止め天神(北野神社)/大田区六郷

20140123

住所:東京都大田区仲六郷4-29

1月17日、「武蔵国式内社」めぐりで蒲田の薭田神社にお参りした後、京急蒲田駅より京急で「六郷土手」に来ました。目指すは「六郷神社」です。
その前に、せっかくだから多摩川でも眺めようと、土手に向かったときに、このお宮さんに出会いました。

鳥居の横に、「六郷の渡し跡」の案内板も立っています。
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旧東海道の江戸と川崎の間の渡しですから、有名です。

歌川広重の「東海道五拾三次」から
保永堂版「川崎 六郷渡舟」
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隷書版「川崎」
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二代歌川広重も 「川崎(六郷渡し)」で六郷渡しから川崎宿に渡る大名行列を描いています。
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私にとっては、「居眠り磐音江戸双紙 38巻」での舞台ですね。
佐々木道場の養子となった磐音は将軍家治の世子家基の指南役も務めたが、田沼意次は英邁な家基が次期将軍となると、自分の支配は終わると考え、家基を暗殺。将軍家の陰の警護役佐々木道場は潰され、養父母佐々木玲圓とおえいは自害。磐音とおこんは江戸を逃れる。各地で田沼意次の刺客と死闘を重ねたが、その旅で尾張徳川家の重臣と藩主、紀州徳川家重臣と藩主とも知り合い、御三家藩主の後ろ盾を得た磐音が、捲土重来いよいよ江戸に戻ってくる。
鉄砲隊まで用意して、六郷の渡しで待ち構える田沼意次配下の前に現れたのは、弥助と霧子に守られた磐音夫妻と子供・・・・・。
と思いきや、それは品川柳次郎と夫婦であった(笑)

今は、旧東海道にあたる第一京浜が渡る「六郷橋」となっています。
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橋のすぐ上流側はゴルフの練習場。
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下流側は野球のグランド。
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遠くにかすかに見えているので、望遠で見ると産業道路にかかる美しい「大師橋」が見えます。
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六郷橋のたもとには、沢山の鳩が日向ぼっこしてました(笑)
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さて、止め天神に戻ります。
この前を通りかかって、「止め天神」とあるので、何だろうと思って寄りました。
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ちょっと入ったところに、由緒を書いた石碑があり、読んで驚きましたね。
小っちゃなお宮なのに、大したものです。
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江戸幕府第 8 代将軍徳川吉宗の乗馬が暴走した際に落馬を止めたことから、東海道を往来する武士から「落馬止め天神」と称されるに至り、この加護にあやかり将軍指南役の柳生家留守居役が近くに屋敷を構えた。農民や町民は「止め天神」とのみ呼んだという。天満宮本来の学問のみならず、災いや痛みを止め、「落ちない」ことを祈願する者の参拝を受ける。毎月 25 日を縁日とし、この日には、木馬にまたがり祈願する江戸時代から伝わる神事が執り行われている。
本殿、神楽殿各一棟。1945年4月15日の空襲により社殿が焼失し、1684年(貞享元年)の寄進による手水石が往時を伝える。1983年(昭和58年)再興。

鳥居
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手水舎
前に横たえてあるのが、多摩川の六郷の渡しへ導く河原橋の踏み石。
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昭和9年奉納の、炎尾型狛犬。
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社殿
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祭神は菅原道真公

帰ってから調べると、小さなお宮さんだというのに立派なサイトが出来ていました。
http://www.rokugo.or.jp/tome/

名にし負う「六郷の渡し」ですからね。熱心な郷土史家など色々な方が見守っているのでしょう。

「鶴さん」、「亀さん」と名付けられた力石。
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参道左手には、平癒塚・止め塚・學成就塚をめぐる「天神様の細道」があります。
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いままでの神社巡拝リストは下記をクリック
http://www.lares.dti.ne.jp/~taka-ino/jinjyajyunpai.html


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

そう言えば、読売新聞が2年間位かけて配布した広重・東海道53次があったと思い出して、早速、チェックしたら、「川崎 六郷渡舟」、読売新聞版では、横幅がもう少し長くて、富士山が完全に見えるものでした。

「落馬止め天神」の話を読ませていただきましたが、上野公園内にある「上野大仏」ですが、こちらは現在、体部分は無く、顔のみがレリーフ状として残っているものですが、「これ以上、落ちない」と言うことで、一時期、受験生達に人気があったと言うことを思い出しました。この止め天神も受験生を相手に頑張れば、もっと絵馬もかかるかもしれませんね。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
このブログで使用しているスタイルの、
この点は欠点なんですが、写真を大きいサイズにすると、
右側が隠れてしまうんですね。
クリックすると全部が見えるのですが。

そのとおりだと思います。
境内をもっと手入れして、綺麗にすることも
必要ですよね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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