者。吾一日立千五百産屋。是以一日必千人死。一日必千五百人生也。故號其伊邪那美命謂黄泉津大神。亦云以其追斯伎斯此三字以音而。號道敷大神。亦所塞其黄泉坂之石者。號道反大神。亦謂塞坐黄泉戸大神。故其所謂黄泉比良坂者。今謂出雲國之伊賦夜坂也。

(読み)
 ココニソノイモイザナミノミコトヲアヒミマクオモホシテ ヨモツクニニオヒデマシキ スナハチトノドヨリイデムカヘマストキニ イザナギノミコトカタラヒタマハク ウツクシキアガナニモノミコト アレミマシトツクレリシクニイマダツクリヲヘズアレバカヘリマサネトノリタマヒキ ココニイザナミノミコトノマヲシタマハク クヤシキカモトクキマサズテ アハヨモツヘグヒシツ シカレドモウツクシキアガナセノミコト イリキマセルコトカシコケレバカヘリナムヲ マヅツバラカニヨモツカミトアゲツラハム アヲナミタマヒソ カクマヲシテ ソノトノヌチニカヘリイリマセルホド イトヒサシクテマチカネタマヒキ カレヒダリノミミヅラニササセル ユツツマグシノ ヲバシラヒトツトリカキテ ヒトツビトモシテイリミマストキニ ウジタカレトロロギテ ミカシラニハオホイカヅチヲリ ミムネニハホノイカヅチヲリ ミハラニハクロイカヅチヲリ ミホトニハサクイカヅチヲリ ヒダリノミテニハワキイカヅチヲリ ミギリノミテニハツチイカヅチヲリ ヒダリノミアシニハナルイカヅチヲリ ミギリノミアシニハフシイカヅチヲリ アハセテヤクサノイカヅチガミナリヲリキ 
 ココニイザナギノミコトミカシコミテニゲカヘリマストキニ ソノイモイザナミノミコトアレニハヂミセタマヒツトマヲシタマヒテ ヤガテヨモツシコメヲツカハシテオハシメキ カレイザナギノミコトクロミカヅラホトリテナゲウチタマヒシカバ スナハチエビカヅラノミナリキ コヲヒリヒハムアイダニニゲイデマスヲ ナホオヒシカバ マタソノミギリノミミヅラニササセルユツツマグシヲヒキカキテナゲウテタマヘバ スナハチタカムナナリキ コホヌキハムアヒダニニゲイデマシキ マタノチニハ カノヤクサノイカヅチガミニチイホノヨモツイクサヲソヘテオハシメキ カレミハカセルトツカノツルギヲヌキテ シリヘデニフキツツニゲキマセルヲ ナホオヒテヨモツヒラサカノサカモトニイタルトキニ ソノサカモトナルモモノミヲミツトリテマチウチタマヒシカバ コトゴトニニゲカヘリキ ココニイザナギノミコトモモニノリタマハク イマシアヲタスケシガゴト アシハラノナカツクニニアラユルウツシキアヲヒトクサノ ウキセニオチテクルシマムトキニ タスケヨトノリタマヒテ オホカムヅミノミコトトイフナヲタマヒキ
 イヤハテニソノイモイザナミノミコトミミズカラオヒキマシキ スナハチチビキイハヲソノヨモツヒラサカニヒキサヘテ ソノイハヲナカニオキテ アヒムキタタシテコトドヲワタストキニ イザナミノミコトノマヲシタマハク ウツクシキアガナセノミコト カクシタマハバ ミマシノクニノヒトクサヒトヒニチカシラクビリコロサナトマヲシタマヒキ ココニイザナギノミコトノノリタマハク ウツクシキアガナニモノミコト ミマシシカシタマハバ アレハヤヒトヒニチイホウブヤタテテナトノリタマヒキ ココヲモチテヒトヒニカナラズチヒトシニ ヒトヒニカナラズチイホヒトナモウマルル カレソノイザナミノミコトヲヨモツオホカミトマヲス マタカノオヒシキシニヨリテ チシキノオホカミトマヲストモイヘリ マタソノヨミノサカニサヤレリシイハハ チガヘシノオホカミトマヲシ サヤリマスヨミドノオホカミトモマヲス カレソノイハユルヨモツヒラサカハ イマイズモノクニノイフヤザカトナモイフ

 (現代語訳)
 そこで伊邪那岐命は、女神の伊邪那美命に会いたいと思って、後を追って黄泉国に行かれた。そこで女神が、御殿の鎖した戸から出て迎えたとき、伊邪那岐命が語りかけて仰せられるには、「いとしいわが妻の命よ、私とあなたとで作った国は、まだ作り終わっていない。だから現世にお帰りなさい」と仰せられた。すると伊邪那美命が答えて申すには、「それは残念なことです。もっと早く来て下さればよかったのに。私はもう黄泉国の食物を食べてしまったのです。けれどもいとしい私の夫の君が、わざわざ訪ねておいで下さったことは恐れいります。だから帰りたいと思いますが、しばらく黄泉国の神と相談してみましょう。その間私の姿を御覧になってはいけません」 と申した。
 こう言って女神は、その御殿の中に帰っていったが、その間がたいへん長くて、男神は待ちきれなくなられた。それで男神は、左の御角髪(みずら)に挿していた神聖な爪櫛の太い歯を一本折り取って、これに一つ火をともして、御殿の中にはいって御覧になると、女神の身体には蛆がたかり、ごろごろと鳴って、頭には大雷がおり、胸には火雷がおり、腹には黒雷がおり、陰部には拆雷(きくいかづち)がおり、左手には若雷がおり、右手には土雷がおり、左足には鳴雷がおり、右足には伏雷がおり、合わせて八種の雷神が成り出でていた。
 これを見て伊邪那岐命が、驚き恐れて逃げて帰られるとき、女神の伊邪那美命は「私によくも恥をかかせた」と言って、ただちに黄泉国の醜女を遣わして追いかけさせた。そこで伊邪那岐命は、髪に着けていた黒い鬘を取って投げ捨てると、たちまち山ぶどうの実が生った。これを醜女たちが拾って食べている間に、男神は逃げのびた。なお醜女たちが追いかけて来たので、男神はこんどは右の御角髪に刺している爪櫛の歯を折り取って投げ捨てると、たちどころに筍が生えた。それを醜女たちが抜いて食べている間に、男神は逃げのびた。
 そして後には、その八種の雷神に、千五百人もの大勢の黄泉国の軍勢を従わせて追跡させた。そこで男神は、身に着けておられる十拳の剣を抜いて、うしろ手に振りながら逃げて来られた。なお追いかけて、現世と黄泉国との境の黄泉比良坂のふもとにやって来たとき、男神は、そこに生っていた桃の実三つを取って、待ちうけて投げつけたところ、黄泉の軍勢はことごとく退散した。そこで伊邪那岐命が、その桃の実に仰せられるには、「おまえが私を助けたように、葦原の中国に生きているあらゆる現世の人々が、つらい目に逢って苦しみ悩んでいる時に助けてくれ」と仰せられて、桃の実に意富加牟豆美命という神名を与えられた。
最後に、女神の伊邪那美命自身が追いかけて釆た。そこで男神は、巨大な干引の岩をその黄泉比良坂に引き据えて、その岩を間にはさんで二神が向き合って、夫婦離別のことばを交わすとき、伊邪那美命が申すには、「いとしいわが夫の君が、こんなことをなさるなら、私はあなたの国の人々を、一日に千人締め殺しましょう」と申した。すると伊邪那岐命が仰せられるには、「いとしいわが妻の命よ、あなたがそうするなら、私は一日に千五百の産屋を建てるだろう」と仰せられた。こういうわけで、一日に必ず千人の人が死ぬ一方、一日に必ず千五百人の人が生まれるのである。
 それでその伊邪那美命を名づけて黄泉津大神という。また男神に追いついたので、道敷大神と呼ぶともいう。また黄泉の坂を塞いだ岩は、道反之大神と名づけ、また黄泉国の入口を塞いでおられる黄泉戸大神ともいう。そして、かのいわゆる黄泉比良坂は、今の出雲国の伊賦夜坂という坂である。

(解説)
汝妹:男から女性を親しんで呼ぶ語。
黄泉戸喫:黄泉国の火で煮炊きした食べ物を食べること。
なせ:女性から男性を親しんで呼ぶ語。
男柱:櫛の両端の太い歯。
ころろきて:ころころと音を立てて、の意。
拆雷(きくいかづち):物を裂く威力のある雷。
黒御鬘:「かづら」は蔓草などを輪にして頭髪にまとい、呪物としたもの。
青人草:漢語の「蒼生」の訳語であろうという。人民の意。
事戸を度(わた)す:「ことど」は夫婦離別の呪言をいう。

伊邪那岐命が、女神に会うために黄泉国を訪れる物語は、古代の貴人の死に際して行なわれる殯宮儀礼を背景として、形成されたものといわれている。
「我をな視たまひそ」というタブーを犯して、男神が女神の屍体を見るのは、実は肉親を葬って後、近親者が死屍を見に行く風習のあったことに関連して語られている。
桃の実を投げて邪霊を退散させる話は、桃の木が邪気を退ける呪力を有する、という中国思想によったものである。また千引の岩を引きすえる話は、岩石が邪気悪霊の侵入を防ぐとする、古代の信仰に基づいて語られている。

出雲の「黄泉比良坂」 住所:島根県松江市東出雲町揖屋
hirasaka.jpg

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なぜ、桃の実に力があるのかわかりませんが、「桃太郎」に力があることや、「桃の節句」は、この中国の言い伝えと関係があるのでしょうね。

葡萄や筍って、多分、当時の代表的な食べ物だったのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
中国では昔から、悪鬼を追い払う魔除けの効果がある、
とされていたようですね。
「桃太郎」も、そこからきているようです。

葡萄や筍、そうでしょうね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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