三溪園(2)・横浜中華街・外人墓地/横浜散歩

20130427

昨日の記事の続きです。
ちょっと疲れたので、三溪記念館の中にある茶席で休憩です。
25人に、お茶を点ててくださったのですが、大変だったと思います(笑)
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コースのところどころに、昔の三溪園を説明する写真が掲示されていました。
これは造成中の内苑
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いよいよ三重塔がある丘に上がります。
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頂上付近は両側の竹藪がすごいことになっていて、倒れ掛かって道を塞ぐ勢いです。
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見晴台「松風閣」にやってきました。今の見晴台は何の変哲もない建物でしたが、昔の「松風閣」の写真が園内に掲示されていました。
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昔の「松風閣」は、初代・原善三郎が別荘として建てたもの。命名は伊藤博文。ここの一室には下村観山が描いた「四季草花図」の障壁画があったが、関東大震災により、建物とともに消失した。

見晴台からの眺め。埋め立てられたところにガスタンクやら、工場やらが建っていてあまりいい景色ではありません。
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ズームすると、ちょっと見栄えが良くなったかな(笑)
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昔の写真で、右手の丘が今居るところだと思います。これを見ると、三溪園が海岸に面していたことがわかります。
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見晴台から三重塔に行く途中に「出世観音」がありました。
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「旧燈明寺三重塔」
京都・木津川市の燈明寺(廃寺)にあったもの。現在、関東地方にある木造の塔では最古。
建築:室町時代康正3(1457)年
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「初音茶屋」
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開園当時、三溪園には誰もが出入りできた(外苑)ばかりでなく、無料の湯茶サービスもあった。初音茶屋もその一つ。三溪園を訪れた芥川龍之介は、友人であった三溪の長男への手紙にこの湯茶接待の印象を書き、「ひとはかり浮く香煎や白湯の秋」という句詠んで締めくくってあったという。
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「横笛庵」
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「横笛の像}
横笛は今から800年ほど前、建礼院徳子に仕えた女官で、平家物語には平重盛に仕えた斉藤時頼(滝口入道)との悲恋が語られている。この像はその横笛が滝口入道から送られた恋文をもって作られたと伝えられたが、現存しない。なお横笛が出家後に住んだと言われる奈良・法華寺にも同様の像が伝わっているが、関わりなどは不明。
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「寒霞橋」
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寒霞橋と横笛庵の昔の写真
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「旧東慶寺仏殿」
縁切り寺の名で知られる鎌倉・東慶寺にあった禅宗様の仏堂。
建築:江戸時代寛永11(1634)年
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「旧矢箆原(やのはら)家住宅(合掌造り)」
飛騨・白川郷にあった建物。飛騨の三長者の一人といわれた矢箆原家の合成ぶりがうかがえる建物。
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「三溪園天満宮」
この天満宮は、もは間門(まかど)天神といい、三溪園にほど近い間門の旧家高梨家の先祖が本牧の丘の中腹に建てたもの。昭和52年に、ここに移されたそうです。
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入り口の辺に戻ってきました。見納めです。
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昼食は横浜中華街の「状元楼」で。上海料理の老舗です。
朝早かったのでお腹ペコペコ。美味しかった。
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食事が終わった後、おみやげ購入タイム30分。
私は家族への土産を三溪園で買ってしまったので、中華街の写真を撮っていました。
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さすが中華街の交番。いいですねえ。
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会芳亭
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このお店も有名ですよね。装飾がいいです。
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朝陽門
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関帝廟通り
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これは背中合わせに「天長門」と「関帝廟通」となっています。
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ここから、ちょっとバスに乗って外人墓地の近くまで行き、あとは「みなとの見える丘」、「山下公園」などずっと歩いて、バスには日本郵船歴史博物館のところで乗ります。

外人墓地
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墓地の案内図のプレート
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こりプケートにただ一人日本人の名前がありました。林貞子さんといって、フェリスの副校長をされた方ですね。
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外人墓地を出るときに、近くの園児でしょうか、ほがらかな一団がやってきました。こどもというのは、かわいいですねえ。
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(続く)


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コメント

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四季歩さん、こんにちは

外人墓地は行ったことがありませんが、中華街は大昔に2回、行きました。内、1回は会社の忘年会で、どの店か忘れましたが、東京から中華街の店に行き、そこで、忘年会、その後は、山下公園の前のホテルに1泊、朝食後に解散と言うものでした。部屋は2人部屋だったのですが、なぜか、私がいた部屋に10名位集まって、二次会になってしまいました。多分、バブル、華やかなりし頃だったのでしょうね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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