珠玉/開高健

20130912

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氏の絶筆となった本で、アクアマリン、ガーネット、ムーン・ストーンという3つの宝石を題材にした3つの短編が入っています。
氏は、文章を推敲に推敲を重ねて書いて、命を削ってしまった人だからして、何度読み返しても文章にはうなるばかりです。

アクアマリンを持っていたのは、高田先生という、作家がバーでよく一緒に飲む人。
アパートに一人で住んでいて、何も持っていない人だが、ある日作家にチャブ台に広げてみせてくれる。
「人間本来無一物ですが」と云いながら。
だまって先生の言葉にうなずきながらチャブ台の石の集群に見とれる。泡の入ったのもなく、猫の瞳の入ったのもないが、どの石もこの石も、煌めきわたる。指がちょっとふれただけでたちまち切子の面が新しい光をとらえて反射する。淡い青だけれど薄弱な青ではない。つよい、みごとな、張りつめた煌めきの青で底がない。淡いのに強いのである。それでいて暢達である。のびのびしている。衰弱や未熟の淡さではない。これは海の色の他の何でもないが、北の海ではなくて、まぎれもなく陽光に輝やく南の海のものであろう。それも深海ではなく、童女の微笑のように日光とたわむれる岸近くのさざ波であろう。プランクトンや、卵や、精のひしめきあいを含んでいるはずなのに一切の混濁と執着を排しきっている。

作家は「『文房清玩』とはいい言葉ですね」とためいきをつく。

ガーネットは菜館の店主から作家が借りる。
折に触れ眺めるたびに、その石は色々な緋色を見せる。その色から作家は東南アジアの夕焼けの色、闘魚「ベタ」の色、アラスカのキングサーモンの色を想いだす。その色にまつわる混沌とした事象を想いだす。
たとえば、こうである。
 石はつめたい。凛と張りつめて冷澄である。そこにみなぎる赤は濃くて暗くて、核心部はほとんど闇である。深沈とした激情と見える。どれだけ透かしてみても、泡、亀裂、罅(ひび)、引っ掻き傷など、何もない。石そのもののどこかに明るさがあり、のびやかな華と感じられるが、照り、艶、カット、色価、全体としての石品の何からくるものだろうか。指の腹で愛撫していると、カットの鋭さがヒリヒリとこたえて、いよいよ冷澄に感じられる。石化した焔である。氷の血ともいえようか。しかし、ある朝、革袋からとりだしたとき、なにげなく指でふれると、たちまち曇りがあらわれ、こまかい霜を吹いたようになった。色がくすんだ朱に変った。おやと思って眼を凝らすと、瞬後に曇りは散って、晴れて、朱のくすみが消えた。それは二度と発現しなかった。指の腹で何度撫でてみても、あたたかい息を吐きかけてみても、氷河の雪どけ水の青白い河のなかに明滅するサケの腹は、その婚姻色は、ふたたびあらわれようとしなかった。それは一瞬あらわれ、たちまち消えてしまった。
その石を返したあと、作家はつづやく。
「またしても事物の力に敗れたか」

ムーンストーンは作家が買った石である。
この石のたたえるおだやかな乳白色には〝はんなり″と呼びたいものがある。春のおぼろ月夜に似たそれである。しかし、この石のおぼろさはそれだけではすまなくて、精妙な半透明があるために、〝冷澄″や〝玲隴″が入ってくる。〝はんなり″はどちらかといえば〝人肌″の温感をしのばせるけれど、冷澄なはんなりとか、玲隴としたはんなりとかいう美学はあるものだろうか。肌はつめたいけれど血は熱いという白哲の女がいたら、そうなるだろうか。 その、玲璃の、気高い、澄んだ乳霧のさなかにほの白い章が浮いて、くっきりと浮いて、青く光る。乳霧が青光りで煌めくのである。こうなると清楚を超えて凄みがあらわれる。指さきでいろいろな角度に向きを変えてあそんでいると、どうかしたはずみに、一瞬、暈が消えて清潔な青の燦光が石の内面すべてにみなぎるかと見えることがある。それは瞬後に消えて、煌めきは暈の内部へつつましやかにこもってしまう。こういう無言のたわむれに魅せられる。花の魅力の一つは自身の美しさにまったく気がついていないということにあるかと思われるが、この端麗な小石はさまざまにあそびながら、全身で歓声をあげてはしゃぎたちつつ、ふとだまりこんでしまう。それでいて冷澄に短めきつづけ、無心でありつづける。

もちろん、石が主役ではなくて、その石にまつわった人間が主役です。
開高健の本を読むたびに、その表現力に降参しているので、どういう風に石を表現しているのか紹介したまでです。

最後を飾るのは、新潟の山奥にある山小屋の温泉での若い女性新聞記者との究極の「交わり」である。
これは読んでもらうしかありませんね。
そして、「・・・・・女だったのか」で話は終わります。

蛇足ですが、この本はだいぶ昔に買った本です。
発行日を見ると1990年となっていますから、この年に買ったと思います。
それ以来、宝石は買ったことがありませんが、よく河原から石を拾ってきます。
赤、白、黒は、色や模様の綺麗なものが溜まっていますが、私がいつも探すのは「緑」。
これは良いものが見つからないですね。
気に入って、机の上に置いているのがこれです。
長辺で5Cmちょっとですから小さいものです。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

開高健と言えば、「オーパ!」しか読んだことがないので、てっきり、「釣り好きのオジサン」と言う認識しかなかったのですが、日本アマゾンをチェックしてみると、結構な数の本を出しているのですね。

石と言えば、小学生の頃は、「方解石」とか「黄銅鉱」とか「水晶」の鉱物が好きだったことを思い出しました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
オーパ!を皮切りにして、アイルランド、アラスカ、モンゴル
などの釣り行は、私も大好きで一生懸命録画しました。

彼の小説を読んでないなんて、なんてもったいない(笑)
文章がいいですよ。
すばらしいものです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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