笠間稲荷神社(1)/茨城県笠間市

20131111

昨日10日(日)にカミさんと二人で笠間稲荷に出かけました。ここの菊人形が有名だということで、訪ねました。
車で三郷まで行ったら、その先常磐高速は地震のため50Km制限となっていました。おやおやと思いながら走っていると、今度はハイウェイラジオが友部より先が通行止めだと云っています。
友部で降りて、すぐが笠間稲荷なので、事なきを得ました。

そして、お稲荷さんの近くの駐車場に留めて、鳥居を捜したら全然見つからないのです。
おかしいなあ、と思いながら交通整理をしている人に聞いたら、大震災で全部倒れちゃいました、ということでした。それで気が付いたのですが、あの辺の歩道が今でもずいぶんと波打っていますね。
まだ大震災の痕跡は残っています。

さて、鳥居を探しているときに見つけたのが、この大きな灯篭。
ここからお参りを始めました。
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社号標
旧社格は村社で、現在は神社本庁の別表神社となっています。別称胡桃下稲荷(くるみがしたいなり)、紋三郎稲荷とも言います。
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真っ直ぐな参道の両側に仲見世があるのですが、この日はズラッと菊が並んでいました。
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本来は目立っているのでしょうが、参道の両側に菊に埋もれたかたちで狐が並んでいます。
5組10体ありましたが、ここでは4体をご紹介。
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キツネがお使いとして選ばれたのは、稲荷大神が農業神であることと深く結びついています。民俗学者の柳田國男も指摘しているように、日本人には古くから神道の原形として「山の神、田の神」の信仰があります。これは春になると山の神が山から里へ降り、田の神となって稲の生育を守護し、収穫が終えた秋に山へ帰って、山の神となるという信仰です。
キツネも農事の始まる初午の頃から収穫の終わる秋まで人里に姿を見せていて、田の神が山へ帰られる頃に山へ戻ります。このように神道の原形である「田の神、山の神」と同じ時期に姿を見せるキツネの行動から、キツネが神使とされるようになりました。

参道が終り、大きな楼門が見えます。
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手水舎
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なんと、ここにも立派な彫刻が沢山あります。
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重層入母屋造の立派な楼門です。
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楼門の外側には「櫛磐間戸神」「豊磐間戸神」が祀られています。
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内側には二体の「神馬」の像が奉安されています。
白い馬と黒い馬で写真は白い馬ですね。古来から災いなど困ったことがあると、神さまに祈願する人のもとへ、除災招福のために天馬となって、天をかけて飛んで行き、災いを鎮めたと伝えられています。
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楼門を入った右側に、注連縄がかかっていますから、ご神木でしょう。古木があります。
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拝殿向かって右手の二株の藤樹は樹齢四百年、茨城県の天然記念物だそうです。とても見事な藤棚です。
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拝殿
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御祭神は宇迦之御魂神。
当社の御創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)と伝えられています。
その後幾星霜を経て、桜町天皇の御代、寛保3年(1743)には時の笠間城主井上正賢により社地社殿が拡張され、又延享4年(1747)牧野貞通が城主となるや先例により祈願所と定められ、境内地・祭器具等が寄進されました。以来歴代藩主の篤い尊崇を受けました。

往古、この地には胡桃の密林があり、そこに稲荷大神さまがお祀りされていたことから、「胡桃下稲荷」(くるみがしたいなり)とも呼ばれています。また第十三代藩主井上正賢公の一族に門三郎という人がいて、利根川流域を中心に多数の人々に功徳を施し、信仰を広めたことから「お稲荷さんの門三郎」との名声を博し、いつしか門が紋にかわり「紋三郎稲荷」とも呼ばれるようになりました。今日では関東はもとより、全国から年間350万余の人々が参拝に訪れているようです。

拝殿正面の左右に、4枚の絵馬が架けられています。
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それから、拝殿の片方の横に、鳥と龍の彫刻が長い棒の先に立っていました。
当然反対側にもあったはずなのですが、この日は菊人形展あり、大和古流の演武あり、混乱していて確認できませんでした(汗)
帰ってきて調べると、青竜、朱雀(トリ)、白虎、玄武(ヘビガメ)の四神の彫刻だそうです。
残りは、次回訪れたときに確認します。
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拝殿の前にも、「八重の桜」の八重と中野竹子の菊人形が仁王立ちしていました。
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菊も綺麗に飾られています。
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神紋は、「包み抱き稲」。
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御本殿は江戸時代の末期安政・万延年間(1854~1860)の再建で、銅瓦葺総欅の権現造で、昭和63年国の重要文化財に指定されています。
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御本殿周囲の彫刻は、当時名匠と言われた後藤縫之助の作「三頭八方睨みの龍」「牡丹唐獅子」、弥勒寺音八と諸貫万五郎の作「蘭亭曲水の図」等実に精巧を極めています。

海老虹梁の彫刻もすごいですね。
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本殿の周りも素晴らしい彫刻で飾られています。
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出来るだけ撮ってきましたが、全部を網羅できていないと思います。これも宿題としておきます。
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今回は、帰ってきてから写真を整理しましたが、とても一回では載せられないので、二回に分けてアップすることにしました。残りは次回とします。


(続く)

その(2)には、下記をクリックしてください。
http://tamtom.blog44.fc2.com/blog-entry-1339.html



いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

笠間稲荷に行かれたのですね。ここには大昔に一度、行っただけで、行ったことしか覚えていません。

さて、日曜日の都区内は震度4で、結構、揺れましたが、幸い、私の部屋のCDや本を床置きで積み上げた柱状態は無事でしたが、四季歩さんは影響を受けられたようですね。でも、ほとんど問題なく、目的地に着かれて良かったです。それにしても、笠間稲荷の大鳥居、東日本大震災で壊れてしまったのですか!! 全く知りませんでした。写真を見せていただくと、日曜日の菊まつりだと言うのに、意外に参詣人は少ない感じですね。それにしても、彫刻が豊富な神社ですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
やはり、大鳥居は欲しいと思いました。
人出は、七五三もあるので多かったですよ。
できるだけ人を入れないで撮るのが大変でした。
菊人形展のところが一番人が多かったですね。

彫刻は、まだまだ(2)にもありますよ(笑)
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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