三溪園(1)/横浜散歩

20130426

昨日4月25日、歴史クラブの行事で横浜を散歩してきました。
参加者は25名。バスをチャーターしての日帰り旅行です。
コースは、三溪園、横浜中華街、外人墓地、みなとの見える丘、山下公園、氷川丸、日本郵船歴史博物館。
7:30に狭山市を出発して、バスは渋滞もなく順調に走り、行く手にみなとみらいの大観覧車が見えてきました。
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大黒PAで小休止しましたが、その直前左右は輸出される車が見渡すかぎり並んでいるのは壮観です。私もかっては車関係の仕事をしていたので、こういう光景にはワクワクしますね。
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大黒PAは「フォンターナ・ダイコク」なんていう洒落た名前がついていました(笑)
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周りは高架の道路が交差して、壮観です。
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あれが大桟橋とか、港の見える丘とか、騒いでいるうちに最初の目的地、三溪園に到着。
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三溪園は、17.5haの敷地に17棟の日本建築が配置されています。
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実業家で茶人の原富太郎によって造園され、現在は公益財団法人三溪園保勝会が運営している。名称の三溪園は原の号である三溪から。2006年11月17日に国の名勝に指定された。

三溪園は、国の重要文化財建造物10件12棟(移築元:京都5棟、和歌山3棟、神奈川2棟、岐阜1棟、東京1棟)、横浜市指定有形文化財建造物3棟を含め、17棟の建築物を有する。単に各地の建物を寄せ集めただけではなく、広大な敷地の起伏を生かし、庭園との調和を考慮した配置になっている。

原富太郎は岐阜県出身の実業家で、横浜の原商店に養子として入り、生糸貿易で財を成した。原は事業のかたわら仏画、茶道具などの古美術に関心を持って収集した。平安時代仏画の代表作である「孔雀明王像」(国宝、東京国立博物館蔵)をはじめ、国宝級の美術品を多数所蔵し、日本の美術コレクターとしては、益田孝(鈍翁)と並び称される存在であった。彼は古美術品のみならず室町時代の旧燈明寺三重塔をはじめとする京都ほか各地の古建築を購入して移築、庭園も含めて整備を進めていった。1906年(明治39年)5月1日に市民に公開し、その後も建造物の移築は続けられた。

原富太郎の古美術コレクションは戦後の混乱期に散逸し、建造物だけがかろうじて残った。1953年(昭和28年)に財団法人三溪園保勝会が設立され、再び庭園の整備を行い、今日に至っている。
(以上WIKIPEDIAから)

園内に入ると、大池越しにここのシンボル三重塔が見えます。
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池の傍の藤がちょうど見どころでした。
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「鶴翔閣」
原三溪が住まいとして建てた建物。
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「御門」
京都東山の西方寺にあった薬医門
建築:江戸時代宝永5(1708)年
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「白雲邸」
三溪が隠居所として夫人と一緒に暮らした建物。
建築:大正9(1920)年
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「臨春閣」
紀州徳川家初代藩主の頼宣が和歌山・紀ノ川沿いに建てた数寄屋風書院造りの別荘建築。
建築:江戸時代慶安2(1649)年
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随所に灯篭とか石の鉢が置いてあります。
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「旧天端寺寿塔覆堂」
豊臣秀吉が京都・大徳寺に母の長寿祈願のために建てさせた寿塔(生前墓)を納めるための建物。
建築:桃山時代天正19(1591)年
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月華殿に上がる坂
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脇に可愛らしい滝が作ってあった。
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「月華殿」
京都・伏見城にあった、大名来城の際の控所として使われたといわれる建物。
建築:江戸時代慶長8(1603)年
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「聴秋閣」
京都・二条城にあったといわれる、徳川家光・春日局ゆかりの楼閣建築。
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竹林に筍が伸びていた。
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(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

三渓園ですか、大昔、3回程、行った記憶があります。内、1回は梅か桜の花の撮影のためだったと思います。

その頃は建物にはあまり興味が無かったのですが、随分、色々な建物があるのですね。それにしても、京都から移築とは、多分、廃仏毀釈の影響が残っていたのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ここは、色々なイベントをやっているようですね。
私が興味を持ったのは、蛍のイベントですね。
最近、ずいぶんと見ていませんから。

ずいぶん建物がいいのと、ただ並べるとかでなくて、
ちゃんと風景をマッチさせて(風景を作ったようですね)、
ほんとにゆったりとしていました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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