鎌倉街道散歩/高崎から(2)

20130413

11日に歩いた、鎌倉街道上つ道の続きです。
竜広寺から、東の方に歩いて鎌倉街道が通っていた地帯にいき、佐藤病院の化け石を見に行きます。
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佐藤病院の化け石

佐藤病院というのは、元御殿医だそうですが、行ってみるとすごく立派な病院でした。
産婦人科のようで、高崎で出生する子は、みなこの病院で生まれるんじゃないかと思いました。
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玄関入口の東側のコーナーに小さな社と大きな石があります。
この石は、「化け石」(または、ぼけ石)と呼ばれていて、旧街道筋にあって、馬に蹴られたから馬蹴り石ともいわれているという。
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興禅寺の絵図

佐藤病院からちょっと歩くと、興禅寺です。
山門
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山門と興禅寺本堂の間に道が走っていますが、本堂の寺域の塀の前に、綺麗な石仏が立っていました。
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延宝6(1678)年建立の古いものですが、とても美しい観音様でした。
頭の上は化仏だと見え、手にはつぼみの蓮華を持っていますから「聖観音」だと思われます。
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興禅寺は、井伊直政による高崎城築城の際に境内をせばめられ、その後大河内氏が城主になってから、天保年間に現在地に堂宇(どうう)を移しています。旧市内では最も由緒ある寺院で、新田義重を開基として治承元(1177)年に創建されたと言われています。
その後衰えていたものを、和田城城主和田右兵衛大夫(わだうひょうえだゆう)信耀が再興して、菩提寺(ぼだいじ)としたという歴史があります。
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この興禅寺に伝わる絵図に鎌倉街道が書かれています。
高崎市のサイトで入手した「境内古絵図」
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和紙に墨で描かれた古い絵図です。今はまったく当時のおもかげはありませんが、烏川(からすがわ)の流れに沿って和田城、「いざ鎌倉」のために整備された鎌倉街道、街道に直接面した大きな敷地の中に興禅寺の様子が描かれています。
また、これに隣接する街道沿いには馬上宿(ばじょうのしゅく)の注記があります。高崎城築城以前の和田氏の時代のことで、天文から天正年間(1532~1591)の頃のものとされています。

興禅寺から竜広寺の前から入ったところにある坂道、「小万坂」に行きます。先ほどの古絵図に、すでに「小万坂」が書き込まれています。
この途中に「小万地蔵」があります。
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小万地蔵

鎌倉時代、夫妻の回国者があり、この辺で妻が病のため没しました。その妻の名を『小万』といい、里人はこれを哀れみ、堂宇を建立して地蔵尊を祀りました。
「小万地蔵」が出来て、それから坂を「小万坂」と呼ぶようになったのでしょう。
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地蔵堂のなかには、たくさんのお地蔵様が祀られています。
中央の小さなお地蔵様が小万地蔵です。
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ここから、鎌倉街道がはっきりしています。細い道がずっと続きます。
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小万地蔵から私は一旦高崎城址地下駐車場に戻り、車で城南小学校の手前まで行き、そこから歩きました。以後は、要所に車を置いて歩くということになります。
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鎌倉街道橋

城南小学校の横を歩いて行くと、上信電鉄の線路にぶつかります。
城南小学校の裏口の辺に踏切があり、そこを渡ります。
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渡って、ちょっと右に行くと「鎌倉街道記念碑」があります。
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鎌倉街道記念碑のところから、歩道橋がかかっていて、これが「鎌倉街道橋」なんだそうです。下の写真のクリーム色がそうです。
上を走っているのが、県道71号「西上州やまびこ街道」の「城南大橋」です。
「鎌倉街道橋」の下を走っているのが、県道71号から国道17号(中山道)に乗るための車道です。
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鎌倉街道橋を渡ると、右手に琴平神社の森が見えます。
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琴平神社

通称「多中のこんぴらさま」と呼ばれる琴平神社です。
石段下にある看板には、文化年間(1804~1817)頃、高崎藩士・寺田宗有(むねあり)が、一昼夜で讃岐から分霊を勧請したと伝わる、と書かれています。
寺田宗有という人、天狗の化身か?

山門
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外側には随身
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内側には、なんと仁王様です。
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境内
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石段の両脇を天狗が守っているという珍しい神社です。
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拝殿の扁額
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神紋は「葉団扇」ですね。
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天狗が奉納されています。
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本殿
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本殿の横に大黒天が祀られていた。
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絵馬殿
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立派な奉納額
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ここにも天狗が奉納されている。
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内部には、色々な絵馬が奉納されていました。
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社殿がある小山の麓に、溶岩で出来た洞穴があります。
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中へ入ってみると、「和田稲荷大明神」が祀られていました。
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境内には、飯玉神社も祀られています。
琴平神社のある新後閑(しごか)という地名の由来は、和田氏の家臣・新後閑左京亮が居住していたことからだそうです。
その新後閑氏の祖先・倉賀野氏が祀る飯玉神を勧請したのが、この飯玉神社だということです。
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失礼して中を覗くと、大黒様、えびす様もいらっしゃいますし、金精様のようなのもいらっしゃいます。
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境内には、昭和45年(1970)に建立されたという「天満宮」もあります。
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面白いと思ったのは、神社額と賽銭箱の奉納者です。
福田赳夫氏の賽銭箱、中曽根康弘氏の神社額。
これが奉納された頃は、群馬県を二分してトップ争いをしていた両政治家の揃い踏みでした(笑)

琴平神社で、ずいぶん写真を載せてしまい、あまり進んでいませんが、残りは次回とします。



鎌倉街道散歩/高崎から(3)に移動するには、下記クリック
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-1188.html




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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

上記の中では、琴平神社が「何でも有り」と言う感じで面白そうですね。天狗の石像を見て、高尾山を思い出し、そろそろ、行きたくなりました。

そう言えば、昨日、偶然、TVのスイッチを入れたら、例の作曲家の番組をやっていました。と言っても、後半の半分位しか、見られませんでしたが。レクイエム、てっきり、声楽が入ったオーケストラの曲を、とりあえず、ピアノで演奏しているのかと思ったら、そうではなくて、ピアノ曲だったのですね。何だか、ショパンの曲を聴いているような気分になりました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
琴平神社が面白いので、紹介したい写真が
増えてしまい、アップの回数が一回多くなりました(笑)
こういう楽しい発見が無いとつまんないですよね。

再放送は私も知っていました。
レクイエムはピアノ曲です。
その辺は、他の作曲家のと違いますね。
とても良い曲だと思いました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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