芝大神宮

20130519

昨日は、カミさんが介護から解放されて、大学のときの友人が名古屋から来て銀座で会うというので、途中まで一緒に行き、ここにお参りして、その後品川プリンスシネマで「舟を編む」を見て、友人と東京駅で別れたカミさんと合流、新丸ビルで夕食を食べました。

芝大神宮は東京十社に入っている神社です。

祭神は天照皇大御神と豊受大御神。
相殿神として源頼朝公と徳川家康公

武蔵国日比谷郷に鎮座していたことから「日比谷神明(日比谷神明宮)」と、また飯倉御厨(後の武蔵国飯倉庄)に鎮座していたことから、「飯倉神明(飯倉神明宮)」と、さらに芝の地に住民が居留して町の様相を呈するに及び「芝神明(芝神明宮)」とも称されるに至った。また別に、伊勢神宮の内外両宮の祭神を祀ることから、関東における伊勢信仰の中心的な役割を担い、「関東のお伊勢様」とも尊称された。明治維新にあたり、政府の教部省、太政官正院並びに東京府の許可のもと、明治5年8月30日(1872年10月2日)より、現今の神社名である「芝大神宮」を称す。

歴史としては、武蔵国に置かれた伊勢神宮の御厨である「飯倉御厨」(『神鳳鈔』)に創祀された神明社に起源を持つとされ、当初は飯倉山(現港区芝公園)に鎮座していた。
武将の信仰としては、源頼朝、足利尊氏の実弟直義、太田資長(道灌)、北条氏直、豊臣秀吉、徳川家康の名が上がる。
慶長3年(1598年)8月、増上寺が当神社の旧鎮座地(芝公園)へ移転することとなったため、現在地(港区芝大門)へ奉遷した。
市井においては、東海道沿線で江戸市中と市外の境界線上(近くに金杉橋あり)に鎮座し、増上寺も隣接することから、江戸時代に入って参詣者が増え、江戸から出府する旅人にとっては道中無事を、入府する旅人にとっては道中無事の報賽をといった祈願が行われた。さらに江戸時代にはお蔭参りといわれる伊勢神宮への参拝が数多く見受けられるが、高額な旅費と長期間の旅程を要し、容易に行うことは難しかったため、代わりに伊勢神宮の祭神を祀り江戸市中に鎮座する当神社への参詣者が増えていったと考えられる。

地下鉄「大門」駅から歩いて数分です。
場所が場所だけにビルに囲まれてしまっています。
130519shiba01.jpg


大きい鳥居がそびえている。
130519shiba02.jpg


130519shiba03.jpg


社標
130519shiba04.jpg


狛犬は愛嬌ある顔
130519shiba05.jpg


こちらのは、角が生えていますね。
130519shiba06.jpg


巻き毛が美しい、立派な狛犬でした。
130519shiba07.jpg


手水舎
130519shiba08.jpg


柱が6本あるんですよね。
130519shiba09.jpg


傍の説明によると、四本柱の外側に棟持ち柱を立てた神名造りの様式なのだそうです。

拝殿
130519shiba10.jpg


千木と鰹木が立派です。
千木は祭神が女性(天照大御神)なのを表わす「平削ぎ」となっています。
130519shiba11.jpg


拝殿は厳かな造りになっています。
130519shiba12.jpg


神紋は「右三つ巴」です。
130519shiba13.jpg


本殿は、木に隠れてほとんど見えませんでした。
130519shiba14.jpg


拝殿の横に、柳生宗矩の言葉が貼ってあった。
130519shiba15.jpg


絵馬の種類が多くて、つい撮ってしまった。
130519shiba16.jpg


130519shiba17.jpg


130519shiba18.jpg


130519shiba19.jpg


力石
これは五十貫余あり、明治時代の有名な力持ち力士「金杉藤吉」が片手で差し上げたというもの。
130519shiba20.jpg


星野立子氏、星野椿氏、星野高士氏三代の句碑がありました。
130519shiba21.jpg


そよりとも風はなけれど夜涼かな/立子
千年の神燈絶えず去年今年/椿
界隈のたらだら祭なる人出/高士

生姜塚
当神社創建の時代、周辺には生姜畑が繁茂していたため、これを神前に供えたといい、その撤下を食すと風邪に罹りにくくなるとの評判が生じ、爾来、例祭期間中に生姜を授与するようになったといいます。
130519shiba22.jpg


大きな灯篭があったので、銘文を見ると大正5年に建てられたもの。
130519shiba23.jpg


親子獅子が彫られている。
130519shiba24.jpg


「貯金塚」なるものがあった。

説明
130519shiba25.jpg


説明を読むと、関東大震災の折、政府は混乱を恐れただちに「支払猶予令」を布いたが、その中でひとり預金の全額払い戻しを断行した銀行があった。
その名は「不動貯金銀行」といい、頭取は牧野元二郎氏であった。
現在のりそな銀行(旧あさひ銀行・旧協和銀行)につながる銀行だそうである。

貯金塚
130519shiba26.jpg


武者小路実篤の書
130519shiba27.jpg


その下に大黒さんの絵が彫られている。
130519shiba28.jpg






スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

芝大神宮ですか、初めて名前を聞きました。どこかと言うことで調べたら、大通りから少し離れた所なのですね。芝増上寺からの帰りは大門を通って浜松町駅に行くので、何回か、あの辺りを通った筈なのですが、全く気がつきませんでした。

写真では円形の絵馬と、「め」の絵馬がいいですね!!

matsumoさん

コメントありがとうございます。
素直にうれしいです(笑)
いつもmatsumoさんの記事から、こういうところも
あるのか、と教えてもらってばかりですから。

私も増上寺ばかりだったんです。

絵馬の種類が多いのには、ほんとにびっくりしました。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop