氷川丸・みなとよこはま/横浜散歩

20130429

4月25日の横浜散歩の続きです。
外人墓地から歩いてすぐの「みなとの見える丘公園」にやってきました。
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建物が多くなって、見晴らしは悪くなっていますね。
マリンタワーとインターコンチネンタルホテルが辛うじて見えます。
それでも大型船が横付けされてるのが港らしい。
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手前に建物が多くて、レインボーブリッジがはるか遠くの感じですね。
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ズームして撮りました。
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続いて、歩いてすぐ「ホテル・ニューグランド」に裏側から入り込みます。
中庭
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このホテルは、山下公園真向かいに位置し、横浜に於ける主要なランドマークの一つです。
横浜市は関東大震災で壊滅的な打撃を受けたため、当時の横浜市長の提案により、横浜市在住の有力者を集めた「横浜市復興会」を結成。そこで決議された「外人ホテル建設の件」が、ホテルニューグランド建設の端緒となった。 名称は公募によって集められたが、関東大震災で倒壊し廃業した外国ホテル「グランドホテル」の後継館として訪日客に謳う狙いで選ばれたとも、公募の中に適当な名称がなかったため、横浜市復興会計画部長の井坂孝が命名したという説もあり、定かではない。
こうしてニューグランドは、横浜市復興計画の一環として官民一体となって建設が進められ、当初は今日の第三セクターとして発足した。現在の本館は、1927年創業時に渡辺仁の設計で建築され、クラシックホテルの代表例として名高い。
このニューグランドの厨房から、ドリア、ナポリタン、プリンアラモードなど後に広く知られる料理が広まりました。

玄関を入ってすぐのアプローチ。実に優雅です。
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玄関
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山下公園からの眺め。
若いころ山下公園に遊びに来たとき、いつかこのホテルに泊まりたいね、とカミさんと話したことを思い出した。すっかり忘れていた(汗)
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マリンタワーも緑に埋まっています。
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「咲いたさいた桜が咲いた」の碑を見つけました。
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帰ってから調べてみると、1993(平成5)年に樹齢約50年の宮城県産のしだれ桜が寄贈されたものだそうです。
ちょうど向こうにこれから行く氷川丸が見えています。
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いよいよ、何度もこの辺に遊びに来ているのに、いままで乗らなかったのでこの日楽しみにしていた「氷川丸」です。
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氷川丸(ひかわまる)は、日本郵船が1930年に竣工させた日本の12,000t級貨客船。北太平洋航路で長らく運航された。
世界的には傑出した存在ではない中級サイズの貨客船ではあるが、その接客設備とサービスの優秀さによって太平洋を往来する著名人たちに愛用され、数多くの逸話を残した船として知られる。多くの日本商船が喪失された太平洋戦争でも沈没を免れた数少ない大型貨客船で、戦後も1960年まで北太平洋航路で運航を続けた。
船名は埼玉県さいたま市の氷川神社に由来するものである。これにちなみブリッジの神棚には氷川神社の祭神が勧請され、保存船となった後も氷川神社を祀っている。

船尾が優美です。
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いよいよ乗船。
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さすがに、通路は狭いです。
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この階段の優雅なこと!
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レストラン
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ノスタルディックな展示
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ホールのスイッチのところに洒落たステンドグラス。
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一等客室
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一等特別室
ベッドの上の飾り毛布が優雅。
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デッキに出ました。
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ほんとに航海に出発するときなら、船首の眺めはすごくワクワクしていたことでしょうね。
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隣の桟橋のマリーンシャトル。
この日はじめて見えたマリンタワーの全景です。
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救命ボートが、いかにもクラシックな船かを演出しています。
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大桟橋には客船が一つだけでした。
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下の機関室も見ました。私は機械屋としての仕事が多かったので、こういうところが大好きなのですが、みんなズンズン行ってしまうので、残念だった。また来よう!
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氷川丸のさよならメッセージ。名残惜しく下船です。
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やはり氷川丸は良かった。
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バックシャンの氷川丸
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「赤い靴はいてた女の子」の像にやってきました。
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野口雨情の詩になる童謡『赤い靴』をはいていた女の子にはモデルが存在したそうです。 1904年(明治37年)7月15日静岡県清水市宮加三(旧二見村)に生まれた「岩崎きみ」がその子である。 「きみ」とその母「かよ」とは、故あって北海道に渡るが、この地で母はまだ2歳になったばかりのわが子をアメリカ人宣教師ヒュエット夫妻にその養育を託すさだめとなった。 やがて宣教師夫妻には母国への帰国が命ぜられるが、このとき「きみ」は不治の病におかされており、夫妻はやむなくこの幼子を孤児院(当時麻布十番にあった鳥居坂教会の孤児院)に残して旅立った。「きみ」はひとり癒えることのない病の床にあって相見ることも叶わぬ母を慕いながらわずか9歳の短い生涯を終えた。 いま、この女の子は、青山墓地の鳥居坂教会の共同墓地(東京六本木)に眠っている。一方、母「かよ」はそんな娘の死も知らないまま、「きみ」はヒュエット夫妻とアメリカに渡り、幸せに暮らしていると信じ、1948年(昭和23年)に「きみちゃん、ごめんね」の言葉を残して64歳で他界したという。
♪赤い靴
(作詞:野口雨情/作曲:本居長世)
赤い靴はいてた女の子
異人さんにつれられて
行っちゃった

横浜の埠場から船に乗って
異人さんにつれられて
行っちゃった

今では青い目になっちゃって
異人さんのお国に
いるんだろう

赤い靴見るたび考える
異人さんに逢うたび
考える

この像のところから氷川丸が見えます。
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ここからこの日の最終ポイント、「日本郵船歴史博物館」に向かいます。

県庁の横を通り
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横浜税関の前を通り(振り返って見たところ)
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日本郵船歴史博物館に来ました。
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日本郵船の歴史、イコール日本の明治以降の航海の歴史ですよね。
船舶の変遷、各種船舶の構造、日本郵船の昔のパンフレット、客船で供されたサービス、昔の乗船記念品など見どころ満載でした。
写真撮影禁止だったので、館内の写真をネットで公開されているものを集めました。
私の撮った写真ではないですが、こんな感じです。
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今回の横浜散歩は、三溪園も良かったし、氷川丸も楽しかったし、横浜中華街の食事も楽しかったし、とても満足の一日でした。

(了)



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

山下公園近くは、仕事の関係で10回以上は行ったことがあると思います。その時の仕事の成果の製品は、今でも販売されています。

ホテルニューグランドは、忘年会の後でみんなで泊まったホテルでした。氷川丸は大昔、一度だけ見学したことがありますが、中はどうだったかは完全に忘れていました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
あの辺は、matsumoさんにとって、良い思い出の
場所なようですね。
あのホテルに、忘年会の後泊まりましたか。
ずいぶん良いお仕事をされていたんですね。
すごい。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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