狂言「入間川」と「入間様」

20130312

3月9日(土)に、狂言「入間川」を観ました。
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これは狭山市の「狂言入間川を観る会」の催しです。
狭山市入間川(現埼玉県狭山市)には、文和2年/正平8年(1353年)に鎌倉公方足利基氏が宿営地を設け、9年間北関東の上杉氏勢力に対抗しました。入間川御陣もしくは入間川御所と呼ばれました。
つまり、この9年間は関東の行政機関が入間川(地名)にあったわけです。
西武新宿線の駅名も、以前は「入間川駅」だった。しかし、狭山市の最寄駅としてわかりにくいということで現在の「狭山市駅」になりました。
狭山市では「入間川」という名は大きな存在です。

シテ 大名:山本東次郎
アド 入間の何某:山本則俊
小アド 太郎冠者:山本則秀

なお、平成24年度 重要無形文化財保持者(人間国宝に)山本東次郎氏が指定されたそうです。
写真がないかなと、ウェブで探したらありました。左側が大名の山本東次郎氏です。
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狂言のあらすじ:
舞台はあずまの国、入間川沿い。

この川の名に伴い、予備知識として、この狂言の成立した当時「入間様(いるまよう)」といって、言葉遊びが流行っていたことを、まず念頭に置いてください。
この入間様というのは、物事を言うのに、全く逆の意味を言うこと。例えば、楽しい時に、「楽しくない」と言ったり、怒っていないときに、「怒ってる」と言ったり、そんな、些細な遊びを下敷きにして、この狂言は始まります。

都に勤めていた大名が任務を終えて、太郎冠者を引き連れ、東国に下り、入間川に差し掛かり、渡り瀬を探します。

入間川は、軍事的に重要な防衛線なため、もちろん橋はかけられなかったわけです。

そこで登場するは、ちょうどあたりを通りがかった「入間の何某」。
大名は、地元の何某に渡り瀬を尋ねます。
「このあたりは川底が深いから、もうすこしむこうで川を渡りなさい。」入間の何某は親切にも、渡り背を教えるのですが、大名は、まるで無視して、太郎冠者や何某の止めるのも聞かず、目前の川瀬を渡りはじめます。

案の定、深みの石に足を取られて、濡れ鼠になる大名。途端に、大名は激昂して、入間の何某に向かい刀に手を掛けます。

「入間の何某と名乗るなら、当然、入間様を使うはず。入間の者が、ここは深いというならば、浅瀬の筈。大名をまんまと騙して濡れ鼠にさせた罪は重い。手打ちにしてくれるわ!」

さて、入間の何某はどのようにピンチを切り抜けるのでしょう?

件の入間の何某は、これに騒がず大名に「弓矢八幡、成敗いたす」と誓わせて「やら心安や」と述べます。大名が入間言葉を持ち出したのを逆手にとって「成敗する」と誓わせたので逆に成敗できないだろうという理屈です。

ここから逆さ言葉を使っての応酬になります。
命を助ける、助けない。忝ない、忝なくもない。物を与えても、祝着にもござらぬ・・・などなど、やり取りが続いて、大名は様々な物を男に与えます。

そこで入間の何某が、頂き物を持って帰ろうとすると、大名が引き留め「入間様を除けて真実を言え」と持ちかけ、男が「身に余ってかたじけのうござる」と言ったのをタネにして、与えた物を取り返し退場する。


【入間様】
これまで知りませんでしたが、狂言に採用されている以上,それ以前から入間地方には「入間様」(いるまよう)というスタイルが存在していたことになります。
「入間川」が作られたのは15世紀中頃以前とのこと。
ということは,少なくとも中世までさかのぼります。

入間様は「入間詞(いるまことば」ともいい、「大辞林」には「入間川が逆流することがあったので名づけられたとする説もある」と書かれています。入間川の逆流のほうが元だというわけである。

この「入間川の逆流」の話。アマゾン川などで見られる海の潮の満ち引きによって海水が遡行するような現象はどうか?
あり得ない。入間川はけっこう高低差があって急流なのである。

調べていると、『神話の森』というホームページで、『廻国雑記』という興味深い紀行文を紹介していました。

『廻国雑記』
http://nire.main.jp/rouman/sinwa/kaikoku.htm

16世紀に書かれ,作者は道興准后(左大臣近衛房嗣の子)という人。この人については狭山市でも笹井観音堂、笹井白髭神社に立ち寄ったという伝承が残っている。

その「いるま川」の部分。
これよりいるま川にまかりてよめる、 

  立ちよりて影をうつさば、いるま川、わが年波もさかさまにゆけ

此の河につきて様々の説あり。水逆に流れ侍るといふ一義も侍り。また里人の家の門のうらにて侍るとなむ。水の流るる方角案内なきことなれば、何方をかみ下と定めがたし。家々の口は誠に表には侍らず。惣じて申しかよはす言葉なども、かへさまなることどもなり。異形なる風情にて侍り。

まず、歌がいいですね。

入間川が逆流する話を載せ、それも一理あるといい、入間詞について「申しかよはす言葉なども、かへさまなることどもなり。異形なる風情にて侍り」と書く。

この文章だと、川の逆流の話は伝聞のようである。となると、やはり逆流より入間詞のほうが元であって、あるいは特殊な方言が通じなかった経験から話が拡大していったようにも思えるが、よくわからない。

「特殊な言葉」ということでいうと、道興准后が笹井白髭神社に立ち寄ったという伝承が残っているが、この白髭神社は高麗神社の分祀されたものであり、高麗神社というのは「高麗王福徳」が祭神であり、高麗王福徳は渡来人二千人を率いて、高麗に定着した人物。
なので、渡来系人物と話したときに話が通じなかったという可能性は考えられる。

それから、川の逆流の話では、面白いことを発見した。
それは、このブログを見たときに驚いた。
saheizi-inokoriさんの、「梟通信~ホンの戯言」というブログです。
http://pinhukuro.exblog.jp/19164666

入間川がまるで環状線のように円を描いています。これで、かなり納得できました。
移動するルートによって、二度入間川を渡ります。
例えば青梅から熊谷に直線的に移動するとします。
最初に入間川を渡るときは、右から左に流れている。二度目に渡るときは左から右に流れている、というわけです。

私は、入間川の河原みたいなところに住んでいるのですが、入間川がこんな風に円を描いている事は今まで知りませんでした(笑)

入間川の逆流の話は、こういう話であれば、誰でも納得できます。

「入間様」については、私としては、こういう事で一応の納得をみることができました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ううん、羨ましいです。私は、多分、狂言や能はTVではその一部のみ観たことがあると思いますが、実演は観たことがないと思います。

それにしても、「入間様」と言う言葉、初めて知りました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
これは、ご当地ソングみたいなものですからね。
地元で熱心な方々が、熱心に活動しているおかげですね。
狂言師の山本さん一家も応援してくれているようです。

「入間様」、言葉遊びとしては面白いでしょうね(笑)
子供のころ、やったことがあるような気がします。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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