古事記を知る(14)

20130324

3-3 天の石屋戸
爾速須佐之男命白于天照大御神。我心清明故。我所生之子得手弱女。因此言者。自我勝云而。於勝佐備。
此二字以音離天照大御神之營田之阿此阿字以音埋其溝。亦其於聞看大嘗之殿屎痲理此二字以音散。故雖然爲。天照大御神者登賀米受而告。如屎。酔而吐散登許曾。此三字以音我那勢之命爲如此。又離田之阿埋溝者。地矣阿多良斯登許曾。自阿以下七字以音我那勢之命爲如此登此一字以音詔雖直。猶其悪態不止而轉。
天照大御神坐忌服屋而。令織神御衣之時。穿其服屋之頂。逆剥天斑馬剥而所堕入時。天衣織女見驚而。於梭衝陰上而死。
訓陰上云富登故於是天照大御神見畏。閇天石屋戸而刺許母理此三字以音坐也。爾高天原皆暗。葦原中國悉闇。因此而常夜往。於是萬神之聲者狭蠅那須此二字以音皆満。萬妖悉發。
是以八百萬神於天安之河原神集集而。
訓集云都度比高御産巣日神之子思金神令思訓金云加尼而。集常世長鳴鳥令鳴而。取天安河之河上之天堅石。取天金山之鐡而。求鍛人天津痲羅而。痲羅二字以音科伊斯許理度賣命自伊下六字以音令作鏡。科玉祖命令作八尺勾璁之五百津之御須痲流之珠而。召天兒屋命布刀玉命布刀二字以音下効此而。内拔天香山之眞男鹿骨拔而。取天香山之天波波迦此三字以音木名而。令占合痲迦那波而。自痲下四字以音天香山之五百津眞賢木矣根許士爾許士而。自許下五字以音於上枝取著八尺勾璁之五百津之御須痲流之玉。於中枝取繁八尺鏡。訓八尺云八阿多於下枝取垂白丹寸手青丹寸手而。訓垂云志殿此種種物者。布刀玉命布刀御幣登取持而。天兒屋命布刀詔刀言禱白而。天手力男神隠立戸掖而。天宇受賣命手次繁天香山之天之日影而。爲鬘天之眞拆而。手草結天香山之小竹葉而。訓小竹云佐佐於天之石屋戸伏汙氣此二字以音而。踏登杼呂許志此五字以音爲神懸而。掛出胸乳裳緒忍垂於番登也。爾高天原動而八百萬神共咲。
於是天照大御神以爲恠。細開天之石屋戸而。内告者。因吾隠坐而以爲天原自闇。亦葦原中國皆闇矣。何故以天宇受賣者為樂。亦八百萬神諸咲。爾天宇受賣白言益汝命而貴神坐故歓喜咲樂。如此言之間。天兒屋命布刀玉命指出其鏡。示奉天照大御神之時。天照大御神逾思奇而。稍自戸出而臨坐之時。其所隠立之天手力男神取其御手引出。即布刀玉命以尻久米
此二字以音縄控度其御後方。白言従此以内不得還入。故天照大御神出坐之時。高天原及葦原中國自得照明。
於是八百萬神共議而。於速須佐之男命負千位置戸。亦切髭。及手足爪令抜而。神夜良比夜良比岐。


(読み)
 ココニハヤスサノヲノミコトアマテラスオホミカミニマヲシタマハク アガココロアカキユエニ アガウメリシミコタワヤメヲエツ コレニヨリテマヲサバ オノズカラアレカチヌトイヒテ カチサビニ アマテラスオホミカミノミツクダノアハナチ ミゾウメ マタソノオホニヘキコシメストノニクソマリチラシキ カレシカスレドモ アマテラスオホミカミハトガメズテノリタマハク クソナスハ エヒテハキチラストコソ アガナセノミコトカクシツラメ マタタノアハナチミゾウムルハ トコロヲアタラシトコソ アガナセノミコトカクシツラメト ノリナヘシタマヘドモ ナホソノアシキワザヤマズテウタテアリ アマテラスオホミカミイミハタヤニマシマシテ カムミソオラシメタマフトキニ ソノハタヤノムネヲウガチテ アメノフチコマヲサカハギニハギテオトシイルルトキニ アメノミソオリメミオドロキテ ヒニホトヲツキテミウセキ カレココニアマテラスオホミカミミカシコミテ アメノイハヤドヲタテテサシコモリマシマシキ
 スナハチタカマノハラコナクラク アシハラノナカツクニコトゴトニクラシ コレニヨリテトコヨユク ココニヨロヅノカミノオトナヒハサバヘナスミナワキ ヨロヅノワザハヒコトゴトニオコリキ ココヲモチテヤホヨロヅノカミアメノヤスノカハラニカムツドヒツドヒテ タカミムスビノカミノミコオモヒカネノカミニオモハシメテ トコヨノナガナキドリヲツドヘテナカシメテ アメノヤスノカハノカハラノアメノカタシハヲトリ アメノカナヤマノカネヲトリテ カヌチアマツマウラヲマギテ イシコリドメノミコトニオホセテ カガミヲツクラシメ タマノヤノミコトニオホセテ ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマヲツクラシメテ アメノコヤネノミコトフトダマノミコトヲヨビテ アメノカグヤマノマヲシカノカタヲウツヌキニヌキテ アメノカグヤマノアメノハハカヲトリテ ウラヘマカナハシメテ アメノカグヤマノイホツマサカキヲネコジニコジテ ホツエニヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマヲトリツケ ナカツエニヤサカノカガミヲトリツケ シズエニシラニギテアヲニギテヲトリシデテ コノクサグサノモノハフトタマノミコトフトミテグラトトリモタシテ アメノコヤネノミコトフトノリトゴトネギマヲシテ アメノタヂカラヲノカミミトノワキニカクリタタシテ アメノウズメノミコトアメノカグヤマノアメノヒカゲヲタスキニカケテ アメノマサキヲカヅラトシテ アメノカグヤマノササバヲタグサニユヒテ アメノイハヤドニウケフセテ フミトドロコシカムガカリシテ ムナヂヲカキイデモヒモヲホトニオシタレキ カレタカマノハラユスリテヤホヨロヅノカミトモニワラヒキ
 ココニアマテラスオホミカミアヤシトオモホシテ アメノイハヤドヲホソメニヒラキテ ウチヨリノリタマヘルハ アガコモリマスニヨリテアマノハラオノヅカラクラク アシハラノナカツクニモミナクラケムトオモフヲ ナドトアメノウズメハアソビシ マタヤホヨロズノカミモロモロワラフゾトノリタマヒキ スナハチアメノウズメナガミコトニマサリテタフトキカミイマスガユエニエラギアソブトマヲシキ カクマヲスアヒダニ アメノコヤネノミコトフトタマノミコトカノカガミヲサシイデテ アマテラスオホミカミニミセマツルトキニ アマテラスオホミカミイヨヨアヤシトオモホシテ ヤヤトヨリイデテノゾミマストキニ カノカクリタテルアメノタヂカラヲノカミソノミテヲトリテヒキイダシマツリキ スナハチフトタマノミコトシリクメナハヲソノミシリヘニヒキワタシテ ココヨリウチニナカヘリイリマシソトマヲシキ カレアマテラスオホミカミイデマセルトキニ タカマノハラモアシハラノナカツクニモオノヅカラテリアカリキ
 ココニヤホヨロヅノカミトモニハカリテ ハヤスサノヲノミコトニチクラオキドヲオホセ マタヒゲヲキリ テアシノツメヲモヌカシメテ カムヤラヒヤラヒキ

(現代語訳)
 そこで速須佐之男命が、天照大御神に申すには、「私の心が潔白で明るい証拠として、私の生んだ子はやさしい女の子でした。この結果から申せば、当然私が誓約に勝ったのです」と言って、勝ちに乗じて天照大御神の耕作する田の畔を壊し、田に水を引く溝を埋め、また大御神が新嘗祭の新穀を召し上がる神殿に、糞をひり散らして穢した。このような乱暴をするけれども、天照大御神はこれをとがめないで仰せられるには、「あの屎のように見えるのは、酒に酔ってへどを吐き散らそうとして、わが弟君はあのようなことをしたのであろう。また田の畔を壊したり、溝を埋めたりするのは、土地をもったいないと思って、我が弟君はあのようなことをしたのであろう」 と、善い方に言い直しされたけれども、なお須佐之男命の乱暴なふるまいは止むことなく、ますますはげしくなった。
天照大御神が神聖な機屋においでになって、神に献る神衣を機織女に織らせておられたとき、須佐之男命はその機屋の棟に穴をあけ、まだら毛の馬の皮を逆さに剥ぎ取って、穴から落し入れたとき、機織女はこれを見て驚き、梭で陰部を突いて死んでしまった。これを見て、天照大御神は恐れて、天の石屋の戸を開いて中におこもりになった。そのために高天原はすっかり暗くなり、葦原中国もすべて暗闇となった。こうして永遠の暗闇がつづいた。そしてあらゆる邪神の騒ぐ声は、夏の蠅のように世界に満ち、あらゆる禍がいっせいに発生した。
 このような状態となったので、ありとあらゆる神々が、天の安河の河原に会合して、高御産日神の子の思金神に、善後策を考えさせた。そしてまず常世国の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、次に天の安河の川上の堅い岩を取り、天の金山の鉄を採って、鍛冶師の天津痲羅を捜して、伊斯許理度売命に命じて鏡を作らせ、玉祖命に命じて、たくさんの勾玉を貫き通した長い玉の緒を作らせた。次に天兒屋命と布刀玉命を呼んで、天の香具山の雄鹿の肩骨を抜き取り、天の香具山の朱桜を取り、鹿の骨を灼いて占い、神意を待ち伺わせた。そして天の香具山の枝葉の繁った賢木を、根ごと掘り起こして釆て、上の枝に勾玉を通した長い玉の緒を懸け、中の枝に八咫の鏡を懸け、下の枝に楮の白い布帛と麻の青い布帛を垂れかけて、これらの種々の品は、布刀玉命が神聖な幣として捧げ持ち、天兒屋命が祝詞を唱えて祝福し、天手力男神が石戸の側に隠れて立ち、天宇受売命が、天の香具山の日陰蔓を襷にかけ、眞拆鬘を髪に擬い、天の香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして、胸乳をかき出だし裳の紐を陰部までおし下げた。すると、高天原が鳴りとどろくばかりに、八百万の神々がどっといっせいに笑った。
 そこで天照大御神はふしぎに思われて、天の石屋戸を細めに開けて、中から仰せられるには、「私がここにこもっているので、天上界は自然に暗闇となり、また葦原中国もすべて暗黒であろうと思うのに、どういうわけで天宇受売は舞楽をし、また八百万の神々はみな笑っているのだろう」と仰せられた。そこで天宇受売が申すには、「あなた様にもまさる貴い神がおいでになりますので、喜び笑って歌舞しております」と申しあげた。こう申す間に、天兒屋命と布刀玉命と布刀玉命が、その八咫鏡をさし出して、天照大御神にお見せ申しあげるとき、天照大御神がいよいよふしぎにお思いになって、そろそろと石屋戸から出て鏡の中をのぞかれるときに、戸の側に隠れ立っていた天手力男神が、大御神の御手を取って外に引き出し申した。ただちに布刀玉命が、注連縄を大御神の後ろに引き渡して、「この縄から内にもどっておはいりになることはできません」と申しあげた。こうして天照大御神がお出ましになると、高天原も葦原中国も自然に太陽が照り、明るくなった。
 そこで八百万の神々が一同相談して、速須佐之男命にたくさんの贖罪の品物を科し、また髭と手足の爪とを切って祓えを科して、高天原から追放してしまった。

 (解説〉
常世:永遠の世界の意で、海の彼方にある、生命の根源世界とされた異郷。
伊斯許理度売命:「石凝姥(いしこりどめ)」の意で、石の鋳型を用いて鏡を鋳造する老女をいう。
ははか:朱桜(かにわざくら)の古名。この木の皮で鹿の肩骨を杓いて占った。
八尺鏡:「尺」は「咫」の略字。大きな鏡のこと。直径46.5センチの巨大な鏡が、平原古墳(福岡県)から出土している。
尻くめ縄:注連縄のこと。侵入を禁じ、聖域を示すために張る縄。
千位(ちくら)の置き戸:たくさんの台の上に載せた品物の意で、罪穢れを祓い購うために差し出す物品である。切り祓へしめて:髭や爪を切るのは、身体の一部を以てする祓の一種で、古代の刑罰と見ることができる。

 天の石屋戸には、古墳の石室のイメージが投影している。そして、天照大御神が石屋戸にこもり、ふたたび石屋戸から出現する物語には、神の死と復活再生の信仰がうかがわれる。ことに穀神が年ごとに死んで、春新たな生命を得て復活する、という信仰との関係が深い。

  スサノヲノ命は、神田を破壊し、祭殿を壊すなど、重大な罪を犯す邪神として語られている。根の国から訪れる邪神が、罪や禍いや穢れをもたらす、と考えられたのである。罪や穢れの権化ともいうペきスサノヲノ命が、高天原から追放されたとするのは、大祓の祝詞の思想を、神話的に語ったものと見てよいであろう。

宮崎県高千穂町の、アマテラスを祀る天岩戸神社の近くを流れる岩戸川。そのほとりに巨大な岩盤と洞窟がある。ここは八百万の神々が集まり、石屋戸開きの相談をしたという「天安河原」であると伝えられている。
もちろん、「天安河原」は高天原に存在したということだから、地上に存在するわけはないが、古事記の神代編を説話とするなら、その話のヒントを与えてくれた場所ということになるか。
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天岩戸の場面は、たくさん描かれていると思うが、珍しいもので浮世絵に書かれたものがある。
「岩戸神楽乃起顕」歌川国貞
大判三枚続き
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明るく楽しげな「天のうづめの命」小杉放菴
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この話でよくわからないのは、天照大神が洞窟に隠れて天上も地上も真っ暗になったと言うのに、他の神々は活動して、洞窟の前に色々なものを持ってくることです。そう言うことができるのであれば、別に、真っ暗でもかまわないと思うのですが。

後は、では天照大神が生まれる前は真っ暗だったのかと言うことですね。

それにしても、これ、多分、高千穂辺りの神楽で演じられていると思うのですが、その際、若い女性が本当にヌードになって踊ったら、きっと、男性達に人気がでるでしょうね(笑)

matsumoさん

コメントありがとうございます。
まったく、そのとおりなんですが(汗)
だから、私は古事記の神代編は歴史事実でなくて、
説話だと思っています。

それでも、古事記は歴史事実だと主張する人も
居ますが。

このあいだ読んだ本によると、高千穂辺りの神楽は
夜を徹して行うので、観客の眠気を払うために、
昔はかなりきわどかったそうですよ(笑)

今はすっかりおとなしくなっちゃって・・・・
と古老が嘆いているそうです(笑)
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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