旧鎌倉街道上つ道「東村山駅から航空公園駅まで」(その三)

20140128

1月24日(金)に歴史クラブの行事で、歩いた続きです。
実蔵院の横の旧鎌倉街道を歩いていくと、新光寺の前に来ます。

新光寺
住所:埼玉県所沢市宮本町1丁目7−3

新光寺は遊石山観音院と号し、本尊の聖観世音菩薩は、行基菩薩の作と伝えられています。建久4年(1193)に源頼朝が那須野へ鷹狩りに行く途中にここで昼食をとった折り、その時仮小屋の地を寺に寄進したといわれています。その後この辺りは戦場となり荒れ果て頼朝寄進の土地もかすめ取られてしまいましたが、新田義貞が鎌倉攻めに向かう途中にこの寺で戦勝祈願をし北条氏を討ち帰途再度立ち寄り黒塗りの乗鞍を奉納し、かすめ取られた土地を寄進したと伝えられています。

文明十八年(1486)聖護院門跡の道興准后(どうこうじゅんこう)が東国にある輩下の寺を見廻って歩いた時の紀行文「回国雑記」に河原宿(宮本町)に立ち寄ったことが書いてあります。
それには野老澤(ところざわ)という所に行った時に、観音院に福泉という山伏がいて、竹筒(ささえ・酒を入れる道具)を取り出したところ酒の肴に薯蕷(ところ)という物を出したので・・・・
「野遊のさかなに山のいもそえて ほりもとめたる野老澤かな」
と歌を読んだ。という意味のことが記されています。
この事にちなんで、所沢の市章の中央には「ところ」の葉三枚が、組み合わされています。

山門は洒落た感じの竜宮門です。
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つい覗いてみたくなる(笑)
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境内
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八角円堂
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宝形造の木造観音堂
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龍の下に彫ってある植物の葉が気になる。
松の葉のようなものの中央には、所沢の市章のような三枚の葉が見える。「ところ」か?
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所沢の市章
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向背柱の木鼻は普通獅子とか獏なのだが、このように牡丹だろうか繊細な彫刻は珍しい。
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堂内
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福寿稲荷社
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境内の中央には「慈眼観音」と「平和の鐘?」がある。
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お地蔵さまの曼荼羅
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石仏が集められている。
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その中に「馬頭観音」だろうか。
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毎年春に行われる「観音まつり」は馬が唯一交通機関であった頃の馬に対する慰労と交通安全を祈願するお祭りだそうです。

小ぶりながら、良かった。
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「航空殉難英霊供養塔」
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下にある趣意書きによると、昭和2年7月28日午前11時サルムソン機に搭乗した畑正志大尉、伊藤武夫中尉は飛行練習中に気流の関係か発動機の故障か、飛行場を目前にしながら新光寺境内に墜落、死亡した。その後航空事故で亡くなられた方も併せて、昭和16年に建立されたものです。


旧街道は、左から来てこのお寺の前で消えています。
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お寺の前を東に少し行くと県道所沢狭山線でここを北に向かう坂を「峰の坂」といい、坂の途中で県道の東側に見える森に神明社があります。

所沢神明社
住所:埼玉県所沢市宮本町1丁目2−4

ケヤキの大木の間の石段を登ると、正面に素晴らしく横長の神明造拝殿がある。
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手水舎
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炎尾型の狛犬
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拝殿
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日本武尊が東夷征伐にあたり、当神社の付近である小手指原にさしかかり、ここで休憩したと伝えられます。所澤神明社は、そのおり、日本武尊が天照大御神に祈られたことに因んで、土地の民が天照大御神を祀ったものといわれます。
当神社は、文政九年(1826) に、火災に遭い社殿および別当寺であった真言宗花向院が焼失しました。それ以前の二度の火災とも併せて、このとき古記録と宝器のほとんどが失われたために、正確な創立年は不詳。
文政の火災で総鎮守である神明社を失ったあと、当時の名工、中手妙王太郎の後見のもとに、社殿が造営されたと伝えられている。
明治二年に寺社を分離して花向院は廃寺、神明社が独立し、明治三十五年には現在の社殿が建立された。また、昭和九年に、県下随一の大きさを誇る総檜づくりの雄大な拝殿が完成。また末社も相殿として新築し、昭和九年に竣工したもの。
「関東のお伊勢さま」と呼ばれる
祭神は天照大御神、倉稲魂之命、大物主之命。

拝殿内部
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神紋は「右三つ巴」
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拝殿の後ろに幣殿、本殿が其々独立して建てられています。

幣殿
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本殿
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境内社は、すごく多い。

藏殿(ぞうどの)神社
ご祭神:崇神天皇(すじんてんのう)
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二つの社殿にまとめられて並んでいます。
手前の社殿には
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並んでいるのは
戸隠神社:手力男神
疱瘡神社:天女姫(清盛の娘)
瘡守稲荷社:倉稲魂命
稲荷社:宇迦之御魂神
大雲神社:祭神不明
大國主神社:大國主神
天神社:菅原道真

もう一つは
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並んでいるのは
水天宮:天御中主大神、安徳天皇、高倉平中宮(建礼門院)、二位の尼(平時子)
雷電社:火雷大神、大雷大神、別雷大神
琴平神社:大物主命
五龍社:龍神

所沢招魂社
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鳥船神社(別称:所澤航空神社)
御祭神は鳥之石楠船神(天鳥船神)。
航空発祥百年を記念して、平成23年に創建されたそうです。
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願いを込めた紙飛行機や折鶴を奉納ください、と説明板にあり、石の折鶴が置かれている。
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神楽殿
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脇の入り口に、社号標と鳥居がありました。
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薬王寺
住所:埼玉県所沢市有楽町8−18

曹洞宗の寺。
新田義宗(義貞の子)は足利尊氏と戦って敗れ、ここで再起を図ったが果たせずこの地で亡くなったといわれている。
『太平記』には新田義宗が正平7年(1352)に兄義興と共に武蔵野合戦にて足利尊氏と戦って敗れ越後に退いたと記されています。寺の縁起によれば義宗は戦いに敗れた後に再起の時を計って密かに武蔵のこの地に入り隠れ住んだといいます。ところがその後足利氏の勢は強くなり、遂に南北朝も統一されていったのでした。
そこで新田義宗は髪を落とし衣を着て、今まで隠れ住んでいた家をお堂に改めました。そして一体の薬師如来像を刻み、その腹の中に守本尊を納め、戦死した一族や家臣の菩提を弔いながら余生を送り、応永20年(1413)にこの地で亡くなったといいます。

山門
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大銀杏
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鐘楼
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本堂
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薬王寺の歴代住職墓地の応永20年(1413)の塔は、銘文に「同年・3月1日逝卒 自性院殿義慧源宗大居士」とあり、新田義宗の墓と伝えられている。

歴代住職墓地
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新田義宗の墓
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境内に江戸後期の女流俳人「野遊亭里恵女」の句碑があります。
里恵女は宝暦3年(1753年)中藤村(武蔵村山市)の波多野家に生まれました。また、里恵女の出生地は所沢という説もあります。 里恵女が嫁いだ三上家は「角三上」と呼ばれる所沢草分けの一家で、酒造、米穀商を営む名家でした。
「野遊亭」は道興准后(ドウコウジュンコウ)が所沢を訪れた際、「野遊びのさかなにやまのいもそえて ほりもとめたる野老沢かな」と詠んだことにちなんでいます。

「むさしのに らちなく老いし 柳かな」
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これで、この日の予定は全て踏破し、すぐ近くの「航空公園駅」にて、解散しました。
15.700歩あまりでした。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

「聖護院」と言えば、私にとっては「聖護院八ツ橋」で会社の名前だと思っていたので、昨年、京都を歩いている時に、偶然、お寺「聖護院」の前を通ったので、「あれ、聖護院と言うお寺があったのか!」と驚きました。どうやら、聖護院の側で始めたので、「聖護院八ツ橋」と言うようですね。

鳥船神社は平成23年に創建されたにしては古く見えますね。余っていた祠等を使ったのでしょうか。それにしても、1万円札で紙飛行機を作って賽銭箱に入れるような身分になりたいですね(笑)

matsumo さん

コメントありがとうございます。
「聖護院八ツ橋」、懐かしいですね。
昔は、これが多かったですよね。
京都のお土産は。
いまは「生八つ橋」ですね、たいていは。

ほんとに、私もそんなふうに豪儀に
お参りしたいですね(笑)

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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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