秩父屋台芝居/秩父夜祭

20131204

昨日、12月3日(火)は秩父夜祭でした。
もちろん11月3日に所沢・西武秩父間特急の指定を購入してありました。
今年の目標にしたのは、「屋台芝居」です。
そのため、所沢発10:52に乗り、12時少し前に秩父に到着。秩父神社に急ぎました。
参道は人の波です。
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秩父神社にも人が押し寄せています。
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境内に行ったら、屋台芝居の舞台は出来ていましたが、その前に神楽殿で神楽をやっていたので、少し見ました。ここの神楽は国の重要文化財になっているので、こちらも気になっていました。
「天の岩戸」をやっていましたが、なんと16段もの長いもので、この時に第7段をやっていました。
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これを見ることを来年は目標にしようと思っています。

屋台芝居の最前列に陣取りましたが、なかなか始まりません。
どうも、今しがた境内に入って来た屋台の奉納が終わったらやるようです。
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その屋台が、秩父神社中門の前で「屋台曳き踊り」の奉納を始めました。
「三番叟」をやっていました。
それを望遠で撮りました。
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この「屋台曳き踊り」も撮りたい対象です。
来年は、神楽の合間にチャンスがあれば撮り、メインは再来年かと(笑)
秩父夜祭は、本当に見るものが多いです。

その屋台が出ていったので、いよいよ「屋台芝居」の始まりです。
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舞台は張り出し屋台という、日本でもここだけという優れものです。曳きまわしをする屋台の両袖に張り出しを付け加えて舞台にするわけです。
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屋台の部分
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両袖に付け足す部分も、豪華な造りです。
右側には、浄瑠璃演者が入ります。
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左側には、囃子方が入ります。
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さて、いよいよ開幕です。
今年境内での屋台芝居を担当するのは「本町屋台」でした。
口上を務めたのは、小学校5年生の女の子。これがどうして、どうして。素晴らしい口上でした。幼いころから保存会で練習していたそうで、しっかりした口上で、末は名優と思わせるものでしたね。
「隅からすみまで、ズイ、ズイッ・・・・とぅ」という見得も見事に決めて、やんやの喝采でした。
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【白波五人男】

本町の有志により演じられます。
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これはもう、学芸会みたいなものでしたが、それにしても長いセリフ、見得を切るなど、かなり練習しないととうてい務まらないことは、見ていてわかります。
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決めどころでは、紙テープ、やんやのかけ声、雨のように降り注ぐおひねり・・・・・
とても楽しい雰囲気ですね。
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幕が降りると、観衆に呼び出されて、ピースやら、花束やら。
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【一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)・熊谷陣屋の段】

演じたのは、秩父歌舞伎正和会で、プロかと思われる見事なものでした。

あらすじ:
やがて日も暮れようとするころ、熊谷が戻ってきた。景高のことを聞いた熊谷は、軍次に景高の相手をさせることにし、一方妻の相模には、女の身で戦場に来るとは何事だと叱る。だが熊谷の背後からいきなり斬りつけようとする者があらわれ、熊谷は思わずそれをねじ伏せた。
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が、それが藤の方(敦盛の母)だと聞いてびっくりし、手を離して相模ともども平伏する。藤の方と相模は敦盛をなぜ討ったと熊谷に質すが、熊谷は戦場でのことは致し方ないことであると言い、そのかわりにと敦盛を討った様子を、相模と藤の方の前で物語る。
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そして相模に、藤の方を連れ直ぐにここを立ち退けといって奥へと入った。
相模は藤の方が持っている敦盛の形見の笛を目にし、それを吹いたら経文代わりのよい供養になろうと、笛を吹くのを勧める。藤の方はその勧めに従い、笛を吹いた。ところがそのとき一間の障子に人影が映る。もしや敦盛の幽霊かと藤の方は急ぎ障子を開け放すと、そこには死ぬ直前まで敦盛が着ていた鎧兜が、鎧櫃の上に置かれるばかりである。藤の方と相模は、あまりの切なさに涙した。
再び奥から、敦盛の首が入った首桶を持って熊谷が現れる。それを見た相模はどうかひと目その首を藤の方にと夫を引き止め、藤の方も熊谷にすがりつき嘆くが、あるじ義経に見せるまでは誰にも見せられぬと熊谷は二人を突き放し、義経のもとへと行こうとする。
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そのとき奥より、熊谷待てと声を掛けてあらわれたのは、ほかならぬ御大将義経公。義経は、熊谷が敦盛を討ったにもかかわらず、すぐさま自分のところにその首を届けに来ないのを不審に思い、自ら出向いてきたのだという。熊谷は義経の前に首桶と義経より託された制札を置き、制札の文言に添って首を討ったと述べた。そして、首桶を開けた。
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だが、その首の顔を、ちらりと見た相模は、ヤアその首はと仰天して首に駆け寄ろうとした。熊谷は寄ろうとするのを引寄せて物も言わせず、さらに藤の方もわが子の顔見たさに駆け寄ろうとするがこれも熊谷はお騒ぎあるなと寄せ付けない。
義経は首を検分し、よくぞ討った…縁者にその首を見せて名残を惜しませよという。熊谷は相模に、藤の方に敦盛卿の首を見せるようにと首を渡した。相模は嘆き悲しみながら藤の方に見せる。藤の方は首を見て驚く。それは敦盛ではなかったからである。
義経は敦盛が後白河院の落胤であることを知り、なんとかその命を助けたいと考えていた。そこで小次郎をその身代りに立てろとの意を込めた「此花江南の所無也」云々の制札を熊谷に手渡し、熊谷はその義経の意向に従った。すなわち一谷の平家の陣所で手傷を負ったと称して連れ去ったのは敦盛であり、須磨の浦で熊谷と戦って首を討たれたのはじつは小次郎だったのである。弥陀六に石塔を誂えさせた若衆というのも、また藤の方が笛を吹いたときに障子にあらわれた人影も、じつは幽霊ではない敦盛本人であった。だが相模は、夫の熊谷から何も聞かされてはいなかった。


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とても素晴らしかったです。
見惚れていました。
これは、機会があれば何度でも見たいと思いました。

芝居の上演が終ると、夜の曳きまわしのために、さっそく舞台が分解されます。
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その後、一緒に行った仲間と揃って秩父神社にお参りしました。
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今年採れたお米と繭が奉納されていました。
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秩父神社社殿の彫刻を見て回りました。代表的なものを載せておきます。

左甚五郎の「つなきの龍」
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「北辰の梟」
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「お元気三猿」
よく見、よく聞いて、よく話そう。
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「瓢箪から駒」
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絵馬も、彫刻に倣って豊富で見事です。
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秩父を舞台にしたアニメ「あの日見た花の名前をまだ知らない」の影響で、絵馬に自分でイラストを描いたものがたくさんありました。
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夜祭も、もちろん楽しみました。
しかし、衝撃なことに、御神幸行列を撮りはじめたとたん、無情の「電池切れ」です(泣)
昼間動画を撮り過ぎたためです。
メモリーは、前日買い足したのですが、電池も買い足せば良かった・・・・ガックリ。

これは、行列先頭の「猿田彦」
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写真は撮れませんでしたが、路上で御神幸行列を全部見たし、交差点での20Tもある屋台のギリ回しを至近距離で見ました。
花火も、大スターマインの、これでもかと打ち上げるのを、わりと良い位置でずいぶんと見ました。
二年目で、だいぶ見るコツがわかってきました。

12時から夜の9時半までの長丁場でしたが、本当に秩父夜祭を堪能しました。
まだまだ、見たいものが沢山残っているので、当分毎年通うことになりそうですね(笑)



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おっ、今年も行かれたのですね! 私の方はすっかり忘れていました。都区内、特に浅草辺りのは注意しているのですが、やはり、秩父は遠いですので。

なるほど、神楽殿だけでなく、屋台でも歌舞伎が演じられているのですね。それは非常に珍しいですね。多分、2演目で2時間位かかったのではと思いますが、椅子があったのなら良いですが、もし、立っていたのでしたら、大変だったと思います。

夜の部、電池がなくなりでしたか。私の場合、デシカメの故障を考えて、最低でも2台持参、それに、替えのSDカード、電池等も持参しています。昨今はみなさん、スマホをお持ちですので、そのカメラを使っても良かったのではと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
昼間は、屋台芝居を立ってじっとして見ていたので、
これはこたえましたね(笑)
夜は、歩き回っていたので平気でした。
とはいっても、12時から9時半までの長丁場でしたから、
帰りの特急の中では、どっと疲れが出ました。

私の場合は、機動性ということでカメラは一台です。

夜祭は去年撮ったからという気楽さがありました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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