古事記を知る(20)

20130812

4-3 根の国訪問
 故随詔命而参到須佐之男命之御所者。其女須世理毘賣出見。爲目合而相婚。還入曰其父。言甚麗神來。爾其大神出見而。告此者謂之葦原色許男。即喚入而。令寝其蛇室。於是其妻須勢理毘賣命。以蛇比禮
二字以音授其夫云。其蛇将咋。以此比禮三擧打撥。故如教者。蛇自靜故。平寝出之。亦來日夜者。入呉公與蜂室。且授呉公蜂之比禮。教如先故。平出之。亦鳴鏑射入大野之中。令採其矢。故入其野時。即以火廻焼其野。於是不知所出之間。鼠來云。内者富良富良。此四字以音外者須夫須夫此四字以音如此言故。踏其處者。落隠入之間。火者焼過。爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。
 於是其妻須世理毘賣者。持喪具而哭來。其父大神者。思巳死訖。出立其野。爾持其矢以奉之時。率入家而。喚入八田間大室而。令取其頭之虱。故爾見其頭者。呉公多在。於是其妻以牟久木實與赤土授其夫故。咋破其木實。含赤土唾出者。其大神以爲咋破呉公唾出而。於心思愛而寝。爾握其大神髪。其室毎椽結著而。五百引石取塞其室戸。負其妻須世理毘賣。即取持其大神之生大刀與生弓矢及其天詔琴而。逃出之時。其天詔琴拂樹而地動鳴。故其所寝大神聞驚而。引仆其室。然解結椽髪之間。遠逃。故爾追至黄泉比良坂。遙望呼謂大穴牟遅神曰。其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追伏坂之御尾。亦追撥河之瀬而。意禮
二字以音爲大國主神。亦爲宇都志國玉神而。其我之女須世理毘賣爲嫡妻而。於宇迦能山三字以音之山本。於底津石根宮柱布刀斯理。此四字以音於高天原泳椽多迦斯理此四字以音而居是奴也。故持其大刀弓。追避其八十神之時。毎坂御尾追伏。毎河瀬追撥而。始作國也。
 故其八上比賣者。如先期美刀阿多波志都。
此七字以音故其八上比賣者。雖率來。畏其嫡妻須世理毘賣而。其所生子者。刺挟木俣而返。故名其子云木俣神。亦名謂御井神也。

(読み)
 カレミコトノマニマニスサノヲノミコトノミモトニマヰタリシカバ ソノミムスメスセリビメイデミテ マグハイシテミアヒマシテ カヘリイリテソノミチチニ イトウルハシキマヰキツトマヲシタマヒキ カレソノオホカミイデミテ コハアシハラシコヲトイフカミゾトノリタマヒテ ヤガテヨビイレテ ソノヘコノムロヤニネシメタマヒキ ココニソノミメスセリビメノミコト ヘミノヒレヲソノヒコヂニサヅケテノリタマハク ソノヘミクハムトセバ コノヒレヲミタビフリテウチハラヒタマヘトノリタマフ カレヲシエノゴトシタマヒシカバ ヘミオノヅカラシズマリシユヱニ ヤスクネテイデタマヒキ マタクルヒノヨハ ムカデトハチトノムロヤニイレタマヒシヲ マタムカデハチノヒレヲサズケテ サキノゴトヲシヘタマヒシユヱニ ヤスクテイデタマヒキ マタナリカヅラヲオホヌノナカニイイレテ ソノヤヲトラシメタマフ カレソノヌニイリマシトキニ スナハチヒモテソノヌヲヤマメグラシツ ココニイデムトコロヲシラザルアヒダニ ネズミキテイヒケルハ ウチハホラホラ トハスブスブ カクイフユヱニ ソコヲフミシカハ オチイリカクリシアイダニ ヒハヤケスギヌ ココニソノネズミカノナリカブラヲクヒモチイデキテタテマツリキ ソノヤノハハ ソノネズミノコドモミナクヒタリキ
 ココニソノミメスセリビメハ ハブリツモノヲモチテナキツツキマシ ソノチチノオホカミハ スデニミウセヌトオモホシテ ソノヌニイデタタセバ スナハチカノヤヲモチテタテマツルトキニ イヘニヰテイリテ ヤタマノオホムロヤニヨビイレテ ソノミカシラノシラミヲトラセタマヒキ カレソノミカシラヲミレバ ムカデオホカリ ココニソノミメムクノキノミトハニトヲソノヒコヂニサヅケタマヘバ ソノコノミヲクヒヤブリ ハニヲフフミテツバキイダシタマヘバ ソノオホカミムカデヲクヒヤブリテツバキイダストオモホシテ ミココロニハシクオモホシテミネマシキ ココニソノオホカミノミカミヲトリテ ソノムロヤノタリキゴトニユヒツケテ イホビキイハヲソノムロノトニトリサヘテ ソノミメスセリビメヲオヒテ ソノオホカミノイクダチイクユミヤマタソノアメノノリコトヲトリモタシテ ニゲイデマストキニ ソノアメノノリゴトキニフレテツチトドロキキ カレソノミネマセルオホカミキキオドロカシテ ソノムロヤヲヒキタフシタマヒキ シカレドモタリキニユヘルミカミヲトカスルアヒダニ トホクニゲタマヒキ カレココニヨモツヒラサカマデオヒイデマシテ ハロバロニミサケテオホナムヂノカミヲヨバヒテノリタマハク ソノイマシガモタルイクダチイクユミヤヲモチテ イマシガアニオトドモヲバ サカノミヲニオヒフセ カハノセニオヒハラヒテ オレオホクニヌシノカミトナリ マタウツシクニタマノカミトナリテ ソノアガムスメスセリヒメヲムカヒメトシテ ウカノヤマノヤマモトニ ソコツイハネニミヤバシラヲフチシリ タカマノハラニヒギタカシリテヲレコヤツヨトノリタマヒキ カレソノタチユミヲモチテ カノヤソガミヲオヒサクルトキニ サカノミヲゴトニオヒフセ カハノセゴトニオヒハラヒテ クニツクリハジメタマヒキ
 カレカノヤカミヒメハ サキノチギリノゴトミトアタハシツ カレカノヤカミヒメハ キテヰマシツレドモ カノミムカヒメスセリビメヲカシコミテ ソノウミマセルミコヲバ キノマタニサシハサミテカヘリマシキ カレソノミコノミナヲキノマタノカミトマヲス マタノミナハミヰノカミトモマヲス

(現代語訳)
 そこで仰せにしたがって、須佐之男命の居られる所にやって来ると、その娘の須勢理毘売が出て、大穴牟遅神の姿を見て、互いに目を見かわし結婚なさって、御殿に引き返してその父神に、「たいそうりっばな神がおいでになりました」と申し上げた。そこで須佐之男命が出て一目見て、「これは葦原色許男命(アシハラシコヲノ)命という神だ」と仰せられて、ただちに呼び入れて、蛇のいる室に寝させられた。そのときその妻の須勢理毘売命は、蛇の害を祓う領巾(ひれ)をその夫に授けて、「その蛇が食いつこうとしたら、この領巾を三度振ってうちはらいなさいませ」といった。こうして教えられたとおりにしたところ、蛇は自然に鎮まったので、安らかに寝て、その室を出られた。
 また翌日の夜は、蜈蚣(むかで)と蜂のいる室にお人れになった。こんども蜈蚣と蜂を祓う領巾を授けて、前のように教えた。それで無事にそこからお出になった。また須佐之男命は、鏑矢を広い野原の中に射込んで、その矢を拾わせなさった。そこでその野原にはいったとき、ただちに火を放ってその野を周囲から焼いた。そのとき出る所がわからず困っていると、鼠が現われて、「内はほらほら、外はすぶすぷ(内はうつろで広い、外はすぽまっている)」と教えた。そう鼠がいうのでそこを踏んだところ、下に落ちこんで、穴に隠れひそんでおられた間に、火は上を焼けて過ぎた。そしてその鼠が、先の鏑矢をくわえて出て来て、大穴牟遅神に奉った。その矢の羽は、その鼠の子どもがみな食いちぎっていた。
 そこでその妻の須勢理毘売は、葬式の道具を持って泣きながら現われ、その父の大神は、大穴牟遅神はとっくに死んだとお思いになって、その野に出で立たれた。ところが大穴牟遅神が、その失を持って差出したので、このとき家の中に連れてはいって、広い大室屋に呼び入れて、その頭の虱を取ることを命じられた。そこでその頭を見ると、蜈蚣(むかで)がいっばいいた。このときその妻は、椋の実と赤土とを取ってその夫に与えた。そこでその椋の実を噛みくだき、赤土を口に含んで唾をはき出されると、須佐之男命は、蜈蚣を噛みくだいて、唾を吐き出すのだとお思いになり、心の中でかわいい奴だと思って、眠ってしまわれた。
 このとき大穴牟遅神は、須佐之男命の髪をつかんで、室屋の垂木ごとに結びつけて大きな岩をその室屋の戸口に引きすえ、その妻の須勢理毘売を背負い、ただちに大神の宝物である生大刀・生弓矢、また天の詔琴をたずさえて逃げ出されるとき、その天の詔琴が樹にふれて、大地が鳴動するような音がした。それで眠っておられる大神が、この音を開いてはっと目を覚し、その室屋を引き倒してしまわれた。けれども、垂木に結びつけた髪を解いておられる間に、大穴牟遅神は遠くへ逃げのびて行かれた。
 そこで須佐之男命は、黄泉比良坂まで追いかけて来て、はるか遠くに大穴牟遅神の姿を望み見て、大声で呼びかけて仰せられるには、「お前が持っているその生大刀・生弓矢で、お前の腹違いの兄弟を坂のすそに追い伏せ、また川の瀬に追い払って、貴様が大国主神となり、また現し國魂の神となって、その私の娘の須勢理毘売を正妻として、宇迦の山のふもとに、太い宮柱を深く掘り立て、空高く千木をそびやかした宮殿に住め。こやつよ」と仰せになった。そこでその大刀や弓でもって、兄弟の八十神を追い退けるとき、坂のすそごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追い払って、国作りを始められた。
 さてかの八上比売は、先の約束どおり、大国主神と結婚された。そしてその八上比売は出雲へ連れて来られたけれども、その本妻の須勢理毘売を恐れて、その生んだ子は木の股にさし挟んで因幡へ帰った。それでその子を名づけて木俣(キマタノ)神といい、またの名を御井(ミヰノ)神という。
 (注)
○目合(まぐはい) 目を見合わせて心を通じること。
○蛇の比礼 領巾(ひれ)は、古代の女性が首にかけ、胸に長く垂れた薄い布。領巾は、蛇や蜂などの害をはらう呪力をもつと考えられた。
○鳴鏑 鏑矢のこと。矢の先端につけた鏑に穴をあけ、矢が飛ぶとき音を発するようにしたもの。
○喪具(はぶりつもの) 「はぷる」は「葬る」の古語。葬送に必要な用具。
〇八田間(やたま) 「間」は柱と柱の間隔をいう。柱の間の広いこと。スサノヲノ命は巨人として描かれている。
○生太刀・生弓矢 死人をも蘇生させる呪力をもった、神宝としての大刀と弓矢。
○天の詔琴 神帰(かみよ)せや神の託宣を受けるときに用いる神聖な琴をいう。「天の沼琴」とよんで、「ぬ」を瓊(玉)の意とする説もある。
○坂の御尾 坂のすその長く延びた所。
○嫡妻(むかひめ) 本妻をいう。
○宇迦の山 出雲大社の東北の御埼山をいう。「字迦」は食物.穀物の意。
○底つ石根に この句から「氷椽(ひぎ)たかしりて」までは祝詞に慣用されている。地底の磐石に届くほどの意。○宮柱ふとしり 宮殿の太い柱を立てること。
○氷椽(ひぎ)たかしりて 「ひぎ」は「千木」ともいう。屋根の両端の木が交叉して、棟より上に突き出た部分をい
う。千木を高く立てての意。
○みとあたはしつ 「みと」は「みとのまぐはひ」の「みと」と同語。夫婦の契りを結ばれた、の意。
○御井神 井泉の神。

(解鋭)
 前段に引きつづいて、オホナムヂノ神が、偉大な首長としての大国主神に成長するまでの、波乱に満ちた苦難の道が語られている。根の国は、地下の世界であるとともに、一面では神々の本貫の地としての霊地でもあった。根の国を訪れたオホナムヂノ神が、蛇や呉公・蜂の室に入れられ、また野火攻めに遭う話は、成年式儀礼として若者に課せられるさまざまの苦難と試練とを、神話的に語ったもの。古代社会では、成年式儀礼を終えて初めて結婚が許され、一人前の社会人として、大人の仲間入りが許された。スセリビメを本妻とすることを許されたのは、オホナムチノ神が成年式儀礼を終えたことを示している。
 スサノヲノ命の頭の虱を取らせる場面では、椋の実と赤土が用いられる。これは蛇の比礼などと同様に、邪霊を祓う呪物として用いられたものでしょう。オホナムヂノ神は、医療の神であるとともに、禁厭(まじない)の神でもあった。オホナムヂノ神は、根の固から帰るとき、スサノヲノ命の神宝である生大刀・生弓矢、天の詔琴をたずさえて逃げ帰るが、この物語は、この神がこれらの神宝を手に入れることによって、呪術師・祭司王の資格をそなえたことを語っている。オホナムヂノ神は、根の国のスサノヲノ命のもとで成年式儀礼を終え、さらに呪術師・祭司王としての資格を認められ、葦原中国の首長としての大国主神として新生した。
 なお、オホナムヂノ神が神宝を手に入れて大国主神となる物語は、天孫二二ギノ命が、天照大御神から三種の神宝を授けられて、葦原中国の統治者として天降る物語と好一対となっている。
天皇の系譜につながる大和朝廷系の神の物語と、出雲系の神の物語が、二つのメインストーリーとなっているのである。

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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

これって、何も考えずに読めば、大穴牟遅神は須勢理毘売に助けられているばかりと言う話しですよね。その上、須佐之男命は婿になる男を試すと言うより、ころすのが目的のようですし。加えて、盗んだ武器で、王になりましたし。それにしても、兄弟との旅行で何回もころされましたし、大穴牟遅神って、あまりにも弱すぎる感じがします。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとに、そうですよね。
編纂したのが、大和朝廷の人間で、
スサノオも大国主命も出雲系ですから、
貶めたのでしょうが、ちとひどすぎですよね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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