奈良神社(延喜式内社)/埼玉県熊谷市

20131103

10月26日の午後、熊谷図書館で「古代豪族は どのように地域を経営したか」を受講しましたが、その日それではと、熊谷にある式内社に午前中行くことにしました。
とりあえず熊谷の街から離れたところに行っておこうと、407号線沿いの当社に行くことにしました。
407号線というのは、東山道武蔵野路だったと推定されている道です。

「中奈良」交差点から入っていき、なんとか探し当て、そして今度は車を停める場所を求めてウロウロしていて偶然離れたところにある鳥居を発見しました。これが一の鳥居です。
八幡鳥居ですね。
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その道をずっと入っていくと、一対の灯篭、その向こうに鳥居と参道があります。
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二の鳥居もやはり八幡鳥居。
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そして境内の入り口に三の鳥居、両部鳥居です。
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ずいぶんと綺麗な、「奈良之神社」という社額がかかっています。
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拝殿
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拝殿の扁額も「奈良之神社」となっています。よって社名は奈良神社だが、読みは「ならのじんじゃ」となります。
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御祭神は、奈良別命。
合祀が、火産靈命、建御名方命、大國主命、大日孁貴命、彦火火出見命、木花咲耶姫命、素盞嗚命、豊宇氣毘賣命。

社伝によると、仁徳天皇の頃に下野国造となっていた奈良別命(豊鍬入彦命の4世の孫)が任を終えて、当地を開拓。奈良郷を築いたとされる。土民らが、その恩に感じ、徳を慕って当社、奈良神社を創立したという。
中世、熊野信仰の拡大にともなって、この地にも奈良神社と熊野権現の2社が鎮座しており、その後熊野権現を本社とし奈良神社を合祀したという。しかし関東管領両上杉氏の兵火によって社運は傾き、当社を保護していた忍城主成田氏も小田原氏滅亡後に移転し、近世期は長慶寺の支配下となった。

大田原市南金丸にある那須氏ゆかりの古社である那須神社(正式名称は那須総社金丸八幡宮 那須神社)や下都賀郡野木町の野木神社(旧郷社)も奈良別命が創建したという。また佐野市奈良淵町の町名の由来は「佐野は早くから大和朝廷の支配下にあり、豊城入彦命の東征後、奈良別王は下野国造としてこの地を統治し、奈良渕の地名はこれに因んだものという説」もあり下野国との関係が大変深い人物だったようだ。

神紋は「菊の中心に右三つ巴」
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拝殿正面に絵馬があるか、建物の絵が消えかかっていて、よくわからない。
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拝殿内部
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拝殿の屋根には、こんな装飾も。
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本殿は入母屋、妻入り瓦葺。
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本殿には彩色された彫刻が多くて、嬉しくなってしまいますね。
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波と花の彫刻ですが、花の向きが横を向いていたり、向こうを向いていたりと、面白い。
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鳥の彫刻
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獅子
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階段両側の装飾が面白い。
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左右の龍
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波の彫刻
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ぐるっと一回りしました。
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境内社は下記の通り。
国魂神社、八坂神社、怡母社、金山社、天神社、伊奈利社。
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「堅牢墜神」と刻まれた安政四年石塔がありましたが、これは初めてです。
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帰ってから調べましたがわかりません。
「堅牢地神」なら、あるのでその変形ではないかと思います。
堅牢地神(けんろうじしん)は、仏教における天部の神の1柱で大地を司る。通常は女神であるが密教では男神と一対とする。十二天の一である地天と同一視される向きもある。
堅牢地天、堅牢地祇、あるいは単に堅牢と呼ばれる場合もある。大地女神として、地の堅牢と神の不壊とに解釈される。つまり大地を堅固ならしめる神である。また仏法が流布される処に赴いて、その仏・如来の法座の下にあって警護するという。
『金光明王経』八堅牢地神品には、資材珍宝伏蔵及び、神通長年妙薬を求め、衆病を治癒医療する。
また怨敵を降伏させ、諸々の異論を制御せんとする時、浄室において道場を安置し、身を沐浴し、鮮潔の衣をまとい、草座の上にうずくまり、仏舎利尊像がある前、または舎利制底ある所にて、焼香・散華・飯食供養し、白月八日布灑星合する時に請召するとある。
また密教では、金剛界曼荼羅の四執金剛神の一尊である地天と同一視する。
胎蔵界曼荼羅では堅牢地神として外金剛部院に男性神とその后が配列されている。その形像は肉色で男女共に女形をなし、男神は左手に鮮やかな華を盛った鉢を持っている。
この鉢は大地を表し、鮮華は諸物生成の徳を表すとされる。女神は右手を心臓、左手を股にあてる。『覚禅抄』には雲中に坐す姿とし、その他さまざまな異形がある。密教ではこの神を供養(地天供)して地鎮の法を修する。


境内の様子です。
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いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html






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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

何だか、「奈良氏の神社」と言う感じの神社ですね。2匹の龍が丸くなっているのがいいです。後、「奈良之神社」という社額が素晴らしいです!

「堅牢墜神」、私も解釈してみましたが、これは地面の下、つまり、黄泉の国の神様のことを言っているのではないでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
堅牢墜神、持っている資料とかネットで検索しても
わからないですね。
書いたように「堅牢地神」しか。
matsumoさんの書かれた事は、私も強くそんな気がします。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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