荒橿神社

20130617

14日(金)に、日光二荒山神社本社からバスで移動しました。茂木の町から神社のある高藤山に入るところでバスの通れる道を探して上がりはじめ、もうここからは無理だと歩き始めました。そこへ土地の人が車で下りてきて、もうちょっと行ったら少し道が広くなるので、このバスならなんとか行けると。
それで無事に神社のところにバスで到着。
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入り口のところの説明板には、こうあります。
大同元年(806年)、茂木桔梗城主の鬼門除社として城の丑寅の方、字高藤山に創祀されたと言われている古社です。
国常立尊、国狭槌尊、豊斟渟尊の三神が祀ってあり、延喜式神社に列しています。
境内は県指定天然記念物である「荒橿神社のケヤキ」をはじめ、樹齢数百年のスギ、カシなどに囲まれ、夏でも薄暗くひやりとし、平安の神威をさそってくれます。
(環境省・栃木県)

石の鳥居
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参道は、一直線で両側に巨木が並んでいます。
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県指定天然記念物である大ケヤキ
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風格のある、堂々とした、拝殿の前の狛犬。
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拝殿
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本殿
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神紋は「菊」と「右三つ巴」ですね。
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何の倉でしょうか?
壁が全て木で、窓の造りが面白い。
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三重塔(阿弥陀堂)の初層のみが残っていた。
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これはどういうことなのか?
神社に阿弥陀堂、三重塔はおかしい。別当寺が廃仏希釈で無くなったのかな?

現地の説明板(平成2年茂木町教育委員会)には以下のようにあった。
荒橿神社三重塔(現阿弥陀堂):
この三重塔(現阿弥詑堂)の創建については、桔梗城が完成した元弘3年(1333)戦勝祈願のために「三階堂阿弥陀堂」を建立したという説があるが、それを確認できる資料的な裏付けは全くない 。
昭和63年阿弥陀堂詳細調査を行う。その結果、最も重要な上層の組上げ工法から、細部の様式に至るまで、下野西明寺三重塔(天文12年/1543)との共通点が多く、時期的な近さが感じられる。
さらに、本塔は全体として簡略化された部分が目立つことなどから、西明寺三重塔より若干時期が新しい可能性が強い。それを裏付けるものとして、阿弥陀堂に安置されていた阿弥陀像の体内に残された墨書に永禄7年(1564)銘があること等から、この阿弥陀堂の創建は永禄年間(1558-70)と推定しても良いであろう。
(以下略)

説明板に載っていた三重塔の図
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どうして壊れたのか、どうして壊されたのかはわからん・・・・・・?
そこにこだわったのは、一昨年に長野県佐久市臼田町にある、佐久一之宮・新海三社神社を訪れたときに、ちょっといい話を聞いていたからである。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-795.html

廃仏希釈で壊されたのなら残念だなと思い、家に帰ってから調べた。

そしたら、いろいろな事がわかってきた。

まず、入り口にある栃木県の説明ですが、
「大同元年(806年)に創祀された」はいいとして、
「茂木桔梗城主の鬼門除社として創られた」とあるのですが。

茂木桔梗城は築城年代は定かではないが建久年間(1190年~1199年)に茂木三郎知基によって築かれたと云われています。 茂木氏は八田知家が源頼朝より得た下野国茂木保の地頭職を三男知基に譲り、茂木氏を名乗ったことに始まる、と。
八田知家が建久3年(1192年)築城し、茂木氏と称した、と書いたものもあります。
これより早くに築かれたというものはありませんでした。
延喜式神名帖は、延喜5年(905年)に作業が始まり、延長5年(927年)発行なので、
延喜式に載るためには、これより早くに存在しなければなりません。

なので、わからないところがありますが、
「茂木桔梗城主が鬼門除社として信仰した」というのは確かでしょう。

阿弥陀堂が壊れたのに関しては、近くの古老の話を載せているサイトがありました。
それによると、戦後には初重の状態であった、その原因は杉の大木が倒れ塔を直撃したからである、
というものでした。
ともあれ、廃仏希釈で破却された、というような無残な話は見当たらなかったので、その点はホッとしている。

ここの次の、真岡市にある「大前神社」は次回記事とします。

(続く)


いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html




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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

茂木と言う地名も、神社の名前も聞いた記憶がなかったので、どこか調べてみましたが、なるほど、真岡鉄道の茂木駅がある場所ですか。ううん、この辺り、全く行ったことがありません。

さて、神社ですが、写真で見た限りでは、村社を立派にしたような感じですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私も、あの辺はまったく初めてでした。
こういうのも良いですね。
なにしろ関八州すべて回りますから。

延喜式内社は、たしかに古くて由緒あるのは確かですが、
だからといって、栄えている保証はありませんからね。

いろいろなものがありますね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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