旧鎌倉街道上つ道「東村山駅から航空公園駅まで」(その一)

20140126

1月24日(金)に歴史クラブの行事で、歩きました。
歩いたコース
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西武新宿線東村山駅を9時に出発。
少し歩くと、「久米川少年野球場」のフェンスに「鎌倉古街道」の掲示がありました。
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ここに書かれていたのは、文永八年(1271)の日蓮上人佐渡流刑の際に立ち寄った「久米川宿」、元弘三年(1333)の新田義貞鎌倉討幕の「久米川古戦場」が沿道にあった。

これが鎌倉古街道
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白山神社
住所:東京都東村山市久米川町4-41-2
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狛犬
顔が判別できないほど溶けてしまっています、かろうじて流れ尾型とわかる。
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鳥居
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鳥居をくぐると炎尾型の新しい狛犬が鎮座。
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社殿の中には、古い本殿が安置されていました。
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祭神は、白山比咩神(しらやまひめのかみ)、別名菊理媛神 (くくりひめのかみ)。
何も説明が無いので、推定。

境内に牛頭天王のお堂があります。
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牛頭天皇の像
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足元に、誰かが制作した像が。
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牛頭天王は頭に牛頭をいただいた像で、通称は「天王さま」として知られ、日本の神仏習合における神で、素盞鳴尊を同体とされています。疫病除けの神として知られていますが、家内繁栄や招福の神としても信仰されました。有名な京都の「祇園祭」も「天王さま」の祭りです。
この白山神社の牛頭天王像は高さ67cm程ですが、石造丸彫座像としては極めて珍しく、武蔵野地域には類をみない優れた忿怒相の石仏です。
胸には「信心者 当病除」と造立者の願いが彫られ、また台石には「村内安全」の文字とともに文政2年(1819)に北久保忠蔵が願主となって造立したことが刻まれています。 地域の言い伝えによると、この像はもともと白山神社にあったものではなく、明治の初め頃に井戸の中から発見されたそうですが、願主の北久保忠蔵の名は近くの「普門品供養塔」にもみえており、当時のこの地域の有力者であったようです。(東村山市教育委員会掲示より)

ここから旧鎌倉街道は、西武線と並行しています。
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熊野神社
住所:東京都東村山市久米川町5-13-1

社号標
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熊野神社の創建年代は不詳。旧鎌倉街道の役道に鎮座し元弘年間久米川の合戦の時新田義貞後詰を置いた所。明治4年村社に列せられた。
境内から応永三十二年(1425)銘の青銅製鰐口と水鳥形香炉が発見されていることから鎌倉・室町時代から社殿が存在していたと考えられる。
明治14年本殿落成の折有栖川熾仁親王の直蹟二軸を賜り毎年祭例にこれを掲げている。(境内掲示より)

鳥居の前に、川は流れていませんがわざわざ「神橋」を置いていますね。
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参道
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左右に年代が古いと思われる石灯篭。
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中台四方の波の彫刻がいい。
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基礎に狛犬の彫刻があるが、右側のはもはや判然とせず。
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左側のが、やっと判る感じ。
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明治14年奉納の、渦巻き尾型の狛犬。
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手水舎
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拝殿
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祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、天照大神。

神紋は「右三つ巴」
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拝殿の後ろに、離れて流れ造りの本殿があります。
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境内社は、まず稲荷神社。
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神名宮
ご祭神は天照大御神。
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御嶽神社
ご祭神は大己貴命、少彦名命」、国常立尊。
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伊勢神宮
ご祭神は天照大御神。
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境内に久米川の冨士塚があります。
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山頂に富士浅間社の石祠があると、麓の市教育委員会の掲示には書かれているが、山頂に上がってみると無残にもその断片が散らばっている。
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山頂から境内を見下ろす。
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周りの景色
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旧鎌倉街道から梅岩寺の入り口。
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ここに「梅岩寺の庚申塔」と「馬頭観音の石碑」があります。
左側が延宝五年(1677)の庚申塔。
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梅岩寺には欅の大木が林立している。
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梅岩寺
住所:東京都東村山市久米川町5丁目24−6

山門
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1651年(慶安4)阿山呑碩和尚に中興開山されたといいます。

ケヤキ(都天然記念物)、カヤ(市天然記念物)が山門の左右にあり、それぞれの樹齢が約700年、600年といわれています。

ケヤキ
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カヤ
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参道の左右に、四国霊場巡りと同じ功徳が得られるという新四国石仏が並んでいます。
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本堂に向かって左側山門側から、四国霊場一番寺から順に並んでいます。
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右側本堂側から順に並び、八十八番寺まで。
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最初弘法大師の像があり、それから一番から並んでいる。
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途中15番から18番
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途中82番から84番
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86番から88番で結願です。
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本堂
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本堂向背正面に「波に菟」の彫刻がある。珍しい。
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境内に、不動明王と二童子像がありました。
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(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

久米川の冨士塚ですが、私の持っている資料には「明治21年最古碑、頂上にには石祠、中腹には天照大神・小御獄神社・講碑」と書かれていました。写真を見ると、石碑はあるようですのでが、石祠が壊されたようですね。講が消滅してしまって、直す人がいないのでしょうね。折角だったら、神社の氏子の人が直してくれればよいのですが。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
ほんとに、こういうの見ると心が痛みますね。
かろうじて石碑は残っていますが、登山道の体裁は
既にありません。
富士塚の信仰も、江戸時代一大ブームとなったわけですから。
今でも富士講が残っているところもあります。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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