湯島聖堂

20130228

昨日、2月27日に所属する歴史クラブの催しで、湯島聖堂、神田明神、湯島天神、麟祥院、旧岩崎邸庭園の順に歩きました。午前中は生憎の雨、午後は雨が上がり曇り空の下、寒い一日でしたが梅は充分に楽しむことができました。

JR御茶ノ水駅を降りてすぐのところに湯島聖堂はあります。

1690年(元禄3年)、林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた忍岡聖堂「先聖殿」に代わる孔子廟を造営し、将軍綱吉がこれを「大成殿」と改称して自ら額の字を執筆した。またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めました。
大成院の建物は、当初朱塗りにして青緑に彩色されていたと言われているが、その後度々の火災によって焼失した上、幕府の実学重視への転換の影響を受けて再建も思うように出来ないままに荒廃していきました。その後寛政異学の禁により聖堂の役目も見直され、1797年(寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて幕府の官立の昌平坂学問所となる。これは「昌平黌(しょうへいこう)」とも呼ばれる。「昌平」とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって「孔子の諸説、儒学を教える学校」の名前とし、それがこの地の地名にもなりました。これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみを指すようになったそうです。また、2年後の1799年(寛政11年)には長年荒廃していた湯島聖堂の大改築が完成し、敷地面積は1万2千坪から1万6千坪余りとなり、大成殿の建物も水戸の孔子廟にならい創建時の2.5倍規模の黒塗りの建物に改められた。この大成殿は明治以降も残っていました。
ここには多くの人材が集まりましたが、維新政府に引き継がれた後、1871年(明治4年)に閉鎖されてしまいました。
教育・研究機関としての昌平坂学問所は、幕府天文方の流れを汲む開成所、種痘所の流れを汲む医学所と併せて、後の東京大学へ連なる系譜上に載せることができるほか、この地に設立された東京師範学校(現在の筑波大学)や東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学) の源流ともなっています。また、敷地としての学問所の跡地は、そのほとんどが現在東京医科歯科大学湯島キャンパスとなっているそうです。

JR御茶ノ水駅から聖橋を渡ってすぐ右に折れて入っていくと、「入徳門」があります。
この時、雨が降り始めてあわてて門の中に駆け込んだため、全景は無しです。
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「入徳門」をくぐって、石段の手前に梅が一樹咲いていました。
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今日初めて観る梅です。
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石段を登ると「杏壇門」と呼ばれる大きな門があります。
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その中に前庭と呼ばれる中庭があり、その奥に大成殿がそびえています。杏壇門、大成殿をはじめ、聖堂内の建物は、みな独特の渋い青緑色に塗装されています。
現在の大成殿は伊東忠太設計、大林組施工により、1935年(昭和10年)に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。
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大成殿は間口20m、奥行14mの長方形の建物で、大成殿内部は土,日曜,祝日には公開しているとのことですが、私が行った日は当然ながらお堂の扉は閉まっていました。
大成殿内部には、孔子の聖像が中央の神龕(厨子)に収められており、その左右には孟子、曾子、顔子、子思のの四賢人の像が置かれているということです。

湯島聖堂のシャチホコ、「鬼□頭(きぎんとう)」です。
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大成殿屋根、棟の両端に鎮座。
鬼□頭は一種の鯱(しゃちほこ)で、竜頭から鯨のように水を噴き上げている。鯱が水を噴出して火災から建物を守る目的で置かれています。 形態は、一種の鯱(しゃち)型で、龍頭魚尾、二脚双角頭より潮を吹き上げ、頭を外側に向けて取り付けられています。


屋上の聖獣・鬼龍子(きりゅうし)です。
聖堂の大成殿屋根、流れ棟の四隅角に鎮座しています。
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形態は、狛犬に似た姿で、顔は猫科の動物に似ており、牙を剥き、腹には鱗があり蛇腹・龍腹となっている。
想像上の霊獣で、孔子のような聖人の徳に感じて現れるといいます。

境内の古めかしい塀で歴史をしのびます。
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少し先に歩くと、巨大な孔子の銅像が立っていました。1975(昭和50)年に台北のライオンズクラブから寄贈されたもので、高さ4.5メートル、重量は1.5トンもあり、世界一大きな孔子銅像だそうです。
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孔子銅像の前には、楷樹(カイノキ)の大樹が植えられています。この木は、中国山東省の孔子墓所にある楷樹の種子を持ち帰り、その苗から育てられたものとのことです。
「楷」の字はこの木のように「強く真っ直ぐ」という意味を持っており、漢字書体の「楷書」の語源とされます。
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「仰高門」から出ようと歩いていると、「斯文会館」の屋根の上にも守護獣が居ました。棟にも鯱らしきものが。
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昭和10年(1935)の復興聖堂の設計を担当した伊東忠太博士の考案した棟飾りということはわかりましたが、名前もなくその意味も今は明らかではないそうです。

こちらが正門だそうで、その「仰高門」から私たちは出ました。「仰高」とは、論語の中にある孔子の徳を仰ぎ見るという意味の言葉だそうです。
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「仰高門」から出たところで、「古跡 昌平坂」という石標がありました。
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昌平坂は湯島聖堂の東側にあり、神田川の近くから北に伸びています。その昌平坂の南側の入口に、立てられているものです。
その昌平坂の入口近くに湯島聖堂の正門があるというわけです。

湯島聖堂から神田明神に向かいましたので、次回は神田明神をお届けします。

(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、奇遇ですね。私は本日(2/28)、行ってきました。朝方は曇りだったので、撮影を諦めていたのですが、11時頃には急に回復したので、急遽、撮影したと言う訳です。

湯島聖堂は大きな桜の木があるので、桜の季節には行くのですが、白梅があるのは初めて知りました。それにしても、石段の右側には3本程、梅の木がありましたが、側に寄れないのが残念でした。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
一日のニアミスでしたか。
といっても、27日は雨でしたから、matsumoさんは
絶対に撮影には出ませんよね。

私は桜の湯島聖堂は知らなかったので、調べてみたら、
なかなか良さそうですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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