旧鎌倉街道上つ道「東村山駅から航空公園駅まで」(その二)

20140127

1月24日(金)に歴史クラブの行事で、歩いた続きです。
梅岩寺から歩き出して間もなく、現役の丸ポストを発見しました。すごい!
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西武線のガートをくぐります。
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ちょっと先から細い道に入ります。
庚申塔がありました。
文政元年(1818)に建てられたもので、「武州入間郡久米邑」の掘り込みがあります。
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勢揃橋
住所:埼玉県所沢市久米
勢揃橋は新田義貞が鎌倉攻めの時に義貞の軍をここで勢揃いさせたと伝えられる橋で、柳瀬川(旧久米川)に架かっています。
現在の橋はあまり大きくはありませんし、付近は写真のとおり住宅でいっぱいです。
今や、勢揃いさせたことを偲ばせる空き地などはまったく見当たりません。ただこの道が旧鎌倉街道であることは確かです。
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橋からの下流の眺め。
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橋からの上流の眺め。
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勢揃橋から南下をすると、新田軍と鎌倉軍がこの辺りで激しい戦闘を繰り広げた古戦場跡になりますが、そこの西手前に八国山と言われる山があり、将軍塚があります。八国山の言われは、そこに登ると関東八国が一望できることから付けられた名前だそうですが、徒歩10分もせずに登れます。昔は高い建物が全くなく、空気も澄んでいたことから可能だったのでしょう。将軍塚は新田義貞公が鎌倉攻めのときに、ここに陣を置いたところと伝えられています。又ここに塚を築いて白旗を立てたところともいわれています。
将軍塚のある場所は、国の重要文化財である元弘青石塔婆がかってあった場所でもあります。

この日は八国山には寄らず、北上します。
バス停の表示どおり、後ろ(南下)が将軍塚です。
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長久寺
住所:埼玉県所沢市久米411 

勢揃橋から歩いてすぐに到着しました。
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長久寺前の鎌倉街道標示。
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長久寺は藤沢の遊行寺を総本山とする時宗のお寺です。時宗は鎌倉時代に一遍上人が開いた念仏の宗派です。長久寺の開山は玖阿上人といい、現在東村山の徳蔵寺にある「元弘の板碑」を建てた人といわれています。寺の本尊は善光寺式の阿弥陀三尊です。 長久寺と同じ時宗のお寺は鎌倉街道上道沿いには数多くあり、街道を通じて広まっていったことがうかがえます。嵐山町大蔵の向徳寺も同じ時宗で善光寺式の阿弥陀三尊があります。

本尊が善光寺式の阿弥陀三尊であることを示す石碑。
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堂々とした山門の前に仁王さんが頑張っています。
前にも見たなと考えたら、やはり所沢の山口城の城主山口氏の菩提寺で曹洞宗の瑞岩寺が、こんな感じでしたね。
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山門を入ると、境内が広がり本堂が。
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一遍上人の像
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所沢市指定の文化財「廻国供養塔」
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1774年建立で、総高160センチメートルあり、平塚宗順夫妻の和歌などが刻まれた塔身の上に、連台にのった薬師如来坐像が置かれています。
建立者の平塚宗順は、江戸時代中頃に久米村(現在の所沢市久米)に生まれ、後に江戸へ出て小児婦人科医師を開業します。後年、日本廻国行者となって、国中の神社仏閣を参詣し、その記念として、安永3年(1774)この供養塔を建立しました。
薬師如来坐像
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塔身には、平塚宗順夫妻の和歌などが四方に刻まれているとのことですが、字がかすかに見えるだけで、よくわかりません。
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立派な宝篋印塔が本堂の前にありました。
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基部の四方に絵が刻まれているが、よくわからない。
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寿和婦貴(咳)尊(すわぶきそん) のお堂
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中を覗くと、首の無い石仏が並んでいたんですよね。
心無いいたずらで首を落とされたのかと思いながら、それでも写真は撮ってきました。
帰ってから調べると、こういう訳でした。以下お寺の説明です。
すわぶき(咳)からきている名で、親しみをこめて「おしゃびき様」とも呼ばれている六体の首なし地蔵です。
どうにも咳が止まらず首が落ちそうに痛かった人が、その咳を止める為六体の首なし地蔵を祀って祈願し、治った、という言い伝えがあります。
昔は子供の咳が止まらない時、地蔵様のたすきを戴いて子供の身に着け祈願し、治ると新しいたすきを足してお礼に来ていました。

お地蔵様の内訳を説明している図
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首なしのお地蔵様
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「寿和婦貴尊」と書いてある。
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本堂前に立派な葵の紋が入った石灯篭が左右に二基ありました。
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そういえば山門前にもあったな、と思い見に行くとやはり二基ありました。
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そして、傍にこんな碑が。
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裏の説明:
今から二百六十余年前正徳年間に、江戸の芝増上寺徳川家霊廟に当時の諸大名が献灯したもの。
その後、世代の変化により西武鉄道が保管するところとなり、昭和51年5月に西武園に保管中の四基を寄進した。
そういえば、狭山不動尊に行ったときに、ものすごい数の灯篭を見ました。あの一部ということですね。

鐘楼
前の躑躅と背後の銀杏とで、季節には良い眺めとなるのが偲ばれる。
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横に豊川稲荷がありました。
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鎌倉街道は長久寺の山門前から北に曲がりお寺の墓地の西側の坂を上って行きます。切り通し状に登っていく道は如何にも鎌倉街道らしい雰囲気が感じられる道です。
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西武線の踏切を渡り
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道沿いのフクロウとゴリラの置物に心を休め
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ものすごく大きく実った「??」に感心し
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「旧鎌倉街道」の標識沿いに歩いていきます。
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旧鎌倉街道の説明板
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旧鎌倉街道を進んでいくと、実蔵院が見えてきました。

野老山・実蔵院ところさん じつぞういん)
住所:埼玉県所沢市元町20-15

脇の入り口があります。
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脇の入り口から振り返った旧鎌倉街道。見事に直線です。
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山門前の銀杏
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山門には「ところざわ:野老澤」の地名を表す「野老山」の山号が掛けられています。
この野老とは、現在の所沢の古い名称。
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寺歴については、宝暦3年と文政7年の2度の大火で、古文書、縁起類、一切烏有に帰して詳らかでないが、戦前供出した古半鐘には、正平7年新田義興によって開基されたとの銘があった。現在の本堂は、嘉永3年に再建され、本尊は大日如来、同本尊の脇侍として、聖観世音菩薩が安置されている。
なお昭和29年本堂の修繕及び庫裡の改築が行われた際、貞治4年(1365)8月8日武蔵野三十三観音霊場第9番実蔵院建立の弥陀一尊種子板碑、應永11年(1424)2月2日建立の弥陀一尊種子板碑、並びに享徳3年(1454)9月30日の金箔押 弥陀三尊種子板碑が発見され、保存されている。

境内
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本堂
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梵字で経文を彫りこんだ「百万遍供養塔」
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参道の右側に「毘沙門天」がありました。
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三ヶ島葭子氏の墓がこの寺にあり、彼女が嫁いだ倉片家の墓に眠っていることが、事前に調べてわかっていました。
詣でたく思っていましたが時間が無く、後日に回しました。
三ヶ島中氷川神社の宮司の家に生まれたそうで、三ヶ島中氷川神社の境内に歌碑があり、そこで知ってから北野天神などで碑に出会ったので、関心を持ちました。
与謝野晶子の門下となり、上京後、「アララギ」「日光」「青鞜」などにも作品を発表。島木赤彦の門下となり、今井邦子や原阿佐緒とともにアララギ女流の新鋭と期待されていましたが、40歳にて死去しています。
生涯で6000首以上の短歌を残したといいます。
名優「左卜全」の異母姉でもあります。


(続く)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

石の地蔵尊と言うのは、首部分が細いことが多いので、倒れたりすると、首の所で頭と体に分かれると言うことが結構、あるようですね。また、明治の廃仏毀釈の際に壊されたものも結構、あったそうですし。

それにしても、6体も一緒に安置されていると言うのは珍しいですね!

matsumo さん

コメントありがとうございます。
ほんとに、信心、願掛けにはいろいろな形があって、
ビックリしますよね。
首の無いお地蔵様を六体も作るんですからね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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