法隆寺の仏像の意味

20130204

2月2日に、日本青年館大ホールで行われた、JR東海の奈良学文化講座「法隆寺、その祈りと仏像に秘められた謎」という講演会に行ってきました。
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これは往復はがきで参加申し込みをして、当日参加費1000円を払うというもので、定員は1360人でした。

講演は次の二つでした。
「法隆寺のみほとけと宇宙-釈迦三尊と救世観音、伝百済観音の造形について」/奈良教育大学教授・山岸公基氏

「歴史を遡って見る法隆寺の実相-平安・鎌倉時代の姿から」/実相寺住職&種智院大学前学長・頼富本宏氏

ところが、私がうっかりして、この日に二つの催しに申し込んでしまい、夕方から他の催しにどうしても参加したかったので、こちらの方は前半の山岸氏の公演のみ拝聴してきました。

内容は、法隆寺の仏像のなかで、釈迦三尊、弥勒菩薩、救世観音、及び伝百済観音が何を表しているか、というものでした。
その概要をここに述べておきます。


1.釈迦三尊像(西院金堂本尊)3躯 各銅造 鍍金 像高8&4c皿(中尊釈迦如来坐像)・
92.4c皿(右脇侍菩薩立像)・90.7cm(左脇侍菩薩立像) 飛鳥時代前期[契未年=推古天皇
31年(623)] 司馬鞍首止利作
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法隆寺金堂釈迦三尊像中尊は、須弥山上に位置づく釈迦如来を表現している。
釈迦の神格化の過程で、亡母摩那(マーヤー)への説法のため須弥山の頂、忉利天に上り、三道宝階を降下してインド北部サンカシヤに帰還した、との伝説が流布した。この伝説に基づいて須弥山上で説法する釈迦の図像が生み出され、婆婆世界最高の高山にあって精神世界を指導するブッダにふさわしい姿とみなされた。

須弥山とは、古代インドの宇宙観の中で我々の小宇宙、婆婆世界の中央にそびえる山で、日本には仏教の伝来に伴ってその観念が伝播した。『倶舎論』によれば、須弥山は二重デコレーションケーキのような形状の風輪、水輪、金輪の上面、四大海の中央に位置し、高さは八万由旬(8万×7.2Km)、婆婆世界最高の高山である。我々が住むのは須弥山の南、贍部洲(南閻浮提)であり、須弥山中腹には四天王天、山頂には忉利天があり、帝釈天をはじめとする神々が住む。
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2.弥勒菩薩(成仏後は弥勒仏)
中宮寺弥勒菩薩
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 釈迦の死後、後継者弥勒が兜率天での-生を終え南閻浮提に再生するまでには56億7千万年という法外な時間の経過が必要とされている。
兜率天での姿を表現する際には菩薩、下生し悟りを開いた後の姿を表現する際には如来としてあらわされる。弥勘を半跏思惟の菩薩として造形するのは中国南北朝時代にあっては非主流的で、三国時代の朝鮮半島、飛鳥~白鳳時代の日本列島には広く流布したが、おそらく兜率天で下界の南閻浮提の人々を気遣う姿として好まれたのであろうという。

3.観音晋薩立像(救世観音。東隣夢殿本尊) 木像(樟)飛鳥時代前期(6世紀末~7世紀前半)
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飛鳥時代前期の日本仏教の傾向から、『法華経』普門品の観音菩薩としてつくられた蓋然性が大きい。
衆生が苦悩を受けた際、一心に観音の名を称えると、観音はただちにその「音声を観じて」皆解脱することができると説かれ、万能の救済神として信仰を集めた。


4.観音菩薩立像(伝百済観音。現百済観音堂安置)1躯 木造(樟)乾漆盛上 彩色 像高210.9cm 飛鳥時代後期(7世紀中葉)【なお「百済観音」は20世紀以降の称であり、本像は朝鮮三国時代の百済とは無関係に近い。】
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『観無量寿経』の観音菩薩であると説明された。
観音菩薩は最初期には婆婆世界における万能の救済神として構想されたとみられるものの、かなり早い時期から、万能であるだけに活動の場が婆婆世界に限定されなくなる。婆婆世界の西、十万億土を隔てた阿弥陀(無量寿)如来の浄土、安楽世界(=極楽浄土)は、婆婆世界の衆生も「南無阿弥陀仏」と称えれば死後救いとられ成仏できる楽園で、観音菩薩はその教主阿弥陀の脇にも登場する。阿弥陀は別名の通り無量の寿命をもち、また婆婆世界の尺度からは法外とも思えろような偉大な体躯を持つ[『観無量寿経』真身観(十三観のうち第九)によれば、「仏身の高さは六十万億那由他恒河沙由旬(60万×10の60乗×10の52乗×7.2Km)、眉間の白豪は右に旋りて婉転し、(大いさ)五つの須弥山の如し」]とされ、『観無量寿経』の観音もこれに準じることとなる。


以上のような説明であったが、スケールを持ち込んで考えると、とてつもない寸法の世界となり、まさに宇宙的規模となっているのが、吃驚した。
仏像の前に立った時、ほんとうはこれだけの巨大なスケールを持った姿なんだと思って眺めたら、これまでとまったく異なって見えるかも知れない。

私は、いままでは梅原猛著の「隠された十字架-法隆寺論」を片手に法隆寺に行ったものだが、今度法隆寺を訪ねたら、ぜひとも今回の講義をもとにして仏像に会ってきたいと思った。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この手の仏像って、作られた当時は金ピカであった筈で、現在、観るのとはかなり異なった印象を与えていた筈ですよね。そして、博物館等の明るい場所で観るのとは異なり、薄暗いお堂の中で、金ピカの仏像を観ると、神秘的な感じになると思っています。

巨大仏像は、日本には幾つもありますが、阿弥陀の実際の大きさに少しでも近くすると言うのではなく、観光目的の方が強いのでしょうね。勿論、宗教的面も否定はできませんが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
たしかに、それが出来たばかりの時と
今とでは違うのは確かですよね。

衆生を救おうとする、広大無辺の心を
表現するのに、スケールによって説明するのは
わかりやすいですね。

あの展望台にもなっている、巨大な構造物は、
それはそれで楽しいです(笑)
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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