所沢市山口地区を歩く(2)

20130530

5月28日(火)に、歩いてきた歴史クラブ企画の、前日の記事の続きです。
山口城址近くのファミレスで昼食休憩のあと、「中氷川神社」に向かいました。

中氷川神社(山口)
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中氷川神社は埼玉県所沢市内に三ヶ島と山口に2社あるそうです。中氷川神社の「中」の意味は、大宮氷川神社と奥氷川神社(東京都西多摩郡奥多摩町)の中間、大宮氷川神社と武蔵国の国府(東京都府中市)の中間などの説があります。

祭神は、大宮氷川神社同様、須佐之男命、稲田姫命、大己貴命の3神を祀り、七社大神が加えられています。これは山口貯水池の湖底に埋もれた旧勝楽寺村鎮座の七社神社(八坂神社、秋葉神社、市杵島姫神社、諏訪神社、日枝神社、浅間神社、稲荷神社)を合祀したものです。

崇神天皇御代の創建と伝えられる。 平安時代末期に山口家継が社殿造営し、その後兵火により焼失したが、天正年間(1573年~1593年)に山口高忠が山口城とともに再興した。
昭和20年(1945年)には連合国軍最高司令官総司令部民間情報教育局初代局長のケン・R・ダイク准将が当社の祭礼を視察しました。全国の神社の中より、宮内省雅楽部多忠朝氏の琴を始めとする五人の部員が奏で、氏子の少女四人が浦安舞を舞う、当社の臨時例大祭を視察したことは、当時の日本政府に於いては固唾を飲む重大事でした。

大きな鳥居をくく゛ってから、参道が長く続きます。
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もう一つ鳥居があり、直角に曲がると拝殿が見えます。
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手水舎
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拝殿の前の石段わきに、所沢市の巨木に認定されている、杉の巨木がそびえています。
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拝殿
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御本殿
出雲大社造(心の御柱二十五尺)です。
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神紋は「右三つ巴」です。
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七社神社が分けて鎮座されていました。
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和魂宮
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扉がひらいていて、ご神体の鏡と御札がたくさんはってある壷のようなものがおいてありました。
Wikiで和魂について調べてみると、荒魂(あらたま、あらみたま)・和魂(にきたま(にぎたま)、にきみたま(にぎみたま))とは、神道における概念で、神の霊魂が持つ2つの側面のことである、とあります。
荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂である。天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きである。神の祟りは荒魂の表れである。それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護は和魂の表れである。
荒魂と和魂は、同一の神であっても別の神に見えるほどの強い個性の表れであり、実際別の神名が与えられたり、皇大神宮の正宮と荒祭宮といったように、別に祀られていたりすることもある。人々は神の怒りを鎮め、荒魂を和魂に変えるために、神に供物を捧げ、儀式や祭を行ってきた。この神の御魂の極端な二面性が、神道の信仰の源となっている。また、荒魂はその荒々しさから新しい事象や物体を生み出すエネルギーを内包している魂とされ、同音異義語である新魂(あらたま、あらみたま)とも通じるとされている。
和魂はさらに幸魂(さきたま、さちみたま、さきみたま)と奇魂(くしたま、くしみたま)に分けられる(しかしこの四つは並列の存在であるといわれる)。幸魂は運によって人に幸を与える働き、収穫をもたらす働きである。奇魂は奇跡によって直接人に幸を与える働きである。幸魂は「豊」、奇魂は「櫛」と表され、神名や神社名に用いられる。
また、人間の心は、天と繋がる一霊「直霊」(なおひ)と4つの魂(荒魂・和魂・幸魂・奇魂)から成り立つという考え方があり、一霊四魂(いちれいしこん)と呼ばれる。

祭神の須佐之男命が二極の面を持っていて、非常に荒々しい面と、農業・水利の神とされているように豊穣をもたらす神の側面を持っています。

勝軍地蔵尊の碑がありました。
柱石の上部に甲冑を着て錫杖を持ち、馬に騎乗する形の勝軍地蔵尊を浮彫りしてあります。
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この日、午前中に見た佛蔵院にもありました。愛宕権現は山岳信仰と修験道が融合した神仏習合のかたちであり、イザナミを垂迹神とし、地蔵菩薩を本地仏としています。
ただ、神社境内に存在するのは珍しいようです。

ここから次の狭山不動尊に向かう途中、「六斎堂」があったので、ちょっと立ち寄りました。

六斎堂
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月の内、決まっている六つの斎日に「斎戒謹慎」する信仰です。

ご詠歌
南無大悲むつのちまたを照らしつつ導きたまふ法のかしこき
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狭山不動尊
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この寺は、天台宗別格本山で、山号は狭山山、寺号は不動寺。本尊は不動明王。埼玉西武ライオンズが必勝祈願を行う寺として知られます。
1975年 (昭和50年) 西武グループが各地のプリンスホテルを開発する際に、芝増上寺をはじめとする各地の文化財をこの地に集め、西武鉄道グループが、当時のオーナーであった堤義明と親しかった寛永寺の助力により、天台宗別格本山として建立した。

1975年の開山と新しいが、建物は余所から移築した由緒あるものが殆どです。空襲などで荒廃した増上寺から焼け残ったものを文化財保護の為に移した徳川家霊廟に縁の物が中心。

勅額門(国重文)増上寺 台徳院=徳川二代将軍秀忠霊廟から
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この額が後水尾天皇の手によるものなので勅額門
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ここから石段を上がると、御成門(国重文)増上寺 台徳院=徳川二代将軍秀忠霊廟から
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飛天など華麗な彫刻が施されている。
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天井には天女の図がありますが、このように全景を撮ろうと思ったら、門の背後に回って低い位置からカメラを構えないと撮れません。
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本堂、元は京都本願寺から移築の物だったが焼失、現在はコンクリ製。
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ぐるっと石灯篭が囲んでます。
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本尊の不動明王
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本堂内に西武ライオンズ選手の奉納絵馬がありました。
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代表として、渡辺監督の絵馬を紹介
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第一多宝塔、大阪の旧畠山神社から移築
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桂昌院宝塔、増上寺徳川家霊廟から移築
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羅漢堂山門、田中平八郎邸から移築
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羅漢堂、井上馨邸から移築
周囲を取り巻く大量の唐金灯篭は増上寺徳川家霊廟から移設。
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大黒堂、奈良の極楽寺から移築
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康信寺、西武グループの堤康次郎氏の法名に因んで名づけられた模様
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桜井門から出ました。奈良の桜井寺から移築されたものです。
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山口観音
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金乗院(こんじょういん)といいます。真言宗豊山派に属し、山号は吾庵山、寺号は放光寺。本尊は千手観音で山口観音とも称される。

この寺は、古くから観音信仰の霊場として知られ、観音像や観音堂は寺伝によれば奈良時代の僧行基によって弘仁年間(810年~824年)に開かれたと伝えられ、この寺はその別当寺であった。鎌倉時代末期新田義貞が鎌倉を攻めた際には、この寺に祈願したといいます。

西武遊園地や球場は勿論の事、狭山湖や多摩湖すらなかった頃から、この地にあった名刹というわけです。

で、現在の山口観音ですが、山門、本堂辺りはいたって真面目。 ただ、本堂の外壁にマニ車が取り付けられている辺から、???となり、見て回るほどに思わずのけぞってしまう摩訶不思議な寺となっておりました。

手水舎にも、おなじみの龍でなく観音様がいらっしゃいます。
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新田義貞公霊馬舎
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本橋俊男氏の百頭の馬の彫刻
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馬を描いた奉納絵馬がたくさん掲げられていた。
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本堂
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本堂にもたくさんの立派な絵馬が奉納されていた。
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本堂の外壁にマニ車が取り付けられており、これを回しながら願い事を唱えて一周します。そう云われたらやりますよね(笑)
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上には、弘法大師の一生を描いた絵馬が飾られていました。
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本堂の裏側中心のところに、「裏観音」を拝めるようになっていました。
これは、本尊の千手観音が33年ごとのお開帳のときしか拝めないため、藤原時代に同じお姿の観音様を彫り、裏側に安置して拝めるようにしたものだそうです。
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山口七福神なる派手な構造物
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おびただしい数の水子地蔵のなかを上っていくと、朱塗りのデカイ塔が見える。八角の五重塔です。
千躰観音堂です。
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さらにその塔の足元を囲うようにして仏国窟というトンネルがあります。
四国八十八ケ所と西国三十三ケ所の移し霊場です。
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私は、こういうのを見ると全部欲しくなるんです。一つひとつ撮り始めましたが、時間がありません。また撮りにいきます。
上には上りませんでしたが、1層から4層までは棚が設けられ、観音像が奉納されている。 観音像は木製と陶器、彩色陶器の3種類がある。これらが壁面を覆っているようです。
情報によれば千躰観音堂とはいうものの実際にはまだ千躰集まっていないようです。そして最上階には以前ここに建っていたという大日如来の仏頭のみが飾られているそうです。
で、身体は何処に行ってしまったのかといえば、「鉄砲の弾になっちゃった」との事です。

加持祈祷に使われる水の井戸
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八体守護仏
十二支の方向に八体の仏が居るとされており、生まれ年の本尊となる仏が決まっています。
私は酉年なので、この考えの守護仏は不動明王です。それで「関東36不動めぐり」とかをしているんです。
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全部撮ってきましたが、二体紹介しておきます。
カミさんは亥年なので、阿弥陀如来
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不動明王
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帰りがけに、閻魔堂があるのに気付きもあわててお参り。
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これで予定を全部クリアして、西武球場駅にたどりつきました。
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ここ、山口地区は、比較的近いのですが、狭山不動尊を除いて初めてのところばかりで、実に新鮮でした。
とても楽しかった。

(了)



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

狭山不動尊、文化財的なものが集まっていて面白そうですね。それにしても、芝・増上寺のものが沢山、あるのには驚きました。ううん、お寺の敷地を買ってホテルを建てたので、そこにあったものを移築したのでしょうか。

上記では唯一、行ったことがあるのは「山口観音」です。と言うのは、ここ、武蔵野七福神の1つで、それをまわった際に行ったと言うわけです。ですから、七福神御堂の七福神像も「1ヶ所七福神」と言うことで撮影しました。

そんな歴史的なところだったとは!

所沢の山口地区がこんなにも歴史的なところだったとは知りませんでした。
所沢駅周辺を見ると歴史的なものがあまり見られないし、開墾具合からすると明治になってから開かれたような町並みのように思ってました。
それにしても増上寺から移されたものが多いんですね。
廃仏毀釈で取り壊されそうになったり、戦争で焼け出されたりで難を逃れたものが移されたのかもしれませんが、よく考えたらかつて増上寺だった敷地の多くはプリンスホテルになってますから、狭山の方に移されていてもおかしくはないのかもしれませんね。

コメントありがとうございます

matsumoさん
以前、狭山不動尊に来たときは、いきなり派手な門だったりして、
なんだか変な感じに思いました。
しかし、いま色々と歴史を学んでいると、秀忠などと
ゆかりのものということになると、やはり大切に
残されているのは、ありがたいと思います。

武蔵野七福神は知らなかったので、調べてみると
面白そうですね。
範囲が広いので、大変だと思いますが。

ブドリさん
私は、いままでは鎌倉街道関連して、山口城址くらい
しか頭にありませんでした。
ですが、今回回ってみてとても楽しかったです。
増上寺にもよく行くので、あそこから狭山不動尊に
こんなに移っていることがわかると、
大事に残してもらいたいと思いました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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