二荒山神社中宮祠

20130615

昨日14日(金)に、歴史クラブの「関八州式内社勉強会」に参加しました。
前回まで三回上野国延喜式内社を廻り、今回から下野国延喜式内社となります。
第一回目は、「日光二荒山神社・中宮祠」、「日光二荒山神社・山内」、荒樫神社、大前神社を廻りました。
その最初の記事となります。
参加者は21名、中型バスをチャーターして、狭山市駅前を7:00に出発。
台風3号が襲来ということで気がもめましたが、熱帯性低気圧に変わり、天気予報は雨のち曇り。

中禅寺湖わきの、日光二荒山神社・中宮祠駐車場に着いたときは、まだ小雨がパラパラしていて、傘を片手の見学となりました。

中禅寺湖の上にも、まだ暑い雲が覆っていました。
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湖わきの銅鳥居から参拝を始めました。
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石段を上がったところで、振り返る。
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そこに水神の碑が。
中宮祠渡船組合が、湖の水神に感謝の誠を捧げ、安全を気祈願して大正10年に建立したもの。
祭神は「水波能売神」
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そこから石段を上がると「八脚門」
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八脚門をくぐると、広場に出ます。正面に唐門。
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ここで、日光二荒山神社・中宮祠について、おさらい。
中禅寺湖の北岸、男体山山麓の景勝の地に鎮座する神社で、参拝が困難な事から麓に中宮祠を建立。男体山の山頂にあるこ荒山神社奥宮と、ニ荒山神社本社の中間にあるので、中宮祠と呼ばれている。延暦3(784)年、日光山内にある勝道が山頂をきわめたあと、ここに二荒権現をまつる社殿を建てたのがはじまりである。
式内社(名神大社)論社、下野国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
正式名称は二荒山神社であるが、宇都宮市の二荒山神社(ふたあらやまじんじや)との区別のために地名を付して、「日光二荒山神社」と呼ばれる。

日光三山は男体山(なんたいさん)=古名を二荒山(ふたらさん)・女峰山(にょほうさん)・太郎山からなり、当社はそれぞれに神をあてて祀っている。
主神・大己貴命(おおなむち命・オオクニヌシ神・男体山の神)
妃神・田心姫命(たごりひめ命・女峰山の神)
子神・味耜高彦根命(あじすきたかひこね命・太郎山の神)

ニ荒の名も男体山と女峰山の二荒(ニ現)神をフタアラと呼んだのに由来するという。他に観音菩薩が住むとされる「補陀洛山(ふだらくさん)」が訛った説等があります。
ちなみに「ニ荒」を音読して「日光」の名を生んだとされています。

手水舎
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「幸の湖に魚を放ちたるの碑」
幸の湖は中禅寺湖の別名。明治のころ、それまで魚が住んでいなかった湖に宮司が魚を試しに放ったところ、育った。そのことを感謝する碑。
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唐門の前の狛犬。
境内には三組の狛犬が居るが、これが一番新しい。
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唐門
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唐門にも魚の装飾が
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唐門の透かしが美しい。左手が拝殿。
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唐門をくぐると、最初に「登拝門」に向かいました。
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ここの鳥居の神紋が何故か、他の場所の神紋と逆なんですね。
他の場所は全て「右三つ巴」なのに、ここだけ「左三つ巴」なんです。
(左、右の言い方は論争となっています。私は神社検定のテキストの説明どおりにしています。時計方向の右周りを「右三つ巴」としています)
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このことは、来る前からわかっていたので、その理由を宮司さんに尋ねました。
定説は無いそうです。
その上で、教えてくれたのは、
第一の説:江戸時代に出来たものは、全部「右三つ巴」。東照宮設営以来幕府の管理下になった。
第二の説:「登拝門」の向こうは「神域」なので、あそこだけ神域から見て正しく見えるように、向きを逆にした。

男体山大蛇御神像(愛称きんぴん大蛇)
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神社公式サイトの説明(ちと長い):
日本昔話に「戦場ヶ原の伝説」があります。むか~し、むかし、男体山の神が大蛇に変じ、赤城山の神がムカデに変じて領地争いを行ったといわれます。
赤城山のムカデに攻め寄られた時、弓の名手「猿丸」の加勢を受けて、男体山の大蛇はみごと赤城山の大ムカデを撃退し勝利しました。
戦いが行われた所を「戦場ヶ原」、血が流れた所を「赤沼」、勝負がついた所を「菖蒲ヶ浜」、勝利を祝い歌った所を「歌ヶ浜」、と言い奥日光の地名になっております。
負傷したムカデは退散して、弓矢を地面に刺したところ、湯が噴き出しその湯で傷を癒したので「老神温泉」と言われております。
大蛇を「オロチ」とも言いますが、「オ」は峰・「ロ」は助詞、「チ」は神霊を意味し、古代人は蛇のとぐろを巻いた姿が山に見えることから、オロチを山の神と称えたと言われます。
勝利した男体山の大蛇は「勝利」・「金運」の守護神とされます。
この由縁より黄金の大蛇にあらゆる願いを込め、特に金運がついて、ぴんぴん元気で過ごせます様に、祈りを込めて、愛称を「きんぴん大蛇」と名づけました。

登拝門前の狛犬。古式を感じさせる、いかめしさがいいですね。
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登拝門は、参拝するようになっていますが、ここから男体山に上る入山口でもあります。
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登拝門の中に入ると、登山道がはじまっています。
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「靴清め所」
古く、わらじを履いて登拝した頃は、神聖なる山の土を門の外に持ち出さぬよう、ここでわらじを履き替えていたとか。今は、ここで靴をきれいにして、降りることになっているそうです。
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登拝門を出て、本殿を拝す。
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本殿の彫刻がかわいい(笑)
タツノオトシゴの様な龍が顔をくっつけている。
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拝殿から本殿への回廊の外に狛犬が。昔は回廊が無く、本殿の前に居たのであろう。
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その横にある銅灯篭
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六面に可愛い獅子が
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本殿前の反対側の狛犬
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こちらのには角があるのだが、それが丸くてかわいい角だった(笑)
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樹齢1100年、栃木県天然記念物の「いちい」
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「さざれ石」 ここのは、だいぶ一体化が進んでいて岩になりかけていた。
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境内に七福神があるということで、こういうのは全部きちんと撮らないと気が済まない(笑)
全部撮りました。
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弁財天のところは、銭を洗えるようになっていた。
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牛石と巫女石
明治5年まで、中禅寺湖畔は「女人禁制・牛馬禁制」だったといいます。この禁を破った巫女は「巫女石」に、牛は「牛石」になったと云われています。
この話は、事前に手に入れていて、こういう話が私は大好きなので、この写真を撮るのを楽しみにしていました。
ところが、在る場所を事前にきちんと調べておかなかったのが間違いのもとでした(泣)
まず、銅鳥居から上がったところに「牛石」が。
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ここにあった説明では、「明治以後いつの間にか無くなってしまっていたものを、人々の努力で復元したもの」との神社の説明がありました。

それで「巫女石」はどこにあるかと、宮司さんに教えてもらい、「日光二荒山神社・中宮祠」から「日光二荒山神社・山内」に移動するときに、バスを止めてもらい撮影しました。
場所は一の鳥居でした。
私の聞き方が悪かったのでしょう。
「あれれ。これも牛石?!」
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ここの栃木県の説明では、「この辺を道路工事したときに出てきた石で、無くなってしまっていた牛石の顔の部分とみられる」とありました。

現在「牛石」は2つあるわけです。銅鳥居から上がったところと、一の鳥居の脇。

混乱している私の頭。バスが動き出して、また大きな鳥居があり、そこに石があるのがチラッと見えました。
が、またバスを止める勇気は私には無かった(苦笑)

家に帰ってから調べると、その鳥居は「大鳥居」と呼ばれているもので、そこにあるのがまさにチラッと拝見した巫女石でした。
この写真は、他所でいただいたものです。
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また、あっちに行ったときに、自分でも写真を撮ろうと、楽しみに待つことにしました。

次回は「日光二荒山神社・山内」からの記事になります。

(続く)


いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

中宮祠って、聞いた覚えがなかったので、どこかと思ってガイドブックを調べたら、男体山の登山口の神社なのですね。以前、何回か、戦場ヶ原に行ったことがありますが、竜頭の滝だったかのバス停に行く途中、バスから見ていた所です。あ、その時は、あそこから男体山に登るのだと言う意識しかありませんでした。

上の写真では、牛石がユーモラスな感じでいいですね。さざれ石って、結構、見かけますね。確か、大塚駅近くの天祖神社内にもありました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
matsumoさんは自然破ですからね。
戦場ヶ原とか竜頭の滝が似合いますね。

さざれ石は、色々なところにありますね。
都内では神田明神、赤坂日枝神社、
鎌倉の東慶寺にありますね。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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