埼玉(さきたま)古墳群(1)/埼玉県行田市

20130509

8日に、歴史クラブの行事で行ってきました。参加者43名のバス旅行でした。

埼玉古墳群は国指定史跡で、県名発祥の地「埼玉」にあります。前方後円墳が8基、円墳が2基、方墳が1基の合計11基の大型古墳を中心として、稔数40基ほどの古墳が存在していました。現在は、前方後円墳が8基、円墳が2基残っています。
 埼玉古墳群は国宝金錯銘鉄剣が出土したことで有名ですが、大型の古墳がせまい範囲に集中して築造されていることも大きな特徴です。また、5世紀後半から7世紀初め頃までの釣150年の間に次々に造られたことも特徴で、築造した豪族の勢力を物語っています。
埼玉古墳群の謎
(1) それまで古墳が造られていなかった場所に、突如として現われた。
(2) 東西500m、南北800mのせまい範囲の中に大型の古墳が造られた。
(3) 前方後円墳は同じ規格で築造されている。
   ・長方形の二重の堀を巡らしている。(通常、盾型)
   ・造出しは西側にある。
   ・ほぼ同じ方向を向いている。

武蔵国造の乱:第二十七代 安閑天皇即位元年甲寅(きのえとら)534年
 日本書紀に、笠原直使主(かさはらのあたいおみ)が同族小杵(おき)と、国造の地位を争ったことが記されています。争いに勝ち、武蔵国国造に任命された、笠原直使主は埼玉群笠原(現在の鴻巣市笠原)に拠点を持ったとされています。さきたまの地に突如として、畿内に匹敵する大型前方後円墳が現れたこと、稲荷山古墳から出土した金錯銘鉄剣の銘に見える「ヲワケ」の父の名の「カサヒヨ」が「カサハラ」と読めることなどから、笠原を本拠とした武蔵国国造の墓と考えることもできます。

埼玉古墳群の場所は交通の要衝地
 東日本では、交通の要衝地に大型古墳が集中する傾向にあると言われています。埼玉古墳群の場所について見ると、当時は東京湾に注いでいた利根川と利根川の支流であった荒川の合流点近くに位置していて、利根川、荒川、渡良瀬川、思川などを伝って各地と容易に連絡できる内水面交通の要衝地点でありました。

大宮台地
 埼玉古墳群は、南から延びてきていた大宮台地上に築造されました。これは発掘調査でわかっています。築造されたときは周囲より高い場所にありましたが、関東造盆地運動と呼ぼれる地殻運動によって台地が沈降し、今では周囲と変わらず平坦になっています。

まずは「さきたま史跡の博物館」で学芸員の説明を受け古墳からの出土品を見ました。

さきたま史跡の博物館
130509saki01.jpg


駐車場から博物館に歩いていくときにあった、「埼玉県名発祥の地」の碑
130509saki02.jpg


博物館にあった埼玉古墳群の航空写真
130509saki03.jpg


写真撮影は、フラッシュをたかなければOKでした。

国宝「金錯銘鉄剣」
稲荷山古墳の副葬品を昭和53年に保存処理の作業を行いました。鉄剣のレントゲン写真を撮影すると、剣身の両面に金象蕨の文字字が刻まれていることがわかりました。古墳時代の金石文としてはこれまでで最も数字の多い115文字が刻まれ、歴史的価値の高い内容をもっていました。
銘文が発見されたことにより、昭和58年、この剣を含めた稲荷山古墳の礫榔・粘土榔の出土品のすべてが国宝に指定されました。
銘文には、刀を作らせたヲワケという人物の「上祖」(先祖)からの8代にわたる系譜と、ヲワケがヤマト王権の中心である大王家(後世の天皇家の前身)に先祖代々仕え、国を治めるのを助けてきたことを誇るために刀を作らせて、文字を記したことが書かれています。
130509saki04.jpg


130509saki05.jpg


国宝「鉄剣」
130509saki06.jpg


埴輪がいいですね。
130509saki07.jpg


130509saki08.jpg


130509saki09.jpg


130509saki10.jpg


130509saki11.jpg


左側が馬につける旗竿金具
130509saki12.jpg


馬の冑
130509saki13.jpg


こんな風になるらしい。これは朝鮮半島でよく見られるそうで、その文化がここまで来ていたことを示します。
130509saki14.jpg


国宝「龍文透彫帯金具」稲荷山古墳
130509saki15.jpg


説明のチラシで模様がはっきりします。
130509saki16.jpg


チラシによると、このように飾っていたらしい。
130509saki17.jpg


国宝「画文帯環状乳神獣鏡」稲荷山古墳
130509saki18.jpg


130509saki19.jpg


ガラス玉
130509saki20.jpg


きりがないので、このくらいにしましょう。

外に古墳を見に行きます。

古墳の配置図
130509saki21.jpg


最初に見た古墳は「愛宕山古墳」です。名前の由来はかって墳丘上に愛宕神社が祀られていたことによります。
130509saki22.jpg


いまは三体の石仏が立っていました。
130509saki23.jpg


詩碑がありました。
130509saki24.jpg


130509saki25.jpg


家に帰ってから調べると、地元出身の濱梨花枝さん(与謝野晶子門下)の歌碑でした。

「史跡埼玉村古墳群」の標示
130509saki26.jpg


石田堤
この日、後で忍城にも行ったので、後で詳しく述べますが石田三成が忍城を水攻めにしたとき、丸墓山古墳を起点に南北に堤を築きました。その一部です。
130509saki27.jpg


丸墓山古墳のふもとにあった、「埼玉村古墳群」の石碑
130509saki28.jpg


130509saki29.jpg


丸墓山古墳
130509saki30.jpg


エッチラオッチラ上ります(汗)
130509saki31.jpg


丸墓山古墳には、永禄3(1560)年に上杉謙信が、天正18(1590)年に石田三成がそれぞれ忍城を攻めた時に陣をはったところだといわれています。
そんな罰あたりな、というのは現在の感覚で、あの時代には古墳の価値は考えられなかったのでしょうね。
「のぼうの城」という本はすごく面白かったのですが、石田三成が古墳に陣を張ったという記憶が無かったので読み直してみると、こう書かれていました。
「丸墓山に本陣を敷いたのは三成である。・・・・(中略)・・・・三成は、大谷吉継が丸墓山にのぼってきたときに、『この山、古の貴人の墓じゃそうな・・・・・・・』」
私が、この古墳のことが全く頭に上がらなかったので、読みとばしていたのだした(汗)

丸墓山古墳の上から忍城の方向を望みます。
130509saki32.jpg


肉眼では、かすかにそれとわかる程度でした。ずいぶんと遠くに陣を張ったものだな、という印象でした。
私のカメラは1000mm相当までズームできるので、確かに忍城を捉えることができました。
130509saki33.jpg


丸墓山を下りるときに、下から三人のチビッコ集団が猛烈な勢いで上ってきた(笑)
130509saki34.jpg


下りたところの近くに黄色い花が咲いていたので、この花と一緒に撮った丸墓山古墳。
130509saki35.jpg


続いて、稲荷山古墳に向かいますが、途中にメタセコイヤの林があったので、パチリ。

稲荷山古墳から先は、次回報告。

(続く)


「続き」に飛ぶ


「歴史クラブ行事記事一覧」に飛ぶ


スポンサーサイト

コメント

No title

ファティマ第三の預言とノアの大洪水について。

第二次大戦前にヨーロッパでオーロラが見られたように、
アメリカでオーロラが見られました。
また、ダニエル書の合算により、
御国の福音が宣べ伝えられるのは、5月15日だと理解できます。
エルサレムを基準にしています。


2018年 5月14日(月) 新世界           +1335日 
            ダニエル9:2         イスラエル建国70年

2018年 3月30日(金) ノアの大洪水         +1290日 過越14日-15日 
2014年 9月17日(水) ダニエル12:11            +0日
2013年 5月15日(水) ダニエル9:24  マタイ24:14    -490日  第一次中東戦争から65年


天におられるわれらの父とキリスト、
死者復活と永遠のいのちを確信させるものです。

全てあらかじめ記されているものです。
これを、福音を信じる全ての方、
救いを待ち望む全ての方に述べ伝えてください。

No title

四季歩さん、こんにちは

面白そうな所ですね! 私も行きたくなって調べてみたのですが、高崎線の北鴻巣駅から徒歩1時間位の所のようですね。ううん、青春18きっぷの季節にでも行きたいです。

さて、例の鉄剣ですが、文字を素直に読めば、ヤマト政権のことは書かれていませんし、比定した天皇名もこじつけのように見えますので、やはり、古畑氏の書いている通り、関東にも大王が居たと言うのが正解のような気がします。と言うか、この古墳の存在自体が、少なくとも、ヤマトとは関係ない大王がいたことを示していると思いました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
鉄剣の件ですが、WIKIによると、諸説あるとことわった上で、
ワカタケル大王に雄略天皇を比定しています。
あと、雄略天皇か欽明天皇かの論争もあると、
博物館資料にもあります。
私の記事は、一応博物館の資料で書きました。
諸説論争があるということを書かなかったのは、
まずかったな、と思っています。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop